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日本の年間日照時間の分析
〜太陽光発電に係わる基礎的研究〜
辰巳 憲一,范 玲玲*
1 はじめに
日照時間とは,日照計で測定される直達日射量がある一定の強さ(120W /m2)以上である時間と定義される。日照が無い(120W /m2未満)という目安は,直射光によって物体の影が認められない程度である,とは気象庁の説明である。
太陽光発電の成果は日照時間に大きく依存する。太陽光発電を空き地や屋根で始めたが,日照時間が少なく,発電量が十分でない,という事態も起こり得る。そのため,日照のメカニズムと日照時間への関心は広く高まっている。
日照時間不足というような不測の事態に備えるために,日照補償サービスが太陽光発電システムに無料で付属していたり,日照補償デリバティブが損保会社から売り出されている。日照補償サービスや同デリバティブは,地域の年間日照時間を原資産としており,それを基準に組み立てられている。なお,土地の所有権や使用権には,太陽光享受権が付随しており,日照時間は資産であることに疑いはない。土地1単位に降り注ぐ日照が,電力を生み,価値を生み出す。それゆえ,日照補償デリバティブなどは日照時間を原資産とする,という言い方に問題はないように思われる。
本稿では,日照時間データを分析する先行研究の展望を行った後,気象庁発表の年間日照時間の地域別時系列データを,経済学や金融の論点を加味して,極めて基本的な統計技法を用いて分析する。筆者が知る限り,このような観点からの,日照時間の体系的な分析は初めてであるように思える。また,重要な論点がいくつか浮かび上がることになるので,本研究は意義のあるものと考えられる。
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2 日照時間に係わる様々な観点
2−1 日射量と日照時間
太陽光の発電量については,実際は直接,日照時間ではなく,日射量,太陽光発電の種類,温度,光の周波数,などで左右される。これらの点を説明しよう。なお,個々の用語についてもう少し詳しい体系的な解説は巻末の付録に掲載している。
(1)太陽光発電とその発電方法
太陽光発電は,太陽の光のエネルギーを電気に変える。太陽の光を受けている瞬間だけ発電することができるため,日中,天気の良い時間帯しか発電しないという,大きな特徴がある。
太陽光のエネルギーの大きさは,日射量の多小に現れる。それゆえ,日射量に応じて太陽光発電は発電していることになる。日射量は,単位面積が単位時間に太陽から受ける放射エネルギーの量で測定する。単位としてはキロワット毎平方メートル(kW/m2)が用いられている。
日射量は,太陽から直接地上に降り注ぐ直達日射量と,大気の中で水蒸気や塵,空気分子などによって散乱させられ,複雑な経路で地上に到達する散乱日射量との2つに分けられる。また,雲,雪,雨や砂塵などの日射をさえぎるものが大気中に存在すると日射量は減少する。
(2)日射量と発電量
太陽電池には,結晶系と薄膜系がある。共にシリコンを使う。後者の薄膜系はシリコンの使用量が少なく,シリコン価格が高くなれば市場の主力に育つと期待された。しかしながら,変換効率向上が難しく,シリコン価格が下落しても,普及は進んでいない。
よく使用されている太陽電池は多結晶シリコン型と単結晶シリコン型であるが,これらは熱に弱いというデメリットを持っている。日射量が強くなれば発電量は上がるが,気温も上がってしまうので発電量が多少下がってしまう。
(3)日射量と日照時間の時系列
発電量,さらには売電収入とほぼ比例するのは,日射量である。同じ1時間の日照でも昼と朝方や夕方とでは日射量が大きく違う。日射量は,日の出とともに増加しはじめ,正午頃に最大となり,その後低下して,日の入りでなくなる。それゆえ,発電量も同様に違ってくる。次にこの点を,1日日照時間や年間日照時間で考えてみよう。
まず,1日日照時間をみてみよう。ある晴れた日の1日の日照時間は,年の違う(例えば昨年の)同じように晴れた同じ日の1日日照時間とほぼ同じである。しかしながら,同じ日でも天候が違えば,1日日照時間は違ってくる。また,月の同じ日でも,季節が違う日であれば,1日日照時間は違ってくる。
日照時間は,地域の降水量,緯度に応じて変化する。降水量が少ない地域は日照時間が長い傾向がある。また,可照時間(雲等が影響しない場合の日照可能である時間数)が緯度の関係で長い地域も日照時間が長い。
次に,年間日照時間を考えてみよう。任意の2つの年の間で天候分布(晴れ,雨等の日数の頻度などでみた)が同じであれば,年間日照時間はほぼ同じになることが予想できる。日照時間が同じであれば,それゆえ,日射量も同じになろう。日照時間は,発電量に対する目安になる。
