NO. | 表題 | 執筆者 |
1969年 9月 |
<学習院大学哲学会創立総会記念講演> | |
道徳論について | 三宅剛一 | |
<研究論文> | ||
冨士谷御杖の「神」 | 磯部忠正 | |
若きヘーゲルにおける実体性の問題 | 中易一郎 | |
H.ラスキの政治哲学における「全と個」の問題 | 関家新助 | |
1973年11月 |
<最終講義> | |
私の哲学的問題 | 下村寅太郎 | |
<研究論文> | ||
カントの目的論における形式的合目的性に関する考察 | 太田陽介 | |
<卒業論文> | ||
カント「純粋理性批判」の存在論的構造とハイデッガーによるその「存在論的解体」の遂行 | 井上まや | |
赤穂浪士討入事件―その思想的考察― | 小島康敬 | |
1975年11月 |
<公開講演> | |
現代のカント研究 | 門脇卓爾 | |
<研究論文> | ||
ボルノウ人間学に於ける根本問題 | 岸 信行 | |
『人の空間行動』 | 渋谷昌三 | |
<卒業論文> | ||
ポール・セザンヌの芸術思想 | 浅野春男 | |
カントの自由論 | 銭谷秋生 | |
1976年12月 |
<学習院大学哲学会公開講演> | |
逆さの世界―自己と外界― | 牧野達郎 | |
<研究論文> | ||
哲学はなぜ科学的でなければならないか | 浅輪幸夫 | |
近世理性の没価値的性格について ―マックス・ウェーバーとルカーチ、ホルクハイマー― |
森岡弘通 | |
<卒業論文> | ||
ラーマ―ヌジャ研究 | 高橋美恵子 | |
1980年 2月 |
<研究論文> | |
モンテーニュにおける自然と習慣について | 三宅中子 | |
西脇順三郎世界 |
村田美穂子 | |
『権力の意志としての世界―ニーチェ哲学を理解するための一論考―』 | W.ミュラー =ラウター 小野寿美子訳 |
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「パースの哲学的進化論についての一考察」 | 浅輪幸夫 | |
1981年 5月 |
<研究論文> | |
C・S・パースの実在論―序説 | 浅輪幸夫 | |
カントに於ける意志の自由 | 高橋和夫 | |
詩人像・西脇順三郎 | 村田美穂子 | |
ヴァイマルの音楽 | 早崎えりな | |
『ハイデガーの哲学了解』 | W.ミュラー =ラウター 小野寿美子訳 |
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「超越」の根拠 | 加藤篤子 | |
<卒業論文> | ||
『信貴山縁起絵巻』に於ける画面構成 | 伴久仁子 | |
1982年 3月 |
<研究論文> | |
和声学事始 | 藤原義久 | |
超越論的哲学と自由 ―『純粋理性批判』における自発性の概念を中心として― |
笹澤浩子 | |
<卒業論文> | ||
ロダン作『地獄の門』の構造分析 | 島 文男 | |
1983年10月 |
<研究論文> | |
観念と方法―スピノザ『知性改善論』における― | 木村 茂 | |
生物体と不可分論―『範疇論』における実体理解の一視点― | 伊藤克巳 | |
『ドストエフスキーの理念弁証論』 | W.ミュラー =ラウター 小野寿美子訳 |
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和声学事始 メーソンの和声学教育に関する新資料紹介(その二) |
藤原義久 | |
<卒業論文> | ||
「富嶽三十六景」の人物 | 内田欽三 | |
1985年 2月 |
<研究論文> | |
デカルト哲学の形成―その一,デカルトとベークマン ― | 原田佳彦 | |
マルブランシュにおける魂の闇について | 伊藤泰雄 | |
平安時代物語絵の一考察―「女絵」系物語絵の成立と展開― | 池田 忍 | |
和声学事始メーソンの和声学教育に関する新資料紹介(その三) | 藤原義久 | |
<卒業論文> | ||
『嵐ヶ丘』試論―C・アーンショーへの回帰の意味するもの― | 鬼山まり子 | |
≪ロンダニーニのピエタ≫序説―制作過程を中心として― | 大澤妃奈子 | |
1986年 2月 |
<研究論文> | |
