地域医療構想における機能別病床数の変化
―2016年から2020年の病床機能報告データによる現状分析―
鈴木 亘
本稿は,地域医療構想における全病床数および機能別病床数の変化について,2016年と2020年の病床機能報告の個票データを用いて現状分析を行った。具体的には,構想地域ごとに推計された病床の必要量(必要病床数)に,どの程度,2020年の病床数や2025年(見込み)の病床数が近づいているかという観点から評価を行った。また,各構想地域の病床の集中度(病棟病床数のハーシュマン・ハーフィンダール指数)を用いて,病床の集約化が進んでいるかどうかも見た。
まず,全国における2020年の各機能別病床数を2016年対比でみると,全病床が4.8%の減少,高度急性期病床が10.4%減少,急性期病床が8.9%減少,回復期病床が34.1%増加,慢性期病床が12.7%減少となっており,それぞれの病床の必要量に向けてあるべき方向に進捗していることがわかる。2025年(見込み)には,高度急性期病床を除き,さらに進捗がある予定である。しかしながら,病床の必要量との間にはまだ大きな隔たりがある。2020年における全病床の目標達成度は53.3%と半分強程度であり,高度急性期病床,急性期病床,回復期病床,慢性期病床は,それぞれ41.4%,26.8%,20.6%,58.8%の達成度に止まる。2025年(見込み)については,全病床の達成度は91.4%まで迫るものの,高度急性期病床,急性期病床,回復期病床の達成度は34.4%,31.9%,27.3%と,依然,病床の必要量から大きく乖離したままである。
同様の分析を都道府県別,さらに構想地域別にブレークダウンして行ってみると,当然のことながら,各地域の変化率や達成度には大きなバラツキが生じていることがわかる。ただ,2016年時点で病床の必要量との乖離が大きい地域ほど,その後の変化が大きくなるという傾向が,弱い相関ながらも確認でき,将来的には目標に収斂してゆく傾向がうかがえる。
また,病床の集中度に関しては,2016年から2020年にかけて,全病床,高度急性期病床,急性期病床,慢性期病床が高まっている一方,回復期病床の集中度は低くなっていることがわかった。これは,地域医療構想が企図している方向性と,概ね整合的な動きと解釈できる。
地域医療構想,機能別病床,病床規制,医療介護総合確保推進法
コロナ禍においてもしばしば問題となったように,我が国の医療提供体制は様々な構造的問題を抱えている。第1に,人口当たりの病床数はOECD諸国の中で最も多いものの,相対的に医師や看護師の配置が少ないため,全体として低密度医療に陥っていると言われる。第2に,医療機関の機能別病床の内訳をみると,急性期病床の割合がかなり高く,その中には,中小病院を中心に,実際には急性期の患者を引き受けることが難しい「なんちゃって急性期病床1)」と言われるものも少なくないとされる。第3に,我が国独特のフリーアクセスという制度と相まって,諸外国に比べて,医療機関間の機能分化や役割分担,連携関係が明確で無く,病院・病床の集約化もあまり進んでいない。第4に,地域別の医師や医療機関の偏在が著しく,特に地方においては医師不足,病院不足が深刻化している地域がある。今後,地域間の人口減少や高齢化に伴う医療の質や量の変化に伴って,こうした構造問題はますます深刻化することが予想される。そのため,政府は,2014年に医療介護総合確保推進法を制定し,各地域の中で2025年度までに適切な医療提供体制の構築を目指す「地域医療構想」に着手してきたのである。
しかしながら,地域医療構想の進展は,一部の地域を除いて,全体的にあまり芳しいものとは言えない。また,2020年はじめからは,新型コロナウィルス(COVID-19)のパンデミックが始まり,さらに施策を進めることが難しい状況となっている。もっとも,地域医療構想の目標である2025年度はもはや目前に迫っており,2024年度からは地域医療構想を前提とした第8次医療計画も始まることから,地域医療構想の推進のために残された時間はあまりに少ない。まずは,現状をしっかりと把握・評価し,地域医療構想を期間内に少しでも施策を進捗させるため,抜本的に戦略を練り直す必要があるだろう。
