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全部のれん方式をめぐる論点の再考(1)
川本 淳
1.はじめに
連結会計の分野における主要な論点のひとつに全部のれんがある。従来の連結会計では,子会社取得時に親会社が支払った対価と,取得した子会社における識別可能な資産・負債の純額(それぞれの合計額の差,以後,識別可能純資産と表記)との差額がのれんとして記録されてきた。ここで100%未満子会社を取得した場合,親会社が取得した持分にみあう分だけ,のれんが記録されることになる。しかし,それでは少数株主の持分にみあうのれん(以後,少持のれんと表記)が連結バランス・シートに反映されない。連結決算書はなにより企業グループの決算書なのだから,親会社による子会社取得に伴い,企業グループに帰属することになった,のれん価値の一部,すなわち親会社の持分にみあうのれん(以後,親会社のれんと表記)しか認識しないのは問題であると指摘されることがあった。このような問題意識から,従来から認識されてきた親会社のれんに,少持のれんを加えたものが,取得した子会社全体ののれんとして全部のれんと呼ばれる。この全部のれんをバランス・シートに計上するやり方を本稿では全部のれん方式と,親会社のれんだけを計上する従来のやり方を本稿では部分のれん方式とよぶことにする。
従来の会計基準では,少持のれんは自己創設のれんに該当するとか,少持のれんを測定する方法が簡単に決められないとか,あるいは,追加的な手間を掛けて認識するほどのメリットが見いだせないといった理由で,全部のれん方式は採用されてこなかった。しかし,2007年12月のSFAS141「企業結合」の改訂により,米国では計上が必須となり,また2008年1月にはIFRS3「企業結合」も改訂され,100%未満子会社取得のケースごとに,少持のれんを認識するか,認識しないかが選択されることになった。IFRS3における選択適用の扱いは,少持のれんを認識すべきという委員と認識すべきでないという委員との間で意見が調整できなかったためである。日本の企業会計基準委員会(ASBJ)でも現在,公開草案にむけて,全部のれんを検討中であるが,IFRS3にならって選択制となる可能性がある。
筆者はすでに「全部のれん方式の論点」という小論を,欧米で企業結合会計基準を改訂するための公開草案が公表される少し前の2004年に記しているが,その後の基準動向,あるいは山内[2010]に代表される学会の研究蓄積などから,前稿での考察不足を補わなければならないと認識するようになった。とくに全部のれんの関わるさまざまな理屈が互いにどう絡んでくるのか,あるいは,企業会計全体の基本原則に照らして,どう位置づけることができるのかについて整理をする必要性を感じている。
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この問題意識により,全部のれんをめぐる論点を改めて扱うことにする。できるだけ網羅的に,さまざまな理屈を取り上げることにしたいので,論文としてはやや分量が多くなるため,前半と後半に分けることとする。また文中,欧米基準の記述にたびたび言及するが,それは全部のれん方式を支持する理屈の多くをそこに見いだすことができるからである。あくまで,理屈の検討が主眼であり,基準の研究ではないことを付言しておく。
2.少持のれんを認識する論拠はなにか
100%未満子会社の取得に際し,全部のれん方式を採用すべきであるという主張は,古くはMoonitz[1951]にみられる。その後も,典型的には連結基礎概念とよばれる議論において,全部のれん方式は代替案としてあげられてきた。それに対し,会計基準では,21世紀に入るまで全部のれん方式が採用されることはなかった。Moonitz が全部のれん方式を主張した根拠を要約すると次のようになる。
a)連結は企業グループの決算書なのだから,連結資産はグループの資産規模を表さなければならない。
b)親会社株主持分も少数株主持分もグループの資本である。
c)グループに対する出資者に親会社株主しか存在しない(子会社はすべて100%子会社である)ケースと,少数株主が存在する(100%未満子会社が存在する)ケースとで,すなわち資本の内訳によって,グループの資産規模が異なって表示されるのは不合理である。したがって,親会社のれんしか計上しない方法は改められなければならない。
