インド自動車部品サプライヤーのグローバル・バリューチェーン参加構造の進化
─OECD TiVAデータクラスタリング分析─
学習院大学経済学部経営学科教授 白田由香利
千葉商科大学商経学部教授 橋本 隆子
岩手県立大学特命教授 バサビ・チャクラボルティ
本研究は,1995〜2014年におけるインド自動車製造業の国際競争力向上を,グローバル・バリューチェーン(GVC)参加構造の変化という視点から分析するものである。OECD(経済協力開発機構)とWTO(世界貿易機関)が共同で構築している国際貿易データベースOECD TiVA(Trade in Value Added)を用いて,インド自動車製造業に関する国際貿易を付加価値の観点から分析した。産業分類は ISIC Rev.4の29(自動車,トレーラー及びセミトレーラー製造)を対象とした。特に,指標EXGR_INT_DVA_PSH(Domestic value added in gross exports of intermediate products, destination partner shares)を活用し,インドの中間財輸出に含まれる国内付加価値(DVA)の相手国別シェアを直接加工相手国(1ホップ目)に限定して時系列化し,Hierarchical Risk Parity(HRP)クラスタリングを適用した。これにより,従来の集計分析では把握が困難であったパートナー国構造のグルーピングとその変遷を抽出し,新興市場の出現や市場構造の再編を定量的に明らかにし,インドは南アフリカやナイジェリアといったアフリカ諸国のシェアが大幅に上昇し,中東やASEAN諸国との連携も拡大していることが確認された。
これらの傾向は,R.C. Bhargava 氏が著書 Getting Competitive: A Practitioner’s Guide for India[1]で描いた「インド自動車製造業の理想的な将来像」と整合する。同氏は,保護主義依存から脱却し,効率性と品質を競う市場環境を整えること,さらに企業経営と労働文化の両面で信頼関係と継続的改善を根付かせることが不可欠であると説いた。特に,日本式経営手法の導入とサプライヤーとの協働により,国内部品調達比率の向上と高品質・低コストの両立が可能になると強調している。本研究で観測された輸出市場の多様化と国内サプライチェーンの自立化は,まさにこのビジョンが自動車産業において現実化したことを示す。
本論文の構成は以下の通りである。第2節では,グローバル・バリューチェーン(GVC)に関する基本概念と,本研究で用いる主要指標の定義を整理する。第3節では,OECD TiVA データを用いて,インド自動車産業のPure forward participation,Pure backward participation,およびEXGR_INT_DVA_PSH等の時系列的な推移を分析する。第4節では,サプライチェーン【90頁】高度化とモジュール化の進展を理論的枠組みに位置づけ,Maruti Suzukiを中心とするサプライヤー育成の事例を参照しつつ,インドにおける供給網の変容を考察する。第5節では,EXGR_INT_DVA_PSHの国別時系列データに対してクラスタリング分析を適用し,輸出市場の多極化と新興市場の台頭を明らかにする。最後に第6節で,本研究の成果を総括し,インド自動車産業の国際競争力強化に向けた含意を提示する。
本節では,GVCに関する指標の定義を説明する。
グローバル・バリューチェーン(GVC: Global Value Chain)は,財やサービスの生産が複数の国や地域にまたがる国際的な分業構造を指す。各国は,生産の異なる段階(部品製造,組立,設計,販売等)に特化し,その段階で付加価値(Value Added, VA)を創出する。現代の自動車産業は典型的なGVC型産業であり,一台の完成車が数千点の部品から構成され,それらの多くは複数の国を経由して供給される。インドは近年,完成車メーカーとしてだけでなく,部品供給国としても国際生産ネットワークに組み込まれている。たとえば,インドのサプライヤーは欧州メーカー向けにワイヤーハーネスやエンジン部品を輸出し,それらが海外工場で組み立てられ,最終的に第三国で販売される。このように,インドはGVCの中で上流(部品供給)と下流(完成車輸出)の両方の役割を担う存在となっている。
2.2 Forward ParticipationとBackward Participationの定義