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2−2 日照時間のデータ
日照時間のデータは,気象庁がおよそ千の地点で観測し,図表1にあるような地点で集約して公表しており,広く利用可能である。古くから設立されている測候所では,100年以上観測されている。
気象庁のデータでは,測器の故障,通信の障害,などの理由で観測した結果に問題があると判断される場合,あるいは資料不足で信頼性がないデータがある場合は計算に入れず,欠損値になっている。例えば,日照計については,雑草や動物が覆い隠したため計測値が信頼できない,などの事態も生じる。
そのため,体系的に分析するためには,欠損値を適切に処理しなければならなくなる。その処理方法によって,計測結果が異なるようになり,解釈を変える必要があるかもしれないので注意を要する。
(1)日照時間の推移の例
以下では,この気象庁のデータに基づいて様々に分析するが,まずは東京(図表2)と長野(図表3)の推移をみておこう1)。横軸は観測開始からの経過年数,縦軸は年間日照時間である。2つの図表から,年間日照時間は外れ値が少なく,安定して循環運動している,ことがわかる。
様々な再生可能エネルギーはいくつかの基準で比較される。安定性という観点では,太陽光は夜になると発電できない。風力は風がなければ発電できない。しかしながら,地熱は24時間安定供給できる,と言われる。太陽光の不安定性がこのように表現されるが,それは日中の時間経過のなかでの話に限られる。週次では話は変わってくる。さらに,年次でみれば,このように比較的安定している,のである。
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安定した循環運動という点に関しては,年間日照時間の1次や2次の自己相関が正であるからである,と予想できる。
これら2都市の間では,統計数値上の範囲(range)は約1000時間で,数値が上限と下限(2500,1500)に納まる点は,同じであるが,分布に違いがあることがわかる。長野は分散が東京より大きい,のである。
(2)日照時間と日射量の関係
次に,日照時間と日射量の関係を示す図をいくつか示しておこう。図表4は,全国の日射量の強さの地域別分布である。雨や雪の少ない地域などは,日射量が多いことがわかる。
日照時間についても,(掲載はしないが)同様な濃淡の図が公表されており,日射量の地域分布とは比例している。日照時間は,発電量に対する目安にはなる,のである。
ある1日の24時間で両者の比較も出来る。2001年8月2日における下関地方気象台の日射量と気温,ならびに日照時間を単位時間ごとに追った図が図表5と図表6である(http://web.cc.yamaguchi-u.ac.jp/~yamaharu/tenki9.htm)。日射がある時刻には日照がある。日照時間は,発電量に対する目安になることがわかる。
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2−3 日照時間分析の先行研究
日照時間の研究は多くない。経済分析になると更に少ない。しかしながら,数少ない既存研究のいくつかを紹介しておこう。
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2−3−1 日照時間と日射量の関係式
まずは,日照時間と日射量の関係式を推定している研究があるので,基本概念と合わせて紹介しておこう。このような研究が農学分野でなされている理由としては,次のように筆者は予想している。
農業にとって作物には日射が重要であり,各農家も日射に関心を持つべきではある。しかしながら,日照の方が人間感覚としては理解しやすく,しかも日射計・日照計などの計器を必要としない。日照に関心を持って農業を行えば,十分であることを証明したいわけである。
(1)可照時間,日照率と日射率
太陽の中心が東の水平線に現れてから西の水平線に沈むまでの時間を可照時間と呼び,可照時間に対する日照時間の比率を日照率と呼ぶ。それゆえ,日照率(%)=日照時間÷可照時間×100,である。
日射率とは,全天日射量を地球の大気上層の水平面に単位時間・単位面積に降り注ぐ日射量(大気外水平面白射量と略される)で割った比率である。
(2)日照時間と日射量の関係式推定
Black-Bonython-Prescott[1954]は,日射率と日照率は月次データに関しては単純な線形関係にある,ことを回帰分析によって見出した。
日射率=a+b日照率。
日射率と日照率の関係は,特に日次データに関しては,必ずしも直線関係にあるとはいえないことに着目し,日射率は日照率のべき乗(指数型)に線形に比例する,
