【231頁】
IPO初取引日前後の株価推移と投資家の行動
——米国の研究の展望——
辰巳 憲一
1 はじめに
米国のIPO(新規株式公開)市場は,株価動向によっては一時的に低迷する局面を持ちつつ,株価の上昇に応じて,ベンチャー企業のIPOを中心に,件数・金額とも順調に拡大してきた。特に1990年代を通じた動きは目覚しいものがあり,金融・証券市場の様々な局面と係わりを持ってきた。
それもあって,米国や欧州では,IPOとベンチャー・キャピタル(以下ではVCと略)の2つ,さらには場合によっては証券発行(security offering),パフォーマンス計測の合計4つ,のキーワードで検索すれば,ファイナンス分野のこの研究領域が大きく現れ,多くの研究がなされている事実がわかる。
本稿では,主として米国企業のIPOを事例に,IPOの様々な局面のうち価格付けと投資行動を研究した最近の計測方法と計測結果を展望する。経済主体としては,VC,機関投資家,テーマとしては,株価形成とその推移の効率性,アノマリーなどが分析対象になる。日本に関わる論点はできる限り脚注で展開した。
論文の総数は千をはるかに超える信じられない数になる見込みである。そこで本稿では,主として米国企業のIPOに限り展望するが,いくつかの点でさらに展望範囲を限ることにした。次節で説明する制度的な内外の違いに関わる研究以外に,行動ファイナンスと呼ばれる理論に基づく研究,アンケート等に基づいたサーベイ調査による研究は展望の対象にしない。
研究技法が異なれば結論は違うことが多くなるのは当然のように思われるが,同じ研究技法でも結論を異にするものが少数ではあるが存在する。サンプル期間,データ処理方法などの違いによるのであろう。展望論文を書いておく理由は多数意見とその分析法を知るためである。
引受証券会社,アナリスト,発行会社とその創業者などのインサイダー,などに係わるIPOの供給サイドは続く稿を予定している。そして,オーバーアロットメント・オプション(1,ロックアップ(2,IPO企業のストック・オプション(3などは本展望から除外している。
【232頁】
2 米国のIPOとそれに関わる内外の差異
2-1 米国のIPO
米国IPO市場は,投資家からリスク・キャピタルが継続的に流入する層の厚い市場である。武田・藤原(1999)の指摘のとおり,その背景として,まず,相対的に低いキャピタル・ゲイン税率やベンチャー企業への投資を促すような制度整備(4が進んでいることが挙げられる。
また,VCは,投資先企業のビジネス全般につき専門的な知識と分析力を持ち,新技術の市場性を的確に評価するノウハウと新興企業の成長を支える様々な経営資源を提供する仕組みも備えている。さらに,IPOの際の引受証券会社の層が厚く,かつIPO前後を含めた各種の支援スキルの提供や,IPO後の株式流通市場でのマーケットメイク面での機能も高い。こうした投資家や証券会社の行動が米国IPO市場の活発さの源泉になっている。
そして,投資家の観点からみれば,既存投資家にとってIPOは収益確定のための重要な手段になっている。IPO市場とその後の流通市場が他国と比べると比較的適正かつ活発に機能しており,機関投資家だけでなく,一般投資家に対しても,成長性が高い投資対象を提供している。しかしながら,以下で見るように,さらに詳細に検討してみれば,いくつか問題点も浮かび上がる。
研究の展望にあたっては,日本の観点からみれば重要でない,次のようなトピックスに直接関係する研究は(参考文献も)省略する。広い視点に立てば,日米英の間で制度に大きな差があるわけではなく,ブックビルディング(BB)で公開価格は決められ,企業はBB制度と入札制度のうちどちらかを選択して採用できるが実際は圧倒的にBBが採用される(2004年8月に株式公開したグーグルは,異例のオークション方式で実施された)。また,平均的に大きなアンダープライシングが発生していることも共通である。IPOに参加するプレーヤーが異なるわけでもない。しかしながら,次に見るように,細部については幾つも違いがあるのである。
【233頁】2-2 IPOに関わる制度の差
(1)初取引日価格を始値と終値に分ける研究
初取引日の価格付けは,日本ではいわゆる一本値(5であったが,米国ではふつうに取引されており始値(open)から終値(close)まである。それゆえ,本稿で初値乖離率と呼ぶ,公開価格から初取引日価格つまり終値までの変化率はふつう初期リターン(initial
return)と呼ばれるが,米国では初期リターンを公開価格から終値までだけではなく,それを公開価格から始値と始値から終値の2つに分解して情報効果などを分析する研究がある。
ちなみに,初取引日価格の始値から終値の初取引日リターンは1990年から1998年までのIPO3025件を分析したLoughran-Ritter (2002) の計測によると平均14.07%であった。投資家はこの高い初取引日リターンをなぜそのままにしているのか,という問題意識も持たれている。
ちなみに,2004年米国時間8月19日NasdaqにクラスA普通株式約1960万株を上場したグーグルは東部時間11時56分100.01ドルの始値を付けた。前日18日公開売出価格を1株85ドルに設定したので初値乖離率(初期収益率)は約18%になる。そして,100ドルを付けた後,終値100ドル33セントで取引を終えた。出来高は2200万株だった。
