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金融活動における情報と金融仲介業

〜展望と論評〜

 

辰巳 憲一

 

 

1 はじめに

 

価格は,公共財として広く無料で公表される場合,それが織り込んだ情報を無料で伝播するが,ノイズ(不確実性)や情報探索等費用などが情報の価値に影響することを,さきに,辰巳(2008)で考察した。視点をさらに拡げ,供給者と需要者の間の情報非対称性,さらには需要者間の情報非対称性に関して,詳しく見てみよう。いくつか新しい概念が必要になる。

情報仲介機能を超えた金融仲介機能というテーマに発展させるという観点から議論を展開していこう。さらには,情報セキュリティとその投資,そしてファンドが行っている金融仲介機能を分析することが課題になる。

 

2 供給者と需要者の情報非対称性

 

まず,売り手と買い手の間で持たれている財・サービスに関する個別の情報を取り扱い,情報の格差の経済的意味を分析する大きく重要な分野があるので,展望してみよう。

2-1 売り手に関する不確実性〜レモンの市場の分析

1)中古自動車,レモンの市場

売り手(つまり供給,生産者)と買い手(つまり需要,消費者)の間で持たれている製品に関する個別の情報を取り扱い,情報の格差を初めて本格的に分析したのがAkerlof (1970) である。

たとえば中古車を買おうとしているとしよう。そのなかには故障しがちなもの(俗称レモン)が混ざっている。なぜそのようなものが混ざっているのか,故意で混ぜられているのかどうか,はここでは問わない。混ざっているという前提に立てば,よく知っている懇意の人や老舗ディーラー(これらを信用できる情報チャネル(経路)という。情報チャネルの信頼性の問題)ではなく,市場でよく知らない人や老舗ではないディーラーから中古車を買う際はレモンを買ってしまうリスクを考えなければならなくなる。

この分析での情報とは,財・サービスの品質に係り,消費者が実際に購入し,消費してはじ304頁】めて判明する特性である。これに反して,もし個々の財・サービスの品質の違いが事前に十分知られていたら(5,品質レベルに応じた価格付けが行われる(後述の分離均衡の考え方の基礎となる捉え方)ことになり,このような問題は生じない。

情報保有に非対称性がない完全な市場では品質の良さと市場で付く価格は正比例する。そして,中古自動車を買おうとしている人が,情報を持っていなければ,しかしながら市場全体の質の分布はわかっているとすると,購入しようとする中古車は平均的な質であると想定するしかない。

さて,買い手がある財・サービスの平均品質しか知らない(後述のプーリング均衡の考え方の基礎となる捉え方)とすると,(市場)価格が平均品質を上回らない場合のみ,その財・サービスを購入することになる。その結果,市場では,低価格,低品質の取引だけが成立することになる。

商品の価格が下がれば需要が増えるのが一般的だが,中古車の場合はこれと異なる。中古車の価格が下がれば,それだけ品質も低いものと消費者が不安に思うため,逆に需要が減る。その結果,価格が下がれば,市場からは高品質の商品を供給する者から退出する。良い品質の売り物は消え,質の低い売り物だけが残るようになる。そして,市場での平均的な品質は低下する。さらに,価格が下がり,同様な(以降,省略)悪循環が続いていく。

この情報の非対称性によって,売り手と買い手との情報格差が結果的に価格を下げる原因になる。これは「市場の失敗」の例であり,市場の失敗をもたらす原因には,古くからは費用逓減(規模の経済,自然独占),外部経済・不経済,公共財,が知られていたが,Akerlof (1970)の研究によって新たに情報の非対称性が加わったのである。

さらに,この研究は「悪貨が良貨を駆逐する」というグレッシャムの法則の理論的分析に相当しており,これらの行動を引き起こす取引は逆選択(adverse selection)と呼ばれた。訳語は不適切かもしれないが永らく使われてきた。

2)不確実性モデル

一般的には,不確実性下での意思決定モデル,つまり機能の価値やリターン(価値の変化)が確率分布しているもとでの意思決定モデルの多くが,このようなレモンの問題を取り扱う。

金融・証券分野では,特に将来に実現する価値が係わるため情報の不完全性が高い。それゆえ,それぞれの経済主体が異なる「精度」の情報を持って売買の意思決定を行うことになる。

しかしながら,このような不確実性下での意思決定モデルは,市場の均衡を取り扱っていない。経済学的分析との違いはそこにある。

3)品質の定義とレモンの市場

そもそも品質とは何なのか,ここで説明しておかねばならないだろう。品質の定義には,@商品自体の本来機能が対コストで高パフォーマンス(燃費など),A長寿命,B良い使い勝手(高利便性。高ヒューマンインターフェース)である以外に,C保守(メンテナンス)がしやすい,D環境を考慮している,E廃棄が容易である,等などが含まれる。

下取り価格が適正に(高く)なるという観点は,新車選びにおいては重要になる。しかしながら,この点はこれらの定義から見た品質が高く,中古車市場が整備されており,しかも丁寧に乗り続ければ達成される経済的特性である。

305頁】レモンの市場においては,この定義のうち商品自体の本来機能の品質に限られており,長寿命,良い使い勝手はさしあたり考察されていない,といってよいように思う。これらの定義も考慮すると違った結論になるのかもしれない。自動車は多数の部品から作られる複雑で高度なもので,しかも特別なファッション性も具備したものだから,一般の消費者にとってその個々のレベルの高さを判断できなくても,その他の品質要素を重視することが考えられるのである。

品質の定義は変化しており,時代とともに,上に挙げたリストの後ろの定義が次々と加わってきた。情報の経済学においても,拡大した定義を分析に取り入れなければならないだろう。今後考慮しなければならない品質には,一部の商品においてF「(情報)セキュリティが万全である」という点が含まれるであろう。

4)情報仲介機能とその役割

もしレモンの市場において購入者・消費者のエージェントの役割を果たす情報仲介組織が存在すれば,情報の非対称性を緩和し,取引コストを大きく抑え,市場の失敗を防ぐことに役立つだろう。市場が大きくなり,情報があふれてくると,購入者・消費者はすべての情報を処理できなくなるために情報仲介が新たなビジネスとして成立するであろう。

それは技術的には可能である(6。自動車電装部品などに取り付けたICタグに修理や故障の履歴を細かく記録すれば,情報の照会に手早く対応できる。こうすれば状況を記憶したり確認したりする整備業務の効率化にも役立つ。さらに将来は業界の自主規制組織が整備情報等を一括管理する大システムに発展させられる。

情報仲介組織には,購入者・消費者が望む条件に合う情報を選ぶ,あるいは品質情報を提供するだけでなく,品質の保証を付けるような役割も望まれるだろう。保証料は企業からだけでなく消費者からも徴収できるだろう。

中古自動車だけでなく,中古住宅についてもまったく同様な議論が可能である。日本の事例で述べると,中古住宅の売り主や不動産仲介業者に対して,住宅の耐震性や安全性,改修履歴といった性能情報を買い主に伝える義務を宅地建物取引業法に盛り込む,また契約前の第三者による建物検査なども法律に定める,ことも中古住宅取引市場の健全な育成にとって必要である(7。一般市民にとって高額で稀にしか(低頻度の)取引しない不動産売買は,取引対象の個別性が極めて高いため,中古車に適用できるようなICタグのような情報提供技術の活用範囲は限られる。それだからこそ,適切な情報が提供される必要がある。情報仲介組織の果たせる役割も大きい。