日射率=a+b日照率p
のような回帰式を提案する研究も紙井[2000]によってなされている。ここで,a,bとpは推定するパラメータである。
問題は,これらのパラメータが,地域間であるいは年次間で安定しているかどうか,などの検討が残されている,ことであろう。
2−3−2 日照時間の経済効果分析
年間日照時間の効果を測った研究には,都道府県別データを使った回帰分析で,住宅用太陽光発電システムについての需要・費用関数を推定し,公的補助金の効果を分析した明城・大橋[2009]がある。
(1)太陽光発電の公的補助金制度
日本では,太陽光発電を普及促進するための公的補助金制度が1994年に導入された。補助金の交付額は,当初導入容量1kW 当たり90万円で,導入件数の増加ともに毎年減額されたが,累積導入量や生産量でわが国は世界をリードするようになった。
しかしながら,公的補助金制度は2005年に中止された。事業最終年度の補助金交付額は2万円という小額であった。
その結果,太陽光発電の累積導入量がドイツに追い抜かれ,また,その生産量も2008年にはドイツ,中国等の海外メーカーの新規参入などで,世界シェアを落とした。
この制度では1994年から2005年の間に総額1340億円の補助金が給付され,同制度を利用した導入件数は25万4千件,累積導入量は932MW に上っている。この補助金制度を利用して設置された住宅用太陽光発電は太陽電池の国内出荷量の80%以上を占めた。明城・大橋[2009]の要約を参照。
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なお,一旦打ち切られた補助金制度は,2008年度から1kW 当たり7万円の助成額で再開された。そして,2012年7月からは固定価格買取制度(FIT)が始まった。
(2)データと分析方法
分析されるデータについては,いくつかの制約があった。制度導入の1994年度から1996年度までの3年間は補助金制度のモニタリング期間で,太陽光発電システムの価格データが収集されていない。また導入量についても3年間の総量しか分からないため,この期間は分析から除外された。
回帰分析の推定式はいくつかのタイプが試みられたが,変数は共通であった。被説明変数は住宅用太陽光発電システムの導入量(の自然対数値),説明変数は同価格マイナス補助金額(の自然対数値),都道府県ダミー変数,そして年間日照時間やその他のコントロール変数である。
(3)分析結果
明城・大橋[2009]の関心は,住宅用太陽光発電システムについての需要・費用関数を推定し,公的補助金が付与されなかったという仮想的な状況をシミュレーションで求め,公的補助金制度の効果を測定することであった。結果は,太陽光発電の普及は1997年から2005年までの補助金制度によって2倍以上促された,と主張する。
1997年から2005年までという短期間の計測結果ではあるが,年間日照時間が時系列的に変化しても太陽光発電の導入には影響しない,という結論が得られている。
年間日照時間が長い都道府県の方が,住宅用太陽光発電システムがより多く導入されるかどうかに関心が持たれるところであるが,研究の関心は別の所にあったため,解明されなかった。
年間日照時間の都道府県間格差は,固定効果を測る変数として導入された都道府県ダミー変数に含まれるが,このダミー変数は有意であった。ただし,都道府県ダミー変数は都道府県の所得など他の様々な要因も捉えており,日照時間の効果の方向あるいは大きさはまったくわからなくなっている。
3 年間日照時間の時系列・地域間分析
再生可能エネルギーについての,安定性などの分類基準のうちの1つである,偏在性という観点では,風力や地熱に適した地域は極めて限られる。しかしながら,太陽光は,地球上にあまねく降り注ぎ,地域偏在性が小さいという特徴がある,という見方が広く流布している。
しかしながら,日照時間の時系列分析,地域間分析を行ってみると,地域性が浮かび上がる。詳細を見ていこう。
3−1 気候現象の安定性〜日照時間の平均と標準偏差の関係
年間日照時間の平均(横軸,単位は年間の時間)と標準偏差(縦軸)を,それぞれの都市でデータが存在する年次から計算し図示したのが図表7である2)。計算にあたって欠損値は詰めて連続データとしている。
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(1)日照時間分布の概観
各地域の平均は約2400時間から約1500時間までと広く分布している。平均値で区分分けすると,東山区と東海区がトップグループで,第二グループが四国区,そして関東区,近畿区,中国区,九州区,の4区が第三グループを構成している。続くのが,北海道と北陸区である。そして,東北区が最下位である。
