満蒙資源館






 満蒙資源館はロシア統治時代にダーリニー市役所として建てられた。1900年に起工。日露戦争後は、一時的に満鉄本社、満鉄大連医院として使われ、大連ヤマトホテルとして利用されたこともある。1909年に大連を訪れた夏目漱石が宿泊したのもここである。1926年から満洲物資参考館、28年から満蒙資源館となった。終戦後は大連自然博物館として使われた。





dairen_geore_066:大連兒玉町ノ滿蒙資源舘


 絵はがきは満蒙資源館を東南から正面を描いたものである。内部の様子を長与善郎は「この滿洲資源館は、滿鐵の公共事業の一つだが、ただ滿洲の資源、即ち農作物とか鉱物とか、木材とか、牧畜、魚類とかの標本を並べてあるだけの普通の陳列所ではない。実に広い滿洲というところの地理的な特性にしたがって各方面の資源開発のありさま、事業の方法、発達の経路などを、誰の眼にも一目瞭然頭にきざみこむように親切にこしらえられた見本と模型との標本館で、大陸滿洲開発史そのものゝ縮図だ。」(『滿洲の見学』新潮社、1941)と書いている。

古絵はがき(表) 裏面

現在の写真


dairen_geore_103:大連兒玉町ノ滿蒙資源舘


 dairen_geore_066の説明参照。

古絵はがき(表)

古絵はがき(裏)