現代の「日本的経営」論(6)
手塚 公登・小山 明宏
1.1 バブル経済破裂までの日本企業のコーポレートガバナンス
このトピックの検討には,伝統的な日独米のコーポレートガバナンス・システムの比較が有用である。下の図はそれを象徴的に表すものである。
「会社の経営監督機構の比較」と称するこの図は,まだ委員会(等)設置会社が発想される前の(古い)日本企業を念頭に置いたものである。ここでいう日本型はいわゆる「一層型」,ドイツ型は「二層型」,その中間の「米英型」は人により「一層型」とも「二層型」とも呼ばれるものである。欧米流の解釈では,トップマネジメント組織は「@ 仕事をする人」と「A @の人たちを監督する人」という2グループからなるとされていて,この2グループの関係はどうなっているか,という見方になる。
ここでの「日本型」では取締役が業務執行とそのmonitoringという前述の@A二つの機能を併せ持ち,そのため「一層型」と呼ばれたものである。形式的には取締役会の中の,代表権を持つ取締役が業務執行を担い(@),それ以外の取締役がそれを監督する(A),ということにはなっていたが,同じ組織内でそれを担当していたので,まさに「一層型」ということになる。そしてこのためわが国では「取締役」というと業務執行を行う人たち,という理解が一般化していて,本来そういう人たちを「取り締まる」のが仕事なのが一般大衆には正しく理解されていなかった。人によってはこの状態を「泥棒と警察が兼務」などと表現していたこともある。一応監査役というものもあるが,このころの監査役は,実質は形式的な存在で,トップマネジメント組織の「盲腸」などという形容もなされていた。社内での取締役昇進競争に敗れ,「閑職」としてあてがわれていた(名誉)職,という解釈も取り沙汰されていた記憶がある。
米英型では,図の上では@とAは御覧の通り分離しているが,それぞれのトップが兼任されている(ことが多い)ことから,これを二層型とはみなさず,一層型とみる研究者が,特にドイツに多い。ドイツ型はこれが完全に分離されていて,正真正銘の二層型とみなされている。
日本企業におけるこのような「一層型システム」では,その全体を監視するのは誰なのか,という疑問は筆者の一人がドイツ人研究者から常に問われていたことだが,当時の日本では,実質的にはメインバンクが最終的監視者だった,というのが私の回答であった1)。これは青木(1995)で「状態依存的ガバナンス」と呼ばれるものである。
「状態依存的ガバナンスとは,企業の財務状態が健全であるかぎり,企業のコントロール権は従業員の内部ヒエラルキーをへて昇進・選抜された経営者(インサイダー)に完全に委ねられているが,企業の財務状態が悪化した場合,そしてそういう場合にのみ,内部者から「特定」の外部者,すなわちメインバンクへ,コントロール権が自動的に移行する,そういうことが当事者のあいだで前もって了解されているようなガバナンス構造がある。2)」
このほか,Sheard(1988)やAoki(1991)は,企業経営権の支配という観点からメインバンク関係をとらえ,日本においてはメインバンクがテイクオーバー市場を代替する役割を持っていたとしている。そこではメインバンクは安定株主として企業経営権の安定化に協力しているが,現経営陣による経営が非効率的と判断された場合には,経営者の刷新や企業の再編成を求めるなど,経営に介入するという側面が強調された。これは重要な論点であり,メインバンク関係の意義を論じるにあたっては,このような銀行による企業経営への介入も十分考慮する価値があるとされる。
ドイツでの研究会でもドイツ人研究者が最終的に問題とするのは,それでは誰が最終的に銀行を監視するのか?,という疑問であった。そしてこれがまさに,バブル経済破裂後の日本【319頁】 経済の大破綻の原因となったことは,今では衆智のこととなっている。すなわち,建前としては国が銀行を監視するはずだった,ということである。この「監視」が不備で,銀行までがバブルに飛び込んでしまったことから,あの暗黒の時期が到来し,続いてしまったのであった。
1.2 委員会「等」設置会社について
委員会「等」設置会社は,2002年の商法改正によって導入された企業の監査形態で,それは,経営の監視機能として,これまでの監査役に代えて社外取締役を中心に構成される指名委員会,監査委員会,報酬委員会の三つの委員会を設置し,これまで取締役が行ってきた業務執行機能を執行役に代える制度を採用した会社である。具体的には取締役候補を決める「指名委員会」,監査役の役割を担う「監査委員会」,役員の報酬を決める「報酬委員会」を設置し,これまで社内取締役が行なってきた業務執行機能をこれらの委員会が代行する。各委員会は取締役3名以上が必要で,そのうち過半数は社外取締役で構成されなければならない。これにより,企業活動の透明性を高め,市場の信頼性を確保するのが狙いであった。商法特例法上の大会社ないしみなし大会社が,商法の委員会等設置会社に関する特例の適用を受ける旨の定款の定めを設けて導入する。2002年商法改正によって導入されたが,2006年会社法施行により,委員会設置会社と呼称が変更された。
1.3 現代の日本の3つのタイプのコーポレートガバナンス・システム
現代日本におけるコーポレートガバナンス・システムは次のように要約される3)。我が国の会社法は,平成17年以来,とりわけ26年から30年まで毎年,複数回にわたる改正の歴史を持つ。そして,日本企業のコーポレートガバナンスの歴史も多かれ少なかれこの改正と並行して進んできている。平成26年の改正の概要は以下のとおりである(中島成総合法律事務所による)。
1.新たなキャッシュアウト制度
〜株式の90%以上を所有する株主は,他の株主に株式を売り渡すよう直接請求できる〜(平成26年8月4日)
2.支配株主の異動を伴う新株発行等に株主が関与できる
〜議決権の10分の1以上の株主の反対があれば新株発行等に株主総会の決議が必要〜(平成26年11月5日)
3.監査等委員会設置会社
〜監査役会設置会社でも委員会設置会社でもない新しい会社統治の仕組みが創られた〜(平成26年11月5日)
4.社外取締役・社外監査役の要件厳格化,社外取締役設定推進措置(平成26年11月5日)
5.多重代表訴訟
〜親会社の株主が子会社の役員に株主代表訴訟を起こせるようになる〜(平成26年11月5日)
6.子会社の株式譲渡と親会社の株主総会特別決議
〜子会社の株式譲渡が事業譲渡と同じ意義を有するような場合,親会社の株主総会の特別決議が必要とされる〜(平成26年11月5日)
