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企業の男女均等施策やWLB施策が業績に与える影響:相対的な業績指標を利用して1)
奥井 めぐみ,大内 章子,脇坂 明
1.はじめに
本研究では,企業が女性活躍推進などの均等を高める施策を行うことや,両立支援策,ワーク・ライフ・バランスをすすめるための方策を行うことが,業績を高めるのかどうかを,企業の個票データを利用して分析することを目的としている。
本研究の特徴は,次の2つである。一つ目は,企業の業績については,相対的な業績指標を用いることである。一般に,企業の業績には売上高や利益など,財務諸表から入手できる情報を利用するが,企業規模や業種によって業績には差があり,同じ企業規模,同じ業種で比較した場合で,企業の業績の良し悪しは判断されるべきであろう。そこで,本研究では,同業種・同規模の他社と比較した場合の業績を5段階で回答させた相対的な指標を業績指標として利用している。相対的指標を用いた代表的な研究には,Perry-Smith and Blum(2000)がある。彼らはDelaney and Huselid(1996)が用いた製品の品質など7項目についての企業の相対的な業績指標2)を利用し,これらの業績指標と企業のwork-family policyとの関係を分析している。分析結果より,創業年数が古い企業や女性比率の高い企業では,両者の関係が強くなることを示している。
二つ目は,企業規模の概念について丁寧に扱っていることである。企業規模といった場合は,いわゆる正社員以外の社員も含めた常用労働者とした方がよいが,均等施策やワーク・ライフ・バランス施策から影響を受ける社員の多くは正社員であろう。そのあたりの扱いが,従来の研究では曖昧であった。本研究では,常用労働者,正社員のそれぞれについて,人数の情報が得られるので,企業規模は常用労働者数で,均等度等の指標を考える場合には,正社員に関する数字を利用して変数を作成した分析が可能である。
均等施策とワーク・ライフ・バランス施策の取り組み状況が企業業績に与える影響について
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は,脇坂(2007)が,独立行政法人労働政策研究・研修機構が2006年6月に行った「仕事と家庭の両立支援にかかわる調査」(以下,2006年調査)の企業個票データを利用して分析している。2006年調査は,後述する今回利用した調査と,質問項目が重なっているものが多い。2006年調査を利用した脇坂(2007)の研究では,業績指標として従業員一人当たり売上高,経常利益や,5年前との業績比較スコア,同業種・同規模の他社との比較を利用している。分析結果より,業績の平均値を比較すると,均等施策の取り組みを表す均等度とファミリーフレンドリー3)施策の取り組みを表すファミフレ度の両方について得点の高い本格活用企業で,業績が有意に高いことが示された。また,業績指標を被説明変数とし,均等度やファミフレ度を説明変数として分析した回帰分析結果によると,一人当たり経常利益に対して,均等度やファミフレ度が有意にプラスの影響を与えていることが示された。一方で,同業他社との比較指標は,有意なものは少ない。川口(2008)も2006年調査を利用し,「非合理的差別」と「統計的差別」の存在を検証する観点から均等処遇指標が業績に与える影響を分析しており,脇坂(2007)と同様の結果を得ている。
一人当たり経常利益などの実際の財務指標は,相対的な指標と異なり厳密な分析が可能になると期待される。しかし,これらの指標は業種や規模での格差が大きい。例えば,収益率の高いA業種のa企業では,均等度等施策の導入が遅れていても,収益率の低いB業種のb企業よりは一人当たり経常利益が高い可能性がある。b企業では均等施策の導入を進めており,同業種では業績が良いとする。すると分析結果では,施策を進めていないa企業で業績がよいことから,均等施策導入が業績を向上させる効果が弱められてしまう。この問題は,業種ダミー変数や企業規模ダミー変数等である程度コントロールできるが,アンケート調査でわかる業種区分は大まかなものしか得られない。例えば,調査項目では「製造業」とひとくくりにされているが,電化製品の製造と食品製造では収益率が異なるので,ダミー変数には限界がある。このような問題を回避するためには,主観的な指標である企業担当者が同業種・同規模の他社と比較した場合の業績のよさを利用した方がよいと思われる。そこで本研究では,同業他社との比較の業績指標を用いての分析を行う。
2.利用データ