初取引日にさまざまな投資家は主幹事証券会社から,いくら買い,いくら売ったか,また非主幹事証券会社からのそれらはいくらかなどのデータも,分析されている。
(2)リファイリングや公開価格改定がIPOに及ぼす効果の分析
米国では,公開価格に関する価格付けの期間(pricing period,price dateからoffer dateまでの期間)中にファイリングをやり直す(refiling)ことができる。公開価格の20%までの変更であれば自動的にルール424で最終目論見書は直ちにファイルされる。1996年から2003年までの期間では50%弱のIPO企業がリファイリングしている。
そして,この時期に追加的な株式公開(secondary share
offering)がおこなわれる。
【234頁】この価格改定(price
revision)と関連する公開株の追加は様々な要因によって行われることが予想できるが,これとIPOのホットな研究トピックスであるアンダープライシングとどう係わっているか,価格付けの期間に関係者に入ってくる情報は価格改定幅やアンダープライシングとどう係わるか,などが研究されている。
しかしながら価格改定が20%以上の変化である場合は,ふりだしに戻り,ファイリングをやり直し,S-1と呼ばれる書類を作成し直し提出する必要がある。やり直しのコストとともに市場環境の変化によって発行が不利化する可能性がある。さらに,結局IPOを撤回する(IPO withdrawal)企業も相当あり,それらの原因として買収,財務要因などが研究対象になっている。
なお,欧州でも同様な仕組みがある。
(3)初取引日以前のIPO期間における機関投資家の公開株購入
日本では,IPOに応募できるのは個人投資家に限られ,しかも購入可能数は複数銘柄を年間累計して5000株までである。米国では,この種の機関投資家排除規制はない。
引受証券会社は機関投資家が正しい評価を示すように,その報酬として安価なIPO銘柄を提供する,また初取引日リターンやIPO後長期パフォーマンスのよい銘柄を提供するという計測もある(引用不可)。
しかしながら,初取引日以降の機関投資家の公開株購入については,日米で興味ある計測結果が得られることが予想できる。
(4)公開前の上場
英国で特殊な制度であるが,企業は株式公開をせず,まず上場だけを行い,時期によって株式公開することができる。もちろん,上場と同時に公開もできる。
上場後は企業情報はディスクローズされるので,IPO投資家にとって銘柄選択時には情報の非対称性は緩和されている。また,発行企業にとって時期をみて増資できる(マーケット・タイミングをとれる)メリットがある。つまり,米国における株式の随時発行を可能にする一括登録制度と同じような効果がある。
2-3 IPOに関わるプレーヤーの差異
内容的には上と関わるので小節の番号は続けよう。
(5)引受証券会社の評判がIPOに及ぼす効果の分析
引受証券会社がIPOの様々な局面で大きな役割を果たすのは共通であるが,日本では引受業界が寡占状態で集中しているため,引受証券会社間に大きなランク格差あるいは評判の差は存在しない。引受シンジケート団は日本にあっても,参加証券会社は一般に系列の中小証券会社に限られ,墓石広告は実際上存在しない。また,発行企業がIPO前後で引受証券会社を変更する事例はあるが極めて少ない。
他方米国では,ランク指標(いわゆるCM (1990) 指標やその改定版のMW (1991) 指標)や市場シェアからみた引受証券会社の評判がIPOの様々な局面にどのような影響を及ぼすかの研究は多い。最新の指標値はフロリダ大学Ritter教授のHPからダウンロードできる状況になっている。直接分析しない場合でも,この指標はコントロール変数になっている。また,CM指標の欠点を指摘し,引受証券会社の評判をどう捉えるか,どのような指標が望ましいかの研究もある。
日本でできるのは証券大手3社の間での効果の差の分析であるが,米国ではこのような個別会社の分析はほとんど無い。
【235頁】米国では,ある時は主幹事になり,ある時は別の主幹事の元で幹事を務めるなど,引受証券会社間のネットワーク分析が注目されている。しかしながら,日本は引受証券会社グループ内ヒエラーキーが厳としてあり,そこでの主幹事は固定している。そして,あるグループの主幹事が別のグループの主幹事の下になるという引受証券会社グループ横断的なシンジケートは稀である。将来は銀行系証券会社やネット証券会社が主幹事を務めるケースも増え,米国型のシンジケートが形成されることが普通になるかもしれないが,少なくとも最近時までは,まだそうなっていない。
(6)オールスター・アナリストとその効果を分析している研究
オールスター・アナリスト(all-star analyst)とは,Institutional
Investor誌が毎年10月に主要なバイ・サイドの機関投資家に対して行うセル・サイドのアナリスト産業毎サーベイ・ランキングにおけるトップ・アナリストのことである。
オールスター・アナリストを雇えば投資銀行の市場シェアは上昇することを報告する研究や,準大手であっても社内のオールスター・アナリストが引受に関わると大手と変わらないアンダープライシングが観測される,という報告もある。
