【119頁】
退職給付会計と現行ルールの内的な整合性
米山 正樹
はじめに
(1)問題の所在
公表から数年を経たいま,退職給付の会計基準については既に多くのことが語られている。筆者の観察によれば,それらの多くにおいて関心を集めているのは,退職給付に係る会計基準の「新しさ」である。具体的には,退職給付の会計基準にみられる新たな計算手続(割引現在価値による勤務費用の測定と,それに伴う利息費用の分離把握,さらには数理計算上の差異に関するオフバランスでの遅延認識など)の解説に紙面を割いているものが少なくない。
ただ,こうした解説の多くにおいては,利益計算を支える伝統的な思考と退職給付の会計基準との関係を解き明かす作業が欠けている。伝統的な思考から退職給付の現行基準が導かれないこと,あるいは新しい思考からしか退職給付の現行基準は導かれてこないことの検証を欠いているのである。もし伝統的な思考からも現行基準を導けるとすれば,また伝統的な思考からしか導き出せない要素を現行ルールが持ち合わせているとすれば,退職給付の会計基準にみられる「新しさ」だけを強調するのは行き過ぎであろう。利益計算を支えてきた伝統的思考にてらして,退職給付の会計基準がどう意義づけられるのかを再確認するのが本稿の趣旨である。
(2)本稿の基本的な分析視座
このようなスタンスから考察を進める場合は,何をもって「利益計算を支えてきた基本思考」とみるのかが重要となる。その解釈は研究スタイルに依存するが,本稿では投資の目的にてらして適切な事実に着目し,事実に裏づけられた成果を事後的に把握することを伝統的に受け入れられてきた基本思考とみる。また「適切な事実にもとづく利益測定」には,キャッシュフローの期間配分手続にもとづく成果の把握が含まれており,着目すべき事実の統一(例えば全面時価評価)は必ずしも利益情報の有用性を高めないというのも,あわせて基本思考とみる。投資の目的次第では,時価変動などの影響を敢えて排除しながら成果をとらえる場合もありうるというのが,その主旨である。
逆にいえば,フローの利益よりストックの評価額を重視する思考や,経験的な意味づけが可能なストック評価額の差分として利益を一元的にとらえる思考,つまり俗にいう「資産や負債を収益や費用より重視する思考」から退職給付の会計基準を体系的に説明するのは難しいというのが,本稿の基本的なスタンスともいえる。実際,会計上の退職給付債務は(会計の外で決まる)母体企業の債務を直接反映しているものといえない。また退職給付債務に関する変動のすべてがただちに損益に反映されるのではなく,一部は遅延認識の対象となっている。これらは資産や負債を重視する考え方と相容れない。資産や負債を重視する考え方はせいぜい,伝統的な配分思考を補完するものとしか意義づけられないであろう。
【120頁】たしかに,一部の計算手続は,伝統的な配分手続と相容れないようにみえる。例えば配分総額が最初から固定されている減価償却のケースなどと異なり,退職給付のケースでは費用の総額に修正の余地が残されており,実際にはこれが絶えず修正されている。また原則として配分期間を当初から特定可能な減価償却のケースと異なり,退職給付費用は報告主体が存続し退職給付制度が維持されるかぎり計上し続けられる。こうした特徴は従来の典型的な配分手続にはみられないものである。
とはいえ,たとえ配分総額が未確定でも,金銭債権のケースでは,計画的・規則的なキャッシュフローの期間配分をつうじて投資の成果がとらえられている。配分総額が変動しうることは,その意味で,配分手続の適用を妨げない。また費用の計上期間を特定化できないようにみえるのは従業員を総体としてとらえるからであって,退職給付の費用や負債を個々の従業員に帰属する部分に分解してみれば,予想される勤続年数や給付が終了するまでの期間などを特定化するのも可能である1。こうしてみると,外観上の新奇さにかかわらず,退職給付の計算手続で伝統的な配分の手法を支える基本的な思考と抵触するものはないといってよい。こうしたことから,本稿では,(a)退職給付の会計基準が伝統的な配分規約と整合的かどうか,(b)かりに整合していないとすればなぜかを,@配分総額,A配分期間,B配分基準(配分パターン),C見積もりの修正の観点からそれぞれ検討してみたい。
なお,退職給付に関する包括的なルールが導入されるまで,日本では,企業年金制度のケースと退職一時金のケースで異質な会計処理が求められてきたことが知られている2。このうち企業年金のケースでは,外部の基金に対する拠出額がそのまま拠出年度の費用とみなされてきた。これに対し退職一時金のケースでは,労働サービスの消費という事実にもとづく退職費用の期間配分が(不完全ながら)3行われてきた。次節からの考察においては,新たに公表された退職給付の会計基準が現行ルールの体系と整合的かどうかを検討するとともに,旧来のルールにみられた問題点の改善に,新たなルールが貢献しているかどうかも考察対象としたい。
第1節 配分総額(配分対象)に関する新旧ルールの異同点
(1)基金への拠出総額を超えるような総年金費用
先に確かめたとおり,退職給付に関するルールが整備されるまで,企業年金については,基金への拠出額がそのまま各期の費用とみなされてきた。配分総額(配分対象額)4という観点からすれば,そこでは,基金に対する拠出総額が年金費用の総額を決めていたこととなる。他方の退職一時金については,典型的には,(全)従業員の退職を仮定した場合に求められる一時金支出の増加額にもとづいて各期の費用がとらえられてきた。そういう非現実的な仮定にも【121頁】とづく配分パターンが許容されるかどうかについては検討の余地が残されているが,配分総額に限れば,退職一時金の場合も結局,配分総額は退職時点に支払われる一時金(すなわちその総額)が費用の総額を決めていたこととなる。
新旧ルールの間でこの点に基本的な違いはなく,現行ルールにおいても,将来に予想されるキャッシュアウトフローの総額が配分総額とみなされている。例えば企業年金の場合,さしあたり退職時点までに「退職以降に支給される企業年金の,退職時点における割引現在価値」を対象とした配分が行われる。この金額は拠出総額と一致しないが,その後給付完了時点までに利息費用や基金の資産に関わる運用収益などが追加計上されるため,最終的には費用総額と拠出総額との一致が保証されている。
もともと,評価益や実現利益の一部を(期間損益を通すことなく)維持すべき資本に拘束するような測定操作が予定されていないかぎり,収益の総額はキャッシュインフローの総額に,費用の総額はキャッシュアウトフローの総額に一致する。すなわち発生主義にもとづく収益や費用がキャッシュフローを適切な期間に配分する手続をつうじて求められるものである以上,その総額は「未配分の/生の」キャッシュフローと(恒等的に)一致するのである。新旧ルールの間でこの点に違いがみられないのはある意味で当然のことであり,ここではこの基本原則を確認したに過ぎない5。
ただ,企業年金のケースに係る現行ルールには,配分総額(配分対象)という点で,旧来のルールとの間に明らかな違いがひとつみられる。それは,キャッシュアウトフローの総額(すなわち基金への拠出総額)にみあう費用が,勤務費用や利息費用などの要素(いわば「正の費用」の要素)と期待運用収益の要素(いわば「負の費用」の要素)に分けて把握されることである6。そこではキャッシュアウトフローの総額(年金基金に対する拠出総額)を超えるような「正の費用(いわば総年金費用)」を計上し,そこから「負の費用」を控除した差額(いわば純年金費用)が拠出総額と一致するような配分計画が設定されている。純額の年金費用は従来どおりキャッシュアウトフローの総額と一致するものの,「正の費用」の総額はキャッシュアウトフローを超えることとなる。これは旧来のルールにみられなかったことといえる。
ここで確かめたとおり,現行ルールは企業年金について,キャッシュアウトフローの総額を超えるような費用(およびキャッシュアウトフローとの最終的な一致を図るための「負の費用」)の計上を求めている。これは一般に,退職一時金に関する会計処理と企業年金に関する会計処理の統一を図ろうとした結果といわれている。そのような統一を図る必要があったのかどうかは改めて論じることとし,次項ではまず,(たとえ総年金費用の次元とはいえ)キャッシュアウトフロー総額を超えるような費用の計上を,現行ルールの体系が許容してきたかどうかを確認してみたい。
(2)伝統的な配分規約との関係
@収益・費用の複数要素への分解:先行事例の存在
先に確認したとおり,収益や費用をキャッシュフローの期間配分をつうじてとらえようとするかぎり,収益の総額はキャッシュインフローの総額に,費用の総額はキャッシュアウトフロ【122頁】ーの総額と一致する。収益や費用の総額とキャッシュフロー総額との一致は,必ず守られてきた配分規約といってよい。
ただ,この規約は,ひとつのキャッシュフローに関連する収益や費用を複数の要素に分解するのを妨げるものではない。つまり特定のキャッシュインフローに関連する収益を複数の要素に分けて把握し,特定のキャッシュアウトフローに関連する費用を複数の要素に分けて把握することは,現行ルールの体系が場合に応じて許容してきたことといえる。
例えば,リース契約に伴うキャッシュアウトフローの一部については,事実上延べ払いで購入したとみなされる資産の減価償却費としての要素と,割賦代金に関わる利息費用としての要素が把握され,ふたつの要素の合計額がキャッシュアウトフローの総額と一致するように配分計画が設定されている7。他方,収益が複数の要素に分解されるケースを日本の現行ルールから見出すのは困難だが,米国においては債権をみずから創設し保有する場合にそのような事例がみられる8。そこでは債権の創設に伴う手数料としての収益と,その後の保有に伴う利息収益を区分把握するよう求められ,上記ふたつの要素を混同させない形で配分計画を設定するように求められている。このような先行事例の存在からすれば,企業年金のケースで,特定のキャッシュアウトフローから複数の要素が分離把握されること自体は,決して目新しいことではない。
とはいえ,一部のリース契約や債権創設のケースでは,分解された複数の要素が正の要素と負の要素に分かれることはなかった。リースのケースで計上される減価償却費と利息費用はともに「正の費用」であり,債権創設のケースで計上される受取手数料と利息収益はともに「正の収益」であった。これに対し企業年金のケースでは,「正の費用」にあたる勤務費用や利息費用と,「負の費用」あるいは費用の控除項目にあたる年金基金の期待運用収益への分解が行われている。内訳要素への分解というより,むしろキャッシュフローを超えるような金額へと配分総額を膨らませるような形をとる分解(以下,これを「グロス展開」と呼ぶ)が行われている点で,年金費用に関する分解は,現行ルールの体系が許容してきた典型的な分解の手法とは異なる。
A「グロス展開」に関する類似の事例:貸付金の減損
