金慶源女真国書碑 請求番号221/49ア/1, 3

資料情報

金慶源女真国書碑 / 2枚 / 朝鮮慶源女眞字碑


(個別の内容は、左の画像と共に表示)

解説

『金慶源女真国書碑』は、植民地期に朝鮮半島北部、咸鏡北道慶源郡の東原面禾洞にあった寺院跡で発見され、大正7年(1918)に京城(現在のソウル)の朝鮮総督府博物館へ移された。現在は、韓国国立中央博物館の高麗室で展示されている。

この石碑は、高さ175.8cm、幅53.0cm、厚さ40.9cmで、金の熙宗天眷元年(1138)または皇統元年(1141)に建てられたと推定されている。碑身4面とも女真大字のみで、総計575字が楷書で刻まれる。女真大字は、金の太祖、完顔阿骨打の命を受けて、完顔希尹・葉魯らが天輔3年(1119)8月に創製したもので、これまでに女真大字石刻は十件が知られているが、『金慶源女真国書碑』はその中で最古のものと見なされている。

しかし、石碑は上部が折れ、下部も文字の摩滅があることから、文脈を把握するのも容易ではなく、文章の起点の見極めさえ困難になっている。金光平・金啓孮父子は、『女真語言文字研究』(内蒙古大学出版社、1964年)の中で、朝鮮総督府『朝鮮金石総覧』が、4面の刻文を第1面・第2面・第3面・第4面と紹介しているものは、第3面・第4面・第1面・第2面の順に読むべきであると指摘している。なお、本研究所では同じ『金慶源女真国書碑』の拓本を2部所蔵しているが、本拓本は第1面と第3面の2枚のみである。

碑文の内容は、寺院・仏像の建立に関するもので、寄進者の名前を列挙する。当時の仏教の広がりや地域社会を研究するうえで、欠くことのできない資料である。

(吉田)

請求番号221/49ア/1 / 登録番号157313 / 縦191.4cm×横59.9cm / 朝鮮慶源女眞字碑 / 第1面

請求番号221/49ア/3 / 登録番号157314 / 縦172.5cm×横59.8cm / 朝鮮慶源女眞字碑3面 / 第3面