フローターのプライシングとスプレッドの一分析法

 

辰巳 憲一

 

 

フローター(変動利付き債)は,事前に定められたリセット日と呼ばれる期日毎に金利が更改され,この事前に定められた小期間内だけはクーポンが一定である証券である。更改される金利が参考とする国債利回り,地域連銀指定の貸出金利(米国の場合),などの金利はインデックスあるいは参照レート(reference rate)と呼ばれる。フローターのクーポン・レートは参照レートに依存して決められるが,一般に,上限などが定められ非線形である。

米国では,プライシング・モデルや数多くのスプレッド概念など,フローター分野で用いられる様々な特殊な分析概念・技法が,既に存在し,活用されている。その多くはディーリングなどの画面上で数値として見られる。

わが国では,漸く,2000年6月から15年物変動利付国債が発行され,2003年3月からは個人向け変動利付国債が売りに出され,また2004年6月には機関投資家向け10年満期物価連動債が初めて発行され,変動金利商品は広く知られるようになった。

フローターのプライシングとスプレッドの分析体系のひとつを,金利やイールドカーブの理論を用いて,詳しく展開しよう。辰巳[10]では,基礎的な概念やプライシングの基礎などについて展開しているので,本稿はその本編に相当する。なお,証券化証券のフローターはさらに複雑であり,本稿では割愛する。

 

1 フローターのプライシング

 

1-1 プライシングの純粋理論

クーポンが連続的に市場金利に調整される純粋なフローター(pure floater)の価格は常に額面になる(1。そして,そのデュレーションはゼロになる。金利の変化は瞬時に価格に反映されるからである。

この純粋フローターにも信用リスク2は残っており,価格が額面になるのは無リスク純粋フローター(risk free pure floater)に限られる。これが理論であるが,現実からはまだまだ遠い。

実際のフローターの価格は,常時大幅にパーから下方に乖離しており,しかも金利の変化に感応的である。クーポン調整ルール(具体的にはクーポン調整の遅れ,クーポン・レートのキャップつまり上限とフロアつまり下限),プットとコールの特性,信用リスクの変化,イールドカーブの傾き,などに依存する。

 

1-2 現実的なプライシング・モデルの基本構造

1)経路依存性

フローターに限らず,最近の多くの証券は経路依存性(path dependence)と呼ばれる特徴を持っている。経路依存性のある証券は経路毎に分析(pathwise analysis)する必要がある。しかも,時間の推移どおり前方から(forward)キャッシュフローを計算するが,評価は後方から行う,必要がある。

2項過程に基づく3期のツリー・モデルを経路毎(pathwise)に直す場合を図表1に例示した。A,B,C,などはノード(node,結節)と呼ばれる道標である。

 

 

 

2)経路の多重性

経路数は複数になるので,評価にあたってはすべての経路の単純平均が利用される場合がある。さらに,一般に経路数は無限に大きくなるため,例えば有限数の経路を乱数で選び出す,などの工夫がなされる。あるいはツリーの作成方法・展開を特定のものに限り経路数を有限にする,方法がとられる。この方法を具体的にした技法を後に説明する。

これらの点は,当然,さらに改良の余地がある。例えば,経路の頻度に応じて,加重評価する方法もある。

3)プライシングの原理

証券からもたらされるキャッシュフローは,例えば図表1の0,1,2,3,などの各時点でA,B,C,などの各ノードで実現する値として捉える。そして,それらを後ろ向きに割り引き,現在価値として証券の価値がえられる。

もっと正確に表現すると,キャッシュフローの値は同じノードであっても何番目の経路であるかによって異なり,評価は経路毎に計算する必要がある。そして,割引率として使われる各ノードでの金利を予測する必要もある。

 

1-3 フローターのプライシング

1)金利ツリー

金利の確率モデルとしては正規過程と2項過程の2つが開発されている。当初は,前者が主流の観があったが,コンピュータの発展で2項モデルも頻繁に用いられるようになった。本稿では,その一例を以下に示めそう。

現行のフォワード・レート体系をr0r1r2r3,などとしよう。その結果,資産・債務の評価に用いられる割引率になるゼロクーポン・レート体系は,,などとなる。その結果,割引ファクター体系は,などとなる。

