コロナ禍と医療提供体制の課題
鈴木 亘
コロナ禍は,平時にはなかなか見えにくかった日本社会の諸問題を浮かび上がらせているが,その中でもとりわけ大きな課題が,医療提供体制の問題である。欧米などの諸外国に比べれば,重症者数・死亡者数はもとより,新規感染者数でさえ,我が国は桁違いに少ない状況であったが,現在までに4回の緊急事態宣言を行い,経済に大きなダメージを与えた。緊急事態宣言を出さざるを得なかった主な理由として,病床が逼迫し,医療崩壊の危機に瀕したことが挙げられる。
しかし,我が国の医療機関は,諸外国に比べて,人口当たりの病床数(ベッド数)が突出して多いことで知られている。例えば,2019年時点で,日本の人口1000人当たり病床数は12.8と,先進各国(OECD加盟国)平均の4.4を大幅に上回る(図表1)。また,新型コロナ入院患者に直接関係する急性期病床数についても,やはり日本は人口1000人当たりで7.7と,先進各国(OECD加盟国)平均の3.5を大きく上回っている(図表2)。それにもかかわらず,いとも簡単に医療崩壊の危機1),もしくは事実上の医療崩壊とも言える状況になったことは,国民に大きな衝撃を与えたし,未だに大きな謎である。
本稿は,世界でも有数の病床数を抱え,「世界に冠たる医療」などと高度な医療提供体制を誇っていた我が国が,世界的には決して多くない感染状況の下で,何故かくも簡単に医療崩壊の危機に至ったのか,その原因を探ってゆく。具体的には,これまで様々な形で指摘されてきた原因や,あまり指摘はされないが論理的に考え得る原因をいくつか提示し,一つ一つ妥当性を検討してゆく。各原因仮説は,必ずしもそれぞれ独立したものではなく,その軽重の度合いも様々であり,並列的に議論してゆくことは,あるいは適切ではないかもしれない。しかし,本稿ではわかりやすさを重視し,それらを順番に並べて検討してゆく。また,本稿の最後には,今後,医療崩壊の危機を起こさないためにどのような政策を行うべきなのか,今後の医療提供体制のあり方について政策提言を行う。
2.1 コロナ確保病床の割合の低さ
現在,我が国の医療機関の病床数は,全国で約160万床と言われる。最新の統計(厚生労働省「医療施設調査」(令和元年度))によれば,病院と有床診療所の病床数を合計すると,2019年10月時点で162万97床が確認できる(図表3)。もっとも,精神病床や結核病床,療養病床,有床診療所の病床は新型コロナ患者に対応することが困難と考えられるから,それらを除くと,病院の感染症病床(1888)と一般病床(88万7847)を合計し,約90万床(88万9735床)が,潜在的に対応可能な病床数と考えられる。
それに対して,実際に新型コロナ患者の入院に使われた病床数はほんの一握りに過ぎない。例えば,本稿執筆中の現在,まさに第5波の真っ最中であるが,直近の8月18日現在の入院確保病床数は3万7723床,重症者用の病床数は5530床に過ぎない。88万9735床に対する割合は,それぞれ4.2%(コロナ確保病床)と0.6%(重症者用病床)である。図表4にみるように,入院確保病床数は統計(厚生労働省「新型コロナウイルス感染症患者の療養状況等及び入院患者受入病床数等に関する調査」(各週版))が最初に作成された2020年5月1日の1万6081床から,現在は倍以上になっているとは言え,各種患者数の増加に比べればその増え方はわずかである。つまり,医療崩壊の危機に至った直接的な理由は,「病床自体は豊富に存在するのに,コロナ病床として利用できる割合が非常に少なく,また,時間がたってもあまり増やせなかったこと」にあると言える。ごく一部の医療機関,ごく一部の病床が手一杯になっているのに,一方で新型コロナ患者に対応していない医療機関,病床が少なからずあった(あり続けた)ということである。経済学的には,資源が豊富にあるのに,その配分が非効率な状態にあったと言うことである。平たく言えば,有事であるにもかかわらず,医療資源の総動員体制を作ることができなかったことに問題の根源があると言えよう。問題は何故,そのように非効率な状態が生じ,未だに解消できていないかである。
2.2 人的資源の制約