OECD TiVAにおいて,Forward Participationとは「自国の付加価値が他国の輸出に組み込まれる割合」を指す。すなわち,自国が生産した中間財が外国で加工され,そのまま第三国へ輸出されるケースである。インドの例として,現地サプライヤーである,ある企業が製造したクランクシャフトがドイツへ輸出され,ドイツで完成車に組み込まれて米国へ輸出される場合,このインド由来の付加価値はForward Participationに計上される。一方,Backward Participationとは「自国の輸出に含まれる外国由来の付加価値」の割合である。たとえば,インドの完成車メーカーが日本から輸入したエンジンを使って完成車を組み立て,アフリカへ輸出した場合,その輸出額に含まれる日本由来の付加価値分はBackward Participationに該当する。
通常のForward Participationは,多段階の再輸出を含むため,同じ付加価値が複数回計上される(二重計上)の問題がある。このため,一次の輸出先(1ホップ目)での加工・再輸出分のみを捉える「Pure forward GVC participation」という概念が用いられる。
Pure forward GVC participation総額:ある国・産業が生産した付加価値(DVA: Domestic Value Added)のうち,自国の最終財には使われず,中間財として外国に輸出され,その後さらに他国に再輸出されて最終需要に使われる分の金額
Pure forward GVC参加率:pure forward GVC participation「総額」を,その国の総輸出額または総貿易額で割った比率。Backward Participationが多いほど,小さくなる。
以下に具体例を示す。
⑴ Pure forwardカウント対象(
Pure forward)
日本 → 韓国 → 米国(最終消費)
日本で部品生産
↓
韓国で組立(1回目の加工)
↓
米国で販売(最終消費)
これは「1回の加工→再輸出」のため日本のPure forwardとカウントされる。
⑵ Pure forward除外対象@(
最終消費国直行)
日本 → 韓国(最終消費)
日本で部品生産
↓
韓国で消費(国内市場で販売)
この場合,韓国からの再輸出がないためPure forwardではない。
⑶ Pure forward除外対象A(
多段階再輸出)
日本 → 韓国 → 米国 → カナダ(最終消費)
日本で部品生産
↓
韓国で組立(1回目)
↓
米国で加工(2回目)
↓
カナダで販売(最終消費)
これは,2回以上の再輸出経路のため除外される。
一方,Pure backward GVC participationは,以下の定義である。
Pure backward GVC participation総額: 自国が輸入した中間財に含まれる外国付【92頁】加価値(FVA: Foreign Value Added)のうち,一度だけ自国で加工されて再輸出される部分の金額。
Pure Backward GVC Participation参加率
Pure backwardは一次輸入依存度の純粋な測定値であり,国内産業の現地調達率や自給力の向上を評価する上で有用である。Pure backward参加率の減少は,現地調達率の向上を意味する。以下にPure backward GVCの具体例を示す。
⑴ Pure backwardカウント対象(
)Pure backward
インド ← 日本(インドが部品輸入)
インドで完成車組立
↓
完成車を米国へ輸出
この場合,日本の中間財の付加価値はインドのPure backwardとカウントされる。
⑵ Pure backward除外対象@(
他国経由の部品輸入)
インド ← タイ ← 日本(部品)
↓
インドで組立
↓
輸出
この場合の日本部品の付加価値はインドのPure backwardとされない。
⑶ Pure backward除外対象A(
複数国を経由して組み合わされた部品)
インド ← 韓国 ←(日本+ドイツの部品混合)
この場合の日本とドイツの部品の付加価値はインドのPure backwardとされない。
上記をまとめると以下のようになる。
Pure forward:輸出の際,自国の国内付加価値(DVA)が一次の相手国で加工され,さらに第三国へ再輸出され,その第三国で最終消費される場合だけをカウントする指標。
Pure backward:自国の輸出に含まれる外国由来の付加価値(FVA)のうち,一次輸入国から直接入った中間財だけをカウント
Pure forward/backward GVC participantsは,World Integrated Trade Solution(WITS)のWEBサイトから検索可能である[2]。本研究で用いるPure Forward ParticipationおよびPure Backward 【93頁】 Participationの定義はOECD TiVAに基づくものである[3]。世界銀行(WITS)が提供するGVC指標[4]とは,対象範囲や再輸出の扱いにおいて定義が異なるため,両者の数値を直接比較する際には注意が必要である。
