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日系食品企業のセミ・グローバリゼーション戦略

Web 調査による仮説探索と江崎グリコ株式会社インタビューによる探索仮説の議論

 

学習院大学                     上田 隆穂
学習院大学 計算機センター客員研究員 竹内 俊子
学習院大学大学院博士後期課程      山中 寛子

 

 

 

【目次】

 

1.標準化(グローバル化)とローカル化(現地化)

2.日本在住メーカーにおける標準化の現状:Web 調査から

3.日系食品メーカーと日系非食品メーカー・外資系食品メーカーとの比較

4.セミ・グローバリゼーション度と営業利益との関係仮説探索:分析1

5.セミ・グローバリゼーション度を決定する要因仮説探索:分析2

6.江崎グリコにおけるセミ・グローバリゼーションの考え方
〜インタビューによる探索仮説についての議論〜

7.問題提起

 

1.標準化(グローバル化)とローカル化(現地化)

 

グローバル展開が進むと製品等の標準化が一方的に進むということが、テッド・レヴィット時代には言われていたことであるが、現在ではまったく現実化しておらず、製品等への選好はより細かくなる、つまり反標準化の傾向を示していることがわかる。

 

小田部・ヘルセン(2010)によると『供給サイドから見ると、グローバル化(筆者注:グローバル展開のこと)とは、世界中のあらゆる場所に製品を行き渡らせることが可能になっていくということである。だが、それは、需要サイド(マーケティング・サイド)から見ると、顧客がより広範な製品とサービスの集合から選択を行うようになっていくということでもある。言い換えると、以前にも増してマーケターは、異なった選好をもつ異なった顧客・・・に直面するようになっているのである。』1)

 

グローバル・マーケティングにおける標準化・適応化論争の系譜は以下のようになる。まず 1960年代は、(標準化〉適応化)で標準化の流れが主であり、広告の欧州域内標準化(Elinder 112頁】1961, Dichter 1962)、広告以外のマーケティング要素への敷衍(Keegan 1969, Buzzell 1968)などが主張された。1970年代には、逆に(標準化〈適応化)であり、各国市場の特性分析(Wind and Douglas 1971, Britt 1974)がなされた。1980年代には、さらに逆転し(標準化〉適応化)、マーケティング諸要素(特に製品)の完全標準化(Levitt 1983)が主張された。しかしながら、これに関しては、多方面からの批判が起こり、Kotler(1986)や Fisher(1984)は各国市場の越え難い異質性があることを主張し、Douglas and Wind(1987)は標準化が多くの選択肢の中の1戦略であることを述べ、Takeuchi and Porter(1985)は実証的にも標準化一辺倒ではないことを示した。1990年代に入ると単純な標準化・適応化の2分法に対する懐疑が生じ(Hisatomi 1991, Sandler and Shani 1992, Kustin 1994)、2000年代以降は Rugman(2001)、Ghemawat(2007)によってセミ・グローバリゼーションという折衷戦略が提唱されている。
   このラグマンのセミ・グローバリゼーション論は以下のとおりである。例えばスマートフォンは各国の言語がソフトウェアにあらかじめプリインストールされ、電源などの規格も各国にフィットするようあらかじめ設計されているため、先進国であろうと新興国であろうと、グローバル・ブランドの導入によってグローバル市場を形成することが可能となっている。しかしながら、そのような産業を他に見出すことは難しく、ほとんどの産業において市場はグローバル化するどころか、むしろローカル/リージョナル化しつつあるというものである(Rugman 2001)。
   そして、現在最も普及している理論は、パンカジュ・ゲマワットの CAGE 理論+ AAA 戦略である。これが、『標準化とローカル化』へ対応する主流の理論(セミ・グローバリゼーション)となっている。つまり、多国籍企業が海外進出するにあたって、本国と進出先との差異を考慮することはもはや一般的であるが、これまでの標準化・適応化の枠組みでは「差異を利用する」という発想に乏しかった。ゲマワットは、国家間には無視できない大きな差異(Cross-border differences)があるため、CAGE 理論+ AAA 戦略で対応すべきと述べている。CAGE 理論のフレームワークは、国家間の差異を、文化(C)(宗教、民族、言語、社会規範等)、政治(A)(法的、制度的、政治規制等)、地理(G)(物理的隔たり、時差、気候、物流コスト等)、経済(E) (労働コスト、資本コスト、所得水準、インフラ等)から比較すべきであることを述べている。特に食品や化粧品は Culture-specific な製品であることを述べ、文化的な差異が大きく反映すると述べている2)。これらの差異を明らかにした上で、ゲマワットの AAA 戦略を適用するのである。この3つの A とは、Adaptation(適応戦略)、Aggregation(集約化戦略)、Arbitrage(アービトラージ戦略)であり、以下のように説明がなされている3)

① Adaptation(適応戦略):海外の特殊性に適応した戦略を展開して競争優位を獲得する。つまりローカル化に対応した戦略である。

② Aggregation(集約化戦略):複数の国を一つの市場単位とすることによって、規模の経済を追求する。つまり地域化がこれに当たる。

③ Arbitrage(アービトラージ戦略):サプライチェーンを構成する各要素をそれぞれ違う国に置くことで国や地域を単位とする市場間の差異を活用する。つまりセミ・グローバリゼーションを実現するための裁定であり、効果的・効率的な手段をとることである。

このゲマワットの上記の理論が提唱された後も以下のジャーナルで特集が組まれ、セミ・グローバリゼーションは大きな関心事となっている4)
   ● British Journal of Management(2012)
113頁】
   ● European Management Journal(2009)
   ● International Marketing Review(2009)