そこで,本稿は,その地域医療構想の現状把握に資するため,個票データが入手可能な2016年から2020年までの機能別病床数の変化を分析し,その時点までの進捗状況の評価を試みる。もちろん,地域医療構想の政策目的は機能別病床数の変化だけではなく,切れ目のない医療提供体制の構築などにもあるので(東京財団(2017),三原(2020)),本稿の分析だけで地域医療構想の総合的評価を行ったと言うつもりはない。本稿では,@各地域で定めた2025年の病床の必要量(必要病床数)に対して,各地域が近づいているのか,近づいているとすればどの程度進捗しているのか,A医療機関間の機能分化や役割分担と関係する機能別病床の集約化がどの程度進んでいるのか,という2点に絞って現状評価を試みる。
以下,2節では,地域医療構想について概説する。3節では,本稿で用いる機能別病床報告の個票データについて説明する。4節では,2016年度から2020年度,あるいは2025年度(見込み)までの病床数変化について分析を進める。5節では,同期間について病床の集中度の変化を分析する。6節は全体のまとめである。
既に述べたように,地域医療構想は,2014年6月に成立した医療介護総合確保推進法によって制度化された施策である。将来人口推計をもとに2025年に必要となる病床数(病床の必要量)を4つの医療機能ごとに推計した上で,各地域の医療関係者等の協議を通じて病床の機能分化と連携を進め,効率的な医療提供体制を実現することを目的とする。医療介護総合確保推進法の成立を受け,厚生労働省は2015年3月に「地域医療構想策定ガイドライン」を定めており,これに従って,2016年度中に全ての都道府県で,各地域医療構想が策定された。また,これらは各都道府県によって,2018年4月から始まった第7次医療計画の中に位置づけられている2)。
具体的に,地域医療構想では,二次医療圏を基本に全国で3393)の構想区域を設定し,構想区域ごとに高度急性期,急性期,回復期,慢性期の4つの医療機能ごとの病床の必要量を推計している。図表1は,各構想区域で推計された病床の必要量(必要病床数)を全国のベースに集計し,2015年の機能別病床数の集計値と比較したもので,平成29年度厚生労働白書から転載している。全国ベースでみて,高度急性期と急性期を合わせた病床数を3割程度縮減する一方,回復期病床は約3倍に拡充する必要があることが記されている。また,慢性期病床も約2割程度縮減し,全体の病床数も1割強程度縮減する必要性が示されている。
この目標を実現するための仕組みが,地域医療構想調整会議であり,各地域内の医療関係者や行政関係者,有識者等から構成される。調整会議では,各医療機関が自主的に選択する病床機能報告制度に基づき,各年の現状病床数と2025年の病床の必要量,医療計画での基準病床数等を参考に,病床の地域偏在や,余剰または不足が見込まれる機能を明らかにし,関係者間で地域の実情が情報共有される。そして,これらのエビデンスを元に,関係者間の協議によって構想区域における課題を解決し,2025年のあるべき医療提供体制の構築を目指すのである。
しかしながら,現実には地域医療構想の進展状況ははかばかしくない。その理由は,調整会議が構想区域ごとの目標に近づいてゆくための手段を,もっぱら関係者同士の話し合いにゆだねているからである。パイが拡大してゆく時代であればともかく,縮みゆく時代の合意形成・利害調整を話し合いだけで行おうというのは,そもそもあまり現実的とは言えない(鈴木(2017,2020,2021))。もちろん,急性期病床を回復期病床に転換する際には,改築費程度の補助金が出る仕組み(地域医療介護総合確保基金の医療分・区分T−1の事業)があるが,経済的動機づけとしては弱く,十分とは言えない4)。実際に,基金の予算に対する執行状況は未だにかなり低い状況である(図表2)。また,医療機関の新規開設や増床に関する都道府県知事の権限を強化したり,国による助言や集中的財政支援がある重点支援区域の設定,公立病院の統合再編の動きを先行させるなどの諸施策も行われてきたが,なかなか一筋縄には進まない【294頁】 のが実情である。
