利休は聖なる存在であった素焼の土器という素材を活かし、そこに南蛮船が運んできた新渡の鉛釉(いわゆる交趾焼の技法)でおおった楽茶碗を陶工・長次郎に創造させた。それは既成の価値で評価された唐物の天目や朝鮮半島の高麗茶碗とは異なる、新たな和様の茶碗の創造であった。そこには古代以来の、神に捧げらた「造り物」的な意味を有したものと思われる。小間における草庵の茶とは、これまで主に「侘び」や「寂び」という言葉で著わされてきたが、「神さび」という意味もじつは存していたのではないだろうか。

 楽茶碗の「楽」は、「十楽」というもともと仏典の言葉に原点があると考えられる。平安時代前期に源信が著わした『往生要集』のなかでは、聖衆来迎楽・蓮華初開楽など十の楽をあげて、極楽浄土をたたえている。「十楽」とはまさしく極楽そのものであり、理想の世界を意味していた。また、歴史家の網野善彦氏によって明らかにされたように、戦国時代の「無縁」「公界」「楽」という語には、主従関係、親族関係等々の世俗の縁と切れている場、あるいは人(集団)という意味があったという。

 たとえば博多や堺などの港湾に位置した自治都市は無縁・公界・楽の場とされ、敵味方のない平和領域とされていた。おそらく楽茶碗には、このような神のもとでの自由や平和を謳歌する理想世界のイメージが、宿されていたのではないだろうか。確かに茶会には、一味同心的な精神が貫かれていた。

 しかしながら、じつは豊臣秀吉は楽茶碗、とくに黒楽茶碗を好んでいなかったということを、茶人の神谷宗湛の日記が伝えている。秀吉自身が「樂」の金印を与えておきながら、その茶碗にむしろ嫌悪感に近いものを抱いていたのである。つまり、利休のつくらせた楽茶碗には、全国制覇に向かって支配権を強めていった秀吉と、真っ向からぶつかり合う自由で開放的な精神性が宿されていたことも考えられるのではないだろうか。

歪み茶碗ー聖域のイメージ

 最後に楽茶碗に続けて、桃山時代に誕生した特徴的な和様の茶碗についても言及したい。

 たとえば和のうつわを語る時、その特徴としてしばしば語られるのが「歪み茶碗」のことである。『宗湛日記』の慶長4(1599)年の頃に、「ウス茶ノトキハ セト茶碗 ヒツミ候也 ヘウケモノ也」とある。これは博多の豪商の神谷宗湛が、吉田織部の茶会で使われた茶碗を記録したものである。この茶会に出てきた「セト茶碗」が歪んでいて、しかもおどけたかたちであったことをこの日記は伝えている。

 「歪み」とよぶこの桃山陶器の造形であるが、私たちは整ったかたちを崩したものというだけに解釈しているように思われる。しかし、本当にそうだろうか。私は「歪み」にはなんらかの日本人の心象風景が、投影されていたように感じられる。

 ここでひとつの仮説として提示したいのが、「洲浜」(すはま)との係わりについてである。

 平安時代の貴族や武家階級による饗宴や法会などのハレの場には、「造り物」が登場した。これには、神仏をよろこばせるとともに、幽趣や奇趣を競い合い、自然の景物や動植物などをかたどり、人目を驚かせる趣向が求められた。その性格をよく表しているのが「洲浜台」(図6)である。洲浜はもともと浜辺の入江にある渚をいうが、近世に入ると正月の飾り物として曲物の三方の上に再現されるようになり、「蓬莱飾り」「蓬莱台」「島台」などとよばれ、場を神聖化する仕掛けとして祝宴の吉祥の造り物に変容していく。蓬莱山に鶴と亀を配し、時に高砂の尉と姥を加えたものなどが代表的なものであった。つまり、時代を超えて日本人の心のなかに刻まれ続けてきた視覚的イメージで、絵画や金工、蒔絵(図7)の風景文様には、必ずといってよいほど洲浜が登場するのである。

 歪んだ茶碗(図8)や鉢(図9)のなかで、あるものはこの洲浜のイメージに合わせてつくられたのではないだろうか。洲浜のモチーフが好んで造形化された背景には、日本人が長い間この洲浜を、神仏の宿る聖域として認識してきた歴史があった。

 ロクロで挽き上げた端正な姿の茶碗や鉢を、洲浜形に近い三角形に変形する。あるいは水指や花生の胴部を箆で内側に押し込んで、ぐっと湾曲させる。茶碗や鉢の文様に、水辺にまつわるモチーフが多く描かれている点からも、そんな思いを抱かせるのである。

 桃山時代につくられた楽茶碗をはじめとし、志野や織部、あるいは古唐津の茶碗には、とくに日本的なアジールの象徴的表現、つまり海岸や洲浜や島など、神聖な場や領域のもつ聖性が宿されたと私は思う。

 今後ともこのような視点から、さらに日本のやきものを見直し、新たなやきものの見方を提示していきたいと考えている。

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図6 州浜台を囲んでの宴
(邸内遊楽図屏風)(出光美術館蔵)
図7 洲浜蒔絵文箱(出光美術館蔵)
図8 絵唐津茶碗 銘 松島
(出光美術館蔵)
図9 絵唐津山水四方内反鉢
(出光美術館蔵)