沖縄おせち開発による地域創生およびそれに関する消費者調査
〜提示された制御焦点ストーリー,消費者制御焦点傾向及び3タイプの関与が沖縄の地域産品ブランド「おせち」の知覚品質・購買意図・予想満足度に与える影響を検討する〜
学習院大学 上田 隆穂
学習院女子大学 竹内 俊子
地域創生,沖縄,おせち,地域産品,制御焦点ストーリー,制御焦点傾向,促進焦点,予防焦点,地域関与,ブランド・ストーリー関与,おせち関与,感情的関与,知覚的関与,ブランド・コミットメント,知覚品質,購買意図,予想満足度,地域経済効果,経済乗数効果,マネー循環,漏れバケツ理論,地産地消,地消地産,共分散構造分析
本論文の目的は,沖縄においておせち料理ブランドを創生した場合,地域外の消費者セグメントにどのようにメッセージを出せばよいかを探ることである。一般的におせちは多くの具材から成り立ち,それゆえに多くの一次産業(農水産業)および2次産業(加工業)がかかわることになり,その規模・地域での供給可能な程度にもよるが,地域経済効果は大きい。おせちを食べる習慣のない沖縄で地域外への販売を通じて,マネーを呼び込むことが可能となり(いわゆる外貨獲得),域内経済を拡大し,地域創生に貢献できると考えられる。
2021年11月現在,おせちに関する沖縄での実験プランが進行中である。上田(2021)においては石川県能登町におけるおせちの実験プランについて書かれていたが,こちらはコロナ禍等があり,事実上ストップしている。しかしながら,遅れて立ち上がった沖縄での実験プランが先行して継続中である。またおせちの一貫生産メーカーである「銀の森コーポレーション」とのコラボプロジェクトであることも同様である。そのため,沖縄ブランドによるおせちを対象とした,販売戦略立案のためのマーケティング・リサーチを行うこととした。
これまでの上田(2020)の「美味しさに関わる情報」の種類,上田・竹内(2020)の「ふるさと関与」の研究成果より,消費者に対して地域産品の伝えるべき情報概要が示されたことを受け,これらの研究成果を活用するために適切な情報によりおせちの知覚品質・購買意欲を高める消費者セグメントを検討する必要がある。そのために関与(おせち,地域としての沖縄,いわゆる謂れ・物語であるブランド・ストーリー)および制御焦点傾向(促進焦点「前向きで楽天的」と予防焦点「リスクを嫌い,注意深い」という傾向)の関連性を検討することが焦点となるが,そのターゲットの具体的な特定には年齢・所得・家族構成等の属性変数が容易であ【276頁】るため,その関連性も探ることになろう。また消費者ターゲットとしては,大都市圏の消費者を主なターゲットとするため,この調査では1都3県の消費者を被験者対象とする。
地域を活性化させる基本は地域内にマネーを循環させることである1) 。つまり,地域内のマネーを外に逃がさず,域外から買い入れていたものはなるべく域内生産で補い,域外へ流出するマネーを減らしていく。生産・加工に関わる人材が足りないときは域外から募集して,定住人口として呼び込む。これによって域内でマネー循環を増やし,その経済乗数効果を高めることである。またもう1つは地域内の強みを生かし,域内で生産したもの・サービスを外部に販売して地域外のマネーを地域内に呼び込むことである。いわゆる外貨獲得のようなことである。これらの結果,地域内の仕事も増え,経済も豊かになり,人も出て行かず,地域外からの人の呼び込みも可能となり,地域は栄えることになる。図示すれば図2-1のようになる。日本における全地域がすべてこれを実現することには無理があるが,特に地方過疎地においてはある程度の実現を目指す必要はあろう。
地域内にマネーを循環させるには上記のように2つの方法がある。もう少し詳しく解説すると,1つは地域内ニーズに基づく『漏れバケツ理論』による方法であり2),もう1つは地域内シーズに基づく地域外からマネーを稼ぐ,いわゆる外貨獲得の方法である。
地域内ニーズに基づく『漏れバケツ理論』による方法とは以下の通りである。地域内需要が【277頁】あり,その需要を賄う生産・加工が地域内になく,地域外から買い入れる場合,マネーが地域外に流出し,地域内で循環・滞留させて経済乗数効果を発揮させることができない。この場合,地域内での生産・加工を図ったり,その技術がない場合には外部から人材を呼び込むことで補ったりする必要がある。つまり『地産地消』ではなく,『地消地産』と呼ばれ,地域で消費するものを地域で生産・加工するのである3) 。これにより,地域内経済が拡大し,人材呼び込みでは定住人口の増加につながる。図2-1の左側の部分である。