(7)IPO企業の自社株購入
自社株購入(stock repurchase)は日本では最近認められ始まったばかりであるが,米国では既に1980年代から累積すると相当な数量になり,実証研究できる時期にきており,IPOとの関係に注目する研究がある。
法人部門全体としてネットの証券発行,あるいはネットのIPOはどのような要因で決まるか,などの研究である。
3 アンダープライシングとオーバープライシング
IPO(新規株式公開)分野のアノマリーとは,一般に,公開価格のいわゆるアンダープライシング(underpricing)を指し,初値が公開価格を超えることが多い事実を指す。この現象を統計学的に正確に把握し,情報の非対称性やオークションの方式などによって,それを経済学的に説明する努力が1980年代以降20年来なされてきた。
また,IPO後の長期(36ヵ月)株価パフォーマンスが悪い現象も,アンダープライシングと対にしたオーバープライシングという言葉で語られ,アノマリーの1つになっている。
3-1 アンダープライシング
非常に多くの仮説がある。一人の教授が複数の仮説を提示している場合もある。しかも,どれも一理がある。そして,どれも完全に棄却されることもなく(もっとも棄却されれば存在しなくなるので,存続している仮説については,という条件を付ける必要がある),どれもすべてを説明するわけでもない。
(1)投資家間情報非対称性とアンダープライシング
投資家グループの間に情報の非対称性が存在する時,情報不足の投資家(less-informed
investors)を入札に参加させるため,発行会社はアンダープライシング(つまり正の初期収益率)を使う合理的理由があるという,Rock (1986) の仮説はいまや古典になっている。しかしながら,これを日本のデータで証明した研究はまだないと思う。
Beatty-Ritter (1986) はRockモデルを発展させ,公開株の不確実性が大きいほどアンダープラ【236頁】イシングが大きいとの命題を導き,この命題を検証している(6。
(2)引受リスク調整仮説
アンダープライシングは引受証券会社による引受リスクの調整である,という見方も成り立つ。この仮説は,上の(1)そのもののようにみえるが,引受証券会社からみた仮説である。
IPOブーム(あるいは入札時の過剰入札の歪み(7)が引受リスクを高め,引受証券会社は引受手数料以上のコストを負うことを回避するためアンダープライシングに導く。売れ残り株の引受や公開直後の価格維持のために引受証券会社は有形,無形のコストを支払う。これが引受手数料をオーバーすることのないよう公開価格を調整するのである。参考文献は省略。
(3)超過予約申込仮説
公開価格決定のための入札時の情報がもつ意味を解明する研究がいくつかある。Koh-Walter (1989) は株式公開の超過予約申込(oversubscription)に着目し,超過予約申込が多いということは情報不足の投資家が数多く入札に参加していることを意味する。従って,Rockモデルによればアンダープライシングの原因となる。これがKoh-Walter
(1989)の着眼点である(8。
【237頁】超過予約申込のゆがみのないデータを入手できるシンガポールの株式公開市場で計測すると,確かに,予約申込倍率と初期収益率の間に0.951という強い相関があった。不確実性の代理変数を用いるといった従来の間接的検証とは異なり,Rockモデルが直接検証されたと彼らは主張する。
(4)部分的調整仮説
Rockモデルは,株式公開前の段階で発行会社や引受証券会社が,豊富な情報を持つ投資家(well-informed
investors)から入手する情報を十分利用しているという状況を捉えていないという欠点がある。実際米国では,公開価格決定の前に投資家向けの説明会,つまり「ロードショウ(road show)」が何回も実施され,ここで活発に予約申込みが積み上げられるブックビルディング(bookbuilding,以下ではBBと略)方式が採用されている。この方式により最終公開価格が決められる。初値の手がかりも得られる。
しかしながら,ロードショウが何回も実施されるにもかかわらず,アンダープライシングは消滅しない。それはなぜ発生し続けるのか。なぜ部分的調整(partial
adjustment)しかなされないのか。
Benveniste-Spindt (1989) は,この疑問に答え,米国のロードショウで一定のレンジで提示される登録公開価格(filing price)とロードショウの結果を受けて決められる最終公開価格(final offer price)の差に着目し,登録公開価格の平均値と最終公開価格の差で計られる投資家のIPOへの関心度(indications of interest)が高いと,引受証券会社は正直に情報を出す投資家に少し割り引いた(slightly-underpriced)株を大量に割り当てるよりも大きく割り引いた(highly-underpriced)株を少量割り当てることを好む,という命題を提示した。
Hanley (1993) は,このBenveniste-Spindt (1989) の命題を米国の株式公開市場で分析し,登録公開価格の高いところで最終公開価格が設定されたとき,アンダープライシングが大きい,という事実を確かめ,Benveniste-Spindt命題の主要部分を検証した(9。
