123頁】

 

雇用管理の取組が労働者の仕事満足度に与える影響

─JILPT2,018調査のマッチング・データを用いて

 

袁 嘉欣・脇坂 明

 

 

1 研究背景

 

内閣府「国民生活選好度調査(2007)」における,仕事満足感に関係する主要な4項目についてみると,1978年以降,日本の仕事満足度はいずれの項目でも長期的に低下してきた。

 

 

高い仕事満足度が企業業績に及ぼす影響に注目した研究によれば,自社に勤める労働者の満足度を高める施策をとることができれば,業績を高めることができる可能性が高いことが示されている(参鍋・齋藤2007)。また,仕事満足度が上昇すると離職率が低下し(田中2013),誰もが働きたいと思う職場環境になることから,企業の価値向上や高い産業競争力が期待できることも指摘されている。

従って,仕事満足度を向上させるため,一人ひとりの意思や能力,個々の労働者の抱える事情に応じた「きめ細かな雇用管理」を推進していくことが肝要である。そのことが,人材がそ124頁】 の能力を十分に発揮しながら,いきいきと働くことのできる環境整備につながる。多様な雇用管理の取組が充実している企業では,労働者の仕事に対するモチベーションなどを向上させることで,ワークエンゲージメントや仕事そのものに満足している労働者数が増えると予想される。

しかし,雇用管理が満足度にもたらす影響は,男女によって異なる可能性がある。例えば,「給料」「休暇」では,男女の差異は小さいと考えられるが,一方で,「昇進・昇格の機会」「福利厚生」などでは男女で重視する項目が異なっているかもしれない。具体的には,「仕事と育児との両立支援」などのワークライフバランスにつながる雇用管理への注目度は,男性従業員と比べ,女性従業員の方が高い可能性がある。男性従業員の方は,長期的キャリア形成などを重視しているため,「能力開発機会の充実」のような雇用管理制度が実施された場合,仕事そのものに対する満足度の向上につながるかもしれない。

働きながら技能を形成するOJT(On-the-Job Training)や,職場や通常の業務から離れ,特別に時間や場所を取って行う教育・学習をさすOff-JT(Off-the-Job Training)は能力開発の基本である。変化の激しい現在,現場や環境の変化や不確実性に,効果的・効率的に対応することができる人材の育成の在り方を検討する必要がある。JILPT(独立行政法人 労働政策研究・研修機構)が2013年実施した調査によると,企業が競争力を更に高めるため,今後強化すべき事項(複数回答)としては「人材の能力・資質を高める育成体系」(52.9%)が最も高くなっており,人材育成は企業経営上,重要な課題となっている。企業は,優れた人材を育成することで他社よりも優位に立つ可能性がある。そして,労働者側から見ると,技能を持つ場合,それが仕事自体の面白さ(やりがい),仕事満足をもたらすことも指摘される(城山2016)。人材育成(能力開発)に関する取組が実施されれば,企業は競争力の向上が期待できる。それとともに,従業員が人材育成の取組から恩恵を受け,問題や変化をこなすノウハウである知的熟練が蓄積でき,自分自身の成長を感じ,モチベーションや仕事に対する満足度が向上する可能性がある。そこで,本稿では,JILPTの実施した2018年の調査を用い,14個の詳細な「人材育成内容」の項目に注目したい。

本稿では,男女間の違いにも注目しながら,雇用管理(とくに人材育成内容)が労働者の仕事満足度にもたらす影響について検討する。

以下の三つの仮説を検証したい:

@男性と比べて,女性は「ワークライフバランス」に関する雇用管理制度から,満足度が向上する。

A女性と比べて,男性は長期的キャリア形成などを重視していると考えられるため,「能力開発機会の充実」のような雇用管理制度が実施されれば,仕事満足度の向上につながる。

B同じような属性を持っている男性・女性労働者は,雇用管理に熱心な企業で働く場合,満足度が高い。

 

 

2 先行研究

 

2.1 仕事満足度と企業業績

仕事満足度が企業業績に及ぼす影響についての研究としては,参鍋・齋藤(2007)が挙げら125頁】 れる。彼らは操作変数法によって,「仕事満足度の高まりが,企業業績を高める」という命題について統計的に検討した。彼らは,企業が自社に勤める労働者の満足度を高める施策をとることができれば,業績を高めることができる可能性が高いことを明らかにした。企業が労働者の満足度向上のための施策や取組を積極的に導入することは,労働者自身にとって有益であるのみならず,企業の競争力向上にもつながると考えられる。

