161頁】

 

IPO前におけるVCBOファンドなどの投資

——日米での展開を中心とした考察——

 

辰巳 憲一

 

 

1 はじめに

 

最近日本では,サッポロ・ビール,青汁のキューサイ,「牛角」のレックス・ホールディングス,日興コーディアル証券など,われわれになじみの企業に対する,VC(べンチャー・キャピタル)やBO(バイアウト,再生)ファンドの株式保有が,たびたび報道され,それらの役割や影響を考える機会が増えている。旧来のM&AIPOMBOなどと混じって,先端金融分野での専門用語が日常用語として登場した

VCは将来有望と思われる新興企業に投資し技術指導や経営に関与して,主にIPOか他社への売却によって資金回収する投資会社である。BOファンドは,むしろ,本来価値より低い株価がついている企業を取得し,投資先企業の経営に関与して,再生(リストラクチャリング,restructuringあるいはreorganizationや資本の再構成(資本構成を変える。リキャピタリゼーション,recapitalizationをして,企業価値の向上を図った後に主として他への売却によって資金回収する

VCBOファンドがマクロ経済や地域経済の経済成長や活性化に果たす役割は,これらファンドこそが会社を潰しているという事例が経営者から報告されるケースがあるにもかかわらず,否定できないだろう。しかしながら,それを証明するのは,他の要因をコントロールした上で,GDPあるいは地域GDPが増えたからVCなどの数や投資が増えたという逆の因果性を排除して計測をおこなわなければならないので,高度な計量経済学的作業が必要になるので一般に多少難儀するが,研究(1はほとんど成功しているようである。

米国では過去数10VCが中心的な金融仲介業者になってきた(2。日本ではこの業態は当初馴染みがなかったが,VCが出現してから既に30年以上が経過している。200212月には日本ベンチャーキャピタル協会(http://www.jvca.jp/)が発足し,20073月時点,数百社の162頁】VCが存在している

日本のVCの投資動向については,2000年にはITバブルで年間投資が2000億円を超えたが,その後,年間投資額は約1000億円方向へ減少の傾向になった(3。分野別ではバイオ関連が拡大している例年10月〜3月の年後半に投資が増える。投資残高は,投信が22兆円を超えているのと比較すると少ないが,1兆円を超えているデータとその前後であるという推計がある

BOファンドについては,信頼できるデータは公表されていないので,全貌がわからず,このような概況を記述できない。日本企業を対象とする買収ファンドの設立時の資金残高が2006年には,前年比2倍に伸び,5000億円を超えたという記事が日経新聞の07325日に掲載されているが,体系的に集計されているかどうかも,わからない。そもそも直接比較できないが,この規模はVCの半分である

ファンドの投資に関しては,どのようにして投資を始めるのか(投資プロセス),投資資金はどう回収(exit)するのか,投資先企業とはどのような契約(投資契約)を結ぶのか,投資先の経営改革,特に財務改革をどのようにすすめるか,などの観点が重要になる(4

本稿では,IPO前におけるVCBOなどファンドの投資方法,投資成果に関する動向を,日米での実態と主として米国で分析された実証研究結果を基に展開し,コメントを加えていこう。投資契約の形態とその効果,IPO売出要因の分析,などが主要なトピックスになる。なお,辰巳(2006 (a))(2006 (b))(2006 (c)で展開した論点や概念はここでは省略する

 

2 投資プロセスと投資契約

 

2-1 ファンドの投資プロセス

投資は次の順で進む。@投資案件の発掘(dealの開始),A投資案件のふるいわけ(screening),B投資案件の評価・検討(evaluation),C審査(due diligence),D投資契約の締結(deal structuring, striking),E投資後活動(post-investment activities),そしてF資金回収

163頁】

2-1-1  投資プロセスの初期段階と最終段階

1)投資プロセスの初期段階

投資案件の発掘・スクリーニングにおいては,起業家に必要なentrepreneurshipがある素養として「機会を見つけ出し,捉え,追求し,そこから利益を得る」創業者の能力が重視される。

起業に当たって必要なリソース(人・物・金)が初めから揃っているケースはほとんどない。そして,銀行・証券会社からの,投資先の紹介(ディールのソーシング)が米国だけでなく,日本でも重要になる。

起業家がまとめる事業計画書(ビジネスプラン)が,この段階での枢要な書類になる。事業計画書は,まず,実現可能性を考えながら販売計画や人員採用計画が作られるのがふつうであり,それらを元に,損益計算書,キャッシュフロー,資本政策などの数値計画が作成される。事業のマーケットの有望性や,社長以下従業員がこの事業を行うのに最適な経歴と能力を持つことなどがアピールされている,からである。

また,キャッシュフローは,基本ケース,強気のケース,業容が思ったほど伸びなかった場合のケースの3つのシナリオが作成されるのがふつうであり,これらから,DCF(5で企業価値が計算される。

2)資金回収の基本〜投資プロセスの最終段階

投資回収(exit)は主としてIPOか売却 (sell-out, trade sales)によってである。しかしながら,最近は以下でみるようにファンドの回収方法が多様化した

ファンドの投資資金の回収には,米国では

a)ナスダック等への株式公開(IPO)。

b他に売却(sell-out)。売却先別に4つの形態に分けられる

@直接交渉して売却。同じあるいは関連する事業を営み,当該事業に関心がある企業と直接交渉して売却する企業買収(M&A)。

A仲介業者へ売却。VBを経営・保有したい買い手企業を間接的に紹介してくれる仲介業者に売却する。MBIの変形である

Bセカンダリー・セール(secondary sale,買い手からみれば二次買取)。専門の二次買取業者に売却する。最終的には投資家が保有するので,ファンドの資金源になっている投資家が別の投資家に代わることになる。