本研究では,このPure forwardに近似する実務的指標として,OECD TiVAのEXGR_INT_DVA_PSH(Domestic value added embodied in intermediate exports, as a share of gross exports)を用いる。これは,中間財輸出に含まれる国内付加価値の総輸出に対する割合である。各用語の意味は以下である。
EXGR = Gross Exports(総輸出)
INT = Intermediate products(中間財)
DVA = Domestic Value Added(国内付加価値)
PSH = Percentage Share(割合)
EXGR_INT_DVA_PSHには,相手国で最終需要に使われる場合も,さらに再輸出される場合も,すべて含む。よって,Pure forward GVC participationよりも広い概念である。本分析では,データEXGR_INT_DVA_PSHはOECD TiVA Data Explorer,“Trade in Value Added(TiVA)2023 edition: Principal Indicators, shares [cloud replica]”データベース[5]から検索した。
本節では,主要指標の生の時系列データの変化を分析する。
インド,自動車製造企業のPure Forward GVC participationの総額の時系列変化を図1に示した。このデータは,WITSのGVC Trade Table,“GVC Visualization”のサイトから取得したTiVAのPure forwardデータ値である[2]。図2にPure forward参加率(DVAの割合)の時系列変化を示した。こちらも1995年の8%から,2020年の16%へと増加している。
図1のEXGR_INT_DVA_PSH総額の成長のようすは以下のように解釈できる。
1. 1995〜2002年:小規模・限定的な参加
水準はほぼ50〜100百万USDで横ばい。部品輸出は限られ,国内市場供給が中心。Tier1・Tier2サプライヤーの国際取引経験はまだ乏しい。
2. 2003〜2010年:急速な部品輸出拡大期
国際自動車メーカーや国内大手によるサプライヤー育成策が進み,品質管理・納期遵守・コスト競争力が国際基準に到達。一次加工経由で第三国に流れる部品やユニットの輸出が急増。
3. 2011〜2020年:高水準定着と安定成長
800百万USD超の水準で安定し,インド製部品が国際OEMの多様な組立拠点に組み込まれる体制が定着。輸出先は特定地域から多地域化し,新興国市場向け供給が増加。
本研究では,1981年に国営企業として設立されたMaruti Udyog Limited(後のMaruti Suzuki India Limited)を出発点とするサプライヤー育成の系譜に着目する。Maruti Udyogが1982年にスズキと提携したことで,技術移転と現地部品調達の拡大が進んだことが,インド自動車産業のGVC参加拡大の基盤となった。もちろん,地場企業および外国企業の貢献も大きいが,何よりサプライヤー育成の起源はMaruti Udyogにある[1],[6],[7],[8],[9],[10],[11]。直接的に「どの企業がどれだけサプライヤー育成に寄与したか」という統計は存在しないため,企業別のPure forwardへの寄与度を直接的に計測することはできなかったが,本仮説の根拠は定性的証拠に求められる。筆者(白田)は2025年7月28日,Maruti Suzuki会長R.C. Bhargava氏にニューデリーでインタビューを行い,サプライヤー育成の起点はMaruti Udyogにあることを直接確認した。Bhargava氏によれば,サプライヤー育成を主導したのは当時の鈴木修社長(のち会長,2024年没)[9]であり,彼の最大の業績はインド国内におけるTier1・Tier2サプライヤーの能力強化と国際競争力向上であると明言している。この証言は,Pure forwardの長期的成長が,Marutiを中心とするサプライヤー育成戦略の成果であるという本研究の立場を強く支持するものである。