 

2.2 性差による仕事満足度の違い

男女間に,仕事満足度の違いがあるかどうかについての海外研究についてみると,Sousa-Poza(2007)はスイスの家計パネル調査の1999年〜2000年のデータを用い,性別の違いが仕事満足に与える影響を分析している。しかしながら,仕事満足度には,性別の違いによる差は見られないことがわかった。次にClark(1997)はイギリスのパネルデータを用いて,賃金を実質賃金と期待賃金に分け,女性の実質賃金や期待値は男性のそれよりも低いという結果を見出した。これにより,性別による満足度の差を賃金から明らかにした。この結果は,女性の仕事満足度は,一般的に男性よりも高いことを示唆するものである。

一方,日本の研究を見ると,大薗(2013)は,管理職の仕事満足度の男女の差異を,順序プロビットモデルを使って分析し,女性管理職は男性管理職よりも「仕事全体」満足度が高いことを明らかにした。

また,田中(2013)は,平成21年の調査から退職理由について分析し,女性と男性のもっとも顕著な違いは,女性は「結婚・出産・育児・介護」による退職理由であり,この理由で辞める女性が多いことがわかる。したがって,「男性と比べて,女性は「ワークライフバランス」に関する雇用管理制度から,満足度の向上効果が見られる」という仮説を立てている。

他方,男性の場合,収入も大切だが,仕事の内容の方がもっと大切かもしれない。従って,長く働き続けるためには,収入よりも仕事の内容の方が重要かもしれない。そこで,女性と比べて,男性は長期的キャリア形成などを重視しているため,「能力開発機会の充実」のような雇用管理制度が実施されれば,仕事満足度向上につながるかもしれない。

 

2.3 仕事満足度の影響要因

大薗(2017)は,男性の仕事満足度について,2012年のデータを,順序プロビットモデルを採用して,その規定要因について検討した。結果は,男性労働者の年代別のライフスタイルの変化,すなわち,結婚や子供の成長等によって,仕事満足度に与える影響が異なった。ゆえに,満足度を分析する際には,このような労働者の個人属性を考慮する必要がある。

さらに,Lambert et al.(2001)は社会学ではよく用いられる概念の1つである帰属理論を援用し,帰属する集団と仕事満足度の関連を説明している。具体的には,仕事満足度を高めるには,内的帰属(個人属性)よりも,むしろ外的帰属(帰属する職場環境)が重要であることを示唆している。したがって,性別,婚姻状況,年収などの個人属性以外に,職場環境,あるいはさまざまな雇用管理の取組を考えた上で,満足度を分析することが必要である。したがって,「同じような個人属性を持っている男性・女性労働者は,雇用管理に熱心な企業で働く場合,満足度が高い。」という仮説を立てている。

このように,仕事満足度に関する研究は国内外を問わず,多くの知見の蓄積があるが,企業と従業員のマッチングデータを用いて,雇用管理がもたらす影響を研究したものは,見当たら126頁】 ない。本研究は,JILPT(労働政策研究・研修機構)2018年の調査を用いるが,企業における18個の雇用管理取組についてマッチング・データで分析することは,おそらく初めての試みである。

また男女間の違いに着目しながら,雇用管理が労働者の仕事満足度にもたらす影響をみる。さらに,企業調査では人材育成内容についても詳しく尋ねているので,満足度への影響を分析する。

 

 

3 データ

 

本稿で使用するデータの詳細を述べると,2018年にJILPT(独立行政法人 労働政策研究・研修機構)が実施した「多様な働き方の進展と人材マネジメントの在り方に関する調査(企業調査・労働者調査)」である。この調査は厚生労働省労働政策担当参事官室の要請に基づき実施したものである。

このデータは,全国の12000社の従業員100人以上の企業(農林漁業,公務員を除く),及び対象企業の正社員を対象として,調査を行った。調査対象企業一社で正社員8人に労働者調査票を配付する。企業調査の有効回収数は2260件で,労働者調査は12355件である。

このデータのすぐれている点は,企業雇用管理制度や人材育成制度に関する具体的な項目が多くある点である。また,労働者と企業のデータがマッチングできることが,もっとも優れている点で他の先行研究にはみられない特徴である。この調査は,当時多様な働き方で注目されていた限定正社員に関する設問が多い。報告書の集計も限定正社員の種類別になされている。しかしながら,サンプル数が少なく,限定正社員については分析しない。