金利ツリーの1つの例として,2項過程に基づくボラティリティ一定の対数正規ランダム・ウォークをとりあげよう(図表2)。

 

 

このモデルでは,各ノードから,金利が上昇する場合,だけ上昇ファクターが付加的に掛け合わされる。金利が下落する場合, だけ下落ファクターが付加的に掛け合わされる。

近似式を用いれば,各期各ノード間の金利差の2分の1はいずれもσRになっていることを確認できる(3。この事実からσRを当該金利ツリー・モデルのボラティリティと(あるいは場合によって標準偏差とも)呼ばれる。このモデルでは,それゆえ,ボラティリティは金利水準に依存している。

上記図表2の金利ツリーに基づく場合フォワード・レートの展開は図表3のようになる。各ノードでの割引ファクターの値はフォワード・レート体系とボラティリティからなる。それを当該時点のフォワード・レートに係わる要素だけを抜き出すと図表3のようになるわけである。

 

 

 

図表2や3のモデルでは,σは毎期一定値に止まる。この値は固定利付債(国債)のデータを用いて,何らかの推計方法を適用すれば計測できる。

さらに具体的には,2項過程の確率とσは,ある特定の国債のこのモデルによる評価価値をその市場価格に一致させるシミュレーション技法によって,推定することが可能である。

また,さらに,σが毎期変動するという定式化であっても様々な満期の固定利付債(国債)などのデータがあれば計測可能である。

2)フローター・プライシングの原理

フローターから各期もたらされるキャッシュフローは,図表1のA,B,C,の各ノードで個別に計算する必要がある。参照レートが図表2の金利ツリー・モデルで近似できるフローターの場合,図表3の予想フォワード・レートの数値から,マークアップ(あるいはクウォーテッド・マージンquoted marginと呼ばれる),クーポン調整ルール,リセット期間などに注意して計算すればよい。もっとも簡単なフローターの場合予想フォワード・レートをそのままキャッシュフローとして代入すればよい。

そして,フローターの価値はそれらを図表2の予想割引ファクターで割り引き,0時点の現在価値を計算すればえられる。

3)キャッシュフローに影響するその他の構成要素

フローターのその他様々な構成要素も,各ノードでのキャッシュフローの計算に影響するだけであり,プライシングの原理は変わらない。

キャップ付きのフローターでは,参照レートがある水準を越えれば,その時点のキャッシュフローはゼロになる。キャップだけでなくフロアもあるレインジ・ノート(range note)では,金利が極端に大きいあるいは小さい値になると,そのノードのキャッシュフローをゼロにすればよい。

インデックス・アモチ・ノート(IAN,indexed amortization note)は,元本のある割合に金利が適用されるようにクーポンが定められる債券である。この割合は,元本水準に応じて事前に定められ,0にもなる。この元本水準はモデルでは各ノードでの当該証券の価値として計算される。

4)その他の構成要素

リセット期間と金利ツリー・モデルの構造との関係については,注意するべき点がいくつかある。

特に重要なのは,金利ツリー・モデルの一期間は,通常3,6ヵ月に定められているリセット期間に一致させる必要がある,点である。さらに,リセット期間の何分の1の短さにできれば,さらに評価の精度が高くなる。

 

1-4 インデックス・デュレーション

参照レートが1%変化した場合にフローター価格が何%変化するか,は関心の高い問題であろう。上に展開した金利ツリー・モデルとプライシングの原理を用いれば,この結果をシミュレートできる。

この概念は伝統的なデュレーションそのものであり,証券のリスク管理上必修の概念である。Fabozzi-Mann [7,P.98]は,このデュレーションをインデックス・デュレーション(index duration)と呼んだ。

 

1-5 キャップ付き繰上げ償還可能フローターなど

1)発行誘因

キャップはコール(繰上げ償還)と一緒にして発行されるのが現実である。その結果,キャップ付きコーラブル(繰上げ償還可能)フローター(callable capped floater)になる。その理由は次のとおりである。