潮岬は平均が最も高く2354.055,甲府は標準偏差が最も低く138.235,である。平均が最も低いのは雨の多い屋久島で1502.807,標準偏差が最も高いのは熊本で206.581であった。甲府は平均と標準偏差の組み合わせが最も良く(比較的高い平均と最も低い標準偏差),名瀬は逆であった。
(2)自然現象の不変性と持続性
東京の日照時間推移で見たように,日照時間は多少変動しながらも,安定的に推移していることがわかる。日照時間が長期に渡って少ない,ということは起こっていない。日蝕以外で,太陽光がなくなるという現象は起こらない。
リスク・リターン・トレードオフという経済原則が,株式などの資産に存在する。この原則を起こすのは,ポートフォリオ理論と資産価格決定モデル(CAPM)が明らかにしたように,人間,投資家の利益追求,損失回避行動である。
ところが,日照時間などの気象データ,さらには自然現象データには,このような原則が存在しない,ように思われる。高リスク・低リターン,つまり高日照時間標準偏差・低日照時間平均の地域が存在する。名瀬がその例である。低リスク・高リターンの例は甲府である。この傾向を変えるものは,人間行動を超えた原理である,ように思われる。その原理も,頻繁に変わるものではない。
3−2 気候の持続性〜日照時間の自己相関
太陽活動は10数ヵ年(通常11年)周期で強弱を繰り返す。太陽活動の低下は,地球の気温を
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下げる。そして,低い雲が増え,太陽光を遮る。
その結果,日照時間は太陽光の強さにも依存する。太陽光の強さに注目すれば,太陽黒点出現のサイクルである10数ヵ年に合わせて,日照時間の自己相関係数値が変化することが予想される。それゆえ,日照時間の自己相関はその倍の25年まで計算した。
計算は,全国を縦断するように選んだ旭川・新潟・大阪・那覇と,首都圏の東京・横浜・甲府,の7都市で行ない,図示した(横軸は年,縦軸は係数値)。
(1)一般的傾向
計算の結果,図表8で典型的に見られるように,自己相関は,一般に,時間とともに,減衰する傾向がある,ことがわかった。また,数年差の自己相関係数値は多くの都市で高い。どの地域でも,同じような気候は数ヵ年続く。ある年,それが変わり,その気候がまた数ヵ年続く,という繰り返しが観測される,のである。
日照時間は,太陽エネルギーの大きさの循環より,惑星軌道の影響を受けているものと思われる。
(2)東京・横浜・甲府の自己相関
東京・横浜・甲府のなどの,一部の地域では,図表9のように,自己相関係数値は明瞭に減衰しない。このような地域では,同じような気候が約19年後再度発生し,自己相関係数値は高くなる。もっとも,これらの自己相関係数値は有意性の観点からは低いので,このような傾向を敢えて強調してみる必要はないのかもしれない。
この地域は広く捉えれば関東平野に属している。そして,その気候は,四季の変化が明瞭であり,太平洋側気候と中央高地式気候が混合し,夏季は高温・多雨(梅雨の影響で関東近郊は6月の日照が極端に落ちる。これが月次の季節性を生み出している),冬季は晴れて乾燥する日が多い,のが大きな特徴である。
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(3)変化率の自己相関
次に,年間日照時間の変化率を次式で定義し,年間日照時間変化率の自己相関係数値を計算した。
ある年の年間日照時間変化率= 自然対数(その年の日照時間)−自然対数(前年の日照時間)。
なお,1階階差をとることによって,ある年の欠損値が複数の年次に影響を及ぼすのを避けるため,すべての欠損値を前後2つのデータを使った単純補間値でまず埋め,その後自然対数をとった。
計算結果は図表10と11のように,分析したいずれの都市も,係数値は最大でもおよそ∓0.4に留まっており,この変化率には自己相関がないとみなして良さそうである。
3−3 気候の地域間依存性〜日照時間の相関係数
日照時間は天候の影響を大きく受ける。日本では,天候は西から東へ進んでくるので,ある地域の天候は数時間から数日遅れで隣(特に西方向)の地域の影響を受け,地域間の相関は数日遅れで隣り合う観測署のデータの間で生じる。地域間の天候(例えば,降雨量,気温)は独立ではないのである。その結果,日照時間は地域間で独立ではない。日次データでは,この影響は比較的強くなると予想できるが,年次データではこの現象はどうなるのか,わからない。そこで,実際に検証しておいた。
分析は,14前橋,15水戸,16熊谷,17銚子,18東京,19八丈島,20横浜,26甲府,だけに限った。いずれのペアもサンプルは八丈島のデータのある1907年から2012年まで,とした。欠損値は全体で3つあるが,前後各1つのサンプル値を用いた線形補間値(つまり,それらの単純平均値)に置き換えた。