 

また日本においてもセミ・グローバリゼーションについての研究は見られるが、特に食の領域において「外食グローバル化の分析フレーム」が川端(2013)で提唱されている5)
   これは、特に文化的依存度の強い食の領域においてオペレーションは標準化しやすい部分であり、市場環境は食文化を反映してローカル化しやすいことを説明した研究フレームである。 (図1-1参照)

 

 

2.日本在住メーカーにおける標準化の現状:Web 調査から

 

従来、グローバル・マーケティングの対象は比較的大手の企業である。それは、グローバル化には一定の規模の大きさが必要であり、中小企業の海外展開は容易ではないからである。張又心、Barbara, 土井一生(2013)の研究によると、
   『多くの中小企業にとって、海外展開は困難かつ、経験の乏しい活動である。というのも経 営資源が限られており、現地生産はもちろん、輸出においても多くの困難に直面するからである。また特定地域やエリアの消費者を囲い込むという地域特化戦略/ニッチ戦略が日本の中小企業の主流であることからわかるように、地域の粘着性が強いため、・・・容易に海外マーケットに展開することができない・・・。』(p.47)
   『中小企業の国際化といえば、ほとんどの場合、取引先である大企業の国際展開に引きずられるという形で実現するケースが多く、中小企業の国際化は大企業からの進出要請にいかに応えるかという文脈で論じられてきた。』(p.48)
   例外もあるが、これらの傾向から本稿の議論では比較的大手企業に絞ることとする。

 

まず大手企業の標準化・グローバル化の現状を探り、標準化−ローカル化の仮説を立てるため、2018年1月に Web アンケート調査を実施した(500サンプル)。なお、調査は(株)マー114頁】ケティングアプリケーションズを利用した。対象者は、日本に拠点を持ち、海外にも5つ以上の支社や事業所を展開している BtoC メーカー(外資、BtoB も同時に手がけているメーカー含む)の国際担当者あるいは国際担当経験者としたところ、91.4%が日系企業であり、会社役員と従業員の比率は、従業員が97.6%を占める結果となった。目的は以下の通りである。
   @企業のバックグランドにより、標準化とローカル化の現状、意識の差を探索
   A食品メーカーとその他メーカーとの比較
      そして、対象業種は以下のメーカーとした。
   1.食品・食品加工
   2.飲料
   3.自動車・バイク
   4.家電
   5.精密機器
   6.医薬品・医療用品
   7.化粧品・トイレタリー関連
   8.アパレル
   9.その他製造業
     以下に結果を示す。

 

 

115頁】 

 

 

 

116頁】 

 

 

 

117頁】 

 

 

 

海外展開のスピードについては、かなり主観的な数値となるが、全体では中庸からはやいが多いことがわかる。

以上から、サンプルの勤務先企業やサンプル特性がよくわかる。さらに続けて特性を見てみよう。

118頁】 

 

表2-8からは、やはりグローバル進出企業は規模が大きな企業が占めていることが分かる。

119頁】 

 

 

 

表2-10からは、一般的な日本の製造業と比べて、グローバル進出企業の連結営業利益率は上回っていることが分かる。

120頁】
以降の質問は、以下の文献を参考に作成した。

@みずほ産業調査/50 2015 No.2 pp.1-378 『欧州の競争力の源泉を探る−今、課題と向き合う欧州から学ぶべきことは何か−』 特に第 II 部『欧州グローバルトップ企業の競争戦略』を中心に。

A日本の食品メーカーと欧州食品メーカー(ネスレ・ユニリーバ等)との違いみずほ銀行産業調査部(U-1-5.)

 

上記の2つの文献から、欧州食品企業の強みは、規格制定やブランド管理といった「標準化」と、市場特性を踏まえた参入戦略立案に見られる「ローカル化」の巧みな組み合わせ、そして、柔軟な「パートナーシップ戦略」にありそうであることが明らかとなった。日系企業には、グローバル企業の取り組みから学ぶべき点を学び、スピーディーに海外展開を進めていくことが求められよう。これらを参考とした質問の回答結果を以下にまとめておく。

 

 

ブランド戦略については、日系企業はコーポレート(企業名)ブランド(いわゆる傘ブランド)を重視する傾向があり、グローバル展開や収益管理面では、外資メーカーである P&G のようにカテゴリーブランド単位での戦略が有効となりうることから質問を作成した。しかし、回答者(サンプル)の大半がコーポレートブランドを重視する傾向がある日系企業であったが、カテゴリーブランド展開を視野に入れている企業が多い結果となった。

121頁】 

 

表2-12からは、グローバル展開を行う企業はオープンイノベーションに積極的で新しい動きに敏感であることがわかる。
   次に、以下の表2-13-1〜表2-13-4の質問は、マーケティングの4Pの要素を中心に作成している。これらの表では、標準化(1〜3)とローカル化(5〜7)の3項目の合計割合を中央に表示している。項目4の「どちらでもないの」は除いている。例えば、表2-13-1の「研究開発」においては、標準化:ローカル化=30.4%:38.2%であり、ローカル化傾向がやや強いことがわかる。この表からは、原材料調達のローカル化傾向が特に大きいことがわかる。

 

 

122頁】 

 

 

 

123頁】 

 

