黒木のなんでも掲示板田崎晴明ホームページ

「黒木のなんでも掲示板」における田崎の掲示

ジターリングの力学にむけて

東北大学数学科の「黒木のなんでも掲示板」に私が投稿した記事を共通のテーマでまとめた抜粋です。 原則として初出のままの形ですが、どうしても必要な他の人の記事の引用や注釈を加えたり、掲示板を離れると意味がわからないような部分を削除し、これだけで筋が通るように配慮しました。 各記事の Id ヘッダー行の # から始まる文字列をクリックすると、もとの黒木掲示板のその記事自身にジャンプしますので、前後の様子などを知りたいときにご利用下さい。 (このページでは、記事は上から下に書いた順番に並んでいますが、元の掲示板に行くと、下にあるものほど古いという逆向きの(掲示板では普通の)順番になるのでご注意下さい。)

Id: #a19980825121648
Date: Tue Aug 25 12:16:48 JST 1998
From: 田崎 晴明 <hal.tasaki@gakushuin.ac.jp>
Subject: ジターリング

小学校低学年以上のお子さんがいらっしゃる方はご存じでしょうが、バンダイが雑誌やテレビと結託して子供たちの間に流行らせようとしているのが、ジターリングです。 ハイパーヨーヨー(みなさん、町で小学生がやっているのを見るでしょう?)の柳の下ねらいです。

うちの子が買ってきても興味を示さなかったわたしですが、昨日、ちゃんと回っているところを見たら、急におもしろくなってしまった。

ジターリング (jitter ring) というのは、直径20センチ強のステンレスのわっかに、直径2センチくらいの小さな真鍮のわっかが五つはまっているだけのものです。 真鍮のわっかの穴はやや大きく、かなり「あそび」のあるはまり方です。 もっとも基本的な遊び方をするときは、真鍮のわっかを少し上に持ち上げておいて、親指でえいと回します。 もちろん、このままだとわっかの回転もすぐに止まるし、ステンレスのわっかの一番低いところにだらっと落ちついてしまいます。 ところが、真鍮のわっかを回した直後に、大きなわっかの方を、手でたぐるようにして、中心のまわりによいしょよいしょと回すと(うううん。説明が悪い。現物を見てもらうのが一番。)、あら不思議、真鍮のわっかは、大きなわっかにひっぱらておっこちないばかりか、ジジジジジタアアアア(?)という耳障りな音を発しつつ回転をずっと維持するのです。 結構見ていて、楽しい。 大まかに見れば、おおきなわっかが位置をかえずに回転し、小さなわっかもある高さで位置をかえずに自転し続けるという「定常状態」が実現するわけです。

きのうテレビでジターリングの小特集をやっていて、早稲田の大槻先生が、「原理」を説明していらっしゃいました。 (ぼくは、「先生」廃止論者ですが、大槻先生は目上の面識のない方なので、formal に「先生」と呼ばせていただきます。) おっしゃるには、「いったん回転をはじめた真鍮の輪は回転を続けようとするというのが『慣性の法則』である。 だが、『摩擦』があるので、そのままでは回転はとまる。」 たしかに。 問題は、いかにしてエネルギーを供給して回転を維持するかである。 ぼくは、自分なりの解釈があったので、興味を持ってきいたが、大槻説によれば、

「フラフープの原理」を応用して、「遠心力」の力で、回転を維持する
のだそうです。

「フラフープの原理」って、なんだ? (「ジターリングの原理」の応用が、「フラフープの原理」じゃないことだけは確かですが。)

公然と批判させていただきますが(早稲田の物理の方がご覧になっていたら、大槻先生に連絡してね)、こういう説明はよくない。 (テレビは、好きにしゃべらせてくれないという話はよく聞きますが。)

第一に、専門用語(らしきもの)を並べれば、学術的な説明になるという明らかに間違った態度が感じれること。 世の中の現象一つ一つに、「なんとかの原理」、「なんとか力」、「なんとか効果」と命名していくのが自然科学じゃない。 もちろん、大槻先生がそういう誤解を持っておられるはずはないけれど、そういう誤解を少しでも助長するような説明は極力やめるべきだと思っている。 (Inellectual IMPOSTURES のターゲットが生まれる一つの背景だと思う。)