もっとも,年金費用のケースのような「グロス展開」が,まったく行われてこなかったわけではない。例えば収益力の低下した貸付金にも,「グロス展開」に相当する会計処理が求められている9。すなわち現行ルールは,減損が生じた貸付金から将来に期待されるキャッシュインフローをいわゆる「当初の実効金利」で割り引いた額まで,簿価を切り下げるように求めている。その後は「当初の実効金利」を用いて債権簿価を割り増し,それにみあう利息収益を計上するように求めている。
【123頁】減損貸付金に関する,投資期間の全体を通算した損益は,当初の貸付額と実際の回収額との差額に一致するが,上記のルールにもとづく場合,この「純額の成果」は,利息収益と減損損失とに「グロス展開」される可能性がある。例えば割引発行されたゼロ・クーポン債について,取得直後に減損が生じ,簿価が取得価額未満に切り下げられたとする。ただ最終的には,取得原価を超えるようなキャッシュフローの回収が見込まれ,実際にそれだけのキャッシュフローが回収されたとする10。このとき,新たな配分スキームによる利息収益の合計額から減損損失を控除したものが,純額におけるキャッシュの増加,すなわち「純額の成果」と一致する。そのかぎりで,減損貸付金に関する投資の成果も「グロス展開」によって把握されているものとみなしうる11。
とはいえ,減損貸付金における「グロス展開」と,年金費用における「グロス展開」とは,その形式的な類似性にかかわらず異質な背景を持ち,異質な考え方に支えられている可能性もある。より具体的にいうと,減損貸付金については「グロス展開」を行わなければ経験的な意味づけが困難な利益計算が導かれてしまうのに対し,年金費用については必ずしもそう言い切れない可能性が残されている。以下,まずは減損貸付金についてこの点を確かめてみたい。
B「グロス展開」の異同点—企業年金と減損貸付金―
「金融商品に係る会計基準」の導入以前,日本においては減損貸付金の会計処理に関する明確なルールが定められていなかった。これに対し米国では,財務会計基準書第15号に会計処理が明記されていた12。そこでは,たとえ貸付金に減損が生じたとしても,将来に予想されるキャッシュフローの総額が現時点(簿価切り下げの要否を判断している時点)における簿価を超えるかぎり,その時点での簿価修正は行わないこととされていた。減損の事実は即時の簿価切り下げではなく,むしろ利息収益の配分計算に用いる実効金利の低下という形で将来の期間損益に反映させるべきと考えられていた。
このとおり,米国におけるかつてのルールでは,減損が生じても原則として簿価切り下げは行われなかったため,損失と収益とが両建てで計上されることはなかった。つまり収益について「グロス展開」の問題は生じなかった。旧来のルールはその意味で,伝統的な配分規約に忠実な方法であったといえる。しかしこのルールには,減損の事実が十分に反映されないという批判が寄せられてきた。その批判は強く,たとえ投資全体をつうじて獲得する純額のキャッシュを超えるような収益を配分することになったとしても(すなわち配分規約の形式的な遵守から期待される便益を犠牲にしても),減損が判明した時点でその事実を期間損益に反映させることのほうが重視されたようである13。
【124頁】ここで確かめたとおり,減損貸付金について「グロス展開」が行われているのは,それが「より望ましい」14利益計算の達成手段となりうるからであり,かつ,そのための手段として「グロス展開」がある種の必然といいうるからである15。「グロス展開」は現行ルールが許容する測定操作とは言い切れないが,旧来のルールを逸脱するようなものであっても,逸脱による費用を超えるような便益が期待できるのなら(かつ,そこでいう逸脱が便益を得るための手段として必然的なものであれば),そのような逸脱は許容しうるものといえる。はたして同様のことが,年金費用についてもいいうるのであろうか。
C退職給付会計基準に「期待されている役割」と「実際に果たしている役割」
前項(第1項)の最後に簡単に言及したとおり,退職給付の現行基準は,退職一時金と企業年金とを等質的なものとみなしている。それらはいずれも賃金の後払いとしての性格を有している以上,退職給付に関連する費用は,労働サービスをどれだけ消費したのかという事実に着目して計上しなければならないという考え方が,現行の会計基準を支えている16。
現行ルールの公表に際し,このような考え方が採用された理由はいくつか推察できる。このうち最も重要と思われるのは,基金に対する拠出額をそのまま年金費用としてきた,旧来の支配的な実務に対する疑義である。旧来のルールは,基金に対する拠出額について経営者に裁量の余地が残されており,それは消費した労働サービスの対価を直接的には反映していないという批判を免れられなかった。こうした事態を改善するため,現行ルールでは,拠出額に依存しない形で毎期の退職費用を決めることとされた。その際に退職一時金との等質性という観点から,配分総額・配分期間・配分基準(配分パターン)のありかたが決められたのである。
そうなると,ここで確かめなければならないのは,(a)退職給付の基本的な性格は賃金の後払いといえるかどうか,(b)基金への拠出額は労働サービスの対価を反映していないといえるかどうか,(c)各期に消費した労働サービスにみあう退職費用を計上する方法として,退職一時金に求められている会計処理を準拠枠とするのは必然かどうか,(d)そもそも退職一時金と企業年金とは等質的かどうか(退職一時金の会計処理を準拠枠として,企業年金の会計処理を決められるかどうか)などであろう。これらがすべて事実なら,「グロス展開」という点で伝統的な配分規約と抵触してしまうような配分手続が許容される可能性もある。はたしてそう言えるのであろうか。
上記の問題のうち,(a)および(b)については大きな論争がみられない。考察が必要なのは(c)と(d)である。先行する米国の会計基準なども「グロス展開」にもとづく配分方法しか認めていないことから,退職一時金のケースを準拠枠とした配分(すなわち)はあたかも必然であるようにみえる。従業員が将来退職したとき,その時点以降に求められる年金支出の割引現在価値を「当面の目標」(すなわち退職時点までに配分すべき総額)とみなし,労働サー【125頁】ビスの消費と関連する事実(勤続年数など)にもとづき,この金額に相当する「正の」退職費用を規則的に配分していく方法が,現行基準を支える基本理念(労働サービスの消費にもとづく発生ベースの費用配分)と整合する側面を有しているのはたしかであろう。現行基準によって,旧来のルールが持っていた欠点が(少なくとも部分的に)解決されたというのは,個人の価値判断に大きく左右されることなくいいうることといえる。
D「期待されている役割」と代替的な達成手段
逆にいえば,これまでに確かめられたのは,現行ルールが,「労働サービス消費の事実を反映した費用配分」という目標の達成に資する手段としての有効性であって,それが唯一の手段であることが示されたわけではない。はたして現行ルールが指示するやりかたは唯一の手段なのであろうか。
ここで注目に値するのは,「労働サービスを消費した事実の適切な反映」という達成目標が,直接には,適切な配分期間や適切な配分基準(配分パターン)の設定によって達成されたのであって,配分総額の工夫によって達成されたわけではないという点である。問題の解決に資する配分期間や配分基準は選択肢が限られ,現行ルールのやりかたが事実上唯一の方法といいうるが,配分総額に関する制約はない。とすれば,首尾一貫した議論に支えられているかぎり,上記の配分期間・配分基準と組み合わせうる配分総額は,複数想定可能となる。つまり目的達成に資する配分手続は,少なくとも形式上は,複数存在するのであって,現行ルールのやりかたが必然とはいえない。
実際に現行ルールで認められているのは,退職時点までの勤続期間については,従業員が将来退職したとき,その時点以降に求められる年金支出の割引現在価値を配分総額とする方法だけである。そこでは配分期間や配分基準と配分総額とが同時に決められているため,特定の配分総額を選択することが,目標達成のための手段として必然であるようにみえる。
しかし配分総額が特定化されているのは,「退職一時金と企業年金の等質性」を与件として旧来のルールが抱えていた問題の解決を図ろうとしたためである。いわば配分総額の特定化は「退職一時金と企業年金とで,会計処理の整合性を図るべし(すなわちふたつのケースで,配分期間や配分基準のみならず,勤続期間に関わる配分総額も揃えるべし)という判断を下した場合の必然であって,旧来のルールが抱えていた問題を解決するための手段として必然というわけではない。両者は切り離し,独立に論じうる問題である。そのことを明らかにするため,以下,旧来のルールが抱えていた問題を解決するための代替案を示すこととしたい。
いま,「勤務の結果として,退職時点以降に支給が求められる年金支出の割引現在価値」に代えて,基金に対する拠出総額を配分総額とみなす場合を想定する。年金関連の費用を正の要素と負の要素に分解することなく,キャッシュアウトフローの総額を単独の年金費用とみるのである17。企業が従業員の退職時点までに準備しなければならない資金から,基金の資産に期待される運用成果を予め控除した額を配分総額とみなすのが,いま想定している方法である。あるいは,現行ルールが「グロス展開」している費用を,正の要素と負の要素に分けず,純額の費用に一本化する方法と言い換えてもよい。
配分総額をこのように設定した場合であっても,従業員の勤務に関連する何らかの事実にひきつけて,規則的に年金費用を配分することは技術的に可能である。最も単純には,予想され【126頁】る基金への拠出総額を,予想される勤続年数で除した金額を各期に配分する方法を採用すればよい。配分総額をこのように変更しても,@経営者の恣意的な操作に左右されず,かつA労働サービスの消費という事実にそくした規則的配分は可能である。結局,つまり旧来のルールが抱えていた問題の解決にとって,「退職一時金と企業年金の等質性」を前提とした配分計画の採用は必然といえない。意味のある代替的な解決手段も想定可能なのである。
E代替的な手段と実際に採択された手段の対比
では,どちらの方法によっても旧来のルールが抱えていた問題点を解決できるとしたとき,いずれを採用すべきか,両者の優劣はいいうるのであろうか。結論からいえば,それぞれの方法が質の異なる問題を抱えており,優劣は価値判断の問題となってしまう。
まず「代替的な手段」については,一定の制約条件のもとでしか適用できない点が問題となりうる。具体的には,経営者がいったん決定した拠出パターンを(見積もりの修正などを理由とする場合を除き)みだりに変更しない,といいうる場合でしか意味を持たない。というのも,「代替的な手段」で配分総額とされる「基金への拠出総額」は,現行ルールのもとでの配分総額(従業員が将来退職したとき,その時点以降に求められる年金支出の割引現在価値)を与件としたとき,経営者の裁量によって決められる拠出パターンのいかんによって変化するからである。より具体的にいうなら,より早期により多額の資金を拠出すれば必要な拠出金額は減少し,より多額の資金をより遅く拠出すれば必要な金額は増加する。