これに対して,外貨獲得による方法では以下のようになる。すなわち地域内の強み(S:Strength)であるシーズを生かし,SWOT分析のクロス戦略と呼ばれるが,環境(O:Opportunity)と組み合わせるなどして,生産・サービス供給事業を地域内で起こす。これにより外貨を獲得して地域内のマネー循環量を増やして地域を活性化できる。もちろん稼いだ外貨をなるべく地域外へ逃さぬ努力は必要である。このようにニーズとシーズによる2つの方法がある。
沖縄でのおせちの材料生産・加工・販売は,沖縄ではおせちの習慣がないことを考えると後者にあたる事業となる。しかしながら,沖縄以外の出身者も定住していることが多く,おせちを沖縄以外から購入していることを考えると外部へ漏れ行くマネーを地域内で賄える可能性も高まる。これを図式化すると図2-2のようになる。
この図で示されるようにおせちの生産・加工・販売は,域内業者の所得向上,雇用,定住促進,観光業の増加を生み,マネーの循環・滞留の拡大により沖縄の地域創生につながっていくことになる。
六雁監修の御節大観(2013)によると正月とは年神を迎え祝うことに意味がある。ここでいう年神とは新年の家内安全や五穀豊穣をもたらしてくれる神様のことである。この年神にお供えする飲食物(供物)を神饌(しんせん)と呼び,後で供えたものを頂くことを『神人共食』と呼び,その儀式を『直来(なおらい)』と称している。これは神様のエネルギーや新たな魂(命)を頂くことを意味する4)。
おせちの由来は,『お節供』とされ,それが『御節』になったと言われる。この『節』は竹の節(ふし)に由来するとされ,この『節日』に食べる食物(神饌)の会食を『節会(せちえ)』と呼ぶ。もともと節供(節句)は5つあり,五節句と呼ばれている。この中でも正月が最も重要とされている5)。このおせちには五穀豊穣や無病息災,そして子孫繁栄などを願う想いが込められており,「良い一年を願う人々の想いが込められた料理」とされている6)。現在では変わり種おせちも存在し,フレンチ,中華のおせちはもとより,虎屋のお菓子のおせちまで存在する7)。
通常のおせちでは,どのおせちも同じように見えて,没個性だと思われることが多いが,製造業者あるいは販売者単位で,しっかりしたブランドを確立しているものもある8)。さらに最近ではおせちも高級化・多様化しており,高級版では,百貨店の松屋が,高級ブランドブルガリの手掛けるレストランとコラボした40万円(4人前)のおせちを,イオンリテールが『和四段重 華鳳』という10万8千円(4-5人前)のおせちを出している9)。また,おせちの材料は地方によって非常に異なり,紀文のサイトで詳しく解説されている10)。しかしながら,地域産品ブランドとしてのおせちは珍しい。たとえばネット検索の結果からは,『北海道の高級海鮮おせち』11),『山口県の味めぐり幸フク(福)おせち』くらいしか都道府県単位のおせちは見当たらず,他は,日出町,むつ市,勝浦市,指宿市,小浜市,上毛町,京都・福知山市という小規模な地方都市のおせちに限定される12)。
市町村レベルであると,地域の食材もかなり限定され,地域材料率は低いと想定され,また生産規模も小さいと考えられて,ブランド力の拡大は難しいであろう。本研究では沖縄という広域レベルでのブランドを想定しているため,地域に馴染みを持つ消費者も多いと想定され,生産規模も拡大しやすいため,市町村単位よりもブランド力を高めやすい。また県レベルでは【279頁】素材,生産に関わる多くの物語(ストーリー)の存在があると想定されるため,地域産品としてのおせちの関与も高めやすいと考え得る。