 

 

4 クロス集計

 

4.1 雇用管理取組について

本稿では,18個の雇用管理取組に関する回答に注目する。この調査では,企業に対して「貴社において,現在取り組んでいる雇用管理は何ですか。」という質問を行い,「一律実施」,「限定実施」,「未実施」という3つの選択肢から回答を得ている。企業の各取組の実施状況は,表4−1に掲載している。

 

127頁】

 

 

18個の雇用管理の取組の実施状況を見ると,18個の取組のうち,ほとんどの取組において一律実施の割合が高く,6∼7割に達する。しかし,「A本人の希望を踏まえた配属,配置転換」,「F労働時間の短縮や働き方の柔軟化」の一律実施の割合は5割で,「B業務遂行に伴う裁量権の拡大」が3割にとどまる。特に,「Q副業・兼業の推進」の一律実施の割合は6.4%に過ぎない。

いうまでもなく企業調査だけでは,労働者の満足度や個人属性を捉えることができない。そこで,労働者調査から得られたデータを企業データとマッチングする。労働者調査は正社員のみを対象としているため,以下では,正社員データを企業データとマッチングする。

まず,男女問わず,全ての正社員に取組を実施している,つまり「一律実施」であれば,未実施の企業と比べ,仕事の満足度が高い可能性がある。また,「きめ細かな雇用管理」を分析する際に,その「取組」の有無だけでなく,「限定実施」の場合の影響にも注意すべきである。つまり,全員「一律実施」していないが,女性,高齢者,外国人など,特定の労働者だけを対128頁】 象としている場合もある。本研究では,男女の違いに着目するため,限定実施のうち,女性正社員のみを対象としているものを分析する。全社員には実施できない取組であっても,女性正社員だけを対象とする取組があれば,従業員の仕事満足度に影響をもたらす可能性がある。従って,「一律実施と未実施の比較」,「一律実施と女性限定実施の比較」,及び「女性限定実施と未実施の比較」という三つのパターンに分けて,分析した。

また,男性正社員に着目すると,働いている会社の取組の実施対象は女性しかない場合も多く存在する。男性正社員は「女性限定実施」の場合,恩恵を受けられず,「不公平感」を持ち,仕事満足度が低下する可能性がある。一方,ある取組が「女性限定実施」であるものの,まったく実施していない企業よりも,積極的に他の取組が実施されている可能性がある。結果的に,このような取組に積極的な企業で働いている男性正社員の満足度も増加するかもしれない。そこで,「女性限定実施」を分析する際,男性正社員も分析対象に含める。

表4−2に,実施状況別に見た仕事に満足している正社員の割合を示した。

 

 

⑴ 一律実施と未実施

表4−2により,ほとんどの取組に関して,一律実施している企業の正社員の仕事満足度が高いことがわかる。「未実施」であることが仕事満足度を低下させる要因となっている可能性がある。

 

⑵ 一律実施と女性限定実施

次に,「一律実施」と「女性限定実施」を比べると,男性正社員については,18個の取組のうち13取組で,「女性限定実施」の方が,仕事に満足している男性正社員の割合が高い。

女性正社員に着目すると,18個の取組のうち10取組と半数以上の取組で,「一律実施」の企業と比較して,「女性限定実施」の企業の仕事に満足している女性正社員の割合が増加している。

 

⑶ 女性限定実施と未実施

最後に,「女性限定実施」と「未実施」を比べると,表4−2により,ほとんどの取組で,「女性限定実施」の方が,男性正社員が満足している割合が高い。

また,女性正社員については,18取組のうち6取組で,「女性限定実施」の場合のほうが「未129頁】 実施」よりも満足している女性正社員割合が低下しているものの,他の11取組で,女性限定実施の方が,女性が満足している割合が高い。企業が女性のみを対象としていくつかの取組を実施した場合,男女共に,仕事満足度を高まる可能性がある。

このように,主観レベルにおける高い企業の雇用管理の実施程度と正社員の高い仕事満足度とは相互に関連性がある。両者の関係をより正確に明らかにするため,順序ロジットモデルを使用し,年齢,勤続年数,年収などの個人属性をコントロール変数として投入し,さらに分析する必要がある。

 