これらの表2-13-1〜表2-13-4の結果を直観的に把握するため、ローカル化割合から標準化割合を引いた値を、標準化・ローカル化のバランス値として示す。図2-1の通り、標準化、ローカル化順にそれぞれ程度の大きい項目から並べてみると、ある傾向が明らかとなった。すなわち、ブランドのネーミングが最も標準化傾向になるが、図示されているように財務・経理がやや標準化であり、プロダクト、コミュニケーション・消費者対応、価格・原料調達、チャネル、セールス・プロモーションの順でローカル化の傾向を示していた。これは、リーズナブルな結果と言えよう。

 

これらに関して、大石芳裕・山口夕妃子(2013)では以下のように述べられている6)
   『グローバル・マーケティングの現代的内容のひとつ目は、先進国向けのマーケティングから途上国向けのマーケティングへシフトしたことである。その背景には世界における途上国の位置づけが大きくなったことである。・・・第1に、先進国向けには製品の品質が最大の武器であったが、途上国向けには購入可能額(affordability)が最大の武器になる。・・・購入可能な価格設定をしたうえで、なおかつ利益を出せるマーケティング戦略でなければ生き残ることはできない。
   第2に、流通が整備された先進国と異なり、途上国では流通経路を開拓し、それを効率的・効果的に管理するチャネル政策が極めて重要になる。途上国では中小零細企業の保護と雇用の確保のために極めて厳しい流通規制がある・・・
   第3に、プロモーションは文化拘束的(culture bound)であり、途上国ではとりわけその傾向が強い。広告においてトーン&マナーは世界標準化できたとしても、シンボルやキーワード、キャラクターや音楽などは現地適合化されることが多い。インドでのキャラクターは・・・』
   この記述から、価格、流通チャネル、セールス・プロモーションはローカル化の傾向があることがわかる。また、Robert J. Dolan & Hermann Simon(1996)でも、グローバル世界において価格設定は複雑化しており、ローカル化が妥当であると述べられている7)。ただしグローバル化の入り口であるが、輸出が絡むと特に『国際価格エスカレーション』が起こりやすく、各 担当部門での利ざやが積み重なり、価格は高騰する傾向があることが指摘されている8)

124頁】 

 

125頁】
 事例としては、グローバル企業のコカコーラ社も容器でローカル化を実施しており、タイでコーラの缶に名所のデザインをあしらっているが、これは一種のセールス・プロモーションであり、極めてローカル化である要素を取り入れている9)。同様に、グローバル化企業であるスターバックスも日本の京都で築100年の古民家を改造し、人魚の看板もない独自性の高い店舗を構えている。また、神戸にも地域色の濃いデザインの店舗をおいている。非常にローカル性の高い事例である10)。日系企業のイトーヨーカ堂も中国成都においては品揃えにおいて全体の3〜4割は地域ごとの品揃えや売り方にしており、ローカル性を取り入れている11)

 

3.日系食品メーカーと日系非食品メーカー・外資系食品メーカーとの比較

 

サンプル数にアンバランスがあるが、日系食品・日系非食品・外資系食品の3つのメーカーに関して比較を行う。まずは海外拠点数の比較である。(図3-1)

 

 

図左の日系食品メーカー(26社)は、相対的に海外拠点数が少ない。中央に位置する日系非食品メーカー(431社)は、日系食品メーカーよりは海外拠点が多いが、外資系食品メーカーよりは海外拠点が少ない。図右の外資系食品メーカー(7社)は小サンプルだが、海外拠点が100以上ある企業が半数を占めている。この結果から、次のような検討事項が考えられる。
   『日系食品メーカーはまだまだ拠点が少なく、グローバル志向性が低いのか。』

126頁】
 次の図3-2は、オープンイノベーションに関する積極性である。

 

 

「とてもそう思う」、「そう思う」、「ややそう思う」の合計は、外資系食品メーカー86%、日系食品メーカー58%、日系非食品メーカー67%となり、外資系食品メーカーがオープンイノベーションに非常に積極的であることがわかる。日系食品メーカーは、相対的に低い。この結果から次のような検討事項が考えられる。
   『日系食品メーカーはオープンイノベーションまだ不足しているのか。』

 

 

海外現地企業の買収に関しては、外資系の買収は相対的にかなり少ない。逆に日系メーカーは買収経験が半数を超え、多い。この結果から次のような検討事項が考えられる。
   『日系メーカーのグローバル展開は後発故に、遅れを取り戻すための買収を行っているのか。』

127頁】 

 

従業員の感じる海外展開のスピードは、1〜3(はやい)の%合計で見ると、食品メーカーでは、日系が23%、外資系が29%で、非食品メーカーは45%であり、「食品メーカーは非食品メーカーより相対的にゆっくり」である。この結果から次のような検討事項が考えられる。
   『食品メーカーのグローバル進出スピードは比較的ゆっくりであるのか。』

 

 

日系非食品メーカー>日系食品メーカーであり、1兆円以上(青)で比較すれば外資系食品メーカーも日系食品メーカーよりもかなり大きい。この結果から次の様な検討事項が考えられる。
   『食品メーカーは他製造業種と比較して売上規模が小さい。』

128頁】
 ここで「海外売上高比率」とは、企業の売上高のうち、自国以外で売り上げた分が占める比率を指す。

 

 

結果として日系非食品メーカー>日系食品メーカーという順になっている。この結果から次の様な検討事項が考えられる。
   『食品メーカーは相対的に非食品メーカーより規模は小さい。』

 

 

この結果から次の様な検討事項が考えられる。
   『営業利益率的には3者ともそれほど大きな差はないため、グローバル展開による規模拡大のインセンティブは日系食品メーカーにはあるのか。』

129頁】 

 