病床が多いのに何故,医療崩壊の危機になるのかという疑問に対し,よく聞かれる回答が,「病床は多くても,医療従事者が少ないから」というものである。確かに,いくら病床があっても,医師や看護師などの医療スタッフが実際に治療に当たらなければ,入院患者を受け入れることはできない。特に日本の医療機関は病床数の割に医療スタッフの数が少なく,諸外国に比べて低密度医療であることが知られている。新型コロナ患者の入院治療には,通常の入院よりも数多くの医療スタッフを必要とするので,病床よりも人的資源の方が制約になる可能性が高い。
そこで,日本の医師数を諸外国と比較すると,2019年時点で人口1000人当たり2.5人と,OECD加盟国平均の3.5人をかなり下回っている(図表5)。OECD諸国の中でも我が国の人口当たりの医師数は少ない方の部類に入る。しかも,厚生労働省「医師・歯科医師・薬剤師統計」(令和元年度)によると,全国で約30万人いる医師のうち,3分の1に当たる約10万人が診療所の開業医である(図表6)。例え有床診療所2)であっても,新型コロナ患者を診療所が引き 【205頁】 受けることは困難であるから,事実上,対応ができるのは病院の勤務医に限られる。もちろん,診療所の医師が新型コロナ患者を引き受けている病院の手助け・支援に回ることはできるはずであるが,図表6をみると,診療所医師の平均年齢は60.0歳である。ワクチンが普及する前には,医師自身も感染して重症化するリスクが高かったことから,特に高齢の診療所医師にとって病院への支援はハードルが高かったものと思われる3)。
もっとも,それでも病院の勤務医は約20万人という規模である。例え,感染症専門医や呼吸器科の専門医ではなくとも,我が国の大学医学部では一通り全診療科の学習・訓練をしており,医師国家資格を持つものは制度上,全診療科を名乗ることができる。つまり,多少の訓練を行えば,勤務医の多くがコロナ患者に対応できるものと考えられる。無論,勤務医不足はコロナ禍前から大きな社会問題であるし,勤務医が診るべき入院患者はコロナ患者だけではないと言うのはその通りではあるが,全国で約20万人もの勤務医がいて,医師不足からピーク時においても3万強しかコロナ病床を動かせないという説明には無理がある。ちなみに,看護師数は2018年時点で人口1000人当たり11.8人と,OECD加盟国平均の9.0人を上回る人数である(図表7)。
2.3 民間病院の多さ
次によく言われる原因としては,日本は民間病院が多いので,行政の指示で動く公立・公的病院とは異なり,政府の要請に従わない病院が多いというものである。まず,民間病院が多いという点であるが,厚生労働省「医療施設調査」(平成元年度)をみると,病院の中で国および公的医療機関が占める割合は18.4%(施設数ベース)である(図表8)。これをOECD加盟国ベースで比較すると,平均は52.7%であるから,確かにかなり低い部類に入ることがわかる(図表9)。ちなみに,病床ベースでみると,公立・公的病院は大病院が多いため,その比率は28.7%ともう少し高くなる(図表10)。
ただ,民間病院が多いことが直ちに医療崩壊の危機となる理由にはならない。なぜならば,例えばアメリカのように,非常時には,知事や市長による「緊急命令」によって,コロナ病床確保を民間病院にも命じられるような法制度であれば良いからである。また,採算を重視する民間病院であるからこそ,経済インセンティブに反応しやすいはずであり,寛大な財政措置等を通じて,コロナ患者を自ら引き受けさせる手段も講じ得る。
我が国の場合も遅ればせながら,そのような方策が模索されてきた。すなわち,2021年2月に行われた感染症法改正(16条の2項)により,民間病院にもコロナ病床確保をこれまでの「要請」から「勧告」できる制度となり,勧告に従わない場合には,病院名が公表できることになった。これまで,大阪府や奈良県,札幌市等で要請事例があるほか,2021年8月には,厚生労働省と東京都が共同して,都内の全医療機関へ要請を行った。要請に先立って,都が各病院に空床実態の調査を行ったところ,入院促進の兆しがあったという報道もある4)。しかしながら,やはり基本は要請ベースであるから,他国のような強制力を伴った措置ではなく,効果は限定的と言える。
