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シグモイド関数による需要予測モデルの構築

 

学習院大学経済学部経営学科  白田由香利

 

 

要約

インフレーションなどにより原材料費が高騰した場合,経営者は価格上昇に転嫁せず,価格据え置きのまま,対応しようとする傾向がある。ハンバーガーなどの飲食物の場合,サイズダウンが方策のひとつとして考え得る。本稿では,そうした局面でどのように数学モデルを用いるかを解説する。顧客満足度の関数としてシグモイド関数を用い,98%に満足度を下げた場合,結果として収入,生産コスト,利潤がどう変動するかをグラフィクスによって示す。また,「価格据え置きのままサイズダウンする際の利潤最大化問題」を定義し,その解法プロセスをモデル化し,解が存在する範囲を可視化で示す。

 

キーワード

シグモイド・ユーティリティー関数,需要予測,需要関数

 

 

1.始めに

 

円安,インフレーションなどの事情により原材料が高騰し,それに対処するため経営者が値上げを考える機会が増えている。しかし安易な値上げは需要の低下を招くおそれがある。そこで,ハンバーガーなどの飲食物においてはサイズを小さくすることにより生産費用を削減し,材料費高騰分の補完を行い,値上げを回避する動きがある。本論文は,そうしたサイズダウンによって需要が変動するプロセスをモデル化する。顧客満足度ユーティリティー関数としてシグモイド関数というS字型の関数を用いる。シグモイド関数の特徴は,変数xにおいて100%に近い値をとっている場合,多少xの値を縮小しても,関数値に大きな変動はないことである。換言すると,顧客がサイズダウンに気が付かない範囲を評価する際のユーティリティーのモデルとして適している。

本稿の目的は,需要予測にサイズダウンという概念を導入する際の具体的なモデル化の例を示すことである。過去に需要関数,顧客ユーティリティー関数などを一切用いずに勘だけで需要予測を行ってきた経営者も少なくないと考える。そうした経営者に,原料費サイズダウンをどこまで行えるか限界の値を数学モデルによって評価するサンプルを示す。

次節では,シグモイド・ユーティリティー関数を利用した事例を紹介し,シグモイド関数の特徴を説明する。第3節以降はハンバーガーのサイズダウンの際の需要予測モデルについて述べる。第3節では,想定するユーティリティー関数を説明する。第4節では,解こうとする問題「価格据え置きのままサイズコストする際の利潤最大化問題」定義し,そこで使う需要関数,2頁】 利潤関数も提示する。第5節では利潤最大化問題として問題を解く。また,得られた解が,価格据え置きという条件を満たしているかのチェックも行う。最後にまとめを行う。

 

 

2.関連研究

 

本節では,シグモイド・ユーティリティー関数を用いたシステム評価を行っている既存研究について述べる。

シグモイド関数は,ニューラルネットワークの活性化関数のひとつとして広く使われている[1][2]。人間が刺激に対して反応するレベルを確率として表現する反応関数としても活用されている[3][4]。シグモイド関数は経済においてはユーティリティー,効用のモデルとして普及している。

シグモイド関数を電力需要評価に利用した例として,[5]がある。電力需要供給システムにおいて,ピーク需要に合わせて供給量を設計することは非効率と言える。例えば,1%以下のピーク需要のために,生産コストが10%増加するというような非効率的なことが起こるからである。需要側を供給量に合わせて電気の需要供給のバランスを取る方策をデマンドレスポンス(Demand Response)と呼ぶ。DRのモデル化において,Huらは消費者の心理的行動と消費行動を記述するためシグモイド関数をそのユーティリティー関数として用いている。同様にDRの評価において,Zhangらはシグモイド関数を用いている[6]。

次は,農村部の人々に保健医療サービスを提供するため,移動診療車によって遠隔地を訪問して医療サービスを提供するケースである。移動診療車の数が十分でない場合,その利用機会は減少し,利用動向の関数はシグモイド関数のようなS字型となる[7]とAlbanらは述べている。

