歓楽の都市ハルピンに遊ぶ(抒情絵葉書)





古絵はがき袋(表) 裏面

 「歓楽の都市 ハルピンに遊ぶ」は、大正7年4月以降に発行された16枚組の絵はがきである。このはがきは、日本人男性"他見男"が哈爾濱駅に到着するところから始まり、齋虹橋を渡って、埠頭区(松花江、キタイスカヤ街)に行き、その後で新市街(哈爾濱駅の南東側)で夜まで観光するというストーリーになっている。
 シリーズものの絵はがきが全枚数揃っており、またその封筒が残っているというのは状態が良く珍しい。なお、このシリーズには、必ず「ハルピン見物」の文字と、シリーズの順番を示す漢数字、"他見男"あるいは現地ロシア人女性の言葉が入る。
 なお、ここに出てくる"他見男"は、『支那街の一夜』(潮文閣、1923年)の著者である奥野他見男(本名:西川他見男)であろうか。とするならば、ペンネームである「奥野」は、日本の東北を「奥」と呼ぶように、中国の「東北」である哈爾濱を意識してのものとも考えられる。





各はがきの撮影場所を、通し番号で示した。 なお、戦前の地図で示すと次のようになる。



(©紙久図や京極堂 古地図CD-ROM)




harbin_geore_036:
一、哈爾賓へ!哈爾賓へ!!


「汽車は我等の好奇と不安とを乗せてやがて広大な駅に停る。哈爾賓!……異常の興奮!『きつとお出迎致しますわ………』未だ見ぬ手紙の主…………彼女は?……と先づ日露支人の紛乱のプラツトホームに落ち着かぬ瞳を見張る。」
プラットフォーム中央の看板には「往長春行」とある。

古絵はがき(表) 裏面


harbin_geore_037:二、停車場を出でゝ


「とても親切なそして美しい二人のロシヤ娘に手を執られて…………。あゝ哈爾賓へ来たのだ。ステツプを下りる靴の音にも心が跳る。」

古絵はがき(表) 裏面


harbin_geore_038:三、陸橋を埠頭区へ


「空は青く地は広い。橋を渡ると、もう店といひ、すべての装飾と云ひ、すつかり異国情緒だ…………。美しく着飾つたロシヤの娘、夫人、紳士………が三々伍々楽しげに快活に散歩して居る。+++『なる程これがロシヤ気分か』」
霽虹橋(さいこうばし)と呼ばれる陸橋の上には路面電車のレールと架線が見えている。陸橋を埠頭区に向かっているということは、この3人は北西に向かって歩いていることになるため、3人の影が右手前に伸びていることから、朝に撮影された写真であるとわかる。

古絵はがき(表) 裏面


harbin_geore_039:四、松花江畔の漫歩


「『ヒエーッ、これが河?』まるで海だ。涯しなく水は漫々!川波もたゆた!朗かに語る彼女の瞳は明るい。夢?幻?東支鉄道の大鉄橋が大河を跨いで長虹の如く天涯に横はる。」
松花江鉄橋の西側の河畔を歩いている場面である。まだ公園ができる前なのか、画面右に線路が見える。

古絵はがき(表) 裏面


harbin_geore_040:五、松花江畔の語らひ


美しい彼女は頻りに大河を距てる対岸の楊柳を指しながら、とても奇怪な話を聞かす。ふと彼女はいふ。『ボートに乗りませうね。』」

古絵はがき(表) 裏面


harbin_geore_041:六、江上の舟遊


「冬は堅氷……いかめしい大江も今は水泳に舟遊に哈爾賓人の遊楽場。否歓楽境。濁流は流れてゐるのか、ゐないのか………………。軽舟は川波に浮んで一上一下する。彼女のヴェールがかすかにゆらぐ江風……………………………?」

古絵はがき(表) 裏面


harbin_geore_042:七、埠頭公園へ


「他見男さんが『は入つて見て呀と驚いて了つた』と云ふその公園!……………『凡そ哈爾賓中の美人といふ美人が悉く集まるといふその公園!』彼女は語る。木の葉が光る。美しい夕日がベンチに映える。

古絵はがき(表) 裏面


harbin_geore_043:八、百貨店を視て


「場所は哈爾賓の銀座、キタイスカヤ街、そこに聳え立つ哈爾賓の三越ともいふべき松浦商会で一渡り赤毛布をひろげ廻った。何しろ之が日本人の経営といふので肩摩群集のロシヤ人に対しても勿論吾が愛するロシヤ娘に対しても何となく肩身が広い。買物の饒山なことに一寸思はず眼をつむる。」

古絵はがき(表) 裏面


harbin_geore_044:九、街から街へ


「キタイスカヤ、ペーヴメント…………足どり軽く、目貫のキタイスカヤ街。北満の空は朗かに冴えて彼女達の晴やかな説明は軽い足どりに連れて美しいペーヴメントに心地よい反響を伝へる。」

古絵はがき(表) 裏面


harbin_geore_045:一〇、街頭小憩


「成程哈爾賓だわい。成程異国情緒だわい。と一々感心して見て廻ると是でも可なりくたびれる。街頭のペンチに腰を下してキタイスカヤ街の雑閙に疲れた眸を投げる。様々なの風態と様々の容姿・美人も通れば醜婦も通る。日本人が一人も通らぬ所が成程異国情緒だわい。」

古絵はがき(表) 裏面


harbin_geore_046:一一、ショーウインドウに見とれて


「流石は哈爾賓の目貫…………キタイスカヤ街
美しく並べ立てた店頭の飾窓ロシヤ名物!哈爾賓名産!
お土産は何?………
いやいづれあの娘へも…………。」

古絵はがき(表) 裏面


harbin_geore_047:一二、中央寺院へ


「音に聞く中央寺院!大空にそゝりたつ尖塔!『鐘が鳴ります中空に……』余韻てうてう大陸の果てに…………。」

古絵はがき(表) 裏面


harbin_geore_048:一三。カフエーで


「『一寸這入りませう』『いらつしやーい!』『お疲れになつて?』彼女の一言は運出された卓上のロシヤ料理に一段の甘美感を添へる。」

古絵はがき(表) 裏面


harbin_geore_049:一四、東支倶楽部へ


「これがその東支倶楽部かと先づ設備の広大に舌を巻く。庭園へ出ると正面の大音楽堂は夜間の素晴らしい景気を思はせる。先づ彼女の手をとつてきれいな花壇をめぐる。花も美しいが、女も美しい…………。」

古絵はがき(表) 裏面


harbin_geore_050:一五、新市街


「チユーリン百貨店前の交叉点で立往生。…………現はれましたるは新市街に厳然たる威容を示すチユーリン百貨店前。
× ×
× ×
十字街を横ぎろうとしたが、オツト危い!自動車左へ避けると亦自動車!右へオヤまただ!吾輩が狼狽へる。彼女達はまた一しきり朗かに笑ひこける。」

古絵はがき(表) 裏面


harbin_geore_051:一六、夜の哈爾賓


「『昼は旅して夜は夜で踊る。…………』赤い灯、青い灯…………歓楽の街!ジヤズ!ウオツカ!エロ!エロ!グロ!グロ!あつー。消灯!!!」

古絵はがき(表) 裏面