第二に、ぼくには、これでは説明になっていないと思える。 だいたい、「フラフープの原理」というのは、正直な話、わからない。 フラフープを回したことはないけれど、あれは、結構難しいと聞く。 わっかがうまく回転する周期で、たくみに腰をふらないといけないし、わっかが落ちないように、うまく上向きの力を加えているはず。 それと、同じことをジターリングでやっているとは思えない。 造語(成語で、ぼくが知らないだけかもしれませんが)を使われるのではなく、ジターリングが回転するわけを簡単に説明された上で、フラフープとは・・・と言う点が似ていて、・・・というところは違う、とおっしゃっていただきたいと思います。

ぼく自身が、大槻先生のテレビを見る前にたてていた仮説は、もうちょっと説得力があるかなと思っています。でも、まだ決定的ではないです。(技術が低いので、あまり実験ができない。) 今は、書いている暇がないので、あとで書きましょう。 興味のある方は、ジターリングの機構を考えてみて下さい。


Id: #a19980826143411
Date: Wed Aug 26 14:34:11 JST 1998
From: 田崎 晴明 <hal.tasaki@gakushuin.ac.jp>
Subject: ジターリング

ジターリングについての書き込みへの反響はないですが、めげずに、ぼくが、ジターリングが回っているのをはじめて見て咄嗟に作った説明を書きます。 まず確認すべきことは、ジターリングには右利き用も左利き用もなく、輪には螺旋模様などの対称性を破る細工は一切ないということです。 「ねじ回しの原理(?)」で回るといった説明はできません。

ほんもののジターリングでは、直径2センチの真鍮の輪が直径20センチ強のステンレスの輪にはまっているのですが、仮に、ステンレスのまっすぐな長い棒に同じ真鍮の輪がはまっていたとします。 垂直に(あるいは斜めに)立てたステンレスの棒に沿って真鍮の輪を落とすことを考えます。 輪が回転せずに棒をこすりながらまっすぐ落ちていくという解がありますが、滑り摩擦がある程度以上大きいと、こういう解は不安定になり、真鍮の輪は棒のまわりをぐるりぐるりと右回りか左回りに螺旋を描きながら落ちていく解が安定になると期待されます。 (付記:後で考えると、「まっすぐ落ちる解が不安定になる」というのは言い過ぎでした。要するに、回って巻き付きながら落ちる解が安定になれば十分な訳ですから。) このように真鍮の輪が螺旋を描きつつ一定の速さで落下していく状況を、真鍮の輪と同じ速さで落下しながら見たらどうなるでしょう? 真鍮の輪は、ほぼ一カ所で回転を続け、ステンレスの輪が一定の速さで上向きに運動しているように見えます。 これこそ、説明したかったふるまいです。 ジターリングで真鍮の輪が安定して回転を続けるというのは、ステンレスの輪を上へ上へとたぐることで、ちょうどこういう状況を再現したことになっているのではないかという説明です。

この理屈でいけば、フラフープの場合のように、適切な周期で系に力を加える必要はないということになります。 実際に回してみても、ステンレスの輪を、なるべくぶれないように回しても、真鍮の輪の回転は安定しているので、周期的な力は必要ないと感じられます。 そもそも、真鍮の輪の回転の周期は極めて短く、それを外からの力で引き起こして増幅しているとは極めて考えにくいです。 大槻先生の「フラフープの原理」の真意を是非お聞きしたいものです。 (早稲田の物理の方、ご覧になっていませんか?)

ぼくの説明を指示する実験事実としては、

ということが挙げられます。

これで、説明として完璧かというと、実際にジジジジタアアアと回しながら眺めていると、何となく何かを見落としているような気がします。 それが何なのかは、全くわかりません。 根拠はないのですが、どうも真鍮の輪の回転が速すぎるような気が漠然とします。 ぼくの実験技術では、「基本的な回し方」しかできず、そのままステンレスの輪を横にすると真鍮の輪の回転は止まってしまいます。 これは、ぼくの理屈とは整合しているのですが、バンダイのページを見ると、次の段階のテクニックとして「リングを水平にして回す」というのが出ているではありませんか!! 今のところぼくの実験ではこれは再現されていませんが、要するに下手なだけの話です。 実際に水平に回しているところを観察してみないと何とも言えませんが、実験が未熟な間しか通用しない理屈では困りものです。 腕を磨いて(息子に腕を磨いてもらって)実験結果を増やして、もっと考えなくてはいけないと思います。

おもちゃ好きのみなさんや、小学生のお子さんがいるみなさんは、ジターリングを買ってきて、理屈を考えられてみてはいかがでしょう?