さて,本稿では地域医療構想の進捗状況の評価にあたって,主に,病床の必要量(機能別病床の必要量および全病床の必要量)と現状(2020年および2025年見込み)の比較を行うことにする。ただし,病床の必要量を政策目標として見て良いかどうかについては異論のあるところだろう。病床の必要量に達するためには,多くの都道府県や構想地域において全病床数や急性期病床数等を削減する必要があるが,厚生労働省は病床削減が政策目標であるかどうかについて,態度を曖昧にしている5)。また,各都道府県の地域医療構想の文章を分析した東京財団(2017),三原(2020)によれば,47都道府県のうち実に29の道府県が,病床削減という政策目的について,「強制的に削減しない」,「機械的に当てはめない」などの表現で,曖昧なままにしているとのことである。
しかしながら,それならば,そもそも何のための病床の必要量の推計なのかということになる。東京財団(2017),三原(2020)が詳しく論じているように,地域医療構想の策定を議論してきた政府の会議(社会保障国民会議,安心社会実現会議,社会保障制度改革国民会議)では,病床削減も含め,機能別病床数を適正化してゆくことが中心課題とされており,実際,地域医療構想の制度設計上も,それが目的となっていることは明らかである。厚生労働省や29道府県の曖昧な態度は,日本医師会をはじめとする関係者の反発を恐れ,地域医療構想の目的を明確にできない,あるいはしたくないという政治的な意味合いが大きいものと思われる。
いずれにせよ,本稿は,機能別病床の必要量が厳密に政策目標なのかどうかという議論に深入りするつもりはない。地域医療構想の機能別病床の変化を現状評価する一つの基準として,病床の必要量を用いることにする。また,病院・病床の機能分化の徹底と集約化ということも,地域医療構想の中で政策目的として議論されてきた重要テーマであることから,病床の集約度の変化を用いて,その現状評価を行うことにする。
本稿の分析に用いるデータは,各都道府県が域内の医療機関(全病院,全有床診療所)から回収している病床機能報告の公表データである。厚生労働省のウェブサイト6)から,平成28年(2016年)から令和2年(2020年)までの全個票データが入手可能である。本稿ではそのうち,平成28年と令和2年のデータを用いることにする7)。病院データは,施設票と病棟票に分かれているが,病棟票の方を用いる。病棟票は,各病院の病棟ごとの病床数(一般病床および療養【295頁】 病床,それぞれ許可病床と稼働病床,療養病床については医療療養か介護療養かの別)が報告されており,調査年の7月1日現在における病床の医療機能が明記されている。本稿では,一般病床と療養病床の合計に,4つの医療機能のラベルを付し,各機能別の病床数を算出した。有床診療所データについても同様の処理を行い,病院データと有床診療所データを合わせて,構想地域ごとに集計した。令和2年のデータについては,2025年7月1日時点の医療機能の予定も報告されているため,これも2025年の機能別病床数(見込み)として構想地域ごとに集計している。
なお,本稿の集計結果と各都道府県の病床機能報告でまとめられている病床数を比較すると,微妙に値が異なる構想地域も一部,存在していた。これは,厚生労働省自身が公表データの留意事項に明記しているとおり,厚生労働省がデータを収集した後に,各都道府県に修正報告を行ったり,新たに回答した医療機関が存在することが原因と思われる。しかし,本稿では,病床集約度など,個票データを用いなければ分析できない内容があるため,厚生労働省の公表データの方をそのまま用いることにした。一方,各都道府県が推計した構想地域ごとの機能別病床の必要量については,厚生労働省(2017)に一覧表が掲載されているので,その値を用いた。
さて,病床の集約度を表す指標としては,ハーシュマン・ハーフィンダール指数(HHI)を用いることにした。HHIは本来,産業組織論などで市場の競争環境を表す変数としてよく用いられる指標である。まず,構想地域内における各病棟の病床のシェアを計算し,その2乗値を作り,それを構想地域内で集計して指標とした。HHIは0から1の間の値をとり,シェアの大きな病棟があるほど,大きな値をとる。地域内の病床集約化が進めば,HHIはより大きな値をとると考えられる。構想地域内だけではなく,全国ベースのHHIも計算している。
4.1 全国