この結果から次の様な検討事項が考えられる。
   『パートナー企業との連携は日系メーカーの方が外資系メーカーよりも重視しており、その理由はグローバル展開の遅れをカバーするためか。』

 

 

この結果から次の様な検討事項が考えられる。
   『日系食品メーカーは、日系非食品メーカー、外資系食品メーカーと比べて、コーポレート、カテゴリーブランド単位で戦略を変えない傾向にあるのか。』

130頁】 

 

この結果から次の様な検討事項が考えられる。
   『日系食品メーカーの海外進出(先進国・新興国)はアンバランスが多いのか。有望な地域に偏って進出のためか、あるいは後発ゆえ拠点数の少なさという理由のためか。』

 

次に、マーケティング等要素項目のセミ・グローバリゼーションのバランスを3者のメーカーでどのように異なるかを検討してみる。全体での結果は、日系非食品メーカーが圧倒的に多いため、その影響が甚大であった。図3-11と図3-12を見られたい。

131頁】 

 

この結果から次の様な検討事項が考えられる。
   『日系食品メーカーは日系非食品メーカーに比べると圧倒的にローカル性が高い。これはなぜか。』25%のところでラインを引くと結果はよりはっきりする。

132頁】 

 

この結果から次の様な検討事項が考えられる。
   『外資系食品メーカーの標準化の程度が大きく、日系食品メーカーの標準化の程度が圧倒的に小さいことが判明。これはグローバル展開の歴史が浅いためか。』
133頁】
 後述のグリコ(株)米田守秀氏へのインタビューで、上記の結果は現実に当てはまるのではないかと回答であった。食品はセールス・プロモーション等現地の商慣習に従うことが一般的であり、ローカル化しやすい。特に、営業はローカル化が著しい。外資系食品メーカーと比べると差が大きいが、クレーム対応なども外資は標準化が進んでいる。アメリカ企業の場合、フィリピンへ電話が回されるなどというようなグローバル対応が進んでいるようである。

 

これまでの web アンケート調査分析結果からの検討事項をまとめると以下のようになる。

★日系食品メーカー:まだまだ拠点が少なく、グローバル展開志向性が低いか。

★日系食品メーカー:オープンイノベーション不足か。

★日系メーカーのグローバル展開は後発故に、遅れを取り戻すための買収が多いか。

★食品メーカーのグローバル展開スピードは非食品に比べて相対的にゆっくりであるのか。

★営業利益率的には3者ともそれほど大きな差はない。
ゆえにそれほどグローバル展開で規模拡大のインセンティブは日系食品メーカーにはあるのか。

★パートナー企業との連携は日系の方が重視しているようだが、理由はグローバル展開の遅れをカバーするためか。

★日系食品メーカーは、日系非食品メーカー、外資系食品メーカーと比べて、コーポレート、カテゴリーブランド単位で戦略を変えない傾向にあるのか。

★日系食品メーカーの海外進出(先進国・新興国)はアンバランスが多いようだが、有望な地域に偏って進出しているためか、それとも後発・拠点数の少なさという理由のためか。

★日系食品メーカーは日系非食品メーカーに比べると、多様な要素において圧倒的にローカル性が高い。これはなぜか。

★多くの項目で外資系食品メーカーの標準化の程度が大きく、日系食品メーカーの標準化の程度が圧倒的に小さいことが判明。これはグローバル展開の歴史が浅いためか。

 

4.セミ・グローバリゼーション度と営業利益との関係仮説探索:分析1

 

連結営業利益率を従属変数(7段階:1%未満、1-3%未満、3-5%未満、5-7%未満、7-10%未満、10-15%未満、15%以上)に、その他(以下に示す)を独立変数に取り、カテゴリカル回帰を実施。
   (357データで実施:分析結果でわからないと答えたサンプルを抜いた)
   注:カテゴリカル回帰:従属変数にカテゴリカルデータを含む回帰分析
   変数は標準化度が大きな値ほど大きな数値になるよう、7段階ならば、8から差し引いた値を利用。例えば、以下表4-1の Q7S1で、標準化の程度を示すほど大きな数値を取るようにするために、1〜7の値を8から差し引き、8-1=7というように反転計算して利用する。表4-1を参照されたい。

134頁】 

 

独立変数は以下のとおりである。
   Q7〜Q9のマーケティング等要素項目反転値、SC2:製造業カテゴリー(食品・食品加工〜 その他製造業)、SC3:B2B・B2C・両方の別、SC6:海外拠点数、Q1:海外現地企業買収の有無、Q10:直近売上高規模 / 年、Q11:海外売上高比率、Q4:日本国籍以外の従業員割合の反転値、Q5S1:パートナー企業の活用度反転値、Q5S2:コーポレートブランドと個別ブランドの使い分け反転値、Q5S3:先進国・新興国進出のバランスの良さ反転値、Q6:オープンイノベーションへの積極性反転値

 

注)このカテゴリカル回帰では従属変数として、数値、順序、スプライン順序と3つの選択肢がある。
   数値は連続変数として、順序は順序データとして扱われる。ここでスプライン順序とは以下を意味する。『観測変数のカテゴリーの順序は、最適尺度変数に格納される。カテゴリー・ポイントは、原点を通る直線(ベクトル)上に配置される。変換の結果は、選択された次数の滑らかで単調な区分的多項式になる。ユーザーが指定した内側ノットの数と手続きによって決定された内側ノットの配置により、区分が指定される。』
https://www.ibm.com/support/knowledgecenter/ja/SSLVMB_24.0.0/spss/categories/idh_catr_scale.html