【320頁】7.差止請求ができる組織再編の範囲の拡大
8.債権者を害する会社分割における債権者保護
〜債権者は承継会社に対しても請求できる〜(平成27年1月7日)
9.その他
すなわち,平成26年改正では,監査等委員会設置会社の創設,社外取締役等の要件の厳格化,多重代表訴訟制度の創設などが行われた。もっとも,改正の過程で議論されていた社外取締役の義務化は見送られ,一定の従来型の監査役会設置会社について,「社外取締役を置くことが相当でない理由」を定時株主総会で説明しなければならないこととされるとともに(会社法第327条の2),附則が国会で設けられた。
根本的に日本の会社は内部統制,監査システムに大きな問題を抱えていて,バブル経済とその破裂で日本の株式会社の監査システムの弱さが国際的にも非難を浴びるようになった。
そこで平成17年に会社法を改正し,欧米にならった「委員会設置会社」を規定した。ところがあまりに杓子定規過ぎて採用する会社があまりなかった(逆に採用した会社は実態として業績が悪化した)一方,不祥事はあのオリンパス事件等続いた為,再び平成28年から「監査等委員会設置会社」を規定するに至ったのである。
しかし従来の委員会設置会社も少数ながら採用する会社もあったために,いまさら廃止する事もできず「指名委員会等設置会社」という名称で残ったということである。
監査等委員会設置会社は,監査役会に代わって過半数の社外取締役を含む取締役3名以上で構成される監査等委員会が,取締役の職務執行の組織的監査を行うという会社である。従来型の監査役会設置会社と指名委員会等設置会社の中間的性格を帯びた第三の会社形態であるが,多数には至っていない。
現代日本の3つの会社形態は図で見ると次のようになる(朝日新聞社「法と経済のジャーナル」による)。
「従来型」ともよばれるもので,現在日本では最も多いタイプである。2017年時点で東証1部上場企業の75%を占めている。
監査等委員会設置会社は前述の通りの触れ込みで考案されたもので,2015年は6%,2016年は18%,そして2017年には22%まで増えているとされるが,やはり従来型の監査役会設置会社から移行することによるメリットが,今一つ明らかではないという評価が未だに一般的のようである。
10年以上前に鳴り物入りで考案された「委員会「等」設置会社」の名残の指名委員会等設置会社は,2015年以来2017年まで全体の3%にとどまっており,個人的にはこれ以上増えることはないという印象を持っている。ただし,昨今大変な話題になっている日産自動車が,ゴーン会長へのあまりの権力集中の結果,このような事態に陥ったことを反省して,従来の監査役会設置会社から急遽,指名委員会等設置会社への移行を計画しているという報道があって,なかなかの注目を集めることになっている。ただしこれには定款の変更やおそらく一部は株主総会での承認も必要な可能性もあるし,何よりもルノー側からの取締役の賛成がないと実現できないことにも目を向けておかなくてはならない。
次のテーマは,わが国の株式会社のコーポレートガバナンス改善のためには,社外取締役強化か監査役強化か,どちらが有効か,という疑問である。
ただし,この点についてははっきりと,監査役強化よりも社外取締役強化の方が,良いコーポレートガバナンス状態の実現には有効だ,と考える人が多いのが実情である。
その理由はいくつか挙げられるであろうが,最大のものは,会社法改正で監査役も取締役会に出席し,意見を述べることができるようになったものの,議決権は付与されていないことが挙げられている。ただ,社外取締役と同様に,社外監査役というものも以前より注目されてきており,これに有能な人材をそろえることができれば,社外取締役と共に,株主に便益を与えるコーポレートガバナンス・システムを維持できるようになるであろう。
2020年の東証1部全企業2172社のうち,監査役会設置会社・指名委員会等設置会社・監査等委員会設置会社の選択状況は,
・監査役会設置会社が1448社 67%
・監査等委員会設置会社が661社 30%
・指名委員会等設置会社が63社 3%
となっている。
監査役会設置会社がもっとも多いが,近年監査等委員会設置会社も増加傾向にあることがポイントである。ただし,なぜこのように監査等委員会設置会社が増加しているか,その理由は定かではない。近年では三菱重工がこれを採用しているが,一種の「国策」か?などという見方さえある。
2.1 社外取締役・社外監査役選任の動向
2.1.1 社外監査役の導入と地位の強化
バブル崩壊以降,日本経済は低迷を極め,その一つの原因として日本的経営が批判を浴びた。日本的経営に対する批判には終身雇用制や年功序列といった雇用慣行をはじめとしていくつかの論点があるが,株式会社の機関設計に関わるコーポレートガバナンスの欠陥も厳しく指摘された。1990年代を通じて日本企業は経営不振に悩み,数々の不祥事を引き起こしてきた。そこで,取られた一つの手段が統治機構の改革としての監査役の地位の強化であった。監査役は,代表取締役や取締役の職務執行を監査する機関であるが,1974年以降の数次にわたる商法改正により,監査役の権限と独立性が広範囲に強化された。その中でも「社外監査役制度」は,バ【323頁】 ブル崩壊後の1991年に証券不祥事(損失補填問題)が表面化し,取締役会への監視制度がより重要視されるようになったことから,1993年の商法改正で規定に加えられた。
監査役の地位が強化され,大会社4)においては1名以上を社外監査役とすることが義務づけられた。これは,取締役の業務遂行に対して,社外から独立した監査役を入れることで,企業のガバナンス体制を強化しようとする目的をもっていた。日本の企業は伝統的に社内の人材によって取締役会が構成され,実質的に代表取締役や取締役の行動を適正に監視し,牽制することは難しかった。そこで外部の客観的な視点を取り入れたガバナンス制度を樹立しようとしたのである。
さらに2005年の改正商法の施行により,再度,監査役の地位強化が図られた。商法特例上の大会社は,監査役の最低必要人数が1名から3名に増え,そのうちの半数以上を社外監査役とすることが義務づけられた。また,社外監査役に求められる条件も変更になり,就任前の5年間にその会社(またはその子会社)の取締役・支配人・その他の使用人になったことがない者とされていたが,改正でこの5年の猶予期間がなくなり,「全くの社外の人」であることが要求された。改正前は,会社の従業員などが監査役に就任するケースが多く,客観的で公正な監査が期待できなかったからである
