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金融活動における情報と価格

〜展望と論評〜

 

辰巳 憲一

 

 

金融活動における情報と価格の関係についての分析と分析技法は,過去半世紀の間に大きく発展した。そのいくつかを展望し論評してみよう。金融と情報の関連,そして金融仲介機能に関連するテーマを展開する。前者については情報セキュリティとその投資を,後者ではファンドが行っている金融仲介機能を分析できることを特に最終的な目的としたい。

 

1 ファイナンスにおける価格と情報〜はじめに

 

もっとも基本的な概念として,効率的市場仮説,合理的期待仮説,情報の非対称性,の3つがあるので順に解説しておこう。いずれもファイナンス(金融),マクロ経済学,ミクロ経済学で比較的詳しく論じられているので,ここではまず簡単に展望する。

1)効率的市場仮説

「株価は瞬時迅速に情報を織り込む」という仮説の効率的市場仮説efficient market hypothesis, EMH)は,米国のファイナンス学者Eugene Famaらが1960年代に始めて展開した。多くの実証分析があり,情報のタイプのいくつかによってはほぼ証明されている。これらの研究で「織り込む(reflect)」の意味と実際が明らかになったのが大きな貢献である。それが意味するのは関連する情報がすべての市場参加者に「瞬時迅速」に広がっていくことである。

この研究でいう情報のタイプとは次のように考える。それがファイナンスでの典型的な例になっている。ある特定の情報(例えば,ある会社のその時点での株価St)とその他にまず2分する。そして,その他の情報を次のように3つに分ける。ウィーク情報とは,当該情報自身の過去の情報St-iである(i=1,2,3,・・)。ストロング情報とは,(その会社のその時点と過去の)インサイダー情報である。その内容はさまざまである。

セミ・ストロング情報とは,これら以外のその他の情報である。かつては日本銀行総裁の公定歩合変更記者会見,会社の合併の発表,配当変更の発表,企業の社会的責任投資の公表額,等など非常に多くのトピックスが研究対象になった。これらが株価にどう影響したか,イベント前後(例えば)30日の日々の累積株価変化などをとって経時的に図示する,いわゆるイベント・スタディ(event study)がなされた。

実証分析を要約すると,過去の株価や公開情報を使って将来を予測することは不可能である,212頁】という結果になる。そして,予測に基づいて高い投資リターンをえることも不可能である,ことになる。

規制のない,価格が自由に動く市場は情報効率的といえる。規制があれば,価格は情報を織り込まず,価格が果たす機能は極めて限られたものになる。

証券価格が利用可能なあらゆる情報を完全に反映して動いているとすれば,特定の投資家が市場に参加しているすべての投資家が受け取る平均的なリターン(収益)よりも高いリターンを常に受け取ることは期待できなくなる。

この分野の非常に多くの研究は大きな貢献をした。しかしながら,「瞬時迅速」とは文字どおり瞬時か,15秒以内かあるいは12日以内なのか,さらには1カ月以内なら許される範囲か,一体どれくらいの速さ・期間なのか,そして起こった現象とのタイミング(情報発生前,情報発生と同時,情報発生後)はどうあるべきなのか,が答えの出せない問題として残されている。

また,価格の情報織り込みに関するミクロ経済学的基礎が提供されて来なかった(Fama (1970))ため,多くの誤解が生まれたことも事実である。

そのため,「特定の投資家が一定以上の長い期間にわたって高いリターンを手に入れることはできない」という仮説の帰結は,全面的に成り立つと信じる人ばかりではない。

2)合理的期待仮説

合理的期待仮説(rational expectation hypothesis)とは,期待形成を行う場合,もし人々が合理的ならば,与えられた情報を最大限に利用して,システマティックな誤りを犯すことなく平均的には正しい予測をするはずであるという仮説のことである。経済社会にはプロの人間がいるのである。ただし,与えられていない情報がある場合その限りではない。プロの人間であっても,専門外のことは当然ながら予測できない。