その後,Baxter and Spinney[1975]に代表されるような連結基礎概念が提唱されるようになる。そこでは,連結決算書はどの見地から作成されるかで,その内容が論理的に決まってくるとされている。具体的には,親会社の見地から作成される連結決算書では部分のれん方式が適合的で,企業グループの見地から作成される連結決算書ではMoonitz が主張するように全部のれん方式が適合する。この議論は,FASB が1991年に発表した討議資料「連結会計の方針と手続きに関する問題の分析」において,親会社説と経済的単一体説として取り上げられることになった1)。
しかし,現行の欧米基準が全部のれん方式を採用する根拠とした理屈は連結基礎概念とは異なっている。企業結合の会計基準の改訂を共同で進めてきたIASB とFASB は,2005年に,それぞれIFRS3とSFAS141の改訂に関する公開草案し,そのなかで全部のれん方式の採用を共同で提案した。その後,FASB は2007年にSFAS141改訂版を,IASB は2008年にIFRS3改訂版を発表し,全部のれん方式が欧米の基準で正式に採用されることになった。ただし,FASB が部分のれん方式を廃止し,全部のれん方式を強制適用としたのに対し,IASB では委員の意見がまとまらず,部分のれん方式か全部のれん方式かの選択適用となった。また,全部のれん方式を採用することになった根拠も,公開草案で示されたものと,出来上がった基準改訂版で示されたものとでは異なっている。(以下で公開草案や基準改訂版のパラグラフを引用するときは
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IASB のものを記す)
A)公開草案における全部のれん方式の採用
従来から,子会社取得に際しては,子会社の識別資産・負債は,持分比率にかかわらず,すべて公正価値で記録することになっている。いわゆる全面時価評価法の強制である。のれんは識別可能ではないが,資産の定義を満たしているのだから,同様に扱うのが理に適っている。このような論拠にもとづき,まず取得時点における子会社全体の公正価値を見積もって,それと識別可能純資産との差額を全部のれんとして計上することが公開草案では提案されていた(paras. BC134-138)。
これまでの会計基準では,連結の手法として比例連結が認められることはなかった。その根拠としてしばしば挙げられてきたのは,たとえ100%未満子会社を取得した場合であっても,親会社による支配は子会社資産の全体に及ぶという理屈である。資産全体を支配しているのに,少数株主持分にみあう部分をオフバランスする比例連結は不合理であるとされたわけである。子会社取得対価を,取得時点の公正価値にもとづいて,子会社の識別可能資産に配分するという方法が確立された後は,この理屈はさらに,部分時価評価法を認めず,全面時価評価法を強制するという基準の改定に適用されることになったと理解できる。すなわち,資産全体を支配しているにも関わらず,少数株主持分にみあう部分だけは取得以前の簿価で記録する部分時価評価法は不合理であるとされたわけである。こうして全面時価評価法が確立されると,次にはのれんについて,親会社持分にみあう分しか計上されないのは首尾一貫していないのではないかと言われるようになる。
このように,比例連結を否定し,部分時価評価法を否定してきた理屈が,のれんにも適用されるべきなのかどうかは,のれんと,のれん以外の資産との関係をどう捉えるかにかかっている。一般には,資産の定義をのれんが満たしていることをもって,のれんも資産であると見なされることが多い(山内[2010]pp.187-197)。これが妥当かどうかは,当然ながら,資産とのれんが,それぞれどのように定義されているかによって判断が変わってくる。資産の定義について,ASBJ やIASB の概念基準書では,一定の要件を満たす(経済的)資源であるとしているのに対し,FASB では経済的便益であるとされる。資源は便益をもたらす文字通り源泉であり,便益は資源からもたらされるアウトプットであろうから,同じことを言っているとは限らない。ただし,いずれの概念基準書にも,資産は支配されているものであるという要件が含まれている。