もともと拠出パターンの決定は経営者の裁量に委ねられており,その変更を利益計算の観点から禁止するのは本末転倒であり難しい。そうなるとこの方法は,効率的な企業運営の観点(あるいは経営者行動の合理性の観点)から,利益操作を目的とした拠出パターンの変更は事実上行われないといいうる場合に限って適用可能となる。つまりこの方法を適用できるかどうかは,利益の水増しあるいは圧縮を行おうとすれば,資金配分の効率性を歪めることとなるため(余剰資金が生じるため,あるいは必要以上に高い資本コストでの資金調達が求められるため),高いコストを正当化しうるような利益操作は原則として起こらない,といいうるかどうかに依存する。
他方の現行ルールにも問題はみられる。配分総額の考察だけで完結する問題ではないため,ここでは要因を記述するだけにとどめるが,現行ルールが求めている方法によれば,退職時点以降の各期,すなわち直接的には労働サービスの提供を受けていない期間への費用配分(負の費用を含む)が不可欠となる。このような期間配分は,退職費用を労働サービスの対価の後払い分とみる基本的な立場と結びつけるのが難しい。結局,ふたつの方法はそれぞれ異質な問題を抱えており,両者の優劣についての判断は分かれてしまうのである。
F小括
ここでは,現行の退職給付会計基準が退職給付に関連する費用を「グロス展開」し,「正の費用」としてキャッシュアウトフローの総額を超えるような費用の配分を求めている点を採り上げて論じた。この方法は伝統的な配分規約と整合的とはいえないが,類似した方法なら減損が生じた貸付金に関する期間配分にもみられる。そこで退職給付費用の「グロス展開」についても減損が生じた貸付金と同様に,逸脱を正当化するような理由が見出せるかどうかを検討した。
退職給付に関する新たなルールは,旧来のルールが抱えていた問題を解決するために導入されたものといえる。具体的には,毎期の退職費用が労働サービスの消費と必ずしも関連してい【127頁】ないという問題を解決するための手段であった。実際,「グロス展開」をつうじて問題は解消されている。ただ,問題を解消するための手段として「グロス展開」は必然とはいえず,代替的な手段の存在も明らかとなった。実際に採択された方法と代替的な方法はいずれも新たな問題を抱えており,いずれか一方の優越を主張するのは,これまでの検討だけでは困難である。代替案に対する優越を示せない以上,伝統的な配分規約からの逸脱をサポートするだけの十分な理由があったとはいいきれないというのが,これまでの考察から引き出されてきた含意である。
もちろん,このような含意は,「退職一時金と企業年金の等質性」を与件として,「グロス展開」にもとづく費用配分の必要性を説く現行ルールの立場とは整合しない。ほんらい必要のない整合性を退職一時金と企業年金との間で保とうとした結果,現行ルールにおいては,「労働サービスの消費という事実にもとづく費用配分」という基本理念に反するような配分手続が強いられているというのが,本稿のスタンスである。先に示した代替案なら回避できるこの問題を,現行ルールは敢えて抱え込んでいるというのである。この問題の全容は,配分期間や配分基準(配分パターン)に関する考察の後でなければみえてこない。次節では,退職給付に係る現行ルールが退職一時金と企業年金とで会計処理の整合性を図ろうとした結果,どのような問題を抱えてしまったのかを中心に考察を進めたい。
第2節 配分期間に関する新旧ルールの異同点
(1)裁量の余地なき配分期間の設定
現行の退職給付会計基準が公表されるまでの間,退職給付費用の配分期間は,退職一時金と企業年金とで以下のように異なっていた。すなわち退職一時金については,退職給付を受ける従業員の退職時点までに必要な費用を配分し終えるよう求められていた18。他方,現金主義にもとづく費用の計上が行われていた企業年金については,事実上,必要な資金を拠出し終えるまでが配分期間とされていた。
このうち企業年金に関する配分期間は,退職給付費用を労働サービスの対価(後払い分)とみる立場と必ずしも整合しない。というのも,極端な拠出パターンを想定した場合,受給者の就職直後に費用配分が完了してしまうこともあれば,逆に退職時点を超えて,年金支給の終了直前まで費用配分が続けられることもありうるからである。いずれの場合も,従業員の勤務に直結しない期間に退職費用が配分されることとなる。
現行ルールでは,こうした問題の解決が図られている。具体的にいうと,現行ルールは「退職時点において,それ以降に予想される年金支出の割引現在価値」にみあう費用を退職時点までに,実際の年金支出総額にみあう費用(すなわちグロス展開した「正の費用」の合計額)や期待運用収益の合計額にみあう「負の費用」を,給付の終了時点までに配分するよう求めている19。言い換えれば,@グロス展開した正負の費用を給付が終了する時点までに配分し終えるとともに,A「退職一時金と等価なもの」と解釈しうる「退職時点において,それ以降に予想される年金支出の割引現在価値(退職給付見込額)」を退職時点までに配分し終えるように求めている。後半Aの部分は「勤務費用相当額を退職時点までに配分し終えるよう求めている」と言い換えることもできる。
【128頁】こうしたルールの導入により,とりわけ企業年金について,退職費用の配分期間が経営者の裁量に委ねられるような事態は回避されている。労働サービスの消費という事実と退職費用との対応関係は,その意味で,ある程度確保されることとなった。新たなルールの導入はそのかぎりで,旧来のルールが抱えていた問題の解消に資するものといえる。
とはいえ,新たなルールの導入が問題を完全に解決できたかどうかについては,なお慎重な検討が必要である。また,旧来のルールが抱えていた問題の解決と引き換えに,別の問題が生じた可能性もある。次項では,このようなことが生じていないかどうかを確かめたい。
(2)新たなルールの貢献と限界
@退職以降に計上される「労務費用」
先に確かめたとおり,旧来のルールが抱えていた問題を現行ルールが部分的に解決したのは事実である。しかし「労働サービスを消費した事実に対応した配分期間の設定」が最終目標であるとすれば,新たなルールの導入によって問題のすべてが解決したとはいいきれない。というのも,現行ルールのもとでも,年金支給対象者の退職以降,引き続き退職給付に関連した費用の計上が続けられるからである。「労働サービスの消費という事実にもとづく費用配分の達成」を与件とすれば,支給対象者の退職以降,給付終了時点までの期間に何らかの退職費用を計上するやりかたはサポートするのが難しい。問題の支給対象者は,その期間に労働サービスを提供していないからである。
にもかかわらず,現行ルールのもとでは,「グロス展開」された退職費用のうちのふたつの要素が,労働サービスの消費と直結しない期間に配分されている。ひとつは利息費用の要素であり,もうひとつは「負の費用」としての期待運用収益である。
このうち前者は,退職時点までに配分すべき総額を「退職時点以降に予想される年金支出の割引現在価値」とするかぎり,退職以降の期間に計上するのが不可避の要素といえる。上記の割引現在価値は,実際の給付総額(割り引かずに合計したもの)に満たない。退職時点における退職給付見込額を割引現在価値でとらえるのを与件としたうえで,支給完了時点に退職給付債務がちょうどゼロとなるような期間配分を行うためには,退職時点以降に退職給付債務の割り増しが必要であり,その過程で利息費用が必ず計上されるのである。
他方の期待運用収益は,本稿でいう「負の費用」の独立把握を与件とするかぎり,やはり退職以降の期間に計上するのが不可避の要素といえる。というのも,退職給付が完了するまでの間,基金には何らかの資産が残っており,基金の資産に残高が存在する以上,それに一定率を乗じて期待運用収益を計上する手続は必ず求められることとなるからである20。
もし退職費用の本質を「賃金の後払い」以外に求めるのであれば,すなわち退職以降の生活【129頁】保障や功績報償に求めるのなら,退職以降の期間に費用を配分する方法を論拠づけられるかもしれない。しかしその場合は,そもそも労働サービスの消費という事実に着目して各期に費用を配分する必要が失われる。一方で労働サービスの消費という事実に着目した期間配分の重要性を強調しながら,他方で退職時点以降への費用配分が避けられない現行ルールを,首尾一貫した議論でサポートするのは困難であろう。
A代替案の存在(1)
いま確認したように,現行ルールは,旧来のルールが抱えていた問題を解決するための手段として不完全なものにとどまっている。むろんそれが問題解決のための事実上唯一の手段であれば,その不徹底さを非難することはできない。しかし実際には,問題解決のための代替案をいくつか想定できる。
まず利息費用を退職時点以降に配分する事態の回避だけを考える。旧来のルールが抱えていた問題を回避しながらこれを達成するためには,退職時点までに「それ以降に予想される年金支出の割引現在価値」に代えて「それ以降に予想される年金支出の単純な合計額」を配分すればよい。言い換えれば,勤務費用のみならず利息費用も加えた「正の費用」の総額を,退職時点までに配分すればよい。こうすれば,退職時点以降の年金支給がすべて退職給付債務の減少として処理されることとなり,退職以降に新たな「正の費用」は生じない。当初の見積もりどおりに年金の支給が行われれば,最終の給付によって退職給付債務の残高はゼロとなる。この方法では「正の費用」の配分期間が退職時点までと決められているため,旧来のように,配分期間が経営者の裁量によって左右されるような事態は避けられている。
この代替案に対しては,(金銭債務である)退職給付債務から利息費用を生じさせないような費用配分は,債務に関する一般的な配分ルールに反している,という趣旨の批判が予想される。しかし基金への積立が十分な水準となり,いわゆる前払年金費用が計上されるような状態になっても,なお利息費用の計上が求められることから明らかなように,退職費用の一構成要素としての「利息費用」は,金銭債務に生じる通常の利息費用とは性質が異なる。以下,この点を詳しく記述する。
退職費用の一構成要素としての「利息費用」は,各期の勤務費用を割引現在価値の計算フォーマットにそくしてとらえたことの結果として計上されるものに過ぎない。いわば「正の費用」のうち勤務費用に相当しないものという形で,従属的にしか意味づけられないものといえる。それはいったん割引現在価値で評価した勤務費用をもとに,その割り増しという計算過程から導かれてくるものゆえ,通常の利息費用と「少なくとも外形上は」類似している。その類似性ゆえ,いわば「後づけ」で利息費用と呼ばれているのに過ぎず,これを金銭債務から生じる利息費用と等質的なものとみなすことはできない。