合理的期待仮説は,マクロ経済学分野で多く議論されたが,株価に適用した場合,「株価はつねに正しく予想・期待される」という表現になる。株価に適用した実証分析は多くないが,唯一の貢献は次のようなサプライズ(surprise)分析であるように思われる。予想された現象・事柄に対して,経済主体は行動を既にとってしまっており,その結果は株価に織り込まれてしまっている。それゆえ,予想外の出来事(サプライズと呼ばれる)に対してのみ,経済主体はそれが起きた時行動をとり,株価が比較的瞬時に変化する。実証分析ではほぼこの現象が検証されている。

しかしながら,合理的期待仮説の結果と意義については応用経済学分野においては大筋において納得しているが細部については信頼されているとはいえない1と言った方がよいように思う。ところが,理論的には大きな貢献をしたように思う。その内容は次のようになる。

ある期待をたてた経済主体がそれにもとづいて行動し,結果が期待通りだった場合期待は自己実現的であるという。自己実現的な期待とともに市場が均衡した場合合理的期待均衡が成立213頁】したという。

合理的期待均衡における情報の価値については,以下のようになる。原理は次の2つである。価格から情報を学習できない市場では,情報は価値あるものになる。そして,価値がある情報とは,情報を入手するためであれば自分の所得,資産を犠牲にしてもかまわない情報である。

市場に情報をもった経済主体が1人もいない時には,たとえ合理的期待均衡が成立している場合であっても情報は価値あるものになる。市場に最初から情報をもった経済主体がいる時には,価格に情報伝達能力があるため,情報をもった経済主体の数がごくわずかであったとしても,短期間に市場全体に伝播してしまうから,合理的期待均衡においてはすべての経済主体にとって情報は価値のないものになってしまう。

しかしながら,ノイズを伴った合理的期待均衡では,例え市場に情報をもった経済主体が存在して合理的期待均衡が成立していても情報の全てが価格を通じて市場全体に伝播していくとは限らない。それゆえ,ノイズがある場合,情報をもった経済主体が存在していても情報は価値を持つことがある。ここで,ノイズとは広くは不確実性があることを意味し,簡単な場合,財などの供給が不確実性でランダムネッスがある,あるいは情報を持たない市場参加者(ノイズ・トレーダーと呼ぶ)がランダムに需給をだす,などの例があげられる。

3)情報の非対称性

情報の非対称性asymmetric information)は,経済取引において主体間(例えば企業と消費者)に存在する保有情報量や質の格差を指す。経済主体間に情報格差が存在する場合,経済取引が阻害され,効率的にならず,社会的損失を生み出す可能性が存在する。

例えば,消費者は一般的に供給者・生産者である企業が供給する商品について企業自身よりも多くの情報を持つことはない。このため,粗悪な商品を適正価格以上で購入してしまう可能性がある。そこで消費者は良好な商品も適正価格以下でないと買わないという防衛策をとり,そのため良好な商品が供給されないという事態になってしまう。これを逆選択adverse selection)という。

また,自動車保険に加入したために,それまでは多大な注意を払っていた自動車の運転が以前に比べていい加減になる(これをモラル・ハザードという)という可能性も否定できない。これは保険会社が契約者の性向と行動を,契約・取引の前だけでなく事後にも,すべて常に把握できないことから生じる情報格差である。この他にも多数の例が存在する。詳細と展開は後述する。

情報の非対称性を最初に指摘したのは米国理論経済学者でノーベル経済学賞受賞のケネス・アローで,1963年に米国経済学会誌において医療の不確実性と厚生経済学に関する論文Arrow (1963) を発表し,医者と患者との間にある情報の非対称性が医療保険の効率的運用を阻害するという現象を指摘した。2001年には,後述のジョージ・アカロフ,マイケル・スペンス,ジョセフ・E・スティグリッツの3教授が,情報の非対称性に関する研究によりノーベル経済学賞を受賞した。

労働市場と保険における情報の非対称性に対して入門的に広い視点から経済学的な展開をしている最近の著書に神戸(2004)がある。


214頁】

2 価格の情報性

 

Stiglitz-Grossman1976)は,情報的(informative)な価格の分析,価格の情報性(price informativeness)の分析を初めて行った。そのメカニズムは次のようである。

