【247頁】
整合性を問うことの意義
――実証的な会計研究との接点を求めて――
米山 正樹
T はじめに
伝統的なスタイルの会計研究は,企業が直面する経済事象と会計情報との関係に着目し,両者を結び付ける会計ルールの構造を解明しようと努めてきた。ただ,そのような研究は,これまでしばしば,経験科学の営みとして備えるべき要件を欠いているという趣旨の批判を受けてきた。「会計基準論」と称されることが多い,会計ルールを対象とした「研究」は,根拠が必ずしも明確ではない主観的な価値判断が介在する規範論であり,客観的な事実の間の関係を解き明かそうとする研究とは異なる,というのが批判の趣旨である。
このような批判には耳を傾けるべき内容も多いが,そこで言われていることのすべてが的を射たものかどうかは慎重に確かめる必要がある。とりわけ,伝統的なスタイルの会計研究が「原理的に」規範的なものでしかありえないのかどうかは,きわめて慎重に確認する必要がある。もしそれが事実であれば,伝統的なスタイルの会計研究はどう改善を図っても経験科学の営みたりえないという結論に至ってしまうからである。そこで本稿では,会計ルールを対象とした伝統的なスタイルの研究が,@観察される事実間の因果関係を解明する形をとりうるかどうか,Aそのことをつうじて実証的な会計研究との接点を保ちうるかどうかに考察を進めることとしたい。
そのような分析目標を達成するため,本稿では一連の会計ルールについてひとつの前提を設ける。それは,会計ルールが自己完結的に存在しているのではなく(言い換えれば,利益を計算し,開示すること自体に自己完結的な目的が存在しているのではなく),社会から期待されている何らかの役割を果たすための手段とみなすことである。利益の計算と開示の目的については(当事者自身が明確に意識しているかどうかはともかく)多様な事実認識がありうる。ここでは筆者自身の観察にもとづき,利益を計算し,開示することの目的は首尾一貫した計算・開示を行うこと自体に存在するのではなく,外生的に与えられるものであることを与件として議論を進める。
まず第U節では,上記のような事実認識のもとで,伝統的なスタイルの会計研究をつうじて解き明かすべき検討課題を記す。具体的には@会計ルールがどのような基礎概念に支えられ,どういう階層構造を有しているのか,すなわちルールの体系性を解き明かすとともに,Aその体系から導かれてくる利益情報にどのような役割が期待されており,また実際にどのような役割が果たされているのかを解き明かす必要を記す。
続く第V節と第W節では,上記のうちの@,すなわち一連の会計ルールを支えている基礎概念を解き明かすための具体的なプロセスを記述する。第V節では共時的な分析を,また第W節【248頁】では通時的な分析を対象とする。さらに第X節では,上記のうちのA,すなわち会計ルールの体系から生み出されてきた利益情報が,社会から期待されている何らかの役割を果たしている事実と,その理由を解き明かすための具体的なプロセスを記述する。最後に,以上の議論を第Y節で要約する。
U ふたつの研究課題
(1)体系性の分析と体系が果たす機能の分析
@会計ルールの体系性に関する分析
企業会計が何らかの社会的な目的を達成するための手段であることを前提としたとき,企業が直面する経済事象と会計数値との関係を対象とした研究は,一般に,a会計ルールの体系がどのようなロジックに支えられているのかを解明するとともに,bそのロジックに支えられたルールの体系が採用されている理由を解明するために行われることとなる。つまりa現行の会計ルールがどのような基礎概念に支えられているのか,あるいはどのような計算原理にもとづく利益の測定と開示が行われているのかを解き明かしたうえで,bそのような基礎概念にもとづく会計情報がどのような目的を達成するための手段として,なぜ貢献しうるのかを解き明かすことが主たる研究テーマとなる。
このうちaは,もっぱら会計ルールの内なる首尾一貫性や整合性,あるいは体系性に関する分析である。このような分析は個別基準に力点を置くのか,それとも抽象的な概念に力点を置くのかに応じていくつかのパターンに分かれるが,いずれにせよ,個別の会計基準やそれを背後で支えている基礎概念などを分析対象とし,それらの間の関係を記述することに主眼が置かれている点では共通している。
A体系的な会計ルールが果たしている機能の分析
これに対しbは,提供された会計情報に対する利用者の反応を事実にてらして確かめるとともに,観察された反応に合理的な解釈を与えようとする「実証的な会計研究」との接点を模索するために必要な分析課題である。観察された事実に合理的な解釈を与えようとする際,「実証的な会計研究」に携われる研究者が参照するのは,現行ルールの体系を支える基礎概念と,その基礎概念に支えられた体系から導かれてくる会計情報が機能する(期待されている役割を果たす)メカニズムである。そのメカニズムの解明,すなわち「会計モデルの定式化」こそがbの検討課題である。
伝統的な会計研究については,これまで,事実の裏づけの乏しい前提にもとづいて推論が進められる点に批判が向けられてきた。研究がaにとどまるかぎり,そのような批判を完全に払拭することはできない。aにとどまる研究においては自己完結的な目的の存在が与件とされ,その存在について事実の裏づけが得られるかどうかに十分な関心が寄せられないからである。にもかかわらず,伝統的なスタイルの研究の一部は上記のaにとどまり,もっぱら首尾一貫した計算原理だけを追究し,その計算原理にもとづく利益情報がなぜ,どのような役割を果たしているのかという事実の解明を重視してこなかった。そのような研究が支配的であったため,上記のような批判が伝統的なスタイルの会計研究の全体に向けられてきたのである。