【206頁】そのため,我が国ではもっぱら経済的インセンティブの方が重視されてきた。具体的には,緊急包括支援交付金等として,病床確保支援,医療従事者の人員確保や処遇改善等に,4.6兆円の予算が用意されたほか5),コロナ患者の治療に対する診療報酬も順次,大幅に引き上げられた6)。例えば,緊急包括支援交付金で創設された病床確保料は,重点医療機関がコロナ病床として空床を用意するために,1床あたり1日最大43.6万円を交付する仕組みである。また,さらなる病床確保のための緊急支援として,予備費で1床あたり最大1950万円を補助する仕組みも作られた。しかしながら,病床確保料として用意された措置額(1兆2935億円)に対して執行額は6847億円(2021年2月まで),緊急支援の措置額(2693億円)に対して執行額は1588億円(同3月21日まで)と,十分に活用されているとは言い難い7)。また,緊急包括支援交付金は本来,一時的なコロナ専用病院の設置等にも柔軟に活用できる予算である。中国の武漢市で1000床規模の一時的コロナ専用病院が約10日で建設されたことは世界を驚かせたが,それに倣って,イギリスではナイチンゲール病院と呼ばれる一時的コロナ専用病院が7つ造られ,アメリカでもニューヨークのセントラルパークに野営病院が開設されるなど,その有用性は言を俟たない。しかしながら,我が国ではその必要性が長く指摘されながら,ごく最近に至るまで,利用例はほとんどない8)。
どうして用意された予算が十分に活用されないのであろうか。@経済インセンティブとして機能するだけの十分な金額ではないのか,Aそれとも使い勝手が悪いのか9),B医療機関の側に経済的インセンティブがあってもそれを活用できない構造的な問題があるのか,その理由を見極めた上で改善を図ってゆく必要がある10)。
【207頁】2.4 中小病院の多さ
鈴木(2020)が詳しく議論しているように,病院の一般病床で新型コロナ患者を引き受けることは,物理的にも費用的にも非常にハードルが高い。まず,新型コロナ患者の対応には,感染症専門医,もしくは訓練された医療スタッフが必要となる。看護師などの人員配置も通常の2〜3倍程度必要と言われる。院内感染を防ぐためには,新型コロナ患者を診る医療スタッフはコロナ患者専属にしなければならないし,家庭に戻れぬ医療スタッフのための宿泊先を用意する必要もある。
また,大量の防護具や医療用マスク,酸素吸入や人工呼吸器・ECMOなどの医療機器も用意しなければならない。コロナ患者の動線確保のための改築を行い,隔離用障壁,陰圧室なども急遽設置しなければならない場合もある。さらに,新型コロナ患者のために病床を1つ空けるということは,院内感染防止のために,同じ部屋の病床をその他の病気の患者が使用できなくなることを意味する。隣接する部屋も利用できなくなることが通常である。それどころか,病棟内にコロナ病室を設置する場合には,フロアーごと,あるいは病棟ごと専用病床にしなければならないこともある。さらに,新型コロナ患者を引き受けていることが周囲に分かれば,感染を恐れて入院患者が減少したり,外来患者ですら足が遠のくことを覚悟しなければならない。このようなスタッフ面,設備面,病床面,収益面で余裕のある病院は,自ずと数百床レベルの規模の大病院に限られてしまう。我が国で多い中小病院では,いくら経済インセンティブがあったとしても,物理的に新型コロナ患者を引き受けることが難しいのである。
実は,我が国の病院は,歴史的に診療所が規模を拡大して病院となった場合が多く,他の先進国に比べて,一つずつの病院規模が小さい。図表11をみると,我が国にある病院の実に約7割(令和元年度で69.6%)が200床以下の中小病院である。通常,大病院と呼ばれるのは500床以上の病院であるが,その数はわずか4.8%(令和元年度)に過ぎない。この我が国の病床別施設数と直接比較できる海外のデータはなかなか存在しないが,例えば図表12のOECD加盟国の人口当たりの病院数をみると,韓国にこそ及ばないものの,日本が突出して多いことがわかる。つまり,一つ一つの病院の規模が国際的に見て非常に小さいということである。この中小病院が余りに多いという「病院の中小企業問題」こそが,我が国のコロナ病床不足に直結した重要な構造問題の一つであろう。
