1   医療崩壊の定義は必ずしも明確ではないが,「入院の必要がある病状で,保健所などが入院を調整しているにもかかわらず,都道府県が確保した入院病床に入ることができない患者がいること」,もしくは,「その患者が入院することなく,入院待機中に死亡してしまうこと」と考えると,第5波までの間に,東京や大阪などの大都市部を中心に,何度かそのような状態が出現している。本稿では便宜的に,このような状態を「医療崩壊の危機」と呼称しておく。

2   有床診療所は19床までの病床数の医療機関という定義なので,病院よりも小規模の医療機関である。

3   もっとも,自宅療養者やホテル療養者へのオンライン診療は可能であった。また,現在はほとんどの医療従事者がワクチン接種を終えている段階なので,もっと訪問診療などを行う開業医がいても良いと思われる。

4   日本経済新聞電子版イブニングスクープ「コロナ病床実態調査へ 政府,補助金受け消極的な病院も」(2021年8月19日)

5   具体的には,2020年度の一次・二次補正で1.8兆円(病床確保支援,医療従事者への慰労金支給,医療機関等の感染拡大防止等支援等),予備費(9月)で1.2兆円(病床確保支援拡充,インフルエンザ流行期に向けた発熱外来体制の構築等),予備費(12月)で0.3兆円(病床確保のための緊急支援(医療従事者の処遇改善と人員確保等)),三次補正で1.4兆円(病床確保支援,医療機関等の感染拡大防止等支援等)である。

6   2020年4月の1次補正において,重症患者の特定集中治療室管理料等が2倍,中等症患者の救急医療管理加算が2倍となった。5月の2次補正では,さらに重症患者の特定集中治療室管理料等および中等症患者の救急医療管理加算が3倍となり,9月の予備費では中等症患者の救急医療管理加算が5倍まで引き上げられた。また,本稿執筆現在の2021年8月末の報道では,厚生労働省が「中等症2」以上の患者についての救急医療管理加算を6倍にする方針を決めたとのことである。

7   財政制度等審議会資料(2021年4月15日)

8   第5波の感染者急増で,入院できずにやむなく自宅待機する新型コロナ患者が増加したため,福井県や沖縄県などでは体育館などを利用して,入院までの大規模待機施設(臨時病床)を設置した。また,2021年8月末現在,大阪府は国際展示場の一部を利用し,1000床規模の「野戦病院」を整備する方針を示している。

9   緊急包括支援交付金の使い勝手の悪さを補うため,財政制度等審議会は,現在の緊急包括支援金に代えて,新型コロナ患者を一定数以上受け入れ,スタッフの処遇維持・改善を行う医療機関に「前年同月・前々年同月等と同水準の診療報酬を支払う仕組み(概算払い)へ改めることを提案している。ただし,厚生労働省や日本医師会が反対していることから,調整が難航しているの報道がある(日経新聞電子版「診療報酬バトル,「病院支援」で白熱」(2021年5月31日))

10   それにしても,一度決定された予算がここまで執行されていないというのも異常な事態である。しかも,予算が目標通りしっかり使われていれば,その後に何度も生じた医療崩壊の危機が防げた可能性もある。当然,緊急事態宣言などの経済にダメージを与える人流抑制も不要,もしくは短期で済んだかもしれない。まさに行政の不作為である。予算を執行できなかった背景に何があるのだろうか。厚生労働省の努力不足や特定利益団体の政治的反対などが考えられるが,今後,国会や政府の行政改革推進会議などの場で,しっかりと検証・評価が行われる必要がある。

11   高久(2021a)によれば,東京の重点医療機関数は21年2月24日時点で114であるが,東京の医療提供体制がイギリスと同等であれば,10以下の病院群で対応可能ということである。

12   日経新聞電子版「コロナ病床,日本は英米の1割どまり 病院間の連携不足」(2021年2月23日)

13   日経新聞電子版「公立病院,コロナ病床3% 受け入れ患者数低迷」(2021年2月21日)

14   日経新聞電子版「自民・塩崎氏「大病院で患者受け入れ拡大を」」(2021年1月21日)

15   本稿執筆中の現在,進行中の第5波では,まだ病床使用率がそれほど高くない段階から,救急搬送の困難事例や自宅療養者が急増しているが,このような医療提供体制の根詰まりが原因となっている可能性がある。