Id: #a19980826182205
Date: Wed Aug 26 18:22:05 JST 1998
From: 田崎 晴明 <hal.tasaki@gakushuin.ac.jp>
Subject: 再度ジターリング

ジターリングの基本操作の次の段階の「水平回し」の技「ローラーコースター」を息子ともども会得しました。 この前に書いたときは、この技の主旨がわかっていなくて、ぼくの説明と矛盾すると思ったのですが、内容がわかってやってみるとそうではありませんでした。 「ローラーコースター」では、ステンレスのリングは回転させずに、うまく傾斜をつけてやって、真鍮の輪が低い方に落ちていくようにします。 そうすると、やはり傾斜がゆるいほど真鍮の回転周期は長いという予想どうりの振る舞いを示しました。

というわけで、前回の掲示のメカニズムでほぼ正しいと思えてきました。 ただし、ステンレスの棒に沿って滑り落ちるのは不安定というのは嘘のようです。 別にそういう解は不安定ではなくてもいいわけで、他に、ぐるぐる巻き付きながら落ちていく解が存在するということが本質的です。 こういう運動を少し詳しく見ると(図を描かないと苦しい)、重力と摩擦が回転を維持する力を与えることがわかります。


Id: #a19980827160816
Date: Thu Aug 27 16:08:16 JST 1998
From: 田崎 晴明 <hal.tasaki@gakushuin.ac.jp>
Subject: 今日もジターリング

牧野さん、
一人で細々と続けていた物理おもちゃネタへのフォローありがとうございます。

フラフープの輪でも、体を止めたらやはり「巻き付きながら落ちていく」運動をしますよね(と、見てきたようなことをいっていますが、昔のニュース映画かなにかをつかったテレビ番組でそういうシーン、つまり、下手な人がやって足元に落ちていってしまうところを見たことがあるような気がします)。
大槻氏の「フラフープの原理」というのがそのことを指していっているのであれば、田崎さんの説明と矛盾はしていないのではないかと思います。
それはそうで、好意的に広く解釈すれば、なんとかなります。 ただ、そういう事が頭にあって、かつフラフープを持ち出したいなら、
フラフープというのがありますね。 人が回しているのを見ると簡単そうだけれど、実際回してみると難しいものです。 勢いをつけて回しはじめても、何もしないで立っていると、フラフープは体に巻き付きながらぐるぐると回って落ちていってしまいます。 仮にわたしがものすごく胴長だとしますと、このフラフープはわたしの長い胴に巻き付いてぐるぐると回りながらどこまでもどこまでも(胴の続く限り)落ち続けていくでしょう。 そこで、フラフープが落ちていくのとちょうど同じ速さでわたしが長い胴をどんどん上に持ち上げることにしたらどうなると思いますか? フラフープは、ほぼ一カ所に止まってぐるぐると回り、わたしの胴はどんどん上に上がっていく。 これが、ジターリングの原理ですよ。 フラフープを真鍮の輪に、わたしの胴をステンレスの輪に置き換えて見て下さい。 やたら長い胴体のかわりに、ステンレスをわっかにして、いつまでも上へ上へと動いていくようにしているわけですね。
とかいった説明をした方が、慣性だ摩擦だというよりもずっとわかりやすい。 科学的な考え方というのは普遍性を軸にした想像力の広がりであって、単に用語を並べるものではないということが伝わると思います。

フラフープの場合は、重力がないところでは、輪を落とす心配なく、より快適に遊べると思います。 ジターリングは、重力を利用して回しているので、無重力の場所では遊べないと思われます。 これは、本質的な違いです。

以下は、やや専門的:
ぼくのもっともラフな説明では、ステンレスの棒に巻き付きながら真鍮の輪が転がり落ちる際には、ステンレス棒が鉛直方向となす角度に応じて、終端速度と真鍮の輪の回転周期が一意的に定まると考えています。 (ステンレス棒が鉛直にたっているときには、棒と真鍮の輪の接点が静止するような回転座標系にうつれば、定常解が求められるような気がします。 ななめの場合は、手でやるのは難しい。) 実際にステンレスのリングを回すときには、ステンレスの棒の動く速さが先ず決まるので、それにちょうど等しい終端速度を持つ角度のところまで真鍮の輪が自発的に移動していく事になります。