利用したのは,独立行政法人労働政策研究・研修機構が2012年10月におこなった「男女正社員のキャリアと両立支援に関する調査」の企業調査の個票データである。調査報告書は,(独)労働政策研究・研修機構(2013)にある。この報告書を基に,調査概要について紹介する。
この調査は,(独)労働政策研究・研修機構が2006年6月に行った「仕事と家庭の両立支援にかかわる調査」(2006年調査)の内容も参考にして企画,実施されている。2006年調査は,全国の従業員数300人以上の企業とその企業に勤める管理職と一般従業員に対して実施している。
企業調査の調査対象は,「全国の従業員300人以上の企業6,000社と従業員100〜299人の企業6,000社の計12,000社(300人以上の企業と100〜299人の企業のそれぞれについて業種別(「農林
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漁業」・「複合サービス事業」・「公務」を除く)に層化無作為抽出)」である。有効回収数は,企業規模従業員300人以上のサンプルは1,036社(有効回収率17.3%),企業規模従業員100〜299人のサンプルは934社(有効回収率15.6%)である。本研究では,企業データ1,970社のうち,利用した変数についての情報が得られるサンプルを用いて分析を行った。
このデータを使って分析したものとして,武石(2014),脇坂(2014),奥井・大内・脇坂(2015)などがある。
3.変数加工
本節では,利用変数について説明する。まず,相対的な企業業績指標は,売上高,経常利益,生産性の各項目について「同業種・同規模の他社と比較して,貴社はどの程度成果を上げていますか」と尋ねた質問を利用し,「良い」を5,「やや良い」を4,「ほぼ同じレベル」を3,「やや悪い」を2,「悪い」を1とする変数を用いた4)。
企業の属性を表す変数としては,常用労働者数の対数とその2乗項,産業ダミー変数5),男性正社員の平均年齢を利用した。男性正社員の平均年齢を利用したのは,Lazear(1979)より,エージェンシー問題を解決するには,企業は,労働者が若いうちは生産性よりも低い賃金を支払い,年を取ると生産性よりも高い賃金を支払うことが最適な賃金の支払い方法であるという考えに基づき,平均年齢が低い企業では,労働者に生産性よりも低い賃金を支払うために,収益が高くなると予想されるからである。
本研究で利用する業績指標は,「同業種・同規模企業」との比較であるため,業績に規模や産業や属性が与える影響はコントロールできる。その上で,常用労働者数に関する変数と産業ダミー変数とを加えたことで,企業規模や産業によって,相対的な業績の回答に偏りがあるのかどうかを確認することができる。例えば,ある産業で特に業績の良い企業が集まっていたり,他の産業に比べて楽観的な回答をする傾向が強かったりすると,その産業のダミー変数は業績に対して有意にプラスになるであろう。産業ダミー変数を加えずに分析すると,均等施策の導入が進んでいる業種で,たまたま一時的に悪かった場合,あるいは相対的に業績の悪い企業の比率が高い場合,均等施策の導入が業績を低めるという見せかけの結果が生じるかもしれない。規模についても同様である。
以下では,均等取り組みの指標とワーク・ライフ・バランス取り組み指標について説明する。これらの指標は,脇坂(2007)を参考に作成したものである。
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(1)企業の均等取り組みの指標
企業の均等施策の取り組み状況を表す指標としては次のような6つの変数を作成した。
女性正社員活躍のための施策スコア
「女性採用比率の向上のための措置」「特定職務への女性の配置比率の向上のための措置」「女性専用の相談窓口の設置」「管理職の男性や同僚男性に対する啓発」「女性に対するメンターなどの助言者の配置・委嘱」「人事考課基準の明確化」「女性の役職者への登用を促進するための措置」の7つの各項目について,「現在実施している」企業には2点,「現在は実施していないが過去に実施していた」企業には1点,「これまで実施したことがない」企業には0点を配点して足し上げた数値を,「女性正社員活躍のための施策スコア」とした。
女性役職者への登用促進措置スコア