無線技術の急速な発展により,高いデータ転送速度が求められる中,ネットワーク全体のスループットとユーザのユーティリティーの2要素を考慮したリソース配分の同時最適化は最も重要な課題である。Mehtaらは,シグモイド関数をユーティリティー関数として用いている[8]。

スマートシティーにおいてバスにデータをオフロードすることで,データの配信を最大化しつつ,エネルギー消費を最小化しようという研究がある。検証のため,オークランド交通のケースを使い,エネルギー効率が良く遅延耐性のあるデータ伝送のために,バスにデータをオフロードする。エネルギー効率性が高く,エネルギー消費量が少ないほど,効用が高い。実験の結果,バスを効率的に利用することで,需要に応じたデータ配信が可能となり,他のネットワークと比較して消費電力が33%減少することを示した。ここでは,エネルギー効率のユーティリティー関数としてシグモイド関数を用いている[9]。

仲村らは,人間の対話における発話文に対する応答文の自然さを推定するため,シグモイド関数を活性化関数として用いている。発話文の文ベクトルと応答文の文ベクトルの間に重みづけ行列Wを定義し,その変換のようすが自然であると高い値が返る,としてシグモイド関数を使っている[10]。

3頁】

 

3.ユーティリティー関数

 

本節では,想定するハンバーガー重量と顧客の反応関数について記述する。

前節で述べたように,ユーティリティー関数としてシグモイド関数が多用されている。本研究においても,ユーティリティー関数としてシグモイド関数を用いることは適切と判断できるため,シグモイド関数を用いる。ハンバーガーの重量x(g)における顧客満足度,ユーティリティーの関数として以下の係数のシグモイド関数を設定した。

 

 

図1にその関係を示す。このシグモイド関数では,重量250gの際に,顧客満足度が確率的に50%になることを想定している。f(x)は増加関数であり,300を超えた領域では,確率1に近づいていく。

 

 

想定したf(x)では,288.92gで98%の顧客が満足である。確率99%の満足度を得るには295.95gが必要であることが分かる。感度 sensitivityに関しては,250g近傍が最も高い(図2参照)。250gから乖離するにつれて感度は減少する(図2参照)。2階の導関数,加速度を見ると250g以上の領域では1階の微分係数は減少するが,その負の加速度は263.2g近傍で最小となり,其の後増加する(図3参照)。

 

4頁】

 

モデル化においては顧客の反応に合わせて以下の関数f(x)の定数a, bを調整する必要がある。

 

 

パラメータaを小さくすることで反応をフラットにできる(図4参照)。本シグモイド関数ではa=0.03にすると線形増加に近くなる。満足度50%の境界値はパラメータbで設定する。

5頁】

 

満足度関数 f(x)を1回の事象に対する販売に成功する確率関数と解釈する。顧客母集団の中からランダムに顧客1名を抽出して,その顧客が1回の事象で購入してくれる確率をf(x)とする。購入してくれない確率は1−f(x) である。ハンバーガー重量をx(g)とした場合,顧客母集団が1000人と仮定したとき,売上数平均は 1000 f(x)と評価できる。重量と売上高平均(期待値)の関係は図5のようになる。顧客母集団が150人の場合は図5の黄色い線のような売上期待値となる。

 

6頁】

 

4.需要関数および利潤関数

 

本節では,需要関数および利潤関数について考察する。

同じ商品の場合,価格が上昇すると需要は減少する。同じ商品に対する需要と価格の関数を需要関数と呼ぶ。需要関数は横軸に需要Dを取り,縦軸に価格Pを取る。ここで仮定として,この店舗の需要関数は で近似できるとする(図6参照)。

解こうとしている問題を定義する。

 

問題現在の価格設定は500円で,その結果平均150個の売上がある。需要関数は とする。経営者は,現在ハンバーガーの重量を350gとしており,生産費用関は と仮定する。重量350gの場合,生産費用は210円である。インフレーションによって材料コストの高騰が予想されるため,価格を変更したい。しかし,値上げは需要の減少が予想されるため避けたい。そこで値上げは行わず,重量を減らすことで現状の利潤を確保するという方針を採用する。重量削減で買ってくれなくなる顧客は2%程度にしたい。ハンバーガーの重量はどこまで減らすことが可能であるか。また,その際の利潤を評価せよ。