まず,図表3から図表5は,全国のベースで,@2016年から2020年までの各機能別病床の変化率,A2016年から2025年(2020年における見込み)の各機能別病床の変化率,そして,B2016年から病床の必要量までの変化率をみたものである。@の2020年における各病床数の2016年対比の変化率をみると,全病床としては4.8%の減少,高度急性期病床が10.4%の減少,急性期病床が8.9%の減少,回復期病床が34.1%の増加,慢性期病床が12.7%の減少となっている。すなわち,全病床および各機能別病床とも,その必要量に向かって,あるべき方向に進捗していることがわかる。Aの2025年の病床数見込みについては,全病床が8.2%の減少,高度急性期病床が8.6%の減少,急性期病床が10.6%の減少,回復期病床が45.3%の増加,慢性期病床が17.2%の減少であるから,高度急性期を除いて,さらに目標に向けて進捗する予定となっている。
ただ,全体としては概ね,目標の方向に進んでいるとは言え,各病床の必要量との間にはまだ大きな隔たりがある。図表4は,2016年の各病床数と病床の必要量との差を1とした場合,2020年の病床数および2025年(見込み)の病床数がどこまでそれに迫っているかを達成度として見たものである。2020年については全病床が0.533と半分強程度の達成度であるが,高度急【296頁】 性期病床,急性期病床,回復期病床については,それぞれ0.414,0.268,0.206と達成度はかなり低い。慢性期病床のみ,0.588とやや達成度が高くなっている。一方,2025年の見込みでは,全病床の達成度が0.914,慢性期病床の達成度が0.801になるが,高度急性期病床,急性期病床,回復期病床の達成度はそれぞれ0.344,0.319,0.273と大きく乖離したままである。病床の必要量は厳密な政策目標ではないことは既に述べた通りであるが,特に,急性期病床や回復期病床で大きな乖離が生じていることは,やはり大きな課題と言えるだろう。
ちなみに,このペースで進捗した場合,病床の必要量の目標値に達するまで何年かかるのか,到達年はいつになるのかを計算したものが図表5である。2016年から2020年の変化をベースとした場合には,全病床は2023年に目標に達することになるが,高度急性期病床は2026年,急性期病床は2031年,回復期病床は2035年と,地域医療構想の計画期間を大きく超えることになる。また,2016年から2025年(見込み)までのペースで推移した場合には,高度急性期病床,急性期病床,回復期病床はさらに遅れ,2040年代にならないと目標値に達しないことがわかる。
4.2 都道府県別
上記の全国ベースと同じ分析を,都道府県別集計値に対して行ったものが,図表6から図表10である。まず,図表6の全病床数の変化をみると,2016年から2020年までの変化率は,ほぼ全県で減少していることがわかる。ただ,その変化率の幅は富山県の10.1%減から山梨県の2.3%増加までかなりのバラツキがある。興味深いのは,全病床の必要量が2016年対比で増加している一都三県(東京都,神奈川県,千葉県,埼玉県)や大阪府,沖縄県までもが全病床数を減少させていることである8)。また,それ以外に,病床削減目標の達成度が高いのは北海道,愛知県,滋賀県,京都府,兵庫県,奈良県,福岡県などであり,主に都市部で目標対比の病床削減幅が大きい(一部は目標を上回る)ようである。一方,それ以外の県については全国と同様,達成度は低いままである。各都道府県間で進捗状況に大きな差があると言える。
図表7の高度急性期病床については,そもそも病床の必要量が2016年対比で増加している県が8県もあり,まだまだ高度急性期病床が不足している地域がある一方,2016年対比で半数程度まで減少させるべき地域も数多いことが特徴である。また,2020年には2016年対比で病床を削減した地域でも,2025年(予定)では再び増加させる予定になっているところが大変多いなど,やや錯綜した動きとなっている。このため,都道府県別のバラツキもかなり大きい。