証券発行者にとって,金利が上昇して満期前にキャップを超えて上昇する可能性があれば,キャップの価値は高くなる。この価値に対して,証券発行者は付加的にスプレッドを支払っているわけである。

しかしながら,金利が下がれば,キャップの価値もゼロに近づく。その場合支払っているスプレッドは無駄になる。証券発行者にとって,コール(繰上げ償還)が,それに代わって価値をもつことになる。証券発行者は証券をコール(繰上げ償還)し,下がっている現行レートで証券を再発行(借り換え)できる。この便益に対して,証券発行者はスプレッドを支払うわけである。その結果キャップ付きコーラブルは金利が上がっても下がっても証券発行者に利益を与えることができ,それらに対して2種類のスプレッドが支払われる。

2)プライシングとスプレッド

このキャップ付きコーラブル・フローターの評価方法も,金利や価格がある行使価格を超えればフローターが償還される点が加わるだけで,原理は本質的に上と同じである。

キャップ付きコーラブル・フローターのその他の分析技法としては,後述のOASが適用できることが知られている。

3)ラチェット債〜更なる応用

ラチェット債(ratchet bond)とは,コーラブル(繰上げ償還可能)キャップ付きフローター(callable capped floater)とIANを組み合わせた,新しいフローターである。

金利が低下すると,コーラブル(繰上げ償還可能)キャップ付き証券は償還される。同時に,より低い金利で借換債が発行される。さらに金利が下がれば,この借換債も償還される。さらに金利が下がれば,借換債償還と借換債発行が満期まで続いていく。その過程では,証券発行残高は変化していく。

ラチェット債はこの仕組みを複製したフローターである。コーラブル(繰上げ償還可能)債で定められている,償還できない期間がロックアウト期間として定められている。

 

2 フローターに関する様々なスプレッド

 

スプレッドあるいはマージンとは,様々な次元を持つ証券の特性の差異を金利の次元に置きなおして,証券の間で比較できるようにした測度である。

フローターに関しては,時間加重平均レート,単純マージン(simple margin,あるいはspread for life),調整済単純マージン(adjusted simple margin),調整済総マージン(adjusted total margin),などの様々なスプレッド概念がディーリングや投資の現場で用いられている。以下では,それらを説明しよう。

また,必ずしもフローターだけに適用されるわけではないオプション・アジャスティッド・スプレッド(OAS,option adjusted spread)については次節でまとめて展開する。

 

2-1 リセット時点の異なるフローター間の比較

債券保有期間内にクーポンの変更(リセット時点)が1回あるとしよう。将来の参照レートがどれ位変化するか,リセット時点がどれ位近いか,によって,レートが現在低いフローターでも,高利回りの固定利付債より,投資魅力は高くなる場合がある。それは,次に定義される時間加重平均レート(1日当たり)を計算すればわかる。

     

                                            (1)

 

ここで, は今日からリセット時点までの日数を保有期間の日数で割った比率である。この式を用いれば,リセット時点の異なるフローター間の優劣を評価できる。

一般に,債券保有期間は長く,その期間内に何度もリセット時点があるが,その間隔は固定されており,上記公式の一般化は容易である。困難は,前節で展開した,将来クーポン・レートの予測に係わる。しかしながら,フローター間の比較では,将来クーポン・レートの予測値は同じになり,リセット時点のずれ,クーポン調整ルールやキャップなどの比較に重点が移る。

 

2-2 調整済単純マージン

調整済単純マージン(adjusted simple margin)とは,経過利子と資金調達金利を勘案した単純マージンである。単純マージンは,すぐ次に説明するもので,事前に定められた参照レートに加算されるマークアップあるいはクウォーテッド・マージン(quoted margin) も含まれる。

つまり,以下で説明する単純マージンの公式のなかにある価格  に,その後で説明する調整価格を代入すれば,調整済単純マージンがえられる。

1)単純マージン

単純マージン(simple margin, あるいはspread for life)とは,次の(2)式のとおり,フローターを購入した投資家がえる額面100と市場価格(あるいは発行価格)の差とクウォーテッド・マージン  を,満期までの全期間に渡り,1年当たり投資収益に換算したものである。