Cトレード・セール(trade sale)。当該VB株を保有する他の株主への売却

c投資先企業による買戻し(buy-backredemption)。VCが保有する証券を当該VB創業者等に引き取ってもらう売り戻しである

d)特別配当。買収後にファンドが借り入れを実施させ,直後か半年の間に特別配当の形で回収する方法がある。しかし,この方法だけでは,ほとんどは投下資金の全額回収にはなっていない。

e清算(解散,スクラップ化),

5つがある。なお,(d)に関連して,特別配当以外に,以下でみるように,投資時に結ばれ164頁】る投資契約によって,様々な資金回収方法が考えられる

このような投資資金回収によって,ファンドに資金が還流し,新たなファンド投資の原資になる。つまり資金調達できる。ファンドのその他の資金調達手段としては,ファンド自身のIPO,増資,債券IPO起債がある

投資資金回収は,M&Aの考え方,IPOと売却の長短,現金買収と株式交換の長短などを比較して行われる

資金回収に際しては様々なステーク・ホールダーの利益を調整しながら,投資利益を確保することは難しい。ベンチャー企業(以下,VBと略)の経営者とベンチャー・キャピタリストの間では,投資回収に対する思惑の差もある。投資契約(特に残余財産分配優先権でその傾向がある) VC寄りになりすぎ,創業者や社員に利益が回らず反発を買い,円満にエグジットできないことも起こる

2-1-2  経済的背景

1)少数株主,不確実性と情報の非対称性

VCやエンジェルなどが,VBなどに投資をする場合,通常は少数株主の地位に止まる。そのため,創業者,親会社など会社オーナーである多数株主の専横から自己の利益を守る必要があり,会社の組織と意思決定方法,役員構成,情報提供,などに関して投資契約で定めておく必要があることになる。これが契約を結ぶ第一の理由になる。

その理由の2つ目は,不確実性が存在し,VCVBの間には,情報の非対称性の問題が発生するからである。不確実性とは,VCは投資先VBがイノベーションに成功し,さらに成長していくことだろうという予想の下で投資をするが,将来については,実際上あくまで不確実であることを指す。情報の非対称性とは,事業に関してはそれに携るVBの経営陣の方が当然よく知っており,経営陣の経営能力だけでなく事業の内容と将来性は外部からは解りにくいことを指す

このような状況のもとで,VB経営陣のモラルハザードがおこる。VB経営陣は自己の地位と利益を護るため投資家の利益に反するインセンティブをも持つようになる場合もある。他方,結ばれた投資契約の条件が厳しければ意欲喪失やサボタージュが起こる可能性がある。そこで,投資家の利益とも合致するインセンティブを持ってもらうことが第3の理由になる

不確実性を小さくし,情報の非対称性を緩和するために,VCは様々な対応をとり,モラルハザードを防ぎ,インセンティブを仕組んだ投資契約を結ぶ(6

2VC投資の特徴〜ハンズオン

資金を取入れる起業家・VB経営陣が,厳しい条件でも投資契約を結ぶのは,@追加投資が受けられる,AVCの参加によってリスク分散が図られる,B経験豊かなベンチャー・キャピタリストによる経営支援を受けることで企業成長が図れる,などの点が理由になる。

VC投資の特徴の1つである,ハンズオン(hands-on)とは,資金だけを出すのではなく,企業の経営に積極的に関与し,積極的にサポートをすること。ハンズオンを具体的にみれば,取締役会を通じたモニタリング,戦略立案の支援,追加資金の調達,人材の補強・斡旋,取引先の紹介,M&Aや公開の支援などである。VCは資金提供だけに留まらない付加価値サービスを行165頁】っているのである(7

これらとの係わりでVCVBと取り交わす投資契約が重要になる。投資契約がVC投資のリスクを軽減する上で,どのような機能を果たしているのか,果たし得るのか,検討してみる必要がある。米国では,2000年のITバブル崩壊後,投資契約は洗練され精緻化され,金融契約の見本とみなされているようであるが,最近は弊害も指摘される

3)投資契約

米国のVCは投資先会社との間で投資に関する合意を,優先株式売買契約(preferred stock purchase agreementなどという形式で投資契約書を締結する

長谷川(2002)は米国弁護士事務所の投資契約調査を要約している。ITバブル崩壊直後の影響を受け,低迷している米国VCの投資状況のもと,VCが投資を実施する時の投資契約書の内容にも微妙な変化が生じているという

その調査とは,Fenwick & West. 弁護士事務所が2002年第二四半期について行った,米国西海岸ベイエリア74VC投資案件の状況である。11%は会社再生(corporate reorganizations)絡みの案件で,内70%は株式統合を含み,30%は優先証券の劣後証券への転換を含んでいる。ITバブル期に投資した案件が既に再生したり売却した為,会社再生は減っている

166頁】信頼度は必ずしも高いとはいえず,しかも,地域,時期と業種によって,さらにプロジェクト毎によって大きく変わるが,具体的な事例数の公表データはないため,以下では「米国2002年調査によると」という表現でこの調査対象になった項目に限ってその内容を紹介し投資契約条項普及度のイメージを示してみたい

日本のVC投資では,投資契約が存在しなかったが,「投資契約書」とか「投資覚書」や「新株予約権割当契約書」という文書が交わされるようになってきている。商法改正による種類株式の導入で,今後,VCなどからの資金調達が多様化され,投資契約の内容にも影響が出るものと予想されている

4BOファンドとVC

BOファンドは,本来価値より低い株価がついている企業(未上場の企業を含む)を単独あるいは経営者の一部あるいは従業員など複数の組織と共同でTOBをかけ,対象企業の過半数,あるいは3分の2以上の株式を取得する

BOファンドは株主総会で,普通株に全株取得条項の付加を決議するなどして,TOBに応じなかった株式を強制取得する場合もある。その手段はファンドが上場していれば自社の株式との交換になる

取得後,その企業が既上場ならば多くの場合上場廃止して(になって),投資先企業の経営に関与して,再生(リストラクチャリング,restructuringあるいはreorganizationや資本の再構成(資本構成を変える。リキャピタリゼーション,recapitalizationをして,企業価値の向上を図った後に,主として他への売却あるいは再上場によって資金回収する