まずリサーチの全体枠組みを示すと図4-1のようになる。つまり消費者に情報提示されたおせちに対する知覚品質,購買意図および予想満足度は,その消費者のおせち関与(おせちへの関心の強さ),沖縄への地域関与(沖縄への関心の強さ),そしてブランド・ストーリー関与(おせちブランドのストーリーへの関心の強さ)に影響されると思われる。ただこれらの3つの関与の影響要因は相互に関連しあっていることも予想できる。そしてこの3つの関与は,それぞれ感性的な関心の強さである感情的関与と頭で「こうだ」と理解する認知的関与から構成される。ただしおせち関与および地域関与に関しては,消費者は自分の好きなおせちブランドがあることも多く,この2つの感情的・認知的関与以外に当該ブランドへの関心の高さであるブランド・コミットメントからも構成されていよう。
再度繰り返すと,おせち関与に関しては,メーカー,ブランドや品質などの知識関連の認知的な関心の度合い,そして魅力,愛着,役に立つ程度や関心の高さなどの感情的な関心の度合い,作り手の話などによるブランド・ストーリーへの関心の高さから構成され,それは当然ながら今回対象とするおせちの知覚品質,購買意図,予想満足度に影響を与えるものと思われる。また消費者が沖縄のことをよく知っていたり,魅力や関心度が高かったりすれば,やはり沖縄ブランドのおせちに好意を抱き,知覚品質,購買意図,予想満足度に影響を与えるだろう。したがって沖縄への地域関与も同様に影響を持つものと思われる。
ブランド・ストーリー関与に関しても同様であり,作り手の話などブランドにまつわるストーリーに関心が高ければ,他の関与とも相互作用を持ちながら図4-1のような影響を与えるものと思われる。ここでポイントとなるのは,それぞれの関与がどの程度の影響の強さを持ち,また3つの関与がどんな相互作用を持つかである。
また同様に図にある消費者の持つ制御焦点傾向が消費者の沖縄おせちブランドに対する知覚品質,購買意図,予想満足度に影響を与えるだろう。つまり消費者が促進焦点傾向といってポジティブに反応する傾向がある場合と,逆に用心深く慎重に反応するという予防焦点傾向がある場合で3つの関与の影響度も異なることが予想される。ただし,その前提として2つの提示するストーリーがあるとする。それらは,促進焦点ストーリーと予防焦点ストーリーである。具体的な内容については後述するが,このストーリーの前者は,おせちに関するコミュニケーション内容がポジティブなものであり,後者は「これがないと楽しくなくなる」など予防的な観点となっている。これらの提示によって消費者の制御焦点傾向と反応し,3つの関与の影響度は異なってくることが予想される。なおこの制御焦点理論に関しては,石井(2020)で広範なレビューが実施されており,そちらを参照されたい。石井自身もこの書籍で感覚評価に制御焦点理論の枠組みを適用しつつ,実験を重ねた研究を行っている。本研究においても味覚との関連が深く石井の制御焦点による調整効果研究が参考になっている13) 。
以後の調査では,以上の枠組みから関与の影響度を探り,そして消費者の制御焦点傾向によってもそれらが左右されることを調べるため便宜上消費者の制御焦点傾向を説明変数の1つとして加えることとする。そのためリサーチの枠組みの修正を後述のようにする。そしてこれらの結果から今回のターゲットとなる消費者セグメントを検討するために消費者のデモグラフィック属性などで具体的なセグメンテーション変数を検討する。
アンケートは,調査会社マイボイスコム株式会社に依頼し,2021年4月8日(木)16:00〜2021年4月10日(土)の調査期間で1都3県の関東圏において女性を対象に実施した。関東圏としたのは,東京都を含む関東が最大のターゲットにふさわしいからである。結果的に713名から回収した。ただしおせちの購入経験のある被験者に限定している。アンケートでは,年齢,既婚・未婚,職業,同居人数,世帯年収などのデモグラフィック属性や,おせちの購入場所・方法,何人でおせちを食べるか,普段買うおせちの価格幅を被験者に聞いており,次におせち関与,沖縄に関する地域関与,地域産品に関するブランド・ストーリー関与の質問を続けている。これらの関与尺度項目及び,その後に続く知覚品質,購買意図,予想満足度の尺度項目は7段階のリッカートスケールで測定している。
なおこれらの関与尺度項目は,表5−1で示したような項目であり,出典に記した既存文献の尺度項目を参考として作成している。
また実験刺激である促進焦点ストーリーと予防焦点ストーリーや諸関与にも影響を及ぼすと思われる個人の制御焦点傾向の尺度項目は表5−2のように作成した
そして関与項目の質問の後,図4−1の枠組みにあるように被験者は,2つに分割され,商品紹介として2つのストーリーのどちらかの提示を受ける。2つの商品紹介は以下の通りである。