16   感染症法では,症状の重さや病原体の感染力の強さなどから,感染症を一類から五類の感染症,指定感染症,新感染症,新型インフルエンザ等感染症の7つに分類している。新型コロナウイルスは指定感染症に指定されたが,これは病原性ウイルスが何かは特定されているが,従来の分類に分けられない新たな感染症であるという意味である。対応策は政令でかなり柔軟に設定できる仕組みとなっているが,厚生労働省は二類相当の感染症と位置付けたため,非常に高いレベルの感染症対策が求められることになった。二類感染症とは結核やSARS,鳥インフルエンザ(H5N1)が分類されるカテゴリーである。ただ,実際に政令で定めた対応は,二類感染症を超える扱いで,どちらかといえばエボラ出血熱などが分類される一類感染症に近いものになっていた。   具体的には,①PCR検査で陽性になった者は,例え無症状者や軽症者でも強制的に医療機関に入院させる,②まだ陽性と確定していない段階だが,症状などから感染症が疑われる疑似症患者も入院措置する,③入院後は感染の恐れが完全になくなったことが確認されるまで隔離を続けることとなり,当初,このあまりに厳しい対応自体が,医療逼迫を生み出す原因の1つとなった。限られた病床に,まだ元気な無症状者や軽症者,疑似症患者までを入院措置し,なおかつ症状回復後に,時間を空けた2回のPCR検査を行って2回とも陰性となることを求めていては,すぐに病床がいっぱいになることは初めから明らかであった。その後,2020年4月に厚生労働省は,無症状や軽症者についてはホテルや自宅で待機することを認めた。また,2度のPCR検査陰性という退院基準も5月末になってやっと取りやめたが,いかにも遅きに失した感がある。また,現在も入院調整などで保健所の業務負担があまりに大きくボトルネックを生み出しているため,現実に合わせて二類相当から五類相当までダウングレードすべきという議論がある。

17   さらに言えば,医療法や感染症法だけではなく,今回のコロナ対策の様々な面で,国と都道府県,市町村の役割分担のあいまいさが目立ち,お互いに業務や責任を押し付け合ったり,にらみ合いで対策が進まないことが多かったように思われる。また,都道府県や市町村が担った対策においても,首長や自治体行政間の力量差があまりに大きく,地域間の不公平が生じた。パンデミックという非常事態は平時とは明らかに異なる状況であり,平時のように都道府県,市町村に任せておくのが良いのか,非常事態の際の司令塔の在り方,国と地方の役割分担などは,医療提供体制の問題に限らず,今一度考え直すべき課題である。

18   もちろん,既に述べたように急性期病床の中には,人的資源も設備も不足しているという意味で本来,急性期病床の名に値しない病床(財政制度等審議会の言う,いわゆる「なんちゃって急性期」)もあるし,コロナ入院病床に割り当てられている病床は急性期病床全体のごく一部であるから,コロナ病床不足に地域医療構想が直結しているとまでは言えない。また,地域医療構想の下であっても,東京のようにまだ人口構成が比較的若く,人口も増加している地域では,急性期病床を減らさず,むしろ増やしても良い場合もある。しかしながら,東京都の病院病床報告をみると,2015年時点で23,427床あった高度急性期病床は2019年には23,543とほとんど変わらない一方,急性期病床は48,327床から44,913床と減少している。数年前,筆者は東京都の福祉保健局幹部にこの件でヒアリングを行ったことがあるが,「一度増やした急性期病床を減らすことは政治的に容易ではないため,2025年以降のことを考えて,急性期病床を少なくとも増やすつもりはない」という趣旨の発言があった。

19   日経新聞電子版「コロナ対応の病院連携,「松本モデル」成功の理由」(2021年2月21日)。

20   法改正を図る必要すらなく,それぞれの設置者の権限を明確化したり,関連する通知レベルの改正で対処できる可能性もある。よく研究すべき課題である。

21   もっとも,神奈川県救急医療中央情報センターのように県単位で救急を一元管理している地域もある。地域の実情によってどの範囲が良いのかは変わるだろう。

22   また,本来はこのような対策本部は泥縄式に作るものではなく,災害対策本部と同様,非常時に備えて,普段から計画し,訓練を行っておく必要がある。

23   既に述べたように,医療機関間でクラウド上のエクセルシートを使ってそのような仕組みを作り,機能させていた地域がいくつもある。

24   例えば,データが自動更新されるように病床にセンサーを付けるとか,病院がシステム入力の人員を雇う際に財政支援を行うとか(迅速に機能させるには,国や都道府県の外郭団体で雇った入力スタッフを訓練し,その上で一定規模以上の各病院に派遣するのが現実的である),救急や保健所が病院の空き病床の情報を把握した時点で,その病院の情報を書き換えられるようにするなどのやり方が考えられる。

25   その意味では,国立病院機構や地域医療機能推進機構(JCHO)に対して,厚生労働省が指示を出して,もっと新型コロナ患者を受け入れさせることはできたのではないかと思われる。

26   既に厚生労働省は,医療計画の見直し等に関する検討会の報告書(新型コロナウイルス感染症対応を踏まえた今後の医療提供体制の構築に向けた考え方)を2020年12月に公表し,感染症対策を位置付けた「5疾病・5事業および在宅医療」から「5疾病・6事業および在宅医療」への見直し方針を提示した。ただ,この報告書は2か月間という短い期間に,わずか4回の検討会で作成されたものであり,この内容程度の小幅修正で議論を収束させるべきではない。その後の感染拡大の状況も踏まえて,医療提供体制の再構築という重要課題に関して国民的な議論を行い,改革を図る良い機会にすべきと思われる。

27   大病院への急性期病床の集約化という課題の対処にも,経済的インセンティブを付けることは有効な手段となる。いわゆる「なんちゃって急性期」への診療報酬を大幅に引き下げれば,大病院への集約化が自然に進む可能性がある。ただ,政治的に中医協で合意を図ることは極めて難しいことが想像される。