306頁】2-2 売り手の不確実性に関する考察〜シグナリング,自己選択とスクリーニング

価格情報以外に,供給者(企業に限らない)固有の情報がどのように提供されるか,を分析する研究分野がある。それは,労働サービスの買い手である企業に対して自身の情報を正しく理解してもらう(あるいは,それを超えて,より良く見られる)ために,労働者・消費者が消費や遊興時間を犠牲にして,特別な技能を証明する資格を獲得する,専門学校に通うなどして,どれだけ教育に投資するかというような分析である。ここでは,シグナリングとスクリーニングが大きな役割を果たす。

シグナリングとは,契約・取引する前に,情報の受け手が情報の出し手のタイプを正確に知らないとき,情報の出し手が何らかの指標をシグナルとして情報の受け手に伝えることである。スクリーニングとは情報の受け手が何らかの方法で情報の出し手のタイプを選別することである。ちなみに,シグナリング理論を発展させたエイジェンシー理論(agency theory)においては,情報の受け手は依頼人(principal),情報の出し手は代理人(agent)と呼んでいる。

自らの行動によって自らの(質)情報をあらわにすることを自己選択(self selection)と言う。この言葉を用いると,シグナリングとは自己選択をすることである。また,スクリーニングとは,「自己選択を促進させるために,いろいろな契約やオプションを提供すること」で,消費者がもっぱらシグナルを受けてそれに解釈を加え,選択的意思決定をするだけではなく,相手に積極的に何らかの働きかけをおこない,そのシグナル反応によって選択を行なおうとすることを強調するものである。

1)シグナリング・モデル

Spence1973)の就職市場シグナリング・モデルは,シグナルの送り手は労働者,受け手は雇用を予定している企業であり,タイプは労働者の生産能力(高能力者か低能力者か),シグナルは労働者が自身で(過去に)選択した教育水準,行動は市場で支払われる賃金,となっている情報不完備の動学ゲームである。

情報非対称性の制約により,高能力の労働者は自らの高い生産性を企業に知らせるため,(低能力の労働者と較べて)より高い教育水準を受け,場合によっては自らの(消費の)効用を下げて,さらに高い教育水準を求めなければならない。ちなみに,分析の展開では,教育水準をどれだけ高めても高能力者と低能力者の労働生産性の優劣は決して逆転しないと仮定されている。

ある予想・期待に基づいて一つの情報(学歴等)が開示され,その情報開示のもとで人々が選んだ最適行動が予想・期待と整合的である場合シグナリング均衡(signaling equilibrium)が達成されるという。

2)応用と精緻化

既述のスティグリッツは,ロスチャルド(M. Rothschild)と共に1976年に,逆選択とモラル・ハザードが共に存在する保険市場のメカニズムを分析した。保険市場の分析では,プーリング均衡(pooling equilibrium)や分離均衡(separating equilibrium)の概念(8が区別して提示された。プーリング均衡は,一括均衡,混合均衡,合併均衡などとも訳される。

レモンの市場で考えた場合,(1)商品の情報を持っている売り手が商品を上質とその他に明示的に分け,(本来ならば,買って使うまで品質がわからない)買い手に(良心的に)販売す307頁】る場合が分離均衡である。(2)商品に上質とその他があることを知っている買い手が,市場での上質とその他品質の比率がわからないまま,価格付けした結果達成する均衡がプーリング均衡である。

金融分野にはLeland-Pyle1977),国際金融・海外資金調達分野には辰巳(1991),などの研究がある。後者は,一国の金融構造,ひいては全資金調達部門の負債比率が他国への信用度のシグナルとなり,内外金利などが決定されるモデルである。

3)行動に関する情報の非対称性とモラル・ハザード

品質に関する情報の非対称性がたとえ消滅しても,契約終了後や売買終了後も別のタイプの情報の非対称性が待ち構えている。それが行動に関する情報の非対称性である。保険の市場がその問題点を明瞭にしてくれる。

自動車保険に入る前までは優良なドライバーであったとしても,事故を起こしたときの損失が保険契約を結ぶことによってカバーされるようになるために,契約後に悪質な(大胆過ぎる)ドライバーへと変貌することがある。保険購入そのものが事故確率を変化させる。保険によってリスク発生時の負担が軽減され,リスク回避のための努力がおろそかになるのである。このような問題は経済主体の行動に関する情報の非対称性が存在するためである。

契約によって起こりえる結果について責任を取らないような仕組みを持った契約を結んだ後に,ドライバーが自らの利益のみを考えた行動を起こし,保険会社に損失をもたすということであり,モラル・ハザード(moral hazard)と呼ばれている。保険加入前までは優良なドライバーであったため,保険料も安くなっていたことが考えられ,保険会社の損失は甚大になることもあろう。

2-3 情報の非対称性と信用割当

さらに金融分野においては信用割当の理論に大きな発展があった。

1)信用割当

信用割当(credit rationing)とは,資金を借りたい者が市場で付けられている金利で必要な額の資金を調達することができないという現象である。信用割当は,Jaffee and Russel (1976), Stiglitz and Weiss (1981) などによって,資金の借り手に関する情報を資金の貸し手が保有していない状況のもとで生じることが証明された。

貸し手が借入希望額を下回る融資の上限を定めることで,リスクの大きい投資を抑える効果がある。また,借り入れを行った者が投資額の大きいプロジェクトを避けるよう動機付ける効果がある。逆に,投資額の大きいプロジェクトを選ばせると,一発当ててやろうという射幸心が強くなってリスクに適切に対応せず,モラル・ハザードを起こしてしまう可能性がある。

分析でおかれたのは,借り手は1つの共通の特性を持っているが,貸し手はその市場全体の分布しかわからず,個々の借り手の特性値はわからない。また借り手は担保を提供するが,すべて同じタイプでありシグナルにならない,という前提である。

2)公的金融機関の役割

このような信用割当は,それを補うべく公的金融機関が活動するべきであると考えられ,公的金融機関の存在理由に対して有力な根拠を与えるものとして,理論的研究がおこなわれた。つまり,非対称情報のもとでの民間金融機関が引き起こす信用割当という市場の失敗に対応して,金融活動を行う公的金融機関が経済厚生を改善させる余地があるかどうかが,検討された。そこで得られた結論は,政府部門も民間部門と同じように,不完全な情報しか保有しなくても,308頁】厚生改善の可能性があることである。たとえ政府部門自体に情報生産機能がなくても,この点で情報の非対称性の下でも政策的介入が正当化される。

しかしながら,有効な施策は非対称情報の性質に大きく依存する。このことから,未解決な大きな課題が浮かび上がる。この依存性のため,情報の非対称性の特性を正確に把握できなければ,どのような施策をとるべきかどうかは決断できない。例えば,公的金融機関の金融活動には利子補給,信用保証,直接融資,さらには出資の4段階の事業がありうるが,どのような場合に利子補給,信用保証,直接融資,出資をおこなうべきかどうかは状況に依存するだろう。

さらに,状況によって対象企業は変わってくる。例えば,それをすべての企業に対して一律に行うのが望ましい状況が存在するとともに,リスクが大きいなどの観点から特定の企業に的をしぼった施策が望ましい状況もあり,またそれがまったく効果的でない状況もありえる。