他方,のれんの定義については,参照すべき権威ある文書が確立されているわけではなく,論者により多様であり,資産の定義よりもややこしい。一番分かりやすそうなのは,企業結合において,取得側が交付した対価が受け入れる識別可能純資産を超過する額と定義することであろう。これは,のれんをいわゆる買入のれんに限定した狭い定義である。これに対して,ある企業全体の価値とその企業が有する資産・負債の純額との差額という,より広義の定義が挙げられることも多い。いずれの定義においても,のれんは差額とされているわけだが,差額そのものではなく,そのような差額をもたらす源泉としての何かががのれんだと考えられることも多い。具体的には,取引先との友好な関係,すぐれた評判,他者に真似できないノウハウなどが挙げられる。ただし,今日の会計基準では,その何かが何であるかが明確に分かる場合は,識別可能な無形資産として,のれんとは区別にしてオンバランスするという潮流になってお
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り,のれんは個別には識別できないものであるという認識については確立されていると考えられる(山内[2010]pp.202-204)。
さて,資産が経済的便益をもたらす源泉として定義されているのであれば,この定義を満たすためには,のれんは差額そのものではなく,差額をもたらすなにかである必要がある。経済的便益を資産とするFASB 流の定義であれば,(狭義であれ広義であれ,)識別可能な純資産を超える価値と定義するしかなくても,のれんを資産として認定する余地がより多く残されていると言えるだろう。
それはともかく,どのような定義によったとしても,資産は支配されているものであり,のれんは識別不能なものであると考えると,はたして識別不能なのれんを支配することができるのだろうかという,疑問に行き着く。支配の対象はあくまで識別可能な諸資産であり,これをうまく利用することによって,識別可能な純資産を超える価値がもたらされると考えるのが自然であろう。もっとも,この問題も,識別可能と支配という用語,とりわけ支配の意味をどう解釈するかに大きく依存している。自分自身が触れることができないとしても,他者の接近を許さなければ,支配していることになるのかもしれないし,そういうことでもないのかもしれない。今日の会計基準には,支配という用語が基礎概念として取り入れられているものが多いが,包括的な定義ないし解釈が示されているわけではない。支配の意味が確立されないままでは,のれんは資産の定義を満たしているのかという問題の決着はつかないであろう。
もっとも,会計基準設定組織によって概念基準書が作成されたのは,のれんを資産として扱うことが会計基準で確立されていたなかであった。したがって,のれんも資産に含まれるという前提のもとで,概念基準書では資産の定義が考案されたと考えられる。出来不出来は別にしても,その定義を用いれば,のれんは当然に資産認定されるのは予定されていたことであろう。そうであれば,概念基準書における資産の定義とのれんとを突き合わせて,のれんは資産かどうかを検討したところで,そこに追加的な価値はないと言える。
さて,かりに,のれんが資産の定義を満たすことが認められたとしても,それでも他の資産とは異なるという主張もありうる。例えば,ASBJ はIFRS3の改訂作業を進めていたIASB に対し「のれんは資産の定義を満たすものではあるが,法的根拠や他の資産との分離可能性を欠いており,他の識別可能資産とは明らかに異なる性質を有する」とのコメントを寄せている(企業会計基準委員会[2003])。また,英国の会計基準FRS10「のれんと無形資産」では,「買入のれんはそれ自体資産ではないが,投資というより大きな資産の一部として扱われている」(para.B)と記述されている。具体的な例を挙げれば,識別可能資産を無償で取得した場合,それをバランスシートで認識することがあっても,無償で取得した資産がのれんであれば,それを認識することは許されないというのが会計専門家の一般的な理解であろう。つまり,同じ資産だからといって,同じように扱うべきであるとは言えないわけである2)。
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繰り返しになるが,全面時価評価法のもとでは,親会社が取得した子会社識別可能資産・負債は,少数株主持分の有無にかかわらず,同じ金額,すなわち公正価値で記録されるのであった。そこで,のれんも同じように,少数株主持分にかかわりなく,公正価値で記録しようというのが全部のれん方式の考え方のひとつである。しかし,そもそも100%子会社を取得した際に記録されるのれんは公正価値になっているかと言うと,そうではないい。のれんはあくまで,親会社が交付した対価,すなわち取得原価にもとづいて額が決定されている。もちろん,取得原価は取得時の公正価値に等しいのではないかという主張もありうるし,IFRS3を改訂するための公開草案にも,以下のような記述があった。