 

 

7頁】

 

まず,現状の350gと,満足度98%である288.9gの顧客の満足度を見る。図7に示すように,現在の350gはほぼ100%の満足度に近く,多少重量を削減しても満足度の減少分は少ないことが分かる。350−288.9=38.9より,約39gの重量削減を行っても僅か2%の顧客の減少ですむと予想できる。

シグモイド・ユーティリティー関数 f(x)は重量xと需要D=150 f(x)の関係を表していた。ユーティリティー関数と需要関数を合成することで,価格関数 P(x)が得られる。図8にP(x)のグラフを示した。重量xが減少すると需要Dが減少する。反対に価格Pは,重量xが減少すると増加する。理由は,需要関数は減少関数であるからである。同じ需要関数をそのまま使っているが,同じ需要関数が使えるためには消費者がハンバーガーの品質に変化を感じていないという条件を満たす必要がある。

数学的には0 < x の範囲で対応関係が計算可能であるが,経営数学として,価格据え置きという問題の設定意図に合っている範囲を対象としているか確認する必要がある。288.9gと350gの重量での価格を赤点で図8に示した。350gの価格は500.0円,288.9gの価格は506.0円で,500円に対して6円の増加である。ほぼ変化がないことが分かる。

 

8頁】

 

次に収入と生産費用の重量変化のようすを見る。

  収入=価格×売上高 (経済の公式)

  生産費用  (この文章題で与えられた式)

  利潤=収入−生産費用 (経済の公式)

 

収入,利潤の経済の公式については経済数学の教科書を参照して頂きたい[11][12]。

9頁】

生産費用関数は,インフレーション前の式を使っている。図9に収入と生産費用の関数を描いた。上側の式が収入,下側が生産費用である。赤点は350g, 288.9gの重量の点を示している。収入に関しては,減少が殆どない。これは,ユーティリティー98%を選択したため,顧客の殆どは購入を続けてくれているからである。それに対して生産費用は重量を削減した効果が顕著に表れており,重さが小さくなるにつれ,コストが小さくなっている。

利潤は収入から生産コストを引いた値である。図10に利潤と重量の関係を示した。重量350gの時(43500円)よりも重量288.9gの時(48644円)のほうが利潤が大きい。これは生産費用の減少分による利益のほうが,顧客が離れた損失よりも大きいからである。

 

 

5.利潤最大化問題

 

本節では,利潤を最大化する点を求める。

図10を見ると,重量をもう少し削減したときに利潤最大化が図れることが分かる。図11に利潤関数をxについて微分した導関数を示した。約275gの近傍で0となっている。重量が約275.3gの時,利潤が最大値を取る。

10頁】

 

この利潤最大点は,顧客満足度92.6%に対応する。図12に満足度と重量の関係図を示した。この図で92.6%は,これ以上重さを減らすと大きく満足度を下げてしまう限界の位置にあることが分かる。

 

 

また,価格がほぼ据え置きであるかを確認してみると,図13に示したように,500円から上昇方法に乖離する限界のところに位置していることが分かる。これ以上重量を減らすと,設定した需要関数も修正する必要がでてくる。この利潤最大化点よりも重量を減らすと消費者も気付き,大幅な需要減少を招く可能性が高い。その意味でこの点がフェーズの臨界点と言える。

11頁】

 

6.まとめ

 