図表8は急性期病床の変化率等をみたものである。2016年から2020年の変化率は,ほとんどの地域で減少しているが,18.0%も減少させた和歌山県から4.1%の増加をしている沖縄県まで,そのバラツキはやはり大きい。また,病床の必要量に対する達成度は各都道府県とも低く,東京都と沖縄県は削減すべきところを逆に増やしていることから,達成度はマイナスの値となっている。
一方,図表9の回復期病床における2016年から2020年の変化率については,全都道府県できれいにそろって増加している。もっとも,病床の必要量に対する達成度は,北海道や沖縄の他,【297頁】 首都圏や関西圏,愛知県,福岡県などの都市部で総じて低い。図表10の慢性期病床における2016年から2020年の変化についても,ほとんどの地域で減少しているものの,そのバラツキは大きい。埼玉県と神奈川県の病床の必要量は2016年よりも多くなっているものの,2020年,2025年(見込み)までの変化は減少を続けている。ただ,目標の達成度は他の機能別病床よりは総じて高く,京都府や奈良県をはじめとして1を超えている地域が散見される。
さて,都道府県別にみるとバラツキが大きくなることは当然と言えるが,政策的に興味があるのは,2016年の機能別病床数が病床の必要量から大きく乖離していた都道府県ほど,その後の変化率が大きくなっているかどうかである。つまり,キャッチアップするメカニズムが働き,目標への収斂傾向が見られるかどうかが重要である。図表11は,機能別病床ごとに,縦軸に2016年から2020年の変化率,横軸に2016年から病床の必要量への変化率を散布図としてプロットしたものである。もし,収斂傾向があるならば,右斜めに各都道府県が並ぶはずである。図表11をみると,全病床と高度急性期,急性期病床,慢性期病床については,弱いながらも収斂傾向があるように見える。もちろん,バラツキは大きく,相関係数はそれぞれ0.338,0.400,0.476,0.418とあまり高いとは言えない。同様に図表12は,縦軸に2016年から2025年(見込み)の変化率,横軸に2016年から病床の必要量への変化率をとった散布図である。全病床と高度急性期,急性期病床についてはやや相関が高まり,それぞれ0.577,0.523,0.550となった。
4.3 構想地域別
都道府県別の分析から,さらに339の構想地域別の分析にブレークダウンしてゆくことにしよう。図表13は2016年から2020年までの機能別病床の変化率の分布を区分ごとにみたものであるが,やはり,かなり変化率のバラツキは拡大している9)。カーネル密度推定を使ってそれぞれの機能別病床変化率の分布を視覚化しても,やはりかなり大きなバラツキとなっていることがわかる(図表14)。このバラツキが大きいという特徴は,2016年から2025年(見込み)の変化率を見ても同様である(図表15)。また,図表16の病床の必要量に対する達成度を見ても,はやり構想地域間で大きなバラツキがあることがわかる。
都道府県別の分析でも論じたように,構想地域別の大きなバラツキに関して,政策的に重要なことは目標に向かっての収斂傾向が見られるかどうかということである。図表17,18はその点を確認している。まず,図表17は機能別病床ごとに,縦軸に2016年から2020年の変化率,横軸に2016年から必要量への変化率を散布図としてプロットしたものである。都道府県別データよりもさらに漠然としてはいるものの,いずれも弱い正の相関が確認できる。相関係数は高度急性期病床と回復期病床がやや高く,それぞれ0.474,0.518である。図表18にみるように,縦軸を2016年から2025年(見込み)の変化率にすると,全病床と急性期病床については正の相関がやや高まり,相関係数はそれぞれ0.487,0.424となる。
最後に,病床の集中度の変化について見ることにしよう。図表19は,既に説明したHHIについて,@2016年から2020年の変化率,A2016年から2025年(見込み)の変化率を,全病床と各機能別病床についてみたものである。まず全病床のHHIは,@2016年から2020年,A2016年から2025年(見込み)の変化とも,集中度が高まっていることがわかる。機能別にみても,高度急性期,急性期は@Aの期間とも集中度が高まっており,病床の集約化という観点からは,地域医療構想の企図と整合的な動きであると解釈できる。ただ,ここでみている集中度は,あくまで病棟別の集中度にすぎないから,その背景として病床規模の大きい病院に病床が集約化されているのか,どのような病院に集約化されているのかなど,詳しいことはよくわからない。