また,利子補給や信用保証の割合や直接融資の額も実際の制度運用にあたって決定しなければならない事項であるが,それを適切に決定するのはなかなか難しい。例えば,日本の信用保証制度については,従来は全国の信用保証協会が100%全額を信用保証し損失の全額を負担していたが,制度が変更され,新たに金融機関が20%を負担する「責任共有制度」が200710月からとられている。この20%という比率が適切かどうか,科学的に答えを出すのは困難と言わざるをえない。

出資に関しては,様々なことが考えられる。議決権のない優先株を購入して破たん懸念先企業の資本を拡充する,いわゆる公的資金注入の場合,公的金融機関の活動枠を超えているかもしれないが,原理的には同様なルールが適用できる。どのような企業にどれだけの額の公的資金を注入するべきか,は困難な決定になろう。

さらに,金融機関等の不良債権を公的資金で買い取るという景気対策もこの範疇に入れることができるかもしれない。この場合は,破綻の連鎖を断ち切るという視点が採られており,情報の非対称性だけでなく,さらに後述の金融ネットワークという分析概念を導入して理解する必要がある。

2-4 情報非対称性解消への具体的対策

情報の非対称性に対して政策当局も企業も,また個人といえども手を拱いているだけではない。情報の非対称性等に起因する市場の失敗を補完するため,特定の産業を公的規制下におく場合も少なくない。また,例えば生命保険会社であれば,制度を悪用する人が保険に加入しようとするモラル・ハザードを防ぐためには,加入後1年間は自殺による保険金の支払いをしない等という規則・規定を作ることで,ある程度,対処できる。

また,企業や個人が情報の非対称性を解消する方策として,以下の4つの方法が挙げられるので要約しておこう。

1)シグナリング

情報を多く保有している側がとる行動がシグナリングである。それゆえ,利益・メリットにつながる何かがなければ情報開示につながる訳がない。つまり,売り手企業であれば,シグナルを発して自らの商品やサービスが良質であることを示すことで売り上げが増えるのであれば,情報の非対称性の解消につながる。売り上げを増やすためには,単に「この製品は良質です」と抽象的に強調するのではなく,客観的なシグナルで顧客に知らせる必要がある。この点を明らかにしたのが,この分野の学問の貢献である。

309頁】経済政策的には,商品の品質に関する情報(シグナル)を買い手に提示しなければならない状況を築き,情報の格差を縮小する必要がある。例えば中古自動車の場合,もし業者が自主的に行わないならば,自動車の年式や正しい走行距離,修理記録などを開示しなければならない規則・法律を制定する方法が挙げられる。これによって買い手は,商品の品質に関する情報を確認できる。

2)自己選択

情報の非対称性に対する売り手企業の一つの対応策としては,次が知られるようになり,実際採られるようになっている。特定の経済主体が明らかにしていない,あるいは秘匿している買い手としての情報を買い手自らの選択によって買い手自らの行動を通じて表明・提示させるような仕組み・制度を設計すればよいのである。

例えば,自動車保険会社が走行距離に応じて複数の割引保険を用意し,保険に加入しようとしている人自身にどの保険を選択するかを決めさせる方法が挙げられる。これによって保険会社は,あくまで申告ベースであるが,加入者の自動車利用頻度,顧客全体のその分布を確認できる。

いろいろ優待する会員制度において普通会員に加えて永続会員制度を設けるのは自己選択を狙っている。これによって顧客の来店継続確率の高さを推定させる。

別の例として,クレジット・カード会社が普通のカードに加えてゴールド・カードを考案した例がある。年会費は高くなるが,いろいろサービスが受けられるゴールド・カードは申請した人がどれ位どのような消費行動をするか,自身で事前に顕示することになる。カード会社はそれらの人向けに専門的な広告を仕掛けることなどができ,消費者を絞った効率の良い活動ができる。これはカード会社の情報探索費用を低減させる。情報は重要度に応じた活用と管理をするべきであるという警句の代表的な事例である(9

企業が事前と事後に手数料を支払う代わりに,あらかじめ定められた期間と限度額の範囲内で,いつでも必要な額の融資を受けられることを銀行が約束した契約であるコミットメントライン(特定融資枠,loan commitment, committed line of credit あるいはcredit line)契約は,流動性ショック対策として,わが国でも10注目されている(金子隆・渡邊智彦(2004))。そして,コミットメントラインの当初に(upfront)支払われる手数料に,銀行が企業に対して行うスクリーニングのメカニズムがあり,また事後に支払われる手数料に企業が自らの質を銀行に対して表明する自己選択のメカニズムがあることをThakor and Udell (1987) Shockley and Thakor 310頁】(1997) は指摘している。後者を詳しく説明すると,もし未使用(undrawn,引き出されていない)残高に手数料がかかるようなら,事業拡大能力がない企業はこのような仕組みのコミットメントラインを望まない。むしろ使用(take-down,引き出した)残高に対して比例的な手数料を支払う仕組みを望む。このような形で,借り手のプロジェクトの質が顕示される。ちなみに,事業能力がある企業が融資枠を必ず100%使い切るとは限らないので,このメカニズムには多少は不明確な点は残される。

一般的に考えれば,自己選択は,自ら情報を発信することでより良い成果・情報が得られるという,情報をやり取りする双方が満足できる世界である。自己選択は正しく自己申告した正直者が損をする制度11ではないので,政策的にはこのような方向を実現していく必要がある。

3)スクリーニング

本人の申告だけでなく,試験などを行えば,質がある程度わかるようになる,あるいは確認できる。例えば労働市場において企業が労働者を雇用しようとする場合,労働者に対して入社試験を課す。これによって企業は,労働者の能力を確認できる。入社試験だけでなく,入学試験や資格試験も同じような効果がある。

しかしながら,採用の際に,応募者のすべての情報を面接,書類審査や試験から得ることはできない。なぜなら,ある種の情報が意図的に隠され(てい)るかもしれないし,時間を無限にかけて面接や試験を行うことはできないからである。ある種の情報は入社後いくばくかの時間が経過した後明らかになる。ある種の情報は事故・事件が起きてから判明する。

金融機関が企業に対して行う投融資に関しても,まったく同様である。銀行は,融資先企業を審査・監視することによって非対称情報の問題を解決しようとしている。それは事前だけでなく,事後にも役員派遣などを通じて行われる。しかしながら,これらによっても,すべての情報が入手でき,情報の非対称性が完全に解消するわけでもない。

4)モラル・ハザードとインセンティブ・システム

行動に関する情報の非対称性から由来するモラル・ハザードを防ぐためには,契約を結んだ後も契約前と変わらない状況を作り上げればよい。監視(モニタリング)の徹底がモラル・ハザードへの直接的な対処策であるが,件数が多いなどの理由があれば実行不可能である,また場合によっては極めて高コストになる。努力に応じた報酬を与えるインセンティブ契約がふつう採られる。

自動車保険の場合,契約したドライバーが優良なドライバーとして行動するようなインセンティブ・システムを設計しなければならない。保険契約において,例えば契約期間中無事故であったら保険料を一部返還したり,事故を起こしたときにその損害の一部を自己負担してもらう,などの方策がとられている。