「企業結合は一般に,取引を熟知した対等の立場の当事者が自らの意思で,等しい価値を交換するとみなされる交換取引である。そこで委員会は,反証がない限り,取得日に交付された対価は,取得企業が取得した被取得企業の持分の取得時点における公正価値をもっとも適切に示しているとみなすことを結論づけた。」(para.BC18c)
この記述の通り,企業結合が一般に等価交換なのかは疑問がある。たしかに,結合当事会社の双方が上場企業であり,株価という明確な相場が存在する場合であれば,当然,双方の株価にもとづいて取引が行われるであろう。例えば,100円という相場があって,その値段で取引することが可能であるにもかかわらず,自分にとっては100円を超える価値があると言って,それより高く買おうとする者がいたり,自分には100円未満の価値しかないと言って,安く売ろうとする者はいない。しかし,明確な相場があろうがなかろうが,受け入れる財の主観的な価値が引き渡す財の主観的な価値を上回っている,つまり,等しい,ではなく,より大きな価値を手に入れることができると双方によって認識されることによって取引は成立する。ただの等価交換では企業結合を積極的に行うインセンティブにはならないのである。明確な相場が存在する限りにおいて,取得原価は相場という意味での公正価値と等しくなるが,そうではない多くの企業結合において,取得原価は,売り手にとっての価値を下限とし,買い手にとっての価値を上限とする任意の金額でしかない。公正価値という言葉を,取得時の株価という意味に取っても,あるいは,子会社取得によって得られた価値という意味に取ったとしても,親会社が交付した対価は被取得企業の公正価値を表しているとは一般には言えない。
さらに,当事会社双方に明確な株価があって,それにもとづいて買収契約が結ばれたとしても,数ヶ月後の買収日までの企業価値変動によって,もはや等価交換にはなっていないことが考えられる。例えば,株価にもとづき,買収側企業A社が現金1000億円と引き替えに,B社の株主からB社株を受け取るという契約が成立したとする。ところが,その後の数ヶ月間でB社の事業環境が悪化してしまい,実際の買収日にはB社に800億円の価値しかなかったということもありうる。あるいは,A社によるB社に対する買収が株式交換で行われると仮定してみよう。契約締結後,数ヶ月間で,もっぱらA社固有の事情でA社の株価が急騰していた場合,買収日における株価で対価を測定する現行の基準によれば,契約締結時には等価交換であったと
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しても,買収対価はA社がB社から受け入れる価値を表してはいないこと(のれんの過大計上)になる。
このように,親会社が交付した対価を公正価値と捉えることは適切ではなく,のれんはもともと公正価値ではなく取得原価にもとづいて記録されてきたと言わなくてはならない。そのため,識別可能資産・負債が少数株主持分の有無に関わらず,同じ金額で記録されるようにのれんを記録するためには,@親会社のれんを取得原価にもとづいて測定するという方法を維持したまま,少持のれんも取得原価にもとづいて測定するか,A親会社のれんを取得原価にもとづいて測定するという確立されている方法を変更し,公正価値にもとづいて測定したうえで,少持のれんも公正価値にもとづいて測定するか,になる。しかしながら,実際には少数株主持分に関する取引は行われていないので,@で少持のれんを取得原価にもとづいて記録するためには,なんらかの擬制が必要になる3)。
B)改訂基準における全部のれん方式の採用
企業結合においては,子会社の識別可能資産・負債ならびに対価といった諸要素が公正価値(現金が対価の場合は,その額面が公正価値に相当すると考える)で記録されている。それと合わせるために少数株主持分も公正価値で記録される。ただし,のれんについては,もともと個別に測定されうるものではないので,他の諸要素が公正価値で記録された後に残余として記録されることになる。
この考え方にもとづいて,SFAS141改訂版ならびにIFRS3改訂版では,まず少数株主持分が公正価値で測定されることになっている(para.BC207)。この少数株主持分と取得対価で測定される親会社持分との合計から,識別可能純資産を差し引いて,全部のれんが求められる4)。