 

分析結果は以下の表4-2のように、スプライン順序は数値と順序の中間の結果となった。それゆえ従属変数としては、順序データとして扱う場合に説明力が高くなる。しかし、回帰での変数の統計的有意傾向は有意確率の若干の差で有意・非有意に分かれてしまう。そこで3つの場合のどれかで統計的に有意(ここでは10%水準)になった独立変数はすべて採用してみる。また独立変数同士の相関で高いものはなかった。

 

 

135頁】 

 

連結営業利益率を高める要因を個別に検討していく。まず表4-3を見られたい。
   この表4-3をみると、値引きの程度は標準化している方が利益率は高いことがわかる。次に表4-4をみると CM・ポスター・チラシなどの色彩の程度は、標準化の方が利益率は高いことがわかる。

 

 

同様にブランド・ネーミング、製造業の業種、B2B と B2C の違い、海外現地企業の買収経験の有無、直近の売上高、海外売上高比率、パートナーの柔軟な活用程度の標準化と連結営業利益率を高める要因を個別に検討してみた。結果的に以下のことがわかった。
   ・ブランドのネーミングはローカル化の方が利益率は高い。
   ・食品・食品加工はそれほど利益率が高くない。
   ・B2C と B2B 併用よりも B2C 専業の方が利益率は高い。
   ・海外現地企業の買収経験がない場合、利益率は低い。
   ・直近の売上高が大きいほど利益率が大きい。特に5000億円以上 / 年の売上高が有利である。
   ・海外の売上高比率が高いほど利益率が大きい。
   ・柔軟にパートナー企業とは連携した方が利益率は高い。

 

3種類の従属変数での回帰の結果概要を、以下の表4-5に記しておく。ベータ係数で影響度の大きさを比較することが可能である。

136頁】 

 

137頁】
     本章(分析1:利益率との関連項目)の結果から、以下の探索仮説が得られた。

★値引きの程度は標準化の方が利益率は高い?(セミ・グローバリゼーション項目)

★ CM・ポスター・チラシなどの色彩の程度は標準化の方が利益率は高い?(セミ・グローバリゼーション項目)

★ブランドのネーミングはローカル化の方が利益率は高い?(セミ・グローバリゼーション項目)

★ B2C 専業の方が利益率は高い?

★海外現地企業の買収経験がない場合、利益率は低い?

★売上高が大きいほど利益率が大きい。特に5000億円以上 / 年の売上高が有利?

★海外の売上高比率が高いほど利益率が大きい?

★柔軟にパートナー企業とは連携した方が利益率は高い?

 

5.セミ・グローバリゼーション度を決定する要因仮説探索:分析2

 

マーケティング等要素項目について、グローバリゼーション度の強弱を決める企業の事情を仮説探索する (SPSS のカテゴリカル回帰分析による)。
   Q7〜Q9のマーケティング等要素25項目反転値1つずつを従属変数にとり、その他(以下に示す)の変数すべてを独立変数にとり、カテゴリカル回帰(数値基準)を実施。(406データ:分析で「わからない」と回答したサンプルを除去)

 

独立変数は以下の通りである。
   SC2:製造業カテゴリー(食品・食品加工〜その他製造業)、SC3:B2B・B2C・両方の別、 SC6:海外拠点数、Q1:海外現地企業買収の有無、Q10:直近売上高規模 / 年、Q11:海外売上高比率、Q4:日本国籍以外の従業員割合の反転値、Q5S1:パートナー企業の活用度反転値、 Q5S2:コーポレートブランドと個別ブランドの使い分け反転値、Q5S3:先進国・新興国進出のバランスの良さ反転値、Q6:オープンイノベーションへの積極性反転値

 

これら変数同士で相関の高いものはなかったため、多重共線性の恐れは小さい。ただし、調整済みR2乗が0.05未満のものは説明力が小さいため省略することとした。

 

結果を表として示す。まず表5-1を参照されたい。この結果から製造業カテゴリーはブランドのネーミングの標準化に有意な影響を及ぼしていることがわかる。しかし、製造業の中では、食品はローカル化促進傾向がある。

138頁】 

 

139頁】
同様に順に分析結果を示してゆく。

 

 

140頁】
 結果的に、海外企業買収経験の「ある・ない」共に標準化を促進するが、買収経験のない方が研究開発より標準化することがわかった。
   WEB コミュニティの形成の標準化に関しては、表5-3より製造業カテゴリーは WEB コミュニティの形成の標準化に有意な影響を及ぼすことがわかった。

 

 

141頁】
 表5-4は、製造業カテゴリーがコミュニケーション・メディア・ミックスの標準化に有意な影響を及ぼし、食品はローカル化促進傾向あることがわかる。

 

 

 

142頁】
 他の分析結果も多いため、結果のみを以下にまとめて示すことにする。

本章(分析2)の結果から、セミ・グローバリゼーション度決定要因仮説を考察すると、仮 説的に以下のようなことが言えよう。

★製造業カテゴリーは研究開発、CM 内容、コミュニケーション・メディア・ミックス、 WEB コミュニティの形成、ブランドのネーミング、消費者キャンペーン・イベント、卸活用の標準化に有意な影響を及ぼす。しかしながら、食品は最ローカル化促進傾向ありか?

★B2B、B2C 両方手がけているほど WEB コミュニティの形成は標準化傾向があるか?

★海外拠点数が多いほどコミュニケーション・メディア・ミックス、WEB コミュニティの形成はローカル化、つまり内容を変えるか?