こうした商法の改正に伴い,実際に社外監査役の人数がどのように変化したかをみたのが,図表1である。全上場会社の監査役設置会社における平均人数は2.5人前後で安定しており,近年若干減少傾向にある。社外監査役は監査役全体の概ね6割以上を占めているようである。
また,社外監査役の属性をみると,2021年のコーポレートガバナンス白書では他の会社出身者が47.4%を占め,弁護士(21.0%),公認会計士(18.8%),税理士(6.9%),学者(2.1%),となっている。2005年の同白書では,他の会社出身者が61.8%であった。図表2は2012年以降の推移を示しているが,次第にその比率は減って,弁護士や税理士などより独立性の高いと思われる人材の比率が増えていることがわかる。
2.1.2 新たな機関設計の導入
こうした動きと並行して,アメリカ型のガバナンス構造を導入しようとする機運が高まった。その目的は,端的に言えば,監督と執行機能の分離である。日本企業は従来,取締役が業務執行機能も担い,監督機能が十分に発揮されていなかった。業務執行機能と監督機能の未分離がバブル崩壊後,メーカー,銀行,商社,不動産会社を問わず,多くの大企業で不祥事が発生した一因とみなされたのである。また,90年代の日本企業の業績の低迷と他方におけるアメリカ企業の興隆により,アメリカ型の統治機構を賛美する論調がマスコミや学界などで広まった。こうした流れの中で,指名委員会,報酬委員会,監査委員会を置くアメリカ型の委員会等設置会社制度が導入されたのは2003年4月であった5)。
この制度が導入される以前に,ソニーは,1997年に日本で初めて,先駆的に監督機能と執行機能を分離した,執行役員制を採用し,取締役会の簡素化をはかるとともに,監督機能の充実と実質化に取り組んだ。その後,追随する企業は急速に増えたが,宮島(2011)によると,皮肉にも2003年に会社法が改正され,伝統的な監査役設置会社と委員会等設置会社のいずれかを選択できるようになったため,日本のリーディングカンパニーの多くは,監査役設置会社の下で,執行役員制を採用することになった。委員会等設置会社の機関設計の特徴の一つは,社外からの人材を登用し,企業の経営活動を監視させるとともに,基本的な経営方針などについても議論し,意見する場を設けることであった。従って,委員会等設置会社には一定数の社外取締役の採用が義務づけられた。
しかし,この仕組みは内部出身者によって取締役会を構成し,内輪での調整や根回しを展開してきた日本企業にとって,採用のハードルが高いものであった。そのため,新しい委員会等設置会社を採用した企業はごく少数にとどまった。そして現在に至るも前節で述べたような理【325頁】 由により,委員会設置会社の採用比率は低いが,社外取締役の人数は,徐々に増加してきたのは間違いない。次にその動向を見ていこう。
2.1.3 社外取締役選任の動向
図表3は,2006年以降の東証上場会社全社の取締役と社外取締役の1社平均選任数の推移を示したものである。これをみると,取締役の人数は,2014年まで継続的に減少し,取締役会のスリム化が図られてきたことがわかる。これに対して,社外取締役の人数は徐々に増加してきた。表の括弧内の数字は,社外取締役選任が義務づけられていなかった監査役設置会社における社外取締役の推移であるが,この数も尻上がりに増えている。
特に,2016年を境に2倍に増えているが,これは,前年の2015年にコーポレートガバナンス・コードの適用が開始された影響であると考えられる6)。社外取締役を置かない場合には,その理由の説明が求められることになったのである(コンプライ・オア・エクスプレイン)。なお2021年の会社法の改正により,監査役設置会社においても社外取締役の選任が義務づけられた。
さらに近年では社外取締役の中でも,独立性の高い取締役の比率が重要となっている。というのは,社外取締役といっても,当該会社と関係の深い親会社や関連会社出身者の場合には,ガバナンス改革の目指す目的を十分果たすことができないからである。ただし,独立社外取締役の属性をみると,2021年の白書では他の会社出身者が58.5%を占め,弁護士(16.3%),公認会計士(10.5%),税理士(2.7%),学者(6.6%),となっている。他の会社出身者の比率は年々下がっているが,社外監査役に比べて多い。これは委員会設置会社の社外取締役は,取締役の業務の執行の監査だけでなく,業務執行の決定にも従事するため,経営に精通している人材が求められるからだと言われている。
図表4をみると,2004年には30%に過ぎなかった社外取締役採用企業の比率は年々上昇し,2015年にはほぼ100%近くに到達していることが分かる。最近ではそのほとんどが独立社外取締役を選任している。図表5は社外取締役と独立社外取締役の総数を示したものであるが,日経225およびTOPIX100のいずれをとりあげても,人数が増え続けている様子がみてとれる。また,図表6,7は独立社外取締役選任企業の比率を示しているが,いずれも経年的に増加し【326頁】 ている。
従って,社外取締役を選任することで,わが国の統治構造を改革しようとする試みは,上場企業に関しては,数字の上では達成されていると言えよう。ただし,実態的に社外取締役が期待されている役割をはたしているかどうかは,検討の余地がある7)。内ケア他(2021)が指摘するように,取締役会の場が「ご説明」から実質的な審議の場に生まれ変わる必要がある。そのためには,社外取締役として適切な資質を有している人材を選任することが求められるし,経営に関する様々な情報をきちんと伝達し,また執行側が意見を聞く姿勢を持たなければならないと思われる。
2.2 女性役員,外国人役員の登用
「戦後強くなったのは女と靴下」などというコトバが席巻していた昭和30年代,これは肯定的だったのか否定的だったのかは未だに定かではないが,少なくともこの頃までは,自らの意見を明言する女性に対して「何だ,女のくせに!」などと反論する男性がそこそこいたのは確かであった。このように日本では欧米と比較しても女性を男性が見下ろす,今で言う「上から目線」で接していたのは紛れもない事実であったし,それを是正することが必要だったのは明らかではあった。そしてそれを目指して巻き起こったと
現代において「女性役員比率」が持つ意味,「女性」の役割,あるいは外国人役員比率,「外国人」の役割,というものが持つ意味は何であろうか。これらの目的は?
