【21頁】
スキャンパネル・データを用い文脈効果を考慮したアイデアル・ポイント・モデルによるジョイント・スペース分析
杉田 善弘
1 はじめに
消費者はどのような基準を用いて購買するブランドを選択しているのだろうか。価格を重視して,ブランド選択をしている消費者も多いだろう。一方,元々そのブランドの味は自分が良いと思う味に近いというように,価格,プロモーションといったマーケティング変数ではうまく捉えられない好みあるいは価値に関する基準で,ブランドを選択する消費者も多いに違いない。価値と一口に言っても,味だけではなくデザインや品質など価値を構成する多くの基準が考えられる。そして,それらの基準には消費者が理想と考える水準が存在するだろう。理想とする水準には品質のように高いほど良いというものもあるが,コーヒーの苦みのように,極端ではなく適当な苦みが好かれるであろうと考えられる基準もある。また,理想とする水準は消費者によっても異なるだろう。さらに,理想の水準は消費者が置かれている状況によっても変化する。たとえば,苦みが強いインスタント・コーヒーを好んでいた消費者が,たまたま値引きをしていたので,マイルドなインスタント・コーヒーを購買し使用すると,コーヒーに対する見方が変わってしまい,マイルドなコーヒーを見直して,苦みの理想水準が変化してしまうかもしれない。
ここまでを整理すれば,消費者のブランド選択を理解するためには,マーケティング変数への反応,マーケティング変数以外のブランドの価値を形作る基準とその基準において消費者が理想と考える水準(理想点:アイデアル・ポイント),理想点の消費者間での異質性,さらに理想点の状況への依存性(いわゆる文脈効果)を理解する必要があることが分かる。この研究は,これらの四つの事柄を実際の購買データであるスキャンパネル・データに当てはめることによって,記述することの出来るモデルを構築しようとするものである。モデルを構築することによってより多くの有益な情報を得ようとすれば,結果としてモデルが複雑になり,データに適用することが困難になりがちであるが,本研究の目的の一つは,簡便にデータに適用することの出来るモデルを構築することである。同様の研究は,杉田(1998)でも行われたが,そこではブランドの価値を作る基準について,重要度が基準ごとに異なるアイデアル・ベクトル・モデルを構築した。それに対して,今回はそれぞれの基準について,理想点の存在を仮定したアイデアル・ポイント・モデルを構築する。この論文のこれからの構成は次のようなものである。まず,実際の購買データから消費者のブランド選択を記述しようとするモデルの展開【22頁】をレビューする。そして,本研究で提案されるモデルを紹介し,モデルをスキャンパネル・データに適用した結果を報告する。最後に,今後の課題について議論する。
2 スキャンパネル・データを用いたブランド選択の分析
市場が企業のマーケティング・ミックスに如何に反応するかを実際のデータから確認しようとする市場反応分析に関する研究は,その重要性から,当然ながらマーケティング・サイエンスの分野で重要な地位を占めてきた。特に,1980年代以降入手可能になったスキャンパネル・データは,市場全体ではなく,それぞれの家計が如何に製品を購買していくかを記録した詳細で,膨大なデータを提供するようになった。そこで,各家計のブランド選択を,価格やその他のマーケティング・ミックスを要因として分析することが,市場反応分析の主流を占めることになる。
多くの商品では,各家計が一回の購買で買う商品の数は一個ということが普通なので,家計毎の分析では,売上個数ではなく,ブランドを選択する確率を分析することが必要になった。そこで,各家計のブランド選択確率は,その家計がブランドに対して感じている効用(効用はマーケティング変数に依存する)に比例するとした確率モデルであるロジット・モデルを,このスキャンパネル・データに適用することが市場反応分析の主流を占めるようになった(例えば,Guadagni and Little 1983)。
しかし,実際分析を行ってみると,ブランドの効用をマーケティング変数だけではうまく説明することが出来ない。そこで,モデルの説明力を向上させるために,ブランド・ダミー(各家計に共通なマーケティング変数では捉えられないブランドの価値を表すブランドに固有な定数項)を用いるようになった。それに加えて,前回当該ブランド購買ダミー(前回購買ダミー)などのブランド・ロイヤルティー変数も用いられるようになった。ブランド・ロイヤルティー変数は,家計間の異質性と家計の好みの時間的な変化を説明する。例えば,前回購買ダミーの場合は,前回購買したブランドの違いによる家計間のブランド価値の差と,前回購買したブランドがより価値を増すこと(ロイヤルティー)によって家計内での好みの変化を捉える。確かに,ブランド・ダミーと前回購買ダミーなどのブランド・ロイヤルティー変数を用いるとモデルのフィットはかなり良くなるが,ブランド・ダミーによって表されるブランドの価値や前回購買ダミーなどによって表されるブランド・ロイヤルティーの内容を理解することが難しく,マーケティング戦略に対する示唆には乏しい。
