地域フードブランドの喫食が未訪問地域への訪問につながるか(前編)
〜概念モデル作成および実証研究用アンケート調査票作成のためのインタビュー調査〜
学習院大学 上田 隆穂
学習院女子大学 竹内 俊子
地域で生産されている地域フードブランドを飲食することにより,当該フードブランドを収穫したり,生産したりする未訪問地域へ訪問することに実際つながるのか,つながるとすればどういう理由によるものなのかを探ることを研究目的とした。この種の研究は,重要性が高いにも関わらず,ほとんど研究がなされていないため,焦点を当てたものである。本研究は前編であり,まず仮説的な知見を得るために,インタビューを実施し,個人ごとに,なぜそこに行くのかについての構造図を描き出し,その結果に基づいて,概念図を描いている。そしてインタビュー結果から,概念図に基づいた分析のためのアンケート項目を探索した。本論文はこのアンケートづくりを,プロセスを示しながら,丁寧に行っている。
地域活性化,地域フードブランド,認知型情報,感情型情報,テリトーリオ戦略,デモグラフィック要因,サイコグラフィック要因,インタビュー・フロー
地域活性化においては地域産品ブランドの形成や売上拡大も重要であるが,それによって交流人口を増やしていくことも重要だと言える。例えば,フランス・ボルドー,ブルゴーニュやカリフォルニア・ナパのワイン,スペイン・イベリコやイタリア・パルマの生ハム,六花亭のチョコレート,秋田のきりたんぽ,伊勢の赤福,夕張メロン,博多明太子,辛子蓮根,広島の牡蠣,中部地方山間部の五平餅,大間のまぐろ,松阪牛,石屋製菓の白い恋人など飲食に関する有名な地域産品フードブランドは枚挙にいとまがない。しかしながら地域活性化を考える際には,これらを現地以外で買ったり(EC含む),人から貰ったりして飲食した場合,その生産地へ行きたいという気持ちになることは,交流人口を増やすために非常に重要なカギとなる。これらの有名ブランドの中で,訪問していない地域のブランドを食べたり飲んだりした時,その地を訪問したくなるものはどういう特徴があるのだろうか。またどういう人がどういうきっかけで訪問するのだろうか。
以前から,地域のものを「買いたい」⇒その生産地を「訪れたい」⇒その地域の人々と「交【58頁】 流したい」⇒その地域に「住みたい」という4つの重要なマネジメント領域のステージが指摘されているが1),今回は,「買いたい」⇒「訪れたい」のプロセスに近い,喫食が訪問につながる部分に焦点を当てたい。本論では,グループ・インタビューを実施し,個人ごとに地域フードブランドの喫食が現地訪問につながったケースを分析し,過去の文献も併せて,仮説を検証するための,webアンケート質問票を作成する。
これまで観光と食に関する概念的な研究には,岩崎(2019),尾家(2015),田原・後藤・佐久間(2008)等があり,またインバウンド関連でも観光庁(2020),安田(2015)等の報告等があることが指摘されている2)。しかしながら,食が観光客の誘致目的となりうるという,本研究のタイトルに直接関連した研究はほとんど存在していない。数少ない研究としては,中島(2022)において消費者アンケート調査による研究がある3)。中島は,アンケートにおいてすでに「訪問経験あり」の場合と「訪問経験なし」の場合で,および実店舗あるいはECでの購買別で,地域特産品を購入した後の心情変化を7項目(産地に愛着を感じた,産地に親近感を持った,産地を応援したくなった,生産者・製造者に親近感を持った,生産者・製造者を応援したくなった,生産・製造された背景が知りたくなった,産地で食べてみたくなった)にわたって調べている。この変化では,実店舗とECではほぼ差がなかったが,訪問経験ありとなしでの差は非常に大きく,訪問経験ありでは非常に得点が高かった。つまり訪問経験がない場合には,心情の変化は「当てはまらない」に近く,地域フードブランドを購買・喫食しても未訪問地域に誘致することは難しいという結果となっている。中島の研究では,「食品の購買が産地についての情報手段の蓄積につながっている可能性がある以上,旅行目的地選択における情報収集手段となり得る」としているが,現地での地域活性化フードブランドの購買経験があるということに関しては,訪問経験そのものが,単にリピート訪問につながりやすいことを示唆している可能性が高く,地域フードブランド購買と地域訪問との関連性を示唆するに至っていないと思われる。さらに購買だけでは,土産として買われた可能性も高く,喫食経験と未訪問地域訪問との関連性を検討する方が,「食が観光客を誘致するか」という命題に沿ったものと言えよう。