現在,どの病院がどの程度,新型コロナ患者を引き受けているのか(病床が確保されているのか)という情報は,行政から情報公開が行われていない。ただし,一部の自治体や民間のコンサルティング会社などが構築しているデータベースなどから,その様子をうかがい知ることはできる。例えば,株式会社グローバル・ヘルス・コンサルティング・ジャパン(GHC)は,病院のベンチマーク分析のために,DPC対象病院の診療データを収集しているが,コロナ禍が始まってからは,そのデータベースを使った分析結果をタイムリーに公開している(渡辺・アキよしかわ(2020))。図表13はその一つであるが,規模の大きな病院ほど新型コロナ患者の受け入れ割合が高いことが明確になっている。
さらに,高久(2021b)は東京都によって収集された都内の病院データを分析しており,病床当たりの累計コロナ入院患者数と病床当たりの医業収益の間に2次曲線の関係があることを見出している。つまり,病床当たりの累計コロナ入院患者数が増えると,始め,病床当たりの医業利益(前年差)が減少するが,一定の患者数を越えると,逆に医業利益が増してゆく。これは,コロナ患者の受け入れ数に「規模の利益」が働くことを意味しており,今後の政策を考 【208頁】 える上で非常に重要なエビデンスと言える。規模の利益が働くことは先の議論からも明らかではあるが,新型コロナ患者の受け入れるためには,その数にかかわらず必要な設備などを用意しなければならず,大きな固定費が発生するのである。また,コロナ病床を用意しようとすれば,部屋ごと,フロアごと,あるいは病棟ごとコロナ専用にせざるを得ないことも,一種の固定費用を生み出し,規模の利益を発生させる。コロナ入院患者に対する診療報酬は一定で限界収入も一定であるため,患者が少ない場合には限界費用の方が限界収入を上回り,医業利益は減少する。一方で,一定の患者数を超えると,限界収入が限界費用を上回り,利益が拡大してゆくのである。したがって,コロナ病床数を拡大する上で最も効率的なのは,高久(2021a)が勧めるように,大病院にコロナ患者を集中的に受け入れさせ(患者集約化),大病院にそれまで入院していた他の病気の患者を中小病院に転院させることである。実際,イギリスのNHSトラスト(病院群)ではそのような患者集約化が行われており,トラストによっては病床の半分以上が新型コロナ患者で埋められていたということである(高久(2021a))。ヨーロッパの中でも感染者数が桁違いに多かったスウェーデンで,第1波の際に首都ストックホルムの大学病院が約1600床のうち約500床をコロナ病床に転換しているし,ドイツも数百床規模の大病院の病床の1割をコロナ専用とした。
これに対して,我が国の都道府県が行ってきたコロナ病床確保の基本方針はほぼ真逆である。すなわち,なるべく多くの病院に対して,少しずつ病床を空けるように要請し,まるで負担の平等化を図っているようであった11)。これでは規模の利益が働かずに非効率であるばかりか,確保できるトータルの病床数も少なくなってしまう。つまり,規模の利益をフルに生かして集約化すれば,もっとたくさんの新型コロナ患者を引き受けられる大病院に対して,その潜在能力を使い切らない形となるからである。
2.5 医療機関間の連携や協力関係の不足
それにしても,規模の利益があるのなら,大病院にとっても診療報酬の高いコロナ患者,特に重症者を数多く引き受ける方が利益増につながるので,本来は自ら進んで患者集約化を行っても良いはずである。しかしながら,現実には大病院のコロナ病床はその規模に比べて必ずしも多くないし,重症者に対処できる人的資源や設備を持ちながら,新型コロナ患者を受け入れない大病院も少なくない。例えば,2020年10月に示された厚生労働省の資料(第27回地域医療構想に関するワーキンググループ資料)によれば,コロナ病床を持つ1872の医療機関(受入可能医療機関)のうち,新型コロナ患者の受け入れ実績がない医療機関が302(16.1%)も存在している。また,受け入れ実績がある病院でも,その受け入れ数はわずかである場合が多い。例えば,人手や設備が特に手厚い全国86の特定機能病院のうち,2021年1月において重症患者が5人未満の病院が62もあることが報告されている 12)。