しかしながら,企業結合会計の諸要素(仕訳に用いられる科目と考えてもよいだろう)は(もともと残余であるのれんを除いて),すべて公正価値で測定するのが首尾一貫していて適当であるという理屈に説得力はあるのだろうか。IFRS3改訂版では,「被取得企業における被支配持分は100%未満の資本持分が取得される企業結合の構成要素であり,両審議会は,概念上(inconcept),企業結合のその他の構成要素と同様,被支配持分を公正価値で測定しなければならないという結論を下した」(para.BC207)と記されている。ここでいう概念がどういう概念については,とくに説明はない。ただ,もし株式交換によって子会社を取得していれば,親会社の増加資本は発行した株式の公正価値で評価されることになるのだから,少数株主持分を公正価値で測定するのはそれと整合しているという説明(para.BC208)が見受けられる5)。
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企業結合の構成要素はすべて公正価値で測定するのが首尾一貫するという理屈は言い出すときりがない。この理屈で言えば,企業結合の一方の当事者である親会社の諸要素は,(残余であるのれんは除くにしても)すべて取得時点の公正価値で測定しなくてよいのかという話に容易に拡張されうるし,なぜ拡張されないのかがむしろ疑問となる。さらには,企業結合にかぎらず,すべての取引について,公正価値による記録で首尾一貫させるのが適当だとという話にもなりうるだろう。
もともと,子会社取得時に,受け入れる識別可能資産・負債を公正価値で記録するという方法は,それぞれについて個別に支出がなされたわけではないが,資産は取得原価で記録するという原則があるため,もし支出が行われていたらという想定のもとで,取得時の公正価値が取得原価の代理として用いられていると考えることができる。しかしながら,全面時価評価法の採用ならびに強制によって,公正価値による記録が独り歩きをしているのかもしれない6)。
3.少持のれんは自己創設のれんではないのか
ASBJ は全部のれん方式を支持しない論拠のひとつとして,「自己創設のれんの計上を禁止している現在の会計モデルと矛盾する」点を挙げていた(企業会計基準委員会[2003])。子会社取得時において,記録される少数株主持分にみあう対価が現実に支払われていない以上,少持のれんは自己創設のれんとみられるのは当然である。しかし,いったん自己創設のれんと認められてしまうと,少持のれんを記録する余地はなくなってしまうのだろうか。
まずは自己創設のれんの計上を禁止するという原則を否定することが考えられる。一般に自己創設のれんの計上がなぜ禁止されなくてはならないのかは,企業会計のなかでも主要な論点のひとつであるが,あまりに大きなテーマなので本稿では取り上げない。ここでは,自己創設
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のれんの禁止を原則として認めながらも,少持のれんにはこれを適用しないという理屈があるかを考えてみたい。
自己創設のれんの計上が禁止されている理由のひとつは未実現利益の計上を排除するためである。少持のれんを計上すれば,その分,少数株主持分が増額されることになるが,これが子会社取得時の連結利益として扱われることはない。なぜなら,これまでも,全面時価評価法の採用による,子会社の識別可能資産が切り上げに伴って,少数株主持分が増額されたとしても,それが親会社に帰属する利益ばかりか,少数株主利益にも反映されることがなかったからである。もちろん,子会社取得後に,少持のれんを再評価することがあれば,未実現の少数株主利益を認識することになってしまうかもしれないが,子会社取得時に限って少持のれんを認識する分には未実現利益の認識にはならない。
自己創設のれんの計上を禁止する,他の有力な論拠として,自らの企業価値を計算するのは決算書の役割に反するという考え方がある。取引データから企業の業績を明らかにすることが決算書の役割であり,その業績をみて企業の価値を推定するのは投資家の役割であると考えられているわけである。この考え方に照らしてみても,少持のれんは投資家が投資している価値とは無縁なので,連結バランス・シートでそれを計上しても,企業価値を計算することにはならないと主張することは不可能ではなかろう。
こうした理屈は,自己創設のれんの計上を禁止する原則の趣旨に抵触することを回避しつつ,少持のれんを認識することが可能であることを示唆している。しかし,少持のれんの認識を積極的に支持するものではない。前節で取り上げたように,少持のれんの認識を積極的に主張する,かなり強力な理屈が必要なのである。そうでないと,親会社が取得したのれんは,取得原価のうち識別可能資産・負債に配分されない残余,すなわち買入のれんに限って認識されていることと整合しないという反論に堪えられないだろう。