そこで,ブランド・ダミーに代えて,ジョイント・スペース(多次元でのブランドの布置,いわゆるプロダクト・マップと消費者のアイデアル・ベクトル)を導入することによって,より多くのマーケティング戦略への示唆を得ようとする試みがなされている(片平 1990,井上 1996,Erdem 1996など)。つまり,プロダクト・マップの中のブランドの布置を見ることによって,それぞれの次元が何を意味しているかを推測することが出来,消費者がブランドに感じている価値の基準を理解することが出来る。そしてアイデアル・ベクトルからはそれぞれの軸の重要度を読みとることが出来る。このようなプロダクト・マップは,一般には,アンケート調査からのデータを因子分析や選好回帰などによって分析し作られることが多いが,スキャンパネル・データにジョイント・スペースとマーケティング変数を組み込んだモデルから得られるプロダクト・マップは,実際の購買データから得られたものであることとマーケティング変【23頁】数の影響を除去したきれいなマップが出来ることが特徴である。
3 ジョイント・スペースとマーケティング変数を組み込んだブランド選択モデル
ここでは,ジョイント・スペースとマーケティング変数を組み込んだブランド選択モデルの代表的なものとして,まず片平(1990)のモデルを紹介しよう。それは,ロジット・モデルにアイデアル・ベクトルを用いたジョイント・スペースを組み込んだブランド選択モデルあり,このモデルでは,家計が各ブランドに対して感じる確率的効用はブランドの布置とアイデアル・ベクトル(軸の重み),マーケティング変数,そして誤差項に依存すると仮定する。ブランド選択確率は確定的効用=確率的効用−誤差項に比例し,以下のようにロジット・モデルによって定式化される。
ただし,=家計,
=ブランド,
=期
ただし, =軸,一般には軸の総数は2,
=
番目のマーケティング変数,
=家計
にとってのマーケティング変数
の重要度。
つまり,一般に言われているアイデアル・ベクトルとはマップ上での軸の重要度(ただし,負の符号を持つこともある)のことであり,このモデルでは,(正の符号で)重要視している軸上で布置が大きいブランドほど確定的効用が大きくなり,選択される確率が大きくなるということである。このモデルから,上でも述べたように,マーケティング変数の効果を除去したブランド価値の構造を理解することが出来るプロダクト・マップが得られ,ブランド価値を形作る基準とその重要度,マーケティング・ミックスへの反応とこれらの家計間での異質性を理解することが出来る。ただし,このモデルの欠点はモデルが複雑なことで,特に厄介なのは,家計間の異質性を表現するためにモデルのパラメターであるアイデアル・ベクトル,ブランドの布置,マーケティング変数の重要度のうちで,アイデアル・ベクトルとマーケティング変数の重要度が個々の家計に特有のものになっていることである。つまり,データに100家計があれば,100組のアイデアル・ベクトルとマーケティング変数の重要度を推定しなければならないことになる。これは現実的ではないので,共通のアイデアル・ベクトルとマーケティング変数の重要度を持った少数のマーケット・セグメントの存在を仮定し,推定の簡素化が図られている。それでも,セグメントの数あるいはセグメントの大きさなど新たな推定上の問題も発生するので,推定は簡単ではない。
また,このモデルからは状況への依存性(前回購入ブランドの影響)について知ることは出来ない。Erdem(1996)は,ジョイント・スペース上で前回購買ブランドと位置が近いブランドほど購買される確率が高くなるという慣性と,その逆で位置が近いほど購買される確率が低くなるバラエティー・シーキングをモデル化した。ただし,このモデルでは前回購買ブランド【24頁】の影響の範囲がマーケティング変数の重要度にはおよばない。例えば,前回購買したブランドによって価格や広告の重要性が変わることはない。また,ジョイント・スペースへの影響も慣性とバラエティー・シーキングという現象に限られている。