一人でも正しい情報を持っている市場参加者が売買すれば,価格はその影響をうける。ある悪い情報を手に入れた人が商品を売れば価格は下がる。そして,価格が下がれば何か悪い情報があるという理解がされることになる。それゆえ,(コストをかけて)情報を取得しない人も価格を見ておれば,その情報の(ただし,後述のように大まかな)内容がわかる。正しい情報を持っている多くの市場参加者が売買すればするほど,価格はより敏速により大きく変化し情報的になる。

もし正しくない情報で売買すれば,しばらくすれば(短期的には,必ずしもそうならないが)価格が付いてこない(下がると思っても下がらない)ことが広くわかるようになる。

この理論において特に興味があるのは,価格が極めて情報的になった時,一人の市場参加者が情報収集をやめても全体にはほとんど変化がない。情報収集コストをかけなくても同じ効果が得られるならば,それゆえ,どの市場参加者も情報を集めなくなる。これはパラドックスである(2

この分析において,価格が織り込んでいる情報とは,企業内情報からマクロ情報まで含む,売り手から買い手までが関心のある,統合された様々な情報である。他方,市場参加者が売買にあたって調べる情報には,個別の様々な情報が主として含まれるため,価格だけを見ていて価格がどの要因のために変化したかを知るのは一般に困難であり(それを分析するために専門的にアナリストがいる),価格変化に対して具体的にどう行動するべきかは難しい決定になる。この点で,Stiglitz-Grossman1976)の分析と現実の間に多少ギャップがある。

価格は様々な情報を織り込んでいるので,価格が変わったからといってどんな要因によるのか,価格だけを見ていてわかるわけがない。それゆえ,価格が動けば更に情報を集めなくては215頁】ならない場合さへある。アナリストの意見を真剣に聞くことにもなる。それゆえ,上のパラドックスは実際上成立しないわけである。

 

3 情報探索理論から見た価格

 

1)価格のバラツキと情報保有の非対称性

情報と価格の関係については,情報探索(サーチsearch)の理論がその一面をさらに明らかにした。情報探索の理論は,1982年にノーベル賞を受賞したスティグラー(Stigler)による1961JPEの論文「情報の経済学」(それに基づくスティグラー(1991)の14章)から始まり,発展した。この理論により,情報収集などにコストがかかる場合には,品質に差のない同じ競合商品の間においても価格のバラツキが生じ,それが長期間存続しうることが明らかになった。

消費者が特定の商品を購入する場合,どれを買おうかと価格と品質を調べる。沢山な商品を同時に比較する場合でも,時間的には同時ではなく経時的に次々と比較する商品が現れる場合でも,比較検討にはコストと時間がかかる。

逆にみると,限られた時間内に消費者が商品を購入しなければならない場合(例えば,列車発車直前にみやげ物や弁当を買う場合),どれを買おうかと価格と品質を時間をかけて詳しく調べるわけにはいかない。価格のバラツキが存在し存続する原因は,供給のバラツキではなく,探索が十分行われず,低い価格で売る商店・ショップがすべて探索されず,高い価格で売る商店・ショップが探索から生き残るからである。

どのような物があるのかという商品の存在自体やその価格と品質といった情報を探索,比較検討する消費者にとって,支払うことになる価格以外で最も大きなコストは,情報収集と情報が伝える内容の妥当性の検証するために費やす費用と稀少な時間であると考えられる。これらをすべて含めて,情報探索等費用と呼ぼう。情報探索等費用がかかるため,ある時点で探索・比較検討を打ち切ることが経済効率的になる場合がある(3

情報探索等費用がかかる場合探索・比較検討は通常途中で打ち切られるならば,消費者はすべての取り得る選択肢を比較考慮した上で最適化を行うことはしていないことになる。ちなみに,これは,必ずしも,何らかの簡便(ヒューリスティック)な意思決定ルールに基づく意思決定が行われることを意味していない。

探索・比較検討打ち切りのため,情報保有の非対称性は意図的に解消されることがない。つ216頁】まり,情報保有の非対称性は費用最小化をした(合理的という言葉が意味する)合目的な判断で生じ,存続していることになる。そして,品質や付随サービスが全く同じ商品の間においてさへ,価格のバラツキ(price dispersion)が存続することになる。これは,独占的競争要因以外の,価格格差の存在を説明する要因の一つになっている。