「女性の役職者への登用を促進するための措置」を現在実施または過去に実施していた企業について,「目標人数や目標比率の設定」「候補者の把握と計画的な育成」「役職への登用試験についての女性への受験奨励」「高度な訓練について女性への受講奨励」「女性に対する役職者昇進につながる追加的な教育訓練の実施」「転勤を役職登用条件とすることについての見通し」「役職登用に必要な職務経験の計画的付与」「ロールモデルとなる女性役職者の育成や周知」「出産・育児による休業などがハンディとならないような評価方法の導入や役職登用条件の見直し」「管理職に対する女性部下育成に関する意識啓発」「その他」の11の項目について,選択されているものは1点として足し上げた数値を「女性役職者への登用促進措置スコア」とした。現在も過去にも「女性の役職者への登用を促進するための措置を行っていない企業」は0点と なる。
ポジティブ・アクションのスコア
「ポジティブ・アクションの方針の明確化」「ポジティブ・アクションに関する専任の部署,あるいは担当者の設置」「女性の能力発揮についての問題点の調査・分析」「女性の能力発揮のための計画の策定」「計画に沿った措置の実施状況の公表」「ポジティブ・アクションとしての,仕事と家庭の両立支援の整備,利用促進」の6つの各項目について,「現在実施している」企業は2点,「現在は実施していないが過去に実施していた」企業には1点6),「これまで実施したことがない」企業は0点を配点し,足し上げた数値を「ポジティブ・アクションのスコア」とした。
女性比率
常用労働者女性比率,正社員女性比率,大卒正社員女性比率をそれぞれ求めた。総合職女性比率も求めることを考えたが,総合職女性がいない場合は0が入ることになり,それは均等度の指標としてはおかしいので,今回は用いなかった。
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男女平均年齢差・平均勤続年数差
男女平均年齢差,男女平均勤続年数差を,均等度の指標として用いた。男女平均年齢差や男女平均勤続年数差が大きい場合は,結婚・出産・育児による女性の退職率が高いことが予想される。また,平均年齢にあまり差がないのに,平均勤続年数に差があれば,男女いずれか(おそらく女性)で中途採用者が多いことになる。
管理職等登用比
係長,課長,部長,役員の各役職について,(女性役職者÷男性役職者)÷(女性正社員÷男性正社員)を役職の登用比とした。
この他,新卒採用の女性比率に関する変数も均等度の指標として作成してみたが,採用に関する項目に回答していない企業が目立つために,この変数を加えると分析の際にサンプル数が500程度減少してしまう。そのため,この変数は用いなかった。
(2)ワーク・ライフ・バランス(WLB)取り組みの指標
続いて,企業のワーク・ライフ・バランス施策の取り組み状況を表す指標としては次のような5つの変数を作成した。
両立支援,WLB推進策スコア
「女性の結婚・出産後の就業継続意識の向上の推進」「育児休業などの両立支援制度の従業員への周知」「従業員の育児に係る休業や短時間勤務について職場の協力の確保」「男性の育児休業取得の推進」「企業全体としての所定外労働(残業)削減の取り組み」の5つの各項目について,「実施している」企業は5点,「実施していない」企業は1点を配点し,足し上げた値を「両立支援,WLB推進策スコア」とした。
育児休業制度,育児短時間勤務制度の指標
育児休業制度,育児のための短時間勤務制度のそれぞれについて,「あり」は2点,「なし」は0点とし,「育児休業制度有無スコア」「育児のための短時間勤務制度有無スコア」とした。各制度について,「制度の対象となる子の上限年齢」が「法定どおり」は0点,「法定を超え,3歳まで」「3歳を超えても可能」「3歳〜小学校修学前まで」は1点,「小学校1年〜3年まで」「小学校4年以上も可」は2点として「子の上限年齢スコア」とした。両制度について,「女性対象者の有無と利用者の有無(過去3年間)」について,「出産者なし」は0点,「出産者あり・利用者なし」が1点,「利用者あり」は2点として「対象者・利用者有無スコア」とした。両制度について,「男性の対象者の有無と利用者の有無(過去3年間)」について,「配偶者が出産した者なし」「配偶者が出産した者あり・利用者なし」は0点,「利用者あり」は2点として「男性対象者・利用者スコア」とした。
なお,「子の上限年齢スコア」「対象者・利用者有無スコア」「男性対象者・利用者有無スコア」は,各制度がない企業では0点となる。
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その他の両立支援制度スコア
