そのことは、特に同主題の作品を比べてみるとはっきりするであろう。例えば、「一万人のキリスト教徒の殉教」という主題を扱った版画と絵画を比較してみると、版画(図5)がデューラーの経歴のごく初期に作成されたものであり、それに対して油彩画(図6)が彼の制作の最盛期に描かれたものであるにもかかわらず、劇的な表現力、緊張感、人体の生動感、画面の統一感のいずれにおいても、後者の前者に及ぶべくもないことは明らかである。あるいは、「パウムガルトナー祭壇画」の中央図《キリスト降誕》(図7)や祭壇画《三賢王の礼拝》(図8)を、銅版画《キリスト降誕》(図9)や木版画連作「聖母の生涯」中の《三賢王の礼拝》(図10)と比べてみてもよいだろう。いずれも1504年頃に制作されたもので、建築的モティーフの応用という点に主要な関心が注がれていることも共通しているのであるが、建築物によって作り出された空間とその中に配置された人物たちと背後の風景とがしっくり溶け合っている版画に比べると、油彩画においては、建築空間と人物と風景の結び付きが何となくちぐはぐで、違和感を生じさせている。われわれは、人物たちが書割りの中にはめこまれているような感じを覚えるのである。また、人物そのものを取り上げてみても、版画においてあれほど自然で、動きを感じさせたその姿が、油彩画では、硬く、わざとらしく、作り物めいて見える。そして、そのような人物像の対比は、《ランダウアー祭壇画》(図11)における「聖三位一体」の荘重ではあるが硬い人体表現と、同じ時期に制作された木版画《聖三位一体》(図12)の劇的で躍動的な人体把握に、一層はっきり示されているといえよう。

 ところで、以上の比較において例として取り上げた油彩画は、いずれも祭壇画であるが、概してデューラーの油彩画は、複雑な大画面において破綻を見せる事が多いといえよう。描きこむべき人物の数が多くなり、複雑な構図になるにしたがって、統一感の希薄な、生気のない、雑然とした画面になるという傾向がうかがわれるのである。これは、版画においてデューラーが、《黙示録》や《受難伝》をはじめ、多くの人物が入り乱れるような場面にも、驚くほどみごとな画面構成を見せることと考え合わせれば、まったく不思議に思われるかもしれない。しかし、版画における画面の性格と絵画における画面の性格の違いということを念頭に置いた上で、デューラーが直面していた絵画面処理の問題の複雑さを考えてみれば、それは当然の成り行きであったといえるかもしれない。

  • 図11
    《聖三位一体の礼拝》(ランダウアー祭壇画)1511年
  • 図12
    《聖三位一体》木版画、1511年

 版画――素描もほぼ同じであるが――の画面と絵画の画面の大きな違いのひとつは、版画の描写が対象物の描写を主としていて、対象物の形姿以外の部分は白い地として残しておけるのに対し、絵画の描写は、四角い枠で切り取られた情景の全体的描写であって、対象の形姿以外の部分も、単なる地としてではなく、それを包む環境として描きこまねばならないということ、簡単にいえば、版画(素描)は画面に余白をとり得るが、絵画は画面を一つの情景として埋め尽くさねばならないということである。先に見た《一万人のキリスト教徒の殉教》(図5,6)を例として取り上げると、版画におけるその表現は、さまざまな状態にある人体の描写に重点が置かれ、彼らが立たされている場は、地面にせよ、背後の風景や空にせよ、簡単な輪郭線のみで示されている。殉教者や迫害者たちの立っている地面の具体的な様子は、所々に描かれた草や石ころによってわずかに示唆されているだけであるし、まして、この場の季節がいつなのか、時刻がいつなのかはまったくわからない。しかし、この情景を眺める者にとって、そのような環境の詳細な描写は副次的なものである。この情景において最も重要なのは人々の殉教の姿であり、その姿に視線が集中されるためには、その他の部分はむしろ白い地としてその背後にある方が良いのである。ところが油彩画《一万人のキリスト教徒の殉教》での画面処理の方法は、それとはまったく異なっている。ここでは、人物の姿以外の地面や岩山や草木や空にも、すなわち人物を包む環境にも、人物と同じ程の観察の眼が注がれ、同じ程詳しく具体的な描写が与えられている。地面も風景も空も、もはや白い地として残されるのではなく、人物たちと等価の色彩をもつ。描写は、版画におけるように、中心となる対象にのみ重点が置かれるのではなく、画面に均等に行き渡り、全体としてひとまとまりの情景が提示される。そして、その情景は、版画におけるよりもずっと具体的、現実的である。われわれは、草木の描写から、季節が夏であること、空の描写から、時刻はおそらく夕暮れに近いことを知るのである。

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図5
《一万人のキリスト教徒の殉教》
木版画、1496年頃
図6
《一万人のキリスト教徒の殉教》1508年
図7「パウムガルトナー祭壇画」
中央図《キリスト降誕》1502-04年頃
図8《三賢王の礼拝》1504年
図9《キリスト降誕》銅版画、1504年
図10
「聖母の生涯」連作中の
《三賢王の礼拝》木版画、1504年