フードサービス業界における顧客情報収集と情報テクノロジーの今後

 

上田 隆穂

 

 

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情報化に関する戦略は,情報を収集することと情報を伝えることの2つの要素から成り立つ。つまり情報を「集める(この中には集めた情報から有用なナレッジを取り出すことも含む)」ことと「撒く」ことである。本研究では,まず現在の経営環境と情報戦略との関わり合いを述べた後,情報を収集することと情報を伝えることの両者の概要と戦略的重要性について整理する。そして特に主題として扱っている情報の収集とそのナレッジを取り出す最新のテクノロジーに焦点を当ててマーケティング視点から解説を行う。

 

1.現在の経営環境と情報戦略との関わり:デフレ環境とインターネットの発達

 

(1)デフレ経済下における情報戦略

現在のビジネス環境は大きな変化のただ中にある。バブル崩壊後の1990年代は失われた10年とも言われ,21世紀になる今もデフレが続き,厳しい環境にある。フードサービス業においては,食の外部化比率(広義の外食産業市場規模を年間の食品・食料支出額で除した割合:1995~2000年で41.4,41.8,42.6,42.9,43.4,45.1の推移が見られる1)の上昇と店舗数の増加により,外食産業市場全体の規模は1997年まで微増の傾向にあった。しかしながら,1998年より漸減の傾向を見せ,1997年の29兆743億円から2002年には,25兆5749億円にまで落ち込んでいる2。当然ながら既存店ベースでは,さらに事情は悪く,デフレによる客単価の下落も加わり,大きな落ち込みの状態が続いている3

このようなデフレ経済環境下においては,マーケティング自体も変化しなければならない。法政大学の田中教授(2003)によると次のようになる。バブル崩壊以前の拡大する経済下におけるマーケティングの役割は,『買ってもらえそうな人がいるときに,その人を見つけて買ってもらうこと』というように,効率的な市場セグメントを見つけて,ターゲットを設定することが中心であった。つまり『売れるべくして売れる状態のときに,さらに売れるようにする』仕組みが中心であった。しかしながら,デフレ経済下では,消費意欲は低下して財布の紐は堅くなる。従って,持続性が高い効果的な『売れ続ける仕組み』をつくることこそ必要になって【316頁】くるのである4。具体的に言えば,『売れるところに売るマーケティングから売れないところでも売れるようにする創造的なマーケティングへの変質』が必要とされるようになっている。

フードサービス業で考えると「利益の上がりそうな地域へ,出店コストを抑え,効率的に出店する」だけではなく,消費者の気づかない新たなフードサービス業態開発や既存業態における新たなメニュー,サービスを創造し,効果的なコミュニケーションを既存顧客および潜在顧客に対して行う必要があると言えよう。

ではそのためには,どのような情報戦略が必要なのであろうか。つまり集めるべき情報の質の変化,情報の解釈と戦略への活かし方の変化にどのように対応するかがポイントとなる。 

 

(2)インターネットの発達と情報戦略

周知のごとく,現在ではインターネットの凄まじい勢いでの普及とそれらを利用したビジネスの広がりを観察できる。それに伴いインターネットを通しての情報収集および情報伝達の重要度が上昇している。

 

Webサイトコミュニティの隆盛

情報収集の観点からみると観察による情報収集が,インターネット上のWebサイトコミュニティの成立により一層容易かつ有効になっている。Webサイトコミュニティとは,多くのインターネットユーザーが共通の関心事に対してWeb上のコミュニティにおいて相互作用をしながら意見を交換する場である。ここには意見を出さずただ参加者の意見のやりとりを見るだけのROMRead Only User)も数多く存在している。従来型の観察手法については,事例として,TOTOの大型衛生陶器であるシャンプードレッサーのヒットなどがある。TOTOははじめ,小物洗いのできる大型洗面台として売り出したが,多くの家庭で若い娘が朝,髪洗いを始めたという情報を掴んだ。そこで手軽に髪洗いができるというコンセプトを中心にシャンプードレッサーとして大々的に売り出すことによって,大ヒットを飛ばすことに成功した。