「フレックスタイム制度」「始業・終業時刻の繰上げ・繰下げ」「所定外労働(残業)を免除する制度」「事業所内託児施設の運営」「子育てサービス費用の援助措置など」「在宅勤務制度」「子の看護休暇制度」「職場復帰支援策」「配偶者が出産の時の男性の休暇制度」「転勤免除」「介護休業制度」「介護のための短時間勤務制度」の12の各項目について,「導入予定なし」は0点,「導入検討中」は1点,「すでに導入済み」は2点とし,足し上げた数値を「両立支援制度の有無スコア」とした。
女性正社員の継続状況スコア
女性正社員の妊娠・出産時までの就業継続の状況について,「ほとんどの者が出産後も正社員として働き続けている」は5点,「妊娠または出産前に離職する者もいるが,出産後も働き続ける者の方が多い」は4点,「妊娠や出産の時期まで働き続けている者は少ない」は2点,「これまで妊娠や出産の時期まで働き続けた者は一人もいない」は1点,「その他」は3点とし「女性正社員の継続状況スコア」とした。
その他の両立支援制度の利用実績スコア
「その他の両立支援制度スコア」で取り上げた12の各項目について,「導入予定なし」「導入検討中」の場合は0点,「すでに導入済み」の企業で,「利用実績あり」は2点,「利用実績なし」は0点,「該当者がいない」は1点として足し上げた数値を「両立支援制度の利用実績スコア」とした。
(3)均等度スコアとWLB度スコア
上の(1)で求めた企業の均等施策の取り組み状況を表す指標のうち,「常用労働者女性比率」「正社員女性比率」「大卒正社員女性比率」は,次のように点数化する。すなわち,0.4以上0.6未満は5点,0.3以上0.4未満と0.6以上0.7未満は4点,0.15以上0.3未満と0.7以上0.85未満が3点,0.1以上0.15未満と0.85以上0.9未満が2点,0.1未満と0.9以上が1点とする。
男女平均年齢差については,−1以上1以下を5点,−3以上−1未満と1超3未満を4点,−7以上−3未満と3以上7未満を3点,−10以上−7未満と7以上10未満を2点,−10未満と10以上を1点とする。男女平均勤続年数差は,0を5点,−2以上0未満と0超2以下を4点,−8以上−2未満と2超8未満を3点,−11以上−8未満と8以上11未満を2点,−11未満と11以上を1点とする。
また,各役職の登用比は,次のように点数化する。0.9以上1.1以下は5点,0.5以上0.9未満と1.1超1.5未満が4点,0.1以上0.5未満と1.5以上2未満が3点,0超0.1未満と2以上が2点,0が1点,無回答は0点である。
このように換算した後,均等施策の取り組み状況を表す指標を全て足し合わせた値を「均等度スコア」とする。この値は,最大で83点となる。
同様に,ワーク・ライフ・バランス施策の取り組み状況を表す各指標をすべて足し上げたものを「WLB度スコア」とする。この値は,最大で94点となる。
このように作成した変数の基本統計量を,表1に示す。
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4.企業施策と相対的業績との相関
本節では,企業の相対的業績と均等度スコア,WLB度スコアとの関係を見るために,これらの関係をグラフで表す。以下のグラフは,横軸に均等度スコア,縦軸にWLB度スコアをとり,各企業の値をプロットしたものである。サークルの大きさは,3節で求めた相対的業績ス
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コアの大きさを表す。ここでは,相対的な売上高をとる。
均等度スコアとWLB度スコアとを,それぞれ縦軸横軸にとりプロットする方法は,脇坂(2001)がはじめて行った。脇坂は,縦軸にファミフレ度(すなわちWLB度)を,横軸に均等度を取って,企業のファミフレ度と均等度の関係から,企業をファミフレ度(低)・均等度(低),ファミフレ度(高)・均等度(低),ファミフレ度(低)・均等度(高),ファミフレ度(高)・均等度(高)の4つの象限に分けての分析を行っている。
図1−1より,均等度スコア,WLB度スコアともに高い企業であっても,同業種・同規模の他社と比較して必ずしも売上高が高いとは言えないことがわかる。図1−2より,企業規模別にみると,常用従業員数が100人〜299人の企業に比べ,1000人以上大企業では,均等度スコ
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アもWLB度スコアも高いところに集まっていることがはっきりとわかる7)。図1−3より,コース別雇用管理制度の有無別でみると,コース別雇用管理制度のある企業の方が,均等度スコア,WLB度スコアともに若干高いところにプロットされている。コース別雇用管理制度を導入している企業では,女性正社員の多くは一般職であると考えられ,昇進の機会もないために妊娠・出産を機に辞める者も多いであろう。そうであれば,そのような企業で均等度の方策やWLBのための施策を導入が,女性労働者の昇進を促し,女性の活用に活かされているかどうかは疑問が残るため,均等度やWLB度のスコアが高くても,業績は良いとは言えないのは納得できる結果である。一方,コース別雇用管理制度を導入していない企業では,女性にも昇進の機会が与えられていることになり,このような企業では,均等度やWLB度のスコアが高いことと業績のよさとが連動すると予想されたが,図1−3からはそれは読み取れない8)。