【商品紹介A】促進焦点の提示ストーリー
お正月に沖縄ブランドのおせちを楽しみながらお祝いしませんか。寒い冬に,南国の風を感じさせる,心温まるおせちがあれば,ご家族みんなで,会話も弾み,楽しい団らんの時を過ごせるでしょう。その上,沖縄を経済的に応援することができます。
このおせちには,沖縄産の高級素材が4割程度使われています。そして可能な限り,沖縄の加工メーカーが一生懸命に作っています。
たとえば,
・おせちの内容…20〜30品の料理で黒豆,田作り,伊達巻,きんとんといった一般的なおせち料理を6割,現地関連品4割。
※石垣島のかまぼこや,沖夢紫(高級さつまいも)を使用したきんとん,長命草のお浸し,魚の南蛮漬,西京焼,等々沖縄全土の素材を利用。
・販売価格…1セット15000〜20000円(送料込)
・お召し上がり目安人数…3名前後
・重箱…木製の一段重で朱色の台紙。約29.5*19.5*5.2p
・その他…料理を重箱に盛り付けて冷凍し,シュリンク包装。蓋をして風呂敷で包み,化粧箱に入れてお届けします。
(注 シュリンク包装→商品を密封,汚れ防止などの目的で透明フィルムで覆うこと)
これに対し,【商品紹介B】の予防焦点の提示ストーリーでは,【商品紹介A】の下線部の部【283頁】分だけが次のようになっている。
お正月に沖縄ブランドのおせちでお祝いしませんか。大事なお正月ですから会話の弾むような,心温まるおせちがなければ楽しい団らんを過ごすことはできないでしょう。この南国の風を感じさせるようなお節があれば,ご家族みんなの団らんを損なうことなく過ごせると思います。その上,沖縄を経済的をも守ることになるでしょう。
このように促進焦点のメッセージと予防焦点のメッセージでは被験者の受け取る反応が異なってくると予想されるが,商品紹介を受けた後,この沖縄おせちブランドに対する知覚品質,購買意図,予想満足度の質問が続く。なおこれらの諸尺度項目は,表5−3で示したような項目であり,出典に記した既存文献の尺度項目を参考として作成している。
具体的なアンケートについては論文のappendix に掲載しておくので参照されたい。なお質問には逆転項目も入れており,矛盾のある回答をした被験者は分析対象から除くことにした。
6−1.単純集計結果
主な分析に用いた397サンプルの被験者の概要をみるため,単純集計した結果を示しておく。図6−1は居住都道府県であり,住民数比率でサンプルを採っている。年代は30代以降に限定しており,60代,70代のサンプル数が少なめになっている。また未既婚別では既婚が73%と多い。職業は専業主婦が多く,次いでパート・アルバイト,会社勤めが多くなっている。
次に図6−2を参照されたい。同居人数では,2〜4人が81%を占め,主流となっている。世帯収入では,500〜600万円未満と1,000〜1,500万円の2つがピークとなっている。何人でおせちを食べるかに関しては,同居人数より人員の割合が増えているため,里帰り家族か来客が一緒に食べるのであろう。おせちの購入ルートに関しては,ネット・通販が多く,実店舗との併用を合わせると実に70%となる。ネット・通販はおせちにとって極めて重要なルートとなっている。また購入価格では15,000〜30,000円未満が最も多いようである。
また図6−3では,おせちに関する関与,特に感情的関与尺度項目の単純集計を掲示している。
この図を見ると「食べるのが楽しい」,「愛着のわく商品である」,「魅力を感じる商品である」で「ややそう思う」以上の割合が特に高く,関心の度合い,役立ち,情報を集めたいに関しては「ややそう思う」以上は約半数となっている。おせちへの人気は高いと思われる。
図6−4では,おせちに関する認知的関与尺度項目の単純集計を示している。「ややそう思う」以上の割合が多いのは,「お金があれば必ず買いたい商品である」と「いろいろな販売者のおせちを比較したことがある」で50%を超えている。同じく割合が少ないのは,「いろんな販売者やブランドを知っている商品である」と「友人が購入するとき,アドバイスできる知識のある商品である」の両項目であり,おせちに関する知識はそれほど多くないようである。
【287頁】