★現地企業の買収経験がある・ない共に標準化を促進するが、買収経験のない方が研究開発、
WEB コミュニティの形成、卸活用がより標準化するか?そしてブランド・ネーミングはローカル化するか?

★直近売上高規模 / 年が大きいほどブランドのネーミングの標準化傾向ありか?そして消費者キャンペーン・イベント、卸活用のローカル化傾向ありか?

★海外売上高比率が大きいほど CM 内容、WEB コミュニティの形成はローカル化、小さいほど標準化つまり同じ内容か?

★日本国籍以外の従業員割合が大きいほど CM 内容、卸活用は標準化、つまり内容は同じか?

★パートナー企業を活用するほど CM 内容は標準化、つまり内容同じか?そしてブランドのネーミングはローカル化傾向があるか?

★コーポレートブランドと個別ブランドの使い分けをするほど CM 内容、コミュニケーション・メディア・ミックス、消費者キャンペーン・イベント、卸活用はローカル化、つまり内容を変えるか?

★先進国・新興国へバランスよく進出するほど CM 内容、コミュニケーション・メディア・ミックス、消費者キャンペーン・イベント、卸活用は標準化、つまり内容は同じか?

★オープンイノベーションへの積極性が高いほど WEB コミュニティの形成は、標準化傾向があるか?

 

6.江崎グリコ株式会社におけるセミ・グローバリゼーションの考え方
      〜インタビューによる探索仮説についての議論〜

 

インタビュー結果の前に、食品の美味しさという味覚視点からローカル化の特徴が出やすい理由を述べておく。

美味しさを感じる4つの理由は、伏木(2008)及び中野他(2011)によると図6-1のようになる12)。この図の食文化の観点からみると、美味しさはローカルな食文化から大きく影響を受けることから、食品はローカル(現地)化しやすくなる。

インタビュー先の江崎グリコ株式会社の海外展開概要を、同社のホームページに依拠して説明すると以下の通りである。江崎グリコの海外展開の歴史は戦前からであり、昭和初期には中143頁】国大陸や東南アジアへと展開していた。しかし、戦争により振り出しに戻り、戦後再び海外への活動をスタートさせた。1970年にタイグリコを設立し、その後アメリカ、カナダ、ヨーロッパ、中国等へと活動を拡大させた。現在の主戦場はやはりアジアであり、既にタイを中心に多くのグリコファンを獲得し、タイ・中国を軸に、アジア市場でグリコの存在感をより一層高めつつある。そして、アジアのグリコを確立した後には、世界のグリコを目指し成長をする意向を示している。アメリカ、カナダ、ヨーロッパだけでなく、世界中にグリコの商品を届けていきたいというのが目標である。(http://saiyou.glico.jp/company/global/より作成)

 

 

また、図6-2にはグリコのセグメント別売上高を、図6-3にはグループ概要を、図6-4にはタイでのグリコの現状を記載しておく。

144頁】 

 

145頁】 

 

146頁】 

 

147頁】
 web アンケート調査の分析結果に基づくこれまで仮説(疑問)に関して、2018年5月1日(水) に江崎グリコ株式会社(大阪富国生命ビル20F 梅田オフィス)において、経営企画本部経営企画部の米田守秀担当部長にインタビュー及びディスカッションを行った。米田氏は、1998年入社で20年ほど在籍されている。海外経験は2003年11月〜2015年12月末まで12年2ヵ月、中国と韓国へ赴任しておられた。

 

米田氏によるとまず、江崎グリコの海外展開は、タイが皮切りであった。第2次世界大戦前には満州に工場があったものの、終戦後タイが最初と言える。そして、タイからヨーロッパ、中国へと展開した。ヨーロッパでは、ポッキーを展開した。ブランド名はミカドといい、スティック・ゲームから由来したネーミングである。現在は、北米を重視(米国江崎グリコ設立)している。このミカドは日本名のポッキーなのだが、ヨーロッパでは合弁(Mondelez International, Inc., NASDAQ: MDLZ)ブランドのためこのブランド名となった。ヨーロッパ以外は、ポッキーで統一している。

海外では、販売会社を各地に設立し、ポッキー、プリッツを中心に展開している。日本のように多様な菓子を出しているわけではない。ブランドは一品一品育てる必要があり、一気に多様なブランドを海外で出すのは難しい。

ASEAN ではタイに菓子工場がある。ヨーロッパは合弁会社の工場で製造している。北米は工場がなく、輸出である。このため価格は高くなるが、アメリカの店頭売価は安くしなくても売れるため、輸出でも価値に見合った価格となる。利益率が高いエリアとしては歴史的に長く出ているところであり、タイ等がそれに当たる。北米も20年くらいになり、短くない。

菓子のバリエーションを増やすタイミングとしては前に出した製品が定着したら等、地域環境に適している場合は増やすことにしている。特にポッキーはグローバル商品である。

 

以下、web アンケート調査結果の探索仮説に関する議論を以下に示す。ただし、ここでは議論になったものを掲載し、あまり議論にならなかったものは省略することにする。

 

★仮説:日系食品メーカー→まだまだ拠点が少なく、グローバル志向性が低い?

