研究の現場から

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身体との対話を軸に心理へのアプローチを試みる
1954年東京都生まれ。1986年、東京大学大学院博士課程単位取得修了。1986年、大正大学カウンセリング研究所専任講師、1997年文教大学人間科学部教授を経て現職。論文に「臨床動作法とフォーカシングの連続性と相違」(臨床動作学研究)、著書に「治療者にとってのフォーカシング」(至文堂)、「心理臨床への道しるべ」(八千代出版)など。
伊藤 研一 文学部心理学科 教授 臨床心理学
研究室にしつらえられたテーブルセット。クライエントとの面接は1時間に及ぶため、座り心地はとても重要なのだとか。

伊藤教授の専門は臨床心理学。聞いたことはあっても、はっきりとその内容を知っている人は多くないかもしれない。「臨床心理学と他の心理学との大きな違いは、徹底して個別にこだわるということです。臨床以外の、たとえば 学習心理学や発達心理学は人間の心の一般的な法則や原理、傾向を研究することが中心になります。一方で臨床心理学はさまざまな心の問題や問題行動を示すクライエント(心理療法を受ける相手)の回復を心理的な手段によって目指す。極端なことを言えば、そのアプローチが他の人には役立たなくても、その人が元気になればOK。それが臨床心理学なんです」

とはいえ、もちろんあるクライエントの回復を目指して終わり、だけではない。「臨床心理学の大きな柱が事例研究です。個別の事例を深く理解していくと、他の事例にもつながる普遍的な原理や概念がみつかってゆくんです」

今でこそ臨床心理学者としてさまざまな論文や著書を世に出している伊藤教授だが、大学に入学したときは、心理学専攻どころか文系でさえなかった。「高校までは物理、化学、数学といった理科系の学問が得意だと思っていたんです。でも大学に入った途端、想像もつかないほどの能力を持つ人がいることを目の当たりにした。それでもなんとかやっていけないかと4年ほどしがみついていたんですが、やはり無理だと思い始めた頃、エーリッヒ・フロムという社会心理学者の本に出会った」

それをきっかけに心理学科へと転科。実際にエンカウンターグループ( 心理的成長を目指すグループ・カウンセリングの一方法)に参加し、臨床心理学へと進んだのだという。「いわゆる机上の学問ではなく、あるいはある物体を観察するというのでもない。生きている人間と関わる、それが研究でもあり実践でもあることに面白さを感じたんです」

フォーカシングをさまざまな心理療法と結びつける

多趣味な伊藤教授、数年前からエレキギターとエレキベースを始めたそう。仕事の合間にヘッドフォンをして研究室で弾くことも……。

伊藤教授がいま研究しているのは、心理療法のなかでもフォーカシングと呼ばれる技法。フォーカシングはアメリカの心理学者、ユージン・ジェンドリンが創始したもので、「身体からの声を聞いてみる」という方法だ。「何か問題や迷いを抱えているときに、身体はどう感じているか、どうしたがっているのかに耳を澄ます。身体の感じと対話するというのがフォーカシングです。古来から『身体の知恵』なんて言われることがありますが、たとえば会いたくない人に会わなきゃいけないときになんとなく体が重いとか、やらなきゃいけないことがあるときになぜか慣れているはずの電車を乗り間違えてしまうとかいうことが日常にあると思います。それを心理学的なアプローチで研究していくのです」

このフォーカシングを軸として、さまざまな心理療法と融合させようというのが、教授のねらい。「ジェンドリンは『心理療法では必ずフォーカシングが起きている』と言っているんです。方法は違っても、必ずクライエントは身体と対話している。つまり、他の心理療法技法で起きているフォーカシング的な現象をみていけば、どっちが優れている、劣っているではなく、どんなふうに問題に迫るかという視点で見ることができるだろうと思っているんです」

そのため、日本独自の心理療法、内観療法の専門家や催眠療法の研究者たちと研究会を行ったり、事例の共有を行ったりと、臨床心理学の中を広く泳ぎまわっているのだ。「それぞれの技法での得意分野があるんです。フォーカシングの軸で結びつけることで、さまざまなクライエントに対応しやすくなるのではと考えています」

なかでも注目しているのが動作法。たとえば肩をぎゅっとすぼめて元に戻す。そんなふうに身体を動かすことで心理的な効果が得られるというもの。「動作法を行いながら、たとえば肩を広げたときにどんな感じがするか、戻したらどうか。それをクライエントとやりとりしたり、場合によっては言葉にしたりする。そうやってフォーカシングとの融合を行うことでの有効性を研究しています」

クライエントとの面接は自分にも大きな発見をもたらす

伊藤教授は授業や研究の傍ら、長年の付き合いのあるクライエントとの研究室での面接、学習院大学内にある「心理相談室」での面接、都内の中学校でのスクールカウンセラーとしての活動を行っている。とくに心理相談室立ち上げの頃には1週間に10人以上のクライエントと会っていたこともあるとか。さまざまな悩みや問題を抱えた人々との接触は決して楽ばかりではないはずだが、教授の口調は明るい。「クライエントの問題行動が自分に移ったり、面接のことを引きずったりすることもありますよ。とくに最初の頃は、母親とうまくいかない子どもと会ったあと、妻と大喧嘩してしまったこともある。クライエントに1時間会うだけで消耗しきる経験もありますが、それも含めて楽しいなとか、これも人生だと思ってしまうんです」

体調は整えておかないとつらいですけどね、と笑いながら語る教授は、週3、4回のランニングを趣味としている。その他にも中学生のクライエントに合わせて流行のマンガを読んだり、ゲームを実際にやってみたりすることもある。「クライエントに楽になってもらうとか、来る前より来た後の方が元気になってもらうというのは仕事としては非常に重要です。でも、生身の相手と直接会っていろんな経験を分かち合うことで、こちらの世界も広がる。そこに楽しみや発見があるんです。人と会うことで自分の世界が変化せざるを得ない――それがこの仕事のモチベーションかもしれません」