ここでは省略するが,相対的経常利益や相対的生産性で同様に散布図を作成した場合も,均等度やWLB度スコアが高いほど業績が良くなるという結果は得られていない。
5.企業施策が相対的業績指標に与える影響
本節では,企業の均等度に関する施策,WLBに関する施策が,企業の相対的な業績指標にどのような影響を与えるのかを分析した結果を示す。被説明変数となる企業の相対的業績は,3節で示したように,5段階で表されるため,順序プロビットで分析を行った。説明変数には,3節で示した個別の均等度やWLBに関する変数を用いた。
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表2−1に分析結果を示す。
表2−1より,企業の属性については,常用労働者数対数とその2乗項は,相対的経常利益のみで有意であること,産業ダミー変数のうち,「鉱業,採石業,砂利採取業」がマイナスで,「電気・ガス・熱供給・水道」「卸売業」がプラスに有意であること,男性正社員の平均年齢がマイナスに有意であり,男性正社員の平均年齢が低い企業ほど業績がよいことが示される。
均等度やWLBの指標については,相対的売上高,経常利益,生産性の3つに共通して有意なものは観察されないが,女性正社員の活躍のための施策スコアは,相対的経常利益,生産性
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に対して有意にプラス,大卒正社員女性比率が,相対的売上高に対して有意にプラス,男女平均勤続差が,相対的売上高と生産性に対して有意にマイナスである。すなわち,均等施策に力を入れることが,企業業績向上につながっていることが窺える。課長登用比は相対的売上高と経常利益に対して有意にマイナスである。
なお,各登用比の式には,正社員女性比率が含まれていることから,両者の相関が高いことが,課長登用比がマイナスとなる原因かと思われたため,説明変数間の相関を確認した。係長登用比,課長登用比,部長登用比,役員登用比と女性正社員比率との相関係数は,課長登用比のみが5%水準で有意であったが,その値は−0.0502と負の値でかつ小さかった。さらに,説明変数から正社員女性比率を外して同様の分析を行っても,課長登用比はマイナスに有意であるという結果が得られた。
課長登用比がマイナスに有意という結果の解釈については,企業によっては有能でない女性を昇進させることで,かえって職場の雰囲気を悪くしていることが考えられる。後に示す表4−1から表4−3では,企業全体の反応に均等施策が与える影響を分析しているが,課長登用比が高いほど「対象とならない人から不満が出た」「女性に対する偏見が強まった」という反応が生じる確率が高まるという結果が得られており,それが裏付けられる。
次に,常用労働者数が100人以上299人以下の中小企業に限って同様の分析を行った。結果を表2−2に示す。
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表2−2より,中小企業に限ると,常用労働者数対数とその2乗項がいずれの業績指標でも有意となる。均等取り組みに関する指標では,女性正社員の活躍のための施策スコアが相対的経常利益と相対的生産性に対して有意にプラス,大卒正社員女性比率が相対的売上高に対して有意にプラス,課長登用比は相対的売上高,相対的生産性に対して有意にマイナスである。WLB取り組みに関する指標では,育児休業や育児短時間勤務に関する一部の指標や,両立支援制度の有無スコアが,業績指標によっては有意にマイナスとなる場合がある。女性正社員の継続状況スコアは,相対的売上高と相対的経常利益に対して有意にプラスである。
表2−3には,コース別雇用管理制度が無い企業に限った分析結果を示す。コース別雇用管理制度が有る企業では,多くの女性正社員が一般職採用であるため,均等施策やWLB施策の恩恵を受けるのは一部の女性に限られる可能性があるからである。