OECDの資料[12]においても,「2020年のインドの輸出を産業別に分解すると,国内付加価値(DVA)と外国付加価値(FVA)の割合は業種によって大きく異なる。情報通信およびサービス業はほとんどが国内由来の価値であるのに対し,製造業では輸入された中間財の寄与が相対的に高い。ただし,自動車や輸送機器分野では,海外から輸入された部品や素材が一定割合含まれているが,それでもDVAが輸出価値の過半を占めている」と,自動車製造分野のDVAの高さを述べている。
3.2 Pure Forward GVCおよびPure Backward GVCの変化
次にDVAとFVAの構造変化を見るため,Pure forwardとPure backwardの変化を示した(図3参照)。
1995年から2020年にかけて,インドのPure forward GVC participation(順方向参加率)は7.7%から15.5%へと着実に上昇した。この上昇は,インド国内で生産された部品や中間財が,他国の完成車組立や輸出用製品に組み込まれる割合が増加したことを示しており,特に国際OEMの多様な製造拠点への供給体制が強化されたことを反映している。一方,Pure backward GVC participation(逆方向参加率)は1995年の17.7%から2011年に31%超まで上昇した後,2020年には20.25%まで低下した。この低下は,輸出に必要な部品や素材の海外依存度が減少し,国内調達比率の向上や部品生産能力の強化が進んだことを示唆している。Pure forward及び backwardは,特に2014年以降,急速に近づいている。総じて,インドの自動車製造業は,2014年以降,単なる最終組立拠点から,国際的な中間財輸出拠点へと移行しつつ,国内付加価値比率を高める方向に発展してきたと評価できる。
次にEXGR_INT_DVA_PSHの国別時系列変化の概要をみていく(図4参照)。
まず米国が一貫して高く,2015年以降米国とメキシコが1位と2位の順位を入れ替えていることが分かる。米国シェアが高い理由として,米国はインド製自動車部品(特にエンジン部品,ワイヤーハーネス,鋳造品など)の主要輸入先であり,これらは現地で完成車組立やアフターマーケット向け修理部品として使われるからである。NAFTA(North American Free Trade Agreement, 1994−2020)は,米国・カナダ・メキシコ間の関税を大幅に撤廃し,域内のサプライチェーン統合を推進した。この枠組みの下で,メキシコは安価で効率的な組立・輸出拠点として位置づけられ,米国・カナダの高付加価値工程と分業しながら,自動車を中心とする域内サプライチェーンを支えた。実際に,GM,Ford,Stellantis,Volkswagen,Toyotaなどの主要自動車メーカーはメキシコに大規模工場を展開し,完成車の相当部分が米国市場に輸出された。猪俣は「北米自動車サプライチェーンが上流から下流までフルセットでメキシコ国内へ移植された」と想定している[13],[14]。インドからメキシコへの輸出部品は,最終的に米国市場向け完成車に組み込まれるケースが多く,その過程で輸入部材依存度の低いインド製部品が高い国内付加価値率を維持したまま計上される構造が背景にある。
南アフリカ向けシェアも1995年の1.2%から2020年の10.2%へと拡大した。この増加は,南アフリカの自動車産業がアフリカ市場および一部欧州市場向け輸出拠点として発展したこと,さらにインドと南アフリカ間の歴史的・経済的関係に基づく部品供給ネットワークの強化が寄与していると考えられる。
自動車産業のサプライチェーン高度化は,グローバル・バリューチェーン(GVC)論の重要なテーマとして研究されてきた。Humphrey and Schmitzは,途上国サプライヤーが,多国籍OEM(Original Equipment Manufacturer)が,地場サプライヤー企業に対して行う技術的・組織的な支援や教育との関係を通じて能力を高める過程を「アップグレーディング」として類型化し,製品・プロセス・機能・チェーンの四段階を提示した。自動車産業は多国籍OEMによる統合度の高いバリューチェーンの典型であり,サプライヤーは厳格な品質・納期要件を満たす中で能力向上を迫られてきた,と述べている[15],[16]。