時間における実存の自己意識の一考察 ―ヤスパース論考(一)― |
古川正樹 | |
デカルト哲学の形成―その二,デカルトの夢,べリュルとの出会い― | 原田佳彦 | |
山下りん筆「主の顕栄」図の下絵紹介 | 大築勇喜嗣 | |
<卒業論文> | ||
平安時代の料紙装飾―西本願寺本三十六人集における装飾技法の比較を中心に― | 宮内千佳 | |
ウィリアム・ジェイムズの宗教思想 | 鳥海葉子 | |
狩野山雪の絵画様式に関する一考察 | 我妻直美 |
NO. | 表題 | 執筆者 |
1987年10月 |
<研究論文> | |
理性の意味について―スピノザ『エチカ』における― | 木村 茂 | |
「あらぬもの」のエイドスについての一考察 | 斎藤俊之 | |
文芸批評から社会批評へ ―ケネス・バークのコミュニケイション論について― |
国井精二 | |
「紫式部日記絵巻」に関する一考察 ―表現用式の特色と制作上の問題― |
宮下佳子 | |
<卒業論文> | ||
エウリーピデスの『メーデイア』―或るシンボリズムの体現― | 大久保祥子 | |
修学院離宮研究―修学院離宮図屏風による考察を中心に― | 三嶋聡子 | |
1988年 3月 |
<研究論文> | |
美的理念の源流(一)―思想史のヘルダーリン(2)― | 藤野一夫 | |
限界状況経験の本質―ヤスパース論考(二)― | 古川正樹 | |
山下りんの聖像画研究 ―「主ノ洗礼」図及び「主ノ昇天」図に関する調査報告― |
大築勇喜嗣 | |
<卒業論文> | ||
J・M・W・ターナー研究―イタリア旅行の意味について― | 関口葉子 | |
J・W・ゲーテ『西東詩集』研究―水の恵みとゲーテ的東方世界― | 林いづみ | |
1989年 3月 |
<講演> | |
哲学・学問・思惟―ある問題的関係の歴史的体系的結節点― | リヒアルト・ ヴィッサー 加藤篤子訳 |
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<研究論文> | ||
ロジャー・フライによるセザンヌ芸術研究に関する一考察 | 尾島美那 | |
美的理念の源流(二)―思想史のヘルダーリン(3)― | 藤野一夫 | |
ヘーゲル哲学と目的論 | 鵜沢寛明 | |
<卒業論文> | 林いづみ | |
「本多平八郎姿絵」研究 | 高橋敦子 | |
1990年 3月 |
<研究論文> | |
パルメニデスにおける δ?ξαについて | 杉山晃太郎 | |
God Speaks to Us in the Same Divine Language | 原 昭 | |
<卒業論文> | ||
鎌倉時代合戦絵巻における写実性の問題 「平治物語絵巻」と「蒙古襲来絵巻」にみられる馬の表現を中心に― |
津吹治佐 | |
司馬江漢研究 | 山本友理 | |
プラトン研究―『メノン』における探求(ζητε?ν)― | 佐藤昭子 | |
1991年 9月 |
<研究論文> | |
アリストテレスにおける「非実体個体」の問題 | 伊藤克巳 | |
『純粋理性批判』における感性と悟性との区別について | 大塚園子 | |
「言語」と「ロゴス」―『存在と時間』から『形而上学入門』へ― | 鈴木慎一郎 | |
<卒業論文> |
||
Frank Lloyd Wright:ドローイング研究 | 伊藤潔史 | |
ミケランジェロ研究―『奴隷』の制作意図に関する考察― | 藤井亜紀 | |
1992年 6月 |
<研究論文> | |
「民族と言語」 | 鈴木慎一郎 | |
シェーラーとカント ―シェーラーにおける個性的善(Das indivisuelle Gute)をめぐって― |
舩木 祝 | |
真言密教における真如と無明 | 菱沼孝幸 | |
エドゥアール・マネ作≪驚くニンフ≫の製作過程に関する一考察 | 吉川知彦 | |
<卒業論文> | ||
カントの道徳哲学の研究―『道徳形而上学の基礎付け』において― | 重富圭史 | |
鈴木晴信研究―奥村政信からの影響― | 松村真佐子 | |
エピクロス研究―原子の「重さ」と「偏り」をめぐって― | 松本充子 | |
1993年 6月 |
<研究論文> | |
『論理哲学論考』研究―sagenとzeigenによる考察― | 大塚聡史 | |