5)長期的関係

これまで,想定してこなかった事柄に取引の期間の問題がある。もし繰り返し何度も取引する場合長期的関係が確立される。ある個人と雇用しようとする企業,あるいは直ぐ後に考察するIPO(新規株式公開)での投資家と企業の間には存在し得ないが,銀行から企業への融資は311頁】ふつう繰り返され長期的関係が出来上がる。レモンの市場,中古住宅や自動車保険を含めた保険の市場はそれらの中間に位置し,長期的関係の役割を無視することはできないが,役割は大きくない。

長期的関係の利点としては,@繰り返しによって情報収集が可能になる。A事後的なペナルティを用いることができる,などによるメリットがある。「繰り返しゲームの理論」がいくつか有益な分析を提供する。

 

3 需要者間の情報保有の非対称性

 

次に取り扱う情報は,売り手(供給,生産者)の個別の詳細(内部)情報やマクロ経済に関する情報で,買い手(需要,消費者)の間の情報格差や彼らの情報入手方法を問題にする。この研究分野でも大きな貢献があった。

3-1 入札制度と情報勝者〜公開価格のアンダープライシング

売り手の個別の内部情報を主として取り扱い,買い手の間でその情報の保有に格差があることを問題にする研究は,入札という価格付け行動に際して,「勝者の呪い」と呼ばれる現象が生じることを明らかにして研究者の間で大きな関心を呼んだ。勝者となるのは,正しい情報を持っている市場参加者である。

3-1-1 情報の非対称性

1)勝者の呪い

IPO(新規株式公開)における投資家間の情報保有の非対称性は情報の非対称性の代表的分析の1つであり,レモン(中古自動車)の市場の分析に対比される。

IPOにあたって,公開価格が入札で決められる。その仕組みを紹介しよう。簡単化のため,2つの会社を2人の投資家が各1つ入札するとしよう。2つの会社は価値の高い会社と価値の低い会社であるとする。入札に参加する者は情報を持っている者と情報を持っていない者であるとする。情報とは企業に係る情報と企業環境に係る情報である。

入札参加者は独立で,それぞれが持っている私的情報を互いに知らない,そして共謀や結託はないと仮定する。また,入札に参加しないという決定は許されないと仮定する(情報を持っている者が入札に参加しないという事実は重要な情報になる)。各人の予想される入札行動と入札結果は次の表のようになる。情報を持っていない入札者は,高くも低くもない平均的な入札価格を付ける,という前提をおいている。

 

 

312頁】

この結果,情報を持っていない入札者は,良い会社を落札できず,悪い会社には高い買い物をし,損失を蒙る。Rock (1986) はこれを勝者の呪い(winners curse)と呼んだ。

そして,情報を持っていない入札者はいずれ倒産するか,市場から退出する。その結果,市場には情報を持っている参加者だけが残る。

現実の市場のように入札参加者の数が多数であるとして,続く結末を考えてみると,IPO会社の必要な額の資金調達ができなくなる位市場は小さくなってしまいIPO市場はなくなるか,残った者の間で更に厳しい入札が行われるか,どちらかになる。残った者の間での入札競争も,情報保有の量と質の厳しい戦いで,それらが相対的に劣るものは情報を持っていない者と同じ運命を辿る。それゆえ,いずれにしても,いずれIPO市場はなくなる。

2)主幹事証券会社の行動

IPOに係わる関係者には,発行企業と投資家という需給両者だけではなく,証券会社も含まれる。それゆえ,IPOに係わる決定には関係者の数は多い。投資家のなかには,今見たように情報を持っている入札者と情報を持っていない入札者という区分がある。発行企業のなかには,優良以外に,経営者と大株主という2大勢力がある。

勝者の呪いを避け,情報を持っていない一般投資家にも応募してもらいIPO銘柄を購入してもらうために,主幹事証券会社は公開価格を低くする,という仮説がRock (1986) によって提唱され,広く注目された。

しかしながら,証券会社にとっては,投資家だけが顧客ではなく,発行企業も顧客である。公開価格を低く設定すれば,発行企業の調達資金(発行代わり金)は少なくなる。Rock (1986) の仮説は,証券会社がなぜ発行企業の利益を重んじないか,発行企業がなぜこれを認めるかの理由をあげ,それらを検証しなければ信用できないことになる。

証券会社,経営者,大株主,投資家などの関係者のうち,長期的な視点をとれる,長期的な視点をとらなければならないのは証券会社である。個々の投資家は企業から見れば基本的に短期的な視点しか持たない。潜在的投資家を含めた投資家一般の視点は,自己の利益を顧みず市場の振興のために自己の利益を進んで捧げるとは考えられず,短期的であると捉えなければならないだろう。経営者と大株主は,発行企業のインサイダーであるが,同様な理由で,一般に長期ではない。市場の将来動向を探るためには,それゆえ,証券会社が実際長期的な視点から行動しているのかどうか,様々な利害関係者の調整をしているのかどうか,もしそうならどのような調整を行っているのか,検証しなければならないだろう。

3)アンダープライシング

公開価格がこのように低く設定されると,取引所で初取引日に付く初値より低くなる。公開価格が初値より低くなる現象をアンダープライシング(underpricing)という。アンダープライシングは多少の高低の差はあるが,非常に多くの(実際上分析されるすべての)国で観測されている。

ちなみに,市場の流動性が低い(換言すれば,手持ち債券の売買が容易でない)債券では逆に,平均的にいつも公開価格の方が初値より高いオーバープライシング(overpricing)が生じている。

3-1-2 IPO入札の実際

1)複数同質財への入札:入札の構造1

313頁】IPOでは同質の複数の財(資産,株券等)に多数の人が入札する。入札対象の数は多数ある(日本では投資家にとってはふつう年間5000株まで)ので,骨董品のような入札対象が1つしかない場合の入札戦略とは当然違ってくる。

2)多数入札者の問題:入札の構造2

どれだけの数のどのような入札者が参加するかわからないので,落札するためには,この事実に備えた入札を行わねばならない。つまり,高めの入札になってしまう。

3)入札者間の情報交換問題:入札の構造3

多数いる入札者相互に情報交換がありえる。それを意図しなくても,入札情報が相互にあるいは一方的に漏れることはありえる。

4)入札価格決定

落札価格が落札できたすべての入札者で一致する入札方式single-price auction(フランス)と,落札最低価格が決まり,それ以上の入札価格を付けた入札者はそれぞれ自身の入札価格を支払う入札方式(日本)を比較してみよう。

前者フランスの場合,落札者はすべて公平な扱いになる。これは1865年フランスで発明されたpari mutuelamong ourselvesの意味。mutual betting)入札方式以来の伝統と思われる。しかしながら,入札者は自身が入札した価格を支払う義務がないので,高く入札する傾向が生まれる。入札した価格に,実際その額を支払ってもらうという,責任を負わせないと,入札価格はいくらでも高くなる。

後者日本の場合,ほんとうに購入したい投資家は(その人の限界効用に一致した)高い価格を付けるので,経済的にはこの方式の方が公平である。

情報の観点から,分析してみると,これまでとは違う別の観点が浮かび上がる。情報を持っている入札者という場合の「情報」とはもっぱら企業内外の企業に係わる情報であった。フランスのsingle-price auction方式の場合,情報を持っていない入札者でも落札できる可能性が高まるのは事実である。しかしながら,入札に成功するためには,入札者に関する規模や価格分布などの情報を持っていることも必須になる。