真鍮の輪を一つだけ回して観察する一体問題の範囲内では、定性的にはこの説明でほとんどうまくいっているように見えます。 しかし、ほんもののジターリングには、真鍮の輪が五つはまっています。 一体問題の延長で考えると、全ての真鍮の輪が、回転速度に応じて決まる一つの位置に集まろうとして破綻するように思えます。 しかし、ちゃんと回してみると、五つの輪がほぼ等間隔に並んで、きれいに回り続けます。 そうかと思うと、一つと四つのクラスターに分離して回ったりもします。 こうなってくると、真鍮の輪どうしの相互作用による多くの定常状態の住み分けといった高級なことが起きている可能性もあります。 ちょっと違う多体効果としては、たとえば、回し始めに失敗して、四つが回っていて一つが回り損なって下でだらっと静止しているときにも、何かの加減で回っているのとうまく接触すると、ちゃんと引き込まれて五つとも回り始めたりといった現象も見られます。 ぼくには出来ない高級テクニックでは、真鍮の輪をわざわざ指で回さないでも、系全体にショックを与えてやってからステンレスの棒を回すと、自発的に真鍮の輪がそろって回り出すなんていうのもあるみたいです。 これが本当なら、定常状態はかなり広い basin of attraction (そこから出発すると考えている定常状態に落ち込んでいくような初期状態の集合。日本語訳は知らない。)を持っていることになります。

当分、楽しめそうです。 (熱力学の講義ノートは大詰めに来て問題百出で、猛烈に大変になってきたのではありますが。)


Id: #a19980827183843
Date: Thu Aug 27 18:38:43 JST 1998
From: 田崎 晴明 <hal.tasaki@gakushuin.ac.jp>
Subject: 盛り上がる(?)ジターリング

牧野さん、

私は東急本店から駒場まで戻る間にローラーコースターの奥義を会得したので、まあ、そんなものです。
うむむむ。 (あのへんの道を歩きながら、ジタアアアアとやられていたわけでしょうか? 若干、あやしいような。) ぼくが、ローラーコースターに到達するのにどれだけ時間がかかったかは、掲示板の記事をさかのぼるとばれてしまうのだった。

ひとつだけ言い訳をしておくと、ジターリング本体に付いている説明書はおそろしくいい加減で、ほとんど説明が書いてありません。 基本テクニックのこつも書いてないし、ローラーコースターに至っては、「水平にして回す」としか書いていない。 これじゃ、わかんない。 うちの息子は、買ってから何日か全然回せなくて、テレビで秘訣を聞いたらすぐに回せたみたい。

goo で「ジターリング」と打ち込んだら、やたらいっぱいひっかかったので、二つだけ覗いてみたけれど、ジターリングゾーンというページには、割とていねいに技の説明が書いてあった。 八木さん、バンダイの回し者みたいにはなりたくないけれど、こういうのを見れば、初歩の技は確実にできるはずです。 (基本の回し方の秘訣の一つは、五つを一度に回そうと思わず、五つ重ねた内の下の三つくらいを回すことだそうです。 後は、ビーズどうしの相互作用が面倒をみてくれます。)


Id: #a19980829153501
Date: Sat Aug 29 15:35:01 JST 1998
From: 田崎 <hal.tasaki@gakushuin.ac.jp>
Subject: すばやい牧野さん

牧野さん、瞬時にして、技をマスターし、web pages まで作るすばやさには、脱帽です。

ぼくは、軌道の形や、摩擦、重力、遠心力の役割をはっきりさせた力学をやってみたいと思っていますが、時間がない。 (会議もないし。) 細かいことをいうと、実際には、ビーズはほぼ静止しているので、空気抵抗をこういう感じでいれるのには、やや抵抗があります。


Id: #a19980829155559
Date: Sat Aug 29 15:55:59 JST 1998
From: 田崎
Subject: 修正

違った。 ひっかかったのは、空気抵抗の入り方ではなく、空気抵抗が主な散逸という点です。 ジタアアアアとこすれているわけなので、なんとなく、空気よりも摩擦が主な気がしていました。 深い理由はありません。 (真空のところに行って回してくればわかりますね。)
Id: #a19980830153836
Date: Sun Aug 30 15:38:36 JST 1998
From: たざき
Subject: じたあ