スティグラー以降の(以下で展望し論評する)研究は,情報保有の非対称性を議論展開の前提としているが,ここではそれが導出される命題になっている点が画期的であり,将来の研究方向を示唆していると言えるのではないかと思う。

価格の情報性と「誰も情報を収集しなくなる」という上のパラドックスが情報探索等費用によってどう修正されるかを,最後に述べておこう。

商品の情報収集・分析にかかわる様々なコストとその情報から得られる利益(消費者の場合は消費の限界効用)によって,情報を収集・分析する範囲と程度が決定されるとするならば,経済主体が保有している多くの情報は不完全であり,そのような経済主体が売買し成立した価格はすべての情報を表すことができない。さらに,市場が完全でないために,不完全情報を含んだ価格ですら,瞬時に伝わらないことを意味する。

現実の市場で,価格が不完全な情報を遅れてしか伝達できないとするならば,情報を入手しない市場参加者は,均衡価格から完全な情報を推測することができない。さらに,価格以外から情報を入手するためには 費用がかかる。それゆえ,価格の情報は不完全であるため,情報収集を行うインセンティブを持つ市場参加者が存在する。したがって,「誰も情報を収集しなくなる」というパラドックスが成立しない可能性が高い。

この情報探索等費用モデルでは,価格のバラツキは情報収集・分析の不完全性から起因している。この不完全な情報を基にして決定された,価格のバラツキの分布がもし安定的であり,推定あるいは予測可能ならば,幾つかの価格サンプルを得て価格バラツキの分布を推定・予測するだけで,価格が織り込んでいる情報を推測できるようになる。しかしながら,価格分布自体にもバラツキがあることが予想でき,この推測は簡単ではない。

2)情報探索等費用の現代的意義〜情報仲介機能

探索は,情報と人(経済主体),人(経済主体)と人(経済主体)を結びつける。いわゆるネットワークを形成するという機能を果たす。探索は,保有している情報またはコンテンツの内容・質の向上,最適化を可能にする礎になる。この探索には,技術(テクノロジー)が必要になる。この探索の技術進歩は,最近目覚しい。

情報探索等の主たる具体的な手段とは,現在ならびに近い将来では,インターネットであろう。検索はこれからもイノベーションが続き,どんどん最新技術が出てきて選択肢も増えよう。そして,ここまで情報探索等の議論に含めてきた情報分析にも大きな変化が起こりつつある。財務管理,顧客管理や人事管理といった目的にPCソフトを購入するのではなく,月々の利用料を払ってアプリケーション・ソフト(情報セキュリティ・ソフトも含む)を利用する方法が米国で広がっている。それがSaaSSoftware as a Service)である。

その従来型は1つのアプリケーションを複数の企業で共同利用するが,最近は様々なアプリケーションをユーザー自身が組み合わせて利用できるPaaSPlatform as a Service)が普及しつつある。こうしたSaaSPaaSを機動的に利用できる分散型のデータ・センターを提供するのがクラウド・コンピューティングである。

従来,ITの発達と情報量の爆発が,情報の非対称性の緩和と取引コストの軽減をもたらし,217頁】理想的な(古典派経済学が描く摩擦がない完全情報の)市場・経済に一層近づく,という理想的過ぎる姿が描かれる嫌いがあった。

産業構造においても,情報化以前の経済ではブランド・評判を確立させた先発者が,設備,技術,製品のラインアップなどのストック面で優位に立ち後発者の追撃を許さないが,情報化以後ではITの発達と情報量の爆発による情報収集コストの低下から後発者は先発者の弱点などを容易に把握できるようになり,先発者利益は小さくなり,企業の順位が短期間で変わってしまう可能性が出てくる,と思われていた。

しかしながら,情報探索等費用を考慮すると,実際はそれほど単純には実現しないと思われる。IT革命によって膨大な情報量が生産され利用可能となったが,情報探索等費用がネックとなって豊富な情報を必ずしも十分に活用できない,あるいは活用しない,だろう。さらに,質のよい(当然,正しい)情報を購入する際にも,情報を理解し役立てるためにはコストと時間の投入が不可欠であるため,取引コストの軽減は限定的であろう。

