【283頁】
のれんの償却をめぐる論点
川本 淳
1 はじめに
周知のように,米国の財務会計基準審議会(FASB)は2001年に,のれんに関する会計基準を改定した。従来,のれんは40年以内に規則的に償却しなければならないと定めてきたAPB意見書第17号「無形資産」(1970年)に代えて,のれんの規則的な償却を認めない財務会計基準書(SFAS)第142号「のれんその他の無形資産」を公表したのである。それと呼応するように,国際会計基準審議会(IASB)ものれんの会計基準を改定した。すなわち,のれんの規則的償却を定めていた国際会計基準(IAS)第22号「企業結合会計」に代えて,国際財務報告基準書(IFRS)第3号「企業結合」を2003年に公表し,のれんの規則的償却を禁止したのである。このような海外における動きとは対照的に,わが国では,2003年に企業会計基準審議会から「企業結合会計に係る会計基準」が公表され,のれんは20年以内に規則的に償却されなくてはならないことが定められたのであった。
のれんの会計をめぐっては,前世紀の初頭から議論が始まっており,これまでに多様な記録方法が提案されてきた1。しかし,名目資本維持と実現主義という現行企業会計における基礎概念のもとでは,のれんは取得に要した支出額が費用計上されなくてはならない。いわゆる自家創設のれん,ないし無償のれんを資産に計上したり,有償取得したのれんを株主持分と直接相殺消去するなどの方法は,名目資本維持と実現主義の礎概念からは説明することはできないのである。
もっとも,取得に要した支出額を費用に計上するといっても,その方法は下記a)〜c)にあるように複数考えられる。名目資本維持や実現主義だけでは,ここからひとつを特定することはできない。
a)取得時に全額を費用計上する
b)処分(事業の清算や売却)時に全額を費用計上まで資産として記録しておく。
c)いったん資産に計上したうえで規則的に償却する
日米で現行基準が制定される過程では,b)とc)とで,どちらを採用すべきかがかなり議論されたようである。最終的には,わが国はc),米国はb)を採用したうえで,それぞれ減損会計を併用するという基準で落ち着くことになった。しかし,わが国に限っても,米国のよう【284頁】に,のれんは償却しないよう基準を変更すべきである主張する論者もいれば,のれんを償却しない米国の基準は不適当であると主張する論者もいる2。つまり,のれんの費用計上をめぐる議論はまだ続いている。そこで本稿では,この議論について,鍵はどこにあるのかを考えていくことにする。なお,本稿ではFASB基準書の規定が多く参照されているが,そこにのれんをめぐる議論がある程度集約されていると考えたためであり,基準書を検討すること自体は本稿の目的ではない。
2 のれんの即時費用計上
買収によって追加的にもたらされる将来収益への期待に対する支出の一部がのれんとして記録される。買収時にのれんの全額を費用計上することは,将来収益のためになされた支出であることを無視することになる。こう考えると,のれんの即時費用計上が認められないのは当然であろう。しかし,将来収益のためになされた支出であっても,即時費用計上が強制される場合も現行の企業会計にはある。典型例は研究開発費である。
現行の会計基準で研究開発費の繰り延べが否定される理由としては,@研究開発に投資しても失敗する可能性が高いこと,Aかりに成功して将来収益の獲得に結びついたとしても,それを実際に確かめ,会計記録に正しく反映させるのは難しいこと,などが考えられる3。また,即時費用計上を強制することにより,研究開発の会計から恣意性を排除することができる。ただし,即時費用計上は研究開発に関する内部情報を会計記録に反映させないことも同時に意味する。
さて,のれんに投資するのも,研究開発に投資するのも,将来収益に対する期待に対価を支払っている点で共通する。そして,将来の超過収益を期待して,いわゆる「のれん代」を支払ったとしても,実際に超過収益が得られるという保証はないし,かりに超過収益が得られたとしても,それを実際に確かめ,会計記録に正確に反映させるのは難しいということも研究開発と同様である。したがって,研究開発について即時費用計上を求めるのであれば,のれん代についても同じ記録方法を適用すべきだという主張も成り立つ。
それでは,研究開発費は繰り延べが認められていないのに,のれん代は繰り延べが強制されるのはなぜなのだろうか。米国でSFAS142号が制定される過程では,この問題に先立って,のれんが資産なのかどうかがまず検討されたようである。そこでは,「過去の取引もしくは事象の結果として特定の実体によって獲得もしくは支配されることとなった,将来のありうべき(probable)経済的便益である」という概念基準書(SFAC)第6号「財務諸表の構成要素」(para.25)に記された定義を満たしているので,のれんは資産に該当するという判断が下された。そのうえで,いったん資産と認めておきながら,次の瞬間,即時償却するのは合理的ではないと判断されたのである。この理屈で言えば,研究開発への投資は資産の定義を満たしていないので,即時費用計上されることになる。