それでは,少持のれんは自己創設のれんではないと考える余地はないのであろうか。これについては,親会社が100%未満子会社を取得したのと同時に,少数株主から企業グループへの出資が行われたと考えることができれば,仮想的であるが少持のれんを買入のれんと捉えることができる。具体的には,少数株主から子会社の一部を現金を支払って買い取り,その現金をただちに出資してもらったと考える,もしくは,少数株主に対しては,従来の株式を企業グループの株式(ただし請求権は子会社に対してのみ)と交換する形で企業結合が行われたとみなすのである。
ここでは少数株主と取引する主体として,親会社ではなく,企業グループを想定する必要がある。すなわち,この想定のもとで作成される連結決算書は親会社ではなく企業グループの観点から作成されるものでなくてはならない。連結基礎概念で言えば,実体概念ないし経済的単一体概念を採用するということである。ここでの難点は,経済的単一体概念は親会社に対する投資家に情報を提供するという現行の開示制度の趣旨には合致しないのではないかということと,かりに経済的単一体概念を採用することが可能だったとしても,仮想的な取引を擬制することが正当化できるのかである。
現行の欧米基準では,経済的単一体概念と同じく,少数株主持分は連結上の資本と位置づけられている。100%未満子会社取得に際しては,少数株主持分にみあう資産・負債と資本の増加が記録されることになるが,これは少数株主が現物出資をしていたら記録されるであろうものと同じである。もっとも,現物出資として記録するにしても,拠出された財にのれんを含め
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るか,あるいは,のれんを含めず識別可能な資産・負債だけを記録するか,という選択が残っている。一般には,交付された対価の公正価値が容易に判明するのであれば,これによって現物出資を記録するとされ,そうなると,のれんが記録される。しかし,識別可能な資産・負債の公正価値よりも,仮想的な現物出資における対価の公正価値の方が容易に判明すると考えて,少持のれんを認識するのには無理がある。前者は,少数株主持分を測定する以前に,親会社が支払った買収対価を原価配分する過程で判明しているはずだからである。
もっとも,現行の欧米基準が少数株主持分を資本として扱っているのは,連結基礎概念における経済的単一体概念を採用したためではなく,少数株主持分は負債の定義を満たさないので,資本として扱わざるをえないという判断による。連結基礎概念とは無関係に,普通株主持分のみを資本として扱うという考え方や,負債と資本のあいだに中間項目(メザニン)を設けるという考え方が基準制定の過程で議論されることもしばしばあり,それらの動向によっては,少数株主持分が資本から外れる可能性もある。もちろん,経済的単一体概念が採用されても,少持のれんが否定される可能性もある。少持のれんは買入のれんの一種であるという理屈も,そうではないという理屈と比べて,特段もっともらしいわけではない。やはり,少持のれんを認識するメリットが認識されていないと,多くに支持されることはないだろう。
4.負の全部のれん
投資家は自分が投資している,もしくは,投資しようとしている企業の価値を推測するために,その企業の将来を予測しようとする。そして,企業の将来を予測するための材料のひとつとして,過去の業績が参照される。その過去の業績を明らかにするために決算書は作成されるというのが証券取引法のもとでの開示制度の趣旨である。現行の日本基準では,親会社に帰属する利益だけが連結利益として表示されることになっている。それに対し,現行の欧米基準では,少数株主利益も連結利益に含められることになっているが,それと親会社に帰属する利益とは区分して表示することになっている。投資家にとって,少数株主に帰属する分を含んだ連結利益は,自分が投資対象としている企業の価値とは関係のない数字であるが,表示区分によって親会社の業績を知ることができる。
全部のれん方式の採用によって,少持のれんが認識されるようになっても,それは基本的に,少数株主持分の測定方法が変化するに過ぎない。理屈のうえでは,親会社の業績は従来と変わりなく測定されるはずである。開示制度のもとでは,部分のれん方式と全部のれん方式の選択は投資家にとって無差別であるはずであった。しかし,実際に基準化されてみると,必ずしもそうではなくなっている。