以上は,さらに次のように言い換えることもできる。通常の金銭債務であれば,まずは借入額としてのキャッシュインフローがあり,それを超えて求められるキャッシュアウトフローに利息費用という性格が与えられる。これに対し,退職給付の計算において(最初に)外生的に【130頁】決まるのは,退職以降に求められるキャッシュアウトフローだけである。そこに「元本」の概念はなく,あるのは,キャッシュアウトフローの総額にみあう費用を,各期にどう配分するのかという問題だけである。たしかに,ある期に特定額の勤務費用を配分すると,未払いの費用にみあう退職給付債務が生じる。しかしこの額は,報告主体がみずから配分のベンチマークとして設定したものに過ぎない。勤務費用をどう配分するのかに連動して,費用としての総額や計上のタイミングが変わってしまう「利息費用」を通常の利息費用と等質視するのは困難であろう。
ここで確かめたとおり,「正の費用」を勤務費用と利息費用に分解せず,これらを一本化して退職時点までに配分する方法は,(予想される強い批判にもかかわらず)現行ルールが指示する方法の代替案としてサポートしうる。しかも現行ルールが指示する方法と異なり,これによれば,少なくとも「正の費用」について,退職時点までに費用を配分し終えることができる。代替案が存在する以上,現行ルールが指示する方法の必然性を強く主張するのは困難であろう。
B代替案の存在(2)
もちろん,上記の方法では,基金の期待運用収益を退職時点までに配分し終えることはできない。しかし前節で示した方法,すなわち退職費用の「グロス展開」を行わず,正負の費用を一本化する方法によれば,すべての費用を退職時点までに配分し終えることができる21。いわば期待運用収益を独立把握するのではなく,それをインプリシットに控除した純額を配分総額とみて配分計画を設定するのである。先に述べたとおり,ここでいう「期待運用収益を控除した純額」は,基金に対する拠出総額を意味する。この拠出総額を,消費された労働サービスに応じて計画的に配分するのである22。
この代替案を採用した場合,基金が稼得する運用収益は,部分的に「先取り」されることとなる。典型的には,受給者の退職以降に基金が稼得すると予想される収益が前倒計上の対象となる。というのも,この代替案では,基金が給付終了までの全期間をつうじて稼得する見込みの収益が,給付の終了に先立つ退職時点までに配分されるからである。この代替案は,期待運用収益が独立した収益項目ではなく,あくまでも「負の退職費用/退職費用の控除項目」に過ぎない点に着目し,実際の収益稼得期間にかかわらず,それをほんらいの(正の)退職費用が関連する期間に配分する方法と位置づけられるであろう。
むろん,財政計算上,期待運用収益は期間毎に見積もられているはずである。そして基金に資産が存在するかぎり,それが実際に運用成果を生み出すのも事実である。しかし,だからといって,財政計算上の期待運用収益にそくして退職費用の配分計画を決める必要はない。先に確かめたとおり,退職費用が労働サービスの対価とみなされている以上,「負の」構成要素である期待運用収益は,退職時点までに配分し終えなければならない,という要請がある。そういう要請の存在は,退職時点以降に予想される運用収益を,退職までの期間に(事実上)見越計上するような配分計画を支持する理由になりえよう。
【131頁】この代替案に対しては,退職時点以降に生じる運用成果を,成果の獲得に直結しない期間に帰属させる点への批判が予想される。母体企業が主体的に成果を生み出しているのであれば,この批判は的を射たものとなりうる。しかし資金の運用は,直接には基金に委ねられている。基金から母体企業に求められるのは,運用成果をつうじた「負担軽減後の」資金拠出に過ぎない。そうであれば,基金が運用成果をいつ,どれだけ生み出す予定なのかに着目して,母体企業側の費用配分を決める必要は乏しいであろう。
この代替案に対しては,期待の改訂が不可避である以上,たとえ配分期間を退職時点までに設定したとしても,すべての費用を退職時点までに配分し終えることは事実上できない,という批判も予想しうる。これまでの考察では,期待の改訂が生じない状況を一貫して想定しているが,配分期間が長期にわたる退職給付のケースにおいて,見積もりの修正は実際には避けられない。退職時点以降,年金給付が終了するまでの期間においても,例えば期待運用収益に関する見積もりの修正が起こりうる。そうなると,たとえこの代替案を採用しても,退職時点までに費用の配分が完了する保証はないというのである。期待の改訂による損益の計上が,退職以降の期間において避けられないという指摘は事実である。
ただ,数理計算上の差異を修正する余地(だけ)が退職以降の期間に残されている状況と,たとえ期待の改訂が生じなくても費用の一部が退職以降の期間に(必ず)配分されてしまう状況とを同一視することはできない。前者を「退職時点までに退職費用を配分し終える方法」と呼ぶことができても,後者をそう呼ぶことはできない。見積もりの誤りをどう修正するのかは,配分計画をどう設定するのかと結びつけずに論じうる問題であり,配分の基本的な枠組みは見積もりについて修正の余地が残されているかどうか,見積もりの誤りをどう修正するのかとは独立に決められる。そう考えれば,いま検討している代替案を,退職時点までに費用を配分し尽くせる点で,現行ルールが抱えている問題の解消に資する方法と位置づけるのも許されるであろう。
C不完全なルールを導入する必然性
先に確かめたとおり,現行ルールは配分期間のありかたという点で,旧来のルールが抱えていた問題を部分的に解決しているものの,完全な解決には至っていない。しかもより完全な解決に資する代替案が存在する以上,現行ルールの不完全性を「やむをえないもの」「避けられないもの」と片付けることもできない。にもかかわらず,敢えて現行のやりかたが支持され,指示された理由はおそらく,第1節でも問題となった「退職一時金と企業年金との等質性の重視」というスタンスに求められる。
より具体的には,退職時点に支給される一時金と,企業年金における「退職以降に予想される給付支出の,退職時点における割引現在価値(退職給付見込額)」とは等質的なものであり,いずれのケースにおいてもこの金額にみあう費用を退職時点までに配分しなければならないという議論が,配分総額の場合と同様に,現行のやりかたを背後で支えていると考えられる。
実際,このスタンスを与件とすれば,現行のやりかたが一意的に導かれてくる。本節(第2節)の「@退職以降に計上される『労務費用』」でも確認したとおり,退職時点では要支給額の割引現在価値にみあう費用しか計上されていない以上,その後支給総額(割り引かずに合計したもの)への割り増しの過程において,利息費用の計上が不可欠となる。その結果,利息費用の配分期間は退職時点までではなく,支給完了時点までとなる。
また退職一時金との「整合性」を重視する観点から基金への拠出総額(すなわちキャッシュ【132頁】アウトフローの総額)を超える退職給付見込額を「正の」費用総額とすれば,その超過額を調整する必要が生じる。その調整のためには,「負の費用」としての期待運用収益の独立把握が不可欠となる。この期待運用収益の配分期間は,基金の資産から生じるものであるから,特段の要請がないかぎり,資産が消滅するまで,すなわち支給完了時点までにわたり配分されることとなるのである。
そうなると残された問題は,退職一時金と企業年金は等質的とみなしうるかどうか(そうみなすのが必然かどうか)である。現行ルールは両者の等質性を前提とし,ふたつのケースで会計処理を揃えようとしているが,そのようなスタンスは必然といえない。両者が類似しているのは事実だが,現行ルールのような形で会計処理の統一を図る必要が,そこから導かれてくるとは思えない。両者の間には相違点もみられ,相違点の中には会計処理と密接に関わるものも含まれているからである。
例えば,受給権がどれだけ保護されているのかという点で両者は異なっている。いうまでもなく,受給目的にしか充当できない資産が分離されている点で,年金受給権のほうがより強く保護されている。また生活保障・功績報償などの要素がどれだけ含まれているのかという点でも両者は異なる。現行ルールは退職給付の「賃金の後払い分」としての側面を強調して会計処理を決めているが,退職給付が生活保障・功績報償などの要素も併せ持っているのは事実であろう。退職後も継続して支払われる企業年金は,こうした性格をより強く帯びている。
さらには,退職後の従業員にとっての投資機会が,母体企業のそれとくらべて限られている点も指摘できる。そうなると,「母体企業がみずから直面している投資機会にもとづいて計算した年金支給額の割引現在価値」と退職一時金との比較は意味を持たないこととなる。かりに両者が等価であることから,受給者に一時金と年金との任意選択を認めたら,(多額の借金を抱えているなどの理由で,直近により多額の資金を必要としているような者を除けば,)多くは年金の受給を望むことであろう。
これらに加え,一方では母体企業自身による資金運用が求められるのに対し,他方では外部の基金に資金の運用が委託される点でも両者は相違している。議論を単純化するため,いずれにおいても退職一時金が支払われるケースを想定する。いわば企業年金制度に代えて「基金利用の退職一時金制度」を「典型的な退職一時金制度」と対比するのである。これまでも断片的に何度か確かめてきたとおり,このとき,最終的に求められるキャッシュアウトフローの総額は両者で異なる。基金による運用成果の分だけ,基金を利用した場合に求められるキャッシュアウトフローのほうが相対的に小さくなる23。最終的な費用総額は支出合計額と一致することから,この違いは利益測定にとって無視しえないものである。配分総額が異なることから,どのような手段を用いても,退職一時金と完全に整合的な配分計画を設定することは技術的に困難なのである。
以上の考察からすれば,「退職一時金と企業年金との等質性」を当然の前提とするのは難しい。両者が等質的というのは基準設定主体が下した判断であって,誰もが認めうる客観的な事実とは異なる。先に記述した代替案を採用せずに現行のやりかたを採用したことは,この判断【133頁】を与件すればサポートしうるが,そもそもこの判断自体に議論の余地が残されていることは,ここに記して強調する必要があろう。
配分期間に関する考察をつうじて,現行ルールが抱えている問題はより明確になってきたといってよい。「ほんらい望みえない」退職一時金と企業年金との等質性を無理に強調しようとした結果,労働サービスの消費という事実にそくした費用配分という,当初の目標が達成を妨げられているのである。とはいえ,これまでのところ,「等質性」を強調したことに起因する問題の全貌はいまだ解き明かされていない。その全容は,さらに配分パターン(配分基準)の問題を論じてからでなければみえてこない。次節では,退職給付に係る新たな基準が配分パターン(配分基準)という点で,伝統的な配分規約と整合的かどうかを検討したい。
