スタッフ紹介

中山 昭彦(NAKAYAMA, Akihiko) 教授
中山 昭彦(NAKAYAMA, Akihiko) 教授
■略歴
1959年、山形生まれ。立教大学文学部、同大学院文学研究科博士後期課程満期退学。2007年から学習院大学教授。

■専門分野
日本近代文学
[担当授業(31年度)]
 日本文学史概説V:メディアの中の文学史
 日本文学講義U:映画・小説における〈愛の葛藤〉
 日本文学演習:小説と映画の中の子供たち
 基礎演習TA:小説の読み方
 日本文学演習(院):文学と文化の間
[主要著書] 共編著等
『少女少年のポリティクス』(青弓社、2009)
『ヴィジュアルクリティシズム』(玉川大学出版部、2008)
『機械=身体のポリティーク』(青弓社、2006)
『ポストコロニアルの地平』(世織書房、2005)
『文学の闇/近代の「沈黙」』(世織書房、2003)
『ネイションを超えて』岩波講座 文学(岩波書店、2003)
『近代知の成立』岩波講座 近代日本の文化史(岩波書店、2002)
『ディスクールの帝国』(新曜社、2000)
『幸田文の世界』(翰林書房、1998)
『メディア・表象・イデオロギー』(小沢書店、1997)
[所属学会]

日本近代文学会、日本文学協会、日本映像学会

■研究分野
  私は1890〜1930年代の日本の文学を、同じ時代のメディア状況やほかの芸術分野、あるいは国語政策や日本人の自己認識などとの関係から照らし出していく研究をしています。文学をその領域だけで評価するのでなく、もっと広い社会的な文脈のなかでみるとどうなるのか。あとえば美術などとともに、文学は1900年頃にようやく芸術として認知されはじめますが、認知される以前と以後とでは文学に対する社会的な認識はどう違うのか。学校の教科書として日本文学史が書かれはじめるとき、日本や日本人の特徴と文学とがどのようにして結び付けられるのか。そんな疑問を少しずつ明らかにしてゆくことが、私の研究の主な目的となっています。
また、小説の表現が映画の表現とどう違っているのかも最近の研究課題で、泉鏡花や谷崎潤一郎など、その作品が数多く映画化された作家について、原作と映画を比較したりもしています。実際に比較してみると、小説と映画の表現には大きな違いがあることがわかって来ます。それを照らし出すために、小津安二郎、成瀬巳喜男、清水宏、増村保造など、独自の映像表現をもつ映画監督の作品を細かく分析することもやってみています。  
■私の授業
  文学作品や、時には映画を細かく分析することと、その結果をそれ以外の様々な領域の歴史と広く関連させて考え直してみること。この一見、矛盾するようにみえる二つの作業が私の授業の基本となります。扱う作品を十分に分析しないうちに、それ以外の分野に広げてしまうと、どうしえも焦点がぼやけます。たとえばその作品が恋愛をテーマにしているとしても、どんな種類の恋愛を、どんな風に取り上げているのかをしっかり把握していなければ、恋愛の歴史のどこと繋げればいいのか、きちんと見当がつけられないでしょう。
 ですから、基礎演習や日本文学演習や日本文学演習、大学院生中心の演習などでも、日本文学講義などの講義でも、最初は小説や映画を細かく分析することが基本になります。そしてそれが絵画や写真、恋愛や日本人論等々、ほかの領域と繋がるに従って、また新しい読み方や見方が広がってくることになるはずです。
 演習は、学生諸君の発表や、それをもとにした討論が主になりますから、私はこのような大枠を設定し、発表や討論の補助役をつとめるにすぎません。しかし講義であっても、補助役であることは変わりはないでしょう。なぜなら、私が話すことのどこに食いついて、どのように発展させるかは、学生諸君の意欲次第だからです。ただそれは、できることなら新しい興味の発見であり、ひいては未知の自分の発見であって欲しい。つまり私は、古い自分を壊すための補助役でありたいと願っているのです。
■趣味
 スポーツ観戦。基本的にはなんでも見るし、しばしば現場にも駆けつけるが、サッカー、バスケット、野球が中心

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