部分的調整という観点から見れば,公開価格決定時と初取引日の市場環境変化の調整を市場参加者が行うという仮説もここに含めることができよう。ブックビルディング期間の価格決定【238頁】時と初取引日の間にタイムラグがあり,この間に企業環境や市場環境が変化し,このことが初値に影響を与える。たとえば,公開企業の申請期の予想当期利益や市場平均株価などが変化するのである。
(5)公開時の一時的人気仮説
Ritter (1991) は初取引日の過熱(fads,ファッズやバブルといわれる)がアンダープライシングを大きくし,公開後の長期的株価下落を引き起こす事実を検証している。その後の研究で取り入れられた方法も含めて紹介すると,公開時の一時的人気の指標としては,初取引日の取引量や初取引日の終値と始値から計算される株価変化率などが用いられている。
3-2 アンダープライシングを超えた最近の研究
(1)公開価格決定方式の比較
入札方式とBB方式を比較する研究は,BB方式が日本や欧州で1997年や1998年に導入されて以降,8年以上経過して,現れてきた。企業は入札方式とBB方式を選択できるにもかかわらず,日米欧企業でほとんどBB方式を選択するのはなぜか。一般投資家にとって公平感がある,など入札方式にもBB方式より良い点があるのに,なぜそれが評価されないのか,などが論点である。参考文献は省略。
同じ入札方式とBB方式という名称が付けられていても,細部は国によって違うので,直接的な国際比較は一般に困難である。なお,内外比較や日本における入札方式とBB方式(10の比較を展開した研究としては,関連する参考文献も掲載されている辰巳・桂山 (2003) を参照のこと。
(2)IPOアロケーション
米国下院金融サービス委員会が公にした資料によると,ITバブルの際,ソロモンスミス・【239頁】バーニー引受部があの倒産したワールドコムの幹部に,あらかじめ株価の上昇が見込まれていたジュニパー・ネットワークスの公募株を多量に渡していた。これには,ワールドコムがその後の資金調達を行なう際,ソロモンスミス・バーニーが主幹事を獲得するための見返りとの疑念が持たれている。この疑念が大きな引き金となって,顧客会社幹部へのIPO株割当を禁止する改正案がまとめられた。
これは,現象としてはスピニング(spinning),分析概念としてはIPOアロケーションと呼ばれるもので,アンダープライシングを通貨あるいは賄賂として,上で見たような将来の引受案件を確保する,あるいは手数料を増やすために使う,あるいは上得意顧客の損失を埋め合わせるために使う,など引受証券会社業務の様々な局面で現れてくる。
IPOアロケーションをめぐる研究は,BBとの関わりで,分析されるようになっている。参考文献は省略。
しかしながら,この通貨を生み出すためにアンダープライシングを起こしているという面は確かに否定できないが,IPOアロケーションはアンダープライシングの原因というより,結果であると著者は判断している。そして,それは証券会社の様々な業務に関わり,アンダープライシングだけの係わりで議論するべきではないだろう。
3-3 IPOリターン・リバーサル
(1)IPOリターンのアノマリー
IPO個別銘柄の初値乖離率と初取引日以降36ヵ月株価パフォーマンスの関連を分析して,この2つのアノマリーを1つのアノマリー現象として捉える試みも始まっている。観察された現象はリターン・リバーサル現象である。
リターン・リバーサル仮説とは,過去にパフォーマンスの悪(良)かった銘柄群がその後良(悪)いパフォーマンスを経験するという現象のことである。米国におけるリターン・リバーサルについては辰巳・桂山 (2005) 参照。それに対峙されるのがモメンタム現象で価格変化の傾向は持続するという意味で,モメンタム投資戦略は直前にパフォーマンスのよい銘柄を買い,特に悪い銘柄を売る(空売りする)戦略は成功するというものである。
(2)リターン時系列のアノマリー解明
ファンド・マネジャーのトーナメント効果をリターンの時系列アノマリー現象の新しい原因として捉える研究がある。第三四半期に運用成績を十分達成すれば,ファンド・マネジャーは第四四半期には保守的な守りの運用をし,リスクを取らずに,低いリターンでも満足し,通年で高いリターンを達成することのみ関心があるという仮説である(Eser (2005))。
この仮説は納得できる点はあるが,本稿の分析対象とは,サンプル期間,時期のずれ,機関投資家はIPOに参加できないという日本の制度,などから,該当しない。
(3)IPOリターン・リバーサル解明の試み
Guo-Lev-Shi (2005) は,1980年から1995年の2696米国IPOデータに基づき,企業の研究開発投資が初値乖離率と負の相関(公開価格と正の相関)を,36ヵ月パフォーマンスと正の相関を持つことを検証し,「情報非対称性と評価不確実性(valuation uncertainty)」の源である研究開発投資がリターン・リバーサルの主たる原因であると主張する。
しかしながら,この研究は研究開発投資が公開価格,初値,流通市場株価とどう係わるか,明らかにする経済学が示されていないので,その理由やメカニズムは不明である。IPOとリターン・リバーサルの係わりに関する経済学的に納得できる研究はまだ存在しないというべきだ【240頁】ろう。