このような従来型の観察手法を用いることは,モニター制度により可能であるが,Webサイトコミュニティがインターネット上にできると格段に広範囲でしかも低コストで観察が可能となる。これらの情報は,仮説を持って採られたアンケートとは異なり,仮説設定では捉えきれない広範囲な情報を含んでいる。その意味で消費者の潜在意識を含んだ情報が含まれていると考えてよく,とりとめない会話から潜在的な利用者のニーズを発見できる可能性を含んでいる。加えて,『ネットはサイレント・マジョリティの声を顕在化させる』(村本他 2003)5と言われるように通常ならば意見表明しない多くの人々が積極的に参加して意見を述べる傾向がある。多くのフードサービス業においてアンケート用紙を店舗においても決して答えてくれない,どちらかといえば典型的なユーザーである人々の意見をWebサイトコミュニティから得られる可能性が大きい。ここに潜在情報を顕在化する可能性が存在する。

この様なWebサイトの仕組みは,化粧品サイトである@コスメなどに観察され,また多くの化粧品ユーザーが,このWebサイトの書き込みを参考に,化粧品に関する学習を行っている様子も観察できる。従って,フードサービス業に従事する企業にとってもこのようなサイト317頁】を創造すれば消費者行動や意識の観察に関してWebサイトは情報の宝庫となる。Webサイトコミュニティは,一般的に当事者である企業や独立系サイトのみならず,ユーザーの主催するサイトも数多い。

シルバー世代にはインターネットは関係がないという考えがあるかも知れな。しかしながら,現在,そのシルバー世代にもインターネットは,かなり浸透しだしている。シルバー世代がインターネットを利用しないのではなく,単に普及開始が遅く,普及スピードが遅いだけと言った方があてはまるだろう。また時間の推移と共にインターネットのヘビーユーザーがシルバー世代に突入していくため,シルバー世代へのインターネットの普及はまもなくだと思われる。

以上述べたWebサイトコミュニティ隆盛の結果,新たに発生する問題点がある。それは,「情報量の膨大化」と入手できる「情報形式の問題」である。Webサイトでは,ある情報の発信源からピラミッド型の階層構造で情報が分岐して伝達されていくというプロセスではなく,参加者の相互作用(インタラクション)が起こる「多数者対多数者」(多対多)のネットワーク構造をとるコミュニケーションが中心である6。このため,膨大な数の情報流が生じることになる。これに加えてWebサイトで観察する情報は,会話型の文字情報であり,数値での回答を得るアンケートとは異なり,その処理の困難さの程度がはるかに大きい。ここでこれらに関して,不要な情報のスクリーニングを含め,有用な情報を取り出す処理システムが必要となる。

 

口コミの爆発的増加

インターネット増加は,Webサイトコミュニティの隆盛と共にまた口コミの爆発的な増加を生み出す。インターネットの情報を取りに行く積極的な情報探索や企業などからのインターネットDMの発信,ニュースなどの配信,またWebサイトコミュニティでの多対多のやりとりによる相互作用などで従来の口コミによる情報拡散のスピードが増幅され,また口コミ情報の拡散範囲が従来型の地域限定からグローバル規模になってきている。インターネット上に自動翻訳機能が付け加われば,言語による壁は取り払われ,情報拡散のスピード,広範囲性は一層拡大するだろう。

これらの口コミの爆発的増加により,BSE問題やO-157問題(食中毒問題)などの影響は極めて大きくなる。これらの情報伝達構造の解明や風評被害縮小化のための情報戦略のためのリサーチモデルは,従来型のものでは,適用に限界があると考えられる。しかるにここにこのような問題解決を図るための新たな情報テクノロジーに属するモデルが必要となる。

 

上述のデフレ経済下の情報戦略とここまでのインターネットの発達と情報戦略をまとめれば図1のようになる。すでに説明は行ったが,環境変化から生じる問題は,図中に示されるように,「情報の質の問題」,「情報の量の問題」,「情報形式の問題」そして「適用モデルの問題」の4つであり,これらを解決するための新たな情報テクノロジーが必要とされている。

 

 

318頁】情報の伝達

情報伝達という観点からみてもこのWebサイトコミュニティの重要性は大きい。まず,Webサイトコミュニティにおいては,上述のROMの存在も重要であり,このROMはコミュニティにおいて約9割とかなりの割合を占め,発言者よりも膨大な人数となる7。彼らは,Webサイトコミュニティで発言こそしないが,Webサイトコミュニティでの発言を見て,他者に電子メールによって情報を伝えたり,リアルな世界におけるオピニオンリーダーとしてリアルな世界に情報を発信したりすることが多いと言われている8