5)一般投資家の最適な購入計画

売買制約がなければ,一般投資家も,勝者の呪いを避けられ,その被害を小さくできる。例えば,高い価格と低い価格に2等分(日本では例えば2500株づつ)して入札すればよい。一般に,複数のビッドを入れればよい。また,入札対象会社の利益の不確実性が高いほど,参加者が多いほど,入札対象は割り引いて評価するべきである。

参加者が多い時,入札者間で組めば(得られた利益は公平に分配するのを原則にする),情報交換でき,さらには複数のビッドを入れやすくなる。入札価格に関しても,結果として落札価格を動かせるほど力を持つ共謀や結託が考えられる(しかしながら独禁法違反になる場合もある)。

6)抽選と非競争的な要素

落札最低価格にビッドした者が多数になる場合に彼らの間で行われる抽選は,ほとんどの場合,高倍率である。当選者が少なく,当選自体に価値が生まれる。幹事証券会社は,この点を営業に使い,自社の利益を最大化するように公開株の分配を行うと言われている。ここに,非314頁】競争的な要素が入り込む。抽選は実際行われていない,行われていても僅かな比率である,とみられている。

7)勝者の呪いの重要度

現在ほとんどの先進国ではIPOの公開価格決定方式はBB(ブック・ビルディング)方式を採用している。BB方式とは,発行会社の取締役会で決定された発行価格をもとに,一定の株価範囲の仮条件が機関投資家の意見も参考に設定され,引受証券会社(発行会社との間で投資家への公開株式販売を引き受けた証券会社)を通じて投資家の積み上がった需要状況や上場までの価格変動リスクを勘案して公開(あるいは売り出し)価格を決定する方式のことである。

公開価格決定がBB方式になっても,ほとんどの国でアンダープライシングが観測されているので,入札における勝者の呪いだけがアンダープライシングの原因ではない,ことになる。この事実が明らかになってから,アンダープライシングの原因については,非常に数多くの仮説が提示されるようになっているが,ここでは省略する12

ちなみに,米国以外の先進資本主義国でBB方式が導入されたのは,ほぼ同じ1990年代後半である。ほとんどの国で発行企業はどちらかの方式を(あるいは第三の方式が用意されていて3つのなかから)自由に選択できる。日本では,すべての企業はBB方式を選択してきた。しかしながら,フランスでは過半を大幅に下回るが,かなり多くの企業は依然として入札方式を選択している。

8)呪われた勝者の問題

全知全能の神は存在しないのは事実であるが,ほとんどの市場参加者は何か得意分野を持っている。それは,特定の産業に対する知識であったり,高度な数量的分析が簡単にできたり,海外をよく知っていたり,などである。

現実の世界で起っていることは,情報を持っている者と持っていない者の間の入札なのではなく,両者は同様に情報を持っていないが一方は少し持っているかどうか位の差である。このような状況のもとで,勝者は少しでも高く入札価格を付けたから落札できたわけである。

不得意分野のIPOにおいて,もし価値が少し低いものを入札したのであれば,損をしたことになる。「勝者」も呪われたことになる。

さらに重要な費用問題が複数ある。情報を持っている者はどのようにして情報を得たのであろうか。費用を掛けずに情報を得ることはできない(フリーランチはない),と考えるのが経済学的な考え方である。それは既述の情報探索等費用である。落札で得た利益からこの費用は差し引かれるべきである。ネットの利益は,かならずしもプラスにならないかもしれない。

入札のためには調査等に情報探索等費用がかかるが,落札できなければ費用の回収ができない。これを埋没費用という。これが入札制の問題点の1つである。

3-1-3 IPOにおける情報と金融仲介機能

1IPOにおける情報構造と市場の失敗

BB方式においては,入札方式の運営システム・運営者に代わって,主幹事証券会社が情報を持っていると思われる人(つまり機関投資家)から情報を汲み取り(ちなみに機関投資家からの情報提供に対する報酬がアンダープライシングであるという仮説も有力である),情報を315頁】持っていない人の需要を予想する。これがIPOにおける情報構造である。

ここまでみてきた情報の非対称性の経済分析をこの分野に適用すれば,次のようになる。程度の差こそあれ,どの国も,幹事証券会社や取引所は発行企業に対するスクリーニングを行っている。金融当局,取引所,幹事証券会社と3つの組織が分担してスクリーニングを行っているにもかかわらず,ライブドア事件以降何件か事件が立て続けに起きて,日本ではスクリーニングが不徹底不十分であることがあからさまになった。

発行企業は,当然,自身を良く見せようとする行動をとる。特に,業績が芳しくない企業の場合はさらである。この行動は既述のようにシグナリングと呼ばれる。粉飾まで至らない利益管理,ISO取得,IRの徹底,などがその手段である。

その結果,高業績である企業が,業績予想が良いと投資家からみなされない可能性が生じるとすれば,IPOを断念することもあろう。レモンの市場で起こった高品質商品が市場から消える現象がIPO市場でも起こりえるのである。正に「IPO市場の失敗」である。

この現象に対して,主幹事証券会社が,情報仲介者として(社会的に)最適に行動するとすれば,どのような結果が生じるのか,興味ある研究になろう。例えば,主幹事証券会社が発行企業に対して,自己選択を迫るような現象はIPO市場に実際あるのかどうか,その自己選択の内容はどのようなものなのか,などの研究が挙げられる。これらは自明ではない。

例えば,コミットメントライン(特定融資枠)契約で注目された自己選択のメカニズムから類推すれば,悪質な企業は発行売れ残り量(株数)に手数料がかかるような仕組みの発行手数料体系を望まない。発行予定量(株数)ではなく,むしろ実際の売却量(株数)に対して比例的な手数料を支払う仕組みを望む。このような形で発行手数料体系を提示し,発行企業に選ばせれば,発行企業の質が顕示される。ちなみに,実際は幹事証券会社の買い切り方式が主流で発行手数料体系に自己選択のメカニズムはない。

2)ファンドの金融仲介機能

さらに,いわゆる投資ファンドがIPOに代わる金融仲介を行えば,情報の非対称性からもたらされるIPO市場の失敗を回避できることになるのかもしれない。ファンドの機能に係る,この研究分野は今後大きくなるように思われる。

ファンドのいわゆるエグジット(出口)戦略には,@IPO,A買収企業の当該事業と同業の企業への売却,B多角化を狙う他事業業者への売却,C同種ファンドへの売却,D他種ファンドへの売却,E純粋仲介業者への売却,などがある(辰巳(2007)など参照)。ファンドはその時々の経済状況に応じて最適な出口を選択しているものとみられる。

それゆえ,IPO市場が停滞している場合にはファンドは他の売却先を選ぶわけである。つまり,ファンドは失敗した(機能不全に陥った)IPO市場を補って金融仲介を行っていると考えられるのである。

ファンドは,情報の非対称性を小さくするように事前審査を詳しく行っている。また,行動に関する情報の非対称性から由来するモラル・ハザードを防ぐために,役員を派遣したり,インセンティブ・システムを取り入れたりしている。