しかし上記のような批判も,bを分析対象とすることによって免れうる。bを分析対象とすることは,財務報告に期待される役割や,財務報告をめぐる市場環境(市場の効率性や代替的な情報源の存否),平均的な利害関係者が利益情報を分析する能力,さらには利益情報を用【249頁】いた意思決定のモデルなど,すなわち利益の測定と開示を取り巻く環境要因についてどのような前提を置いているのかを意識しながら,会計ルールの体系性を分析することを意味する。また利益情報に対する利害関係者の反応を合理的に説明できるような形で,利益情報を生み出す会計ルールの体系性を分析することも意味する。
つまりaのみならずbをも分析対象とすることは,観察される事実との接点を一貫して保つこと,すなわち観察される事実と整合的な前提から議論を始め,(利害関係者の行動について)観察される事実に合理的な解釈を与えられるような帰結を引き出すことを意味する。自己完結的な目的の存在を与件とした議論と異なり,ある計算構造が採択されることの意義についても事実の裏づけを求めることによって,事実にそくした推論であることが保証されるのである。
(2)「自己完結的な目的の存在を与件とした研究」と類似するケース
もちろん,企業会計が何らかの社会的な目的を達成するための手段であることを前提としたうえで,企業が直面する経済事象と会計数値との関係を解明しようとする研究も多様であり,上記ふたつの分析対象のうちaに重点を置くものもあれば,bに重点を置くものもある。aの部分の解明に主眼が置かれている研究の中には,bの部分について旧来の研究成果を踏襲しているものも少なくない1。そのような研究は,外形上,利益の計算と開示に自己完結的な目的が存在するという前提に立つ研究,すなわちbの部分を欠く研究と類似する。
しかし,たとえ外形上どれだけの類似点がみられるとしても,利益を計算し開示することの目的や,利益情報が利用者にとって有用でありうるメカニズムについて(明示的であれ暗黙であれ)どのような前提が設けられているのかを意識して行う研究と,それらのことに十分な関心が払われていない研究には超えられない違いがある。研究の前提や研究から導かれてきた帰結が事実に反する場合,事実のほうにあわせる形で修正する余地が残されている研究は経験科学としての体をなすが,そのような余地のない研究は経験科学の営みと意義づけるのが困難であろう。
(3)小括
ここで述べてきたように,「実証的な会計研究」と研究成果を相互に分かち合うためには,伝統的なスタイルの会計研究において,会計ルールの体系がどのような基礎概念に支えられているのかを記述するのにとどまらず,そのような基礎概念に支えられたルールの体系から導かれてくる会計情報が,どのような期待になぜ応えているのかも考慮する必要がある。逆に言えば,このような点にも目を向ければ,伝統的なスタイルの会計研究も根拠に乏しい規範論という批判を免れうる。かつて支配的だった会計研究と異なり,議論の前提(財務報告を取り巻く環境やその環境において利益情報に期待されている役割)と分析結果(特定の会計ルールにもとづく利益情報がその役割を果たすメカニズム)をそれぞれ観察可能な事実と対照させることによって,ひとりよがりではない議論が可能となるのである。
もちろん,「事実の裏づけ」への配慮は,必ずしも明示的なものである必要はない。必要なのは,「会計の外の世界」,すなわち利益の測定・開示に関するルール(の体系)の周辺で生じている事実にも目を向け,ルールの体系を支える基礎概念に関する分析結果が,観察される事【250頁】実と整合的かどうかを確かめようとする姿勢であろう。あるいは,観察される事実との関係において,どのようなスタンスにもとづいて研究が行われているのかをみずから意識する姿勢であろう。
伝統的なスタイルによる会計研究が実証的な会計研究との接点を保つためには,ここで記したとおり,会計ルールの体系性を支えている基礎概念を解き明かすとともに,その基礎概念にもとづく会計情報がどのような目的を達成するための手段として,なぜ貢献しうるのかを解き明かす必要がある。言い換えれば,単に計算技法に関する首尾一貫性や整合性だけを追究するのにとどまらず,首尾一貫した計算技法から生み出された会計情報の役立ちにも目を向けることにより,伝統的な会計研究も経験科学としての体をなし,実証的なスタイルの研究との接点も保ちうるのである。伝統的なスタイルにとどまる会計研究のうち,事実の裏づけを重視するものの「全体像」が明らかになったところで,次節では,財務報告に関わる事象の因果関係を解明するのに必要な分析手続をより具体的に記すこととしたい。
V 会計ルールの体系を支えている基礎概念の解明 1
―共時的な分析と会計ルールの階層構造―
(1)通時的な分析に先立つ共時的な分析
会計ルールの整合性や首尾一貫性に関する分析は,特定時点における会計ルールがどのような体系をなしているのかを,少数の基礎概念によってできるだけ矛盾なく説明する形をとる。個別の会計基準が首尾一貫した考え方に支えられていることを与件としたうえで,両者(基礎概念と個別基準)の関係を解き明かすのである。