このコミュニティ上での発言やリアル世界でのいわゆる口コミの威力は,情報伝達,つまり「情報を撒く」と言う観点から非常に大きな意味を持つ。まず企業の出すメッセージをユーザー視点からわかりやすく,ユーザー目線から必要な部分をかみ砕いて説明してくれる9。また利益の当事者の発信する情報よりも中立的な利害関係のないことから生じる信頼性も高い。従って,客観的な知識情報は企業の広告などから入手するが,購買の意思決定に重大な影響を及ぼす実際の使い勝手や自分への適合性などの情報は口コミから得ることが多い。

最近では,このオピニオンリーダーなどこれらの情報伝達者の核となるものを情報のハブと呼ぶこともある。彼らはまた専門分野を持っており,分野ごとにハブが変わる10と言うことも企業は,効果的な情報伝達を生み出すために頭に入れておかねばならない。

 

以下,当初述べたように情報収集と情報テクノロジーに焦点を当てて論じていく。

 

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2.環境変化における情報収集に関する問題点への対応の現状

 

上記の議論から問題点は以下のように整理される。

①従来の方法では困難であったが,現在まさに必要とされている創造に関する情報を現在の環境からいかに取り出すか。ここには新たに登場した情報収集機会(Webサイトコミュニティ)から質に関する情報をいかに取り出すかを含む。

②膨大化した情報の中からいかに重要な情報を選別し,取り出すか。

Webサイトコミュニティからのテキスト情報など従来とは形式の異なった情報からいかなる方法で重要な情報を取り出すか。

④風評被害等,従来型のモデルで捉えることが困難な主体間の相互作用が核となる現象を解明する手段は何がふさわしいのか。

 

これらの諸問題に対してフードサービス業においてはどのような対応をしているのだろうか。上記の①~④に関してフードサービス業の情報化における対応の現状を見ていこう。

 

対応意識の現状

2は,(社)日本フードサービス協会(2002)による『外食産業における情報化の進展に関する調査』掲載の情報活用で強化したい部門の図である。この図によると,売上分析・コスト管理,店舗運営,購買・商品管理など基幹部門の強化希望が強いが,マーケティング部門の比率が上昇しているのは注目に値する。これは,上記の創造問題に関する関心への表れと見て取れよう。表1からは,特にファミリーレストラン業態,パブ・居酒屋業態でかつフランチャイズチェーンにおいてこの傾向が強いことが読み取れる。時代への対応がより鋭敏である傾向がある。また売上げ規模別に見ても規模の大きいほど,この傾向が強い。しかしながら,全般に最高でも4割程度しか強化を希望しておらず,まだ全般的に意識が低調である。

 

 

 

 

 

 

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顧客データの収集方法とデータ利用の現状

3は,顧客データの収集方法であるが,全般的に回答比率が下がっているのがわかる。上記の意識のデータでは,マーケティングへの関心が高まっているが,実際の行動レベルではその低下の状況が裏付けられる。項目として「店で店長やホール担当者が覚えて」という個人レベルの対応増加の現状をみると,重要な調査意識かつ行動は認められるが,この手段だけでは規模の拡大とともに限界がくるのは必然である。この傾向は,表2から,明らかであるが,規模が小さいほどにこの傾向が強い。規模の拡大に連れて,情報戦略のあり方も意識的に変えて行かねばならないことが読み取れる。

「モニターやアンケート回答者」を情報収集の重要な手法をしているのは,この表2から業態では,回答比率の高さからパブ・居酒屋で,回答比率は78.6%とずば抜けて高い。この結果は,規模による差よりも顕著である。来店顧客数の多さ,競争の激しさが原因となっている可能性があるが,マーケティング視点からは,ますますこの手段の重要性を意識する必要があろう。

顧客データの活用について見ると,図4から傾向として,活用項目回答率の低下傾向が見られ,十分な活用ができていないことがわかる。特に環境変化において必要となる情報活用に関しては,この図にはストレートに対応する項目はないにしても,それと多少近い「販促,来店頻度アップ対策」が相対的に高いが,低下傾向は大きい。この図にはないが,規模の拡大に連れて減少しているのは,納得できないところである。

 

 

 