ジターリングは、たとえばアメリカンクラッカーみたいな、 やたらうるさいおもちゃではありません。 他人が音楽をきいたり勉強したりしているすぐ横でやるのは気がひけるという程度。

たしか定価2500円。 ローカルですが、池袋ビックカメラでは、1750円(+消費税)でした。


Id: #a19980831164529
Date: Mon Aug 31 16:45:29 JST 1998
From: 田崎 晴明 <hal.tasaki@gakushuin.ac.jp>
Subject: ジターリングの力学

夜中に目が覚めたので、ジターリングの力学の課題をやってしまいました。 ドーナッツ型の薄い板一つが鉛直な棒にからみついて回りながら落ちていく定常解を求めました。 重力、棒からの効力、棒との摩擦力、遠心力を考慮し、力とトルクのつり合いの関係を使うと、落下速度に応じて定常解が一つ定まります。 (棒と輪の接点が静止するような回転座標系に移って考えています。) さらにわずかな回転の減衰を考慮してやると、これらの解の中で落下速度が最大のもののみが安定であるという結論がでます。 重力が回転の減衰をくい止める機構もちゃんと見えます。 摩擦係数が大きいほど、わっかの(水平からの)傾きは大きくなり、落下速度は速くなり、回転数は少なくなることが予言されますが、これは、ジターリングのメンテナンスのしかたで「リングをざらざらにすると、ビーズの回転はゆっくりになる」と書いてあるのとつじつまがあっています。

けっこう楽しめたので、その内まとめようと思います。 (終わらなかった夏休みの宿題を抱えまくっているので、いつになることか・・)

実験の方は、Over the Falls というリングを回転させる技(しょせんは子供でもすいすいできる初級テクニックだけどね)がほぼ完成しつつあるところ。 理論は遅れている。


Id: #a19980831181136
Date: Mon Aug 31 18:11:36 JST 1998
From: 田崎
Subject: ジター力学

牧野さん、
定常解では、すべらずに棒の表面にそって「転がって」いきます。 もっとも落下速度の速い定常解が安定化する機構を考えるときに、ちょこっとだけすべらせます。
Id: #a19980901092007
Date: Tue Sep 1 09:20:07 JST 1998
From: 田崎 晴明 <hal.tasaki@gakushuin.ac.jp>
Subject: ジターリング力学(訂正)

はじめから、細かい話ですみません。 前の掲示では定常解の解釈を少し誤っていました。 リングとビーズが一点で接触しているという理想化の範囲では、定常解は、ビーズがまったく滑り落ちないものしかありません。 わずかな散逸を考えれば、許される中で回転数の一番小さい解に到達し、すべりが生じて回転が加速されるというシナリオは前に書いたとおり。 回転数は予言可能でも、すべる速さについては予言不可能な理論です。 熱力学のノートが一段落したら、ちゃんと計算し直してまとめてみます。(これ以上、考え違いがないといいな。)


Id: #a19980901113914
Date: Tue Sep 1 11:39:14 JST 1998
From: 田崎 晴明 <hal.tasaki@gakushuin.ac.jp>
Subject: はじまったばかりのジターリング力学

牧野さん、

そのへんは、大切なポイントだと思います。 ビーズを厚みのないドーナツ状の板としたモデルで、トルクのつり合いを計算していくと、(計算間違いがなければ)すべらない限りは落ちない定常解しかでて来ないようです。 たしかに、厚みを入れて対称性を破ると他の解が出てくる可能性もあります。 (いい加減に考えると、単純に厚みを足しただけでは、ダメみたいに思えるのですが、本当に確かめるには、トルクのつり合いの計算をちゃんとしないといけない。 これは、パラメターも増えてくるし、かなり面倒になりそうです。)

実際のビーズにはかなりの厚みがあるわけですし、接触部分だって点のわけはありません。 ただ、ジターリングを回しながら眺めていると、ビーズの回転が非常に速い割には、リングをひっぱりあげるスピードはそんなんに速くないなあといういい加減な感触があります。 とすると、第ゼロ近似としてぎりぎり落っこちない定常解を持ってきて、それが、わずかずつ滑っていくという解釈である程度現実が理解できないだろうか、と漠然と思うわけです。


牧野さんなどなどの読者には釈迦に説法ですが、幅広い読者を想定した動機の説明:

リング、ビーズの素材、形状、密度などは全て測定可能で、かつ、これらの運動は(空気抵抗や摩擦をうまく加味した) Newton の運動方程式でほぼ完全に記述されるはずです。 だから、コンピューターにこれらのデータを入力して、方程式を解かせれば、ジターリングを回している状況を再現することは可能なはずです。 ならば、ぼくは(忙しいと言っているくせに)なぜわざわざ計算用紙を使ってトルクのつり合いだの定常解だのを求めるのか?