そのような分析は,第一義的に,共時的な分析の形をとる。すなわち特定時点に存在する会計基準の集合体をより抽象的な基礎概念によって記述し,それらに体系性を与えることから分析が始められる。
実際の会計基準やそれを支える概念の体系は,基準の新設や改廃,あるいは会計を取り巻く環境の変化によって絶えず変化している。いうまでもなく,そのような変化も会計ルールの体系に関する分析対象である。ただ,後に記述する通時的な分析は,共時的な分析を前提として行われる。通時的な分析は,特定の事象を契機として会計ルールの体系がどう変化したのかを問うものであるから,通時的な分析に先立ち,分析対象となる複数時点のそれぞれにおける会計ルールの体系を分析し,解き明かしておく必要がある。それゆえ本稿でも,まずは共時的な分析のありかたを記述し,その後に通時的な分析のありかたを記述する。
(2)多層構造をなす会計ルール
共時的な分析においては,個別具体的な会計基準とそれを支える基礎概念との関係が分析対象となる。そこでいう基礎概念は一般に多重の階層構造をなしている。
@財務報告の目的を体現した最上位の基礎概念
このうち最上位の基礎概念は,財務報告の目的などから直接的に導かれてくるものであり,最も抽象的である。それは抽象的な分だけ解釈を必要とし,しかも解釈が分かれうるものといえるが,他方で,抽象的な分だけ瑣末な環境変化などで揺るがされることはなく,財務報告の目的などが根底から覆されない限り,長期にわたり揺るがず存続する可能性を秘めている。
この次元に属する基礎概念(すなわち日本の現行ルールを支える最も根源的な特徴)は,例えば,「(事前に期待された)投資成果の事後的な把握」などと要約しうる。よく知られている【251頁】基礎概念の中では「投資資金の回収余剰計算」なども,現行企業会計の最も抽象的かつ根源的な特徴に関連した基礎概念と位置づけられるであろう2。
A利益の認識や測定に関する基本的な枠組みに係るひとつ下位の基礎概念
これに対し,もうひとつ下位の階層に属する基礎概念には,最上位の基礎概念から導かれてくる,利益の認識や測定に関する基本的な枠組みなどが含まれる。具体的な計算原則や開示原則そのものではなく,状況に応じて認識基準や測定基準を使い分ける場合における,使い分けの基準などがこの次元に属する。例えば会計ルールの基本的な特徴を語るときは,しばしば,資産や負債などが二元的に(あるいは三元的に,もしくはそれ以上に)区分される。この資産・負債の二元的な分類のように具体的な認識・測定に先立つもの,あるいは認識・測定の前提となる「世界観」とでもいうべきものが「もうひとつ下位の階層に属する基礎概念」を構成することとなる。
この次元の基礎概念は,現在課されている環境制約のもとで,最上位の基礎概念に解釈を与えることから導かれてきたものである。それゆえ環境制約が変われば,この次元の基礎概念も変化することとなる。つまりこの次元の基礎概念は,最上位の基礎概念とくらべると容易に変化する可能性を秘めている3。
このような基礎概念としては,例えば,「事業投資と金融投資の区分(あるいは投資目的に応じた業績測定)」がある。後述のように,財務報告の目的に関する特定の事実認識のもとでは,超過利潤を期待しうる事業投資と,それを期待しえない金融投資の区分が求められる。そこでは,事業投資の成果と金融投資の成果を異質な形でとらえる必要が導かれてくる。この「投資成果の二元的な把握」のように,具体的な認識・測定に直結しないものの,認識・測定のありかたを規定する大枠のようなものが,この次元の基礎概念に共通の特徴といえる。
B基本的な計算・開示原則を集約したさらに下位の基礎概念
以上に続くのが,さらに下位の階層に位置する基礎概念である。これに該当するのは,具体的な計算原則や開示原則などである。言い換えれば,この次元に属する基礎概念は,ひとつ上の階層で整理・要約された「具体的な認識・測定を支える枠組み」から導かれてくる,具体的な認識・測定操作を一般化したものという特徴を有している。論者によって定義や重要性は分かれるものの,どの会計期間にどれだけのキャッシュフローを配分するのかに関わる,実現基準・対応原則・取得原価主義などの計算原理は,この次元に属する基礎概念の典型例といえるであろう4。
(3)上位概念と下位概念の同時決定
個別の会計基準を体系化し,それらに首尾一貫した解釈を与えるための基礎概念は,これまで記してきたような階層構造をなしていると考えられる。ここではその階層構造を記述するた【252頁】めに,上位の基礎概念から下位の基礎概念を導いてきた。ただ,それは説明上の便宜に過ぎず,実際には常に上位の基礎概念から下位の基礎概念が演繹的に導かれてくるわけではない。むしろ基礎概念の体系は上位の構成要素と下位の構成要素が同時に決定されるものと考えられる。以下,この点を詳述する。
これまで記述してきた基礎概念のうち上位にあるものは,主として利益情報の利用目的や利益情報が用いられている市場環境などに関する事実の観察から導かれてくる。これに対し,相対的に下位にある具体的な計算・開示原則などは,むしろ直接的には会計基準に関する観察から導かれてくる。その場合,会計ルールの体系化(具体的な会計基準を支える基礎概念の解明)は,観察された上記ふたつの事実を可能な限り矛盾なく説明する形をとる。そこでは上位の概念と下位の概念を独立に操作しうるのであり,一方が他方を規定する関係はない。基礎概念の解明に際しては,上位概念と下位概念の両者を同時にコントロールしながら,最も矛盾の少ない説明を模索することとなる。伝統的なスタイルの会計研究については演繹的な要素が強調されがちだが,実際には帰納的な分析と演繹的な推論が絶えず繰り返されるのである。