醍醐寺本焔摩天画像についての一考察―その表現の問題を中心に― | 桑原一郎 | |
マックス・シェーラーの実質的価値倫理学 | 舩木 祝 | |
<卒業論文> | ||
「蒔絵師原羊遊斎研究」 | 小林祐子 | |
鬼の研究 | 中村直子 | |
1994年 6月 |
<研究論文> | |
ミケランジェロ作≪ダヴィデ≫―巨像成立に関する一考察― | 江花妃奈子 | |
ディルタイにおける神秘主義 | 斎藤智志 | |
春信晩年の絵本研究―『絵本春の錦』について― | 藤澤 紫 | |
<卒業論文> | ||
ユリウス・マイヤー=グレーフェによる近代美術批評に関する一考察 | 伊藤賢一朗 | |
革命期アメリカに於ける政治的統合に関する現実とその理念 ―植民地群から政治的集合体、そして政治的統合体へ― |
金子 昇 | |
1995年11月 |
<研究論文> | |
物体と表象―ライプニッツ哲学における現象について― | 石川 満 | |
懐疑と探求の「間」―あるいは「求道者のためのエポケー」― | 木島 章 | |
個体化の問題について ―トマス・アクィナス『存在者と本質』・『三位一体論注解』における― |
木村 茂 | |
初期ジョン・デューイのデモクラシー論 | 佐々木昌志 | |
<卒業論文> | ||
法隆寺旧蔵「聖徳太子絵伝」研究―その画面構成の特質について― | 今岡英子 | |
オットー・ディックス研究 ―二十年代の肉体描写に見るディックス作品の意味― |
坂村麻代 | |
生命倫理について―多胎児の減数手術を例に― | 杉本勝之 | |
1996年11月 |
<研究論文> | |
転換期ジョン・デューイの「反射弧概念」 | 佐々木昌志 | |
小出楢重研究―その評価をめぐって― | 小林未央子 | |
<卒業論文> | ||
カント倫理学研究 | 松浦優子 | |
富永仲基の研究 | 佐々木健二 |
NO. | 表題 | 執筆者 |
1997年11月 |
<研究論文> | |
プロティノスと欲求する一者―『ネンデアス』VI8[39]をめぐって― 「一者を考える」とは |
左近司祥子 | |
プラトン『政治家』における神話 ―デミウルゴスと宇宙の魂に注目して― |
斎藤俊之 | |
<卒業論文> | ||
明治神宮聖徳記念絵画館研究 | 川合知子 | |
ミノア期におけるディオニューソス信仰 ―カール・ケレーニイのディオニューソス研究に関する一考察― |
本間邦子 | |
1998年 7月 |
<研究論文> | |
『一乗要決』における一乗教の「信解」 ―源信における教理と念仏行の関係(一)― |
島田健太郎 | |
ニーチェ哲学における女性というメタファー | 大倉朋子 | |
<卒業論文> | ||
ソクラテスのアイロニーについて | 鍋谷 毅 | |
プラトンの死生観について | 秋田由紀穂 | |
フッサールの生活世界について | 南條 誠 | |
「山中常磐絵巻」研究―女性表象をめぐって― | 山内奈央子 | |
1999年 4月 |
<研究論文> | |
アリストテレスにおける<種的形相><魂としての形相> | 岩村岳彦 | |
「機知」と「判断力」―カントにおける道徳的判断の<遂行>について― | 岡野 浩 | |
武者絵の研究―「歴史画」としての視点による一考察― | 菅原真弓 | |
<卒業論文> | ||
戦時下の臣民教育―国民学校教育に関する考察― | 浅川朋子 | |
<源氏物語絵巻>における場面選択法に関する一考察 | 中川貴恵 | |
2000年 5月 |
<研究論文> | |
アリストテレス『自然学』2巻8章198b16‐32における目的因の問題 | 伊藤克巳 | |
『ヒッポリュトス』の女神たち | 浅川英理子 | |
ハイデッガーの気分論とシェーラー | 石井なぎさ | |
団家旧蔵「光悦書宗達金銀泥下絵四季草花図和歌巻」をめぐる一考察 | 安田彩子 | |
<卒業論文> | ||
プラトンの詩と詩人 ―『イオン』『国家』第十巻(585a‐608b)における― |
井村友香 | |
セザンヌ研究―≪キューピッド像のある静物≫を中心に― | 中溝文枝 | |
2001年 5月 |
<研究論文> | |
ハイデッガーの気分論〜1920年代における根本気分の役割 | 石井なぎさ | |
アリストテレス『デ・アニマ』における感覚論 ―「結合体」論との関わりの解明― |