しかし,上記の定義は,研究開発への投資を資産の範囲から明確に排除しているのか,については不明である。この場合,問題となる点は,@のれんは特定の実態によって獲得もしくは【285頁】支配されることが可能であるが,研究開発はそうではないかもしれない,Aのれんが実際に経済的便益になる確率は高いが,研究開発はそうではないかもしれない,であろう。ただし,FASBは「ありうべき」という用語は特定の確率(何パーセント以上など)を意味するわけではないと説明している(SFAC No.6,
para.25に対する注)。また,買収が成功する確率は研究開発が成功する確率よりも著しく高いのかは分からない。少なくても言えるのは,合理的な経営者は元がとれると判断したうえで,買収も研究開発も実行しているはずだということである。
「獲得もしくは支配される」という用語は「売却可能」という言葉で置き換えて考えることができるかもしれない。例えば,買収した企業ないし事業をただちに売却することによって,のれんへの投資は換金することができるかもしれない。それに対して,研究開発への投資は特許権でも取得していない限り,売却によって換金することはできない。そのため,研究開発は資産の定義を満たさないと考えるわけである。しかし,買収した企業もしくは事業に固有の部分は売却によって換金できるかもしれないが,シナジー効果への投資に相当するのれんは,他者へ売却しても換金することはできない。とくに,シナジー効果に限ってみれば,それと研究開発への投資とは質的に異ならないようにも思われる。
ともあれ,米国基準においては,@のれんが資産の定義を満たしているかを判断し,A資産だとして,どのように費用化していくのが適当なのかを判断する,という議論のアプローチが,のれんの即時費用計上を理屈のうえで否定する鍵になっているのであった4。
3 のれんの規則的償却
例えばPaton and
Littleton [1940] は,超過利潤は永続しないという理由で取得後に買入のれんを償却しない実務を否定し,費用を収益に対応させるために規則的な償却を支持している(p.92)。しかし,規則的な償却が唯一の会計基準として確立されたのは1970年のAPB意見書第17号によってであった。その後,約30年間,のれんは40年以内に規則的に償却するという基準が米国では維持されたのであった(伊藤[2006]pp.48-52)。
もし買収時に取得したのれんが時の経過とともに減価するのだとしたら,償却するのは当然とも思われるが,このこと自体は,のれんをどうやって償却すればよいのかを決めるものではない。規則的な償却を規定している会計基準に記された40年や20年といった償却期間の上限に合理的な根拠はないであろう(白石[2003]p.129)。さらに,その上限年数を超えない範囲で,企業が設定した償却期間が適当なのかどうかを確かめることは難しい。また,償却方法としては定額法が用いられることが一般的だが,それがのれんの減価を的確に表現しているとは限らない。つまり,のれんは減価すると考えて償却費を計上するのはよいのだが,その金額が正確なのかに確信がもてないわけである。
これはSFAS第142号が規則的償却を退けた根拠の一部になっている。例えば,のれんの償【286頁】却費は厳密に計算されたものではないという認識がないまま,利益データが一般のユーザーに利用されることにFASBは懸念を持っていたとされる(para.B75)。あるいは,それとは逆に,多くのアナリストがのれん償却費を業績とみなしていないことが調査で明らかになったとも記している(para.B77)。
もっとも,償却費に信頼性がないという理由で規則的な償却を否定できたとしても,のれんは減価するものではないと言えなければ,非償却を正当化することはできない。FASBはSFAS142号を制定する過程で,のれんは複数の要素から構成されており,そのなかには減価しない要素もあるはずと考えていたようである(para.B71)。しかし,すべての要素が非減価だという立場はとっていなかった。また,一見,のれんが減価していないようにみえるケースでも,取得後の自家創設のれんが取得時ののれんの減価を補填していると考えられることも認めていた(para.B74)。そのうえで,のれんに減損会計を導入できなければ,規則的な償却を退けることはできなかったとFASBは明かしている(para.B83)。