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(1)相関係数の計算結果
東京を含む8近隣地域の日照時間の相関係数値を計算する(図表12)と,一般に数値は高く,強い相関が観察される。しかしながら,特に,八丈島とその他,水戸と前橋など,遠隔地間の相関は比較すれば高くない。
東北と関東に注目した環境省[2011]は,特に「三陸海岸,関東北部,山梨県,房総半島,伊豆半島は(太陽光発電に)相対的に好条件」であると記している。気象上,類似の傾向があ
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るということと解釈できる。
次に,東京を含む8近隣地域の日照時間変化率の相関係数値を,八丈島のデータのある1907年から2012年まで,で計算する。
図表13のように,年間日照時間変化率の近隣都市間相関は,依然として,高い。図表12と比較すれば,変化率で見れば近隣都市間相関はむしろ高くなっている。
(2)時差相関係数の計算結果
図表14から判断すれば,当該隣接地域の年間日照時間は,1年の差でみても,相互に影響を及ぼしていない,と考えてよい。さしあたり過去1年前だけ計算することにしたが,相関が低いため,遡って計算しなかった。
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3−4 日照計変更の効果〜小区間毎の日照時間の統計量の計算
日本の日照計は,1890年から(1986年頃まで)ジョルダン日照計が使用されていた。その後,1974年11月1日から運用を開始したアメダス観測所では太陽電池式日照計が使用された。しかしながら,2005年から回転式日照計に順次,変更されていった。1986年から2005年までは機器変更期に当たる。2006年以降には多くの観測所で回転式日照計に変更された。それゆえ,次のように区分される。
小区間1:1890年から1974年まで。ジョルダン日照計時代,
小区間2:1986年から2005年まで。太陽電池式日照計時代,
小区間3:2006年から2012年まで。回転式日照計時代。
これらの計器の変更が,日照時間の計測値に影響したのか,検証しておく必要がある。
図表15に計算結果を示した。東京では,小区間1から小区間2の間に1標準偏差以上の平均値の変化が起こっている。小区間3も,小区間1とは大きく違っている。しかしながら,小区間2から小区間3への変化は小さい。
他の都市では,変化がないものとみなして良いように,みられる。
1点だけ追加しておきたい。日照時間や日射量は最近増えている,という見解がある。公害防止装置や規制による大気汚染の減少,フランガスによるオゾン層の破壊,が原因である。観測計器の変更だけでなく,これら様々な要因も時系列上の日照時間推移に影響を与えていると予想される。
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4 正規性の検定〜日照時間の分布に関して
4−1 年間日照時間分布の正規性
オプション理論モデルを適用できるためには,原資産リターンの時系列過程が正規分布系であることが条件になる。そのため,正規性のテスト3)が必要になる。
しかしながら,実際のリターンが正規分布から多少ずれてもBSモデルは利用されている。それは,他に,市場の現実が前提や理論展開に合致しない点が多数ある上,計算誤差も存在し,プライシングの精度を上げるにはどの点に注目するべきか,的は絞られていない,からである。さらに,売買の執行に際して理論どおり,できないという問題もある,からである。
さらに,いくつか限定することができれば,オプション理論の適用は容易になる。それは,各地の日照時間変動の独立性である。しかしながら,上でみたように,一部の隣接地域間では,相関係数値は高い。
4−2 正規性の検証
各観測地点に存在する限りの年間日照時間データをプールして,作図したのが,図表16−1
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から図表16−10である。棒グラフは密度関数,実線は累積密度関数,である。描かれた形状は,正規分布を支持している。
これらは,少なくとも数百から千のサンプルサイズになる。中心極限定理が成立し,正規性が保証される規模かもしれない。ちなみに,1年間に限って日本全国各観測署のデータをプールしたサンプルでは,小サンプルのため,このような綺麗な図にはならない。
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5 まとめ