また上田・竹内(2020)では,おいしさを生み出す情報の役割についてアンケートを用いた調査分析を行っている。この中では,おいしさは物理的な味覚のみで決まるものではなく,従【59頁】 来の研究から明らかにされており,情報を,いかに感覚移転を通じて付加し,おいしさの感覚を増幅するかだと述べている。そしてテキストマイニングの結果等から図2-1のような食による地域創生における情報活用の構図を描いている。
この構図の示唆するところは,「地域の食に関して,購買することによって,本場感,地元感,鮮度感,素材の良質感,景色感・生産採集現場臨場感を事実としての認知型情報と感覚としての感情型情報が生み出され,SNS・テレビ等のメディアや現地での地元民との触れ合いを通じて伝えられ,地域訪問者あるいは自宅で注文する消費者がドーパミンを発生させ,食への期待や欲求を高めることで,美味しさの感覚を増幅する」ということである。本研究おいては,未訪問地域のフードブランドを喫食体験することにより,本場感,地元感,鮮度感,素材の良質感,景色感・生産採集現場臨場感を求めて訪問したくなるということが検討に値する仮説として検討する。
なおB-1グランプリで有名になった料理などが,観光客の誘致等地域活性化に効果を有することも論じられているが,一般的に未訪問の場合には,喫食が困難の場合が多く,ここでは対象外とする4)。
地域ブランド研究において,小林(2016)は,地域ブランドを地域空間ブランドと地域産品ブランドに区別し,両者が支え合う存在となり,それが地域によるブランド・アイデンティティの創造になると論じ,顧客の心に形成したい理想的なブランド・イメージづくりを推奨している5)。図示すれば図3-1のようになり,人々にとって心惹かれるような地域イメージ創造のために物語等でこの2つの地域ブランドを括る必要があろう。
またこのためには,ブランド要素を考える必要があり,諸要素間の相乗効果を出しつつ,物語等で括り,編集する必要がある。編集するのは,物語以外にも山や海,その他の自然,伝統的な建造物等もある。図示すれば図3-2のようになる。
実際に地域活性化でこの関係を具体化しているのが,イタリアのテリトーリオ戦略であろう。木村・陣内(2022)は,テリトーリオを次のように説明している。
「土地や土壌,景観,歴史,文化,建築物,伝統(手工芸を含む),民間伝承,地域共同体,観光サービス,接客のあり方,芸術等々の様々な側面が併せ持つ一体のもので,土地の持つ自然条件,あるいは大地の特質を活かしながら,そこを舞台に人間の多様な営みが展開してきた。そこでは農業,牧畜,林業,諸々の産業が営まれ,町や村の居住地ができ,田園には農場,修道院が点在し,これらを結ぶ道のネットワークもできる。そこに歴史や伝統が蓄積され,固有の景観が生まれてきた。こうした社会経済的,文化的なアイデンティティを共有する空間の広がりとしての地域あるいは領域がテリトーリオである6)。」
このテリトーリオを形成する要素は数多くあるが,これらが一体化・融合し,地域産品ブランドに凝縮されて地理的表示(GI)の基となり知的共有財としての大きな価値を生み出しているのである。まさにホリステックなブランド・イメージであり,地域独自の景観が消費者により強烈に意識される点が特徴的である。このテリトーリオ創造の方略としてテリトーリオ・アプローチを図示したものが図3-3であり,これが研究の概念モデルの源泉となる7)。理想としては,地域フードブランドがこのテリトーリオの地域一体化イメージを,喫食した時に部分的にでも喫食者に移転できることが望ましい。ただし,地域への未訪問の段階での喫食の効果であるため,完成されたイメージにはほど遠く,テリトーリオの一部しかイメージ形成をすることはできない。訪問して初めてテリトーリオのイメージが完成に近づいていくことになる。このため,喫食によって,地域に関する認知的な要素よりも感情的な要素が刺激されて,訪問意図へとのつながる可能性が強いことが考えうる。
なお訪問意欲の源泉となる地域一体化イメージには,喫食者の年齢,性別,家族の有無などのデモグラフィック要因や心理的傾向であるサイコグラフィック要因が影響していよう。さらに対象訪問地域における親族・友人のあるなしなど副次的訪問要因も重要であろう。
4.アンケート調査項目を導出するためのグループ・インタビューの実施
フレームに応じた質問項目を準備し,調査会社に委託し,男女3名ずつ性別ごとにグループ・インタビューを実施した8)。ただし,グループ・インタビューと言ってもパーソナル・インタビューに近い形でインタビューは進められた9)。
調査課題は,以下の通りに設定された。
⑴地域産品の食経験からその地域を訪れるまでの経緯をとらえる