それは、コンピューターの中にジターリングを再現してそれが回っているのを見ても、ほとんど面白くない、少しも利口になった気がしないからです。 実際に回るということは、高価なコンピューターを使わなくても、定価2500円の現物を買ってきてちょっと練習すればすぐに確認できるのですから。 (ぼくは、コンピューターに依存した物理の「理論」研究に批判的な発言を繰り返しているので、一部の物理の人たちにはコンピュータ嫌いとして知られています。 とはいっても、要は使い方次第で、馬鹿な使い方もあれば、賢くて有効な使い方もあることは理解しているつもりです。)

そうすると、定常解などの手計算をするのも馬鹿らしいという気がするかもしれませんが、そうではないと願っています。 ジターリングはなぜ回るのかが全く気にならない場合はいいですが、多少なりともその機構が気になったときに、

Newton 方程式の解の中に、ビーズがリングの回りを回るものがあるからだよ
と答えられ(かつ、「ほらこれが証拠だ」とコンピューターシミュレーションを見せられ)ても、ちっとも面白くない。 こういう「面白い動き」が安定に存在しているということは、もう少し具体的でかつ普遍的な何らかのメカニズムがあるはずだと思いたい。 物理が好きな人間は、新しい面白い現象に出会うと、半ば本能的に、その現象を支配している(というのが普通の語法ですが、ぼくは「その現象に宿っている」という言い方をしたい)普遍的な機構を探ろうとするのです。 現実の世界を出発点にして、そこに宿っている普遍的な機構を抽出し、科学の論理で明確に理解したい。 それがうまくいけば、何となく利口になった気がして、満足するのです。

そのような抽出を行うための戦略の一つが、今ぼくが行っているような理想化の手続きです。 ジターリングの場合なら、

リングをまっすぐな棒にして、ビーズを平らなドーナツにしてみて、果たしてジターリングと同じふるまいをするか? するならば、それを引き起こす機構は何か? 本物と似たような動きがみつかれば、実際と比較して、本当にその機構が現実のジターリングにも「宿って」いるかを再検討し・・・
ということをやってみようというわけです。 これでうまくいくかもしれないし、ダメかもしれません。 (ダメな可能性の方が高い。) その内に飽きてやめてしまうかもしれない。 でも、面白いと思える間は、ダメでも色々と考えて(楽しんで)しまうのが、物理好きの習性のようです。

(ぼく自身の本業の研究への取り組み方も、基本的には、こういう感じです。)


Id: #a19980901151451
Date: Tue Sep 1 15:14:51 JST 1998
From: 田崎 晴明 <hal.tasaki@gakushuin.ac.jp>
Subject: 「計算機嫌い」の言うことなので極端なのだ

さっきのは、既存のデータを全部ぶっこんで力づくで計算して「どうだ」という仮想的な計算機の使い方を想定して書きました。 もちろん簡単だとはまったく思っていませんが、そういうものは、原理的につまらないということです。 ジターリングのミニマムモデルを作って、計算機で諸現象を再現するというのは、別の話。 頭を使う営みだと思います。

詳しい実験データがほしいというのは同感。 それがなければ、モデル化の正当性も決してわからない。 うまくモーターか何かで定速でリングをまわして、高速度撮影して・・ ぼくには、できそうもない。 どなたかやってくれないかな?


Id: #a19980907161841
Date: Mon Sep 7 16:18:41 JST 1998
From: 田崎 晴明 <hal.tasaki@gakushuin.ac.jp>
Subject: ジターリングの謎

牧野さん、はまださん、
ぼくも Yahoo で jitter ring を検索したら、ほとんど何もひっかからなくて、不思議に思っていました。 バンダイのページでも、コロコロコミック(小学生の男の子がいないと絶対知らないね)でも、ハワイから来たと紹介していたのですが。 デモンストレーション集団 TJR (チーム・ジターリング)だって、ハワイを中心に活動と書いてある。 でも、コロコロには、おねえちゃんの出身地はオーストラリアと書いてあったような気もするなあ。 ニュージーランドとオーストラリアなら、まあ、近い。