投資契約を結んだ後も,その相手先経営者が優良であり続け,そう行動するようなインセンティブ・システムを,例えば契約期間中業績が上がれば役員手当(ストック・オプションなどによって)を増額したり,追加出資をしたり,業績不振になったときにその役員手当を減らし損害の一部を自己負担してもらう,などの方策によって,とっている。

316頁】ベンチャー・キャピタル(VC)が支援する企業のIPOではアンダープライシングが観察されることが多い(参考文献は省略)。それゆえ,アンダープライシングは株式市場の一般投資家がファンドの金融仲介機能を評価した結果であると考えられる13。ちなみに,著者の知る限り,VCファンド以外のファンドについては同様な研究は存在していないようである。

3-2 情報カスケード〜価格のバブルとクラッシュ

情報カスケード(informational cascade)とは,取引している他の人,それは身近にいる,あるいは隣の投資家,の行動を見ている次の投資家が真似して行動することから始まる現象である。この際,真似された最初の投資家が情報を持っていて行動したのかどうかは問わない。真似をした2番目以降の投資家は取引対象商品の情報を必ずしも持っていない。この連鎖反応の結果は,群集行動(herding)につながる。カスケード(cascade)とは階段状に分れた滝のことで,比喩的に「組織で上から下へ情報を伝達すること」を意味する。

ここで取り扱う情報は市場参加者がある商品を売買・取引するという行為そのものとそれが売りか買いを指す個別の情報である。情報カスケード理論は,特に,市場価格と本来価値の乖離が起こる原因は投資家の合理性の限界にあると主張するのではなく,情報の伝播・蓄積過程に原因を求める。また,自然に情報が漏れる環境で取引していることを前提にした分析である。自然に漏れてしまう,これらの情報が及ぼすマクロ的な結果を分析する。

3-2-1 情報カスケード理論の展開とその評価

1)情報の伝播とバブル・クラッシュの切っ掛け

Bikhchandani, Hirshleifer and Welch (1992)Banerjee (1992) などは,投資家が合理的であり,常に新しい情報を収集し,証券の価値について学習する性向があっても,「情報」の蓄積が中断されることが起こり,投資家達が一気に売り注文あるいは買い注文を出すことが起きることを示し,情報カスケードという概念を提示した。

Bikhchandani, Hirshleifer and Welch (1992)14が示した簡単な例をみてみよう。ある証券の将来価値の分布がわかっているとし,証券の価格は固定され一定であると仮定する。N人の投資家が証券価値についてシグナルをそれぞれ持っており,順に買いあるいは売り注文を出す。各投資家のシグナルの精度は同じであるとする。すべての投資家は合理的であり,自分の持っているシグナルと公開情報である過去の取引情報に基づいて,証券の価値を推測する。証券価値が価格より高ければ買い注文を出し,低ければ売り注文を出す。同じであればランダムに注文を出す。このような市場においては,大多数の投資家が正しいシグナルを持っているので,取引に伴って情報の蓄積が進めば,証券の真の価値が徐々にわかるようになって行くはずである。

次に,真似する要素を導入して,情報カスケードが起こるメカニズムを説明しよう。大多数の投資家がポジティブなシグナルを持っているが,最初に取引する1番目と2番目の投資家がネガティブなシグナルを偶然持っているとしよう。1番目の投資家はネガティブなシグナルを317頁】持っているので,その情報に基づき,売り注文を出す。2番目の投資家は,1番目の投資家の売り注文を見て,1番目の投資家が証券価値についてネガティブなシグナルを持っていると推測する。証券価値について,彼自身のものを入れて,2つのネガティブなシグナルを観察したことになり,売り注文を出す。その結果,3番目の投資家がたとえポジティブなシグナルを持っていたとしても(ネガティブなシグナルを持っていたら尚更),1番目と2番目の取引から観察したネガティブのシグナルと自分が持っているポジティブのシグナルと総合して算出した証券価値は証券価格より低いので,合理的決定の結果として売り注文を出す。

4番目とその後の投資家も同じ理由で,合理的判断として自分の持っているシグナルに関係なく売り注文を出す。結果として,大多数の投資家がポジティブなシグナルを持っているにもかかわらず,最初に取引する1番目と2番目の投資家がネガティブなシグナルを偶然持っているために,全員が売り注文を出すことになる。市場全体から見るとこれは非合理的な行動であるが,実際はそれぞれの投資家達の学習(learning)と合理的決定の結果である。自分の持っている情報の比重は軽くなり,結果として他人の行動に追随する。Bikhchandani, Hirshleifer and Welch (1992)はこのような現象を情報カスケードと呼び,流行の変化などの社会現象を説明する分析技法になった。

言うまでもなく,ポジティブとネガティブという言葉を逆転しても同様な議論が展開でき,バブルのプロセスが記述できる。

2)バブル・クラッシュの発生

情報カスケードの理論は,投資家の合理的判断が非合理的に見える行動をもたらす可能性があることを示し,証券の価格形成における情報の伝播・蓄積過程の重要性を示した。バブルの発生だけでなく,クラッシュ(破綻)の発生に対しても1つの説明を提供した。

これらの研究は取引メカニズムに関する強い前提に依存している。例えば,上の例では価格が固定されているが,取引するたびに価格が調整され,価格が迅速に私的情報を反映する市場では,情報カスケードは起きない。それゆえ,価格と価値の関係を考えると,このメカニズムが価格の変化を考慮していないのは大きな欠陥である。

この批判を克服するために,Avery and Zemsky (1998) は二次的不確実性(second order uncertainty),Lee (1998) は取引コスト,をモデルに導入した。

取引するたびに価格が更新される場合においてもカスケードが起きることを示すために,Avery and Zemsky (1998) は二次的不確実性をモデルに導入した。彼らのモデルでは,経済に大きな影響をもたらすような重大事件の発生が不確実であるという事件の不確実性(event uncertainty)と高精度の情報を持つ投資家と低精度の情報を持つ投資家の比率が不確実であるという情報構造の不確実性(composition uncertainty)が存在している。

そして証券市場のクラッシュは次のようなメカニズムで起こる。まず,低精度の情報を持つ投資家の一部が買い注文を偶然出したとする。一般にイベントが発生する確率が低いので,初め,マーケット・メーカーは価格を少ししか引き上げない。しかし,他の低精度の投資家が買い注文を追随し部分的なカスケードを引き起こす。マーケット・メーカーは一連の買い注文を見て,今度はイベントが発生したと判断し,価格が大きく引き上げられる。しかしながら,時間がさらに経つと,注文量に対する観察から今までの買い注文が低精度の情報をもつ投資家のカスケードであるとマーケット・メーカーが認識し,そこで価格を大きく引き下げ,クラッシュが起こる。

318頁】Lee (1998) は,取引コストに着目し,逐次取引市場でカスケードが起こる仕組みを提示した。取引すると一定の費用が発生する,と仮定する。情報トレーダー(高精度の情報を持つ投資家)はいつ注文を出すかを自分で決めるので,取引から得られた利益がコストを上回る時だけ注文を出す。取引コストの存在によって,情報トレーダーの注文が一時的に止まることがあり得る。その結果,低精度の情報を持つトレーダー達はしばらく注文を出さずに待つ。その後,高精度の情報を持つトレーダーが現れ,注文を出すと,それまで待っていた投資家も一気に注文を出す。そこで蓄積された情報が一気に市場に入り,価格が急激に変化する,というわけである。