そのひとつの例は,減損である。すでに述べたように,親会社のれんは取得対価にもとづいて測定される。それに対して,少持のれんは子会社もしくは少数株主持分の公正価値にもとづいて測定されることに基準上はなっている。この取得対価と公正価値との間には決まった関係はないので,本来であれば,親会社のれんと少持のれんとを切り離して,それぞれ別々に減損損失を測定する必要がある。ところが現行の欧米基準によると,全部のれんの減損損失は,親会社の取得対価と少数株主持分の公正価値との合計と,子会社の識別可能資産・負債の公正価値合計との比較によって測定されることになっている。そのうえで,その損失が親会社と少数株主の持分比率に応じて,それぞれに帰属する利益に課せられることになっている。これによ
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り,減損損失控除後の親会社に帰属する利益は,部分のれん方式と全部のれん方式とでは違ってくることになる。
全部のれん方式が採用されたことによって,親会社の業績測定に影響が生じるようになった,もうひとつの例が負ののれんである。IFRS3改訂版によれば,負ののれんはすべて子会社取得時の利得とし,それは親会社に帰属する利益に加えられると規定されている(para.34)。少持のれんのマイナスが,なぜそのまま親会社の利益となるのかという説明もなく,これは基準の書き間違いではないかとすら思われる。いずれにせよ,全部のれん方式を適用しているときに発生した,負ののれんをどう扱うべきかは無視できない論点であるので本稿で取り上げる。減損損失については次稿で扱う。
まずは全部のれん方式の導入によって,親会社のれんが正であるにもかかわらず,少持のれんが負になる,あるいは,その逆が起こる可能性について取り上げる。現行基準では,のれんが正の場合は資産だが,負の場合は利得として処理されると非対称的に扱われている。そのため,親会社のれんと少持のれんとで正負が逆になった場合,のれんを純額で処理するのか,それとも独立に処理するのかという問題が起こる。以下,設例で状況を確かめてみよう。
【設例】S社は上場企業であるが,株価は低迷し,PBR が1を下回っている状態が続いていた。
P社は,このS社が発行している議決権付き株式の60%を株式交換によって取得し,これを子会社とした。
取得時点におけるS社の公正価値(株価総額) 80億円
取得時点におけるS社の識別可能純資産公正価値 100億円
P社が対価として交付した新株の公正価値 65億円
このケースにおいて,P社が取得したのれん(親会社のれん)は,65−100×60%=5億円と計算される。他方,FASB やIASB の基準に示されているように,S社の公正価値にもとづいて少数株主持分を求め,そこから少持のれんを計算すると,(80−100)×40%=△8億円となる。これを連結決算書に反映させる方法としては,@親会社のれん5億円は資産計上し,負となった少持のれん8億円は利得計上する方法と,A両者を相殺し,3億円を利得とする方法とが考えられる。この差は,子会社取得時に計上される利得の金額,ならびに,のれんを規則的に償却する場合は以後の償却費に,また規則的な償却はしない場合でも,減損損失の認識ならびに測定に影響を及ぼす。
親会社が交付した取得対価と少数株主持分の公正価値の合計から子会社識別可能純資産の総額を差し引いて,全部のれんを求めるというIFRS3改訂版ではAになる。ここで問題なのは,IFRS3改訂版では,企業結合のケースごとに,親会社のれん方式と全部のれん方式の選択が許されているため,経営者の都合で,のれんが正になったり,負になったりする可能性があるということである。上の設例では,子会社取得時に利得を計上したければ全部のれん方式を,そうでなければ,部分のれん方式を選択すればよいことになる。しかも,負ののれんからの利得はすべて親会社に帰属させるという奇妙な規定になっているため,親会社が行った取引とはまったく無関係に利益が計上されることにもなる。
会計方法の選択によって,数値の正負がひっくり返るのは,例えば,売却した固定資産が定額法で減価償却されていれば売却損が,定率法で減価償却されていれば売却益が計上されるこ