それは,真に「能力・意欲」のある人を!,男女関係なく能力主義で会社を運営するのが一番だ,ということである。ここで熟慮すべきは,現時点で女性の比率を高めることは,いわば少なくともイデオロギー的に必要であり,自然に任せておいては進展しないだろうと,かなり明確に予想できることから,「まずは取り進めよう」という姿勢が避けられなくなっていることであろう。
すなわち,女性役員比率を高めることの目標は,まずは「高めること自体」である,と認識する必要があると筆者らは考えている。これは言い換えれば,女性を登用することで収益力を高めようとか企業価値を増大させよう,などということではない,という意味である。この点を誤解(あるいは意図的な濫用?)して,女性比率が高いと収益性が高いという「統計」を掲げたり(内閣府男女共同参画局「諸外国における企業役員の女性登用について」令和4年4月21日など),一方,Meier他(2022)のように女性役員比率の高い企業は企業価値が低いなどと,現時点で言い放ってもあまり意味はないように思われるのである。
2.3 ドイツでの現状(成果)
ドイツでは,2016年1月から女性比率法(あるいは女性割当法,Gesetz zur Frauenquote,通称「女性クォータ法」)が施行され,現在に至っている。独立行政法人・労働政策研究・研修機構によると次の通りである(国別労働トピック:2015年6月)。
連邦参議院は3月27日,女性クォータ法を承認した。同法の成立に伴い,大手企業108社は,2016年1月から監督役会の女性比率を30%以上とすることが義務付けられる。さらに大手企業3500社には,役員や管理職の女性比率を高めるための自主目標の設定,具体的措置,達成状況に関する報告義務が課される。女性クォータ制は,同時に公的部門にも適用される。
成立した「女性クォータ法(Gesetz zur Frauenquote)」の正式名称は,「民間企業及び公的部【330頁】 門の指導的地位における男女平等参加のための法律(Gesetz für die gleichberechtigte Teilhabe von Frauen und Männern an Führungspositionen in der Privatwirtschaft und im öffentlichen Dienst)」で,職場の意思決定に関与する上層部の男女平等参画を推進することで,一般労働者にもその効果を波及させることを目的としている。
今回の件で大きくクローズアップされた「監督役会(Aufsichtsrat)」は,執行役の任免,投資計画,人員計画,賃金の決定等について強い権限を有している。これは,従業員が企業経営の意思決定に参画できる「共同決定」というドイツ特有の制度に由来するもので,例えば従業員2000人超の上場企業では,共同決定法(Mitbestimmungsgesetz)に基づき,「監督役会」が設置される。監督役会は「株主代表」と「労働者代表」で構成され,その割合が1対1の場合,これを「完全な共同決定」という。今回,女性クォータ制が導入されるのは,完全な共同決定義務のある上場大手108社で,2016年以降,新たに監督役の委員を選出する場合,女性比率(男性比率も)を最低でも30%以上にする義務が課される。なお,最終的に成立した法律では,株主代表と労働者代表の総数に対して30%以上の比率であれば良いとされた。ただし,委員選出前に,どちらかが異義を申し立てた場合は,別個に30%規定が適用される。なお,女性が十分に選出されなかった場合には,空席を維持しなければならない(空席制裁:Sanktion leerer Stuhl)。
対象企業のうち,ヘンケル(メーカー),ミュンヘン再保険(保険),メルク(化学・医薬品メーカー)ではすでに,監督役の女性比率がそれぞれ43.8%,40.0%,37.5%に達している。その一方で,女性の監督役が1人もいないという企業もあり,後者は今回の法案成立で大きな影響を受けると見られている。
前述の108社以外にも,「上場企業か,従業員500人超の共同決定義務のある約3500社」を対象に,監督役会,執行役会,管理職(上級・中級の二層)における女性比率を高めるための目標値や具体的な取り組み内容を2015年9月末までに設定するよう同法では求めている。目標値の下限は規定されていないが,現状で女性比率が30%未満の場合,現状を上回る目標を設定しなければならない。最初の目標達成期限は2017年6月末で,次の目標設定と達成期限は5年以内とされている。ただし,自主目標を達成できなかった企業への法的制裁は特に設けられていない。
同法は,公務部門や公的関係機関の女性クォータ制についても規定している。
ドイツでは従来から,公務部門における男女平等を推進するために2つの法律が制定されている。「連邦平等法(Bundesgleichstellungsgesetz)」は,連邦の各機関に対して,男女平等計画の策定を義務付けており,女性比率が50%未満の部門における採用や昇進の際に,同一の適性,能力,専門的業績がある場合には,女性を優先的に考慮しなければならない。また,「連邦委員会構成法(Bundesgremienbesetzungsgesetz)」は,連邦の活動に影響を持つ委員選出の際には,可能な限り男性と女性の数が均等になるように定めている。女性クォータ法は,上述の2つの法律を改正することで,より一層の男女平等の促進を図る。具体的には,連邦平等法の改正によって,行政機関,裁判所,連邦直属の公的機関(例:連邦雇用エージェンシー),公的企業【331頁】 (例:社会保険組織や連邦銀行)に対して,従来の男女平等計画の中で,女性管理職の割合に関する具体的な目標値を階層ごとに定め,目標を達成するための具体的な措置をとることが義務付けられた。さらに連邦委員会構成法の改正によって,連邦が3人以上の委員を指名する監督役会(例:ドイツ鉄道株式会社)においては,2016年1月以降,連邦が指名する委員が男女ともに30%以上となるようにしなければならない。さらに2018年以降は,この比率が50%に引き上げられる(奇数の場合の1人の差は許容)。