【回答】   比較したことはないが、自動車・電気メーカーに比べると圧倒的に少ないと思う。食品でも海外に出る傾向をもつ企業が多い。例えば歴史の長い企業として味の素、キッコーマン等がある。海外展開はトップの意思決定だと思う。歴史が古くてもグリコがそれほど海外展開をしていなかったのは、海外展開をやりきれる人材が不足している、国内が固まっていない等、いろんな要素がありうるのではないかと思う。また特に高度経済成長期に企業の経営状態の良くない時期があった。このとき構造改革をしなければならなかった。だから一気呵成に海外進出はできなかったのではないだろうか。またオーナー企業でないところはトップが短期間で変わる。それによって進出ポリシーも変わりやすいが、グリコはオーナー経営なので進出ポリシーはぶれない。グローバル進出はこの意思決定が強く作用する。

 

★仮説:日系メーカーのグローバル展開は後発故に、遅れを取り戻すための買収か?

【回答】   外資系は過去に相当多くやってきていると思う。日本系食品メーカーはとにかく148頁】時間を買うというイメージで外資に遅れて実施していると思う。グリコも ASEAN の販売会社を過去に買収している。食品会社の場合、規模がバラバラで横並び意識は少ないが、規模が大きく揃っているビール会社等はあるのではないか。(上田注:規模が大きく、揃っている日本ビール企業は横並び意識があり、現状のシェアを崩したくないため買収も横並び傾向の可能性がある。)

 

★仮説:食品メーカーのグローバル展開スピードは比較的ゆっくり?

【回答】   これまで時間軸はあまり意識してなかった。食品はローカライズしなければならないため、かなり時間を要する。非食品の部品は変えなくて良いが、食品は食文化の多様性が大きい。その対応に時間がかかる。たとえばグリコのポッキーは、変えてはいけないところとそうでないところがある。それは決めている。基本、甘みは変えていない。チョコの口溶け具合などは異なり、食文化の多様性には対応せざるをえない。そうでないと買ってもらえない。ローカル化しないといけない。形を変えてはいけない、守るべき部分はブランドイメージ、提供価値だ。セールス・プロモーションでもポッキーデーでこの部分については共通化している。 (上田注:このブランドの守るべき部分については、エナージー飲料で有名なレッドブルはグローバルで標準化イメージを保っている13)。)

 

★仮説:営業利益率的には3者(日系食品メーカー、外資系食品メーカー、日系非食品メーカー)ともそれほど大きな差はない。故にそれほどグローバル展開で規模拡大のインセンティブは日系食品メーカーにはあるのか?

【回答】   利益率ではなく、利益額は変わる。これも重要。利益額の蓄積は次の投資の原資となる。食品は胃袋の数を増やすこと。グローバル展開するインセンティブは大いにある。

 

★仮説:パートナー企業との連携は日系の方が重視?理由は遅れをカバーするため?

【回答】   これも経営のポリシーの問題ではないか。パートナーと組む意味合いは、なぜ自社でしないのかということなので、実際はできないから組むことが多い。それゆえ、結果的にこうなったということ。グリコはヨーロッパでモンデリーズ社(グローバル展開している会社、オレオが有名)と組んでいる。その経緯としては、1980年代の話だが、昔、モンデリーズ社がジェネラル・ビスケットであった時代に話があったのではないかと思う。グリコとしては、この会社と組んでポッキーの MIKADO のみやっている。これだけでもグリコは大変であり、ユーロ圏で彼らの販路を使ってやっている。
   また進出先の国の法の問題もあり、提携せざるを得ないこともある。タイでは、独資では駄目で法的に国内企業と組まねばならなかった。中国でも法的にやはり合弁であり、提携せざるを得なかった。

 

★仮説:日系食品メーカーは、日系非食品メーカー、外資系食品メーカーと比べて、コーポレートブランド中心で、個別ブランドでは海外展開しないように、国内のブランド149頁】戦略をそのまま適用し、変えない傾向にあるのか?

【回答】   これに関しては経営トップの意思が強く働く。カルビーなどはアメリカでちがったカテゴリーブランド名で売っている。一概に言えないだろうと思う。MIKADO はヨーロッパだけ。他はポッキーというブランドが中心である。中国では同国のブランドでツァイエンシャオピンというのを出しており、日本にも一時輸入したことがあった。結果的に売れなかったのだが。またフレーバーでの現地対応はある。日本にはない中国の商品も他にある、他社のトッポに似ているものなどである。

 

★仮説:日系食品メーカーの海外進出先(先進国・新興国)はアンバランスが多い?有利な地域に偏って進出?あるいは後発という理由のためか?

【回答】   バランスを考えて出ている会社はないだろう。有望性で決めて出て行く。

【問】    グリコがつぎに海外展開を考えている国はあるか?

【回答】   いま出ているところでもやりきれていない。まずそこをしっかりやらないといけない。インドネシアはやっていて、しっかりやらないといけない国。ベトナムなども有望は有望。

 

★仮説:日系食品メーカーは日系非食品メーカーに比べると圧倒的にローカル性が高い。なぜか?

【回答】   食品独自の嗜好性における多様性(文化の影響大)。必要な嗜好性調査は実施している。

 

★仮説:値引きの程度は標準化(標準化)の方が利益率は高いのか?

【回答】   たとえば物流ではローカルのモノを利用せざるを得ない。現地の商慣習に合わさないといけないため、ローカルよりになる。同じような統一的なセールス・プロモーションですべての進出国で一斉にやることはあるが、値引きは現地の商慣習に基づく必要がある。したがってローカル化となる。ブランド価値を毀損するようなことはしたくないので、ある国のシェアをごっそり取るための大幅値引きをするようなことはしない。

 

★仮説:B2C 専業の方が利益率は高いのか?調査では B2C を選んだが、B2B も兼ねている企業がある程度含まれた。

【回答】    B2C の方が製品で部品製造などよりも付加価値が高く、つけやすいのではないか?最終製品の方が付加価値を上げやすく、利益率を上げやすくなるのではないかと思う。食品での B2B としては味の素などがバルクでグルタミン酸ソーダを売っている例がある。醤油もそうだ。それは B2B で利益率は高くないのではないか。

 

★仮説:売上高が大きいほど利益率が大きい。5000億円以上 / 年の売上高が有利ではないか?