第3節 配分基準(配分パターン)に関する新旧ルールの異同点
(1)労働サービスの消費に応じた期間配分
@旧来のルールとその問題点
既に繰り返し述べてきたとおり,退職給付に関する現行の会計基準が公表されるまでは,退職費用の配分基準について,退職一時金と企業年金とで異なる実務が支配的となっていた。このうち退職一時金については,期末時点にすべての従業員が退職した場合に求められる,一時金要支給額の変動額に着目して退職費用をとらえる方法が支配的であったとされる24。これに対し企業年金については,これまでの考察においても言及してきたように,基金への拠出時点に拠出額がそのまま費用とみなされてきた。
指示されている会計処理は異なるものの,ふたつのケースには共通の問題点がみられる。それは,各期に配分される退職費用の意味が配分パターンからは読み取れないという点である。もちろん,退職一時金については,各期の退職費用に与えられた意味を配分パターンからある程度読み取ることができる。従業員の自己都合あるいは会社都合による退職一時金支給額は,通常,従業員による労働サービスの提供や会社への貢献とともに増加する。そのような事実に着目した費用配分が求められている以上,旧来は基本的に,一時金に関連する退職費用が消費された労働サービスの対価と考えられていたのであろう25。
ただ,旧来は,退職一時金要支給額のすべてではなく,その一部だけしか各期に配分されないことが多かった。税法規定の影響もあり,十分な費用の配分は行われてこなかったと言われている26。過少な額しか配分されなかったという意味で,退職一時金に係る旧来の支配的な実【134頁】務は,「労働サービスの対価としての費用配分」という理念を貫徹したものとなっていなかったのである。
他方の企業年金については,各期に計上される退職費用が労働サービスの消費という事実を反映していないことはより明確である。繰り返し採り上げてきたように,基金に対する拠出額については経営者による裁量の余地が残されており,労働者によるサービスの提供という事実から十分に独立した形で各期の配分額を決めることも可能だからである。抱えている問題の深刻さには違いがみられるものの,いずれのケースの費用配分も,何を目指しているのかが不明確という点で共通していたといえるであろう。
A新たなルールの概要と貢献
これに対し現行ルールは,退職費用は退職一時金と企業年金のいずれにおいても従業員から提供された労働サービスの対価の後払い分であるから,労働サービスの消費という事実にてらして配分しなければならないという考え方に貫かれている。具体的には,いわゆる「発生給付評価方式」にもとづく費用配分が求められている。発生給付評価方式とは,まず退職関連の支給額を見積もり,それを適切な基準によって各期に配分した後,配分された額(退職時点の価値で測られたもの)を,労働サービスが実際に提供される各期における割引現在価値に引き直したものを,各期の勤務費用として計上する方法をいう。「適切な基準」の代表例としては,退職関連の支給額を予想される勤務期間で単純に除した額を「割引前の」配分額とみる予測単位積増方式がある。
現行ルールが指示する発生給付評価方式によれば,割り引く前の配分額(最終的に各期に計上される勤務費用ではなく,その計算根拠となっている割引前の金額)が勤務期間や(退職給付と密接に関わりあう)給与の水準などにもとづき決められる。この点に着目すれば,現行ルールが指示する方法は,労働サービスの消費という事実に着目した配分方法と解釈することができる。しかも現行ルールにおいては,旧来の退職一時金とは異なり,各期に消費したとみなされる労働サービスの対価が,部分的にではなくすべてその期の退職費用となる。現行ルールはこの点で,退職費用の意味を明確化するのに資するものとなっている。
ここで確かめたとおり,配分基準のありかたという点で,現行ルールは旧来の実務が抱えていた問題点を解決している。その反面,新たな配分方法は,既存のルールの体系と必ずしも整合しない点も併せ持っている。さらにいうと,旧来の実務が抱えていた問題点は,このような不整合を生み出さない代替案によっても解決可能にもかかわらず,現行ルールでは,先に説明した別の方法が敢えて採択されている。なぜそのような選択がなされたのか,その経緯や意義を次項の考察対象としたい。こういう考察の過程では,配分総額や配分期間に関する議論との重複が免れられないが,ここでは重複を恐れず,現行ルールが引き起こしている問題を配分基準(配分パターン)の観点から問い直してみたい。
(2)伝統的な配分規約との関係
@労働サービスの消費にそくした費用の配分と利息費用の独立把握
前項で記述したとおり,現行ルールは,労働サービスの消費という事実にてらして退職費用を各期に配分する考え方に支えられている。こういう観点から,発生給付評価方式,なかでも予測単位積増方式が原則とされている。ただ,上記の基本的な考え方から発生給付評価方式が(原則的な処理として)導かれてくる理由は,慎重に確かめてみる必要がある。
発生給付評価方式に属する予測単位積増方式を採用した場合,各期に計上される費用の基礎【135頁】となる「割引前の配分額/割当額」は,支給総額を勤務年数で除したものとなる。もし@毎期に提供される労働サービスは時間に比例しており,かつ,A単位あたり労働サービスの退職給付への貢献は均等であれば,上記の方法はまさしく「労働サービスの消費という事実に忠実な方法」といえる。
逆にいうと,「労働サービスの消費という事実にそくした費用配分」という要請から一意的に決められるのは,上記のこと(「支給総額を勤務年数で除したもの」に配分の基礎を置くこと)だけである。にもかかわらず現行ルールでは,最終的に,「配分の基礎となる額」を現在価値に引き直すように求めている。時間の価値に応じて,各期に異なる額の勤務費用を計上することにより,「労働サービスの消費という事実にそくした費用配分」という要請により忠実でありうるというのが,現行ルールが採る立場のようである。この結果,割引現在価値の割戻し分(割増分)として,利息費用の計上が必要となってくる。
この処理が抱えている問題点のいくつかは,配分総額や配分期間に関連づけて説明済みである。例えば,勤務費用と利息費用への分解を行わなければ退職時点までに退職費用を配分し終えることが可能なのに,現行ルールでは分解が行われる。そのため,利息費用の配分が給付終了時点まで強いられることとなり,労働サービスの提供と無関係な期間にまで退職費用が配分されてしまう。これは直接には配分期間に関わる問題であった。配分基準により直結する問題としては,これに加えて,退職費用の不必要な遅延認識が強いられてしまう点も指摘できる。
A利息費用の独立把握に向けられる疑義—配分基準の観点から―
異時点間で貨幣が異なる価値を持つのは事実である。かりに「実態の反映」というスローガン,あるいは観察しうる事実はすべて可能なかぎり会計上の測定値に反映すべきという価値判断を受け入れれば,割引現在価値の様式にもとづいて勤務費用を算定するのは当然のこととみなされよう。しかし企業会計上の利益は,投資に寄せられた期待にてらして,その成果が事実に転化した分をとらえたものである。そこでは,とらえるべき成果に関連する事実は測定値に反映されるものの,無関係な事実まで無理に反映する必要はない。不必要な事実の反映は,かえって利益の有用性を損なうおそれさえある。割引現在価値の要否をいうためには,その採用によって各期の利益にどのような意味が与えられるようになったのかを確かめなければならない27。
各期の勤務費用を割引現在価値で算定した場合,割り引く回数の違いを反映し,退職時点に近い期の勤務費用は相対的に大きく,逆に遠い期の勤務費用は相対的に小さくなる。これは貨幣に時間価値が存在する事実と(少なくとも外見上は)整合的な配分パターンである。割引現在価値の採用は,その意味で,配分パターンの改善に貢献している28。
ただ,伝統的な配分規約のもとで関心が寄せられてきたのは,労働サービスなどの用役が物理的な次元でどれだけ消費されたのかである。消費されたサービスがどれだけの価値を有しているのかに着目するのではなく,「評価に依存しない」物理的な減少量だけに関心が寄せられてきたのである。典型的な配分手続といいうる減価償却で,定額法や定率法の仮定が採用され【136頁】ていることを考えれば,この点は明らかであろう。時価や主観的な利用価値の変動にかかわらず,それらと無関係に毎期一定額あるいは一定率の償却費が計上されるのは,まさしく時の経過や利用に伴って物理的に消滅した用役に着目しているからにほかならない。いうまでもなく,物理的な減少量に着目するかぎり,貨幣価値の変動も費用配分のありかたに影響を及ぼさない事実と位置づけられる。
こうした配分規約にてらしてみると,予測単位積増方式などをつうじて各期に割り当てられた「配分の基礎となる額」を割引現在価値に引き直し,勤務費用と利息費用に分離把握するのは,むしろ伝統的な配分規約からの逸脱と考えられる。もちろん,それを正当化するのに十分な理由があれば,配分規約からの逸脱が許容されるかもしれない29。しかし,「労働サービスの(物理的な)消費に応じた退職費用の期間配分」を理念として重視しながら,この場合に限って異時点間における貨幣価値の違いを反映した期間配分を行う理由は,見出すのが難しい30。この理由が必ずしも明らかにされていない以上,配分基準の観点からも,現行ルールが指示する方法を積極的にサポートすることは困難であろう。
B配分基準に関する許容可能な選択肢
配分基準に関する伝統的な配分規約にてらしてみたとき,現行ルールが指示する方法には,もうひとつの問題がみられる。それは現行ルールが配分基準としてごく少数の方法しか認めておらず,事実上,発生給付評価方式に属する予測単位積増方式を原則的方法としている点である31。
物理的な用役の消費という事実にもとづいて各期に費用を配分するケースの中には,物理的な消費量を直接的に把握するのが困難な場合も少なくない。そのようなケースでは,物理的な減少パターンに関するいくつかの単純な仮定を設け,それらを許容することが多い。減価償却の場合なら,定額法,定率法,級数法などがいずれも容認されている。いずれも仮定にもとづくものであり,優劣を問うのが困難なことから,これらはふつう並列され,原則的な方法と例外的な方法に区分されない。退職給付費用に関する現行ルールは,これらの点で伝統的な配分規約に再び抵触している32。