今回,企業における女性クォータ制を法律で義務化した背景には,2001年に政府と使用者団体が締結した政使協定が関係している。この協定では,指導的立場の女性比率の引き上げ,男女の機会均等,従業員のワークライフバランス支援などに企業が自主的に取り組むことが規定された。しかし,その後10年以上,指導的立場の女性比率はほとんど上昇せず,「企業の自主性に任せても解決しないという政策当局の判断があった」と,ドイツ経済研究所(DIW)のエルク・ホルスト博士は見ている。同博士は「今回の法定クォータ制の導入によって労働者の働き方や企業文化の変革,経済全体の活性化,社会保障制度の維持など,広範囲にわたる波及効果が期待できる」としている。
DIWの女性管理職バロメーター調査(Managerinnen-Barometer)によると,2014年時点の上位200社の執行役会,監督役会における女性の割合は,それぞれ5.4%,18.4%に留まっている。
女性クォータ法は,司法・消費者保護省と家族・高齢者・女性・青少年省により共同で提出された。ハイコ・マース司法・消費者保護相は「女性クォータ制の導入は,女性の参政権導入以来の,平等への最大の貢献となるだろう。十分な資格を有した女性がいないという口実は受け付けない。今日非常に高いレベルの教育や訓練を受けた女性が大勢おり,どの監督役会でも空席という事態は起きないと確信している」と述べた上で,「女性クォータ制は,構造的に様々なレベルの女性の参加を促し,平等な権利へのマイルストーンとなるだろう」と語った。マヌエラ・シュヴェーズィヒ家族・高齢者・女性・青少年相は,「同法は,文化を変えるための始まりである。単なるクォータ以上の意味を持ち,多くの指導的立場の女性が増えることは,依然として大きい男女の賃金格差の改善にもつながる。その意味で賃金の平等にとっても歴史的な1歩と言えるだろう」と述べて,同法の成立を歓迎した。
一方で,経済界の反対は根強い。ドイツ使用者連盟(BDA)は「強制的に女性比率を定めても,根本的な問題解決にはつながらない」と反発している。
ドイチェ・ヴェレ(国際公共放送)のウテ・ヴァルター記者は論説記事で,「女性クォータ法は,企業や社会の文化を変えるかもしれないが,監督役会は執行役会より意思決定力を持たず,比率に満たない場合は空席のままになるため,効果の程度は疑問だ」としている。その上で,「昇進ルールのさらなる透明化,柔軟な労働時間の実施,育児や介護支援の強化,意思決定の中枢である企業の執行役会における女性の進出が重要だ」としている。
このようなドイツでの動きについては,まさにドイツ語で言う「Ja und Nein」という評価が当てはまると思う。すなわち,散々述べてきた通り,男性に比べて一般的に女性が特に有能,などと考えている人は,多くはないだろう。ただし,女性が有能ではない,などと思う人も多【332頁】 くはないだろう。重要なのは,まずは現状を変えることで,そのうえで成果を考えることになる。
ここで筆者らが警戒するべきと考えているのは,女性の参加は「多様性を増す」とか「女性らしい一面を期待する」等々のお役所的無差別発言である。いったい「多様性」などというのは何か。「女性らしい一面」というのは具体的にどういうことか。これらに対する疑問・質問に対して,通り一遍の意味不明の説明がなされ続けてきていて,具体的に納得できる回答を,筆者らは寡聞にして知らない。つまるところ,そしておそらくもっとも重要なのは,企業経営における意思決定にあたっては,有能な人であれば,男性でも女性でも差異はないだろう,ということである。
ここで,ドイツにおける女性比率と収益性・企業価値の関係の研究に言及しておく8)。
2016年1月施行の管理職位法(Führungspositionen-Gesetz,FüPoG)では,監督役会メンバーの30%が女性であることを,特定の企業について要望している。この研究では,監督役会における女性の割合の増加が企業価値の低下と関連しているという結論に達しているが,収益への影響は特定できていない。これは確かに政治的に物議を醸す結果であるが,監督役会で少なくとも3人の女性という「規準」に到達すると,会社の価値が低下するという事実にも反映されているとする。管理職位法の導入が,調査されたパフォーマンス変数のリターンと企業価値に与える影響もマイナスであるとしている。
筆者らの観察では,この研究での統計的な検証方法が,万人が認めるものであるかどうか,疑問の余地なしとはしないが,一応完結した結論に達しているのは,事実であろう。
日本企業における女性の立場(実情)については,仮に「客観的データ」と称するものを示した主張であっても,その「客観的データ」の背景及びそこへの分析・検討の方法が真にみんなにとって納得できるものかを確認できるものでなければ,説得力は期待できず,予見を持った主張ではないか,と疑われることは避けられない,そう受け入れるしかなくなってしまうと考えている(前述の内閣府男女共同参画局「諸外国における企業役員の女性登用について」令和4年4月21日など)。
オルコット(2010)は,Conflict and Change --- Foreign Ownership and the Japanese Firm, Cambridge University Press(2009)の訳で,外国人の目から見た日本企業(日本的経営)への興味深い観察であると筆者らは考えている。そこでは第6章で「女性社員」という記述があり,一読に値すると考えられる。
結論は次のようになっている9)。
