日本橋






 大広場から北西、関東州逓信局と横浜正金銀行大連支店の間の大山通りをまっすぐ進むと日本橋がある。橋を渡るとそこは日本人から「露西亜町」と呼ばれていた一角である。ロシア統治時代にはロシア橋がかかっていたが日露戦争後に取り壊され、1908年にかけ直され日本橋と名づけられた。跨線橋(鉄道線路を跨ぐ橋)となっており、埠頭から大連駅へと伸びる路線を跨いでいる。五連アーチの鉄筋コンクリート製である。





dairen_geore_074:大連日本橋


 絵はがきは日本橋を南側から撮影したものである。橋をわたった突き当りの建物は大連図書館、その右に見えるのが満鉄工務課。

古絵はがき(表) 裏面

現在の写真


dairen_geore_071:大連の名所日本橋の全景


 日本橋西南の線路からの眺望と思われる。左に見える煙突は浜町にあった大連発電所のものであろう。

古絵はがき(表)

古絵はがき(裏)


dairen_geore_093:大連の日本橋上より機關區方面を望む


 機関区は日本橋東北にあった。絵はがきは橋上からの遠望である。

古絵はがき(表)

古絵はがき(裏)