(4)共時的な分析に際しての留意事項 1
―階層構造に関する解釈の多様性―
会計ルールに関する共時的な整合性の分析においては,いくつかの留意事項がある。第一に,具体的な認識や測定に係る相対的に下位の基礎概念は,複数の上位概念と結びつきうることに留意する必要がある。たとえ計算手法自体は同一であっても,どのような上位概念と結びついているのかに応じて計算原則の持つ意味は異なってくるのである。それゆえある計算原則を分析対象とし,その原則との整合性を図る場合は,それがより上位の基礎概念とどう結びついているのか,論者が拠って立つスタンスを明らかにする必要がある。
例えば,実現基準や取得原価主義,資産・負債観や収益・費用観,あるいは割引現在価値や公正価値による測定操作などとの整合性を図る観点から,会計ルールの体系性を分析する議論【253頁】がしばしば見受けられる。これらの概念は論者によって定義が大きく異なり,定義に応じて上位のどのような基礎概念に結びつくのかも違ってくる。つまりこれらの評価基準や計算原則は多様な目的観と両立しうるものであり,論者が想定している上位概念との関係を明らかにしないままでそれらとの整合性をいったところで,意味のあるメッセージは伝わらない。
これまでは,認識・測定に関する下位の基礎概念が複数の上位概念と結びつきうることを記してきた。これと逆に,特定の上位概念が複数の下位概念(あるいは,さらに具体的な個別基準)と結びつくこともありうる。それゆえ整合性をめぐる分析においては,現実に採用された会計基準(およぞそれを支える下位概念)に加えて,潜在的にどのような方法も(与件とした)上位概念と首尾一貫しうるのか,想定可能な選択肢を網羅する作業も必要となってくる。
例えば,別稿にて検討したとおり5,退職給付費用については,将来に予想されるキャッシュアウトフローを割り引いて求めた勤務費用の要素と,時の経過に伴うその割増し過程で生じる利息費用の要素に区分把握するのが支配的な実務となっている。しかし労働サービスの消費という事実に着目して退職給付に関する費用をとらえることが(つまり発生主義にもとづいて費用を計上することが)退職給付に係る会計基準を支える基本的な考え方とすれば,将来キャッシュフローの割引計算(すなわち利息費用の区分把握)はそこから必然的に導かれてくるものとはいえない。「基本的な考え方」と整合する会計処理はほかにも想定しうる。
このようなケースでは,上記のような「隠れた」選択肢を明示するとともに,複数の選択肢がありうる中で,特定の方法が採択された理由の解明を試みる必要がある。具体的には,採択された方法と採択されなかった方法とを比較した際の判断基準を解き明かし,それが整合性を図った上位概念とどう関わっているのかを考察することとなる。先に採り上げた退職給付費用のケースであれば,時間価値を考慮し,利息費用を独立把握するかどうかという問題と,発生主義にもとづく費用計上という基本的な考え方との関係を問うこととなる。
(5)共時的な分析上に際しての留意事項 2
―整合性を図る対象の次元によって異なる結論―
第二の留意事項は,どの次元の基礎概念と整合性を図ろうとしているのか,なぜ敢えてその次元の基礎概念との整合性を図るのかを,それぞれの論者が明示する必要である。というのも,整合性を問う基礎概念の抽象度(次元)に応じて,整合性に関する議論の帰結は異なりうるからである。
例えば,金融商品の継続的な時価評価は,「資産の評価をその取得に要した支出額のまま据え置く方法」と定義した取得原価主義との整合性(現行ルールの体系を支える基礎概念のうち,下位で具体的かつオペレーショナルな基礎概念との整合性)を図るかぎり,異質で非整合的な評価基準という解釈しか与えられない。
しかしより上位の基礎概念(「事前に期待された投資成果の事後的な把握」など)との整合性を問う場合,金融商品の継続的な時価評価はむしろ整合的な評価基準という解釈を与えうる。投資の成果が事実に裏づけられたかどうかを測る際に着目すべき「事実」は,投資目的に応じて異なりうる。そのような事実認識のもとでは,資産の評価基準を保有目的に応じて使い分け,事業資産については取得原価にもとづく評価を行い,金融資産を継続的に時価評価するのが,【254頁】現行ルールを支える基礎概念と整合的な方法となる。
ここで例示したとおり,資産の具体的な測定基準の統一性を問題にする場合と,現行ルールを根底で支える基本思考との首尾一貫性を問題にする場合では,金融資産の継続的な時価評価に対して与えられる解釈が大きく異なる。それゆえ整合性を問う場合は,対象となる概念の次元(階層構造に占める地位)と,その次元の基礎概念との整合性を問う理由(分析目的)を明示するのが不可欠となる。
W 会計ルールの体系を支えている基礎概念の解明 2
―通時的な分析と階層構造の変化−
(1)変化を引き起こした原因と変化が及んだ次元の特定化
会計ルールの整合性や首尾一貫性に関する共時的な分析に続いては,会計基準の新設・改廃に伴うルールの体系の変化を対象とした通時的な分析が求められる。そこではある基準の新設・改廃が従来一定の整合性を保ってきた体系のどの次元にいかなる影響を及ぼしたのかが問われることとなる。