【回答】   規模の経済性、範囲の経済性が効いてくる。とするとブランドも標準化する方がいい。

 

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★仮説:海外の売上高比率が高いほど利益率が大きいのか?

【回答】   海外の食品企業の方が利益率は高い。日本国内のビジネスの場合、商慣習のために構造上の問題で利益率は低くなりがちである。最終価格を高くできれば、原価が同じなら利益率は高くなる。海外でのスキム・プライシング(筆者注:高く買ってくれる顧客層だけをターゲットとして高価格をつける価格戦略)が可能ならばまた利益率は高くなるだろう。
(筆者注:中国での資生堂、TOTO がそうであり、スキム・プライシングで高利益率の可能性はある。)

 

ここで少し日本食品企業の低収益性について参考に触れておく。この原因は日本食品市場の 特殊性によるものであるという田中(2012)の説がある。つまり流通の中間に位置する卸がチャネルキャプテンであったという日本の伝統的な食品流通基盤にあるとするものである。その部分を引用すると次のとおりである14)
   『膨大な数の小売業者やメーカーにビジネスチャンスを提供し、結果として小売とメーカーとの激しい競争原理が安価で良質で多様な食品を生むこととなり、消費者はそれを“いつでも、どこでも”購入できるようになった。』

 

★仮説:海外拠点数が多いほどコミュニケーション・メディア・ミックス、WEB コミュニティの形成はローカル化、つまり内容を変えるか?

【回答】   文化が多様化しているからローカル化するのだろう。特に言語が変わればそうなりやすい。ただし伝える提供価値はおなじだろう。またCMは現地でつくることが多い。外国へCMを持ち出すと俳優の肖像権の交渉もあるので、現地でつくるほうが楽である。WEB コミュニティは各国にある。守るところは守り、変えるところは現地で自由に変えてつくることになる。

 

★仮説:先進国・新興国へバランスよく進出するほど CM 内容、コミュニケーション・メディア・ミックス、消費者キャンペーン・イベント、卸活用は標準化、つまり内容は同じか?

【回答】   「バランスよく」はぴんとこない。そういうことはない。結果的に拠点が多くなるということか。でもぴんとこない。

【問】    グリコの方向性としては一国一国ずつ固めていくのか?

【回答】   同時に多くの国に対応するリソースがない。

【問】    集中した国にさらに製品を増やしていくのか、隣の国へ行くのか?

【回答】   両方だ。競争に勝てることも含めて有望であれば、行く可能性が高い。知らない国へ行くのはゼロからスタート。これは大変だ。まず輸出が多い。

【問】    ベトナムはどうか?

【回答】   大きな小売であるハイパーマーケットが少なく、パパママストアが多いので難しい。どんどんハイパーマーケットが増えてくると参入しやすくなるのだが。それは配送コストが下がるからだ。タイでトライアルしているところだ。ポッキーを小分け 6本15円くらいで、暑さ対策でクーラーの入っているところには置こうとしている。

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【問】 インドはどうか?

【回答】   言語が多く難しい。26くらいの言語が1枚のお札にも印刷してある。対応が困難だ。中国人のビジネスマンもそう言っている。

【問】    参入しやすくなったらどうか?

【回答】   参入しやすくなっても競争も激しくなることになる。先発の優位はやはり大きい。

【問】   先発の優位に関しては、自前主義のヤクルトの進出の遅れた国々を外資系食品大手のダノンが模倣で先に市場を押さえていったというような危険性はあるか?

【回答】   そうだ。

 

7.問題提起

 

アンケートデータによる分析とインタビューによる検証をこれまで行ってきたが、最後にいくつか問題提起をしておきたい。

まず、第一に企業は、グローバル展開で「広く・浅く」と「狭く・深く」のバランスの意思決定は難しいと思われる。特に食品企業においては、ローカル対応が大きい分、ある程度「狭く・深く」が重要である。しかし、胃袋の数を増やすことが重要である食品企業では、利益額を増やす観点から展開を広げたい、しかし着実に、リスクを小さくせざるを得ない。このバランスをどう決めるか。

第二に海外展開は市場の有望さがポイントだが、人材手当が難しいため他展開国での進展度、その後の展開に深く関連している。この兼ね合いをどうみるのか。

第三にマネジメント要素のそれぞれのセミ・グローバリゼーション度は、現地事情で異なるが、法則性はありそうで、それらを明らかにする必要がある。

第四に食品はローカル化の要素が多く、海外展開が他製造業種よりもゆっくりとなる。どの程度の展開スピードの違いが適切なのかが問われる。

 

(謝辞)本論文は2018年5月26日の日本商業学会全国大会招待基調講演での報告を基にしている。素晴らしい機会を与えて頂いた学会に多大な感謝を申し上げる。また日本大学商学部井上真里准教授には学会において大変お世話になり、感謝申し上げる次第である。そしてインタビューに際しては、江崎グリコ株式会社の経営企画本部経営企画部の米田守秀担当部長に大変お世話になった。加えて米田氏をご紹介頂いた同社代表取締役専務執行役員・経営企画本部長である江崎悦朗氏にも感謝申し上げたい。

 

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