杉田(1998)は,前回購買ブランドの影響が軸の重要度であるアイデアル・ベクトルとマーケティング変数の重要度に影響を与え変化させるとしたモデルを提案した。つまり,このモデルでは,ブランドの布置は状況の如何にかかわらず一定であるが,軸の重みとマーケティング変数の重要度が前回購買したブランドに依存して変化するのである。品質の高いブランドは,状況にかかわらず品質が高いブランドと認知されるが,品質を重視するかどうかは現在使っているブランドが何であるかによって変化する。
同時に,このモデルでは,消費者の異質性もその消費者が直面している状況によってかなりの部分が説明できると考えて,文脈効果(前回購買ブランドの影響)によって消費者の異質性を説明し,同時に推定の簡素化を図っている。つまり,消費者は前回購買し,現在使用中のブランドによってセグメント化され,そのセグメント毎に一組のアイデアル・ベクトルとマーケティング変数の重要度を共有すると考える。このことによって,セグメントの数はブランドの数となり,セグメントのサイズは当該ブランド前回購入者数となるので,セグメント数とセグメント・サイズの推定という厄介な問題を回避することができ,簡便性を確保することができる。欠点は,文脈そしてそれに基づいた家計の異質性を,前回どのブランドを購買したかということのみによって表現していることである。
里村(2004)は各家計のアイデアル・ベクトルとマーケティング変数の重要度が購買毎にひとつのセグメントから他のセグメントのものに確率的に変化するとした片平モデルの拡張モデルを提案し,ベイズ統計学の手法であるMCMC法を用いてパラメターを推定した。このモデルによって,片平のモデルでは出来なかった,家計が持っているアイデアル・ベクトルとマーケティング変数の重要度の変化を捉えることが出来るようになった。里村モデルは家計のセグメント間での移動に関して,杉田モデルより一般的で複雑な現象を捉えることが出来る。ただし,前回購買ブランドによる状況への依存性が明示的に組み込まれていないので,このモデルでは何故変化が起きたかは分からない。また,セグメントの数などの推定の複雑さも解消されたとは言えない。
また,里村も指摘しているように,これらのアイデアル・ベクトルを用いたモデルに共通の弱点として,軸上で特定の値が好まれるという現象を表現できないということがある。アイデアル・ベクトル・モデルではブランドの布置が大きければ大きいほど消費者に好まれるからである。コーヒーの適度な苦みというような中間的な値が好まれるような場合は,アイデアル・ポイント・モデルを用いなければならない。逆に,大きな値が好かれる場合でも,アイデアル・ポイントの値が大きくなれば,大きい値ほど好かれるということを表現することは(近似的に)可能である。本研究は,このようにアイデアル・ベクトル・モデルより多くの現象を記述することが可能なアイデアル・ポイント・モデルを構築することである。
4 文脈効果とアイデアル・ポイントによるジョイント・スペースを組み込んだブランド選択モデル
家計が各ブランドに対して感じる確率的効用は,ブランドの布置とアイデアル・ポイント【25頁】(理想点),マーケティング変数そして誤差項に依存すると仮定する。選択確率は,確定的効用=確率的効用−誤差項に比例するロジット・モデルによって定式化され,また前回購入したブランドに依存して,アイデアル・ポイントとマーケティング変数の重要度が変化する。これが文脈効果であり,前回購入したブランドによる影響という考え方は,Tversky et al (1988) とTversky and Simonson (1993) のContingent Weightingモデルや杉田(1998)のアイデアル・ベクトル・モデルと共通である。
ただし,=家計,
=ブランド,
=期
ただし,=前回ブランド
購買ダミー
このモデルでもブランドの布置は,状況の如何にかかわらず一定であるが,アイデアル・ポイントとマーケティング変数の重要度が前回購買したブランドに依存して変化するのである。つまり,苦みが強いブランドは,状況にかかわらず苦みが強いブランドと認知されるが,苦みに関する理想点は現在使っているブランドが何であるかによって変化する。アイデアル・ベクトル・モデルと異なり,アイデアル・ポイント・モデルではブランドの布置と理想点との距離が少ないほうが効用を大きくすると考えるので,確定的効用の式でのブランドの布置と理想点との距離には負の符号がついている。したがって,もしアイデアル・ポイントが大きければ,ブランドの布置が大きいブランドが大きな効用を持つことになる。もしアイデアル・ポイントが小さければ,ブランドの布置が小さいブランドが大きな効用を持つことになるのである。