@どのような経緯で食べたのか(買ったりもらったりしたのか)
A現地に行きたくなるようなブランドの特徴を探る(行きたくなる/行きたくならない産品)
B現地に行くまでのプロセス・ステップを理解する
⑵地域産品がそこに行きたいと思わせる要素は何かを探る
⑶訪問を後押しする要素は何かを探る
調査対象地域は,首都圏(一都三県)であり,サンプル数は6名(男女3名ずつを性別で2グループに分け,別個に実施),インタビュー時間は90分と設定した。地域フード産品(加工食品あるいは農水畜産物)を食べたことをきっかけにしてそこに興味をもってそこへ行った経験のあるサンプルで,それぞれ30代,40代,50代をリクルートしている。表4-1が詳細である。インタビューは,2022年9月28日に行った。
参考としてインタビュー・フローを表4-2として掲載しておく。このフローは,我々と調査会社とのミーティングから調査会社が作成し,我々が修正を行ったものである。
またグループ・インタビューの写真を以下に掲載しておく。なお机の配置写真以外のグループ・インタビュー風景は,モニタールームから見たものである。
これらのインタビュー結果をマインドマップ方式によって図示したものが,以下の図4-1〜4-10である。
この図4-1を見ると39歳既婚者の,そば関与が高い女性が,沖縄の友人から「ソーキそば」を送ってもらい,家族も麺好きで,食べて全員がはまり,おいしいと思い,沖縄へ行きたいと思ったことが分かる。ただし,ただソーキそばを食べに行くのではなく,現地のいろいろな店で食べ歩きたいと思い,現地で新鮮なものを味わいたいと考え,ついでに現地には有名な水族館があり,子供の水族館へ行きたい思いを叶えてあげられ,家族で観光に行くという別の望みもきっかけとして作用している。したがって,この図からは,地域フードを食したことがその地域に訪問する要因としては,図中にある,対象への関与,おいしさ,本物志向,食べ歩き好き傾向,地域フードブランドの現地重視傾向,鮮度重視傾向があり,また図中の点線で囲んだ中の,きっかけとなる要因として家族や現地に強力な観光スポットがあるということがあげられる。
同様にして,以下の図4-2から図4-10まで図から現地訪問の諸要因を取り出すことができる。若干であるが,女性の方が男性よりも要因が多いように感じられた。
図4-1を含めて訪問要因を整理すると以下のようになる。
●図4-1
・本質的要因: 地域フードブランド対象への関与,おいしさ,本物志向,食べ歩き好き傾向,現地フードに関する現地重視傾向(本場指向と言い換える),鮮度重視傾向
・きっかけ要因: 家族の要望,強力な観光スポットの存在
●図4-2
・本質的要因: 地域フードブランド対象への関与,鮮度,手作り感,できたて感,現地以外の入手困難性
・きっかけ要因: 家族の要望,強力な観光スポットの存在,他の人気商品の存在
●図4-3
・本質的要因: 本場感,おいしさ,感動,物語,食べ歩き好き傾向
・きっかけ要因: 強力な観光スポットの存在,他の人気商品の存在
【69頁】●図4-4
・本質的要因: 取れたて,知識欲
・きっかけ要因: 強力な観光スポットの存在
●図4-5
・本質的要因: 鮮度,本場感,おいしさ
・きっかけ要因: 友人の存在,強力な観光スポットの存在
●図4-6
・本質的要因: 現地以外の入手困難性,おいしさ,取れたて,知識欲
・きっかけ要因: 強力な観光スポットの存在,他の人気商品の存在,旅仲間の存在,地域と自分との関連の深さ
●図4-7
・本質的要因: 有名ブランドである,おいしさ
・きっかけ要因: 強力な観光スポットの存在,家族の要望,手軽に行ける
●図4-8
・本質的要因: 本場感,おいしさ,評判
・きっかけ要因: 他の人気商品の存在,手軽に行ける
●図4-9
・本質的要因: おいしさ
・きっかけ要因: 他の人気商品の存在,強力な観光スポットの存在,家族の要望,旅仲間の存在
●図4-10
・本質的要因: 本場感,鮮度,おいしさ,低価格
・きっかけ要因: なし
これらから一度でも出現した要因を整理すると次のようになる。
@本質的要因:
【地域フードブランド自体の特徴】 おいしさ,低価格,評判,本場感,手作り感,できたて感,取れたて感,現地以外の入手困難性,感動,物語
【喫食者の傾向】 本物志向,地域フードブランド対象への関与,鮮度重視傾向,食べ歩き好き傾向,知識欲
Aきっかけ要因:
【地域の特徴】 強力な観光スポットの存在,他の人気商品の存在
【喫食者の要因】 家族の要望,友人の存在,旅仲間の存在,地域と自分との関連の深さ,手軽に行ける
この結果をみると,やはり地域に関しては,感情的な要素がより大きなウェートを占めているように思われる。これらをグループ・インタビューの結果としてアンケート項目として入れ込むのが良いと考え得る。