結局,FASBはのれんは基本的に減価する資産だと考えたうえで,いろいろな難がある規則的償却に代わる費用配分方法として減損会計を採用したのだという理屈になる。もちろんここでも,規則的償却を否定すること自体は減損会計の導入を正当化するわけではない。他に代替的な費用配分方法が考えられないわけではないからである。他方,減損会計それ自体に充分な合理性があるのだとしたら,一般的な有形資産についても規則的な償却を禁止すべきではないかという別の問題が生じるであろう。これについては,また後に取り上げる。
4 のれんの償却
「のれんは減価するのか?」という設問を前にしたとき,まず「のれんが減価するとはどういうことなのか?」が分かっていないと,イエスともノーとも答えようがない。例えば,有形固定資産については,土地は減価しないけれども,自動車は減価すると一般に考えられる。その理由は,土地はいくら使っても,もしくは何年間使っても,使える部分が減らないからであろう。それに対して,自動車は使えば使うほど,あるいは時間の経過にしたがって,使える部分の残りが減っていくから減価すると考えられている。このように,有形固定資産については,使える部分が減ることを減価と呼んでいるのであって,価値が減るから減価ではない。非償却資産である土地を考えると分かりやすいが,価値が減少を問題にするのは,減価償却ではなく,減損会計である。
つぎに,のれんについて考えてみよう。のれんが減価するのは,超過収益を生み出す競争優位が時間が経過するにしたがって次第に失われていくからであると説明されることが多い。逆に言うと,競争優位がなんらかの理由によって永続的に保たれるのであれば,のれんは減価しないという話になる。それならば,会計上,競争優位を資産に計上したのがのれんなのであろうか。
それに対して,競争優位といった特定のなにかを資産計上したのが,のれんというわけではないかもしれない。他企業買収時に,将来キャッシュフローへの期待に対して支払った金額は,承継する識別可能資産に割り当てられる。それから,それらに割り当てられなかった金額がのれんとして資産計上される。ここで,識別可能資産への割り当て際して宙に浮いた金額を承継するために擬制された資産がのれんだと考えれば,のれんは特定のなにかに対応していないこ【287頁】とになる。資産に計上されていても,モノとしては存在していないのだから,時の経過とともに使える部分が減っていくという発想は不可能である。そうではなくて,(競争優位に相当する)識別不能資産も承継したのだから,それに対して金額を割り当てたのだと理解すれば,有形固定資産のように減価を考えることができるかもしれない。
このように,会計のれんをどう捉えるか5によって,減価の意味が違ってくる可能性がある。それは,償却ないし費用配分の方法をめぐる議論にも影響を与えるであろう。以下,会計のれんを擬制された資産と捉える立場と,特定のなにかに対応する資産と捉える立場に分けて,のれんの償却について考えていこう。
(1) のれんは将来キャッシュフローへの期待に対して支払った金額であるが,競争優位といった特定の何かを資産計上したものではないと捉える立場からの償却
合理的な意思決定により買収が試みられるとすれば,買収企業は買収後に得られるであろう追加的なキャッシュフローを予測して,その現在価値以下の価額を提示するだろう。他方,売却側は今のまま保有し続けることによって得られるであろうキャッシュフローの現在価値以上の価額を提示するだろう。そして,両者による提示価額の間のどこかで実際の買収価額は決まることになる。
将来のキャッシュフローを予測する際に考えなければならないことのひとつは,資本コストを超えるキャッシュフローないし超過利益が買収後,どれだけの期間にわたってもたらされるのだろうかということである。企業価値評価についての代表的な教科書であるPalepu, et
al. [2000] によれば,一般に高い利益は激しい競争を引き寄せ,そのため企業の収益性は正常な水準にまで低下すると予想される。その場合,一定年限より先の超過利益はゼロと見積もることになるだろうと述べている(p.12-6)。この見解に従えば,のれんには限られた耐用年数があることになる。
そして,この手法が企業買収の実務に用いられていたとしたら,のれんには有限の耐用年数があるという前提で買収金額が提示されることになる。それでいて,会計記録上は,のれんには耐用年数がないという理由で償却しないのだとしたら矛盾であろう。他方,Palepu, et
al. [2000] は同じ箇所で,一般的ではない例として,超過利益が永続的に維持されるケースについても言及している。問題の買収がそれに該当するのであれば,もちろん,のれんを償却しないことに不都合はない。
結局,バランスシートに記録されるのれんは,将来キャッシュフローに対する見通しを資産計上したものと理解すれば,のれんの価値がどのように減少していくのかは買収計画を立てた段階で判明しているのである。それにしたがって,会計上も償却プランを設定し,費用配分を行えばよい。ただし,将来キャッシュフローに対する見通しから弾き出されるのは支払ってもよい金額の上限であり,実際の買収金額との間には差が生じる。それを費用配分の対象からどう除くかについては別途考慮を要する。