資本の再構成では,借入金を増やして配当する,自己株の購入などを行う。ファイナンス理論によれば,負債を増やして資本を減らすいわゆるリキャピタリゼーション(資本の再構成)は,レバレッジド・リキャピタリゼーションと呼ばれ,企業の資本効率を高めて長期的には収益向上に資すると考えられている。それゆえ,借入金を増やして株主に払い出すことそれ自体をもって,非難されることではない(8

また,ファンドは,借入金による配当や株式公開を通じて,対象企業固有のリスクを負債(デット資金)の供給者や新規公開株式の買い手に移転している。しかし,保有する株式を売り切れない場合,当分の間は引き続き大株主として,対象企業の価値向上に責任を持つ。それは,この先何年もの間より多くのリスクを取り,利益を上げ続けることに,大きな賭をしていることになる。

BOファンドは,従来,再生の結果が直に出る,流通や消費財関連業種などのキャッシュフローが安定的に見込まれる対象企業を選ぶ傾向が指摘されてきた。しかしながら,最近は景気循環の変動幅が大きく,多額の設備投資が必要であり,フリーキャッシュフローが安定しないと考えられている半導体関連事業などハイテク分野の大型バイアウトにも乗り出している。

このように,BOファンドの手法は少数株主の地位に止まるVCとは,違う。しかしながら,同じような投資契約を結ぶ。BOファンドとVCの間で,投資契約がどう,どれだけ異なるか,167頁】は知られていない。今後あきらかにされることと期待される

 

2-2  投資のプロセス

投資の実際の流れを時間を追ってみてみよう(磯崎哲也事務所(2003)など参照)。

1NDA

まず,投資の交渉に入る前に,同じVCが後に同業他社VBに投資することになって情報が漏れることを懸念して,NDAnon disclosure agreement)が結ばれる。VCによっては,制約を嫌ってNDAを結びたがらないところもある

2LOI

投資に興味があるということになると,次に,投資する意思があることを示すLOIletter of intent)呼ばれる書面を取り交わす場合がある。VCに権威があれば,VBがこのLOIを持って回ることで,他のVCとの交渉がやりやすくなることもある。しかしながら,交渉自体についての守秘義務や独占交渉権がLOIに付いている場合には,こういうことはできない

3)デューデリ

3番目に,デュー・デリジェンス(due diligence)と総称するチェックのプロセスが入る。これはVCが,VCファンドの出資者に対する説明責任を果たすために,この事業が投資をしてキャピタルゲインを生むものであることを精査するプロセスである。

前項のLOI段階では,投資するかどうかは法律上実行の義務はないことにするのが普通である。それは,デューデリを行ってみたら,会社側が主張していることと実態がかなり違っていたり,正式契約の条件のすりあわせの時に折り合いがつかない可能性もあるからである。VBが投資する場合に,VCとして最もチェックしたい項目は,「企業価値が上がってキャピタルゲインが実現するのか」,すなわち,事業そのものがうまく行くかどうかであり,具体的には,経営陣がどう考えているのか,ビジネスプランは妥当なのか,市場規模と構造はどうなっているのか,などがチェックされる。また,「企業の実態があるか」「会社が法的にきちんと設立され運営されているか」「帳簿は正しく作成されているか」などの法的・会計的側面についてもチェックされる。弁護士や会計士がチェック(review)のために乗り込んでくることも,VCのスタッフが質問したり書類を見るだけのことも,ある

4)契約の締結

デューデリでは,対象企業の各種議事録などの法的資料や詳細な財務データの精査を行う。財務や法務にうとい企業の場合帳簿の間違いや資料が抜けているケースはザラで,スタートアップしてから間もないベンチャーでは普通に起こる。それゆえ,結局,回復不能な重大なミスや問題点はないかを判断することになる。そして,最終的な正式投資契約書の詰めに入る。

そして,4番目に,投資契約(ディール・ストラクチャー,deal structureの締結に至る。契約書(ターム・シート,term sheet)は外資系VCでは,数百ページの厚さになることもある。本邦のVCは投資契約を結ばないとか,結んでも紙1枚のことも多かった。VBが成功するのは,技術・モデルの他に,社会経済環境,優秀な人材の参画,上手なマーケティング,適切なファイナンスなどが,うまく共鳴しあうことが必要である。うまくいっている時は契約に多少の難があっても何とかなる。会社が厳しい状況に陥った時にこそ,契約が結ばれていたこと,それが双方の利益になっているかが,大切になる。

正式契約が済むと,商法など法律上の手続きを経て投資の資金が払い込まれることになる

168頁】

2-3  投資契約の基本的内容

投資契約に定められる基本的事項には,以下のようなものがある(Gomper-Shalman2002),長谷川(2002),鈴木(2002),磯崎哲也事務所(2003),Metrick2006),ほか参照)。

まず,@IPOを目指して最大限努力することがうたわれる場合が多い。VCは既述のように資金回収に高い関心を持っているからである。IPOできる確率は低いが,高額の回収が見込める

融資契約においては,通称コベナントといわれる財務制限条項(financial covenants)がある。コベナントには,リスクが高い借り手の業績を監視したり,財務指標が一定水準に達しなかった場合に貸し手が債務不履行を宣言できる,などの条項がある。

投資契約にはコベナントに近い投資契約条項もある。それはA債券発行上限などの財務制限条項である。ファンドの投資ポートフォリオに入る企業は通常,債券発行上限などの制限に同意し,一定の業績目標を達成することが義務付けられる。

投資契約の内容の中に,特別決議の項目に関する事前承認の項目が盛り込まれる。特別決議は,第三者割当増資であったり,清算であったり,と非常に重要な項目が含まれる。また,営業譲渡など,重要資産の譲渡や配当などの承認の項目が加わる。さらに契約に違反すると損害賠償ができるといった内容になる。

2-3-1  情報の非対称性と投資契約

情報の非対称性の問題を緩和するために結ばれる投資契約としては,次がある。BVCVBの非公開・公開財務情報を定期的に得られる「情報権」によって,毎月VCに財務内容を報告する義務がVBに課される。また,CVCVBの取締役になること,VCVB経営者が同意した第三者を何名か取締役に就任する権利を明記した「取締役会参加に関する契約条項」などがある