リターン・リバーサルのメカニズム解明にあたっては,初取引日前後で,統一的なモデルか,異なるモデルを用いるか2つの方法が考えられる。しかしながら,学問的に求められるのは,前者であろう。統一的なモデルで説明する場合,初取引日前後で共通のプレーヤーは引受証券会社である。それに対峙する主たるプレーヤーは,初取引日前では発行会社,初取引日後は流通市場である。このコンテキストに情報非対称性と引受証券会社の市場支配力を持ち込むことが考えられる。この場合どのような条件が成り立てば,リターン・リバーサルになるかが理論的に検討するべき課題になる。
空売りが制約されていれば,また高い取引コストがかかるならば,モメンタム現象が確実に生じることが予想できる。しかしながら,実際上空売りが容易で,取引コストが低い先物市場でも,モメンタム現象が観察されている(Pirrong (2005))ので,モメンタム現象の根本的な原因はこれら以外にある。なお,Pirrong (2005) は先物市場では,短期的な視点からはモメンタム,長期的な視点からはリターン・リバーサル,が生じる現象を示した。
またさらに,リターン・リバーサルのメカニズムを解明する経済分析は,リスクを考慮しなければならない。リスクを調整した計測を合わせて行うべきであろう。
4 VCの役割
VCが行う投資の特徴としては,過去の財務諸表の数値より,技術力,ビジネスモデルの良さが選択基準になるといわれ,また,ハンズオンが大きな特徴である。
VC関与の効果としては,初値乖離率を下げているという計測結果がかつて多くみられたが,最近は逆に初値乖離率を上げているという研究結果が出されている。IPO後長期パフォーマンスについては,VC関与案件が上場後ハイリスク・ハイリターンである。あるいは,VC関与が高いほど公開後低成長である証拠もある,などもあり,計測結果は様々である。
4-1 VCの機能
(1)VCと米国VC業
VCは,投資した未公開ベンチャー企業を育成し企業価値を高めた後に売却して利益を得る事業である。VC事業の成否は運営責任を負うベンチャー・キャピタリストに委ねられている。VCが投資するベンチャー企業の株式は不確実性が高く流動性も低いから,参加するVCファンドについての信頼できる情報がなければ投資家は資金を出せない。
それゆえVCは,単なる資金供給者ではなく,ベンチャー事業の総合プロデューサーといわれ,その競争力の源泉は成功者として得た人脈でベンチャー企業と他企業を結びつける技量である(11。
米国VCは巨額の利益を得た懐の深い成功者の比喩である「ディープ・ポケット」と称されている。その利益の源泉は次の3つである。
@IPOに達したベンチャー企業の株式のうち,最近は平均すると50%近くはVCが出資しており,VCはIPOブームによって巨額のキャピタル・ゲインを得,高収益(12を実現した。小野 (1997) によると,米国VCの投資企業でIPOを行った企業は1995年に183件と史上最高に達し,96年はさらに280件前後と前年の5割増,調達額は120億ドルを超えた。景気後退と半導体不況で沈滞していた90年前後の数年間には,VC投資企業のIPO調達額はせいぜい20億ドルであ【241頁】った。A95年以降アフター・マーケット(IPO以降の)株価が急騰する会社が続出した。VCが保有株を売却するのはアフター・マーケットであり,VCのキャピタル・ゲインは公開時点よりさらに膨らむ。B管理手数料収入。
1980年代以降,VCに資金が流入する中で,機関投資家の出資比率が次第に高まった。出資者を業種別にみると,年金基金,次いで事業会社,個人・家族,保険・銀行,財団・大学等の基金,海外投資家である。
(2)米国VC業の産業構造
Lee-Wahal (2004) が分析した1980年から2000年の米国には6413以上のIPOサンプルがあるが,そのうち2383社にVCがサポートし,その比率は37%になる。これらのVCサポートIPO企業が,@属す産業はコンピュータ・ソフトや商業的バイオ研究に集中している。A本社がカリフォルニア,マサチューセッツとテキサスにあり,地域も集中している。
また,VCがサポートしていないIPO企業と比べると,VCサポート企業はB若いC小規模企業が,D質の高い引受証券会社を使い,E小額の資金調達をしている,という特徴がある。
この6つの特徴は,IPO企業か,それともVCの行動の結果なのか,検証が必要になる。特に,IPOが著しく偏っている事実を研究上どう修正するのか,比較対象にされるVCにサポートされないIPO企業をどう選ぶか,が研究課題になる。
米国ではIPO企業におけるVC持ち株比率は,複数の研究(Barry, et al., (1990) とMegginson-Weiss (1991))をまとめると,IPO前には34%から37%の範囲であるが,IPO後においても25%から26%の範囲を維持している。
この持ち株比率の高さとIPO後の低下の小ささは,いずれの点も日本とは大きく違うだけでなく,その変化の小ささには米国の研究者も関心を持った。統一的な説明が必要になる。