 

                                            (2)

 

 は額面100円当たりで, はベイシス・ポイントで,表示されている。

2)フローターの調整価格

経過利子と資金調達金利を考慮して市場価格Pを修正するのが調整価格(adjusted price)である。フローターの調整価格は本来複雑であるが,現場では単純化した次の公式が用いられる。

                                             (3)

 

ここで,

 C=べイシス・ポイント表示の現行クーポン・レート,

 AI=経過利子(額面100円当たり),

 r=べイシス・ポイント表示の資金調達金利,

 ω=年間の日数(360)に占める,証券清算日から次のリセット日までの日数,

 R=べイシス・ポイント表示の将来の平均参照レート(予測値),

である。

 

2-3 調整済総マージン

調整済総マージン(adjusted total margin)は,調整済単純マージンに,中括弧の第三項で表された額面と調整価格の差の運用成果を加えた,次の(4)式で定義される。

 

                                            (4)

 

このスプレッドの使い方は余り知られていない。ファボッチ・マン(Fabozzi-Mann)[7]でも詳しく書かれていない。

 

2-4 割引マージン

割引マージン(discounted margin)とは,該当証券の将来キャッシュフローを特定化し,その割引現在価値を市場価格に一致させる付加的な割引率である。付加的というのは,無リスクの国債等のゼロクーポン・レートを超える,と言う意味である。両者が一致するまで,割引マージンを動かしながら,試行錯誤で求めるしかない。

概念上の詳細は次節の展開と深くかかわるので,ここでは省略する。

 

3 OASの計測法と応用

 

3-1 OASの活用

オプション・アジャスティッド・スプレッド(OAS,option adjusted spread)とは,債券等の固有のオプションをモデルに組み込み,モデルから導出される証券価値を市場価格に一致させるスプレッドである。その結果,OASは他のスプレッドと直接比較でき,多くの証券を比較対象する場合に使える概念となる。以下,OASの基礎を展開しよう。

OASは,元来,コーラブル(繰上げ償還可能)債とMBSの価値を分析するために導入された。後者のMBSなどの場合,数多くの,しかも繰上げ償還可能な債権・債務のプールから成るため,分析は多くの点で複雑になる。

 

3-2 OASの定義と活用法

OASの定義は伝統的なプレミアムやスプレッドの定義と概念上異ならない。OASはモデルから導出されるキャッシュフローの割引現在価値いわゆる理論価値を市場価格に一致させるスプレッドである。しかしながら,キャッシュフローや割引率の想定は従来と異なり,新しい研究成果が取り入れられている。その1つが経路依存性と経路毎分析である。

3-2-1 OASが想定する状況と定義

1)バーンアウトなどの経路依存性

個々の企業や投資家にとって,繰上げて償還するかどうかは,現在の金利水準や金利の過去の推移などが係わる。さらに,金利の過去の推移によっては,発行高の多くが償還されて流通高(現在残高)が減り,市場価格が影響を受ける。

他方,低金利下にもかかわらず,個人が高金利ローンを借り換えしない場合がある。このようなローンが多く残存すれば,いつか借り換えラッシュが起こる。これはバーンアウト(burnout)効果と呼ばれる。これらの特徴は経路依存性と呼ばれる現象の一部である。

2)OASの導出

モデルから導出される理論価値を市場価格に一致させるスプレッドであるOASを導出するには,次のような手順を踏む。

まず,債券等の固有のオプションを組み込んだ繰上げ償還オプション評価モデルを作り上げる必要がある。次に,繰上げ償還のモデルと別途準備する倒産モデルを使って,債券のキャッシュフローを予測する必要がある。

次に,繰上げ償還オプション評価モデルへのインプットとして,債券市場価格とキャッシュフロー以外に,ゼロOASに対応するイールドカーブ(一般には市場で流通する国債のイールドカーブが用いられる),および市場金利のボラティリティを与える必要がある。また,市場価格には経過利子を含む必要がある。