図6−5はおせち関与のうちのブランド・コミットメントというブランドに関する関心の度合いの強さの尺度項目であるが,「ややそう思う」以上の割合はどの項目も20〜30%程度でそれほどおせちに関するブランドへの関心は高くないようである。
このように図6−4と6−5から考えると,おせちに関する感情的な好ましさは非常に高い と思われるが,それに比して知識は豊富ではなく,特定のブランドへの愛着はそれほど高いとは思えないことになる。
図6−6は,おせちのブランド・ストーリーつまりブランドに関するいわれにどのくらい関心の強さがあるかを測定する感情的関与尺度項目が並んでいる。次のブランド・ストーリーに関する認知的関与尺度項目図6−7−1と6−7−2と比べると図6−4,6−5のブランド・コミットメントと同様に感情的関与については「ややそう思う」以上の比率が高いが,認知的関与の情報や知識に関する尺度項目については「あまりそう思わない」以下の割合が相対的に多い。気持ちの上では,おせちのストーリーには好ましさを感じているが,実際の知識や【288頁】情報に関する積極性は小さいようである。特におせちの材料や作り手に関するストーリーの好感度が高い。
図6−8は,おせちではなく地域,つまり沖縄に関する関与尺度項目であり,そのうちの感情的関与測定尺度項目である。特に「私にとって関心のある地域である」と「魅力を感じる地域である」では「ややそう思う」以上の比率が高く,沖縄人気が非常に高いことがわかる。
同様に図6−9は沖縄関与の認知的関与測定尺度項目である。「いろいろな地域との違いがわかる地域である」が突出して「ややそう思う」以上の比率が高く,対照的に「友人が特産品・サービスを購入するとき,アドバイスができる知識がある地域である」では「どちらともいえない」〜「全くそう思わない」がほとんどであり,知識・情報はあまり持っていないことがわかる。そうかといって「いろいろな地域と比較したことがある」も「ややそう思う」以上の比率は小さく,自ら積極的に情報を求めることはしないようである。認知より感情先行のイメージのよい地域と言えよう。
3つめの図6-10の沖縄のブランド・コミットメントの測定尺度項目では,沖縄に関して豊富な知識は持っていないのだが,「沖縄にはお気に入りの特産物・サービスがある」となっている。しかしあくまでもイメージ先行であろう。
図6−11と図6−12は個人特性としての制御焦点傾向,つまり図6−11では促進焦点傾向という前向き思考,楽天的と表現できる測定尺度項目であり,図6−12では予防焦点傾向,つまり用心深いと表現できる測定尺度項目の割合である。これらは個人ごとに合計値をとり,促進と予防との差から個人の傾向を図るために用いるので,ここでは細かく説明しない。
【291頁】
図6-13〜図6-15-2は従属変数に相当するおせちの予想満足度,購買意図,知覚品質の各測定尺度項目の結果である。上段が前出の促進型メッセージ,下段が同じく予防型メッセージを受けての結果である。上段と下段の結果があまり違わないことから,以下で検討する提示メッセージの違いの影響はあまり期待できないことがわかる。
そこでこの実験刺激ストーリーで従属変数に当たる知覚品質,購買意図,予想満足度で統計的に有意差が出るかどうかのt検定を実施した。図6-16に見られるように促進焦点と予防焦点のストーリーの提示による差は見られなかった。さらに消費者個人の制御焦点傾向でこれらの従属変数にあたる諸変数の有意差をt検定で確認したところ図6-17に見られるように知覚【294頁】品質,予想満足度には差が見られなかったが,唯一,購買意図で統計的に有意な差が見られた(5%水準)。すなわち促進焦点傾向を持つ,言わばより前向きな消費者は購買しやすい傾向が見られると言えよう。
6−2.共分散構造分析を用いた分析:促進焦点または予防焦点ストーリーの提示による結果
6-1では単純集計で結果を見てきたが,ここでは,全体の構造を一度に検討するために共分散構造分析(AMOS)を用いる。また消費者の図4-1で示した制御焦点傾向は分析の特徴から1変数として加え,以前4.で説明した沖縄おせちの促進焦点ストーリーと予防焦点ストーリー別に分析を実施することにする。促進焦点ストーリーの方のサンプル数は205名,予防焦点ストーリーの方は192名であった。図4-1の修正版を図6-18に載せておく。