3)情報カスケード理論の評価

突然起こった小さな出来事を市場が増幅させていくというメカニズムの存在は誰もが感じていたと言ってよいように思う。増幅させていくにしても歪んだ形になる危険も孕んでいる。これはカオス的なメカニズムと解釈してよいだろう。

証券市場では一部の投資家が他人の売り注文を見て,それを証券価値に関するネガティブなシグナルと解釈し,追随して売り注文を出すことは実際にある。売り注文が更なる売り注文を呼び,市場のクラッシュを引き起こすというメカニズムは実際働くのである。その意味で,情報カスケード理論はこれらをモデル化しており,現実的なのかもしれない。

伝統的なバブルのモデルは,バブルの発生を説明できるが,そのクラッシュ(破綻)を内生的に説明できなかった。情報カスケードの理論は,それを内生的に説明する。この点が画期的である。これらが,どれだけ一般的か,説得的か,評価は今後関連する実証研究がでてくるのを待たねばならないように思われる。

投資家が収集し,学習する情報とは,証券の価値にかかわる全ての情報である。情報カスケードの過程において,これらの情報の蓄積過程から起こる原因から,ある種の情報の蓄積が中断され,市場価格と本来価値の間の乖離が起こる。情報カスケードの理論においては,情報の蓄積過程が進むにしたがって,証券の本来価値を決定する要因が蔑(ないがしろ)にされ,他の投資家がどう行動したかという情報が重視されるようになる。情報カスケード過程の途中から,蓄積が中断される情報とは,特に証券の本来価値を決定する諸情報である。

しかしながら,実際のところは,情報カスケードが起きても,空売りをした投資家は証券を何時どれだけ買い戻すか,買ったものを何時どれだけ売るか,の時期と額を探っていかなければならないので,すべての情報の蓄積が止まってしまうわけではない。

4)情報と情報カスケード

先に,価格の情報性の分析で述べたような論点をここでも指摘できる。投資にあたって投資家が本来考慮する情報とは,売り手や買い手の情報だけでなく,企業内情報からマクロ情報までを含む,様々な情報である。

情報カスケードの分析において,投資家が考慮する主たる情報とは,企業内情報やマクロ情報ではなく,様々な情報のうち売り手や買い手それぞれが織り込んだ,あるいは取り込んだ,結果統合された情報である。本来,市場参加者が売買にあたって調べる情報には個別の様々な情報が含まれるため,他の投資家の投資行動だけを見ていてその投資家がどの要因のために投資を決めたか,投資行動を変化させたかを知るのは一般に困難であり(それを分析するために専門的にエコノミストやアナリストの手助けがいる),他の投資家の投資行動に対応して自身が具体的にどう行動するべきかは非常に難しい決定になる。真似をするだけが対応策ではないだろう。この点で,情報カスケードの分析と現実の間に多少ギャップがある。

319頁】価格だけでなく投資家も様々な情報を織り込んでいる,取り込んでいるので,価格が変わったからといって,投資家がある行動をとったからといって,それがどんな要因によるのか,価格や投資家の投資行動だけを見ていてわかるわけがない。それゆえ,価格が動いた場合だけでなく,他の投資家の投資行動をみても,なぜそうなるのか,なぜそうするのか,その原因を探るために更に情報を集めなくてはならない場合さへある。エコノミストやアナリストの意見を真剣に聞くことにもなる。それゆえ,上の情報カスケードの過程は実際上持続しないわけである。

情報カスケードの理論が無条件に成立するのは,情報を持っていない投資家が極めて多数を占め彼らが相互に日和見的に依存するために相互の行動に高い関心を持つ場合,あるいは彼らがエコノミストやアナリストの意見を聞けない(聞かない)場合,に限られるように思われる。しかしながら,服装,装飾品などのファッションの流行については,「その他の情報」が果す役割が小さく,情報カスケード理論は妥当するように思われる。

3-2-2 ネットワークから見た情報カスケード

1)情報カスケードとネットワーク

他の理論とは違う結論を導くという意味で情報カスケード理論が注目し,主として取り扱う情報は他の投資家の売買情報である。情報カスケード理論のなかにおける投資家間の関係は,当然,独立ではない。それでは,何によって結びつけられた,どのような投資家間関係(後述のようにネットワークと呼んでもよい)なのか,未知なところがある。服装,装飾品などのファッションのように,投資家が街をただ単に歩いていて,レストランで食事していて,美術館や劇場で鑑賞していて,次々に伝播していくネットワークではないだろう。

取引所のなかのピットにおいては,すべての場立ちの人が参加者すべての売買動向がわかる。このような環境において,場立ちトレーダーが顧客からの注文ではなく,独自の判断と自己資金に基づき売買を出すならば,情報カスケードは起こるかもしれない。しかしながら,場立ちトレーダーはもっぱら顧客か本社からの注文に基づいて売買しているので,しかもピットはコンピュータに代わりつつあるので,情報カスケードが起こる可能性はないに等しい。

メディアによるニュース報道では,手口が公開される大口の売り注文が他の一般投資家の心理を悪化させ,相場全体を押し下げた事例もしばしば見受けられる。それゆえ,大口投資家からニュース報道を聞いた投資家への一方的ネットワークがまず妥当するように考えられる。それ以外に,証券会社店頭カウンターで偶々隣に座ったなどの,組み合わせがランドムなランドム・ネットワークに近い場合もあろう。しかしながら,これらの場合それ以上の伝播は不可能になるのが普通であろう。結論的に言えば,情報カスケードを該当させる背景・環境は現実に存在しないのではないかと思われる。

情報には収集されるものと収集されないものがあるように,情報には伝達されるものと伝達されないものがある。情報には,経済主体が意図して伝達するものだけでなく,意図されずに伝達されるものもある。情報カスケードの理論は,意図されずに伝達される情報のみにハイライトを当てているようにみえる。

情報が伝達可能な状態になることを接続するというが,この場合,情報の出し手は意図していなくても,情報の受け手はいわば「勝手接続」している。接続され,情報が伝達されるとできる,伝達元と伝達先の間の関係をネットワークというが,この点を次に説明しよう。

2)ネットワークにおける情報と意思決定

先に情報カスケードの過程を説明した際,3番目の投資家が現れた時,たとえ彼・彼女がポ320頁】ジティブなシグナルを持っていたとしても(ネガティブなシグナルを持っていたら尚更),1番目と2番目の取引から観察したネガティブなシグナルと自分が持っているポジティブなシグナルと総合して投資決定すると仮定されていた。このネットワークは,それゆえ,いくら古い歴史でも過程の過去には出発点まで戻ってネットワークが捉えられる。また,情報カスケードの理論では,ネットワークが含まれる経済社会全体が考慮の対象,意思決定材料になることはない。ネットワークの情報構造という点では,情報カスケードの理論で考えられるネットワークは非常に変わったネットワークなのである。

ネットワークの情報構造という点では,情報伝達の流れのなかでせいぜい数人前までの行動が影響する,という近視眼的(myopic)な意思決定が論じられるのがふつうである。情報カスケードの過程においてネットワークの情報伝達の流れの出発点にまで戻って情報が獲られるのはどんな根拠・メカニズムが組み込まれているのであろうか,不明である。