事業を存続させるべきかどうか,回収方法とその時期などをどうするか,などの重要な決定事項について,投資契約書という紙だけで起業家の行動をすべて縛ることはできない。そこでVCは,実際,投資先企業の役員になり,特約条項の債務不履行や業績の未達を監視する。特に目標達成が不可能な企業に対しては,VCは追加投資を行なわずに企業の存続を断念するよう引導を渡す

2-3-2  モラルハザード防止と投資契約〜投資家の権利維持

1)先買権

VCはD先買権(pre-emptive rights)を持つ契約を結ぶことが多い。これは,次回以降の増資やIPOのときに,VCが,今回投資した後の持株比率を保つだけの投資を次回以降の他の投資家と同じ条件で行うことができる権利である。もちろん,VCが投資する権利であって,企業が今後も必ず投資を受けられる権利ではない

成長するVBに対する,VCの持株比率が意図に反して減らされ,権利が蔑ろにされるリスクを減らすことが出来る

2)共同売却権

また,EVCの共同売却権(co-sale right)も付けられる。会社を将来M&Aで売却するような場合に,VCも株を売却できることを保証する権利である。これを定めておかないと,経営者である創業メンバーたちが,売却先と交渉して自分たちだけが株を売り逃げして,VCの行169頁】った投資が塩漬けになる可能性がある

3)段階投資と議決権段階投資

VCは不確実性の問題を小さくするために段階投資(stage investment)を行い,モラルハザードを防ぎ,インセンティブを仕組む。F段階投資とは,同一VBへの投資を,ある目標を設けてその目標を達成したら次の投資を行うというような複数回にまたがる投資を指す

段階投資の新しい方法として,普通株の議決権だけを期限付きで購入すれば,VCの資金供出を少なくでき,しかもhands-onができる

その期間としては,議決権なしの株式を売却したダイムラー・クライスラーの例(9では,経営方針に合致するのは3.5年であった,のが1つの参考になる

しかしながら,他方で,確かに議決権の価値を評価するのは困難な作業である。日本では,旧商法以来無議決権株は発行できた。議決権のない株を相続する場合は,議決権のある普通株より相続税評価を20%程度減額させる案が浮上していた10が,結果としてこの数字は5%になった。税務上,議決権の価値は普通株評価額の5程度とみられている

また,投資の観点からは議決権だけでリターンをどのように確保するか,が問題になる。やはり投資契約の形で自己防衛しておかなければならないだろう。

2-3-3  優先株による投資で投資家の権利維持

投資にあたってVCは優先株(preferred stock)を使うのが普通である11優先株は,普通株(common stock)に比べて何らかの優先条項が付随している株式である。優先株が好まれるのは,残余財産分与の優先権や優先配当という項目があるからである。

1)希薄化防止条項

優先株に付けられる権利は大きく2つある。1つめはG希薄化防止条項(anti-dilution provisions170頁】である。もし,今回の投資以降の経営努力の甲斐もなく,次のラウンドの投資において,今回より株価(企業価値)が下がってしまった場合,一定の数式にしたがって,優先株から普通株に転換する際の株数が多くなるよう調整する。これによって,VC一般株主など投資家は,アグレッシブな事業計画に惑わされて高い株価で投資をしてしまうリスクを和らげることができる

希薄化防止規定についての米国2002年調査によると,全体の20%の案件は完全希薄化防止(full ratchet anti-dilution),全体の78%の案件は加重平均希薄化防止(weighted average anti-dilution)を採用していた。希薄化防止の条件を出さなかったのは,残りの2%の案件に過ぎなかった

加重平均希薄化防止とは,調整転換価格がすべての投資家が支払う調整転換価格の加重平均になっている希薄化防止である。他方,完全希薄化防止は調整転換価格が次回以降(レーター)ラウンドのすべての価格のうち最低価格になっている強力な希薄化防止である。

希薄化防止規定を実行するために既存投資家が自ら増資に応じなければならない条件(pay-to-play provisions)を定める契約もある。米国2002年調査によると,全体の18%の案件はこのpay-to-play 規定を設けている。更に,pay-to-play 規定を設けた50%の案件は増資に応じない投資家の優先株式を強制的に普通株に転換させる条件付きであり,33%は「疑似」優先株への転換を強制し,残りは他の調整条件付きであった

2)残余財産分配優先権条項とMLP

優先株に付けられる権利の2つめは,H清算時の残余財産分配優先権 (liquidation preference) 条項である。会社が営業を続けるのが不可能になった場合,会社を清算して,残りの財産(残余財産)を株主に分配することになる。清算時に優先的に保有株式価値の配分を受ける(ただし,その価値までは比例配分)か,普通株に転換するか,を選択するのが転換優先株(CPconvertible preferred stockである

ここでの問題は,創業者は安い株価で出資しているが,VCは高い株価で投資していることにある。例えば,出資したのは創業者が1000万円に対してVC5100万円で約15の比率だが,投資家は創業者より高い株価で投資をしているので,創業者が普通株を66%も持っているとしよう。この場合,優先権が付いていなければ,事業に失敗したにもかかわらず,経営者に残りの財産の66%を持っていかれてしまうことになる。優先権がついていれば,もし残余財産がVCが投資した金額5100万円を切る4000万円であったとすると,VCが分配をすべて受けることになり,会社がうまくいかなかったときのリスクを軽減することができる

清算時において,優先株は普通株より優先的に利益等が分配されるという条項のおかげで「最初に投資した金額,プラス年利r%の利息分」をまずVCが取り,残りを創業者や社員も含めた前株主で分けることになる。VCが転換優先株で投資し,残余財産の優先権があった場合,当初投資金額を保護することでき,さらに普通株転換によってより多くの配分を受けることが出来る。