図6-19〜図6-24はその分析結果であり,それぞれにおいて適合度指標のもっとも高い分析結果を採用している。そのプロセスで統計的に有意でない変数は削除している。適合度指標もサンプル数の少なさに比して,まずまず高く,問題ないレベルである。これら全ての分析において,「おせち関与」つまりおせちに関する関心の高さは全般にわたって,統計的に非有意となっており,おせちへの関心の高低は沖縄ブランドおせちへの購買など,関心の度合いに関係がないと言える。
まず促進焦点ストーリーを提示した図16-19〜21を見ると購買意図では地域関与とブランド・ストーリー関与の両変数の係数が正で有意となっており,地域関与の方が,ブランド・ストーリー関与よりも効果が大きい。これは「促進焦点傾向を持つ,言わばより前向きな消費者は購買しやすい傾向が見られる」という前述を裏付けている。また地域関与は,それぞれの感情的関与,認知的関与,ブランド・コミットメントによって有意に構成されており,ブランド・ストーリー関与は感情的関与,認知的関与によって有意に構成されている。図6-19と6-21の促進焦点ストーリー提示での知覚品質と予想満足度の分析結果でブランド・ストーリー関与の影響が消えており,地域関与の影響と消費者の制御焦点傾向が効いている。ただし,消費者の制御焦点傾向の係数自体は小さいが,負で効いており,促進焦点つまり前向きな性格であるほど知覚品質や予想満足度が低いというのは解釈がやや困難であり,予防焦点傾向が強いつまり用心深いほど知覚品質や予想満足度が高くなる。これは用心深さが情報探索度を高め,その結果,知覚品質や予想満足度が高くなると考えれば矛盾はないという解釈の余地もある。
同様に予防焦点ストーリー提示の場合の分析結果が図6-22〜6-24である。このすべて結果は促進焦点ストーリー提示の購買意図の分析結果とほぼ同様であり,地域関与とブランド・ストーリー関与の両変数の係数が正で有意となっており,地域関与の方が,ブランド・ストーリー関与よりも効果が大きい。予防焦点ストーリー提示では,沖縄に関心の高い消費者にブランド・ストーリーを説きながら販売すれば効果が高いと言えよう。
これら両制御焦点ストーリーを提示した結果の共分散構造分析の係数結果を表にまとめると表の6-1のようになる。ここではこれまで述べてきた結果が明らかである。要するに「地域関与(沖縄)」はすべての場合に有意であるため,沖縄に関心の高い消費者は沖縄のものなら買う。そして「おせち関与」はすべて非有意ゆえに,おせち好きな消費者は沖縄ブランドのおせちには特に関心がないようである。また「ブランド・ストーリー関与」は「促進焦点ストーリー」では購買意図のみ有意で,「予防焦点ストーリー」ではすべて有意であることから,おせちの開発物語等いわれをしっかり重視して「ブランド・ストーリー」を創り,組み入れることが薦められよう。
【299頁】
6−3.共分散構造分析を用いた分析:消費者の制御焦点傾向別の結果
図6-25に消費者の制御焦点傾向別の分析枠組みを示す。6-2.で制御焦点別ストーリーの実験刺激を提示した結果,大きくは結果の変化は見られなかったため,消費者の制御焦点傾向によって結果に差が出るかどうかの検討を行うことにした。本来であれば,制御焦点ストーリー提示2通り×消費者の制御焦点傾向2通りの4セグメントで別々に分析すべきであったがサンプル数の不足により実施できなかった。ゆえに制御焦点傾向別に消費者を分け,異なった提示実験刺激をプールして分析を実施することにした。なお実験刺激は独立変数として入れているが,非有意となったため削除している。
結果は図6-26〜6-31および表6-2に示されている。適合度指標についてはまずまずである。図については見て頂くに留めるが,結果をまとめた表6-2を見ると一目瞭然である。表6-2と,参考に再掲した表6-1と比較してみると興味深い。ブランド・ストーリー関与について表6-1と表6-2では促進と予防で逆の傾向となった。すなわち促進焦点傾向の被験者ではブランド・ストーリー関与が有意となっており,予防焦点傾向の被験者では購買意図のみでブランド・ストーリー関与が有意となっている。しかしながら,いずれにせよ,促進焦点傾向の消費者はより積極的・楽天的にブランド・ストーリーに関心を持ちやすく,予防焦点傾向の消費者は相対的にブランド・ストーリーに関心を持ちにくく,知覚品質も予想満足度も【300頁】左右されにくいが,購買意図では多少左右されており,購買促進になると思われる。これらの2つの表の比較から,ブランド・ストーリーの提示と消費者の制御焦点傾向は関連がありそうであり,被験者数を増やして2つのブランド・ストーリー提示と消費者の制御焦点傾向の高低で別々に4通り分析することが将来的な課題として挙げられよう。