322頁】以上,資料からフードサービス業の情報活用に関して,上記の環境変化において必要となる情報活用は,重要だとの認識はあるにしても実情は,むしろ行動レベルで低下傾向が見られ,行動が伴っていないことがわかる。また業態・規模別にも差が見られ,足並みが揃っていない。時代が変化を要請しているにもかかわらず,実態として情報戦略レベルでは,ほとんど全体の動きが好ましい方向に向かっていないという指摘ができる。

 

3.環境変化における情報収集に関する問題点への対応の方向性

 

2節のはじめで述べた問題①~④に関して,どのような対応を行えばよいのか。ここではどう対応すべきかについて論じていく。

①~③の「情報の質の問題」,「情報の量の問題」,「情報形式の問題」への対応

情報の質の問題に関しては,従来型の「仮説を持ってアンケートで情報を収集する」というのでは限界がある。つまり調査主体が想定できないような潜在ニーズを導き出すことが至難だからである。想定外の情報は,萌芽的な重要情報を含むことが多く,調査主体の仮説の中には含まれないことが多い。これに対応するためには,自然な姿の観察であるとか,仮説を設定しない自由回答が必要となる。その意味で,上述のように,普段意見を言わない多くのROMが積極的に意見を述べ,Webサイトコミュニティの観察や自由回答調査が必要となる。また自由回答アンケートもコストの点から圧倒的に優位であるWebアンケートになる傾向があり(次第にインターネットの利用者のサンプルとしての偏りも無くなってきているため),入手できる情報の方もテキストデータが多くとれつつある。当然ながら,情報量は爆発的に膨大となる。

またインターネットに依らなくても,店舗でとるアンケートには,自由回答データが含まれていることが多く,事業規模がある一定規模を超すと対応が難しくなる。例えば,現在繁盛しているカレーハウスのCoCo壱番屋の例を考えてみよう11。このチェーンの最も大きな特徴の1つは,昭和62年5月から採用した全店舗に常備した「アンケート葉書によるお客様の声」システムである。この顧客からの情報を丹念に拾い,不満を解消し,顧客満足を上昇させることで,経営改善を実現している。このチェーンでは,毎日約700通のアンケート葉書が社長室宛に送られてきており,社長が日課で目を通して対応をしている。月ごとに『店舗運営ヒント集』をまとめ,全店舗に配布,全従業員が目を通すことを課している。これらは素晴らしいシステムであり,ベストプラクティスと言える。実行できているチェーンとできていないチェーンとは大きな差がつくことは自明である。

しかしながら,この1日700通が倍の1,400通になった場合はどうなるのだろう。もっと極端な場合として,1日1万通になった場合どのように対応するのだろうか。社長自らが,顧客を大事にしているというシンボリックで儀式的な重要性は,この役割に認められるが規模の拡大と共に困難になるはずである。

簡単な方法として,ランダムサンプリングといって,10通から1通というようにランダムに抜き出す方法でも統計学的に対処し,代表性を保つことは可能である。しかしながら,その【323頁】ような方法をとったことをアンケートを書いている顧客が知った場合どうなるのであろうか。回答する10人の内,9人の回答が読まれずに捨てられているということが回答者に伝われば,大きな不評の種になることが想像される。やはり回収したアンケートは全て利用されねばならないのである。

ここで挙げた①~③の問題に対処できる情報テクノロジーが,テキストマイニングである。これは,自然な言葉で書かれた内容を言葉単位で分析する手段であり,コンピュータによって自然言語を処理してくれるテクノロジーである。これによって,自由回答やWebサイトコミュニティでの発言内容を大量に処理して内容の把握が可能となるし,また処理した言語を数量データ化して様々な分析にかけることも可能となる。顧客クレーム把握など日常のオペレーションにも力を発揮するのはもちろん,戦略的な調査分析もアイデア次第で大いに可能となる。

 

①,④の「情報の質の問題」,「適用モデルの問題」への対応

8-1の最下段にあるように,インターネットの普及から口コミが爆発的に増加しており,全てにおいて風評被害が起こりやすい環境となってきている。O-157,BSE,牛肉偽装事件,牛乳工場での衛生問題などが最近の事例である。これらは,生活者が口コミ等で相互作用することで噂を拡大し,噂が事実と異なっても間違った噂を基準に行動を変えていくというパターンをとる。生活者だけでなく,企業,マスコミ,そして政府でさえも相互作用の輪の中に入るのである。つまりお互いの行動・発言等で影響されつつ,ある方向へと向かっていくのである。