そのような分析において重要なのは,基準の新設・改廃を促した原因の特定化である。もし財務報告の目的(財務報告に期待される役割)の変化が基準の新設・改廃の契機であれば,その影響は新設・改廃された個別基準のみならず,会計ルールの体系全体に及ぶこととなる。その場合,これまで想定されてきた目的の達成に資する旧来の体系は,一般に,新たな目的の達成にとって最善の手段ではない。そういう状況において,新設・改廃された個別基準は新たな目的の達成に資するものであっても,旧来踏襲されてきたルールの体系とは首尾一貫しないものとなる。そこでは,会計ルールの体系が新たな役割にてらして最善の手段となるように,他の領域における個別基準の新設・改廃が促され,それらを支える基本的な計算原則にも変化が求められることとなる。
これに対し,基準の新設・改廃が主として環境要因のローカルな(限定的な)変化に起因する場合は,財務報告を支える基本的な枠組みは変わらず,その「変わらない考え方」の新たな事象への適用方法だけが問われることとなる。そのような状況では,基準新設・改廃の影響も限定的な範囲にしか及ばないこととなる。
(2)通時的な分析に際しての留意事項 1
―将来に持ち越される解釈の適否―
通時的な分析に関する留意事項の多くは共時的な分析に関するものと共通するが,通時的な分析に固有の留意事項もいくつかみられる。第一の留意事項は,変化が生じた時点においては会計ルールの体系に及んだ影響について複数の代替的な解釈を想定できることである。いずれのシナリオが通時的な変化を最も矛盾なく説明できるのかは,会計ルールのさらなる変化が明らかになる将来まで持ち越されることになるのである。
通時的な分析の主眼は,前項(1)のとおり,基準を新設・改廃する契機となった環境変化を特定化することに置かれる。会計ルールの体系を支える基本的な枠組みの次元で変化が求められている場合もあれば,基本的な枠組みを維持したまま,その枠組みと整合的な処理を新たな経済事象に適用するだけの場合もありうるからである。
とはいえ,実際には,ある基準の新設・改廃が会計ルールの体系に及ぼした影響をひとつに特定化できないケースも少なくない。というのも,新設・改廃された基準が求めている会計処【255頁】理は,変化の契機に関する複数の事実認識と両立しうるからである。つまり新たな基準が求めている会計処理は,@上位概念に変化がみられないという事実認識のもとでより下位の概念との整合性を図った結果とも解釈できるし,A上位の基礎概念に変化が生じたという事実認識のもとで変化後の新たな上位概念との整合性を図った結果とも解釈しうるのである。
その場合,解釈の適否は将来における会計基準の変化に委ねられることとなる。将来さらに基準の新設・改廃が進めば,想定していた複数のシナリオのうち,いずれに沿う形で会計ルールの体系が変化したのかを特定化できるようになるからである。そうなると複数の解釈を採りうるケースでは,さしあたり将来に予想される基準の推移に関するシナリオを漏れなく列挙したうえで,それぞれのシナリオの適否を判断するうえで着目すべき将来の事実を解き明かすことに終始することとなる。通時的な分析はその意味で,常に「メニューの提示」にとどまることになるのである。
(3)通時的な分析に際しての留意事項 2
―新たに許容されることとなった考え方や会計処理の解明―
第二の留意事項は,既存の枠組みとの整合性を図ることにどれだけ努めても,ある個別基準の新設・改廃の前後で,会計ルールの体系には必ず何らかの変化が生じてしまうことである。「会計ルールの体系がまったく変化しない」という意味における整合性は,いかなるケースにおいても期待しえないのである。
例えば,多くの企業が新たな経済事象に直面することとなったとき,類似したケースに適用されている既存の個別基準を参考にしながら,その経済事象に関する基準が新設されたとする。このとき新たな基準は,公表済みの会計基準が適用されているケースといま問題となっているケースの等質性(類似性)を前提として,既存の基準の適用範囲を拡大したものに過ぎない。そこでは,会計ルールの体系を支える基礎概念に何の変化も生じていないようにみえる。
しかし上記のケースでは,新たな基準の公表によって,「どのような経済事象を等質的なものとみなし,類似した会計基準を適用すべきか」についての新たな判断が下されたこととなる。これまではグレー・ゾーンにあった「類似した会計基準を適用すべきという意味において等質的なケースとそうではないケース」との区分について,従来とくらべて明確な判断が下ったという事実は,次の基準設定において「先例」となり,ルールの整合性を保つ場合に尊重されることとなる。その意味において,既存の基準の適用範囲を単に拡大しただけのケースであっても,新たな基準が付け加わる前後で会計ルールの体系は同一といえない。
とすれば,会計基準に係る通時的な分析においては,どのような次元のいかなる基礎概念との整合性を図りながら新設・改廃が行われたのかを解き明かすだけでなく,新たな基準が包摂された結果としてルールの体系にどのような変化が生じたのか(どのような会計処理や開示方法が許容されることとなったのか)をも解き明かすことが必要になる。すなわち「どのような形で整合性が図られたのか」の分析には,「どのような考え方や会計処理が新たに許容されることとなったのか」の分析が伴うことに留意しなければならない。