また,ここでの償却は,利用もしくは利用の代理変数となる時間の経過に応じて,費用を計上していく減価償却とは異なる本質を持っている。利用することによって超過収益を生み出す【288頁】ことができる何かとしてではなく,何かを利用することによって生み出される超過収益への期待としてのれんを捉えているからである6。利用の対象となる実体が識別できないため,生み出される価値に注目して償却することになるのである。
ところで,将来キャッシュフローの予測は減損会計にも必要である。買収価額の提示をするためのキャッシュフローの予測で見積もられる,のれんの耐用年数を恣意的であるという理由で退けるのであれば,減損会計で必要になる将来キャッシュフローの予測も受け容れられなくなる。そのため,のれんを将来キャッシュフローに対する見積もりを資産計上したものとして捉える方が,減損会計を併用するのには都合がよい。
(2) のれんは買収時に承継した特定のなにかを資産計上したものであると捉える立場からの償却
先に述べたように,SFAS142号では,のれんの規則的な償却を否定する論拠のひとつとして,のれんにはさまざまな要素が含まれており,なかに短い期間で効果が消えてしまう部分もあれば,効果が永続する部分もある点が挙げられていた。一定の償却期間でのれん全体に対して規則的な償却を適用することは,のれんの実態とはかけ離れた費用配分を行うことになるというわけである。
しかし,この議論は難しい問題をいくつか含んでいる。まず,真っ先に思いつくのは,買収によって追加的にもたらされる超過収益がどのような要素からもたらされるかを個別に分析することは可能なのかという点である。のれんの要素を個別に分析するという作業を具体的に考えていくと7,@のれんの諸要素,例えば技術的な要素,人的な要素,ブランド的な要素などを網羅的に識別したうえで,Aそれらの効果がどれくらい長く続くのかを見積もり,Bさらに,それらの要素に対して金額を合理的に割り当てなければならない。Bでとくに問題になるのは,複数要素の組み合わせ(シナジー)から生じる超過収益を合理的に個別の要素に割り当てることが可能なのか,という点である。
続いての問題は,のれんの諸要素についての分析をバランスシートに適用する際に生じる。合理的になされる買収を想定した場合,買収によって追加的にもたらされるのれんの価値は,あくまで買収価額の上限を定めるものでしかない。買収から得られる価値よりも買収に要した対価が低い場合,バランスシートに記録されるのれんの金額(原価)は,のれんの価値を下回ることになる。したがって,上記の要素分析の結果をバランスシートに直接適用することはできない。
例えば,のれんについて100億円の価値が10の要素からもたらされるであろうという分析結果が得られた一方で,実際に買入のれんとして計上しなければならない金額が60億円だったとしよう。この場合,40億円をどのようにして削るかを判断しなければならなくなる。もちろん,各要素の金額に0.6を掛けるという方法がもっともらしく感じられるが,これは便宜的な手法であって,理屈とは関係ない。規則的な償却の便宜性を否定し,のれんの現実を突き詰【289頁】めようと,困難な要素分析まで実施して,行き着く先が便宜的な記録方法であるとしたら,あまり意味がないように思われる。
次に減価償却との整合性について考えたい。のれんにしても,有形固定資産にしても,取得者による将来キャッシュフローに対する見通しが原価に反映されている点では共通する。しかし,のれんについては,特定の何かを資産計上したものではないと考えることによって,将来キャッシュフローに対する見通しだけで費用配分のパターンを決定すればよいことになる。この点はすでに述べた。他方,のれんを特定のなにかを資産計上したものだと考えるのであれば,有形固定資産の減価償却と整合するような償却を考える必要があるように思われる。
有形固定資産の減価償却は使った分を費用計上するものであって,価値の減少を表現しているわけではない。例えば,車両について生産高比例法を用いた場合,総走行可能距離を見積もり,1キロあたりの原価を求めたうえで,年度の走行距離分だけを費用計上していくことになる。この間,キロ単位の原価に時価なり使用価値なりの変動は反映されない。定額法や定率法も,有形資産が毎期,どれだけ使用されていくかについて,一定のパターンを仮定するものであって,時価なり使用価値をトレースすることを意図しているわけではない。そう考えると,のれんについてだけ,償却される額に,減少していく価値としてリアリティを求める必然性はない。
