研究の現場から

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行政と住民、町並み保存のための最適解を追求する
1960年神奈川県生まれ。大学卒業後、地方公務員に。その後慶應義塾大学大学院に入学、政策・メディア研究科博士課程を修了。群馬大学講師・助教授、筑波大学教授を経て、2012年4月より学習院大学法学部政治学科教授に。
伊藤 修一郎 法学部政治学科教授 地方自治、政策過程論
伊藤教授が竹富島に調査に行き、実際に撮影してきた写真。町並み全体をカメラに収めるために、最近はパノラマ機能のついたカメラが欠かせないのだという。

景観に関する政策。町並みの保存。それが今、伊藤修一郎教授が研究している分野だ。「国は公共事業などに力を入れているので、たとえば情報公開やバリアフリーな街づくり、地球環境保全などの取り組みにはなかなか手が回らない。必然的にこれらは、住民の声に押される形で自治体が独自に行う分野なんです」。自治体がイニシアチブをとる政策について書いた博士論文で、唯一触れられなかったのが景観。「積み残してしまったので、その後集中的に取り組み始めたのです。すると、なかなか面白くて」。

町並みを保存すること。それはある意味、利益を追求することとは逆の行動だ。古い建物を壊して大きなビルを建てればそれだけ儲かる可能性が増える。しかし、それを我慢して今の状況を保存するという選択に、住民が合意しなければならない。「難しいことですが、うまくいけば埼玉県の小江戸・川越のようにその町並みが人を呼び、経済が活性化する。ただそうして町の魅力が高まったときに、誰か一人が抜け駆けして利益を得るために町並みを壊すことのないようにしなくてはならない。行政側が法律を制定するなど、強制力を持って押さえつけるのか、住民同士ルールをつくって尊重し合うのか」。

人間の根本にある「自分だけが得をしたい」という思いをどう乗り越えていくか。それは、地方自治全般にも通じる課題だ。「伝統的な政治学では、人間は利益を追求する生き物だから、そういうルールは守れないという結論になっている。でも、実際には森林資源をみんなで守るなどのルールが実施できた例はたくさんあるんです」。教授は最適なルールづくりのために、各地の成功事例を研究しているのだ。

町並みの保存には、人の思いが関与する

『哲学する民主主義』は最初原典を愛読していた。今は翻訳されたものを授業でも使用している(上)。取材三種の神器がモバイルパソコン、カメラ、ICレコーダー(下)。

伊藤教授の座右の書はロバート・パットナムの『哲学する民主主義―伝統と改革の市民的構造』。大学院時代にアメリカに留学し、地方自治について学んでいたときにこの本に出会った。イタリアの民主主義について、人々のつながりや市民の政治的参加などの面から解き明かした一冊だ。「経済がすべてを決める、という今までの価値観を、綿密なデータやしっかりとした観察、たくさんの事例で検証していくことで打ち消し、新たな独自の見方を示している。人々の絆が大事であるということを科学的に証明してみせている。この実証研究のやり方は自分に合っているのではないか、と思ったんです」。

教授は自ら、町並み保存がうまくいっている地域に出向き、行政側と市民側、両者に話を聞く。開発派をどう説得したのか、どう保存に成功したのか。通常はICレコーダーをまわし、メモを取るが、記録に残ると警戒され、真実を話してもらえない場合もある。そんなときは手ぶらで話を聞き、終わった直後に急いでまとめることも。そうしてたくさんのケースを集め、統計を取っていく。「まず文献で研究し、ある程度の仮説を立てて調査に行く。仮説通りだったときはもちろん手応えを感じますが、いろいろと突っ込んで調べてみた結果、それが裏切られたときが面白いですね」。

たとえば沖縄・竹富島。ここにある赤瓦葺屋根の家々は、重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。つまり、景観が法律で守られているのだ。しかし、行政が強制的に町並みを守らせているわけではない。「芸能の島」とも呼ばれる竹富島は、祭りが人々の生活の中心にある。そのため、保存地区に指定されるずっと前から、昔ながらの祭りのための間取りをみんなで守り続けてきた実績があった。より強固に地域を守るべく、住民の総意で保存地区の指定を受けたのだ。「思った以上に住民の力、祭りに対する誇りの力が大きかったわけです」。

よりよいルールづくりをめざして

景観政策の対象となるのは古い町並みだけではない。「京都や神戸、金沢では、古い町並みを守ると同時に、新しい景観をどう形成していくかが重要。放っておけば無秩序につくられてしまう町並みをどう整備していくかのイノベーションが重要なんです」。

とくに今、教授が力を入れているのは、屋外広告。「街中の看板は、景観の大きな要素です。京都などでは徐々に規制を厳しくし、町並みに調和したものにしようという動きが出ている」。しかし法制化したところで、違反者をどう取り締まるかも問題になる。「その取り締まりにお金を使うよりももっと重要なことがあるのに、という意見もあるでしょう。だからといって、全く放っておくわけにはいかない。そこで『自分たちの住む町を美しく保ちたい』という住民たちの意識が必要になってくるんです」。

2004年に景観法ができたが、思ったほど景観保全の後押しにはなっていないのだという。「法律はできても、適用するためのハードルは高い。自治体も計画を立てるところまではできるが、それが実現するかどうかはやはり住民の合意が重要です」。ルールをつくること、それを守ること、いずれも難しい。だからこそどこかでイノベーションが起これば、それを手本によりよい方策が生まれる。「各自治体が競い合っていい方法を生み出すための手助けができれば。私は現場で汗をかいている人たちのために成果を出したいと思っています。景観の問題を突破口に、まちづくりや産業振興、子育て、安全安心などなど、地域が直面する様々な課題の解決につ ながっていくことが理想です」。