こうした議論と並行して,Gereffiらは,GVCのガバナンス構造を「垂直統合型(hierarchy)」から「相互依存型(relational)」や「市場型(market)」へと変遷する類型として整理した。これらの変遷により,両者の力の差は縮小し,生産活動への直接的な介入の度合いは縮小される,と述べている[17]。自動車産業においては,当初OEMによる垂直統合や強い支配の下でサプライヤーが組み込まれていたが,モジュール化や国際分業の進展とともに,OEMとサプライヤーの間で相互依存的関係が強まり,一部の部品取引については市場型の調達関係へ移行したことが指摘されている。たとえば,インドのSamvardhana Motherson International[18]は,Maruti Udyogの初期サプライヤーとして育成され,後にVW・Mercedes-Benzなど欧州メーカーにも供給するグローバルTier1へ成長した。同社は配線ハーネス,樹脂部品,内装コンポーネントなど,比較的「モジュール化」や「標準化」が進んだ分野を扱っているため,国際的な取引の自由度が高い=市場型に近い取引が成立容易であったという背景がある。
モジュール化については,Sturgeonらが,自動車産業のグローバル化を「モジュール化」「ネットワーク化」「地域クラスター化」という視点から分析し,特に,モジュール化がサプライチェーン再編の基盤となったことを論じている[19]。また,Sturgeonらは,新興国サプライヤーがモジュール化を通じてグローバルGVCに組み込まれる過程を考察している[20]。猪俣は,「自動車産業の垂直統合型からモジュール型への移行は,既存の需給関係を揺るがし,途上国や異業種の企業へ市場参入の間口を広がる」と論じている[13]。
インドにおけるMaruti Suzukiがサプライヤーを育成した事例は,これらの理論的枠組みを具体的に示すものである。1980年代の設立当初からスズキは技術移転と現地化を進め,長期的なパートナーシップに基づきサプライヤー育成を行った。Kumarは,Marutiの取り組みを通じて,OEMによる指導と協働がサプライヤーの能力蓄積を促したことを強調している:Maruti Suzukiのサプライヤー育成について,グローバル系のVisteonやDelphiに加え,Sona KoyoやKrishna Marutiのような合弁で成長したインド系企業,さらにJBM Groupのようにシステムサプライヤーへ発展した事例を挙げつつ,Maruti Centre for Excellence(MACE)を通じた品質・効率改善支援が広範な供給網の高度化に大きく貢献したと述べている[21]。
2000年代に入ると,市場自由化と外国OEMの参入により競争が激化し,Maruti Suzukiはサプライヤーに品質改善やコスト削減を徹底させ,Tier1企業の能力向上を牽引した。Sturgeonらが論じたモジュール化と国際分業の進展はインドにも及び,現地サプライヤーは輸出を含む広域的な生産ネットワークに組み込まれた[19]。ただし,SturgeonとVan Biesebroeck(2008)が指摘するように,インド企業の機能アップグレーディング(設計・研究開発領域への移行)【99頁】 は依然として制約が大きく,製品・プロセス改善が中心であった[20]。しかし,その後,2014年以降のTiVAデータを見ると,pure backward GVC participation(輸入部品依存度)が減少し,forward GVC participation(国内付加価値が海外を経由して最終需要に届く度合い)が増加する傾向が確認された(図3参照)。これは,インドの自動車部品産業が輸入依存型の組立から徐々に脱却し,国内付加価値を海外市場へ供給する方向にシフトしたことを示しており,新たな段階のアップグレーディングが進みつつあると解釈できる。
本節では,インドの自動車産業の輸出先市場がどのように変化したかを,データ分析により明らかにする。先行研究として,猪俣はGVC参加指数の1995年から2015年の推移を先進国と開発途上国との間で比較し,1995年以降両者の差が縮小しつつあること,すなわち途上国経済の急速なグローバル化を指摘している。この知見を踏まえ,本節では,インドの中間財輸出構造に焦点をあて,OECD TiVAデータのEXGR_INT_DVA_PSH指標を用いて時系列的なクラスタリング分析を行い,世界の自動車生産拠点の国際的な移転がどのように進展してきたかを考察する。クラスタリングには,相関係数から定義した距離に基づく階層的クラスタリング手法の一種であるHierarchical Risk Parity(HRP)を適用した。