X 会計ルールの体系が果たしている機能の解明
会計ルールの体系がどのような基礎概念に支えられた,いかなる階層構造をなしているのかに関する分析に続いては,そのような体系から導かれてくる利益情報に期待されている役割や,利益情報が実際に担っている役割についての分析が求められることとなる。これまでも繰り返【256頁】し記してきたとおり,本稿では会計ルールの体系を,何らかの社会的な目的を達成するための手段と考えている。そこで想定されている目的の達成手段として会計ルールの体系が首尾よく機能しているかどうか,それはなぜかに考察を進めるのである。
もちろん,会計ルールの体系性に関する分析と,その体系が果たしている機能に関する分析は完全に独立しているわけではない。事実,前節までの体系性に関する分析においても,利益情報が果たしている機能に関する事実の観察が,基礎概念の体系化に際して不可欠であった。とりわけ上位の基礎概念(利益が有している基本的な特性など)は,主として利益情報の利用状況に関する事実の観察から導かれてくるものであった6。
本節の記述は,これまでの議論から独立したものではなく,むしろ@これまでの議論で参照してきたいくつかの事実(財務報告の目的や財務報告を取り巻く環境要因)が,具体的にどのような観察から導かれてくるのかや,A会計ルールのありかたに関わるどのような事実をどの程度まで解き明かしうるのかに焦点をあわせたものとなる。
(1)利益情報の公表によって影響を受ける主体に関する分析
@利益情報の主要な利用者である投資家
会計ルールの体系が果たしている機能の分析においては,その体系から導かれてくる利益情報がどのような主体の行動に,いかなる影響を及ぼしているのかが最終的な分析目標となる。
利益情報の公表によって行動に影響が及びうる主体としては,まず投資家を想定できる。利益情報が投資家の意思決定に影響を及ぼしていることは,これまで多様な事実にてらして確かめられてきた。それゆえ会計ルールの体系が果たしている機能の分析に際しても,投資家の行動に影響が及んでいる事実(すなわち投資家による意思決定に利益情報が資する事実)は尊重されることとなる。
A利益情報の公表によって影響を受けるその他の主体
利益情報の計算と開示は,大規模な株式会社が出現し,会社の経営者と個人的な繋がりを持たない投資家から会社の運営に必要な資金を調達する必要が生じる以前から行われていた。その事実が示唆するように,利益情報は投資家の意思決定に有用な情報を提供すること以外の役割も担ってきた。とりわけ,会社の活動によって生じた成果を当事者間で分配する際の指標として利益情報が用いられてきたことはよく知られている。利益の計算と開示が果たしているこの役割は「利害調整機能」と呼ばれることが多い。その場合,投資家の意思決定に有用な情報を提供する役割のほうは「情報提供機能」などと呼ばれ,「利害調整機能」と対置されることとなる。
企業成果の分配指標として利益情報が用いられる場合はふたつに大別される。そのうちのひとつは,不特定多数の当事者を対象とした成果配分が行われるケースで,会社法における剰余金の分配規制や,税法における税務申告制度などがその典型例である7。そこでは利益情報にもとづく成果配分のありかたが,法規制をつうじて当事者すべてに適用されることとなる8。もうひとつは,成果配分のありかたについて当事者が個別に締結した契約に利益情報が盛り込【257頁】まれるケースで,企業経営者が債権者との間に取り交わす財務上の特約や,企業経営者の報酬を利益の大きさと結びつけた利益連動型の報酬制度などがその典型例である。
利益情報が企業成果の分配指標として用いられる場合,利益の計算方法次第で企業成果の分配を受ける当事者の利害が左右されることとなる。それゆえ当事者のそれぞれは利益情報のありかたに関心を抱いており,かれらの行動は利益によって影響を受けている。したがって会計ルールの体系が果たしている機能の分析に際しては,かれらの存在も考慮しなければならない。
(2)上記主体の行動モデルを構築することの困難と「次善の対応策」
@断片的にしか解き明かされていない事実にもとづく推論
ここで記してきたとおり,利益情報に関心を持ち,その公表によって影響を受ける主体の典型例は投資家である。企業成果の分配を受けるその他の主体も,利益情報が分配指標に組み込まれている場合はそのありかたに関心を持つ。とすれば,次に求められるのは,それらの主体と利益情報(あるいは利益情報を生み出す会計ルール)との関係を記述したモデル,すなわち投資家らの行動を特定の会計ルールが生み出した会計情報によって説明したモデルである。利益情報に含まれているどのような要素をどう活用することによって,かれらが行動を決定しているのか,その行動原理が解き明かされれば,会計ルールを対象とした一連の分析は完結することとなる。
しかし筆者の知る限り,利益情報と投資家らの行動との関係を一般的に記述したモデルはいまだ見出されていない。公表された利益情報が投資家の行動に影響を及ぼしている事実は多様な形で確かめられているものの,ある利益情報(あるいはその情報を生み出すルールの体系)が投資家の行動に影響を及ぼす理由については「ブラック・ボックス」が残されている。利益情報の提供と投資家の行動との因果関係を記述する際は,推論によってしか埋められない要素が少なからず残されているのである。なかでも,利益情報を生み出す計算ルールの違いが投資家らの行動に及ぼしうる影響については,とりわけ大きな「ブラック・ボックス」が残されているといってよい。