この節において結論的には,促進焦点傾向の消費者,つまり前向きな消費者の場合,ブランド・ストーリーの効果が高く,よい物語がついていれば,それが決め手となるだろうということであった。そして特に購買意図に注目すると,どちらの傾向を持つ消費者でもブランド・ストーリーが重要であり,予防焦点傾向の用心深い消費者については沖縄に関心の高い消費者をターゲットとするのがよい。またこの予防焦点傾向の消費者については地域関与(沖縄)がすべて有意となり,用心深い消費者の場合,特に地域関与が決め手となることがわかった。
しかしながら,地域関与の強さがおせちの地域ブランドの最大の決め手であるが,やはりブランド・ストーリーの影響も大きく,ブランドにまつわる物語の創造・活用が重要であることが判明した。
6−4.地域関与(沖縄),ブランド・ストーリー関与,消費者の制御焦点傾向を年齢,結婚有無,職業,同居家族人数,収入,おせちの購買価格,購入ルートなど消費者属性から探る試み:決定木分析による
沖縄おせちブランドを販売する場合の重要なキーとなりうる地域(沖縄)関与,ブランド・ストーリー関与,消費者の制御焦点傾向は,アンケートを採らねばわかりにくい,消費者セグメンテーション実施には不便な消費者属性である。従って年齢,結婚有無,職業,同居家族人数,収入,おせちの価格,購入ルートなど容易に判別できる変数でセグメンテーションできれ【304頁】ば,販売がより容易となるはずである。それゆえ,決定木分析により上記の分類に有用な消費者属性を検討したい。
結果としては沖縄という地域関与を効率よく分類する消費者属性はなかったが,ブランド・ストーリー関与と消費者の制御焦点傾向についてはある程度消費者属性による分類ができた。まず図6-32は,消費者のブランド・ストーリー関与を前述の消費者属性で分類を試みた結果であるが,まず第1の分岐は百貨店で購買する場合にはブランド・ストーリー関与の高い消費者が多く,中でも百貨店のネット・通販で買う場合には圧倒的にブランド・ストーリー関与の高い消費者が多かった。この結果,百貨店のネット販売あるいは通販で買う消費者をターゲットにして,特に充実したブランド・ストーリー,つまり物語を創造,活用しつつ販売することが推奨される。なお百貨店以外での購買では消費者のブランド・ストーリー関与は低い割合が若干勝っていた。
次に図6-33を見ると同居人数が3人以上だと予防焦点傾向が強い,つまり用心深くなり,2人以下だとどちらとも言えない傾向が見られる。
また同居人数が3人以上でもネット,通販,料亭・レストランで購入する消費者は促進焦点傾向,つまり前向きな消費者が多くなるが絶対数が少ない。それよりも同居人数が3人以上でそれらのルートを使わず,実店舗で購入する消費者は予防焦点傾向が強く,つまり用心深い消費者が特に多い。実物を見て買うと類推され,自然な形であるかも知れない。
このことから表6-2の結果で予防焦点傾向の消費者のおせちの購買意図において地域関与とブランド・ストーリーが効果的であることを考え併せると同居人数が3人以上でネット,通販,料亭・レストランでの販売ではなく,実店舗で購入する消費者は予防焦点傾向を持つことが多い。それゆえ,この層に対してはブランド・ストーリーを充実させることが重要である。図6-32の結果と考え併せると百貨店のネット・通販であろうと対面販売であろうと制御焦点傾向は変わるかも知れないが,重要なターゲットと定め,ブランド・ストーリーを充実させ,特に同居3人以上の世帯の消費者への対面販売では沖縄の地域関与を高めるような販売戦略立案が重要である。
本論の重要部分は,これまで下線を引いてきたところであるが,文章だけでは非常に複雑となり理解しにくいため,マインドマップ風に図7にまとめ,含意が一目でわかるように工夫した14) 。直線でつながっている部分は関連が深いことを意味する。