ときに、バンダイのページにも登場している TJR のソロモン・フレイザーさんは、かつての水晶玉おやじと十分勝負できる怪しさである。 35歳という年齢を見るだに、(他人事ながら)ジターリングのブームが去ったときの再就職とか大丈夫なのかなと心配になります。 (ハイパーヨーヨーの中村名人(知らないか?)にも同様の心配をしてしまう。)


Id: #a19980918094136
Date: Fri Sep 18 09:41:36 JST 1998
From: 田崎 晴明 <hal.tasaki@gakushuin.ac.jp>
Subject: 講義中はジター禁止

林さんどうも。 でも、講義中は、ジターリング禁止でっせ。

物理内輪の話になります。 何年か、一年生に力学を教えていたのですが、年を追うごとに最初の基礎的なところの理解を徹底させようとして、微分や積分の技術的なところも含めて丁寧にやるようになっていき、結果として剛体の回転あたりはどんどん貧弱になっていく。 無数の質点からできている(とモデル化する)剛体の運動が、重心の運動方程式と角運動量の運動方程式というたった二つの方程式で厳密に記述されると言うのは、実用的にも重要なだけでなく、古典力学の中での普遍性の際だった例なので、これが教えられなくなってきたのは非常につらいです。 ぼくが作ったジターリングの定常解(先日、長時間拘束される事がありまして、その際に厚みのあるリングの計算もやりました。やはり、斜めに転がる定常解はなさそうです。)の説明をすることを考えても、みかけの力は教えているので、ビーズとリングの接点が静止する座標系では遠心力が働くというところは OK ですが、そのあと、ビーズが傾かずに回転を続ける条件をトルクのつり合いから求めるところはぼくの力学だけではカバーされていないのでした。


Id: #a19981007091014
Date: Wed Oct 7 09:10:14 JST 1998
From: 田崎 晴明 <hal.tasaki@gakushuin.ac.jp>
Subject: ついにジターリング界の有名人も登場!

田窪さん、はじめまして。 この掲示板に最初にジターリングの事を書いた田崎と申します。 ジターリング界の有名人のご登場に驚きあせっております。 田窪さんのページは、ジターリングの力学を考えるときも、とても参考になりました。

私は、超・初歩の技と、自動車運転技能を活かしたオリジナルトリック「送りハンドル」、「正しいハンドル操作」(誰でもできるか・・)くらいしかできない超初心者で、練習する暇もあまりないのですが、なんとなくジターリングが気に入っています。 力学の計算も前よりも詳しくやったので、いずれ、解説的なものを書きたいと思っていますが、いつになることか。 今は時間がないので、ごあいさつまで。


Id: #a19981007145849
Date: Wed Oct 7 14:58:49 JST 1998
From: 田崎 晴明 <hal.tasaki@gakushuin.ac.jp>
Subject: ジターリング力学

きくちさん、
おいらも今がんばって計算を試みてるので、
それは頼もしい。 その内、結果を付き合わせてみましょう。 といっても、ぼくもちょろっと計算しただけなんだけど。

ところで、慶応の能勢さんのところでジターリングの実験をやってたらしいって菊池さんがご自分の掲示板に書かれていましたが、どれくらい結果を出したのか知りたいですね。 誰か詳しい人はいないかな。 (この掲示板を読んでいれば返事するはずだしな・・ ぼくは、能勢さんには一度会って話したことはあるけど。)


Id: #a19981008125032
Date: Thu Oct 8 12:50:32 JST 1998
From: 田崎 晴明 <hal.tasaki@gakushuin.ac.jp>
Subject: なんか菊池さんとのかけあいになってる

きくちさん、
剛体ってむずかしいの
ほんとにそう思います。 ぼくも、一定速度で滑り落ちながら回っている定常解しかちゃんとできてません。 回転速度が一番小さい定常解が安定化するという予想なんですが、それをやるところで、 定常解から半歩踏み出してちゃんと運動方程式を見る必要があるのですが、そこは完全にはやっていません。 今までやった範囲は、誰がやっても同じ結果になるだろうなと思える内容です。
昨日、熱力学の講義ノートの原稿を印刷屋さんに取りに来てもらったので、とにかく学生さんに配る分は二週間弱で出来上がるはず。 興味のある人たちに送ることのできる体制になったら宣伝します。 これで、手が空くかというと、実は今回印刷するのは「こだわり版」の前半でしかなく、この後「こだわり版」の後半、教育的配慮をするかわりに厳密に考えるとちょっとごまかしのある「普及版」を書く予定なのでした。
Id: #a19981008183958
Date: Thu Oct 8 18:39:58 JST 1998
From: 田崎 晴明 <hal.tasaki@gakushuin.ac.jp>
Subject: スーパーソニック