全体的に見て,ここでの調査企業の方が一般企業より女性従業員の昇進機会は恵まれているようだ。一般職,総合職のような区別や,制服のような象徴は廃止された。新生銀行は特に管理職における女性従業員を増加させた。しかしながら,男女両方の従業員の間で変化の認識は調査企業において予想されるほど強くなく,今回の調査項目の中では最低であった。このこと【333頁】 は,再度,株主が変わるだけでは深く埋め込まれたジェンダーに対する姿勢を変えるには十分ではないことを示唆している10)。
この章での叙述を代表するものとして,新生銀行での女性幹部職員の増加についてのものがある。
新生銀行では,幹部(課長以上)に占める女性の比率が1998年の1.0%から2003年には10.0%まで飛躍的に増えている。その理由として挙げられているのは,新経営陣による直接的なトップダウンの介入である,新生銀行では2003年9月に本社に託児所を開設し,この3年間で出産・育児休暇を取った女性のうち94%が職場に復帰した。託児所の開設以来,大卒女子の応募は20%から30%増加した,としている。
また,「金融サービス2」の会社では,女性管理職を意識的に増やさなくても,中途採用を増やすことで自然に女性管理職が増加したとされる。この理由の一つとして,女性が男性よりも英語を習得していることがあったという。この会社の管理職によれば,以前は総合職の女性を多く採用しなかったので,昇進させるべき女性もそう多くはなかった。最近採用した女性幹部の大半はバイリンガルである。もし中途採用を行う場合,バイリンガルであることを条件とするならば,必ず女性の方が多く応募するであろう,としている。
新生銀行のケースで特に顕著と思われるが,女性が家事のプレッシャーと戦いながらキャリア形成ができるような職場づくりの重要性,ワーキングマザーを支援するために企業が特別な努力を払えるか,ということが大きな要因であろう。
ジェンダーによる機会均等というのは,国内の姿勢は特に保守的で,女性の昇進にとって足かせとなっていたとされる。埋め込まれた「社会規範」によって男女平等への進展は緩慢なものにならざるを得なかった。たとえば男性従業員が女性の上司を持つことを受け入れることには,引き続き困難が付きまとっている。
これについては,現場の男性管理職によると,「女性はいずれ結婚・出産するから大勢雇えない」という古い哲学が存在する。単に良い人材が必要なのであり,このような制約を甘受することはできない。しかしながら,自分も含めて男性が女性の上司を持ったらどう思うだろうかということに表れるように,色々なところに古い考え方が残っている。ほとんどの人が,男性の上司を持ったときと同じようにはうまくいかないだろうと考えるだろう。これは日本全体の問題である。
外国人の目から見たひとつの日本的経営論,日本企業論ということになると,このような意見となる。日本では,「古くからやっている,存在しているものは,『ちゃんとした』理由があるもので,今あるものをわざわざ否定することはない」という思想が奥底にあるもので,そのような「偏った」根本思想に捉われないこのような叙述は,やはり目を留める必要があるだろう。ただし,すでに前で述べているように,女性が幹部社員・役員になることが難しい大きな理由の一つが,彼らの大きな主張である「総合職」と「一般職」の分類の存在だ,ということは,誰も目を逸らすことができないものである。
外国人役員の登用については,まさに一筋縄ではいかないトピックである。そもそも彼らは【334頁】 英語で意見発表することになるが,日本人役員とのコミュニケーションのために「同時通訳」を登用することになる。取締役会参加者全体の理解のためにはそれが一番となるからである。ただし,そこではおそらく2つの難点が発生することになる。
@ そこでの企業経営のさまざまな細かい問題は,はたして正しく伝わるか。
A 「日本的経営」の良い面について,彼らは正しく理解しているか。
前者については,おそらくプロの人々が担当されるので,それを信頼するしかないだろうが,何といっても企業経営の話であるから,慎重を期さなくてはならないであろう。後者は最も重要かつ難しいトピックで,これは,なかなか保証はされないのではないか,というのが筆者らの印象である。外国人役員らによる問題点の指摘はたしかに重要なことであるが,往々にして起こる「批判」は,それが日本企業の経営への理解が不十分であることに起因してはいないか,ということは,常に頭の隅に入れておく必要があるだろうと思われるのである。
3.1 SDGs/ESG投資とは
持続可能性(サステナビリティ)が現代世界を語るキーワードとなっている。その背景には地球規模での環境問題の深刻化がある。特に昨今の異常気象の多発は,CO2排出量の急上昇に伴う止まらない気温上昇に原因があるとされ,この問題の発生には,社会を構成する人々のあらゆる活動が関わると考えられるが,分けても企業の経済・産業活動に起因する面は大きい。
こうした危機的状況の中で,2000年代に入って,国連は企業や投資家に向けていくつかの提言をしている。2006年には投資家に向けて責任投資原則(PRI)を提唱した。それ以降,持続可能性を重視するESG投資が急拡大している。ESG投資とは,E経済,S社会,Gガバナンスを考慮して,投資家は行動すべきであることを説いている。企業活動の成果を効率性一辺倒ではなく,社会課題への向き合い方や企業統治の体制をも視野に入れて評価すべきであるとの考え方に基づく。
かつて1960年代に自動車の排気ガスや工場から汚染物質の排出によって,公害問題が先進国で深刻な問題となり,企業の社会的責任(CSR)が盛んに論じられた時期がある。大企業に対する批判が世界中で巻き起こった。企業は利潤を追求するだけでなく,公害や貧困問題,格差問題などにも配慮して,行動すべきであるとの議論が展開された。