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表2−3より,コース別雇用管理制度無し企業に限ると,均等度に関する指標で,ポジティブ・アクション実施スコアが相対的売上高に対してプラスとなるが,育児休業や育児による短時間勤務制度に関する変数で有意なものは無くなった。コース別雇用管理制度が無い企業では,育児等で女性の労働時間が減っても,それによる生産性の減少をうまく補えているということかもしれない。
6.どのような企業施策が企業全体の反応に影響しているか
5節では,企業の個別の均等施策,WLB施策を説明変数として加えたが,これらの施策を実施するだけでなく,実施した結果,企業内で良い反応が生まれてこそ,業績の向上につながると予想される。
そこで,女性正社員活躍のための施策や,ポジティブ・アクションの実施といった,「均等を進める取り組みを行ったこと」により,あるいは,「両立支援策などの整備」により,企業全体ではどのような反応があったか,という質問項目を利用して,次のような変数を作成した。すなわち,これらの施策の結果,「雰囲気がよくなった」「職場が活性化した」「女性の勤続年数が伸びた」「女性の役職者が増えた」「女性のモチベーションが上がった」「対象とならない人から不満が出た」「利用していない人の仕事量が増えた」の7つの各項目について,「そう思う」「ややそう思う」は3点,「どちらともいえない」は2点,「ややそう思わない」「そう思わない」は1点とする変数を作成した。この変数を,各均等度指標やWLB度指標の代わりに,説明変数に加えて分析を行った。結果を表3−1に示す。
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表3−1より,均等施策の導入による企業全体の反応については,有意なものがほとんどなく,あっても有意水準が10% と低いが,WLB施策の導入で「女性のモチベーションが上がった」企業では,有意に業績が向上していることが示された。一方で,「女性に対する偏見が強まった」企業では相対的売上高や相対的生産性が落ちている。表2−1より,WLBの指標の有意性は低かったことから,単にWLB施策を導入するだけでなく,その結果,女性のモチベーションが上がることが,企業業績の向上に必要だといえる。
表3−2,表3−3には,同様の分析を,常用労働者数100人以上299人以下の企業,コース別雇用管理制度無し企業のそれぞれについて行った結果を示す。
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表3−2より,常用労働者数100人以上299人以下の企業では,均等施策の導入により,「女性の勤続年数が伸びた」が,相対的経常利益と生産性にプラスに有意であり,中小企業では女性正社員の定着が企業業績の伸びにつながるといえる。WLB施策により女性のモチベーションが上がったことは,相対的売上高に対してのみ有意にプラスである。
表3−3より,コース別雇用管理制度無し企業では,均等施策より,WLB施策の導入による企業全体の反応で有意なものが多い。均等施策に関しては,導入の結果「対象とならない人から不満が出た」「女性に対する偏見が強まった」が業績指標によってはマイナスに有意であり,せっかく均等施策を導入しても,企業内の受け止め方によっては業績に逆効果になっていることがわかる。WLB施策に関しては,「女性のモチベーションが上がった」が業績に対してプラスに有意である反面,「女性の勤続年数が伸びた」は相対的経常利益や生産性にマイナスに有意,「対象とならない人から不満が出た」がプラスに有意になるという結果も得られている。確かに,これまで出産等で仕事を辞めていた女性がWLB施策を利用して勤続年数を伸ばせば,WLB施策利用中はどうしても生産性が落ちるので,業績にマイナスになるのは肯ける。一方,「対象とならない人から不満が出た」企業で業績が良いというのは,WLB施策を利用している人がいても,業績を落とさないためには対象外の労働者への負担が大きくならざるを得ず,それが不満となっているという逆の因果関係が働いているかもしれない。
7.企業全体の反応に影響を与える要因
前節では,単に施策を導入して反応がよくなることが,業績の向上に影響していることが示された。ところで,企業全体の反応をよくするのに特に効果のある施策というのはあるのだろうか。そこで,本節では,均等施策やWLB施策の導入による企業全体の反応を被説明変数とし,どのような施策が企業全体の反応に影響を与えうるのかを分析する。
被説明変数には,均等施策,WLB施策のそれぞれについて,施策導入による企業全体の反応変数をとる。この変数は6節で示したように3段階の数値を取るため,順序プロビットで分析した。説明変数には,企業の属性と,それぞれ均等施策やWLB施策に関する指標を加えた。