4.2 人材育成の内容について

表4−3により,人材育成の実施項目において,「人材育成実施企業(一律実施・限定実施)」(「一律実施」「限定実施」を選択した企業)の割合についてみると,ほとんどの取組の一律実施の割合が4〜6割に達している。「定期的な面談(個別評価・考課)」「企業が費用を負担する社外教育」「計画的・系統的な OJT」「目標管理制度による動機づけ」「表彰による動機づけ」「配置転換(事業所内の移動)」などが上位の実施項目となっている。

また,「女性限定実施」の場合には,全ての人材育成取組の割合が全体の1%以下で,非常に低く,データがとても少ない。従って,クロス集計では,「女性限定実施」を除いて,「一律実施と未実施」のみを比較する。

 

 

130頁】

表4−4は,実施状況別に見た仕事に満足している正社員の割合の差を示したものである。両者の差はそれほど顕著ではないものの,男女を問わず,ほぼ全ての取組において,一律実施の企業の方が,未実施の企業よりも満足している正社員の割合が高い。したがって,「未実施」であることが仕事満足度を低下させる要因となっている可能性がある。

 

 

 

5 順序ロジットモデルによる分析方法

 

5.1 被説明変数(仕事全体満足度)

現在の職場に関する評価的態度として「仕事全体に対する満足度」を用いた。設問は「現在の仕事に関する仕事全体について,どの程度満足していますか」で,反応尺度は「4=満足している,3=どちらかと言えば満足,2=どちらかと言えば満足していない,1=満足していない」の4件法である。

 

5.2 説明変数

<雇用管理の取組>

本研究で利用しているJILPT調査では,18個の雇用管理取組に対して,企業に対して「貴社において,現在取り組んでいる雇用管理は何ですか。」と問い,「一律実施」,「限定実施」(女性,60歳以上高齢者,高度外国人),「未実施」という3つの選択肢から回答を得ている。それに基づいて,18個の変数を作り,説明変数として用いた。具体的には,18個の取組変数には,「一律実施」=2,「女性限定実施」=1,及び「未実施」=0という数値を付与する。

 

<全て実施ダミー>

企業データによって,「企業が雇用管理取組に積極的であること」を表せる「全て実施ダミー」という変数を作る。ここで,企業が18個の取組の全てを実施する場合1で,そうでないであれば0となる。

 

131頁】

<人材育成の取組>

14個の人材育成(能力開発)取組の内容について,「貴社において,現在取り組んでいる人材育成は何ですか。」という設問について,「一律実施(=2)」,「女性限定実施(=1)」,「未実施(=0)」という3つの選択肢の回答に基づいて変数を作り,説明変数として用いた。

 

<コントロール変数>

分析では,労働者の個人属性を考慮するため,性別,年齢,最終学歴,婚姻状況,子供の有無,役職,業種,職種,年収,勤続年数などの個人属性をコントロール変数として用いた。

 

5.3 推計方法

仕事満足度を4段階の順序指標で示した変数を被説明変数に使用するため,二項ロジットモデルをそのまま適用することはできないため,順序ロジットモデルを採用する。

 

<モデル1>

被説明変数の潜在変数Yi*が以下のように書けるとする。

 

 

ここで,iは個人を表す添え字である。Xは主な説明変数としての18個の雇用管理取組であり,例えば,X1は「人事評価に関する公平性・納得性の向上」である。Allは全て実施ダミーであり,Controls_iは年齢,年収,勤続年数,婚姻状況などの労働者の個人属性で,コントロール変数としてモデルに投入する。

潜在変数Yi*はデータとして直接に観察できず,労働者の満足度に関する選択肢のみが観測できる。選択肢をkで表すと,k=1,2,3,4である。従って,ある選択肢kが選ばれる確率は以下の式で示すことができる。

 

 

上記のFεはロジスティック分布の累積密度関数である。

 

<モデル2>

続いて,モデル1に基づいて,18個の取組がもたらす影響を男女別に分析する。

 

 

<モデル3>

最後に,モデル3は,18個の取組のうち,6番目の「能力開発」の具体的な内容がもたらす132頁】 影響について,男女別に分析する。ここで,14個の能力開発項目は,18個の雇用管理取り組みのうち,「能力開発機会」の具体的な内容なので,x6を取り除いて,モデル3を作る。

 

 

ここで,Mは14である人材育成内容であり,例えば,M1は「計画的・系統的なOJTである。

 

5.4 基本統計量

基本統計量は表5−1にまとめた。

 

 

133頁】

 

6 分析結果

 

