大連市役所






 大連の心臓部分である大広場には10の建物があったが、大連市役所もその一つである。1915年、大連に市制が施行されると、その翌年に市庁舎建築が始まり、1919年に竣工した。設計者は松室重光(1873~1937)。松室は京都の生まれで、東京帝国大学建築学科を卒業後、京都府技師となり、京都武徳殿や京都市庁舎などの設計に携わった。1908年から関東都督府技師となった。このような経緯から、大連市役所は和風のデザインがところどころに見られる。例えば中央の塔の屋根の部分は祇園祭の山車のかたちをモチーフにしており、正面玄関上には唐破風が設けられている。現在は大連市労働局・交通局・財務局弁公楼となっている。





dairen_geore_011:國際都市としての施政を誇る大連市役所


 絵葉書は市役所を正面やや左角度から撮影したもの。

古絵はがき(表) 裏面

現在の写真


dairen_geore_056:大連の中心大廣場市役所の偉觀


 大広場西側から初代関東都督の大島義昌(1850~1926)銅像越しに大連市役所を描いている。大連市役所は1919年に竣工。その意匠には例えば中央の塔の屋根の部分に祇園祭の山車のかたちが取り入れられている等、和風のテイストが混じっていることで有名。現在は大連市労働局・交通局・財務局弁公楼となっている。

古絵はがき(表) 裏面

現在の写真


dairen_geore_087:大連名所 大連市役所


 市役所を正面やや左角度から描いたもの。

古絵はがき(表)

古絵はがき(裏)