これに対して,フリードマンらの新古典派経済学者は,企業は第一義的に株主のために利潤最大化を追求すべきであって,それが経済の効率性を高めるのであり,法律や規則に則って生産活動を行う限り,他に担うべき責任はないと主張した。公害が発生するとすれば,法律やルールが問題なのであって,どのようなルールを作成し,適用するかは政府の責任であって,企業が責任を負うべき問題ではないとした。これは,英米におけるシェアホルダー・アプローチと呼ばれる考え方であり,現在でも一定の支持を得ている。
しかし,企業,特に大企業の活動がもたらす社会へのプラス・マイナスの影響(外部経済・外部不経済)は,極めて大きいものがあり,政府の規制で事足りとすることはできないであろう。経営学の分野では,とりわけそうした観点から企業と社会の問題が取り上げられ,企業と社会とのあるべき関係や広い意味での企業の社会的責任が論じられてきた。企業活動と関わ【335頁】 る,そしてそこから影響を受ける多様な利害関係者を考慮した経営こそが望ましいとするものであり,それはステークホルダー・アプローチといわれる。大企業の有している技術や情報,資産などに関しての圧倒的優位性を考えれば,経営者は自らの意思決定が社会へ及ぼす影響を踏まえて行動することが要求されよう。
この点は経営者の自覚だけではなく,企業に資金を提供する投資家にも欠かせない意識であるというのが,国連のESG投資の提唱に繋がったといえよう。企業に投資する際に,当該企業の経済活動の側面だけでなく,社会問題に対してどう取り組んでいるか,そして企業を運営する適切なガバナンス体制が確立しているかを評価し,資金投下することを求めたのである。
その後,国連は2015年にグローバルな社会課題を解決し,持続可能な世界を実現するための国際目標であるSDGs(持続可能な開発目標:Sustainable Development Goals)を採択した。それは,持続可能な世界を実現するための17のゴール(目標)・169のターゲットから構成され,地球上の誰一人として残さない(leave no one behind)ことなどが謳われている11)。SDGsを貫く特徴として以下の5つの特徴が挙げられる。
普遍性 先進国を含め,すべての国が行動
包摂性 人間の安全保障の理念を反映し「誰一人取り残さない」
参画型 全てのステークホルダーが役割を
統合性 社会・経済・環境に統合的に取り組む
透明性 定期的にフローアップ
(外務省ホームページより)
このように,2010年代に入って,持続可能な地球環境の維持,貧困や人権への目配りが全世界的に意識されるようになり,企業にも狭い効率性や経済性を超えた理念が求められ,そうした理念をこれまでとは異なった高いレベルで実際の企業活動に反映させることが必要となったとなったのである。
3.2 日本的経営との関係
SDGsあるいはESGで謳われていることは,日本企業にとっては,実のところ必ずしも目新しいものではない。利害関係者を大事にする経営は,かつての近江商人の「三方よし」の経営理念に表れている。自社の利益だけが高まればよいとは考えず,長期的な企業の存続・成長を実現するためには,「商売において売り手と買い手が満足するのは当然のこと,社会に貢献できてこそよい商売といえる」という経営哲学である12)。こうした経営哲学の浸透が日本に長寿企業が多いことの一因ではないかと言われている13)。この哲学は英米流の株主中心主義とは大【336頁】 いに異なる。社会課題も視野に入れた経営は,日本では江戸時代から先駆的に実践してきたとも評価できるかもしれない。
もちろん,日本でも公害問題が発生しており,古くは明治時代の足尾銅山の公害,また4大公害訴訟に代表される,高度成長期の深刻な環境汚染が大企業によって引き起こされたこことは認めなくてはならない。本当に利害関係者全般に目配りのきいた経営をおこなってきたのか問われる。しかしながら,そうした負の歴史を抱えつつも,株主第一主義が戦後日本の企業の経営目標であったわけではない。英米企業に比較すれば,相対的には株主以外の関係者にも配慮しながら経営してきたと考えられるのである。経営者は90年代までは,株主よりも企業の社会的責任を強く意識してきた14)。
ところが,日経ESG誌(2018)によると,世界的に見て日本企業のESG評価は低い。その理由として,グローバルな普遍的課題である女性・人権問題への取り組みの遅れと情報発信力の問題が挙げられている。ESGへの取り組みの改善の余地は大いにあるようである。従業員や売り手,買い手,世間に配慮した伝統的な日本企業の経営哲学には,法律や規則設定にどう関わるのか,あるいはより広く環境問題やサプライチェーン上での人権問題,あるいはジェンダー問題にまでには,視野が及んでいない弱みはあると思われる。
また,日本企業は共同体意識が強いが,逆にそのことは共同体の外側には目が届きにくいという欠点を持つように見える。世間,仲間内での評判を気にして,その範囲では悪いことをせず,共存共栄を目指すが,その範囲を超えての目配りにかけるうらみがある。そうした中で,国連によるSDGsの提唱は,日本企業に対して,全地球的なそして世代を超えた,社会課題に取り組む必要性を迫っていると言えよう。
3.3 日本企業の取り組み
日本の有力な上場企業は,現在サステナビリティレポートを作成し,地球環境や人権問題,貧困,などグローバルな課題に積極的に取り組んでおり,SDGsの推進や検証体制も含めて幅広い分野にわたって詳細な報告をしている。それは4,5年前までは環境白書といった名称であったが,出見世(2022)よると,直近ではサステナビリティレポートとしている企業が多いようである。ホームページから日本を代表するいくつかの企業のサステナビリティレポート2021の基本的な方針の部分をみてみよう。
「クリエイティビティとテクノロジーの力で,世界を感動で満たす」というPurpose(存在意義)と,「人に近づく」という経営の方向性のもと,「人」を軸に多様な事業を展開し,この多様性を強みとした持続的な価値創造と長期視点での企業価値の向上を目指しています。