このような状況下で「ブラック・ボックス」の解消を目指すためには,まず投資家らの行動に影響を及ぼす利益情報以外の要因を意識しながら,利益情報に対する投資家らの行動を観察し続けることが肝要であろう。投資家の行動に影響を及ぼす要素で,利益情報以外のものを網羅し,それらを完全にコントロールできれば,投資家の行動に及んだ影響のうち利益情報が寄与している部分を抽出できるようになると考えられるからである。
こうしたことから,Aでは,利益情報と当事者の行動との関係を定式化する際に考慮される要因(すなわち当事者の行動に影響を及ぼす利益情報以外の要因)を列挙することとしたい。さらにBでは,上記の分析において実証的な会計研究をつうじて観察された事実を参照する際の留意事項も記すこととしたい。
このような分析は,ほんらい,利益情報に関心を寄せるすべての主体を対象に行わなければならない。しかし行動目的の特定化が比較的容易な投資家(投資家においては投資対象企業のファンダメンタル価値などの予測)と異なり,それ以外の利害関係者については,行動目的の【258頁】定式化さえ困難なケースもある。それゆえ今後はもっぱら,投資家に焦点を絞ることとする。
A推論に際してコントロールすべき環境条件
利益情報と投資家の行動との関係に影響を及ぼしうる環境条件,すなわち分析の際にコントロールすべき事実の典型例は以下のとおりである。
第一に,代替的な情報源が利益情報と投資家の行動との関係に影響を及ぼす。かりに将来キャッシュフローの予測をつうじた企業価値の評価に資する情報が,代替的な情報源から一切提供されない状況を想定する。このとき,利益情報に企業経営者による将来見通しなどの主観的な要素を色濃く反映すべしという要請があるかもしれない。しかし代替的な情報源(投資家向けの説明会など)をつうじてそのような情報が十分に提供されている状況では,主観的な要素を同様に含んだ利益情報は冗長なものとなってしまう。その意味で,代替的な情報源の存否と,そこで提供されている投資に関連した情報のいかんは,会計情報に寄せられる期待を左右することとなる。
第二に,市場の効率性も利益情報と投資家の行動との関係に影響を及ぼす。かりに公表されていないものも含め,将来キャッシュフローの予測に関わる情報が既に広く知られている状況を想定する。このとき,既知の情報を改めて財務報告書の様式で開示しても,そこに有益な情報は期待しえない。しかし証券価格には公表情報しか織り込まれていない状況では,実績値としての利益情報を定期的に公表することに意味を見出しうることとなる。その意味で,市場の効率性も会計情報のありかたを左右することとなる。
第三に,投資家の会計情報に関する分析能力も,利益情報と投資家の行動との関係に影響を及ぼす。かりに平均的な投資家が不十分な分析能力しか持たず,かつ証券アナリストなどによる情報の仲介が何らかの理由によって十分には機能しない場合を想定する。この場合は,会計情報を作成する者の側が利用者に代わって分析・加工した情報でなければ利用者はこれを活用できない。しかし平均的な投資家自身が複雑な会計情報の分析にも対応できる場合や,十分な数の情報仲介者の間に競争がみられ,適正な報酬で会計情報の分析を依頼できるような場合は,情報作成者の側にデータの加工を委ねた場合に生じうる有用な情報の散逸を防ぐため,相対的に「未加工に近い」情報の提供が求められるかもしれない。その意味で,投資家の会計情報に関する分析能力も会計情報のありかたを左右することとなる。
B推論に際しての留意事項
上記の環境条件をコントロールするのに続いては,そのコントロールされた状況下で観察された事実にもとづき,利益情報が投資家らの行動に影響を及ぼすメカニズムを解明することとなる。先述のとおり,利益情報の提供と投資家らの行動との因果関係は,いまだ断片的にしか解明されていない。
そのような状況にあっても,前提や推論を挟みながら,会計ルールの体系に関する分析結果と,その体系から生み出されてきた利益情報の利用状況に係る分析結果とを結びつけることは可能である。ただその場合は,@実証的な会計研究の成果を尊重し,投資家の行動に対する利益情報の影響についてこれまで解き明かされてきた事実と少なくとも矛盾しないような推論に努めるとともに,A観察された事実に裏づけられている部分と,推論に過ぎない部分を明確に区分しなければならない。現時点においては暫定的な結論を下すのにとどまることとし,事実の観察が将来にわたり積み重ねられていくのを待つ必要があろう。
【259頁】
Y おわりに
(1)要約
本稿の中心的な検討課題は,伝統的なスタイルの会計研究が実証的な会計研究との接点を持つためには,どのような点に留意しながら,どういう手法により,何を分析目標として研究を行えばよいのかであった。