まず一般おせちのAブロックのところであるが,ここでは一般的におせちに関しては感情的にはとても好ましく,お金があれば必ず買いたい商品であるが,あまり知識もなく,そうかといって積極的に情報を取りに行くこともしない商品だということがわかる。また特定ブランドへの関心も今のところはなさそうだ。Bブロックは,沖縄の地域関与についてであるが,一般的なおせちと同様,他地域との違いが明白で感情的には好きだが,知識はあまりない。それでもお気に入りの特産物・サービスはあるということであった。
Cブロックのおせち関与であるが,いくらおせちに関心が強くても,沖縄ブランドおせちには関心を持たないようである。またDブロックの沖縄ブランドのおせちに関しては,沖縄地域への関心の強さ,ブランド・ストーリー(材料や作り手などの物語)への関心の強さが購買にプラスで効いていることがわかり,地域関与の方が影響大であることも判明した。そして消費者の制御焦点傾向に関するEブロックであるが,両制御焦点傾向を持つ消費者では沖縄地域関与とブランド・ストーリー関与の影響度合いが異なることがわかった。前向き,積極的との性格を持つ促進焦点傾向の消費者には物語であるブランド・ストーリーが,慎重で注意深い性格を持つ予防焦点傾向の消費者には沖縄地域関与が特に重要であった。
結局は,両傾向の消費者ともターゲットにしうるため,Dブロックの結果も含め,沖縄への関心を高めたり,ブランド・ストーリーを説いたりしながらの販売が望ましいことが判明した。以上のように沖縄おせちに関しては,沖縄地域関与とブランド・ストーリー関与の2つが重要であり,おせち関与は重要ではなかった。そしてこれら重要な2つの関与の影響度に関しては消費者の制御焦点傾向が関連していることがわかった。
今後の主な課題としては,前に述べたように,被験者(サンプル)数を増やして2つのブランド・ストーリー提示と消費者の制御焦点傾向の高低で別々に4通り分析するという研究の深掘りが将来的な課題として残されている。
本研究は科研費基盤研究B(19H01540)(代表:上田隆穂)によるものである。また(株)銀の森コーポレーションの方々には情報提供など頂いており,謝意を表したい。
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・Haws, Kelly, L. Dholakia, and William O. Bearden (2010) “An Assessment of Chronic Regulatory Focus Measures”, Journal of Marketing Research, 47(5), 967-982.
・Shiv, Baba, and Joel Huber (2000), “The Impact of Anticipating Satisfaction on Consumer Choice,” Journal of Consumer Research, 27(2), 202-216.
・石井裕明(2020)『消費者行動における感覚と評価メカニズム』,千倉書房.
【309頁】・上田隆穂(2020)『美味しさを生み出す情報に関する研究枠組みの検討〜ガストロフィジックスの視点から〜』,学習院大学経済論集 56(3・4合併号),pp. 41-51.
・上田隆穂・竹内俊子(2020)『地域特産物の『美味しさ』を増幅する『ふるさと情報』の考察』,学習院大学経済経営研究所年報 34号,pp. 1-39.
・上田隆穂(2021)『持続可能性を高める,食による地域創生』,日本フードサービス学会年報,第25号招待論文,pp.28-43.
・枝廣淳子(2018)『地元経済を創りなおす』,岩波新書.
・尾崎由佳・唐沢かおり(2011)『自己に対する尺度評価と接近回避志向の関係性-制御焦点理論に基づく検討-』,心理学研究 第82巻,第5号,pp.450-458.
・小嶋外弘・杉本徹雄・永野光郎(1985)『製品関与と広告コミュニケーション効果』,広告科学11,pp.34-44.
・ケ博元(2021)修士論文『製品訴求メッセージと製品価格における「ラウンド価格効果」に関する検討 〜制御焦点理論に基づいて〜』
・六雁監修(2013)『御節大観』,旭屋出版.
・矢嶋美由希(2012)『ふだん使いのマインドマップ』阪急コミュニケーションズ.