そのため,もし利用者・消費者のエージェントの役割を果たす情報仲介組織が存在すれば,情報探索等費用を逓減させ,情報の非対称性を緩和し,取引コストを大きく抑えることに役立つだろう。市場に情報があふれてくると顧客はすべての情報を処理できなくなるために情報仲介が新たなビジネスとして成立するのである(4。情報仲介組織には,条件に合う情報を単に選び,生のまま伝えるだけでなく,情報を精査し分析し一定の結論を引き出す,いわゆるデュー・デリジェンス機能も望まれるだろう。

 

4 情報伝達速度の計測

 

金融活動における情報分析計量技法の一端を,次に見ておこう。情報の伝達速度を計測することは容易いことではないが,Hou-Moskowitz (2005) の研究から始まった価格の反応の遅れを計測する試みが参考になる。この技法を以下で紹介するが,オプションの取引所取引導入が信用取引規制の制約に対してどうような影響を与えたか,導入時前後で効果の大きさを比較する研究(参考文献は省略)などの分析で使われている。

1)価格の反応の遅れの計測

情報伝達速度は,次の基本モデルと完全モデル,

  (基本モデルbase model

  (完全モデルfull model

から出発し,推定された決定係数と係数値を用いて計測する。被説明変数Rtは情報が伝播する変数で,それへの伝播のパターンが計測の対象になる。Itは様々な情報変数で,質の変数ならばダミーになる。完全モデルにおけるラグの長さnn=1,2,3,・・・)はAICSICなどの情報218頁】基準で当てはめの良さが高いnから決められる。基本的に二種類の尺度が提案されている。

遅れの尺度(delay measure)の第一は決定係数比率Drsqで,2つのモデルの自由度修正済み決定係数を次のように比較する。

  基本モデルの決定係数/完全モデルの決定係数

一般に右辺第二項は分子より分母の方が大きい。Rtが情報Itを瞬時(同時期)に組み込むならば,完全モデルのラグ変数が説明力を追加することは少なく,2つの自由度修正済み決定係数の差は小さい。それゆえ,情報伝達速度が速い程Drsqは小さくなる。

第二の遅れの尺度はラグの長さの係数値加重比率Dsumで,2つのモデルの係数値を次のように比較する。

  

ここで,abs () は絶対値をとる記号である。完全モデルのラグ変数の効果がなければ,それらの推定値(t値も)は小さく,分子の係数値加重ラグは小さくなる。それゆえ,情報伝達速度が速い程Dsumは小さくなる。

Dsumにおける係数推定値の絶対値をその標準誤差で割り,上式のabs () に代える修正尺度も提案されている。

いくつか注意点があるので解説しておこう。これらの尺度はスピードの単位,つまり例えば時間当たり年率%リターン,になっていない(前者は無名数,後者は期間数,その修正版は無名数)ので,相互に比較できない。

継続的に無限に(あるいは非常に長期間)生起している情報の伝達速度はどうように計測すればよいか。このままでは完全モデルは正しく計測できないので,多少工夫が必要になる。ラグは無限大であるが,係数の数は有限(数個)にするパラメトリックな計測法をとればよい。

分析するデータが,週次以上のデータであれば問題はないが,日次さらに高頻度なデータの場合様々な理由でデータが観測されずに跳ばされることが起こり,等間隔データが得られず,計測上様々な問題が引き起こされる。情報は国を超えて30分で世界に流れ,株式リターンに影響するという観測(参考文献は省略)もあり,分析は高頻度データを使わざるをえず,この問題は致命的である。問題点の詳細と解決策の1つについては辰巳・松葉(2009)を参照。

2)情報への反応の遅れの計測

ある変数に影響する情報は様々存在する。一般にそれらの効果は混合する。ある1つの情報の効果を計測したい場合,他の情報を適切にコントロールしなければならない。

もし被説明変数Rtが個別銘柄のリターンであるなら,実に多数の要因が影響する。Hou-Moskowitz (2005) が分析したように,規模,リスク,PBRなどの財務比率,などである。さらには市場リターン,取引コストなどの市場要因も影響する。