本稿では,日本の年間日照時間の統計学的分析を行った。それは,比較的安定した分布で,母集団は正規分布である可能性が極めて高い。その分布は地域依存性が高く,隣接地域間には高い相関もみられる。
当該研究は,いくつかの方向へ,さらに発展させることが出来る。更に高度な統計技法を適用(一例にはBenth & Benth [2013],Alexandridis & Zapranis [2013]などがある。ちなみに,これらは天候デリバティブの新しい数学理論を展開している。)したり,本稿の分析枠外であるが,工学的な情報を利用する研究(川浦[2011]),技術面で注目を集めた報道(Holloway[2013],村沢[2013])の視点を導入する,などといった方向への発展も考えられる。
しかしながら,本稿で実際に日照時間を分析してみて,わかった点が既にいくつかある。日照時間に係わる保険やサービスは,2000時間を全国一律の基準(オプションにおける行使価格に相当している)として捉えられることが多い。しかしながら,この基準から考えてみれば,保険が買われる地域は,北海道,北陸区,東北区に固定されるようである。保険需要を広く掘り起こすには,基準時間を地域別に設定する,等などの何らかの対応が必要であろう。
日照時間の分布パラメータがわかれば,日照補償デリバティブの構造を分析し解明した後,そのプライシングもできるようになる。年間日照時間変化率は,既に見たように自己相関がなく,幾何ブラウン運動をしており,基本的な(ブラック・ショールズ)オプション理論を応用する前提が満たされている,ように見える。しかしながら,日照時間変化率の近隣都市間相関が高いため,日本全体をカバーする多変量モデルにするためには多少複雑な定式化が必要になる。
さらに,太陽光発電プロジェクト組成(福島[2012],福島その他[2012],福島その他[2013]),太陽光発電ファンド組成(佐藤[2013])そしてその取引所への上場(東証[2012],東証[2013]),太陽光発電システムの資金調達(寺林・安藤[2013]),などの金融問題も,本稿で行なったような日照時間の分析を抜きにして,適切に理解できないように思われる。
参考文献
Alexandridis, A. & Zapranis, A. D., [2013], Weather Derivatives, Modeling and Pricing Weather-Related Risk, Springer, 2013.
Benth, F. E. & Benth, J. S.,[2013], Modeling and Pricing in Financial Markets for Weather Derivatives, World Scientific, 2013.
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紙井泰典[2000]『地域日射量の算定方法に関する研究』京都大学博士論文,2000年3月23日。URL http://hdl.handle.net/2433/78111
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川浦真吾[2011]『天候トレンドの統計学的分析に基づく太陽光発電と天候デリバティブの天候リスクに関する研究』東京大学大学院新領域創成科学研究科環境システム学専攻環境経済システム学分野修士論文,平成23年1月28日。
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佐藤知紘[2013]「プロジェクト・ファイナンスの本質とリスク・シェアリング〜近時の太陽光発電事業ブームを題材として」『法と経済のジャーナルAsahi Judiciary』朝日新聞社,2013年4月17日。
付録 日照計と日照時間に関連する専門用語
本稿を読むために必要な用語は,ウィキペディアを含む,様々な文献から抜き出した以下の解説を参照。本文ではないため,引用は一部省略している。
(a)日射
太陽放射の総エネルギーの約97%を占める短波放射(波長は0.3μm〜3μm)を日射と呼んでいる。地表面における日射成分は次のように分類される。
1)直達日射:短波放射の内で,大気を通して直接平行光の形で地表に到達する日射。
2)散乱放射: 大気に吸収・減衰された後,地表に到達する成分と,雲などにより反射した成 分を合わせた日射。
3)全天日射:通常,日射と称するもので,直達日射と散乱日射を合わせたもの。