分析結果を表4−1,表4−2に示す。表4−1は,均等施策の指標が7つの企業全体の反応に与える影響である。表4−2は,WLB施策の指標が7つの企業全体の反応に与える影響
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である。
表4−1より,女性正社員活躍のための施策スコア,ポジティブ・アクション実施のスコアは「女性の勤続年数が伸びた」を除けば,各企業全体の反応に有意にプラスであり,これらの施策導入が企業に大きな反響を与えているといえる。女性正社員比率も有意にプラスのものが多い。
表4−2より,WLB度スコアは「対象とならない人から不満が出た」「女性に対する偏見が強まった」以外の企業全体の反応については,すべて有意にプラスとなった。両立支援制度の利用実績スコアも企業全体の反応の多くで有意にプラスである。「女性の勤続年数が伸びた」に対しては,育児休業や育児短時間勤務に関する多くの変数で有意であるが,育児休業と育児短時間勤務の制度の有無スコアはマイナスに有意となっており,これらの制度の存在が,勤続年数を下げている。この結果の解釈は難しく,様々な要因が絡んでいると思われる。
また,「女性のモチベーションが上がった」に対しては,育児短時間勤務制度有無のスコアはマイナスであるが,育児短時間勤務の子の上限年齢スコアや対象者・利用者有無スコア,男性対象者・利用者スコアが有意にプラスであり,子どもの上限年齢の引き上げや利用者がいることが女性のモチベーションを上げる効果があったといえる。表3−1より,女性のモチベーションを上げることは相対的業績に対して有意にプラスであることから,子育て支援制度の充実が企業の業績にもつながることが予想される。
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ここで,企業全体の反応同士の相関を,表5−1,表5−2に示す。表5−1は,均等施策に対する企業全体の反応,表5−2は,WLBに対する企業全体の反応についての変数間の相関である。
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表5−1より,均等施策に関しては,変数同士が強いプラスの相関を持っていることがわかる。「対象とならない人から不満が出た」「女性に対する偏見が強まった」というネガティブな反応もポジティブな反応と正の相関を持つことから,企業では均等施策の導入によりポジティブな反応が起きている企業では併せてネガティブな反応も起きている可能性が高い。一方で,表5−2より,WLB施策に関しては,ポジティブな反応とポジティブな反応との相関は低い。WLB施策導入によりポジティブな反応が起きている企業では,ネガティブな反応はそれほど起きていないといえる。このことから,WLB施策の導入よりも,均等施策の導入の際,起こりうるネガティブな反応について企業は神経を使う必要があるといえる。
8.均等度スコア,WLB度スコアが相対的企業業績に与える影響
最後に,均等施策やWLB施策に関する指標のスコアを全て足し合わせた,均等度スコア,WLB度スコアを説明変数として,企業業績に与える影響を分析した結果を,表6−1から表6−3に示す。表6−1は全体,表6−2は常用従業員数100人以上299人以下の企業,表6−3はコース別雇用管理制度無し企業での分析結果である。
均等だけ,WLBだけの単独の施策導入よりも,両方を導入した方が,より企業業績に効果があるのではないかと考え,今回は,均等度スコアとWLB度スコアの交差項も加えた。分析は順序プロビットで行った。
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表6−1から表6−3より,いずれのケースにおいても,均等度スコア,交差項は有意ではなかった。WLB度スコアは,コース別雇用管理制度無し企業の相対的売上高に対しては,10% 水準でマイナスとなったが,有意性は低い。
表2−1から表2−3の結果と比較すると,個別の均等度指標のいくつかについては,業績を高めるという結果は得られているが,すべてを足し合わせた均等度スコアを見ると有意ではないということから,均等施策を企業業績の向上につなげるには,効果のある施策をうまく選んで行う必要があることを示唆している。
9.むすび