杉田(1998)モデルと同様に,家計の異質性もアイデアル・ポイントとマーケティング変数の重要度の文脈に対する依存によって,モデルに組み込まれている。ここでも,消費者は前回購買し,現在使用中のブランドによってセグメント化され,そのセグメント毎に一組のアイデアル・ポイントとマーケティング変数の重要度を共有している。このことによって,セグメント数はブランド数となり,セグメントのサイズは当該ブランド購入者数となる。このセグメンテーションに関するアプローチの欠点は,文脈そしてそれに基づいた家計の異質性を前回どのブランドを購買したかのみによって表現していることである。
5 実証分析
5.1 データ
データは,食料品のパッケージ財の一カテゴリーに関するスキャンパネル・データ1)で,杉田(1998)で用いられたのと同じデータである。このデータは,167家計の4ブランド・5サイズの購入に関するもので,全購買回数は1,770回である。ブランド・サイズの詳細は,表【26頁】1の通りである。
この製品カテゴリーにはこの他にも多くのブランド・サイズ2)が存在するが,これらの2メーカーの5ブランドで市場全体の売上の約74%を占めている。表1の中のシェアは,これらの5ブランドの中でのシェアを示している。表中で最もシェアが高いのが番号5のブランド(以下ブランド5と呼ぶ,その他のブランドも同様)で,シェアは約30%である。しかし,ブランド3とブランド4の違いはサイズだけであり,この両者を同一ブランドと見ると,こちらも30%近いシェアを持っている。
シェア第4位のブランド2とブランド5は,同じ製法で作られていて,メーカーによって普及ブランドと位置づけられている。これに対して,ブランド1,3,4は,ブランド2,5とは違う同一の製法で作られ高品質なプレミアム・ブランドとして位置づけられている。確かに,定価は単位重量あたりでは,これらのプレミアム・ブランドの方が高価であるが,これらのブランドはサイズが小さいために,パッケージあたりの定価は逆転している。そのためかプレミアム・ブランドと普及ブランドのシェアは拮抗しているし,消費者がブランド1,3,4を高品質と受け取っているかには疑問もある。実際売価の標準価格に対する比率3)である価格掛率を見ると,平均してメーカー1の方が低く,また普及ブランドの方が低いことが分かる。メーカーのシェアで見ると,メーカー1の方が平均価格掛率は低いにもかかわらず,メーカー2の方が優位に立っているようである。
5.2 結果
上のデータに対して以下の4モデルを適用して推定の結果を比較した。モデル1は,ブランド・ダミーと前回購入ダミーそして価格掛率をマーケティング変数として持った通常のロジット・モデルである。つまり,
ただし, =家計,
=ブランド,
=期
【27頁】
ただし, =ブランド
のブランド・ダミー(固有な定数項),
=前回ブランド
購買ダミー,
,
=それぞれ前回購買ダミーと価格掛率の重要度
モデル2は,杉田(1998)でもっとも良いとして採択された価格掛率をマーケティング変数として持った文脈効果型アイデアル・ベクトル・モデルである4)。このモデルでは,価格掛率の重要度は文脈に依存しないと考えている。つまり,
ただし, =家計,
=ブランド,
=期
ただし, =前回ブランド
購買ダミー
モデル3は,本研究での提案モデルである文脈効果型アイデアル・ポイント・モデルである。モデル2と同様に,価格掛率をマーケティング変数として持ち,価格掛率の重要度は文脈に依存しない。つまり,
ただし, =家計,
=ブランド,
=期
ただし, =前回ブランド
購買ダミー
モデル4も本研究での提案モデルである文脈効果型アイデアル・ポイント・モデルである。【28頁】このモデルもモデル2,3と同様に,価格掛率をマーケティング変数として持つが,価格掛率の重要度は文脈に依存するとした点が違いである。つまり,
ただし, =家計,
=ブランド,
=期
ただし, =前回ブランド
購買ダミー
モデル2,3,4については,ジョイント・スペースの次元は2次元として推定を行った。準ニュートン法を用いて最尤推定を行った結果は表2-1および表2-2の通りである。
*=識別性を確保するために制限されたパラメター 6)
4モデルのデータへの適合度をAIC(赤池の情報量基準)とBIC(ベイジアン情報量基準)で比較した結果が表2-1である5)。まず,表2-1から,どの文脈効果型モデルも通常のロジット・モデル(モデル1)より明らかに良好な適合度を示している。三つの文脈効果型モデルを比較すると,AICではモデル3と4のアイデアル・ポイント・モデルの適合度がアイデアル・ベクトル・モデル(モデル2)の適合度より優れていて,僅差ではあるが,価格の重要度も変化するとしたモデル4の適合度がモデル3を上回っている。BICでは,モデル3の適合度が最も優れており,モデル2そしてモデル4が続くという結果が出た。したがって,AIC,BICどちらでも,もっとも優れた結果を出したモデル3が選択されるべきであろう。この後はモデル3の推定結果の解釈について議論を進めていく。