分析の対象期間は2005年から2015年の年次データである。ここで,2005年以降の比較的短い期間に限定したのは,以下の理由による。第一に,この時期はインド自動車部品サプライヤーの急速な成長が顕著であり,とくにマルチ・スズキを中心とした自動車メーカーの現地調達拡大を契機として,多数のサプライヤー企業が国際サプライチェーンに統合されていった重要な時期である。第二に,2000年代後半以降はASEAN,アフリカ,中東など新興市場向けの輸出が拡大し,従来の欧米中心の輸出構造が大きく変化し始めた時期にあたる。第三に,過度に長期の期間を設定すると,1990年代初頭の貿易自由化期の特殊要因や,2020年代以降の新型コロナ危機や地政学的要因など,本研究の焦点とは異なる外生的ショックが含まれてしまい,サプライチェーン統合過程そのものの輪郭が不明瞭となるおそれがある。以上の理由から,本研究では2005年から2015年という11年間を対象とし,この期間に生じた輸出先市場の構造変化と,その背後にある国際的な自動車産業の地理的再編の動向を,クラスタリングによって分析することとした。一見すると短期の分析に見えるが,実際にはこの11年間こそがインド自動車産業の国際統合が加速した核心的な変化期であり,本研究の結論として強調すべき点である。
5.1 EXGR_INT_DVA_PSHの時系列データの分析
本節では,クラスタリングに先立ち,まずEXGR_INT_DVA_PSHの時系列データを直接的に観察し,主要な変化の特徴を把握する。
図5にあるEXGR_INT_DVA_PSHの2005年から2015年のデータ変動からみていく。括弧内の数値は平均値を表す。
2005−2010年期において,インド自動車産業の中間財輸出(国内付加価値ベース)は,米国を最大の輸出先としていた。米国は平均13%のシェアを占め,イギリス(6.4%),ドイツ(6.2%),イタリア(6.1%)など欧州主要国がこれに続いた。さらに,南アフリカ(4.9%)やメキシコ(3.1%)といった非欧米市場も一定の地位を確保し始めており,欧米中心にアフリカや中南米へ拡張しつつある状況が見られた。
2010−2015年期になると,輸出先構造に変化が現れた。米国のシェアは11.5%へと低下した一方で,南アフリカが8.5%に拡大し,欧州以外の市場比重が増大した。メキシコ(6.0%)も重要な輸出先として浮上し,イギリス(7.9%),ドイツ(4.8%),イタリア(4.2%),フランス(3.3%)など欧州諸国の比重はやや縮小傾向を示した。また,タイ(2.8%)やインドネシア(2.5%)といったアジア市場も新たに上位に登場し,輸出先の地理的多様化が進展した。
このように,2005−2010年期は米国・欧州が中心であったのに対し,2010−2015年期には南アフ【101頁】リカ,中南米,アジア市場の存在感が拡大し,インド自動車産業の輸出先がより広域化・多極化した過程が確認できる。
5.2 EXGR_INT_DVA_PSHデータのクラスタリング
上述した輸出構造変化をより明確化するために,AI手法のクラスタリングを用いて,類似パターンの相手国をクラスター化する。具体的には,階層的クラスタリング手法の一種であるHierarchical Risk Parity (HRP)[22]を適用し,以下のように,相関係数ρから定義した距離に基づいて各国を階層的に分割した。以下ではdi, jは国 i と国 j 間の距離を定義している。Nは国の総数である。
は,距離の距離である。
クラスタリングのデータはEXGR_INT_DVA_PSH(2005年)における上位40国を選出した。期間は2005年から2015年の11年の年次データのリターン値を用いる。
リターン値定義式は,前年度比率の自然対数である。
ここではSi, jは国 i の j 年のデータを表している。Gi, jがリターン値である。クラスタリングの距離は,上述したように2国間のリターン値の相関係数ρを用いて定義した。
こうして,距離行列
が作成された。この距離行列を階層化クラスタリング[23]する。そして,距離行列において国の順番を入れ替え対角線上に距離が小さい(パターンが類似する)国が並ぶようにした。これを准対角化[24]と呼ぶ。図6に准対角化後の距離行列のヒートマップを示す。色が濃いほうが距離が小さく,黒色は距離が0であることを示す。このヒートマップを,図7ではデンドログラムを使って示した。横軸は国名,縦軸の高さは距離を表す。図6と図7では対応するクラスターを線で囲ってある。このように閾値(距離の値の閾値)に関係なく注目するクラスターを抽出して分析することができる。
デンドログラムを見ると,最も距離が近いペアは,(1)ロシアとチェコ共和国,(2)メキシコと日本であることが分かる。図8にメキシコと日本のEXGR_INT_DVA_PSHの変化を示した。メキシコのほうが成長の伸びが大きいが,両者ともV字型の変動パターンであり類似していることが分かる。
以下,デンドログラムでパターンが類似しているクラスターの時系列データを左から順に見ていく。左にいくほど増加傾向と言える。
アルゼンチンからメキシコまでのクラスター(図8): USのデータは大きいのでグラフからはずした。V字型で,2009年のリーマンショックの影響の後,回復している。