本論文では,顧客の満足度をシグモイド関数でモデル化し,ハンバーガーの重量を削減した場合,利潤が最大となる重量を評価した。円安,インフレーションなどの状況において原料費高騰,そして価格を上げなくてはならない局面が増加すると考える。その際,価格を上げるよりも生産コストを下げるという選択は適切な戦略のひとつである。本稿の目的は,数学を用いて,顧客ユーティリティー及び需要関数,利潤関数をモデル化する具体例を示すことである。ケースとしてハンバーガーの需要と価格の関係を用いたが,重量を削減して材料費上昇分を重さを軽くすることで補う,という方策は多くの場面で応用できるケースであると考える。重要な点は,得られた解に対して,価格が据え置きという条件が成立している範囲であることを確認することである。経済経営の問題では,数学的に解が存在しても,実際的な条件を満たさない場合が少なくない。顧客が気づくほどの材料費削減は,品質の低下であり,売上は減少し,従来の需要関数は成立しなくなるからである。本稿で設定したモデルには,改良すべき点も多いと考える。まず,ユーティリティー関数のパラメータは,重量以外にも存在する点である。実際には,他の要素も関係してくると考えられる。また,生産費用関数にも重量以外の要素が関係する可能性がある。予測の精度を向上させるためには,モデルの複雑化が必要となる。本稿で述べたモデル評価はシンプルであり,シミュレーションによる評価は必要ない。微分などの計算は人手でも可能であるが,Mathematicaなどの数式処理ツールを用いて,計算させ,グラフィクス描画する方が簡便で適していると考える。

昨今AIによる時間帯や曜日に依存した価格設定評価が行われるようになってきた。将来は,12頁】 状況に合わせて,価格だけでなく,重量を変化させ,需要を予測し制御することが益々重要になる。今まで勘だけに依存して需要予測をしてきた経営者であれば,まずは,シグモイド・ユーティリティー関数などを用いて,シンプルな需要関数モデルを作って,数学モデルによる現状の記述を行ない,サイズダウンによる収入,生産コスト,利潤への影響などを評価すべきと考える。

 

参考文献

[1] C. M. Bishop, and N. M. Nasrabadi, Pattern recognition and machine learning: Springer, 2006.

[2] S. Theodoridis, and K. Koutroumbas, Pattern recognition: Elsevier, 2006.

[3] H. Wood, Logistic Function - Sigmoid Function - Mathematic Equation Graph Notebook: Independently published, 2022.

[4] N. Kyurkchiev, A. Iliev, and A. Rahnev, Some Families of Sigmoid Functions: LAP Lambert Academic Publishing, 2019.

[5] B. Hu, Y. Sun, W. Huang, C. Shao, T. Niu, X. Cheng, and K. Xie, “Power system reliability assessment with quantification of demand response uncertainty based on advanced sigmoid cloud model,” CSEE Journal of Power and Energy Systems, 2023.

[6] C. Zhang, S. Lasaulce, L. Wang, L. Saludjian, and H. V. Poor, “A refined consumer behavior model for energy systems: Application to the pricing and energy-efficiency problems,” Applied Energy, vol. 308, pp. 118239, 2022.

[7] A. Alban, P. Blaettchen, H. de Vries, and L. N. Van Wassenhove, “Resource allocation with sigmoidal demands: Mobile healthcare units and service adoption,” Manufacturing & Service Operations Management, vol. 24, no. 6, pp. 2944-2961, 2022.

[8] R. Mehta, “Genetic algorithm based bi-objective optimization of sigmoidal utility and throughput in ad-hoc wireless networks,” Evolutionary Intelligence, pp. 1-11, 2022.

[9] R. Munjal, W. Liu, X. Li, J. Gutierrez, and P. H. J. Chong, “Multi-Attribute decision making for energy-efficient public transport network selection in smart cities,” Future Internet, vol. 14, no. 2, pp. 42, 2022.

[10] 仲村哲明,河原大輔,“感情を含む特徴変化情報付き対話コーパスの構築とそれを用いた対話の自然さ推定,”言語処理学会第24回年次大会,pp. 654 - 657, 2018.

[11] I. Jacques, Mathematics for economics and business: Pearson Education, 2018.

[12] 白田由香利,悩める学生のための経済・経営数学入門:3つの解法テクニックで数学アレルギーを克服!:共立出版,2009.