本研究では,同業種・同規模の他社と比較した場合の企業の相対的な業績指標を用い,企業業績に,均等施策やWLB施策への取り組みが影響を与えるのかどうかを分析した。主な分析結果は,以下の4点である。1)均等度やWLB度に関する個別の指標では,均等施策の実施のスコア,大卒正社員女性比率といった均等度に関する指標が,企業の相対的業績に有意な影響を与えることが示された。2)均等施策やWLB施策の導入によって生じた企業全体の反応を説明変数とし,相対的業績に与える影響を分析したところ,均等施策によって女性のモチベーションが上がったことが,企業業績を有意に高めることが示された。3)WLB施策のうち,育児のための短時間勤務制度の充実が,女性のモチベーションを上げることが示された。4)女性の課長登用比が高まると企業全体のネガティブな反応が発生し,企業の業績も悪化する。5)均等度やWLB度に関する指標を足し合わせて,均等度スコア,WLB度スコアを作成し,それらが相対的業績に与える影響を分析したが,均等度スコア,WLB度スコア,これらのスコアの交差項はいずれも業績に有意とはならなかった。
このような分析で大きな問題となるのは,均等施策・WLB施策への取り組みが高いから業績が良いのか,業績が良いから均等施策・WLB施策への取り組み等に力を入れるのか,という因果関係である。この問題を解消するには,これらの施策の導入前後での業績変化の分析が必要となる。残念ながら,今回利用したデータでは,業績の変化と施策導入のタイミングについての情報が得られなかったため,逆の因果関係の可能性は残る。しかしながら,施策導入による「企業全体の反応」についての情報は得られており,これが業績に有意な影響を与えてい
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ることを明らかにした点は大きいと思われる。
課題としては,説明変数間での因果関係を十分に反映しきれなかったという点が挙げられる。例えば説明変数に女性管理職登用比と均等度の指標とを同列に加えているが,実際は均等施策の取り組みが進むことで女性管理職登用比が高まる,という流れがあるだろう。
脇坂(2007)では,従業員一人当たりの売上高,経常利益に均等度,ファミフレ度(本研究でいうWLB度)が与える影響を分析した結果,均等度,ファミフレ度の両方が高い企業で最も高いという結果が得られた。一方,相対的な業績指標を用いた本研究では,そのような傾向は見られなかった。しかし,均等施策の積極的な導入や,WLB施策の導入により女性のモチベーションを上げることが,企業業績の向上につながることが示された。企業が長期的に利潤を追求するのであれば,均等指標やWLB指標のうち企業業績に影響を与えるものを積極的に導入することが望ましい。すなわち,企業が業績の向上を追求することは,均等施策やWLB施策の取り組みと相いれないものではなく,長期的に利益となる「経営戦略」の柱となる可能性が大きい。
今回の分析結果で,数合せの形だけの課長登用によりかえって企業の雰囲気が悪くなることで業績を悪化させている可能性が示された点である。均等施策導入をアピールしたい企業により,昇進の準備ができていないにも関わらず突然白羽の矢が当たって昇進した女性が,結局,周りの重圧に押されて潰れてしまい,やはり女性の管理職はだめだ,という意識につながってしまうという悪い循環が起きていることをうかがい知ることができる。
また,企業の業績向上につながる施策こそが,労働者にとってニーズの高い施策であるとも考えられる。例えば,女性のモチベーションを上げるには,育児休業の充実よりも育児のための短時間勤務の充実の方が,業績にプラスである9)。女性は育児休業で長く休むよりは,育児と両立させながら早く現場に復帰したいという気持の方が強いかもしれない10)。そしてそれが可能となる短時間勤務制度の導入が,女性のモチベーションを上げているかもしれない。永瀬(2014)は,自然実験により,育児短時間オプションの義務化が第1子出産確率を高めることが示した。このことも,育児短時間が働く女性にとって必要とされる施策であるということを示している。ただ,女性の勤続年数にマイナスの影響を与えていることには留意しなければならない。
武石(2014)は,女性の昇進意欲や仕事へのやりがいについて分析を行い,その結果として,「女性活躍推進や両立支援の施策は,女性の昇進意欲や仕事のやりがいを高める効果は限定的で,重要なのは,職場の状況として女性活躍や両立支援の取り組みが実感できることである」としている。やみくもな施策導入ではなく,女性が取り組みについて実感できるよう,真に必要とされている施策を優先して導入していくという視点が必要であろう。
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