また,のれんは価値が減少するとは限らないという話は有形固定資産についても想定することができる。例えば,歴史的な寺社仏閣のように,保守管理をきちんとしている結果,いつまでも建設した当初と変わらない機能を維持している建物があるかもしれない。だからといって,企業会計上は,この建物について減価償却をする必要はないとは考えないだろう。減価償却をしたうえで,毎期の管理支出を費用計上するのが通常である。この収益的支出としての処理が費用の二重計上だとして否定されることもない。しかし,のれんについては,買収時に取得したのれんについての償却費と同時に,のれんの価値を維持していくために買収後になされる支出を費用計上するのは二重計上だと主張されることがある(SFAS142,
para.B91)。
もちろん,企業結合後,追加的なコストをなんら掛けることなくても,のれんは維持されるのだとすれば,有形固定資産のなかでも土地がそうであるように,償却しないことを正当化することができる。そうでなくても,取替資産の一種であると言えれば,やはり償却は不要になる。あるいは,そもそも半永久的に使用可能な有形資産については減価償却は不要なのだという議論も不可能ではないかもしれない。しかし,結果として価値が減少しないこともあるという理由だけで償却しないのであれば,有形固定資産について減価償却することと齟齬をきたす。
結局,のれんとそれ以外の資産との間に一線を画さないのであれば,有形固定資産の減価償却と同じような費用配分をしないことに特別な理由が必要になるであろう。逆の言い方をすれば,価値計算をしていないという意味で経済的なリアリティを表現できていない減価償却を廃止する必要はないのかという疑問が生じるわけである8。
【290頁】
5 減損会計の問題
のれんに減損会計を適用するためには種々の難点をクリアしなければならない。SFAS142号では,買収時に取得したのれんについて減損会計を適用しようとしても,いったん結合が完了してしまえば,買収後にもたらされる超過収益のうち,当該買収のれんから生み出された分と,自家創設のれんを含む,それ以外の分とを区別することはできない点が問題だったと記されている(paras.B84-87)。だからといって,当該買収のれんとそれ以外ののれんを区別しないで減損の対象とすれば,自家創設のれんの認識を禁止する現行ルールに反することになる。もっとも,のれんを追加で資産計上するわけでも,評価益を認識するわけでもないので,自家創設のれんを計上を禁止する趣旨には反していると一概には言えないかもしれない9。ただし,のれんを特定のなにかを資産化したものとして捉えている場合は,その特定のなにかが失われているにも拘わらず,費用なり,減損なりを認識しないで済ませるというのは理屈として不都合であろう。
のれんに限らないが,減損会計では適用単位をどう設定するかという問題が大きい。例えば,Christensen
and Demski [2003] によれば,合理的な多角化は範囲の経済を追求するために行われる(p.16)。範囲の経済が存在しないのに多角化を行う経営者は株主の富の創造に貢献しない。複数の事業に投資することを望む株主は,他業種に属する企業に追加で投資すればよいので,特定の企業が多角化すること自体に意味はないのである。しかし,範囲の経済が存在する場合,企業が生み出すキャッシュフローを各資産に割り当てるのは理屈のうえでは不可能となる。
例えば,A社とB社を続けて買収したX社があったとする。買収後に減損をする必要があるかどうかを判断するために,A社から承継した事業からもたらされるであろうキャッシュフローを見積もる必要がある。この場合,A社から承継した事業が単体で生み出すであろうキャッシュフローを見積もればいいのか,X社の事業とB社から承継した事業の存在を前提として,A社から承継した事業から追加的にもたらされるキャッシュフローを見積もればいいのか,それとももっと別の方法で見積もるのがよいのかという問題が起こる。範囲の経済を追求するために合理的になされた企業買収であれば,前者を後者が上回ることになる。
ここで,A社事業が単体で生み出すであろうキャッシュフローで減損の判断をしてもあまり意味がないだろう。範囲の経済ないしシナジーからもたらされるキャッシュフローが除かれてしまうからである。シナジーを追求するための多角化であったのに,減損会計で収益性を判断するときに,それが考慮されないのは不合理であろう。他方,追加的にもたらされるキャッシュフローを用いれば問題がなさそうにみえる。しかし,A社事業だけについて減損を判断するのであればよいが,B社事業やX社の既存事業についても追加的なキャッシュフローで減損を判断するとなると,シナジーによるキャッシュフローがすべての事業それぞれに加算されることになる。そのため,全社的には減損が生じているにもかかわらず,事業ごとに判断すると減損が認められないという不合理が生じる可能性もある。