また,新型コロナ患者の受け入れを中心的に担っている公立病院でも,受け入れ実績のある512病院の1病院当たりの患者数は約7人にとどまり,コロナ病床に割り当てている病床割合はわずか3%程度であることが報告されている 13)。欧米では新型コロナ患者入院の中心的な役割を担っている大学病院も,我が国の場 【209頁】 合には受け入れ数が少ないようである。詳細は情報公開が行われていないのでわからないが,象徴的な話として,約1200床の大病院である東京大学病院の患者受け入れ数が10人未満(2021年1月時点)であったことが伝えられている 14)。都内で最も患者を受け入れているとされる東京医科歯科大学病院(753床)でも,受け入れ数は約50床(21年4月時点)と集約化にはほど遠い(高久(2020a))。
こうしたことが起きている背景の一つは,医療機関間の連携や協力関係の不足であろう。通常,大病院の病床は他の病気の患者で埋まっているから,新型コロナ患者を多く引き受けるためには,その患者たちを近隣の中小病院などに転院させられることが前提となる。また,大病院で診ていた新型コロナの重症者が軽快化した場合にも,速やかに近隣の中小病院に転院ができ,大病院の重症病床の回転率を高められることが必須である。逆に,中小病院が軽症者や中等症の患者を引き受ける場合にも,重症になれば大病院に速やかに転院させられることが前提となっていなければ,新型コロナ患者をそもそも引き受けられない。もし,重症者を大病院に移せなければ,人員や設備の不足する中小病院は重症者を抱えて行き詰まってしまうからである。つまり,数少ない大病院への患者集約化,特に重症者の集約化を行うためには,近隣に多数ある中小病院との連携,協力関係が十分に築かれている必要がある。
さらに,この医療機関間の連携,協力不足は,医療提供体制の根詰まりを起こりやすくし,感染者拡大期の医療逼迫に拍車をかける。その具体的なメカニズムについては,高久(2021a,b)による説明が優れている。高久(2021a,b)は,コロナ患者に関する病院間の受け渡しを,「上り」と「下り」の概念を分けて考えることが重要としている。すなわち,中小病院等に受け入れられた軽症者や中等症患者が重症化した場合,大病院に速やかに転院させられるのが「上り」,大病院の重症者が軽快化した場合に,速やかに中小病院等の病床に転院させられるのが「下り」である。「下り」は,大病院と広範な中小病院との連携,協力が必要で,特にハードルが高い。そのため,軽快化した重症患者が大病院にとどまり続け,そこで重症者の病床逼迫が起きる。すると,今度は中等症患者を受け入れている中小病院の方が,重症化しても大病院に移せないことを恐れて積極的な受け入れを行わなくなってしまう。結果として,医療提供体制全体が根詰まりを起こすのである15)。
ところで,そもそも我が国の医療機関は何故,連携,協力関係が不足しているのだろうか。その理由として,鈴木(2020)は我が国の医療提供体制独特の「フリーアクセス」の問題を指摘している。すなわち,我が国では,患者はどこの医療機関に行ってもよい「フリーアクセス」の制度となっているため,大病院と中小病院,診療所は普段からお互いに競争関係にあり,端的に言えば,お互いに「商売敵」である。この点,イギリスやデンマーク,オランダなどの「かかりつけ医」制度が発達している国々では全く状況が異なる。患者は,ゲートキーパー,もしくはGP(General Practitioner)と呼ばれる「かかりつけ医」に,まずは行かなければならない仕組みであり,かかりつけ医が対処できない疾病であると判断されて初めて,紹介状を持って病院に行くことになる。診療所(かかりつけ医)と病院の役割がそもそも異なるため,普段から地域内で協力・連携し合う関係が成立している。これは,必ずしもかかりつけ医に最初に行 【210頁】 くことが義務付けられていないフランスやドイツでも同様である。我が国の場合,かかりつけ医制度や,医療機関間の役割分担(機能分化と連携)の必要性が叫ばれて久しいが,なかなか進まない背景には,この自由すぎるフリーアクセスの問題があると思われる。かかりつけ医制度や病院の機能分化を進めたいのであれば,ヨーロッパの国々のようなアクセスコントロールを導入する必要があるだろう。