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ともあるので,それ自体不合理とも言えない。しかし,全部のれんと部分のれんとの選択で正負が逆転する原因を考えてみると,a)子会社買収に際して,親会社が取得した持分は実際に交付された対価で測定されるのに対して,少数株主持分は公正価値と,異なる属性で測定しているためと,b)親会社に帰属する利益と少数株主に帰属する利益とがきちんと区別されていないためであり,その合理性に疑問がある7)。固定資産の売却損益が逆転する現象は,固定資産に対する正味の支出額を年度間に配分するパターンが違うから回避できないし,その必要もないと言えるが,全部のれん方式と部分のれん方式とで正負が逆転することを正当化するのは難しいであろう。しかも,c)のれんは正であれば資産計上,負であれば収益計上という非対称的に記録されることが,連結利益の計算をますます奇妙にしている。上記a)〜c)にどれだけもっともらしい理屈があるのかを検討したうえで,全部のれん方式における負ののれんの扱いを再考する必要があるように思われる。(次稿に続く)
【補論:負ののれんが生じる理由についての考察】
欧米の会計基準では,負ののれんは大ざっぱに言って,バーゲン・パーチェスと捉えられている。しかし,真の意味でバーゲン・パーチェスと呼べるのは,同じ財を同じタイミングで市場で購入するよりも安く取得できた場合であろう。子会社取得でそれは現実にはほぼありえない。かりにあったとしても,取得時点で利得を認識するのは実現主義に反する。バーゲン・パーチェスからの利得を,負債の定義を満たさないからという理由で包括利益に加えるのは構わないが,純利益の構成要素としては不適格だと言えるだろう(山内[2010]pp.293-295)。
バーゲン・パーチェスではないのに負ののれんが生じる理屈としては,自分の会社をまるごと買収してもらえるなら,売り手側としては識別可能資産をひとつひとつ処分していたら負担しなければならなかった取引コストが節約できるので,その分,買収対価を値引きされても不満はない。買い手側から見れば,買収は本当に欲しい経営資源以外にも対価を払わなければならない抱き合わせ販売である。抱き合わされた資産すべてが,取引コストなしで処分できない限り,買収対価を値引きしてもらわなければ割が合わないと考えるのが自然であろう。
これを企業結合の会計に反映させるためには,受け入れる識別可能資産を取引コスト控除後の価額で記録することが考えられる。しかし,それではゼロ以下で評価されるケースも生じうる。それが不都合ならば,資産除去債務のような負債を計上することも考えられる。これが負ののれんの一部を事実上構成していると理解することができる。
また,子会社取得に際して,これまでの事業や従業員を整理しないといった約束をしているかもしれない。この約束を破ることが長い目でみて(評判とかを考えると)得策ではない場合,それ自体,法的債務でなかったとしても,将来的に企業の資源が奪われる源泉になる。したがって,買収交渉に際して,当然のように買収対価に反映されるはずである。日本の現行基準では,これは企業結合に係る特定勘定と呼ばれ,一定の要件を満たす場合に,識別可能負債として取得原価の配分対象となる。欧米基準では,企業結合時に,このような負債は法的債務ではないとして認識することは認められていない。
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合理的な経済主体を前提とすれば,正ののれんは将来の超過収益に対する期待から生じ,負ののれんは取引コストや暗黙のコミットメントから生じると考えられるので,両者は対称的ではない。ただし,会計実務で認識されるのは両者の差額であろうから,それがたまたまプラスになった場合とマイナスになった場合とで扱いを変えるのは適当ではない。いずれにせよ,負ののれんの発生をまれにしかない非合理的な現象とみたり,バーゲン・パーチェスとみることには慎重でなくてはならない。
引用文献
Baxter G. C. and J. C. Spinney[1975], “A Closer Look at Consolidated Financial Statement Theory( part 1),” CA Magazine, Jan., pp.31-366
Moonitz[1951], M., The Entity Theory of Consolidated Statements, The Foundation Press, Inc.
川本淳[2002]『連結会計基準論』森山書店
川本淳[2004]「全部のれん方式の論点」『會計』166巻3号
企業会計基準委員会[2003]「IASB 企業結合プロジェクト(Phase2)─パーチェス法の適用に対するコメント」
斎藤静樹[2011]『企業会計の基礎概念』中央経済社
山内暁[2010]『暖簾の会計』中央経済社