6.1 全体を対象としたモデル1の結果

全体を対象としたモデル1の結果を見てみる(表6−1)。性別ダミーの係数は-0.321で,女性の方が男性より仕事満足度が高いことがわかり,先行研究と整合的である。雇用管理取組に注目すると,A,F,Mが有意でプラスの影響がある。一方,「B」が有意で負であった。他の取組は有意ではない。また,「全て実施ダミー」は0.446で,強いプラスの有意性が見られた。つまり,仮説3「同じような個人属性を持っている労働者は,雇用管理に熱心な企業で働く場合,満足度が高い」が支持される結果となった。

 

134頁】

 

6.2 男女別に見たモデル2の結果

 

 

135頁】

 

表6−2に,モデル2(男女別)の分析結果を載せている。また,有意な結果を表6-3にまとめた。モデル2の結果を見ると,男性従業員については,A,Fの取り組みは正で有意,BとDの取り組みは負で有意である。女性従業員については,Eの取り組みは正で有意となり,Nの取り組みは負で有意となっている。

 

⑴ 「ワークライフバランス」に関する取組

まず,「F,K,L,M及びN」という5つのワークライフバランスに関する取組を考察したい。

「F労働時間の短縮や働き方の柔軟化」に注目すると,男性については,「一律実施」の場合,係数は0.108で強い正の有意性を示した。一方,女性の方は係数は0.021と正の値であるが,有意ではない。つまり,Fの実施からは女性労働者満足度の向上効果が期待できないといえる。この結果は,仮説と整合的ではない。この結果は,近年,男性労働者の生き方が仕事中心から「ワークライフバランス」へ変化してきており,労働時間の短縮や働き方の柔軟性を求める人が増えていることと関係している可能性がある。Fの取組の実施に関しては,女性と比べて,むしろ男性の方の満足度向上が期待できることがわかった。「K,L,M」は男女とも有意ではない。しかしながら,モデル1においては,「M仕事と病気治療との両立支援」に関しては労働者全体について正の有意性が見られる。

「N育児等により離職・休職された方への復職支援」は負で有意である。この施策を実施することで,女性従業員は安心して育休を取得し復職できる可能性があるが,復職した後に,仕事と育児が両立できる職場環境が整備されない場合,むしろ仕事全体の満足度が減ってしまう可能性がある。しかしながら,復職支援だけでなく,仕事と育児との両立支援も同時的に導入されれば,より効果的かもしれない。この点は今後の課題としたい。

これらの結果から,仮説1『男性と比べて,女性は「ワークライフバランス」に関する雇用管理制度から,より高い満足度が得られる可能性がある。』は支持されなかった。さまざまなワークライフバランスに関する取組を議論する際には,具体的な内容についてより詳しく検討する必要があるといえるだろう。

 

⑵ キャリア形成に関する取組

次に,長期のキャリア形成に関する「A本人の希望を踏まえた配属・配置転換」「B業務遂行に伴う裁量権の拡大」「D能力・成果等に見合った昇進や賃金アップ」,「E能力開発機会の充実」という4つの取組に注目したい。

 

<本人の希望を踏まえた配属・配置転換>

「A本人の希望を踏まえた配属・配置転換」についてみると,表6−1と表6−2により,男性正社員では正で有意であり,仕事満足度の向上につながることがわかる。配置転換とは,136頁】 同一の企業内で職種や就業場所(勤務地),職務内容などを長期間にわたって変更することを指す。配置転換を行うことで,適材適所の人材配置を実現することができる。労働者自身にとっても幅広い分野や地域で配属・配置転換を経験し,業務経験を積むことができ,新しいアイデアややりがいが生み出されるかもしれない。

 

<業務遂行に伴う裁量権の拡大>

「B業務遂行に伴う裁量権の拡大」については,男性に有意で負となる。裁量権が大きくなると,自らの意思で決断できるため,成長スピードが速い,成果を出せたときの成功体験が自信につながるメリットがある。しかしながら,自身の責任や重圧などからストレスを感じることが増える場合もある。とくに,新入社員や異動してきたばかりの人が,経験の少なさから自分で状況を判断できず,周囲の人に訊かないと仕事が進められない場合もあり,仕事満足度の低下を招くかもしれない。

 