人々が感動で繋がるためには,私たちが安心して暮らせる社会や健全な地球環境があることが前提であり,ソニーは,その事業活動が株主,顧客,社員,調達先,ビジネスパートナー,地域社会,その他機関などのソニーグループのステークホルダーや地球環境に与える影響に十分配慮して行動するとともに,対話を通じてステークホルダーとの信頼を築くよう努めます。
そして,イノベーションと健全な事業活動を通じて,企業価値の向上を追求し,持続可能な【337頁】 社会の発展に貢献することを目指します。
日立は,サステナビリティを事業戦略の中核に組み入れたサステナブル経営を実践しており,2021年度を最終年度とする「2021中期経営計画」においても,社会イノベーション事業のグローバルリーダーとして持続可能な世界を実現することを目標に掲げました。その目標の実現に向け,「環境」「レジリエンス」「安心・安全」の3つの領域に注力することで社会と企業経営の課題の解決に貢献し,人々のQuality of Life(QoL)ならびに顧客企業の価値の向上を図っていきます。また,サイバーフィジカルシステムとしてデジタルイノベーションを加速するソリューション「Lumada(ルマーダ)」を提供し,デジタルとリアルの空間を連携させ,事業領域知見と世界中のパートナーとの協創のもと社会イノベーション事業を拡大していきます。日立は,サステナビリティと事業の融合をさらに進めていくことで,Society 5.0やSDGsに示された社会課題の解決に貢献していきます。
(SDGsへの貢献) SDGsはグローバルな社会・環境課題を解決することで持続可能な社会を実現し,人々のQuality of Life(QoL)の向上をめざす国際目標です。日立がこれまで推進してきた社会イノベーション事業は,まさにSDGsの達成に貢献するものであり,日立の持続的成長の源泉であると考えています。そのため,日立は社会イノベーション事業における革新的なソリューションや製品の提供を通じて新たな社会・環境・経済価値を創出することを経営戦略に据えるとともに,日立の事業が社会・環境にもたらすネガティブインパクトを低減し,社会・環境の変化による事業へのリスクを把握することでネガティブインパクトに対する強靭性の向上に努めます。
私たち(トヨタ自動車株式会社およびその子会社)は,創業以来,「豊田綱領」の精神を受け継ぎ,「トヨタ基本理念」に基づいて事業活動を通じた豊かな社会づくりを目指してまいりました。2020年には,その思いを礎に「トヨタフィロソフィー」を取り纏め,「幸せの量産」をミッションに掲げて,地域の皆様から愛され頼りにされる,その町いちばんの会社を目指しています。
そのトヨタフィロソフィーのもと,サステナビリティ基本方針や個別方針に基づき,サステナビリティ推進に努め,これまでも,そしてこれからも,私たちは『社会・地球の持続可能な発展への貢献』に取り組んでまいります。
このように,いずれの会社においても,SDGsやESGを踏まえて,サステナビリティを意識した基本方針を提示している。ステークホルダーや地球環境との関わりを大切にし,持続可能な社会の発展への貢献を目指している。各分野における具体的な取り組みの詳細は,各社のホームページに掲載されている。ただし,実際のところ,それが会社全体に浸透し,実行されているのか,疑問なしとしない。膨大な分量の報告書が単なる作文づくり,あるいはSDGsに取り組んでいるかのようなポーズである,あるいは先進的な取り組みをしていることを世間に「宣伝」する道具となっている恐れもあることに注意しなければならない,と思われるのである。
3.4 今後の課題
以上で検討してきたように,日本の大企業も社会課題の解決に向けて,SDGsの理念に即した経営努力をしている。また企業にとどまらず,経済産業省や環境省,外務省などの省庁においてもSDGsに関わる審議会を開催し,報告書も数多く発行し,最近では新聞や雑誌においても頻繁に取り上げられている。官民挙げてESGやSDGsに取り組んでいる。しかし,現在も度々発生する品質不正15)やハラスメント事案をみていると,各社のサステナビリティレポートに盛られた“美辞麗句”を,果たして本当に実現しようとする意志があるのか,疑わしいところがあるように思えてならない。企業のブランドを高めるための広告の役割を担っている気配もある。銭谷(2020)によると,これまではSDGs・ESGへの投資が企業のパフォーマンスに正の影響を与えるのか,疑念があったという。そうであるとすれば,企業側でも真剣に取り組むインセンティブを欠くのも致し方ないかもしれない。しかし,同論文は2020年以降,状況は変わったと論じている。ESGとパフォーマンスは並び立つとの研究結果もみられる。だとすれば,もはや宣伝に留めるべき理由はないだろう。
特にグローバル展開する企業にとって社会課題や環境に目を向けた,長期的な視野に立った経営が,企業の存続と発展にとって不可欠であることは言うまでもない。企業価値の増大のために,ステークホルダーとともに価値を創り出す,ポーターの提唱する「価値協創」の視点の意義は極めて大きい。持続的成長と発展こそ企業の存在意義であり,それを叶える経営の在り方や仕組みは,日本企業の伝統的な理念とは矛盾しないし,前述したようにむしろ親和性が大きい。世界的ランキングで日本企業のESGへの取り組みが評価されないのは日本企業の情報開示が不十分であるという側面もあるが,現代的な課題への取り組みが不足しているということもあろう。日本的経営の良さである多様なステークホルダーを大事にする視点に付け加えて,さらにその視野を拡大して自社のSDGs・CSRに対する取り組みを単なる広告として位置づけず,より真摯に全社的に向き合っていくことが求められよう。
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