米国においては,この昔の方式はITバブル崩壊後に大きく変わり,投資先が次々と破綻するのを恐れたVCが,投資する側に有利な条項を投資条件として,2Xとか3Xとかいう条件を付けだした。「VCが,投資した金額の2倍または3倍を真っ先に分捕っていく」MLPmultiple liquidation preferenceである

MLPとは投資先VBが買収された場合や清算する場合に,他の株主に優先してその投資金額171頁】2倍から3倍もの財産分配権を与えられる投資契約である。この条件が提示された場合,それまで支援してきた投資家のほとんどすべての権利は無視されることになる。たとえ,どれほど関係者が努力し資金を投入していても,すべての優先権はMLPを結んだ(新規の)VCに奪われてしまうことになる

ゆえに,それが問題で買収が成功しないことがある。また,「会社がやっと利益が出だしたと思ったら,残余財産分配優先権のせいで,投資家にとっては清算したほうがトク,ということで潰された」と嘆くVB経営者が出てきた

米国2002年調査によると,全体の56%の案件は残余財産分配に対する優先権(senior liquidation preference)を要求していた。これはVBが成長後期となるに従ってその傾向は強い。更に41%の場合では投資金額の倍数を優先的に分配される条件付き(provided for a multiple preference)となっている。その倍率は,87%を構成する案件が1.5倍から2倍であった。そして,3倍の案件は13%を占めるに過ぎない。3倍以上はなかった

残余財産分配の参加権(PCPparticipating convertible preferred stock, convertible preferred stock provided for participationという規定もある。上に記した優先的分配権が付けられない場合,この参加権が付けられる(Metrick (2006))。清算時に,いわば優先株が普通株とみなされ,残余財産分配を受けられる,強力な回収手段である

米国2002年調査によると,およそ67%もの高率の案件でVCは残余財産分配の参加権を要求している。これは上記の投資金額の倍数の優先的分配権の要求が減っていることを補う手段であろう,と解釈されている。しかも,残余財産分配の参加権を要求した案件の内,56%は上限を設定しなかった

2-3-4  インセンティブ促進と投資契約

こうした利害調整条項はVBにとって死活問題となる重要な条項になるが,VCと起業家双方の利害一致を図るインセンティブの仕組みとして投資契約書に盛込まれる。直接的なインセンティブの仕組みも,以下のように,複数ある。

1)創業者の目標達成義務〜ファンドと事業者の共同出資と契約

VB経営者に対して,I一定の業績目標達成を義務化してインセンティブを持たせる契約がある。さらに,ペナルティも課される場合もある。

ファンドと事業者Aが共同出資して,別の事業会社Bを買収し,事業者Aが経営を行う場合,特定の契約条項を結び,事業者Aの経営がうまくいかなければ,特定商品の販売権や経営権を失うという投資契約方式がある。ファンドは会社Bを別の会社Cに売ることも容易になり,利益を保護・維持することが可能になる。

実際にあった例では,共同出資者のファンドとソニー(A)が20054月メトロ・ゴールドウィン・メイヤー(MGM)(B)を買収した時にとられた投資契約がある。Cは20世紀フォックスである

ここでの特定の契約条項とは,事前に定められた一定の期間以内に特定事業で金額いくら(あるいは何%以上)の利益(率)が出なければ発効する,ものと想像できる。

2)創業者の目標達成義務と投資のインセンティブ〜べスティング

投資契約では,特定の事業の進展・成功後に,インセンティブ報酬として証券を創業者や従業員に対して授与する方式が定められる。オプションや株式が時間をかけて授与されるプロセスがベスティング(vesting)と呼ばれる(Metrick (2006))。

172頁】すべてのオプションや株式が同時にベスティングされる場合クリフ・ベスティング(cliff vesting)と言う。それを例えば年間25ずつなど,部分的に行うのが段階ベスティング(stage vestingである

これを,J定めた一定期間あるいは定めた一定のリターンが実現するまでの期間,企業家あるいは従業員(ただし,キーパーソン)が企業に留まらなければならないことを定める,のに使われる。これがべスティングの経済的意味である。

この契約によって,VCの投資意欲が出て,投資動機が生まれる(Gomper-Shalman (2002))。さらに,この期間の長さによってVCの持株数が決められる場合がある

3)創業者の株式買取義務

K株式買取義務を規定して,VBVCに提出した決算書や事業報告書に虚偽があった場合,予定時期を過ぎても公開できなかった場合などには,創業者にVCの保有株を買い取らせる場合がある。そのスケジュールはベスティングと同じ様に定められる

買戻し(buy-backredemption)についての米国2002年調査によると,強制的または選択的な買戻し規定を設けていたのは,全体の44%の案件に過ぎなかった

このような規定については,(a買い取りが創業者の法的義務なのか単なる努力義務になっているのか,(b)買取価格はいくらか,という2つの問題がある

買取価格が,買い取り時点の時価になっている場合,VCが買い取りを求める時点の株式の評価額は,どのような評価方法を用いても,当初の出資額よりは低くなっているのが普通である。この場合,創業者はリスクを限定することができるが,投資家にとってはリスクになるので,買取価格を適切に決めておかねばならない。

 

2-4  関係者の利害相反と企業行動

以上の投資契約により,不確実性は多少少なくなり,情報の非対称性の問題は緩和され,VBVCからの資金調達が可能となる。投資契約は関係者の利害調整を図り,VCと起業家との利害一致を図るインセンティブの仕組みとなる

それにも係わらず,特定の投資契約条項のもとでは,関係者の利害は相反する。利害相反を引き起こす条項は,12に止まらない

特に,企業が事業困難に直面した際様々な債権者の見方や行動は,著しく異なるようになる(コトラー他(2005, pp.70-71))。担保に係わる一例をあげておこう

担保を確保している債権者は,企業が事業をそのままの状態で継続すれば担保価値が下がってしまうので,担保を整理することを早く,そして強く,要求する。他方,無担保の債権者は,企業が破産してしまえば債権は回収不能になるため,それとは対立し,近い将来業績の好転があると信じて,経営者が事業を続けることを望む。