アルゼンチンからカナダまでのクラスター(図9): 上記のクラスターの閾値を大きく取ると,南アフリカが入ってきた。メキシコ及び南アフリカの2009以降の成長が顕著である。
イギリス単独のクラスター: 図5に示すように,山形の形状をしている。
台湾からロシアまでのクラスター(図10): ロシアのパターンは山形であるが,全体的に小さい増加傾向を示す。
ここまでのクラスターが増加傾向を示すクラスターである。中国,スイスも類似しているが,ジグザグ形状で殆ど動きはない。次に下落傾向の国のパターンを見ていく。図7のデンドログラムでオーストリアから左側の国が下落傾向を示す。以下に2つのクラスターに注目し,その変動パターンを示す。
オーストリアからスペインのクラスター(図11): 欧州への輸出の下落を示している。特に,ドイツとイタリアの下落が顕著である。ナイジェリアの値も2012年以降下落していることで,ナイジェリアはこのクラスターに入った。
ポーランドから韓国のクラスター: 韓国,シンガポール,スウェーデン,ポーランドも下落傾向を示している。
2005−2010年期には,インド自動車産業の中間財輸出は米国が最大の輸出先であり,欧州主要国がこれに続いていたが,2010−2015年期には,米国の比重が低下する一方で南アフリカやメキシコが拡大し,さらにタイやインドネシアといったアジア市場も上位に加わり,輸出先は米欧中心から新興国を含む多極化へと移行した。上記クラスタリングでは,相関係数を用いた距離計算を行うため,どの程度の大幅な伸びがあったかは本クラスタリング手法では考慮しない。距離の計算に相関係数を使った時点で,データが標準化されてしまうからである。ここでは,変動が微小であっても,上下動パターンが類似している国を類似しているとみなしている。変動の増加傾向を示す国と,下落傾向を示す国の分岐点は中国,スイスあたりである。デンドログラムで見ると、それよりも右に位置するほど上昇傾向が強い。そして,左に位置するほど下落傾向が強いというインドとの関係性が示された。これは,生データの動き(図5)で見た,輸出先は米欧中心から新興国を含む多極化へと移行,との合致を示した。
上述したインド中間財の輸出国の変化の原因を考察する。
2000年以降,国際生産システムは著しい変容を遂げた。その中心的要因の一つが,情報技術の普及と設計の国際標準化である。これらは製品を構成する部品間の互換性や共通規格を高め,“モジュール(部品単位)”としての分解・再組み立てを可能にした。特に猪俣は,自動車産業におけるモジュール化の進展を指摘しており,従来のように製品全体を自社で製造・輸出する時代から,部品や工程ごとの専門分化・国際分業が進んだ構造的転換を問題設定している[13]。猪俣は,近年では基幹部品メーカー(例:デンソー、ボッシュ、デルファイなど)が,【107頁】モジュール単位で国際的なサプライチェーンに組み込まれるようになったと述べている[13]。
また,世界的な「標準化」は企業や地域間の調整コストを低減し,異なる国や企業の間でも部品・工程をやりとりできる信頼性のある基盤を構築したことが知られている。標準化は互換性や効率性を高めることで,分業構造の深化を支える制度的基盤となっている[25]。さらに,戦後の輸送・通信コストの低下は,国際的な生産工程の分断・分散化を支えた。各国が同一製品の異なる工程に特化して参画する「工程分業」の国際的広がりが促進され,GVCの構造が深化したことが報告されている[26]。
前節5.1で見たように,2005−2015年にかけて,インド自動車産業の輸出先構造は大きく変化した。2005−2010年期には,インド輸出市場は米欧中心に構成されていたが,2010−2015年期に入ると,輸出先の多極化が進展し,ドイツやイタリア,フランスなど欧州主要国のシェアは縮小し,メキシコさらにタイやインドネシアといった東南アジア市場が新たに上位に登場した。
インドの中間財輸出先は,従来の米欧諸国中心からASEANやアフリカ諸国へと多様化してきた。同時に,Pure Forward ParticipationとPure Backward Participationの推移(図3参照)からは,インドがGVCの中で担う役割も変化してきたことがうかがえる。これら二つの変化を総合すると,インドは「欧米の前方からASEANの前方へ」とシフトしてきたと結論づけられる。