モデル3から得られたブランドの布置とアイデアル・ポイントは表2-2の通りである。また,これらの推定値を基に,プロダクト・マップを描いたものが図1である。ここで,ブランドの布置は■で表し,アイデアル・ポイントは◆で表してある。アイデアル・ポイントの番号は前回購買したブランドのことで,アイデアル・ポイント2は前回ブランド2を購買した時のアイデアル・ポイントということである。また,二つの軸の方向は,解釈の助けになるように適宜回転させてある。このマップでは,マップの右上(回転した2軸の上方向)にプレミアム・ブ【29頁】ランドであるブランド1,3,4が位置し,マップの左下(回転した2軸の下方向)にお買得なブランドであるブランド2と5が位置している。ここから2軸が製法による商品の差を表していると解釈できる。1軸を中心に見ると,軸の右下方向にブランド1と2というメーカー1のブランドが位置し,逆に左上方向にメーカー2の3ブランドが位置し,1軸がメーカーを表現していると推測できるだろう。
表2-2のアイデアル・ポイントの数値からも図1からも,アイデアル・ポイントは前回購買ブランドがどのブランドかという文脈に大きく影響されて変化していることが分かる。特に,図1から,それぞれのブランドを購買した後はアイデアル・ポイントの位置がブランドの位置へと引っ張られている様子が見て取れ,ここから前回購買ブランドに対してブランド・ロイヤルティーが生まれているのが分かる。ただし,メーカー1の二つのブランドについては,アイデアル・ポイントが十分に自らの位置に近くなっていないようである。表3は,すべてのブランドが同じ価格掛率で販売されたとした時のブランド選択確率を計算したものである。ロジット・モデルではすべてのブランドの価格掛率が同一であれば,価格掛率はお互いにキャンセルされて,ブランド選択確率に影響を及ぼさない。つまり,表3の選択確率は価格を除外したジョイント・スペースのみから得られたものである。
【30頁】
表3の表側のアイデアル・ポイントは前回購入ブランドに基づいたアイデアル・ポイントであり,それぞれのセルは前回購入ブランドに基づくアイデアル・ポイント毎の表頭のブランドの選択確率である。たとえば,1行2列目は前回購入ブランドがブランド1の時,今回ブランド2を選択する確率である。したがって,対角線上のセルは前回購入ブランドと同じブランドを購入するリピート確率を表している。また,同製法はそれぞれの前回購入ブランドに基づくアイデアル・ポイントから前回購入ブランドと同じ製法のブランドを選択する確率である。同様に,同メーカーは前回購入ブランドと同じメーカーのブランドを選択する確率である。たとえば,2行目の同製法は前回購入ブランドが2の時,同製法のブランド2と5を選択する確率であり,3行目の同メーカーは前回購入ブランドが3の時,同メーカーのブランド3,4,5を選【31頁】択する確率である。
図1から受けた印象はこの表でも確認することが出来る。それぞれのブランドが選択される確率は前回どのブランドが購入されたかによって大きく違っているが,ブランド3を除いて,リピート確率が最も大きくアイデアル・ポイントがそれぞれのブランドの方向に引っ張られていることが分る。ブランド3と4をサイズが異なるだけの同一ブランドと見ると,ブランド3についてもリピート確率が最大になる。ただ,メーカー1の二つのブランドについてみると,ブランド1の場合はリピート確率とブランド4の選択確率があまり違わないし,ブランド2の場合はブランド5の選択確率もリピート確率とそれほど違わない。特にブランド1の場合,ブランド3と4を同一ブランドと見ると,リピート確率よりもこれらのブランドの選択確率はずっと大きなものになっている。つまり,メーカー1の二つのブランドの場合,選択確率から見ると,ブランド1の最大の敵はブランド3と4であり,ブランド2の場合はブランド5とそれぞれ同じ製法のブランドある。