金利等のボラティリティの値を決定するのは,例えば,図表1におけるツリーを金利のツリーと解釈すれば,そのアップ,ダウンの確率とA,B,C,…での値である。逆に,対数正規1ファクター・モデルから金利ボラティリティを先に推定・導出し,金利ツリーを確定し,後から金利の経路を出す方法もある。

3)OASの定義

債券等の固有のオプションを前提に,債券等のキャッシュフローCijを予測し,債券評価モデルから導出される経路毎の割引現在価値を単純平均した値(以下の(5)式の右辺)を市場価格Pに一致させる,単純なOASの定義は次のようになる。

経路番号と時点をそれぞれijとし,経路総数と最終時点をNnとする。Cijrijを債券等のキャッシュフローと国債等のゼロクーポン・レートとすると,OASは次の(5)式のsで定義される。

 

                                        (5)

 

3-2-2 OASの特徴と活用法

1)OASの特徴

OASが高ければ高いほど,(5)式からわかるように,当該債券は理論価値と比較して安い,ことになる。OASへ影響する様々な要因の効果は次のようになる。

OASは,定義によって,プラスにもマイナスにもなる。しかし,割引率の  を無リスクの国債などに限定すると,一般にプラスになる。

OASは時間とともに変化する。しかし,バートレット(Bartlett)[1]は長期的な平均値が存在し,その周りを収束するように動くと考えている。

他の条件が同じ(債券の市場価格,国債のイールドカーブやオプション評価モデルが同じ)なら,金利ボラティリティが高いほど,OASは小さくなる。

2)コーラブル債の価値の分解

コーラブル債の価値は,オプションのないノン・コーラブル債の価値と内蔵オプションの価値に分解される。すなわち,

コーラブル債の価値=ノン・コーラブル債の価値−内蔵オプションの価値  (6)

 

である。右辺第二項前のマイナスは売りを表している。コーラブル債を1つのオプションと考えた場合,その原資産はノン・コーラブル債である。また,内蔵オプションの価値は,繰上げ償還可能期間を満期とする債券コール・オプションの価値でもある。

OASはこの式と矛盾しないように定められている。金利ボラティリティが高いほどOASは小さくなる理由も,この式を使って,説明できる。

金利ボラティリティが上がると,原資産であるノン・コーラブル債の価格ボラティリティが高くなるので,その債券に対するコール・オプションの価値が上がる。他方,コーラブル債の価値は,ボラティリティの前提に関係なく市場価格で与えられているので,上記等式が成立するためには,評価モデルから得られるノン・コーラブル債の価値が高くなければならない。ノン・コーラブル債のモデル価値を上げるためには,そのキャッシュフローを現在価値に引き直すために評価モデルで使われる割引率を下げればよいが,国債のイールドカーブに違いがなければ,小さいOASを使う必要があるのである。

3)スプレッドによる債券パフォーマンスの比較

債券のパフォーマンスを比較する際,コーラブル債を比較対象にしなければならない場合,一般に,困難な状況になる。コーラブル債を含む複数の債券を比較する場合,繰上げ償還されるケースとされないケースの双方で,債券すべてのパフォーマンスを比較する必要があるからである。

まず,償還可能期に繰上げ償還されるケースでは,利回りは低下しているはずである。その低下幅が大きいほど,ノン・コーラブル債は価格が大きく上昇し,クーポン・レートに格差があったとしても,そのリターンは高くなる。

また,繰上げ償還されないのは金利が上昇するケースである。この金利上昇幅が大きいほど,ノン・コーラブル債の価格は大きく下落するので,クーポン・レートの格差を勘案しても,そのリターンは低くなる。

このようなケース分けを体系的に行い債券の間の比較を可能にするのが,オプションを考慮に入れたイールド・スプレッドであるOASである。パフォーマンス比較にあたっては,さらにコーラブル債の評価に用いたのと同じ評価モデルによってすべての債券のスプレッドを算出すればよい。このようにして,コーラブル債が割安であるか割高なのかを判断するためにOASが使用される。

 

3-3 OASの分析

一般にOASは,オプションだけでなく,信用リスク・プレミアム(債券の質,と呼ばれるが,正確にはその一部),流動性リスク・プレミアム,ミスプライシングなど様々な要素を含んでいる。そこで,これらの要素を抜き出すよう,研究がなされている。