この変化の背景には,2008年の世界金融危機による米国市場の需要低迷や,2010年前後の欧州債務危機による欧州市場の停滞があった。しかし重要な点は,ITの発展と設計標準化によって製品のモジュール化が進展し,部品単位での国際分業が深化したことであろう。モジュール化の進展が,インド自動車産業がグローバル・バリューチェーンにおける地位強化に貢献したと言える。さらに重要な点は,Marutiが地元サプライヤーを育成したことである。星野は言う:グローバル生産ネットワークに参加することは,マニュアルでは伝わらない知識を,人の緊密な接触を介して学習する必要がある。メキシコは米国向け小型車生産の拠点となったが,米国にあるネットワークをメキシコに移植する形であったため,地元企業の淘汰と参入条件の高度化が進んだ[14]。
製造業における途上国企業の能力構築に重要な要素は,サプライヤー育成,ついで,モジュール化の進展である,と我々は考える。
本研究は,OECD TiVAデータおよびクラスタリング分析を用いて,1995〜2015年におけるインド自動車産業のグローバル・バリューチェーン(GVC)参加構造の変化を明らかにした。分析結果から,インド自動車部品サプライヤーは以下の三つの側面で競争力を強化してきたことが確認された。第一に,国内部品自給力の向上である。Pure backward GVC participationの低下は,輸出に占める外国部品依存度の減少を示しており,現地調達率の上昇,品質管理や工程改善の成果,さらにTier1・Tier2サプライヤー育成政策の効果が表れている。第二に,部品供給力の拡大である。Pure forward GVC participationの長期的な上昇は,インド製部品・中間財が国際サプライチェーンにより深く組み込まれるようになったことを示す。その背景には,Maruti Udyog(後のMaruti Suzuki)によるサプライヤー育成を起点とする国内能力強化の蓄積がある。第三に,輸出市場の多極化である。EXGR_INT_DVA_PSHのクラスタリング分析は,【108頁】 2005〜2010年期には米欧中心であった輸出市場が,2010〜2015年期にはアフリカ,中南米,ASEAN諸国へと広がり,地理的多様化が進んだことを示した。こうした構造変化は,輸出市場のリスク分散と新興国需要の取り込みを可能にした。
さらに,2008年の世界金融危機や欧州債務危機,2009年のASEAN−インド自由貿易協定の発効といった外部要因に加え,ITの発展や設計標準化によるモジュール化の進展が,インド部品産業の国際競争力強化を支える制度的基盤となった。総じて,インド自動車産業は,単なる完成車組立拠点から脱却し,付加価値を伴う部品供給拠点として国際生産ネットワークに位置づけを強めつつある。本研究の結果は,インドが新興市場を積極的に取り込みながら,グローバル・バリューチェーンにおける地位を高めてきたことを示している。
インド自動車産業・サプライヤーのGVC参加構造の進化を踏まえると,例えば以下のような政策的含意が考えられる。サプライヤー育成政策の継続と強化である。Maruti Udyog/Suzukiが主導したように,Tier1・Tier2サプライヤーへの技術支援や人材育成は国内部品自給力を高める。よって一般論として,政府は,インセンティブの導入や金融支援策の整備を通じて,サプライヤー育成を戦略的に後押しすべきと考えられる。
このプロジェクトは部分的に学習院大学GEMプロジェクト2025年度のサポートを受けて実施された。またMaruti Suzuki India会長,バルガバ氏へのインタビューを許可してくださったスズキ株式会社,特に鮎川堅一エグゼクティブフェローに深く感謝する。
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[2] W. I. T. Solution, "GVC Data Visualization." [Online]. Available: https://wits.worldbank.org/gvc/gvc-data-visualization.html
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[6] R. C. Bhargava, Impossible to Possible: Maruti's Incredible Success and How It Can Change India (English Version) Bloomsbury India, 2024.
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[9] 鈴木修,俺は,中小企業のおやじ 日経BPマーケティング,2009.
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