 

3 IPOの際の株式売出

 

IPO売出(secondary share offering)の誘因の分析が米国でもなされるようになった。創業以降,IPO前に発行され,発行企業の創業者やインサイダーが保有してきた既発行株式がIPOに際して放出される要因の分析である

売出(secondary share offeringと対比されるのが,公募(primary share offering)である。日173頁】本などで証券市場分類法としてとられてきた「発行市場と流通市場」の区別から言うと,primaryが前者,secondaryが後者に対応している

ふつう公募と一緒になされることが多い株式の売出は,既発行株式の放出であるから,この部分については自己資本の充実,資本調達にはならない。

売出は,VC等の外部資金の資金回収の手助け,インサイダーへの利益供与,などが狙いであることが想像できる。IPOがなされる時期は当該企業のもっとも高株価が見込まれる時の1つであり,初めての資金回収の機会なのである

 

3-1 米国での分析

Li-Klein (2006) が手作業で集計したデータ(図表1)によると,米国では公募のみでIPOする会社数の比率は60.7%,株数の比率では87.4%と非常に高い。その結果売出比率(売出/(公募+売出)の%表示)は高くない。件数ベースでは39.3%であるが,株数ベースではたったの12.6である

また,売出のみを行う場合は,株数と比較して,件数が2.0%と極めて少ない(図表1の2行目)ので,大規模IPOであることが推察できる。

 

 

Li-Klein (2006) が統計学的・計量経済学的に観察したのは次の3つである

@売出IPO実施企業数は時系列的に自己相関している

これは,IPOが株式市場全般の影響を受けているからであるが,Li-Klein (2006) の解釈は違う。先に成功した売出企業の事例は,インサイダー等既存株主に保有株式の利益実現に対する強い要望を生みだす,という。しかしながら,この仮説自体は直接検証されていない。

また,一般のIPO数も自己相関しており(IPOにはブームとそうでない時があるということの統計学的言い換えにすぎない),こちらとも整合的な経済仮説を提示し検証する必要がある

A年齢の高い企業ほど,売出IPOしている

一般に,高年齢企業は若い企業と比較して情報非対称性が少ないと考えられるからで,アンダープライシングも小さい。売出は,発行企業のインサイダーへの利益供与に係わっていることを予想させる事実のようにみえる。この点に関しては次節3-4も参照のこと

B売出をする企業は,R&D投資を控えるなど,財務公表データの操作をおこなう事実が,ロジスティック回帰とOLSを用いて,検証された。この事実は売出IPO株数が多い企業かどうかには依存しない

売出の際R&D投資を控えることは,利益管理というより,一般株主の不満を抑える意図があるように筆者は思える

174頁】

3-2 日米比較

辰巳・桂山(2004)が日本の売出IPOの分析を行っている

1996年から1999年の4年間を見れば,JASDAQ(ジャスダック)にIPOを行う346社のなかで,売り出しを行う年間企業数の比率は87.3%と90.3%の間を安定的に推移し,4年間の平均は88.7である

オーナー会社(オーナーが3分の2以上保有)と子会社(親会社が50%以上保有),銀行サポートとVCサポート(それぞれが5%超保有)会社という様々なIPO企業の形態分類に基づくと,売り出し株数比率の企業平均は,いずれの分類でも約40%である。また10に分類した様々な業種の業種内平均を計算してみても,業種間でほとんど変わらず,やはり約40%だった。唯一の例外は公益・輸送・通信業で,17になっている

それゆえ,売出を実施する件数の比率(日米で,88.7%対39.3%),株数の比率(日米で,約40%対12.6%)は,いずれも日本の方が高い(図表2)。

 

 

売出の観点から日米で2から3倍の差があるが,VC等の外部資金の資金回収の観点からは日米で肉薄していると理解する方がよいだろう。この点を次にみよう

 

3-3 日本におけるIPO売出の受益者

それでは,IPO売出の受益者は誰なのだろうか。受益額を推定できる株数からみたデータは,日米で知られていない。日本では,株式を放出した主体がIPO企業毎にどこであるかを記録し,175頁】年ごとの件数分布にしたデータが入手可能である。それに基づき,売り出しを行った会社のうち,該当する放出元からの売り出しがあった会社数と比率を図表3に掲げた。

役員がいずれのIPOでも,平均84.4%の高率であらわれる。VCが役員以外の利害関係者に次いで顔を出す。他方,創業者などの財産管理をする保全会社が売り出しに係わるケースは少ない。親会社は,当然ながら,資金回収自体には関心は薄いように見受けられる。

創業者には,事業創設の功労として十分な報酬が支払わねばならないだろう。他方,創業者が嫌ってVCなどの外部資金が適切に入らずに,資金不足のためVBの離陸(エクスパンション期への突入と通過)がなされないということも起こりうる。創業者に係わるジレンマと呼べる事態である。日本には,この点の心配がある。

 

 

3-4 指定株式プログラム〜その他の利害関係者集団の分析

IPO新株の割り当てを受けることができる,その他のグループが米国では存在する。それは「友人および家族プログラム(friends and family program)」によってである。これに係わる研究を次に紹介し,それを基に問題点を考察してみよう

3-4-1 指定株式プログラムの解説

発行企業自らが,新株割り当て先を指定するのが「友人および家族プログラム」である。あるいは指定株式プログラム(directed share program)とも呼ばれるので,以下ではDSPと略すことにしたい

ひとつの会社のIPO新株全体に占める比率は2%,3%であるといわれるが,時期によっては10を超える場合もある,と報告されている

重役,管理職,従業員から,供給企業,上顧客,コンサルタント,提携先企業などにも提供される場合もある。これらを以下では関係者と呼ぼう。

このなかなら誰でもよいというわけではなく,指名されなければならない。それをDSPリストにあがると言われる。そして,新株の購入は義務ではなく,オプションである。購入希望を持つ指名された関係者は,引受証券会社に希望の株数を事前に伝えればよい。しかしながら,応募が予想を超過すれば企業経営陣の裁量で割り当てになることがある。他の条件が一定ならば(総発行株数を増やさないとすると),DSPによる応募が多ければ,一般公募の新株は少なくなる

