北陵全景






 正式には昭陵といい、城外北方にあるため通称を北陵という。清の2代皇帝太宗(文皇帝、ホンタイジ)を葬る。周囲8キロは松などの森林で覆われ、その合間から華麗な建築が顔をのぞかせ、当時から風光明媚な観光地でとして知られていた。





houten_geore_010:奉天北陵


 写真の真ん中に写っているのは碑亭。

古絵はがき(表) 裏面

現在の写真


houten_geore_097:古代彫刻の美を誇る奉天北陵の廻廊


 写真は角楼から隆恩門を撮影したもの。

古絵はがき(表) 裏面

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houten_geore_103:奉天北陵全景(其一)(其二)


 二枚連続彩色写真。角楼からの眺望。

古絵はがき(表) 裏面

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houten_geore_118:奉天北陵全景(其一)(其二)


houten_geore_103のモノクロ版

古絵はがき(表) 裏面

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houten_geore_130a:北陵


 「奉天駅から北へ一里半隆業山と云う低い丘に樹木の茂りたる地に清朝第二代太宗文皇帝の陵墓あり奉天城の北方にあるので北陵と称へるが本名は昭陵と云う、境内は南北五里余東西二里余(満洲旧里数)の広大なもので、正門は華表の次ぎが三門と云い中央が皇族の通られる門で左右両門が臣下が通る門で現今は閉鎖され西門より参入する様になっている。三門より参入すれば皇帝の徳を讃えたる聖徳碑楼あり中央に大理石の豪壮なる碑あり満漢蒙の碑文康熙帝の撰文と伝えらる。隆恩門前には両側に豹、獅子、馬、駱駝、象等の大きな石像が或は立ち或は臥している隆恩門内には参入を許されず、煉瓦を以て周囲をかこむ正面(拝殿)を隆恩殿と称えその後方に大明殿あり、内陣には太宗文皇帝の陵と彫刻されたる豪壮なる大理石の碑あり、その後に寝殿と称える饅頭山あり茲に文皇帝安らかに眠り給う、又隆恩殿の前両側には祭礼用品殿あり何れも満洲古陵の景なり。隆恩門と大明殿との周囲の城壁上は巾約二間の広さにて道路の如く巡る様になり四方に角楼あり豪壮を極むこと参拝者をして瞠目せしむ。」

古絵はがき(表)

古絵はがき(裏)


houten_geore_160:奉天北陵全景(其一)


 写真は囲いの城壁上から撮影したもの。

古絵はがき(表) 裏面

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houten_geore_161:奉天北陵全景(其二)


 写真は隆恩門近くの城壁上から撮影したもの。

古絵はがき(表)

古絵はがき(裏)


houten_geore_172:奉天北陵ノ御陵背面ヨリ見タル全景


 写真は背面の宝頂から正殿方向に向って撮影したもの。

古絵はがき(表) 裏面

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houten_geore_199:(北陵)往時の盛大を偲ぶ北陵の寝園


 写真は北陵の寝園を撮影したもの。

古絵はがき(表)

古絵はがき(裏)


houten_geore_203:(北陵)堅塁を繞らせる北陵中庭の全容


 写真は角楼から北陵中庭の全容を撮影したもの。

古絵はがき(表)

古絵はがき(裏)


houten_geore_221:奉天 北陵寝園と牌殿


 写真は宝頂の斜め後ろから寝園と牌殿を撮影したもの。

古絵はがき(表)

古絵はがき(裏)