<能力・成果等に見合った昇進や賃金アップ>

「D能力・成果等に見合った昇進や賃金アップ」に着目すると,女性については有意ではない。一方,男性は-0.093でマイナスの有意性を示し,Dの取組が導入されれば,従業員のモチベーションの低下につながるといえる。つまり,取組Dに関して,男性は満足度向上が期待できないだけでなく,逆に満足度を低下させる効果があることがわかる。この結果は仮説2『女性と比べて,男性は長期的キャリア形成などを重視しているため,「能力開発機会の充実」のような雇用管理制度が実施されれば,仕事満足度の向上につながる。』と整合的ではない。その理由としては,もし元々の評価基準の設定が不透明であれば,従業員が不公平感を持ち,仕事満足度が低下する可能性があることが考えられる。

 

<能力開発機会の充実>

「E能力開発機会の充実」について,男性の場合,係数は負であるが,有意ではない。一方,女性の場合,係数は0.114で正で有意であり,取組の実施は女性労働者について満足度向上の効果が期待できることがわかる。この結果は仮説2と整合的ではない。これは,近年,日本では性別役割分業という意識が変化してきており,女性も職場で活躍したいという意欲が強くなり,能力開発機会の充実を重視するようになっているためだと考えられる。

 

従って,仮説2は支持されなかったが,能力開発機会の充実は女性労働者の仕事満足度の向上につながることが明らかになった。

 

6.3 人材育成に着目し,男女別に見たモデル3の結果

続いて,モデル3では,詳細な人材育成内容を説明変数に加えて満足度の向上の要因について分析する。

 

137頁】

 

モデル3の分析結果は表6−4の通りで,有意な結果を表6−5にまとめた。

表6−4と表6−5により,まず男性正社員の場合,「C表彰による動機づけ」,「Gキャリア形成を目的とした転勤(事業所間の移動)」,及び「I企業内で行う一律型のOff-JT」はプラスで有意となっている。一方,「B社内資格・技能評価制度の創設による動機づけ」,「J企業内で行う選択型のOff-JT」,「K企業が費用を負担する社外教育」は有意でマイナスである。女性正社員の場合では,ほとんどの取組について有意性は検出されないものの,「@計画的・系統的なOJT」は強いプラスの有意性がある。

これらの人材育成の取組を「動機づけのアプローチ」,「キャリア形成のアプローチ」,「職場現場の人材育成」,「職場から離れた人材育成」という4種類に分けて分析する。

 

⑴ 動機づけのアプローチ

 

<社内資格・技能評価制度の創設による動機づけ>

「社内資格・技能評価制度の創設による動機づけ」に関しては,男性については有意で負となり,女性労働者については有意ではないものの係数は負であった。この制度は社内独自の基準により,職能資格制度を制定し,従業員の保有スキルや業務遂行能力を評価するというものである。全社共通で用いられた評価基準であるため,比較的公平性が高く,柔軟な人事異動,つまり「適材適所」も可能といったメリットがある。業務に必要なスキルを可視化しているのであれば,従業員のモチベーション向上とスキルアップにつなげる行動につながると言えるだろう。一方,もし社内資格や職能資格の等級レベルの定義が抽象的で,昇格の基準や判断も曖昧になってしまうと,人事評価の納得感が低くなり,満足度低下につながる可能性がある。ま138頁】 た,もし社内資格の昇格が勤続に強く依存するなら,年功序列に陥りやすい懸念もある。制度をうまく機能させるためには,制度を構築する際に,評価制度のより強い納得性を得られるよう昇格の基準を明確にするよう注意しなければならない。

 

<表彰による動機づけ>

「表彰による動機づけ」について,男性にはより強い正の有意性があり,女性労働者には有意でないが,正となる。「社内表彰」は金銭的な負担が少なく,社員のモチベーション向上というリターンが比較的大きい取組だと考えられる。例えば,「MVP賞」や「社長賞」などが挙げられる。上司や会社から,社員自身の努力や頑張りが評価され,承認されると,社員がやりがいを感じて,モチベーション向上につながるかもしれない。また,このような社員に対して表彰を行えば,日頃の努力が正当に評価される。このような職場環境を構築することで,ほかの全社員に対してもプラスの影響があり,仕事そのものに対する満足度も高くなる可能性がある。

 

⑵ キャリア形成のアプローチ

 