なお,この点はIPO 6ヵ月後に来る,ロックアップ期間の終了後VCはどう行動するか見な【242頁】ければならないだろう。ロックアップ終了時がVCの主たるエグジット点(primary exit point)であるという認識はふつうになっているからである。
米国VC産業には,1980年から1996年は年平均33社の新企業参入であったが,1997年から2000年には3倍の年平均106社の新企業参入(Lee-Wahal (2004), p.380)になり,これがVC産業の競争を厳しくしたのは事実である。それが,また,米国のIPOを増やした1つの原因であると言われるが,この点は厳密な検証を待たねばならない。
4-2 VCの行動仮説
対峙する2つの仮説がある。お墨付き仮説と安泰仮説である。
(1)お墨付き仮説
VCはその卓越した能力によってIPO企業の価値を正しく評価でき,その情報を行動で示し,それによってVCにサポートされたIPO企業の初値乖離率を低くする。これがお墨付き(certification)仮説(Barry-Muscarella-Peavy-Vetsuypens
(1990),Megginson-Weiss (1991)
)である。
Megginson-Weiss (1991) は1983年から1987年のデータで,VCバックのIPOはそうでないIPOよりアンダープライシングが小さいことを報告している(13。Barry-Muscarella-Peavy-Vetsuypens
(1990) 【243頁】は1978年から1987年のデータで同様な計測結果をえたが,その原因をVCの非公開企業へのスクリーニング機能・モニタリング機能と資本市場がそれを認知しているという仮説に求めている。Sahlman (1990) はVCの管理機能を強調する。
数ある研究のなかにはお墨付き仮説を否定するものもあったが,これらの研究が発表された後しばらくの間は,その数は極めて少数であった。また,墨付き仮説とスクリーニング機能・モニタリング機能を,別の機能として捉え,区別しようとする試みが最近あるが,両者は密接に絡まっており,この努力はなかなか成功しないように思われる。
最近の研究で,引受証券会社(UW)がVCである場合のIPOを調べたのがLi-Masulis (2004) である。UWがVCである場合アンダープライシングは有意に減少する。そして,主幹事である場合さらに強い結果になる。この結果はお墨付き仮説と整合的で,さらに発行企業とUWの利害関係を高めるという仮説とも矛盾しない。主幹事である場合引受粗スプレッド(underwriter gross
spreads)を減少させる。
日本では引受業界が寡占状態で集中し,引受証券会社間に大きな評判の差は存在しないため,引受証券会社の評判よりむしろLi-Masulis (2004) が提起した問題の方が重要である。
(2)安泰仮説
お墨付き仮説と対峙するのが,安泰仮説である。ほとんどのVCはふつう10年の有限期間(14のパートナー形態をとっている。そのため若いVCは将来の資金調達を確実なものにし,生き残るために,評判を構築する必要がある。評判はIPOを繰り返し成功させることによって達成される。IPOを速く実現すれば,質の高い評判を得られる。また,アンダープライシングが大きければ,VCへの資金流入が増える,という仮説が安泰仮説(grandstanding hypothesis)と呼ばれる(Gompers (1996))。
この点を直接厳密に確かめるには,日本では公表されていない個別VCの資金調達のデータが必要になる。
Lee-Wahal (2004) は,1980年から2000年のデータを用いて,マッチィング技法(15を使って,VCの利益がモデルから導かれるべきであるという内生性の問題をクリアし,VCが関わる程アンダープライシングが大きくなる事実を厳密に検証した。
またこれらの点を考えれば,アンダープライシングが大きくなれば,発行企業の広告効果になる,あるいは引受証券会社がマーケッテングしているからアンダープライシングが大きくなるという仮説が提示される理由も納得できる。
(3)妥当性の判断
どちらが正しいかという点に関しては,サンプル期間が最近だから正しい,というわけでもないだろう。新しい分析方法を1980年代のデータに適用することによって,どちらが正しいかを判定できるように思える。
あくまで著者の予想だが,両仮説がそれぞれの時代を正しく記述しているという可能性もある。米国においても,1980年代はVCの勃興期(50,60年代)を過ぎているとはいえ,まだま【244頁】だそれに続く時期にあたるからである。実際米国でVCに関する情報が蓄積された(16のは1980年代半ば以降においてである。この時期には,年金基金や事業会社のような機関投資家が相次いでVCに出資するようになり,彼ら機関投資家側からVCに対して活動状況や収益率などのパフォ—マンス数値を開示する要求が高まったことが背景にある(小野(1999))。
5 投資家のIPO後投資
5-1 投資環境の分析
(1)IPO後パフォーマンス
IPO前後において平均リターンは逆U字型を示し,IPOをピークに平均リターンは低下するという計測結果は一般に広く観察されている。
ちなみに,市場と産業のリターンで説明されない企業特殊なリターン(firm specific