2.6 大病院の医療体制の問題
大病院においてすら新型コロナ患者の受け入れ数が少ないもう一つの背景は,医療資源の集約化が大病院においても十分に行われていないことである。例えば,渡辺・アキよしかわ(2020)は,先に述べたDPC対象病院のうち,第1波の医療逼迫が深刻であった時期の都内44のコロナ受け入れ病院の診療データを分析し,@専門医(集中治療専門医,救命救急医,呼吸器内科専門医)とユニット体制(ICU,HCU,ER)の両方が整備されている病院は約半数の21病院に過ぎず,Aユニット体制があっても専門医がゼロの病院が19もあったこと(それにもかかわらず7病院が重症者を受け入れていたこと)を報告している。また,別の調査から,B専門医とユニット体制の両方が整備されている都内41病院についても,専門医数がわずか1人の病院が15もあることを示している。つまり,大病院へのコロナ患者の集約化を図ろうにも,大病院へのソフト・ハード両面の医療資源の集約化が十分にできていないため,物理的に集約化が困難であるというのである。
2.7 保健所の入院調整の問題
今回の新型コロナウイルスは,二類相当の指定感染症16)という非常に高いレベルの対応が必要な感染症に指定されたため,当初,保健所に様々なコロナ関連の対応業務が集中し,特に都市部の保健所はパンク状態に追い込まれた。具体的には,帰国者・接触者相談センターの設置のほか,PCR検査(検査の可否判断と管理,当初は検体採取も),感染者の行動調査,接触者 【211頁】 の確認,健康観察,自粛要請などの多岐にわたる業務のほかに,感染症法に基づいて入院先の調整も行わなければならなかったのである。このため,保健所のマンパワーがボトルネックとなり,入院調整がなかなかスムーズに行えず,医療逼迫に拍車をかける事態となった。現在は,保健所のマンパワーが増強されたり,保健所に救急のリエゾン医師が常駐して協力したり,都道府県の調整本部も対応する仕組みが形式的にはできてはいるが,やはり大半の業務を保健所が担っている状況には変わりがなく,事態はさほど改善されていないようである。また,保健所の入院調整は先述の「上り」が中心で,「下り」を行っていない場合も多い。しかし,下りの業務を行えなければ,医療提供体制に根詰まりが生じることは既に述べた通りである。
さらに,その保健所のマッチング業務を支える情報インフラの未整備状況も目に余るものがある。一頃,新型コロナ患者数の報告について,医療機関と保健所間の連絡がFAXで行われていたことは国民を驚かせたが,未だに保健所と医療機関間の空き病床確認や入院調整業務はほとんどが電話で行われている(救急や都道府県調整本部も同様である)。実は,病床の空き具合を把握する仕組みとしては,厚生労働省が作成した医療機関等情報支援システム(G-MIS)がある。しかし,ID発行済みの約8300病院のうち,平日でも報告があるのは約4000施設にとどまり,数日遅れの情報も少なくない。病床の空き状況が分からなければ,おのずとアナログ対応に頼らざるを得ず,保健所職員が手当たり次第,病院に電話をかけて空き病床を探すという状況が続いている。これでは,マッチング機能が低下し,ただでさえ少ないコロナ病床が効率的に活用されない。G-MISがこの体たらくであるため,沖縄県内や静岡県内などのいくつかの自治体では,地域の病院同士がクラウド上のエクセルシート等でお互いの空き病床をリアルタイムでチェックできるようにして,直接,患者の移送を手配する等の工夫を行っている。
2.8 都道府県間の連携,協力関係の不足
連携,協力関係が不足しているのは医療機関だけではなく,行政も同様である。特に,都道府県間の横の関係が極めて希薄で,都道府県をまたいだ病床の融通がほとんどできないことは,都市部の病床逼迫を生み出しやすくしている直接的原因と言える(鈴木(2020))。今回の新型コロナウイルスの感染拡大は,「都市部から地方部へ」という流れで進行することが多かった。そのため,例えば,東京都内の病床がひっ迫するのであれば,近隣の神奈川,千葉,埼玉と協力し合えば,まだ近隣県はそこまでひっ迫している状況ではないのだから,全体として新型コロナ患者を全員,入院させられたはずである。近隣県も病床不足が迫っているということであれば,さらにその近隣の静岡,山梨,群馬,栃木,茨城などと協力し合えばよい。