伝統的なスタイルの会計研究においては,報告主体が直面する事実を会計データに変換するためのルール(会計ルール)を研究対象とすることが多い。そこでいう会計ルールはアドホックに新設・改廃されるものというより,むしろ抽象的な基礎概念に支えられ,首尾一貫した体系をなしていると考えられる。こうしたことから,伝統的なスタイルの会計研究においては,一般に,会計ルールの体系を支える基礎概念,とりわけその階層構造を解き明かすことが研究課題となる。本稿(なかでも第V節)では,どのような事実の観察から会計ルールを支える基礎概念が導かれてくるのかを述べるとともに,そこでいう基礎概念はどのような階層に分かれうるのかを併せて記述した。さらに第W節では,環境変化にもとづく会計ルールの体系の変化を対象とする通時的な分析を採り上げ,共時的な分析にはみられない,通時的な分析に固有の留意事項を説明した。
ここで要約したとおり,伝統的なスタイルの会計研究においては,会計ルールの整合性が主たる研究課題となる。ただ整合性の分析という場合,従来は,会計ルールの体系の内部で「閉じている」議論が少なくなかった。すなわちそこでいう整合性の分析は,個別の会計基準と,個別の会計基準に関する観察から帰納的に導かれてきた基礎概念との関係の解明にとどまることが少なくなかった。さらにいうなら,従来の整合性分析では,もっぱら,具体的な計算原理に係る基礎概念(下位の階層にあるもの)だけが採り上げられ,より上位の,利益の計算・開示目的などに関わる基礎概念が分析対象となるケースは乏しかった。
利益の計算と開示に自己完結的な目的が存在するという前提で分析を進めていく場合はともかく,会計ルールの体系は社会から期待されている役割を果たすための手段という前提で議論を進める場合,上記のような整合性分析は不十分なものにとどまる。ある特定の基礎概念に支えられた会計ルールの体系が,社会の期待に応えている理由を説明する必要が残されているからである。実証的な会計研究は,利益情報が実際に果たしている機能を解明するための知的な営みといえる。そのようなスタイルの研究との接点を持つためには,第U節で述べたとおり,実証的な会計研究をつうじて観察された投資家の行動に関する事実と,利益の計算と開示についてある特定のルールの体系が採択されている事実との因果関係をも解明しなければならない。
とはいえ,そこでいう因果関係の解明は容易ではない。特定の体系が採択された事実と,その体系から導かれてきた利益情報が利害関係者の行動に影響を及ぼしている事実との関係は,いまだ完全には解明されていない。そこでは,「言いうること」と「推論によらずには言いえないこと」を区分するとともに,推論に際して考慮すべき事項を確認しておかなければならない。以上の諸点を記述したのが第X節である。
(2)含意
伝統的なスタイルの会計研究は,「原理的に」規範的な性質を帯びざるをえないものであり,どれだけ改善を試みても経験科学として備えるべき要件を満たせないという批判を受けてき【260頁】た。本稿での分析によれば,それは必ずしも的を射た批判とはいえない。伝統的な会計研究においては,会計ルールの整合性や首尾一貫性が主要な研究課題となる。それはほんらい,個別具体的な会計基準を支えている基礎概念を解き明かすとともに,(その基礎概念を用いて)会計ルールの集合体をひとつの体系として記述する役割を担っている。いわば観察された事実(個別の会計基準)を一般化し,抽象的な概念によってそれらを体系的に説明すること自体は,観察された事実に関する因果関係の解明(一般的な法則性の解明)という意味で,科学的な営みとみなすことができる。
逆にいうと,伝統的なスタイルの会計研究のうち,上記のような目的で行われていないものを科学的な推論とみなせないのも事実である。少なくとも著者の知る限り,会計基準に関する根拠の乏しい解釈論はいまだに散見される。また会計ルールの体系に関する伝統的な研究の中でも,計算構造に関する分析に終始しているものは,計算構造という点で整合的な会計ルールの体系が,どのような役割を担っているのかに関する事実の観察と観察結果の分析とを欠いている点で,不十分な考察にとどまっている。会計ルールの体系が社会から期待されている何らかの役割を達成するための手段であるとするなら,手段に関する分析は目的との関係の解明によって完結することとなる。伝統的な会計研究の存在意義と,それが存在意義を持つために満たすべき条件の解明が本稿の主要な含意といえるであろう。
〔参考文献〕
石川純治・水野博志・冨塚嘉一・山本浩二・菊沢研宗・鵜池幸雄訳『会計学・財務論の研究方法』同文舘,1995年3月(Bob Ryan, Robert W. Scapens and Michael
Theobald, Research Method and Methodology
in Finance and Accounting, Academic Press Limited, 1992)。
塩原一郎訳『科学的会計の理論』税務経理協会,1995年10月(Robert R.
染谷恭次郎訳『アメリカ会計学会 会計理論及び理論承認』国元書房,1980年2月(Committee on Concepts and Standards for
External Financial Reports, Statement on
Accounting Theory and Theory Acceptance, American Accounting Association,
1977)。
津守常弘教授還暦・退官記念著作編集委員会編『現代会計の国際的動向と展望』九州大学出版会,1999年9月。
冨塚嘉一『会計認識論 ―科学哲学からのアプローチ―』中央経済社,1997年9月。
渡辺陽一監修,長谷川茂・新田忠誓編著『会計学説と会計数値の意味』森山書店,1998年9月。