星ヶ浦ヤマトホテル






 星ヶ浦ヤマトホテルは、1910年に2階建てのホテル本館が竣工し、営業を開始。10室の客室を擁し、応接間、広間、食堂などからなっていた。設計は、遼東ホテルなどを手がけた満鉄建築課の横井謙介(1880〜1942)。カントリーコテージ風のデザインを採用し、現地の石材や材木を多く用いた。1911年には本館の西に別館が完成、渡り廊下で連結された。多くの著名人が訪れ、1932年にはリットン調査団も宿泊した。大谷光瑞(1876〜1948)が定宿にしていたことでも有名。





dairen_geore_035:大連ノ名所星ヶ浦ノ大和ホテル


 西側からの撮影と思われる。手前に見えるのはテニスコートのネットか。

古絵はがき(表)

古絵はがき(裏)


dairen_geore_090:大連名所 星ヶ浦ノ大和ホテル


 北側から正面を撮影。

古絵はがき(表)

古絵はがき(裏)


dairen_geore_098:
(大連郊外) 滿洲随一の頻海ホテル、星が浦ヤマトホテル


 西北方面から正面の撮影。

古絵はがき(表)

古絵はがき(裏)


dairen_geore_151:滿鐵大連星ヶ浦ヤマトホテル


 北東からの撮影。

古絵はがき(表)

古絵はがき(裏)