大連取引所






 大連取引所は大豆・豆粕・豆油など、大連の重要な物産や金票、銀票などが取り扱われていた。1913年の設立。設計は石原厳。現在、大連銀行・第一中心支行となっている。





dairen_geore_060:大連山縣通り右商船會社左滿州重要物産の市場大連取引所


 中央の路面電車が走っている通りは山縣通りである。山縣通りは大広場と東広場(現在の港湾広場)とを結ぶ幹線道路であり、ロシア統治時代モスコフスキー大街と呼ばれていた。日露戦争以降は山縣通りと改称され、三井物産をはじめ、大連税関、大連取引所、三菱商事などが軒を連ねてオフィス街を形成し、大連でももっとも重要な幹線道路となった。絵葉書は東広場から西向きの景色である。山縣通りの右側の建物は大阪商船(現在は取り壊され、ホテルが建てられている)、左側は大連取引所。右端の道路は寺内通りである。

古絵はがき(表) 裏面

現在の写真