数限られた人・組織からなるローカル・ネットワークのなかで,情報は限られるがそれらから得られる情報に基づいて意思決定される,あるいは,ネットワーク全体像を予想してそれらの推定情報に基づいて意思決定される,と想定するのが正常なモデル化であろう。

3)情報カスケードの広がり

勝手接続のネットワークには,ネットワークが大きくなる誘因が組み込まれていない。ある投資家が確実に他の投資家に出会うメカニズムが記述されていない。さらに,情報カスケード過程においては,ネットワーク接続のコストは極めて低いが,その便益は極めて不確実であるように思える。それゆえ,ネットワークが大きくならず,途中で消滅する可能性も十分ある。

そもそもネットワークの規模はどう決まるのかは,精緻な理論があるのかどうかわからないが,誘因が組み込まれてない活動には永続性がないことは確実にいえる。それゆえ,情報カスケードは無限に拡がらないだろう。

現実の世界では,ほとんどの場合マーケット・メーカーが存在しないのが実際である。たとえマーケット・メーカーが存在するような財であっても,マーケット・メーカーが情報カスケードを起こしているわけではないので,ネットワークを大規模にできるわけではない。

情報カスケードの理論は,実際的な観点からみると,ひとつのしかも極めて稀な可能性を挙げたに過ぎない,といえるのではないかと思う。

4)情報カスケードについてのその他の限界

情報カスケード過程の分析に,意図して伝達する情報を取り入れることも可能である。騙す(cheating)ことを狙って売り買いを逆に行動するわけである。真似をする投資家がいる限り,より多数の投資家が真似をする直後に反対売買で逃げれば利益をあげることができる。投資家は騙されるというより,勝手に騙される。ちなみに,その場合勝手接続している投資家は偽情報で大きな被害を受ける(損失を被る)こともありえる。騙した方は市場撹乱を狙った情報操作を企図したことになり,金融商品取引法(旧証券取引法)や刑法に触れることにもなる。

ネットワーク内の意図的に直接接続された主体の間では(多くの)情報は共有される。ある特定の情報が共有されるとは情報の一部あるいは全体について共に所有することを意味する。その結果,情報はネットワークの内部を相互に移動する。これが情報とネットワークの関係である。

情報の伝達元と伝達先の間にできるネットワークの内で,意図的に接続された主体の間では情報は共有されるが,意図せず接続された主体の間では情報は一方的に流れ,情報は共有されない。情報カスケードの理論が扱うのはこのようなネットワーク(投資家間関係)である。

321頁】ネットワークには,電話網,インターネット網,鉄道,商取引などと,親族,商取引における信用など,種類の異なる幾種類かのネットワークがあるが,情報カスケード理論が取り扱うネットワーク(投資家間関係)は特殊である。さらに分析するためには,ネットワーク理論から接近しなければならない。

3-2-3 情報カスケードと情報仲介機関の役割

情報提供機関(情報仲介機関)が「バブルの兆しが現在あります」というような正しい情報を出し続けておれば,さて,情報カスケードの過程はどうなっていただろうか。情報カスケードの結末はどうであろうか。危機の到来を正しく警告しなかった専門家は,バブルの拡大と崩壊に責任の一端を負っている。

先に,情報カスケードの進行は投資家の合理的な意思決定に基づいて行われる,と解説した。しかしながら,これは情報敗者にとって合理的な決定に過ぎない。情報勝者はいわばファンダメンタルズを正しく敏速に捉えて取引している。情報敗者はそれには基づかず真似に徹し(徹するしかなく)群集の動きに取引を委ねる。群集行動に基づく取引が必ずファンダメンタルズに基づく取引に負けるわけではないが,損失がどれだけ膨らむか予想できない(「いつ止むか? って。他の人に聞いてくれ」と群集は答えるだろう)ため平均的に大きな損失を蒙る。

情報敗者であっても賢明な投資家は損失回避のため情報提供機関(情報仲介機関)の意見や忠告を参考にするだろう。巨大バブルの形成に一役果たすことを避けるかもしれない。情報提供機関の社会的役割もここにある。

3-3 情報の非対称性の計測と分析

情報の非対称性の程度を計測した研究は,著者の知る限り,ない。望ましい経済政策手段と関連づけのできる形では,市場の非対称情報の実態はまだ明らかにはされていない。

情報の非対称性の効果を分析する場合の接近法はつぎのようになる。不確実性の要素は3つに分解して分析できる。まず状況(state)の分類,それが生じる確率(probability),そのもとでのリターン(return)の大きさ,である。

一般に,ファイナンス分野では不確実性という場合,状況の分類とリターンの値は固定し(与えられたものと考え),予想確率が市場参加者間で異なる場合を指すことが多い。情報を持っている市場参加者は,情報を持っていない市場参加者と比べて,この予想確率が偏っている。

もし市場参加者が全知全能な個人主義者であれば,将来のすべてを見通せる。なにが有利かもわかり,もっともリターンの高い資産に集中投資するはずである。その結果,価格は早晩上昇するだろう。価格が上昇するのを知った,情報を持たない市場参加者もその資産を購入し始め,価格はさらに上昇する。既述のように,価格を通じて情報は敏速に市場全体に流れてしまう。

それゆえ,確率100%で将来を予測できる市場参加者は存在しない,と仮定するのが経済的に現実的である。実際誰も将来のことはわからないのである。

情報を持っていなければ,状況に対して一様分布を想定するのが懸命である。市場価格を知った後ではそうならないだろうが,それを知る前は等確率を予想するはずである。情報保有の有り無しがリターンにどう影響するか分析したEasley-Hvidkjaer-Ohara (2002) では以上のような情報構造になっている。

情報を持っている市場参加者も,情報を持っているといっても,相対的により高い確度の高いリターン分布を知っているに過ぎない。情報を持っているのは,非金銭的手段を含め,何らかの方法で対価を支払って入手したからであると想定するのが普通であろう。そして,情報入322頁】手にあたって支払った探索等費用は,より確度の高い分布を知っていることによって得る期待超過リターン(場合によってプラス・プレミアム)と一致する,とみなすのが経済学的な分析方法である。より確度の高い分布とは,将来確実に起こる真の状況に対して(その周りで測った)分散の低い分布のことである。

ちなみに,前節の情報カスケード過程では,情報はコストをかけずに収集されることが想定されている。それがバブルとその崩壊を起こすとすれば,ただ(無料)程高いものはない。

 

4 まとめ

 

ノイズ(不確実性)と情報探索等費用が情報の価値に影響していることを考察した(辰巳(2008))後,視点をさらに広げ,供給者と需要者の間の情報非対称性,需要者間の情報非対称性に関して,詳しく見てきた。さらには,情報探索等費用など様々な情報関連の費用が存在しないという意味で市場が完全であれば,金融仲介機関が存在する余地はないことをみてきた。それゆえ,このような観点から情報仲介機能を超えた金融仲介機能に関連する議論に発展させる必要がある。仲介機能を営む業者の報酬体系がその機能の十全の発揮にとって重要であることも実は暗にみてきた。この点は今後詳細に分析する必要がある。さらには,情報ネットワークを分析し,情報セキュリティとその投資,そしてファンドが行っている金融仲介機能を分析することが今後に残された課題になる。

 

 

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