もちろん,減価償却費と退職費用との相違点を強調し,そもそもふたつのケースで測定操作上の整合性を図る必要はないという議論も行いうる。すなわち,償却性資産の場合は,その用役が物理的に消滅するパターンは「事実として」異なりうる。それゆえ複数の償却基準を容認することにも意味を見出しうる。これに対し退職費用の場合は,勤務年数に比例して退職費用が増加するのが「会計の外で決まる事実」である企業や,支給倍率の増加に応じて退職費用が【137頁】増加するのが「会計の外で決まる事実」である企業を区分できない。いわば「会計の外で決まる事実(退職費用の増加パターン)」は個々の企業が置かれている環境の違いにかかわらずひとつである。こう言いうるのであれば,減価償却費を準拠枠として退職費用の会計処理を決めることはできなくなる。
ただ,退職費用がどのような事実にもとづいて増加するのか,外生的に与えられるその事実が企業毎に異なるかどうかは定かでない。また,かりに「会計の外で決まる事実(すなわち退職費用の期間配分において着目すべき事実)」が環境のいかんにかかわらずひとつに決まるとしても,その事実が勤続年数(時の経過)だということを積極的にサポートする議論もみられない。いずれにせよ,配分基準の選択肢が退職費用のケースだけ制限されている事実に合理的な解釈を与えるのは難しい。伝統的な配分規約からの逸脱を正当化するためには,現行ルールを支持する側の立場からさらなる努力が求められよう。
C小括
配分基準のありかたを主要なテーマとするこの節では,これまでの節とは異なり,現行ルールが与件としている「退職一時金と企業年金との等質性」に関する議論を極力避けた。現行ルールを支える考え方をできるだけ受け入れたうえで,にもかかわらず避けられない問題点がないかどうかを検討したのである。
その結果,ここではもっぱら,現行ルールが「退職一時金と企業年金との等質性」とともに重視している「労働サービスの消費という事実にもとづく費用配分」という考え方と,具体的な測定操作との首尾一貫性が問われることとなった。配分という測定操作においては,伝統的に,用役の物理的な減少という事実が重視されている。消費された用役がどれだけの価値を有しているのかは,そこでは,配分のありかたに直結しない事実とみなされてきた。にもかかわらず,現行ルールは,勤務費用と利息費用との分離把握をつうじて,事実上,価値に着目した費用の割り当てを求めている。
これに加えて現行ルールの体系は一般に,用役の物理的な減少量が明確に把握できず,かつ用役減少の指標となる事実が環境に応じて異なる場合は,多様な事実にもとづく配分を許容し,「事実」の選択は経営者に委ねていた。にもかかわらず退職給付の会計基準にかぎっては,配分基準の選択において,ごく少数の事実にもとづく配分しか許容されておらず,その他の事実にもとづく配分が最善でありうる企業の存在は認められていない。いずれにせよ,退職給付に係る現行ルールには,伝統的な配分規約との抵触がみられるのであり,これは「退職一時金と企業年金との等質性」を受け入れても回避できない問題である33。伝統的な配分規約との抵触はさまざまな次元で生じており,それを正当化するための「論拠」としては,せいぜい,特別な問題点がみられないかぎり,先行する海外基準を尊重すべしというような議論にしか求められないのかもしれない34。
【138頁】もちろん,短期的にはそのような判断も誤りとはいえないかもしれない。しかし短期的な見地から,整合性を軽視した基準設定が行われたことによる「負の影響」の深刻さは,簡単にはとらえられない。退職給付に係る会計基準の公表に伴う問題点がいまだ顕在化しておらず,その潜在的な深刻さが気づかれていないことこそ,最大の問題といえるかもしれない。
これまでの議論では,単純化のため,いったん設定した配分計画に修正が求められない場合だけを想定してきた。しかし実際には,見積もりの修正がかなりの頻度で行われており,しかもその影響は重大なものになりうる。次節では,@現行ルールのもとで見積もりの修正を期間利益にどう反映することになっているのか,A修正のありかたはこれまで同様に「退職一時金と企業年金との等質性」などの前提から導かれてくるのか,それとも関連領域に適用されているルールとの整合性が図られた結果なのか,などを検討したい。なお基金に対する支出額をそのまま年度の費用とみなしていた旧来の実務では,見積もりの修正に関する問題は生じない35。次節では新旧ルールの比較ではなく,むしろ現行ルールを支える基本的な考え方を主たる検討対象とする。
第4節 退職給付に係る見積もりの修正
(1)現行ルールの概要
現行の退職給付会計基準は,見積もりの改訂に伴う配分計画の(要)修正額を一括して「数理計算上の差異」と呼んでいる36。そこにはこれまでの文脈でいう配分総額の修正(平均余命の延長に伴い支給期間が延長されたことによる給付額の増加など)による損益のほか,配分期間の修正(平均勤続年数の長期化など)による損益や,配分基準の修正(割引率の改訂など)による損益も含まれる。もとより退職費用は長期にわたる将来見通しに依存しているものであるから,継続的な見積もりの改訂は避けられない。見積もりの改訂のうち,期間損益に反映させる可能性が問われるのは,短期的に平準化され,解消されてしまう見通しの差異ではなく,長期にわたり解消が見込まれない差異にかぎられる。
このような差異が生じたとき,現行ルールでは,差異の総額を簿外で把握するものの,差異【139頁】発生時点に帳簿上で認識するのは,差異の一部だけとされている。残りは合理的な期間にわたり少しずつ配分し,各期に損益を計上し,それにみあう分だけ退職給付引当金を増額・減額修正することとされている。いわば「解消が見込まれない差異」は当初オフバランスとされ,損益の追加計上という手続をつうじて,合理的な期間にわたり少しずつオンバランスされていくのである37。
上記の差異に関する現行ルールの特徴は,大きく三点に分けられる。第一に,配分総額・配分期間・配分基準のうちいずれの変化に起因するのかに応じて上記の差異を区分し,それぞれに異質な会計処理を適用することもできる。にもかかわらず,これらを一括しているのは,現行ルールにみられる特徴のひとつである。第二に,上記の差異については,その存在を把握した時点に,全額を損益計上する方法も想定できる38。これに対し,いったん把握した差異を繰り延べ,遅延認識しているのは,現行ルールにみられるもうひとつの特徴といえる。第三に,把握した差異については全額をただちにオンバランスする方法も想定できるが,現行ルールはただちにオンバランスするのを一部にとどめ,残りを繰延計上することにしている。これは現行ルールにみられる第三の特徴といえる。
はたしてこのような処理は,現行ルールの体系にてらして整合的なものといえるのであろうか。また,見積もりの改訂を想定しない場合と同様に,「退職一時金と企業年金との等質性ないし整合性」という価値判断が会計処理を決めているのであろうか。以下,この点に考察を進めたい。
(2)伝統的な配分規約との関係
@原因別の修正と一括修正
先に述べたとおり,現行ルールでいう数理計算上の差異には,配分総額や配分期間に関する見積もりの修正だけでなく,配分基準(配分パターン)に関する見積もりの修正分も含まれる。いわばこれらは一括把握されているのである。これらがまとめて把握されているのはおそらく,利益計算の基礎となる保険数理計算の影響であろう。たしかに,退職時点以降に求められる退職関連支出やその割引現在価値を推定する際は,すべての要素に関する最新の見積もりが必要である。そこでは,配分総額・配分期間・配分基準の違いが意味を持たない。
とはいえ,保険数理計算と利益計算では目的が異なる。前者から導かれてきた数値をもとに,各期に消費された労働サービスにみあう退職費用を求めるのが後者に期待されている役割である。その役割を果たすのに資するかぎり,保険数理計算と異質な見積もりの修正も支持しうるはずである。実際,現行の利益計算を支える基本的な考え方からすれば39,配分総額や配分期間に関する修正と異なり,配分基準(配分パターン)の修正にあたる割引率の改訂は,十分な【140頁】説得力をもってその必要性をいうのが難しい。以下,この点を詳しく記述したい。
第3節で確認したとおり,労働サービスの消費という事実に着目した退職費用の期間配分という理念と,利息費用の計上という測定操作とはもともと首尾一貫しない。というのも,現行ルールのもとで損益の期間配分に際し重視されるのは財やサービスの物理的な消費という事実であって,消費された財やサービスの価値ではない。消費された労働サービスの物理的な量だけに着目するかぎり,各期の勤務費用を割引現在価値の様式にもとづいて求める必要は導かれてこない。したがって勤務費用と利息費用を分離把握する必要もなく,勤務費用への一本化こそが求められることとなる。とはいえ,勤務費用と利息費用の独立把握が行われているのは事実であるから,ここではその事実をさしあたり受け入れることとする。
では勤務費用と利息費用の独立把握を与件としたとき,上記の現在価値計算で用いる割引率が市場金利水準の変動に応じて(大きく)変化した際,割引率を改訂し,その事実を期間損益に反映しなければならないのであろうか。ある厳しい条件のもとでは,このような処理もサポートしうる。すなわち年金制度や退職一時金制度の打ち切り(終了)が従業員の士気を損なうことなく随時可能であり,かつ,有利な環境のもとでそのような打ち切りを行う意思を母体企業が持っているのであれば,即時決済を行った場合に求められるキャッシュアウトフローを退職給付債務として計上し,その変動によって毎期の費用をとらえる方法にも意味を見出しうる。そのような方法を採用する場合は,常に最新の割引率を用いて,制度終了のために必要なキャッシュフローを見積もらなければならない。このような状況では,割引率改訂を期間損益に反映させることが意味を持ちうる。
しかしこれまでは,企業年金や退職一時金の制度が打ち切られる状況を想定してこなかった。年金基金を利用するかどうかにかかわらず,契約どおりの給付を従業員に対して行うことが与件とされてきたのである。労働サービスの消費という事実にもとづき退職費用を各期に配分するのは,まさしく,退職時点まで労働サービスの提供を受け,退職時点以降にその対価を契約どおり支払うことを前提とできるからであった。このような前提のもとでは,割引率改訂の事実を配分計画(の修正)に反映させることが意味を持つとは思えない。割引率の変動にかかわらず,労働サービス消費の対価として,当初予想したタイミングで,予想した金額の給付を行う必要には変わりないからである40。
この点を理解するためには,満期保有目的の債権に係る利息法を引き合いに出すのがよい。時価の有利な変動が生じたら,事業上の制約を受けることなく処分できる売買目的有価証券と異なり,満期保有目的の債権には,特定期日に特定金額のキャッシュを受け取ることが期待されている。そのような債権については,市場金利水準の変化により時価が変動したとしても,時価変動差額を投資の成果とみなすことができない。当初予定していた額のキャッシュを受け取ることが目的であれば売却はありえず,時価評価差額を実現させることはできないからである。これとちょうど逆のことが,「満期保有目的」と解釈可能な退職給付債務についていいう【141頁】るのである。