<キャリア形成を目的とした転勤>

キャリア形成を目的とした転勤は,人脈形成機会や職業能力を高め,昇進・昇格の検討材料となると考えられるが(脇坂 2018),男性の場合は正の有意性が見られた。しかしながら,女性は有意ではないものの,負である。もともと「転勤なし」を前提とした「限定勤務地制度」やサポート業務に徹するいわゆる「一般職」という形で雇用された労働者は,やはり女性の方が多い。その理由は,男性と比較して,女性労働者は結婚・出産と転勤との両立が特に大きな壁となるからであろう。転勤経験のある正社員を対象とした2016年の転勤に関するJILPTの調査によれば,初任配属後,転勤が最初に生じるのは,「3〜5年目」が多く,全体の67.2%を占める。また,個人調査で転勤が生じる年齢層を見ると,実際は30〜40歳代,つまり結婚・出産・子育ての時期とぶつかる場合が多く,女性に不利な場合が少なくない。この場合,転勤が少なくない女性労働者に対して,昇進のみならず,継続就業にも障害となって,満足度を低下させる可能性がある。特に自分では転職を希望していなくても,実際に転職を経験した女性に対してその影響がさらに大きくなると考える。

しかしながら,近年,女性の「意識の多様化」が進行してきており,長く勤めて,昇進意欲が強い女性も多くなってきた。従って,仮に分析対象は女性全体でなく,管理職や昇進意欲を持っている者のみに限定されるのであれば,転勤が有意で正となる可能性もあると考えられる。管理職等の女性を対象とした分析は今後の課題である。

 

⑶ 職場現場の人材育成

 

<OJTとメンター制度>

職場現場の人材育成制度としては,OJTやメンター制度が挙げられる。この二つの制度はセットで使われている場合もしばしばみられる。「@計画的・系統的なOJT」については,女性正社員の仕事満足度に強い正の有意性が見られる。男性の場合は有意ではないものの,係数は女性の場合と同様に正の値となっている。ここで,OJTとは,日常的な業務を遂行する中で行われる指導・教育訓練を指す。また,メンターは,男女ともに有意ではないが,係数はいず139頁】 れにも正である。このような職場内で行われる仕事上の指導やアドバイスは能力開発に重要な意味を持っている。職場現場の教育訓練を通じて,社員は仕事を実際に経験しながら,業務を遂行していく上で必要なスキル,知識,技術などを身に付け,モチベーションも向上させることができる。

また,現場における教育訓練において,上司や先輩は多様な新入社員や後輩と向き合うことになる。個々の特性に合わせて,どう説明すれば理解してもらえるか,どのような業務を担当させるべきか,最適な育成方針を立案し,実践しなければならない。こうした作業を通じて,指導する側も業務に対する理解が進み,指導スキルも磨かれることになるだろう。したがって,指導者にとっても,「自己成長感」を感じることができ,仕事満足度が向上するかもしれない。OJTに関して,より詳しい議論は脇坂(2019)を参照。

 

⑷ 職場現場から離れた人材育成

 

<Off-JT(Off-the-Job Training)>

ここで,まず注目したいのは,2種類のOff- JTである。男性には一律型の方が有意でプラスであるが,選択型のOff- JTは有意でマイナスとなっている。女性については,有意ではないが,男性と同じような傾向がある。この結果については,次のように解釈できるかもしれない。日本企業では基本的には全社員を対象とした,一律の集合研修が多いが,一部の社員を対象にした選択型研修もある。例えば,役職別の研修や専門性を向上させるための研修などが挙げられる。選択型の研修には,業務遂行で必要となる知識を社員自身の状況に合わせて,より専門的に学ぶことができるメリットがある。しかしながら,こうした研修の一つの共通点としては,管理者が決めたルールにより研修が受けられる資格を持っている者は一部しかいないということである。他の社員は研修の機会を得られず,その結果,こうした研修は従業員全体の満足度を低下させるかもしれない。一方,一律型のOff- JTには,女性労働者に有意でないが,係数は正である。また,男性労働者の満足度向上の効果もみられる。

 

<社外教育>

次に,外部セミナー等への参加による知識・技能習得や,国内外の大学・研究機関などの社外教育についてみてみる。社外教育は,労働者が新たな教育に参加する機会を得られるだけでなく,その費用も企業が負担してくれるため,満足度を向上させる可能性が高いと言える。しかしながら,選択型のOff- JTと同様に,企業側が教育コストを考慮するため,多くの社員は研修の機会を得られない。この場合,企業が負担する社外教育は従業員全体の仕事満足度の低下に繋がることもありうる。社外教育の係数は男女とも有意な結果になっていない。

 

7 まとめと今後の課題

 