これらの行動内容を構造的にしっかり解明して,その対策を立てることがフードサービス業界にとって特に重要であると言えるが,問題は従来型の分析手段がこれらの問題に余り向いていないということである。従来型の分析手段の大半が,個々の主体のデータを対象とするよりもこれらのデータを集計し,その集計データを扱うものであった。集計データでなくとも,なかなか個人々々のデータを扱い,しかも相互作用させるというところまで扱う分析手段はほとんどなかった。また一人一人の行動を消費者行動モデルによって描き,実際に統計的なモデルを考案しても,実際に得られるデータの大半は,売上げ結果など集計されたデータである。なかなか個人データを細かく時系列的に収集することは困難である。

それならば,コストのかかる個人データを詳細にわたって収集するよりも,それに合った手段を用いる方がリーズナブルである。このような問題に適した手法としては,従来経営の分野では用いられることが少なかった複雑系の適用が適している。これは特にエージェント・ベースト・モデルと呼ばれる方法であり,人工市場を利用した情報テクノロジーである。数多くの生活者をコンピュータ上に発生させ,その振る舞いの設定を人工市場の生活者に当てはまりのよいようにして,人工市場に存在する住人の相互作用を通じて自己の振る舞いを変化させていく。この結果,どのような現象が起これば,どのように市場が動いていくかをシミュレーションすることができる,従って,一定の市場の動きをある程度コントロールすることも可能となる。

 

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4.これから重要となる情報テクノロジー:テキストマイニングとエージェント・ベースト・モデル

 

上記のように情報の諸問題を解決する手段がテキストマイニングであり,エージェント・ベースト・モデルである。以下簡単に概要を説明する。

 

テキストマイニング

テキストマイニングは,データマイニングの一種であり,その中に包含されると考えてよい12。これを図で表すと図5となる。データマイニングにおいては,整えられた数値データを扱うため,多種多様にわたる数量モデルを利用することができる。しかしながら,テキストマイニングにおいては,上述の如く,整えられていない文書データを扱い,これらを形態素解析といって言葉の単元に切り分けてから,出現頻度のカウント,共起する言葉の組み合わせの発見(同時に出現する組み合わせ),典型分の抽出などを類義語の辞書づくり等を含めて行う。そしてこれらの言葉の出現頻度やちらばり等を処理することによってそのまま解釈したり,統計解析に持ち込んだりするのである。これらは,近年のテキストマイニング・ソフトウェアの発達なくしてはあり得ないことである。

 

 

分析の方向性としては,定型分析と非定型分析の2方向に分かれる。定型分析では,主に多くの文章の要約であり,主たる主張が何であるかを効率的に抜き出すことである。利用領域に関しては,コールセンターへの問い合わせ分析,クレームの処理,営業日報の分析等があり,これらの処理を通じて,Q&Aづくりや定期的な有用情報の発見をルーティンの作業で実施することができる。

325頁】また非定型分析では,多様なアイデアに基づく分析が可能であり,例えば,上田・柴田(2002)では,ラダリング法(回答に応じて次々その回答理由を聞いていき,最終的な価値に至るまで続ける方法)という一種の深層心理面接をテキストマイニングとWebアンケートを組み合わせる工夫を行っている13。まず通常のラダリング法は,何かの製品やサービスについて回答者の回答結果によってその重視属性からどのように利用に関する最終価値観に至るかの過程を推定する手法であるが,小サンプルでしか実施できないという欠点があった。これをテキストマイニングとwebアンケートを用いることにより,数千~数万の規模で実施可能にしている。この研究の発展形として柴田・上田(2003)では,任意のセグメンテーションで上記の方法を実施する事例を示した14。これ以外でも坂本(200315および筆者を含めての現在進行形のグループ研究で長期にわたる雑誌または記事文章をテキストマイニングで分析し,その結果を時系列的に分析するという手法も非定型分析に当たる。特に後者は,時系列分析手法と関連づけようとしている点で興味深い。また豊田(2003)では,ブランド研究において自由連想を利用した研究を行っており,ブランドと連想イメージ間の距離測定に独自の工夫している16

これらの詳細は紙数の制約で詳しく述べられないが,テキストマイニングついての有用性を述べた研究に黒岩(2000),またテキストデータの数値化の研究として豊田(2002)などがあり,そちらを参照されたい17