もうひとつのやり方として,シナジーが生み出すキャッシュフローを人為的な手法によって,【291頁】各事業に割り振ることが考えられる。こうすれば,各事業に帰属するキャッシュフローを合計しても,全社レベルのキャッシュフローとは一致しないという不合理を排除することが可能になる。しかし,シナジーが生み出すキャッシュフローが一部しか考慮されないため,単体の事業が生み出すであろうキャッシュフローで減損の判断するのと同じ問題が起こる。
つまり,合理的に範囲の経済を追求してきた企業の場合,事業その他,企業を構成するなんらかの単位ごとに減損を把握することはできないという理屈になる。この理屈に従えば,企業全体を再評価し,それが自己資本簿価を下回るかぎり,その再評価額で毎年のバランスシートが書き換えなくてはならない。こうなると,減損会計はのれんを含む事業資産を再評価しているというよりも,持分を直接再評価しているのではないかという考え方もできる。もちろん,減損が生じたときに切り下げるだけで,切り上げられることがないのだから,持分の再評価ではないという主張も可能である。よしんば持分の再評価だとしても,そこでの評価損は当期利益の勘定を経由するということであれば,それのどこがまずいかは別途考慮を要する10。しかしFASBに関して言えば,全社レベルで減損を適用するという考え方は受け入れらなかったようである。そのため,報告単位という概念を創造したのであった(SFAS142,
para.86)。
減損会計のもうひとつの問題は,既に述べたが,減価償却との関係である。有形固定資産については,減価償却と減損会計とが併用される。減損会計は,適用時の有形固定資産簿価に経済的価値を反映させるだけでなく,適用後の減価償却計算を修正する意義もあると考えられている11。もちろん,土地のように,減価償却とは無関係に減損会計が適用される場合もある。しかし,のれんは一般に減価するのである。減価するにもかかわらず,償却しないで減損会計を単体で適用するのであれば,減価償却費の修正という話ではなくなる。費用配分方法のひとつであるには違いないが,減価償却なしで減損損失を認識することに一定の理があるなら,有形固定資産について減価償却を行う意義は何かが問われることになろう。
6 おわりに
企業買収の現場で教科書通りの手法が用いられていたとすれば,買収によって追加的に得られるであろうキャッシュフローを見積もることが可能だったらこそ,買収金額を提示することができたはずである。したがって,外部の人間がそれに同意するかは別にしても,経営者はのれんの耐用年数を算定している。そして,教科書の理屈で言えば,その耐用年数は多くの場合,有限である。つまり,のれんは減価するのが普通なのである。さらに,このことは減損会計が成立するための前提でもある。買収時に,のれんの耐用年数が算定できない経営者であれば,買収後に減損会計を実行するのも不可能であろう。
のれんが減価するとしても,定額法といった規則的な償却では経済的なリアリティを表現できないと主張されることもある。しかし,従来から減価償却については,価値を正しく表現するという意味での経済的リアリティは求めてこられなかった。のれんの償却計算にだけそれを求めるためには別の理屈が必要であろう。「有形固定資産と異なり,のれんは特定のモノに対応しているわけではない。したがって,本質的に物量計算である減価償却の考え方をのれんの【292頁】償却に適用することはできない」と考えることは可能かもしれない。その場合は,経営者が買収金額算定時に見積もった将来キャッシュフローのパターンに合わせて償却していくこともできる。
のれんに限らず,将来のキャッシュフローを見積もらなくてはならないなど,減損会計は適用すること自体に難しい問題がある。理屈から言っても,現金生成単位ないし報告単位と呼ばれるものが存在する余地があるのかという疑問がある。さらに,のれんについては,規則的な償却を前提としない減損損失がルール化されているが,これと有形固定資産について減価償却が行われることとの関係をどう理解すればいいのかが難しい。のれんについて,減損会計を単体で適用して済ませることができるのであれば,有形固定資産についても減価償却を中止すればよいと考えられるのである。
最後に,有形固定資産の減価償却やのれんの償却は,回収余剰を計算するための基礎となる維持すべき資本を経営者がどのように設定しているかを宣言する手続きだと考えることができるかもしれない。当期の償却費を超えて回収することができたキャッシュを当期の業績すなわち利益とみなす,そのために毎期の償却費をいくらにするかを事前に設定しておくのが規則的償却の趣旨だという発想である。そうだとしたら,経済的なリアリティを表現するために価値を計算しなければならないという議論は不要になる。これは本稿で確かめた話ではないので,別途,考察を進める必要がある。
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