さらにいうと,もともと退職費用の一構成要素としての「利息費用」には,金銭債務に生じる利息費用と同様な意味を与えることができない。これも前節までに確かめたとおりである。それはせいぜい,勤務費用を分離把握した後に残された部分としてしか説明できない部分である。労働サービスの消費という事実と直結しない,割引率の改訂という事実にもとづいて勤務費用と利息費用の比率を変えたところで,「サービスの消費にもとづく費用計上」という理念により忠実な期間配分が達成できるわけではない。割引率の改訂を契機に数理計算上の差異を認識するやりかたは,いずれにせよ,論拠づけるのが困難であろう。
もっとも,以上の議論は,退職給付費用の計算において,配分基準に関する見積もりの修正を配分計画に反映させること自体を否定するものではない。いま退職一時金の制度を持つ企業が,勤務費用と利息費用を区分することなく退職費用を一括把握しているケースを想定する。このとき,将来に予想される退職給付関連の支出は,消費された労働サービスの価値ではなく,その物理的な消費量に応じて各期に配分することが可能となる。かりに労働サービスの価値に代えて物理的な消費量に関連する配分基準が採られたら,その場合は退職費用の計算においても配分基準の修正が意味を持ちうることとなる。
例えば減価償却費の計算においては,「正当な理由」さえあれば,償却基準の変更が認められている。この規定が実際にどう運用されているのかはともかく,ここでいう「正当な理由」はほんらい,償却性資産が有する用役の物理的な減少パターンの変化を指すのであろう。これと同様,退職費用のケースにおいても,労働サービスを消費するパターンの変化であれば,配分基準を変更する正当な理由となるはずである。上記の議論でサポートできなかったのは,利息費用に関する割引率改訂の事実を配分計画に反映する必要であり,配分基準の変更それ自体が支持できなかったわけではない点を,最後に確認しておきたい。
A即時認識と遅延認識(1)―伝統的に守られてきた規約―
(配分基準はともかく)配分総額や配分期間に関する見積もりの修正を配分計画に反映させることとしたとき,次に問われるのは,修正の事実を具体的にどう反映させるのかである。この点については,大別してふたつの考え方がありうる。ひとつは,修正に伴う損益をただちに期間損益に反映させる考え方である。もうひとつは,見積もりの誤りが判明した時点以降に修正損益を計上することとし,判明時点においては損益を計上しない考え方である41。
これらふたつのうち,どのようなケースでいずれを採用するのかについて,現行ルールは基本的な考え方を示していない。すなわち上記の点について,包括的で汎用性ある規定は存在しない42。明示されているのは個別のケースに適用されるルールだけであり,例えば減損が生じた貸付金については,回収不能見込額の増加にみあう損失の即時計上が求められている43。また耐用年数が短縮された償却性資産については,臨時償却費の即時計上が求められている。
【142頁】上記のケースで損失の即時計上が求められる理由は,おそらく,その損失が過去から現在に至る会計期間に生じた事象に関わるものであり,将来との結びつきを欠くという事実認識に求められる。例えば貸付金の減損損失は,当期までに生じた回収不能見込額の増加という事実に対応しているからこそ,当期にその全額を即時計上することになっているのであろう。また臨時償却については,償却性資産が有する用役を予想以上の速さで消費してしまった結果,用役の物理的な残存量が当初の見込みより少ないことを理由に計上されるものと理解されているようである。こう解釈した臨時償却費は,いわゆる前期損益修正項目とみなされ,即時に損失計上されることとなる。
B即時認識と遅延認識(2)―退職給付のケース―
退職費用に関する見積もりの修正分が,上記のケースと等質的であれば,そのケースを準拠枠として退職費用に関する会計処理を決めることも可能であろう。その場合,退職費用に関する見積もりの修正分も,原則として,即時計上されることになろう。例えば基礎率の改訂に伴う損益が生じた理由のひとつに,見積もりの修正時点までに生じた,労働サービス消費量の見込み違いを挙げられる。このような事実認識にもとづけば,退職費用に関する見積もりの修正にもとづく損益は即時計上することになる44。この場合,現行ルールが求めている遅延認識をサポートするのは難しい。
もっとも,見積もりの修正については,これを現在までに生じた事象と結びつけるのではなく,将来の事象と結びつける考え方もみられる。例えば米国において耐用年数短縮の事実が判明した場合は,臨時償却費の計上という形ではなく,短縮の事実が判明した時点以降により多くの償却費を計上する形で対応するように求められている45。そこでは,将来事象が当初から予期しえたはずのものと当初は予期できなかったものとに区別され,見積もりの修正は後者(すなわち当初は予期できなかったもの)だけに関連づけられているようである。
いまのところ日本では,この「当初は予期しえなかった事象に関わる見積もりの修正」を求めるような個別のルールが(退職給付の会計基準以外では)みられない。ただそのことは,現行ルールの体系がこのようなタイプの修正を許容できないことを意味しない。配分計画の基礎にある用役の物理的な消費パターンについて,現時点までの見通しは正しかったものの,それ以降に関する見通しは誤っていたというような事態は想定可能である。それが想定可能であり,かつ,退職給付のケースに「当初は予期しえなかった事象に関わる見積もりの修正」がみられるのであれば,たとえ先行する個別のルールに類似の規定がみられないとしても,退職給付のケースで修正に伴う損益を将来に繰り延べるための遅延認識がサポートされることになろう。
とはいえ,退職給付のケースで「将来の期間にしか影響が及ばない見積もりの修正」に該当するのが具体的に何かをいうのは難しい。そもそも,見積もりの修正をふたつのタイプに分類している米国においても,当初から予期しえたはずの事象と当初は予期しえなかった事象とを区分する規準は超越的であり,何を根拠としているのかは必ずしも明確でない。この点の明確化は今後の検討課題とするしかないが,現行ルールに与えられる解釈はその検討結果に大きく依存している。もし数理計算上の差異を生み出す要素の中に,当初は予期しえなかった事象による部分が含まれていれば,少なくともそのかぎりにおいて,修正に伴う損益を遅延認識する【143頁】現行ルールのやりかたは支持しうる。しかしそのような要素を見出せなければ,遅延認識は,一時的な損益の「歪み」を回避する平準化の手段などの形でしかサポートしえないのかもしれない。
C遅延認識の手段
かりに数理計算上の差異について遅延認識を論拠づけられたとして,次に問われるのは,具体的にどういう形で損益を繰り延べるのかである。この点については,大別してふたつの方法を想定できる。遅延認識の対象が費用または損失(以下,費用と称する)であるとき,第一に,その費用にみあう退職給付引当金を計上し,費用については全額を繰延費用として資産計上する方法を想定できる。第二に,遅延認識の対象となる費用を当初は認識せず,繰延期間にわたり漸次計上し,計上額にみあう退職給付引当金だけを追加計上する方法も想定できる。このうち現行ルールは,第二のオフバランス処理を指示している。
ふたつの方法は,遅延認識の効果という点では相違しない。にもかかわらず第二の方法が採用されたのは,第一の方法では不可避となる繰延費用の計上を,できるだけ避けようとしたためであろう。かつて損益の繰り延べに十分な制約が課されていなかった状況において,企業が恣意的な繰り延べを行い,先に決められた繰り延べ額に「将来の収益獲得に資する部分」という後付けの解釈が与えられていたことはよく知られている46。こうした事態への反省から,繰延費用を含む資産一般の計上要件として,過去の事象または取引の結果として報告主体が支配する経済的な資源との関連性が求められるようになり,現行ルールは繰延費用の計上にきわめて抑制的なスタンスをとっている47。こうしたスタンスとなじみやすいことから,第二の方法が選択されたのであろう。
外形上,いったん把握した損益を簿外にとどめておくような処理は,退職給付のケース以外にはみられない。しかしオフバランス処理が,経験的な解釈を与えるのが困難な繰延費用の形状回避に貢献しているのであれば,むしろそれは現行ルールの体系を支える考え方と整合的なものといえるかもしれない。
おわりに
本稿では,退職給付に関する会計基準と現行ルールの体系との首尾一貫性を主たる検討課題とした。このような議論が意味を持ちうることをいうため,本稿ではまず,投資家の意思決定に有用な利益情報が,少なくとも事業投資については配分という手続をつうじて作成されており,退職給付会計基準の導入前後でその点に基本的な変化はないといいうることを確認した。退職給付の会計基準は,配分とは異質な手続で費用が把握されるケースのさきがけといわれることも少なくない。しかしその判断を支える事実は必ずしも十分といえない。退職給付の具体的な計算局面で外形上新奇な手続が求められるのは事実だが,その手続を支えているのは,結局,伝統的な配分思考に過ぎない。こういう事実認識から,本稿ではさしあたり,配分思考が【144頁】退職給付の会計基準を根底で支えているものとみなし,具体的なルールが伝統的な配分規約と首尾一貫しているかどうか,もし首尾一貫していないとすればそれはなぜかを検討した。
このような検討に際し,本稿では配分手続の問題を@配分総額・A配分期間・B配分基準(配分パターン)の問題に還元した。そのうえで,退職給付の会計基準がそれぞれの点で現行ルールを支える体系と整合的かどうか検討した。これに加えて最後には,上記の三点に関する見積もりが変更された場合の会計処理も併せて検討対象とした。
一連の考察をつうじた含意のひとつは,退職給付の会計基準が伝統的な配分規約に抵触している場合の多くは,「退職一時金と企業年金との整合性」を図ろうとしたためというものである。このような配慮をつうじて,勤務期間の各期に労働サービスを消費した事実にもとづく費用配分が達成できるのであれば,配分規約への逸脱またはそこからの逸脱も許されるかもしれない。しかし本稿の考察からは,両者の整合性を図る必要性が必ずしも解き明かされなかった。むしろ配分規約への抵触は,もともと異なるふたつの制度に「ほんらい望みえない」首尾一貫性を求めた結果ではないかという可能性が示唆された。
もうひとつの含意は,退職給付の会計基準が配分思考を採用しながら,労働サービスの物理的な消費という事実にもとづく配分手続を貫徹しきれなかった,というものである。これは典型的には,物理的な消費量にもとづき各期に割り当てられた「配分の基礎となる額」を,わざわざ割引現在価値に引き直す手続をつうじて勤務費用を求めている点に現れている。貨幣に時間価値があるのは事実だが,その事実を可能なかぎり期間損益に反映させれば,その分だけ「よりよい」利益情報が提供されるというような,単純な関係は存在しない。貨幣価値などを反映した損益計算を行うかどうかは,結果として各期にどのような損益が配分され,配分された損益に経験的な解釈が与えられるかどうかに依存しているはずである。