日射の測定値の単位は,従来1平方センチメートル当たり1分間のカロリー値(cal/cm2/min)が使用されてきたが,世界気象機構(WMO)の決定により,わが国でも1981年国際単位に変更された。このため,現在では日射の瞬時値(瞬間的な測定値)は1平方メートル当た 【45 頁】 りキロワット(KW/m2)を単位とし,積算値(瞬間的な測定値を積算した値)は1平方メートル当たりメガジュール(MJ/m2)で示す。calと Jの関係は,1cal =4.184J,のようになる。(http://web.cc.yamaguchi-u.ac.jp/~yamaharu/tenki9.htm)
(b)日射計
日射の強さを測定するのが日射計である。日射量の観測は,輻射を感部において熱,電気等に変換して測定することによって行われる。現在は,リアルタイムでしかも無人での観測が容易なことから,光電素子(フォトダイオード)やサーモパイル(熱電堆)を用いて日射量を電気信号に変換する方式が一般的である。外面は白色塗装または銀メッキされて日射の吸収による内部の過熱や観測誤差を防ぐようになっている。観測にあたっては水平に設置する必要があるため,水準器及び水平調整装置を備えている。
気象庁は熱電堆式日射計を使っていたが,光電素子式日射計を含めた新しい地上気象観測装置を2010年度から5ヵ年計画で全国に整備する予定で,およそ15年ぶりに更新される。
日射計は一般住宅の太陽光発電に設置されることはほとんどないが,日射量に見合った発電量が得られているかどうかチェックするために大規模設備や官公庁の設備に設置されている。
(c)全天日射計
熱電素子を利用した全天日射計は,透明風防の半球形のガラスドームの中に受光部を作り,受光部を白色と黒色に塗り分けて(白黒型という)温度差を作り出す。そして,それら受光部の間に設置したサーモパイル(熱電堆)によって,両受光部の温度差に比例した電位差に変換する。この電位差を測定し,換算式によって変換して日射量を測定する。面積を違えた黒色の受光部を複数用いる黒黒型もある。
光電素子を利用した全天日射計は,半球形の透明風防の中心にシリコン・フォトダイオード等の光電素子を置く構造になっており,光電素子の発電量から日射量を測定する。
フォトダイオードを使う場合,その発電特性は入射する光の波長に依存しており,波長によって測定の特性も変化してしまう。一方,サーモパイルを使う場合,その受光表面を黒色にすれば,日射のエネルギーを波長によらずほぼ均等に吸収して測定できる。その結果,白黒型よりは黒黒型の方が性能は高い。
(d)直達日射計
内面をつや消し黒にした筒の底にサーモパイル(熱電堆)あるいは光電素子(フォトダイオード)を設けた構造になっている。直射日光による日射量を測定するため,太陽の南中高度(太陽面)の年変化および時刻を組み込み,さらには光センサーを併用した太陽自動追尾機構によって日中は常に筒先を太陽に向ける。
(e)日照時間
世界気象機構(WMO)より,日照時間は,時間間隔で直達日射(いわゆる,日射し)が120W/m2 を超えて観測される時間で定義されている。直達日射又は全天日射データによる日照時間の測定や計算方法は,色々ある。
日照時間は,雲の量(雲量),霧や雨などの発生により短くなる。高曇りなど,直達日射がなくても散乱日射のみで0.12kWを越える場合があり,これが日射計を用いた日照時間計算値との誤差になる。
(f)日照計
昔からいろいろな日照計(sunshine recorder, heliograph)が用いられている。しかし,使用す 【46 頁】 る測器によって観測値にかなりの違いが出ることがある。ガラス球によって太陽光を集光し,その焦点をつくり出し,これによって記録紙面に焦げ跡ができるようにし,その長さから日照時間を測るのがカンベル‐ ストークス日照計(Campbell-Stokes sunshine recorder)である。青写真感光紙上にピンホールからの日光による像を記録するのはジョルダン日照計である。いずれも,長期間にわたる安定的な観測データを得るには適しているが,遠隔測定ができないなどの不便さがある。そこで,光電池を使ったり,バイメタルの日射昇温を利用する測器がつくられた。太陽電池に入射する日射の強さが1平方メートル当り0.2キロワットを超える場合を日照時間としてカウントする太陽電池日照計は,これまでの日照計とだいたい一致する値を示す。(以上,篠原武次「日照計」『日本大百科全書』,小学館)。電子技術の進んだ現代では,回転式日照計が採用されている。
(g)日本の日照計
1890年から1986年頃までは,ジョルダン日照計と呼ばれる日照計が使用されていた。ジョルダン日照計は,密封した円筒の中の左右45°のところに付けられた2個の小さい穴から,太陽光が円筒の内部に照射される構造になっており,内部に青写真用感光紙をセットしておき,日光により青色に感光した光跡の長さを観測者が物差しで測ることにより日照時間を知ることができる。