回復期病床に関しては,変化率は@Aの期間とも負であり,集中度が下がっていることがわかる。ただ,中小病院において急性期病床から回復期病床への転換が進んでいるのであれば,急性期病床の集中度が高まる一方で,回復期病床の集中度は低くなるはずであるから,これも地域医療構想にとって望ましい動きと解釈できる。慢性期病床については,@Aの期間とも集中度が上がっている。慢性期病床の規模の利益を追求するならば集中度が上がる方が望ましいことから,これも地域医療構想の企図から外れてはいないだろう。
図表20,21は,構想地域別に,@Aの期間の変化率をみたものであるが,やはり各機能別病床とも地域ごとの変化率のバラツキが大きいことが確認できる。問題は,集中度が低い地域ほど,その後の集中度が増すようなキャッチアップが生じているかどうかである。そこで,図表22は,機能別病床ごとに,縦軸に2016年から2020年の変化率,横軸に2016年の集中度をとって散布図をみたものである。全病床,機能別病床ともに明確な関係が観察されない。すなわち,相関係数が負となったり,正であっても相関係数は非常に低い。この点は,図表23の2016年から2025年(見込み)の変化率をとったグラフでもほぼ同様の動きとなっている。
本稿は,地域医療構想における全病床数および機能別病床数の変化について,2016年から2020年の病床機能報告の個票データを用いた現状分析を行った。現状を評価するためには,何らかの政策目標が必要である。そこで,厳密には政策目標と認められていないものの,構想地域ごとに推計された病床の必要量(必要病床数)に,どの程度,2020年の病床数や2025年(見込み)の病床数が迫れているかという観点から評価を行った。また,各構想地域の病床の集中度(病床のハーシュマン・ハーフィンダール指数)を用いて,病床の集約化が進んでいるかどうかも見た。
まず,全国における2020年の各機能別病床数を2016年対比でみると,全体として4.8%の減少,高度急性期病床が10.4%減少,急性期病床が8.9%減少,回復期病床が34.1%増加,慢性期病床が12.7%減少となっており,病床の必要量に向けて全病床,各機能別病床とも,あるべき方向に進捗していることがわかった。2025年(見込み)の各機能別病床数については,高度急性期病床を除いて,さらに進捗がある予定である。しかしながら,病床の必要量との間にはま【299頁】 だ大きな隔たりがある。2020年における全病床の達成度は0.533と半分強程度であり,高度急性期病床,急性期病床,回復期病床,慢性期病床は,それぞれ0.414,0.268,0.206,0.588という達成度である。急性期病床,回復期病床の達成度が特に低いと言える。2025年(見込み)については,全病床の達成度は0.914まで迫るものの,高度急性期病床,急性期病床,回復期病床の達成度は0.344,0.319,0.273と,依然,病床の必要量から大きく乖離したままである。この点,現状には大きな課題が残る。
同様の分析を都道府県別,さらに構想地域別にブレークダウンしてみると,当然のことながら,各地域の変化率や達成度のバラツキはかなり大きくなる。その場合,政策的には,病床の必要量と乖離が大きい地域ほど,その後の変化率が高く,キャッチアップする方向に動いているのかどうかが興味深いところである。散布図を用いてそのキャッチアップの状況を確認したところ,バラツキは大きいものの,弱いながらも正の相関が確認でき,キャッチアップしてゆく傾向がうかがえる。
また,病院・病床の機能分化の徹底と集約化についても,地域医療構想における重要テーマの一つであることから,それに関連する指標である病床の集中度について,若干の分析を行った。その結果,全病床,高度急性期,急性期,慢性期の各病床の集中度が高まっており,回復期の病床の集中度が低くなっていることがわかった。これらの動きは,地域医療構想が企図している方向性と概ね整合的な動きと解釈できる。
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