return)をみてみれば,IPO前後の平均リターンは逆U字型ではなく,特にIPOをピークに低下するという計測結果は必ずしもサポートされないという計測結果が出ている(途中にピークがある。著者の意思により引用不可)が,企業特殊リターンがIPOにどうような意味を持つか,この概念に固執する経済的理由はあるのか,など未解明な点は多い。
平均リターンはそのように低下傾向があるが,ところが,個別に見ると大きなリターン格差がある。Field-Lowry
(2004) によると,1980年から2000年までの(金融機関,公益業,投信などを除いた)5907件のIPOのうち,IPO後最初の3ヵ年の平均でみれば,トップ100は1000%の,ボトム100は−99%のリターンを得ているのである。
それでは,この高リターンを得ているのは誰で,なぜ得ることが出来るのか,が問題になる。ちなみにBrav-Gomper (1997) によると,低リターンは小規模でVCのバックがないIPOに集中している。
(2)上場廃止リスク
IPO後の投資に関しては,投資家が関心を持つべきリスクとして上場廃止リスクがある。Li-Zhang-Zhou
(2005) によると,その比率はかなり高い。
Li-Zhang-Zhou (2005) はIPO企業の上場廃止の確率とそのサバイバル・タイム(デュレーションともいう。Coxの Proportional hazard modelを使う)分析を1991年から1999年のデータで行い,IPOを行った年に収益管理(earning management)を行う企業は上場廃止する可能性が高く,しかも上場廃止に至る時間も早いという観察を報告している。
収益管理は,ロックアップ期間終了後の株価上昇などのメリットを狙ってなされるが,経営が腐敗する,発覚後評判が悪くなる,などというコストもかかる。
収益管理の大きさは,Teoh-Welch-Wong
(1998) などと同じように,予期されないCA(unexpected current accruals)で測る。CAは
【245頁】
で,まず上下1%の範囲内のデータは外れ値(outliers)として捨てられた。予期されるCAは,年のIPO企業
ごとにクロスセクションOLS
した推定値で,この推定された係数値を使った,
が予期されないCAになる。TA,REVとRECはそれぞれ総資産,収益と売掛金である。被説明変数は上場廃止が1,そうでない場合が0であるダミー変数で,コントロール変数は,(株価),(既発行株数),CM指標で測った投資銀行の評判,PBR,利益,資産増加額で,プロビット分析された。
(3)IPO後株価の曜日効果と空売り
日々の株価の分析にも,新しい動きがある。時系列データに見られるテクニカル・アノマリーの1つに曜日効果が知られているが,曜日効果の原因として空売り(short sale)があげられるようになったのである。
空売りには大きなリスクが伴うため,投機的な空売りを長期的に行う投資家は,週末は市場が閉まり動向を常時知ることが出来ない。このリスクを避けるために,金曜日にポジションを閉じ(つまり買い戻す),月曜日に再びポジションを立てる(つまり再度空売りする)。この行動が株価の週末効果を生む。
空売りが曜日効果を生むという仮説をChen-Singal (2003) は様々な市場で実証した。また,オプション市場が設立され,リスク・ヘッジの機会が提供された1977年以降曜日効果は弱くなった,という計測も行った。
筆者からのコメントを付け加えておこう。金曜日から月曜日にかけて値下がりすることがほぼ確実ならば,短期的に週末投機を行う投資家は,金曜日に空売りしておけばよい。この短期投機家の行動と結果は,長期投機家の行動と結果と逆であり,相殺する動きである。しかしながら,空売りに制限がある。それゆえ,曜日効果は消滅しない。この簡単明瞭な,空売りに制限があるから曜日効果は消滅しないという仮説も実証しなければならないだろう。
本稿との関わりでは,Chen-Singal (2003) は,また,1988年から1999年に上場したNYSE,AMEX,Nasdaqの全IPOについて,IPO後6営業日から20営業日までの期間の株価の曜日効果を調べた。この期間はIPOの完了からIPO銘柄のインデックス(株価指数)への採用までの期間,などを理由として選ばれた。被説明変数は日次リターン,説明変数は曜日ダミーである。空売りに係わる品借料の高低と曜日効果の大小関係の検証もダミー変数でなされた。
なお,日本でこの効果を主張できないと思う。1990年以前から曜日効果が観察されるジャスダック市場に制度信用・貸借取引が導入されたのはようやく2004年4月19日のことである。それまで可能だったのは買いのみの信用取引で,ジャスダック上場銘柄の一部(220銘柄)であった(17。しかも,証券会社が証券金融会社から借り入れることができる制度信用取引でなかった。
【246頁】5-2 機関投資家のIPO後投資
機関投資家のIPO後投資は,Field-Lowry
(2004) によると,1980年以降2000年まで一本調子で飛躍的に増え,件数をみれば70%(1980年)から95%超(2000年)のIPOに関わり,平均の比率をみれば10%弱(1980年)から35%(2000年)を占めるに至っている。