その後,1974年11月1 日から運用を開始した全国のアメダス(AMeDAS,Automated Meteorological Data Acquisition System の略で,地域気象観測システム)観測所では,日照時間の観測には自動観測に適した太陽電池式日照計が使用された。しかしながら,2005年から回転式日照計に順次,変更していった。2006年には,全国300近くの観測所で回転式日照計に変更された。
回転式日照計では,ガラス円筒があり,その軸は南北に,角度は観測地点の緯度に合わせて設置されている。ガラス円筒内には,30秒間で一回転する鏡が取り付けられ,この鏡によって太陽光はガラス円筒頂部にある受光部に集められ,直達日射量だけを測定する。受光部に入った光の強度が基準の値(しきい値,120W /m2)を超えた時に,日照が「ある」との信号が記録装置に伝達される。
記録は0.1時間(つまり6分)刻みで表している。例えば,11時から12時の1時間に渡ってすべての刻み期間で太陽が照っていたら,日照は1時間と表す。
アメダス観測の開始当初は,日照計は太陽電池式のみであったが,その後より特性の優れた回転式日照計の開発が進み,アメダス観測所での観測方法を変更することになった。新しく導入した回転式日照計による観測値と,従来の太陽電池式日照計による観測値との間には,測定特性による違いがあり,その差は寒い時期には小さいが,4月から9月にかけては回転式日照計の値の方がやや大きくなることが分かっている(気象庁資料)。
(h)簡単な発電量モデル
発電量は,日射量に基づく量から,温度上昇による損失,さらにダイオード,パワーコンディショナ,汚れ,配線などに係わる損失を差し引き,計算される。日射量に基づく発電量はメーカーによって異なる。その他には,方位と角度,が重要になる。
年間発電量の計算式は,設置の方位と角度は標準と仮定して,次のようになる。
年間発電量(kWh)=1日当たりの年間日射量(kWh/m2/ 日)×365×システム容量(kW)×(1- 温度ロス)×(1- パワコン変換ロス)×(1- その他ロス)
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ここで,システム容量とはパネルの公称最大出力の合計である。また,
温度ロス:セルの温度上昇による年平均損失・・・・・めどは15%
パワコン変換ロス:パワーコンディショナによる損失・・・めどは8%
その他ロス:配線,受光面の汚れ等の損失・・・・・・めどは7%
パワーコンディショナの変換効率は出力により変化する。
設置の方位と角度について,一般に,パネル設置の方位と角度は真南向き,水平角30度が標準にされる。パネル設置の方位と角度が標準と異なる場合,損失係数として扱われる。方位が真南以外の場合,東向き・西向きは0.83,南東向き・南西向きは0.95倍される。年間最適傾斜角とは,年間で最大日射量が得られる屋根角度で,地域で異なり,20度から40度である。
(i)公称最大出力
JIS規格に基づいたモジュール1枚の最大出力(発電量)のことである。太陽電池の発電量は太陽光の強さ(日射強度)に比例し,また,温度が高くなると発電量が低下する性質があるため,JIS規格では,最大出力時の基準条件を「AM1.5,日射強度1,000W /m2,モジュール温度25℃」としている。太陽光は,通過する大気の距離により,1日の中でも朝や昼,夕方で波長の分布が変わるため,AM(AirMass:エアマス)として基準を設けている。AMは太陽光が地上に到達するまでに通過する大気の量を示すもので,「AM1.0」は大気に垂直に入る光のこと。AM1.5は光の通過する距離がその1.5倍で入射角41.8度の光のことを指す。日射強度は放射照度ともいい,1m2当たり1,000Wの光がさしてくる状態は,快晴時の日射量に相当する。
(j)変換効率(太陽電池)
変換効率とは,太陽光発電システムにおいて,太陽の光エネルギーを電気エネルギーに変換したときの変換割合のことを指す。変換効率が高いものほど,より効率的に電気を作ることができる。面積が1cm2の太陽電池(セル)に対して光エネルギーが当たった場合の最大電力が変換効率となる。
変換効率=出力電気エネルギー(W)÷太陽光エネルギー(W)×100。
それゆえ,100Wの光エネルギーがあたり,10Wの電力が得られた場合の変換効率は10%となる。
なお,1枚のセルに対するものをセル効率,太陽電池モジュール単位に対するものをモジュール効率とも呼ぶ。一般的にセル効率は,太陽電池の種類によって異なるが,およそ10%から20%である。
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