3-3-1 その他のスプレッド概念との比較

デイビッドソン・サンダース・ウオルフ・チン(Davidson-Sanders-Wolff-Ching) [5]は次の4つのスプレッドを区別した。

i)スタティック・スプレッド(static spread),

ii)ゼロ・スプレッド(zero spread)あるいはゼロ・ボラティリティ・スプレッド(zero volatility spread),

iii)フォワード・スプレッド(forward spread),

iv)OAS。

1)その他のスプレッド

スタティック・スプレッドは当該債券の(最終)利回りからベンチマークの利回りを差し引いた利回りである。ファボッチ・ラムゼイ(Fabozzi-Ramsey)[6]ではノミナル・スプレッド(nominal spread)という用語を使って,この概念を表している。

ゼロ・スプレッドは,ゼロ・スプレッドと現行のゼロクーポン・レートとの和を割引率に用いてキャッシュフローの割引現在価値を計算し,市場価格に一致させるように定義される。

フォワード・スプレッドは,ゼロクーポン・レート  と整合的な将来各期のフォワード・レートに依存した繰上げ償還を推定したキャシュフローを用いて計算したスプレッドである。

2)スプレッドの比較

スタティック・スプレッドとゼロ・スプレッドの差は,繰上げ償還と様々なイールドカーブ調整要素からもたらされる(Davidson-Sanders-Wolff-Ching [5,p.265])。

その結果,債券の満期が短い程(当該債券やベンチマークの信用リスクと流動性リスクが小さくなり),イールドカーブの傾きが緩やかな程(将来のリスク評価格差が小さくなり),この差は小さくなる(Fabozzi-Ramsey [6,p.165])。

そして,ベンチマークの利回りとゼロクーポン・レート(つまり国債ゼロクーポン・レート)が一致すれば,スタティック・スプレッドとゼロ・スプレッドの差はなくなる。

ゼロ・スプレッドとフォワード・スプレッドの差は,Davidson-Sanders-Wolff-Ching [5,p.265]によって,フォワード・コスト(forward cost)と呼ばれ,繰上げ償還の金利感応性に依存する。

3-3-2 オプション・コスト

オプション・コストとは,オプション・プライシング・モデルのどれかを明示的に使って導出されたオプションのコストではなく,債券に付随するオプションをOAS分析の副産物として評価したコスト概念である。

Fabozzi-Ramsey [6]では,ゼロ・スプレッドとOASの差をオプション・コスト呼んだ。しかしながら,最新の研究であるDavidson-Sanders-Wolff-Ching [5]では,オプション・コストをフォワード・スプレッドとOASの差と捉えた。その結果,概念の純粋化がなされている。

 

3-4 OASに関するリスク管理

1)オプション・アジャスティッド・デュレーションとオプション・アジャスティッド・コンベクシティ

OASを考慮することによって,割引率が変わるので,デュレーションもコンベクシティも,計算しなおす必要がある。それらをオプション・アジャスティッド・デュレーション,オプション・アジャスティッド・コンベクシティと呼ぶ。これらは概念的にはエフェクティブ・デュレーションやエフェクティブ・コンベクシティと同じものである。

 ファボッチ・マン(Fabozzi-Mann) [7,P.98]では,そのデュレーション版をスプレッド・デュレーション(spread duration)と呼び,次の(7)式のように定義される。

スプレッド・デュレーション=  (7)

 

OASは上と下に同じベイシス・ポイント変化させるので,その変化幅の2倍が公式の分母に現れている。

コーラブル債とノン・コーラブル債が同一のデュレーションをもつとした場合,コーラブル債のコンベクシティは,ノン・コーラブル債のそれよりも小さい。これはよく知られた価格利回り曲線の図表4から明らかである。図中の両方向矢印はコンベクシティの大きさを示している。コーラブル債の場合オプション・アジャスティッド・コンベクシティは小さくなるという言い方がされる。コンベクシティが小さいほど,金利が低下した時のデュレーションの増加は小さく,金利が上昇した時のデュレーションの減少は小さい。