Field-Lowry (2004) は,IPO 1ヵ月後時点以降の機関投資家の投資パフォーマンスは,平均リターンがIPOをピークに低下するにもかかわらず,個人投資家と比較して特に良い,ことを報告している。機関投資家は,短期的には,VCがサポートするIPOのうち,後に好パフォーマンスを示す企業を識別できる,長期的にはパフォーマンスの悪い企業を避けることができる,というのが彼女らの結論である。
利用可能な公開情報から機関投資家のリターンを複製できるか,という観点から実証分析される。用いるデータは,1億ドル以上の証券を管理している機関投資家すべてに対して各四半期末時点で1万株以上あるいは20万ドル以上のすべての普通株の保有に関してSECが1978年以来要求している報告書13fのデータである。
機関投資家は流動性のある銘柄を好んで投資する傾向があるため,規模効果を排除し,Nagel (2004)の方法に従って次のクロスセクション時系列回帰式を計測し,
その誤差項を分析する。ここで,保有比率とは第一四半期時点で測られた公開株数(public float)に対する機関投資家保有比率である。流動性と規模の指標として,株式時価総額ではなくIPOの収益(proceeds)が取られている。
推定された残差は,規模効果を除去した機関投資家保有比率である。これらは毎年5分類され,各分類のIPOデータは21年間分プールされる。そして,例えば機関投資家保有比率のもっとも高いIPOを購入し,もっとも低いIPOを売るポートフォリオを組成し,その後1,2,3年のパフォーマンスを調べるというような方法がとられる。
実際それは異常リターンを生み出す。これはアノマリーであるが,機関投資家保有比率のデータが一般に公表されるのは1ヵ月以上経過した後である。一般投資家がそれを知った時には,もう遅い。
5-3 証券会社運用部門のIPO投資
証券会社のIPO投資については,まったく自由というわけではない。1997年まで,本社該当部門・関連会社が引受業務に参加する場合資産運用会社がその株式を保有できるのは流通株の4%かそれ以下に制限されていた。しかし,1997年25%に引き上げられた(SEC Release IC-22775)。4%の制限でも相当な株数・額になり,運用会社の投資戦略を制約する程ではない,と判断される。
【247頁】Johnson- Westberg
(2005) は1990年からIPOバブル前の1998年までの13fに基づく3320のデータで,ある特定のIPOで,引受業務を行う証券会社の株式保有は同じIPOで引受業務を行なわない証券会社のそれより有意に多いことを発見した。これは,引受業務によって獲た有利な情報に基づくと考えた。
1998年でサンプル期間を意図的に打ち切る理由は,1999年以降IPOバブルを境にIPOのパラダイム・シフトが起こった,というLjungqvist-Wilhelm
(2003) とLoughran-Ritter
(2004) の指摘があるからである。
また,これらの文脈で,ユニバーサル・バンキングとは,日本流の総合証券会社のことで,引受業務と資産運用管理業務を同時に営むことである。利益相反が問題になる。
Johnson- Westberg (2005) は,IPO後パフォーマンスの悪い銘柄をそれが良い銘柄より多く買う逆張り行動に出れば,証券会社は引受業務を忠実に行なっていることになる,と判断する。また,資産運用業務において証券会社は,将来の高パフォーマンスを狙ってIPO銘柄を購入し保有する,と判断する。なされたのは,当該IPO銘柄の買いか売りの1,0変数をリターンに回帰するプロビット分析である。
引受業務を行なわない証券会社の投資は逆張りではなくモメンタム行動であることが観察された。しかし引受業務を行う証券会社の投資は逆張りである,という結論がえられた。なお,本研究には,論文全体が未整理であるという感じが拭えず,論点とデータ処理方法を整理して展開し直すこと以外に,変数コントロールをうまくできるデータ処理法を工夫する,統計学的には有意だが経済学的にさらに解明が必要である,などの課題が残される。
6 結語
米国の研究の特徴は,豊富なIPOデータ・ベースに基づく数多い研究が互いに切磋琢磨している,ことであろう。13f情報がタイムリーに広く公表され,それをデータ・ベース化し,さらに分析し公開する,民間会社が現れることは公平で情報効率的な証券市場確立のために必要なことである。
翻ってみれば,わが国のIPOがらみのデータ利用可能性は極めて低いことは悔やまれる。さらに米国の13f情報のような手口情報の収集は不十分であるといわざるをえない。狭い視野の業界重視の産業政策があいかわらず続いていると判断せざるをえない。
IPOに関わる局面は数多い。引受業務を営む証券会社はIPOの前後様々に係わる。そして,証券アナリスト,発行会社とそのインサイダーはどのような目的をもってどのように行動しているのであろうか。これらの分析は,ようやく最近になって,急速に進められた。これらのプレーヤーに関わるIPOの供給サイドの展望に関しては続く稿を予定している。オーバーアロットメント・オプション,ロックアップ,IPO企業のストック・オプションなどは違った局面があるため,将来,本展望とは別の論考をしてみたい。
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