これに対して,メーカー2の三つのブランドは,特にブランド3,4を同一と見た場合,リピート確率が他の選択確率よりかなり大きなものになって,メーカー2が有利に競争を進めているようである。また,選択確率から見たライバルもメーカー2の場合は,同一メーカー内の他のブランドでメーカー・ロイヤルティーを見て取ることができる。このことは同製法と同メーカーの欄を見れば明らかである。メーカー2の三つのブランドについては,同一メーカー・ブランドの選択確率が70%を超え,メーカー1は40%代にとどまっている。また,プレミアム・ブランドのブランド1,3,4については,同一製法ブランドの選択確率が70%を超え,ブランド2と5についても,同一製法ブランドの選択確率は50%以上となっている。つまり,製法についてもロイヤルティーがあるようだが,プレミアム・ブランドについてより多くのロイヤルティーがありそうである。
ここで,興味深いのは,アイデアル・ポイントの位置が,1軸でも2軸でも極端な水準を取らずに中間的な水準にあり,しかもアイデアル・ポイント・モデルのほうがアイデアル・ベクトル・モデルよりデータへの当てはまりが良いということである。このことは,それぞれの軸上で極端な布置を持つブランドは好かれないということを前提として,軸を解釈していく必要があるということを意味している。したがって,1軸によって表現されているメーカーの差と2軸によって表現されている製法の差は,どちらもそれらがもたらす味の差などを表していると解釈すべきであり,メーカーの思惑どおり製法の差が品質の差として消費者に考えられているかにつては疑問が残る。
6 結果の要約と今後の課題
本研究では,スキャンパネル・データを用いた文脈効果型ジョイント・スペース・モデルを提案した。その際,用いられたのはアイデアル・ポイント・モデルであった。実証分析の結果から,本研究で提案されたアイデアル・ポイント・モデルの適合度は,一般のロジット・モデルを上回るだけでなく,同じく文脈効果型のアイデアル・ベクトル・モデルの適合度も上回ることが示された。実証分析の結果は,一応満足のいくものであったが,より多くの実証分析が必要なことはいうまでもない。
今回のアイデアル・ポイント・モデルの実証分析から得られた大きな結果は,1)まず消費【32頁】者の持つアイデアル・ポイントは,前回購買ブランドが何であるかという文脈によって,大きく変化するということである。そして,2)アイデアル・ポイントはブランドの布置の方向に引っ張られるが,その効果は一律ではなく,ブランドによっては引きが弱いものも強いものも存在する。また,3)アイデアル・ポイントの位置はそれぞれの基準について中間的な水準であり,極端な値を取るブランドが好かれるアイデアル・ベクトル・モデルの適合度よりも優っていたことも重要である。
この三つの結果を足し合わせると,今後の課題が浮かび上がってくる。つまり,文脈効果を考えなければ,ブランドの布置をアイデアル・ポイントにあわせて,もっと中間的な水準にポジショニングを変更すれば消費者に好かれるはずである。だが,アイデアル・ポイントは固定されていないので,中間的な水準にブランドをリポジショニングした場合,アイデアル・ポイントを引っ張る力を弱めてしまうかもしれない。この課題に対する答えを得るにはより多くの実証分析を行うこと,より精緻なモデルを構築すること,そしてモデルの理論的な分析を行うことが必要になるだろう。
参考文献
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Brand Positioning,”Journal of Marketing Research, 16, May,
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C. Little (1983), “A Logit Model of Brand Choice Calibrated on
Scanner Data,” Marketing Science, 5, 2, 203-238.
4. Ramsay, J. O. (1978), “Confidence Regions for Multidimensional Scaling Analysis,” Psychometrika, 43, 241-266.
5. Tversky, A., S. Sattath
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8. 片平秀貴(1990),「マッピングを伴う市場反応モデル」,『マーケティング・サイエンス』,36,13-27頁。
9. 里村卓也(2004),「マッピングを利用した市場反応の動的分析」『マーケティング・サイエンス』,Vol.12,No.1・2,1-23頁。
10. 杉田善弘(1998),「文脈効果とジョイント・スペースを組み込んだブランド選択モデル」『消費者行動研究』,Vol.5,No.2,13-26頁。
11. 柳井晴夫(1994),『多変量データ解析法』,朝倉書店。