長島智子 | |
『円覚経』における「無明」と「行」の考察 〜<やがて>と<すでに>の観点か |
野口聡一 | |
ファルネジーナ荘壁画≪アレクサンドロス大王とロクサネの結婚≫ ―ラファエッロ、ソドマ、そして注文主アゴスティーノ・キージ― |
本間紀子 | |
<卒業論文> | ||
ジョン・ロックの『生得論』に関して | 奥田寿珠子 | |
小林清親「東京名所図」研究 | 田辺愛理 | |
2002年 5月 |
<研究論文> | |
ソクラテスの死についての小論 ―プラトン『パイドン』における自殺禁止論をめぐって― |
小島和男 | |
『先代旧事本紀』巻第一の分析 | 林 東洋 | |
江戸時代幕府御絵師の身分と格式 | 尾本師子 | |
<卒業論文> | ||
シオラン研究―実存の重荷について― | 中村有里 | |
故・磯部忠正名誉教授、筧泰彦名誉教授、加藤泰義名誉教授 履歴及び主要業績一覧 |
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2003年 7月 |
<研究論文> | |
江戸幕府御絵師の序列とその変動―住吉家を例に | 森岩恒明 | |
ハイデッガーの気分論〜1934/35年冬学期講義 ヘルダーリンの讃歌『ゲルマーニエン』と『ライン』 |
石井なぎさ | |
<卒業論文> | ||
エレウシスの秘儀 | 西郷田美子 | |
石橋湛山研究 | 田野邊祥子 | |
中国の吉祥モチーフについて | 井上裕紀子 | |
ピエロ・デッラ・フランチェスカ研究 《ウルビーノ公夫妻の肖像》について |
津田智子 | |
故・千野香織教授履歴及び主要業績一覧 | ||
2004年 5月 |
<研究論文> | |
酒井抱一と江戸琳派蒔絵 ―抱一の制作意図と社会的要因― |
高橋 綾 | |
原三渓の美術蒐集記録「美術品買入覚」に見る蒐集品の変遷とその背景 | 三上 美和 | |
<卒業論文> | ||
月僊研究 | 奥山沙織 | |
メルロ=ポンティの身体論研究 ―ファッションからみる身体― |
清水道子 | |
森村泰昌研究 | 武者佑生子 | |
近代日本における西洋思想受容のあり方 | 細野泰代 | |
2005年 6月 |
<研究論文> | |
西田哲学における「自己」の探究 ― 一途に究極的なものをめざして― |
酒井 潔 | |
アリストテレス『詩学』における<mythos>―<mythos>の語義とその歴史的変遷からの考察― | 小川彩子 | |
コジモ1世の肖像画 | 高橋 茜 | |
『日本書紀』神代巻における「天地」の意味すること ―『易経』を中心として― |
朴 炳建 | |
狩野光信の評言についての一考察 ―倭画風情と下手右京― |
三宅秀和 | |
池大雅の山水図における中国山水画理念の受容 | 金 靖之 | |
伊藤若冲の初期絵画考察 ―「牡丹・百合図」を中心に― |
山口真理子 | |
<卒業論文> | ||
ベラスケス研究 ―慰めの人々の肖像画について― |
柄沢裕美子 | |
義なき義の小考察 | 黒沢和寛 | |
ショーペンハウアーの倫理学 | 野口理恵 | |
芸術とイデアの関係に関する考察 | 東 香織 | |
故・森田良紀名誉教授履歴及び主要業績一覧 | ||
2006年 5月 |
<研究論文> | |
江戸時代初期の神道思想をみる一視点 | 加藤みち子 | |
「信仰」と「道徳」 ―カント『ウィーン論理学講義』における「賭け」に関する記述の問題射程― |
船木 祝 | |
王権と恋、その物語と絵画 ―〈源氏将軍〉徳川家と『源氏物語』をめぐる政治学― |
松島 仁 | |
空海の思想における法身大日の意味すること | ヴェルノ, ヘリ=リース |
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正法寺所蔵「仏涅槃図」の制作とその周辺 ―北畠氏・醍醐寺・金剛王院実助・宅磨派― |
藤元裕二 | |
<卒業論文> | ||
アンリ・マティス研究―マティスの「装飾性」をめぐって― | 伊藤涼子 | |
円山応挙研究―特に『登龍門図』を中心に― | 宇都木恵美 | |
ニーチェの認識観 | 佐藤明由美 | |
故・浅輪幸夫名誉教授履歴及び主要業績一覧 |