テキストマイニングは,2000年初め頃から,期待度が非常に大きかった。しかしながら,最近,その期待もややしぼみ始めている。その理由は,あらゆるテキストベースのデータがいとも簡単に分析でき,有用な知見が取り出せるとの甘い期待があった一方で,その利用方法の開発が進まなかったためであった。最近では,ソフトウェアの発展もあり,利用においてかなりの進展を見せているが,中でも重要なのは,非定型の分析方法が多く確立され,整理されることである。この非定型分析は,マーケティング分野においていまだ黎明期にあるため,今後次第に多様な工夫を凝らした分析手法が提案されてくるものと考えられる。そうなって初めてテキストマイニングの有用性が明らかになるであろう。

 

エージェント・ベースト・モデル

複雑系の説明によく使われるのが,カオス理論のバタフライ効果である。これは『ブラジルで蝶々が羽ばたくとアメリカで嵐がおきる』という喩えである。初期値の誤差が結果において大きな差を生む,つまり初期値の鋭敏性を意味した例えであるが18,局所的な小さな出来事が326頁】相互作用を経て,集積すると大域的な現象(創発と呼ばれる)を生むことにもなる。従って,企業において初期の情報の出し方や新サービスの提供方法なども十分な考慮が必要となろう。

上記のような創発現象のわかりやすい例としては,交通渋滞がある。交通渋滞が起こる時,まずドライバー個人に焦点を当てると,それぞれのドライバーは,交通ルールやエチケットに従い(時に破るが),目的地に向かう。渋滞は,これらの個人行動が集積されて自然発生的に引き起こされる全く異質な現象である。一人一人のドライバーは,前進しようとしているのだが,一端スピードが鈍ると,周囲の動きに応じて,車線変更など自らの行動を変えているため,それぞれが共鳴し合い,それが無数に折り重なっていく。この結果として引き起こされる集団の振る舞い,これが交通渋滞である。このような現象の場合,ドライバー個人の行動をいくら研究しても交通渋滞の謎は解けないと言われている19

同様に,フードサービス事業にも利用できる領域は広い。業態開発,メニュー開発,キャンペーンの方法に関連して有効なものの発見,あるいは繁盛の見込めそうな出店地域の選定方法・出店規模の決定にも非常に有効である。さらにグローバル・マーケティング関連では,企業が海外に市場を求めるとき,多くのプレーヤーが参加することになるため,エージェント・ベースト・モデルの適用が可能である。これらのプレイヤーは,元からのグローバル競争企業,現地の競争企業,顧客,関連するサプライヤー企業などであり,ここに相互作用による創発現象が生じる可能性がある。

以上述べたように,個々の意思決定主体(顧客同士,店舗,マスコミなど)が相互作用をする場合,従来の通常モデルでは解明が困難である場合が多い。上記のような現象では,複雑系が新しいパラダイム(典拠)としてふさわしい。ただし,それを実行するエージェント・ベースト・モデルを適用する際には,当てはめるための実データが必要なることが多い。また予測を行う際には,予測精度を測る際のデータを余分にとっておかねばならない。全くデータがない場合には,実験を伴って,そのデータを用いることが薦められる。

このエージェント・ベースト・モデルでの調査事例としてBSE(牛海面状脳症)に関するシミュレーションを現在,共同研究方式により行っている最中である。

 

5.最後に

 

この章では,環境の変化に伴い,企業を取り巻く情報環境が大幅に変化して,その際生じる情報問題を述べ,対応する重要な2つの情報テクノロジーについての解説を行った。しかしながら,これら以外にも重要な情報テクノロジーは,存在していることを付言しておく。その1つは,データマイニング手段の1つであるニューラルネットワーク・モデルである。このモデルは,他の関数モデルと異なって元々の曲線形を持たず,かなり複雑な変化を見せる実データ曲線にもよくフィットする能力がある。この性質をうまく利用すれば,価格と売上数量の関係などの真の形を,シミュレーションなどを通じて得られる可能性がある。詳しくは,上田他(2002)を参照されたい20

327頁】従来の手法では,現在の環境においてどう進むべきかを読みにくくなってきている。それ故,上述のような情報テクノロジーをうまく使いこなすことで厳しい競争環境をよりよく生きぬくことができる。従って,できるだけ早急にこれらの使用経験を積んでおくことがこれから先,フードサービス業においては極めて重要となる。