 

 

 

2)コーラブル債のリスク・ヘッジ

コーラブル債の購入後,金利の先行きが不安になれば,そのポジションをヘッジするために,コーラブル債のポジションを含めたポートフォリオのエフェクティブ・デュレーションがゼロになるように国債先物を売る方法がある。

ちなみに,エフェクティブ・デュレーションをゼロに調整した直後に金利が上昇した場合,コーラブル債のコンベクシティは小さいから,ポートフォリオ・ポジション全体のエフェクティブ・デュレーションは正になる。

しかしながら,注意しなければならないのは,先物にはデリバリー・オプションがあるため先物のコンベクシティは現物のそれよりも小さい,事実がある。さらに,最割安受渡適格銘柄が変化するかもしれない。こうした場合には,この結論は必ずしも成立しない。

3)OASの欠点

OASの欠点としては3つが知られている(Fabozzi-Mann [7,P.97])。利用にあたっては,これらの限界を認識しておかねばならない。

まず第一に,OASは金利モデルやボラティリティの仮定に強く依存し,それらが変ればOASの値は,同じイールドカーブ・データを用いても,簡単に変わってしまう。

第二に,金利ツリーの各ノードに一定値を加えてみると,もはや仮定と矛盾しない金利分布を生み出すことは不可能になる。

第三に,分析対象の証券が満期に近づけば,そのOASは低下し,本来ゼロになるものだが,推定されるOASは推定時点の推定値に止まるのが普通である。

 

4 結語

 

わが国でも,変動金利と固定金利を交換する単純な金利スワップは,従来より,大手だけでなく中小金融機関でも取り扱われ,多くの企業が契約している金融商品である。さらに,15年物変動利付国債が発行された2000年以降は,機関投資家にとって信用リスクのない変動金利商品がさらに身近なものになっている。

それゆえ,リスク管理上,変動金利分析は必須の分析概念であった筈である。しかしながら,これらの分野でリスク管理の必要性が十分認識されているとは思えない。変動利付国債にしても,リスク管理はなおざりに,平成不況期の低金利で運用難に直面している一部機関投資家は競って購入したというのが現実であろう。

そして,証券化証券市場では,投資家は変動金利商品にまったく馴染みがない。そのため,日本では債券市場や証券化証券市場の拡大を制約する一因になっているように思われる。

さらに,2003年3月からは変額金利の個人向け国債(個人向け変動利付き国債)が発行された。購入が個人に制約され,小口の1万円単位で購入できる,換金性が保証されるなどの付加的な要素もあるが,新たなフローターが日本の個人市場に登場した。

フローターの分析技法の確立と普及は緊急のことと考えられる。

 

 

参考文献 

[1]Bartlett, W. W., The Valuation of Mortgage-Backed Securites, Irwin,1994. 

[2]Bierwag, G. O. and Kaufman, G. G., "Durations of Non-Default-Free Securities", Financial Analysts Journal, July/August, 1988, pp.39-46. 

[3]Chance,D.M., "Floating rate notes and immunization", Journal of Financial and Quantitative Analysis, 18, 1983, pp.365-380. 

[4]Chance,D.M., "Default Risk and the Duration of Zero Coupon Bonds", Journal of Finance, XLV,1990, pp.265-274. 

[5]Davidson, A., Sanders, A., Wolff, L-L. and Ching, A., Securitization, Wiley, 2003. 

[6]Fabozzi, F. J. and Ramsey, C., Collateralized Mortgage Obligation, Fank J. Fabozzi Associates, 1999. 

[7]Fabozzi, F.J. and Mann, S. V., Floating-Rate Securities, Frank J. Fabozzi Associates, 2000. 

[8]Kaufold, H. and Smirlock, M., "The Impact of Credit Risk on the Pricing and Duration of Floating-rate Notes", Journal of Banking and Finance, 15, 1991, pp.43-52. 

[9]Livingston, M., Bonds and Bond Derivatives, Blackwell, 1999. 

[10]辰巳憲一「フローターの特徴,構成要素とプライシングの基礎」『学習院大学経済経営研究所年報』,2004年予定。