図3-3を元に本研究の包括的な概念モデルを作成する。図5-1を見られたい。この図には複数のループがある。つまり,地域一体化イメージは,地域フードブランド喫食のきっかけとなり,喫食の結果,地域フードブランドのイメージが変化し,それが地域の一体化イメージを変化させる。また地域一体化イメージは,地域フードブランドのイメージに変化を与え,再度の喫食の原因ともなる。そして地域フードブランドのイメージは,喫食者のデモグラフィック・サイコグラフィック要因や友人の存在等,喫食者のきっかけとなる訪問要因とともに地域への関心を高め,これらが訪問へとつながっていく。この訪問の結果は,地域一体化イメージに変化を与え,生産地域への関心に変化を与える。ただし,先述のように,地域フードブランドが与える影響には,認知的なものと感情的なものがある。これらを細分化して,さらに詳細な概念モデルによる分析を行う必要は当然あると思われる。
以上からアンケートを作成していく。以下アンケート項目を掲載していく。
対象者は一都三県(東京都,神奈川県,埼玉県,千葉県)の30〜60代の男女,地域フードブランドの喫食が現地訪問につながった人(行ったことのない地域)である。
●対象者を絞るための設問(1問)
Q あなたは,地域フードブランドを食べたことをきっかけに,はじめてその地域を訪問したことがありますか。
●「地域フードブランドの喫食」に関する設問(4問)
Q あなたが地域フードブランドを食べたことをきっかけに訪問した都道府県と具体的な地域,あなたが訪問するきっかけとなった地域フードブランドと入手方法をお答えください。
【72頁】
Q 地域フードブランドを購入した理由について,あてはまるものをお答えください。それぞれの項目について,該当する選択肢を1つお選びください。
Q 地域フードブランドを喫食後について,あてはまるものをお答えください。それぞれの項目について,該当する選択肢を1つお選びください。
Q あなたが『その地域』を訪問するまでに地域フードブランドを何回喫食したかをお答えください。
●「共有財としてのコモンズとなる地域一体化イメージ(テリトーリオ)」と「生産地域への関心」に関する設問(1問)
Q 喫食前と喫食後で『その地域』に関するあなたの考えについて,あてはまるものをお答えください。それぞれの項目について,該当する選択肢を1つお選びください。
●「地域フードブランドのイメージ,ブランドコミットメント」に関する設問(1問)
Q 『地域フードブランド』に関するあなたの考えについて,あてはまるものをお答えください。それぞれの項目について,該当する選択肢を1つお選びください。
●「喫食者のデモグラフィック・サイコグラフィック要因」に関する設問(4問)
Q あなたが旅行に行く頻度をお答えください。
Q あなたの世帯の年間収入をお答えください。
Q あなたと同居しているご家族の方をすべてお答えください。
Q 『旅行』に関するあなたの考えについて,あてはまるものをお答えください。それぞれの項目について,該当する選択肢を1つお選びください。
●「友人の存在等,喫食者のきっかけとなる訪問要因」と「生産地域への訪問意図」に関する設問(1問)
Q あなたが『その地域』を訪問した理由をお答えください。
これらは分析目的に沿ったアンケート項目内容であり,今後これらの結果データに基づき,論文の後編において多様な分析を行っていく予定である。特に認知的な要素と感情的な要素に関して注目していきたい。
本研究は科研費基盤研究B(19H01540)(代表:上田隆穂)によるものである。またグループ・インタビューの業務委託を行った(株)トークアイの方々には情報提供など頂いており,謝意を表したい。
1. 上田隆穂,竹内俊子(2020)『地域特産物の『美味しさ』を増幅する『ふるさと情報』の考察』,学習院大学経済経営研究所 年報,第34巻12月号,pp.1-39
2. 上田隆穂(2023)『木村純子・陣内秀信編著イタリアのテリトーリオ戦略』書評,早稲田大学『イタリア研究所紀要』第12号,forthcoming
3. 木村・陣内(2022)『イタリアのテリトーリオ戦略』白桃書房
4. 小林哲(2016)『地域ブランディングの論理』,有斐閣
5. 電通abic project編 和田充良人,菅野佐織,徳山美津恵,長尾雅信,若林宏保著(2009)『地域ブランドマネジメント』有斐閣
6. 中島彰一(2022)「食品の購買とその産地への観光との関係に関する研究」,『流通情報』N0.557,7月,pp.36-37.
7. 日経MJ,2010年9月27日号,マーケティング八塩圭子ゼミ