Ray2006)は,19991026日から2003817日までの,416金融会社IPO98件のADR113件のスピンオフ,153の複数クラス普通株発行のケース,9件の有限パートナーシップと有限責任会社,LBOに続くIPO17件,2件の相互会社による株式会社転換(mutual to stock conversionsIPO129件のユニット発行,そして2件の劣位投票権株式IPOを除いた,1496件のデータを分析した

ここで,NasdaqIPO92%(全体のIPO87%)に,このようなDSPのプログラムがあり,DSPの平均規模は総提供株式数の7.4%である事実を報告している。また,IPO一件あた176頁】DSPの規模は6.8百万ドルで,調達資金の約9に相当する利益を関係者に提供したと推定した

3-4-2 オプション理論による分析

IPOプロセスにおいて公開価格と公開株数が公表される時点で,DSPの株数も同時に公表される

これらの株式も,公募株式と同様に,IPO公開価格で売却される。そして,このオプションが行使可能なのは初取引日の1日だけである。この日以降,権利は紙切れになる

関係者は,初取引日の価格形成過程を,つまり初値とその後の推移をみてオプションがインザマネーかどうかどうかがわかり,このオプションを行使するかどうかを決められる。終値までに行使すれば公開価格で入手し,直ぐに初値(あるいは,それに近い価格)で売れる。それゆえ,このオプションはヨーロピアン・コール13の一種になる

1)フリンジ・ベネフィット仮説

購入希望を持つ関係者は引受証券会社に希望の株数を事前に伝えるだけでよいから,このオプションの直接的価格,つまりプレミアムは実際上ゼロである。しかしながら,オプションは無料で入手できても,関係者はフリンジ・ベネフィットは提供しており,このオプションはその見返りの謝礼であると解釈できる。

行使価格は公開価格になるので,金利,IPO銘柄の平均リターン,ボラティリティ,経過期間(日数)のデータをオプション評価モデルに代入すれば,フリンジ・ベネフィットの推定値(推定プレミアム)がわかろう。

しかしながら,個別のIPO銘柄毎にボラティリティをどう測るか,という大きな課題があるので,それを解決してから明らかになる

2)ステーク・ホールダーへの利益供与仮説

オプションのインザマネーの程度はアンダープライシングに比例する。DSPの利益を関係者に対して確実に実現させる(つまり,ステーク・ホールダーへの利益供与の)ために,アンダープライシングは意図して生じるようにされているという意見(ステーク・ホールダーへの利益供与仮説と呼べる)もかつてあった。この仮説は,従来,データで検証されておらず証明されてはいない。

3)解釈

DSPとアンダープライシングの両方から,DSPにリストされ既存株主である企業関係者は,利益をえられる可能性があるのは事実である

しかしながら,このステーク・ホールダーへの利益供与仮説が正しくても,初期リターンとDSPのどちらで利益を得ても構わない,つまり両者は完全代替的であるということにはならない

その理由の第一は,DSPはオプションであり値下がりは回避できるという保険がかけられているのに対して,アンダープライシングでは初取引日の初値がどう付くかで損失の可能性があり,不確実性は高い,という大きな違いである。第二に,ステーク・ホールダーへの利益供与仮説は株式を保有しDSPにリストされる既存株主にのみ該当する仮説であるが,該当者はど177頁】れだけ存在するのか,という問題がある。第三に,既存株主にはIPO180日間株式を売却できないロックアップが課されることもあり,ロックアップも同時に考慮しなければならない。ロックアップ明けには,株価が値下がりしていることもあろう。

株主でないステーク・ホールダーへも,利益を供与するのがDSPで,DSPからの利益はアンダープライシングによって確実に大きくなる。そのため,DSPとアンダープライシングの両方で非株主ステーク・ホールダーへ利益供与しており,両者は非株主ステーク・ホールダーへの利益供与という点で補完しあっている。

実際,Ray2006)の整理したデータでは,DSPがあるIPOの初期リターン平均は67%であった。DSPがあるIPOは,DSPがないIPOより40%だけ初期リターンが高く,管理職の株式保有比率は29低い

その結果,DSPはフリンジ・ベネフィット仮説から由来するという考え方が妥当する可能性が大きいように,思える

3-4-3 指定株式プログラムの影響と実際

NYSE/NASDAQ IPO advisory committee (2003) は,DSPが誤って使われたり,使いすぎたりして,IPOのプロセスを危うくしている,と注意した。それに対応して,DSPは最大5%におさめるのが合理的であると,SECを含めた上記機関が意見を表明している。しかしながら,その学問的根拠は明らかにされていない

DSPは,非公開の場で詳細が決定されることもあり,非受益者の理解をえることが困難になる場合も考えられるだろう

1)計測式

発行企業がどのような要因に基づいてDSPを選択しているか,またDSPの株数決定についてはどうか,従来分析されてこなかった

Ray2006)は,初めてこれらの分析を試み,さらに公開価格とDSP株数の決定はどのようになされるか,初期リターンとDSP数量との同時推定モデルを提案して,分析した

DSP選択行動については,次のような方程式が提案された

DSP採用の場合1=F(IPO7大株主が取締役会を支配する場合1*(+),IPO前第一位株主のシェア*(−),IPO5大株主ハーフィンダール指数(−),引受証券会社ランク×引受証券会社が個人顧客ベースを含んだトップ10の場合1(−),コントロール変数,定数項),

ここで,F(・)は線形関数,(10)変数はその他の場合が0である。各変数後ろのカッコ内は期待される係数の符号である。コントロール変数は,産業ダミー,年ダミー(以上が有意),などである。有意な変数は上付き星印で示した(以下も同様)。