栗原さん、

ブーメランができるとは、すごい! やっぱ、ジターは理屈より技ですから、ぼくなど超・恥ずかしい限り。

この間、ようやくバンダイのジターリングビデオを買ってもらえて、はじめてスーパーソニックを見て、「おおおっ、これは」と思い、ここに書かねばと思っていたところでした。 スーパーソニックは、ぼくの考えている仕組みで、ちゃんと理解できます。 しかも、この技は昔牧野さんが言われた「無重量状態でジターを回す方法」の一例だと思います。

昔説明を書いたように、ビーズが回り続けるのは、

ビーズは回りながら、ある方向に落ちていく。 リングをそれと逆方向にたぐると、ビーズは一カ所にとまって、安定して回りはじめて、じたあああと気持ちがいい。
という風に理解できます。 普通の(ぼくに出来る)回し方では、ビーズは重力にひっぱられて落ちようとするわけですが、スーパーソニックの場合には、いわゆる遠心力がビーズを「落とそうと」する役割を果たしていると思います。

スーパーソニックをやるときは(ぼくはできないけど)、二つの手で作った小さめの円を軸にして、軸に接するようにしてリングをぐるぐると高速で回転させますよね。 ここで、カメラを回転する台にのせて、手で作った軸を中心にぐるぐると、リングと一緒に回るような細工をして、リングとビーズの様子を撮影することを想像してみます。(実際にやるのは苦しそう。) 当然、リングは一カ所にとまって見えます。 手で作った軸も、位置は変わらないのですが、(回っているカメラから撮っている以上)中心の回りにぐるぐると回って見えるはずです。 リングが接している軸が回っているということは、このカメラから見ても、ちゃんとリングは「上」へ「上」へとたぐられていることになります! (軸を回すことでリングをたぐるというのは、田窪さんのこのページの下のほうにあるジタルンデス初号機(これは昨日知った。すごい!)と同じ原理ですね。)

では、ビーズはどうなるかというと、力学で習うように、回転するカメラで撮影した世界での運動は、全ての物に外へ外へと引っ張られるような力(遠心力という「見かけの力」)が働いていると思って説明できます。 仮に、リングがいつでも手の「下」に見えるように撮影したとすると、ビーズは遠心力によっていつでも「下」に落ちようとするでしょう。 つまり、重力が遠心力に置き換わっただけで、普通のザ・ジターのときとだいたい同じ事が起きていると考えられるわけです。

説明になっていますか?

この説明が正しいとすると、リングをひっかける軸を二つの手で作るというのには、大切な意味があるということになります。 軸の半径があまり小さいと、回転速度をあげても、リングをたぐり「上げる」スピードが遅くなってしまいます。 二つの手で大きめの半径の軸を作ることで、速いたぐり「上げ」を実現し、ビーズを安定して回しているのだと想像できます。 とすると、二つの手をすぼめたり、一つの指の回りに回したりということをすると、スーパーソニックはうまくいかなくなるのではないかと思われます。

なんせ、回す方は超・へなちょこなので、理屈をこねても、本当かどうかは確かめられません。 (ローラーコースターが出来なかった頃があって、その頃は、ローラーコースターはぼくの理屈では説明できないんじゃないかと焦っていた。 できるようになってみたら、大丈夫だった。) 栗原さん、(あるいは、他の slinger のみなさん)実際にはどうなっているでしょう?


Id: #a19981027164032
Date: Tue Oct 27 16:40:32 JST 1998
From: 田崎 晴明 <hal.tasaki@gakushuin.ac.jp>
Subject: 報告

(一部略)

ところで、この前の日曜に幕張でジターリングの初の国内大会があって、 この前この掲示板に書き込まれた田窪さんは、全国で5位かなんかだったそうです。 我々へたっぴにとっては神にも近い存在ですね。 ぼくは、ちょっとずつ練習して、The Slinger (初級)の10の技は一応出来るように なりました。 八木さんはどうですか?


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