1   2009年以前は,そもそもシナリオは一つであった。それ以降は,結果的に年金部会の議論で中心となったシナリオを標準的シナリオと見做すことにする。

2   ただ,後述するように,実は,オプション試算の中にある「マクロ経済スライドの調整期間の一致」という項目は,やや大きな改革である。厚生労働省は,これを調整方式の変更という技術的な見直しとして扱おうとしているようであるが,マクロ経済スライドの調整率を高めて調整期間を短くするという,一種の「マクロ経済スライドの強化策」と理解した方が良い。当然,現在の年金受給者への痛みは大きい。

3   通常,もう少し時間が経過した時点で,「財政検証結果レポート —「国民年金及び厚生年金に係る財政の現況及び見通し」(詳細版)」という大部な冊子が発行される。

4   いうまでもなく,円安によって外国株式,外国債券の円建ての価値が増加する。ただ,円の価値が下がっているので,本当に積立金残高の絶対的な価値が増えていると言えるかどうかは議論の分かれるところである。

5   具体的に,2024年時点の厚生年金積立金の増加額(83.3兆円)を,ケースXと同じ想定(スプレッド1.2%)で増やして行き,ケースXの元の積立金予測に足し合わせた。

6   もちろん,積立金がこれだけ増えれば,本来の制度上は,マクロ経済スライドの適用期間が変わるなどの変化が生じることになる。ただ,ここでは,マクロ経済スライドを50%の所得代替率で止めた後の積立金残高を評価指標としているので,この点はあまり問題にはならないと判断した。

7   経済学の用語や金融用語のスプレッドとは異なり,これは厚生労働省独自の用語の使い方なのでややこしいが,スプレッドとは本来,利ザヤの事である。運用利回りから賃金上昇率を引いた数字が,年金財政の利ザヤであると考えれば,厚生労働省がスプレッドに込めた意図が理解できるだろう。

8   これも一般にはあまり知られていないことであるが,財政検証の各シナリオの実質経済成長率は,年金財政の計算には直接使われてはいない。使われている経済前提値はあくまで,物価上昇率,賃金上昇率,運用利回りであり,実質経済成長率自体は,年金財政とはあまり関係がない。新聞などのマスコミの中には,実質経済成長率だけをみて,妥当な想定であるなどと評価しているものがあるが,これは全くナンセンスである。

9   筆者による計算である。もちろん,厚生労働省による5年ごと,10年ごとの積立金予測を元にスプレッド分の積立金の増加額を計算しているので,多少の誤差は生じている。

10   今回の過去30年投影ケースの実質経済成長率の想定はマイナス0.1%であるが,前回のケースXの想定は0.0%と,両者はほぼ同じか,むしろケースXの方が高いぐらいである。

11   すなわち,60歳以降も働き続け,厚生年金加入者になる場合,保険料率は現役と同じ18.3%である。現役の場合,この18.3%の中に基礎年金の保険料(約1万7千円)が含まれているが,60歳以上の場合については,いくら保険料を支払っても基礎年金額が増えるわけではない。つまり,働き続ける高齢者は,基礎年金分の保険料(約1万7千円)を国に「寄付」している状態となっている。このため,高齢者就業が増えれば増えるほど年金財政が好転するが,それで良いのかという倫理的問題がある。

12   前回の財政検証でもそうであったので,今回も同じ想定であると考えてほぼ差し支えないだろう。もっとも,前回の財政検証では流入外国人はそれほど多くなかったので,この想定はそれほど問題にはならなかった。

13   前節同様,もちろん,単純に合計できるものではないが,一定の目安にはなるだろう。被用者保険の更なる適用拡大はAまでとした。

14   駒村(2022)は,支給開始年齢を70歳まで引き上げれば,2046年のマクロ経済スライド終了時の年金水準(所得代替率)を,2019年と同じ水準に保つことができると試算している。

15   この指摘及び計算は,筆者の知っている限り,島澤(2019)が最初に行ったものである。