DSP数量決定行動については,次のような方程式が提案された

DSPの株数比率=F(管理職と役員がDSPリストに入っている場合1*(+),顧客がDSPリストに入っている場合1*(?),従業員がDSPリストに入っている場合1(?),IPO前第一位株主のシェア,IPO5大株主ハーフィンダール指数*,引受証券会社が個人顧客ベースを含んだトップ10の場合1*,コントロール変数,定数項),

ここで,F(・)は線形関数,(10)変数はその他の場合が0である。各変数後ろのカッコ内は期待される係数の符号である(説明されている場合のみ記す)。コントロール変数は,引178頁】受証券会社ランク,産業ダミー,年ダミー(以上が有意),5段階規模ダミー,などである

さらに,DSPと初期リターンとの関係を調べるために,次のような同時方程式がFIMLで計測された

DSPの株数比率=F(初期リターン*,第一回公開価格変更率*,最終公開価格変更率,管理職と役員がDSPリストに入っている場合1,従業員がDSPリストに入っている場合1*,その他変数,コントロール変数,定数項),

初期リターン=G(DSPの株数比率,第一回公開価格変更率,最終公開価格変更率*,管理職と役員がDSPリストに入っている場合1*,顧客がDSPリストに入っている場合1,IPO1ヵ月末時点のマーケットメーカー数,IPO4ヵ月末時点でカバーしているアナリスト数,その他変数,コントロール変数,定数項),

ここで,F(・)とG(・)は一部非線形関数,(10)変数はその他の場合が0である。コントロール変数は,期待オーバーハング*,産業ダミー,年ダミー(以上が有意),期待調達資金の対数値,などである。

Ray2006)は,DSPの株数比率方程式の説明変数として,初期リターン((初値−公開価格)/公開価格)を入れる理由を一切説明していない。DSPの株数比率を決定する時点では,初値は誰にもわからず,初期リターンは未定である。初値を,それゆえ初期リターンを予想して,諸行動が決められる。これが現実である。予想値を実現値に代えて計測する意味は何だろうか,説明されていない。

DSPの規模が大きくなれば公開価格は低くなるか,初期リターンが高くなる予想がある(公開価格が低いという判断に基づき)とDSPの規模は大きくなるか,どうかを調べるために同時推定法が採用された

この考えを尊重すれば,むしろ,DSPの株数比率方程式と公開価格(初期リターンではなく)決定方程式の同時推定がなされるべきであった,と思われる

計量経済学の視点からは,期待を裏切る推定結果であった。同時推定によっても推定値とその有意性は単一方程式の場合と大きく変わらない,という頑強性は,説明変数のセットが異なったこともあり,観察されなかった。

2)研究結果の紹介

Ray2006)はIPO前の大株主がDSPを要求していると結論付けた。しかしながら,大株主と経営者の区別はできていないので,DSPは経営者の配慮であるかもしれない。さらに,いくつか計測結果がえられているので紹介しておこう

公開価格が上方に変更された時,発行企業の管理職はアンダープライシングを期待し,当該プログラムの規模を大きくする交渉を始める。管理職や役員の両者が関係する場合にも,大きなプログラムになる傾向がある。役員がDSPのリストに入っているが,管理職が入っていない場合にはそのような傾向はない

ちなみに,ここでの記述で,公開価格が上方に変更されるのは,当該銘柄に人気があるからであり,初取引日の初値が上昇する期待があるということであり(他の条件が一定であれば,公開価格の上方変更は初期リターンを下げるので,投資家にとって必ずしも好ましいわけでもない。),良いニュースである。

 179頁】

3-4-4 いくつか斟酌する事柄〜まとめ

追加的に斟酌するべき事柄が,いくつかある。

Ray2006)は全体のモデルが自明でなく,どれが内生変数か,どれが外生変数か,特定化せずに行う同時方程式推定は理解困難になってしまう14DSPを視界に含んだモデルは従来のどのIPOモデルよりも大きく,変数間の因果メカニズムを明らかにしなければならない

1)ロックアップ

DSPを利用する関係者がロックアップにも係わる場合,ロックアップ期間が多少短くされる場合もあるが,多くはロックアップがそのまま適用される。そのため,関係者にとっては,DSPによる利益を適切に実現できず,新株購入の希望を出さないように思われる

実際Ray2006)のデータでは,DSPリストに載り,しかもロックアップされる,該当ケースは全体のたった2に過ぎなかった。そして,これらを計測用のサンプルから除外しても,上記計測結果に変わりはなかった

2)創業者

Ray2006は,創業者の影響を分析するために創業者を詳しく分類した。つまり

@共同創業者が活動していない

A役員として共同創業者が活動している(また,Bその人数。0が活動していないという意味になる),C社長やCEOあるいはD取締役会議長,として共同創業者が活動しているか

E活動している共同創業者の累積保有株数

などの観点から創業者の効果を具体的に捉える。ここで,活動する,とは当該会社の役員あるいは重役である,または5以上の株式を持ちコンサルか技術顧問になっている,と捉える

有意な結果がえられたのは次の場合だけである。つまり,共同創業者議長(founder-chairman)が存在する会社では,6%だけDSPのケースが減る。しかし,DSPの額は計測式タイプに応じて9%から14大きくなる

 

4 まとめ

 

投資契約には,その行く末がまだ見えないところがあり,関係者は動向を見守る必要がある。その理由のひとつには,契約論からみれば,均衡概念に合致せず,永続性がないと思われる契約条項もあるからである。しかしながら,そもそも状況が複雑で均衡概念が誰にも見えない場合も多い。2つめには,先行している米国流の契約を日本に直輸入してうまく行くのかという問題がある。日米で契約法体系が異なり,商慣習も異なるため,である。

創業者は大切にされなければならないが,それを条件に創業者は大きな社会的責任を負うべきである。日本では,築いた会社は自分のもの親族のものという感覚を持つ創業者一族が重要役職に居続け,その横暴が目立つようになってきた。創業者のあるべき姿は,今後,日本の資180頁】本主義のなかで定まっていかなければならない事柄の1つであろう

 

参考文献

**)本稿では辰巳(2006 (a))(2006 (b))(2006 (c)でリストされている参考文献を除いている

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