いま勤務費用を割引現在価値で評価すれば,その割戻し(割り増し)過程で生じる費用を利息費用という形で遅延認識することとなる。特定期間における労働サービスの消費という事実にもとづき各期に割り当てられた費用を,わざわざ遅延認識するやりかたに経験的な意味を与えるのは難しい。「会計の外で決まる経済的な事象を,すべてのケースで可能なかぎり期間損益に反映すべし」というのは通念かもしれない。しかし,逆にいえば単なる通念に過ぎないこの思考が,配分思考にもとづく測定操作に徹しきれない現行ルールを生み出した(すなわち現行ルールを妨げた)といえるかもしれない。
これらに加え,第三の含意として,退職給付に関して想定可能な会計処理の多様性を挙げることもできる。退職一時金と企業年金とで整合性を保とうとしている点,および退職給付に関連する費用を勤務費用と利息費用(企業年金のケースではこれらに加えて期待運用収益の要素)に分けてとらえる点で,諸外国のルールと日本の現行ルールは一致しており,あたかもその他の選択肢が存在しないようにみえるかもしれない。しかし「退職一時金と企業年金との整合性を保つべし」が決して弱い価値判断ではないことを自覚し,また貨幣の時間価値などを反映させることが利益情報を無条件に改善するわけではないことに気づけば,想定可能な選択肢は大きく拡がる。棄却された代替案との比較をつうじて現行ルールの相対化を図る作業は,今後も引き続き必要となろう。
最後に,第四の含意として,見積もりの対象いかんに応じて修正の要否や具体的な修正方法が異なりうるということも挙げられる。退職給付債務については,配分総額・配分期間・配分パターンのすべてにおいて見積もりの修正が行われうる。このうち配分総額と配分期間につい【145頁】ては,見積もりの変更を配分計画の修正に反映させないかぎり,配分期間内に配分総額を配分し終えることができなくなる。その意味でこれらふたつに関する見積もりの修正を配分計画の修正に反映させるのは不可欠といえる。
これに対し配分基準(配分パターン)については,たとえこれを改訂しなくても,配分総額を配分期間内に配分し終えることができる。その意味で,配分基準の改訂を配分総額・配分期間の改訂と等質的に扱うことはできない。実際,割引率の改訂にもとづく配分計画の修正は,勤務費用と利息費用との割合を変化させるに過ぎない。いずれにせよ不変の配分総額を特定時点までに配分し終えなければならない事実に変化がみられない状況で,勤務費用と利息費用の割合を変化させることにどのような意味が与えられるのかをいうのは難しい。
以上を総括するなら,退職給付の会計基準は,現行ルールの体系を支える基本的な考え方と,抽象度の高い次元では整合している。全体的な傾向として,投資家の意思決定に有用な情報を提供する観点から,労働サービスの物理的な消費という事実にもとづく費用配分が行われている点が,こうした事実認識を支持している。
これに対し,具体的な配分手続の次元においては,抽象的な理念との不整合もいくつかみられる。そのうちのいくつかは「退職一時金と企業年金との整合性」を無理に図ろうとした結果といえるが,そのほか,配分思考と相容れない「通念」の影響を受け,配分思考にもとづく測定操作に徹しきれなかったことに起因するものもみられる。ここで許容された手続は,たとえ許容された時点では配分規約に抵触する測定操作(その意味でほんらい許されない測定操作)であっても,いったん許容されたことをつうじて,ルールの体系に根づいていく可能性を秘めている。実際,米国においては,退職給付の会計基準に遅れて公表された除却債務に関する会計基準に,退職給付の会計基準が及ぼした影響がみられる。本稿では退職給付に関する会計基準と現行ルールの体系との首尾一貫性が主たる検討課題であったが,今後は退職給付に関する会計基準の導入が現行ルールの体系に及ぼした影響(将来への影響)も検討しなければならない。その検討は別稿に譲りたい。
参考文献
Accounting Principles Board of American
Institute of Certified Public Accountants (APB), APB Opinions No.20: Accounting Changes, July 1971.
Financial Accounting Standards Board (FASB),
Statement of Financial Accounting Standards No.15: Accounting by Debtors and Creditors for Troubled Debt Restructurings,
June 1977.
FASB, Discussion Memorandum: an analysis of issues related to Employers'
Accounting for Pensions and Other Postemployment Benefits, February 1981.
FASB, Preliminary Views of Financial
Accounting Standards Board: on major
issues related to Employers' Accounting for Pensions and Other Postemployment
Benefits, November 1982.
FASB, Discussion Memorandum: an analysis of additional issues related to
Employers' Accounting for Pensions and Other Postemployment Benefits, April
1983.
FASB, Statement of Financial Accounting
Standards No.87: Employers' Accounting
for Pensions, December 1985.
FASB, Statement of Financial Accounting
Standards No.91: Accounting for
Nonrefundable Fees and 【146頁】Costs
Associated with Originating or Acquiring Loans and Initial Direct Costs of
Leases-an amendment of FASB Statements No.13, 60, and 65 and a rescission of
FASB Statement No.17,
December 1986.
Johnson, L. Todd (Principal Author), Special
Report: Future Events -A Conceptual Study
of Their Significance for Recognition and Measurement-, FASB, August 1994.
Lennard, Andrew, and Sandra Thompson
(Principal Authors), Special Report: Provisions:
Their Recognition, Measurement, and Disclosure in Financial Statements,
November 1995.
石川純治「現代企業会計の全体的あり方―「配分」と「評価」の関係性を巡って―」『経済学論集(駒澤大学経済学会)』第36巻第1号,2004年8月,21-93ページ。
石川純治「年金会計の計算構造と企業会計の今日的変容―その異種併存性の検討―」『駒澤大学経済学部研究紀要』第59号,2004年3月,1-75ページ。
伊藤邦雄責任編集/伊藤邦雄・徳賀芳弘・中野誠著『年金会計とストック・オプション』中央経済社,2004年12月。
今福愛志『企業年金会計の国際比較』中央経済社,1996年3月。
今福愛志『年金の会計学(ライブラリ 会計学最先端7)』新世社,2000年7月。
今福愛志『労働債務の会計』白桃書房,2001年11月。
大蔵省企業会計審議会「企業会計上の個別問題に関する意見第二 退職給与引当金の設定について」,1968年11月。
大蔵省企業会計審議会「リース取引に係る会計基準」「リース取引に係る会計基準の設定に関する意見書」1993年6月。
大蔵省企業会計審議会「退職給付に係る会計基準」「退職給付に係る会計基準の設定に関する意見書」1998年6月。
大蔵省企業会計審議会「金融商品に係る会計基準」「金融商品に係る会計基準の設定に関する意見書」1999年1月。
大日方隆「年金費用の測定」『東京大学大学院経済学研究科付属日本経済国際共同研究センター(CIRJE: Center for International Research on
the Japanese Economy)ディスカッション・ペーパー・シリーズ2000-CJ-21』,2000年2月。
大日方隆「年金費用の会計的測定と年金負債」『証券経済学会年報』第35号,2000年5月,71-74ページ。
大日方隆「負債の評価」井上良二編著『制度会計の論点』税務経理協会,2000年7月,109-113ページ。
大日方隆「キャッシュフローの配分と評価」斎藤静樹編著『会計基準の基礎概念』第Y章,中央経済社,2002年11月,185-248ページ。
株式会社大和総研編『IAS退職給付会計―国際会計基準第19号「従業員給付」全訳と解説―』1999年7月。
企業会計基準委員会(基本概念ワーキング・グループ)「討議資料『財務会計の概念フレームワーク』」,2004年9月(語句修正版)。
財団法人企業財務制度研究会編[1999a]『COFRI実務研究叢書 年金会計』中央経済社,1999年2月。
【147頁】財団法人企業財務制度研究会編[1999b]『COFRI実務研究叢書 現在価値―キャッシュフローを用いた会計測定—』中央経済社,1999年11月。
財団法人企業財務制度研究会編『COFRI実務研究叢書 財務会計の概念および基準のフレームワーク』中央経済社,2001年7月。
多賀谷充『改訂版 退職給付会計基準—その仕組みと制度のあらまし—』税務研究会出版局,2002年6月。
中村文彦『退職給付の財務報告』森山書店,2003年10月。
平野晧正・鉄燿造訳『アメリカ会計セミナー』シュプリンガー・フェアラーク東京,2004年12月。
米山正樹「退職給付費用の期間配分」『経済論集(学習院大学)』第36巻第3号,1999年10月,375-387ページ。