そもそも基本的な問題として,この計測法ははたして情報の効果を測っているのだろうか。情報の発生以降価格・リターンが変化するまで次のように推移する。まず情報が発生して ,@投資家が認知するまでのラグ,A認知(recognition)してから分析して行動を開始するまでのラグ,B投資家の行動から市場で価格・リターンが変化するまでのラグ,がある。

分析対象によってはこれらの間で大きな差異が存在する。Aでは,例えばディーラー(最短数秒)と年金基金などの投資委員会方式(最短数日以上)との間では大きな時間差がある。Bには,後述する,いわゆる市場の流動性が大きく係る。

当該技法はこれら全ての要因を測っている。それゆえ,Hou-Moskowitz (2005) の研究は,情219頁】報の伝達速度(情報への反応の遅れ)を計測しているのではなく,正確には価格の反応の遅れを計測する方法であると理解するのがよいだろう。反応の遅れをもたらす要因は様々ある。その一部として,次に,流動性を見てみよう。

3)流動性

流動性とは市場での取引のし易さの指標である。流動性の指標と計測の展望しておこう。

流動性分析には売り気配と買い気配などの取引動向を記録したティック情報が用いられる。ビッド・アスク・スプレッド(percentage bid-ask spread)は日次ビッド(その日の最高価格の買い気配)と日次アスク(その日の最低価格の売り気配)の差をそれらの平均で割り,100をかけ%表示にした指標である。また,有効半スプレッド(effective percentage half-spread)は日終値から日次ビッドと日次アスクドの平均を引き,その絶対値を日次ビッドと日次アスクの平均で割った比率で定義される。

終値と売買高だけで簡単に計測できる指標としては2つある。Kyle (1985) のラムダは株価変化率の絶対値を売買高の平方根に回帰した感応度で,一定量の売買が成立する間に価格が変化する程度を示す。小さい程多くの売買を少ない価格変化でこなしており,流動性は高いことになる。また,Amihud (2002) は銘柄の非流動性尺度を毎営業日のリターンの絶対値をその日の売買代金で割って定義する。

取引量,取引回数,取引頻度,売買回転率,ボラティリティおよび市場参加者数といった指標も,流動性代理変数として用いられるが,使えない。大きな取引であっても市場への影響を小さくするために取引を複数回に分割される。また,価格変化の系列相関は,非効率的市場では新情報出現の効果も捉え,投資家が直面する取引コストだけを測るわけではない,等の理由からである。

指標がたくさんあることは,流動性概念は絞り込めていないということかもしれないが,流動性はそれ程多様な局面を持つということである。

ビッド・アスク・スプレッドが計測するのは,取引価格が本来価格からどの程度離れているかで,逼迫度(tightness)と考えられるものである。流動性はこれ以外の次の2つの次元でも捉えられる。現在の市場価格に影響を与えずに執行することができる取引規模を指す市場の深さ(depth)。取引執行に伴い変動した価格が元に戻るスピードを指す復元性(resiliency),である。

市場改革が進めば市場の流動性は高まる。また,債券市場では,相場変動が激しい時期にスプレッドが拡大するだけでなく,残存期間が長いほどスプレッドが大きい,という現象もある。さらに,税制優遇措置や自由な資産運用が認められれば市場は拡大し,流動性は高まる。

それゆえ,研究にあたっては,規模,取引量,価格,ボラティリティ,保有者構成,だけでなく,これらの要因をコントロールして,流動性の銘柄間比較,異時点間比較を行わねばならない。

 

5 まとめ

 

ノイズ(不確実性)と情報探索等費用が情報の価値に影響していることを考察してきた。視点はさらに,供給者と需要者の間の情報非対称性,さらには需要者間の情報非対称性に関して,詳しく見てみることが残っている。

220頁】さらには,情報仲介機能を超えた金融仲介機能に関連するテーマに発展させる必要がある。情報セキュリティとその投資,そしてファンドが行っている金融仲介機能を分析することが課題になる。

 

 

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