本稿では,雇用管理や人材育成取組に関するマッチングデータを用い,男女間の違いに注目しながら,取り組み内容が正社員の仕事満足度に与える影響について分析した。

雇用管理取組に関する分析結果から見ると,まず「同じような個人属性を持っている労働者は,雇用管理に熱心な企業で働く場合,満足度が高い」ことが明らかになった。企業側が積極140頁】 的に多くの雇用管理を導入・制定すれば,正社員の仕事満足度の向上が期待できると言える。また,複数の取組を同時に職場で導入できれば,各項目の「単一効果」のみならず,複数の施策の「交差効果」も期待できる。例えば,6.2.1節で述べたが,女性正社員の場合,育児等により離職・休職された方への復職支援だけでなく,仕事と育児との両立支援も同時に導入されれば,仕事満足度の向上により効果的である可能性が高いと考えられる。こうした点に関するさらなる分析は今後の課題としたい。

男性正社員は,仕事の能力開発は重要であるが,それとともに,労働時間の短縮や働き方の柔軟性も重視していることがわかった。柔軟な働き方への取り組みは,従業員にメリットがあるのみならず,優秀な人材が集まったり,社員のパフォーマンスが上がって業績が向上したり,会社が享受するメリットも多く存在する。したがって,労働時間や従業員の働き方の柔軟性への配慮はこれからの日本企業にとって重要な課題となるのではないだろうか。

続いて,人材育成や能力開発に注目すると,いずれも人材育成のための施策であるが,従業員の仕事満足度への影響は多岐に渡る。したがって,取組を構築する際には,それをうまく機能させるため,取組の公平性・透明性を十分に考える必要がある。例えば,Off-JTについて,一部の従業員に向けた選択型の研修も重要であるが,ほとんどの従業員が研修の機会を得られるような取り組みに力を入れれば,従業員の満足度向上につながり,企業価値の向上も期待できるだろう。

また,女性に着目すると,現実には,女性は男性と比べて様々な理由から能力開発機会が制約されがちである。例えば,「女性は退職する可能性が高いので,能力開発のための投資は回収できずに損失となる」という”統計的な差別”があげられる。一方,日本では女性の意識の多様化が進行してきた。例えば,学歴という人的資本の観点からみると,近年,大学(学部)への女性の進学率は上昇傾向にある。女性の大学への進学率は男性よりも低いものの,短期大学を合わせると女性の方が男性よりも若干高くなっている。男女では専攻が異なる点が残っているが,女性の人的資本は高まってきているといえる。このような変化が起きてきており,職場で活躍したいという意欲が強い女性労働者は少数派と言えないので,企業は女性能力開発機会の充実化を重視すべきであろう。最小限のことではあるが計画的・系統的なOJTを積極的に改善・強化すれば,女性正社員の仕事満足度を向上させるであろう。

最後に,本稿の残された検討課題に触れたい。本稿で用いられたデータの限界は,「職場環境」をコントロールできるデータがない点である。もともと職場環境がよい会社には,各種の雇用管理の取組が導入・制定されなくても,社員の仕事満足度が高いという逆の因果性が存在する可能性もある。「職場環境」を表す「週労働時間」などの代理変数を探したが,残念ながらこのようなデータを入手することはできなかった。したがって,この点を考慮に入れた分析については,将来の課題としたい。

現在,ダイバーシティ経営の推進で,個々の労働者が一人ひとりの意思や能力に応じたキャリアを積み,長く働き続けるため,従業員の仕事満足度の改善に有効な手段が求められる。そのうち,人材マネジメントや雇用管理の取り組みの充実や改善が重要である。さらに,激しく変化する経営環境の中で常に素早い対応が求められ,少子高齢化が進むなかで,生産性を高める鍵としての人材への投資,つまり能力開発の重要性も指摘されている。このため,従業員の能力発揮に向けた社会や企業の取り組みが欠かせない。

従って,今後,より良い職場環境を作るには,企業が多くの取組を導入できるよう,政府に141頁】 よる支援も重要である。企業側も,女性も含めた,全社員を対象として,できる限り多くの雇用管理や人材育成の取組を導入した上で,高い公平性・透明性の確保と維持も肝要である。このように,従業員の仕事満足度の向上に繋がることができれば,労働者が高い価値を創出でき,ひいては企業の競争力を向上することが期待できるであろう。

 

後記

本稿は,袁嘉欣による特定課題研究(学習院大学)「雇用管理の取組が労働者の仕事満足度に与える影響」(2023年1月提出)をベースに修正したものである。

 

参考文献

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