また,我が国の医療提供体制は,地域偏在の問題が非常に大きいことが知られている。地方の中でも病院が少ない地域がある一方,病院が多すぎる地域があるのだから,都道府県をまたいだ調整は,都市部だけではなく,あらゆる地域で必要となる。しかし,コロナ病床を確保する作業は都道府県単位で行っており,せっかく調整できた病床を他県に譲ることなど,都道府県の首長や職員の立場ではなかなか発想ができない。しかも,近年,後述の地域医療構想によって,病床削減や機能別病床の適正化についても,都道府県の責任が強く求められ,都道府県ごとに進捗状況を競わされてきた。簡単に言えば,都道府県別の分断統治が進んできたのであり,例え都道府県がお互いに病床を融通し合おうと思っても,もはやそのためのパイプも存在しない場合が多い。
しかしながら,新型コロナウイルスのように県をまたいで感染が広がるようなパンデミック 【212頁】 の際には,都道府県よりももっと広域の調整が必要となるのは明らかであり,それを担えるのは国だけである。つまり,国が間に入る形で,都道府県間の病床調整を行う必要がある。ただ,現行の医療法や感染症法は,基本的に国ではなく,都道府県が病床確保を担うことになっており,国としても動きにくかった面があるとも事実である。今後,パンデミックや大規模災害のように広域で対策が必要な非常事態に限っては,国が司令塔となって指示や調整を行えるよう,国の役割と責任,権限などを強化する法改正が検討されてしかるべきである17)。
2.9 地域医療構想の功罪
今回の医療崩壊の危機の直接的な原因ではないが,コロナ禍が,政府の「地域医療構想」の進行中に起きたことも,コロナ病床不足に少なからず影響していると思われる。
地域医療構想とは,病床数や機能別病床数の地域偏在を解消し,今後の人口構成に合わせた医療提供体制に調整するため,2014年に成立した医療介護総合確保推進法によって進められている政策である。具体的には,@各病院が現在の機能別病床の内訳や将来計画を都道府県に報告し(病床機能報告制度),A都道府県はそのデータ等を活用して2025年の地域ごとの機能別病床目標数を策定する(地域医療構想)。その後,B各地域の医療関係者や行政関係者,有識者等から構成される調整会議(地域医療構想調整会議)を設け,C現状をその目標数に収れんさせてゆくための調整作業を行うというものである。現在,既にCの段階が進行中である。
病床は医療計画によって地域ごとの病床数が規制されているものの,機能別の内訳までは制限されていない。わが国の高齢化は今後,ますます急速に進展してゆくため,重症患者のための急性期病床よりも,高齢者等がリハビリを行うための回復期病床が数多く必要となる。しかし,2015年時点で高度急性期を含む急性期病床が全体の約6割を占め,回復期病床はわずか1割程度に過ぎなかった(図表14)。2025年のあるべき姿から大きくかけ離れていることはもちろん,現状においても相当のミスマッチが生じている。
実は,この状況は過去の厚生労働省の医療政策の失敗の結果である。すなわち,2006年度の診療報酬改定において,患者7人に対して看護師1人を配する急性期病床に,1日当たり1万5660円という高価格を設定し,その後,急性期病床が急増しているにもかかわらず,8年間も高価格を維持した。その結果,厚生労働省の想定をはるかに超える急性期病床が,中小病院においてすら作られてしまったのである。もし,そのまま放置すれば,回復期の高齢患者が高価格の急性期病床に社会的入院するという無駄が,より広範に生じるだろう。また,急性期病床では回復期病床に比べてはるかに多くの医療行為が可能であり,高齢患者への過剰な医療が誘発される恐れがある。そこで,全体的に急性期病床を減らし,慢性期病床や回復期病床に転換してゆくという大きな政策転換が図られたのである。その結果,2015年時点で全国に16万9399床あった高度急性期病床は2018年には15万9660床,59万6423床あった急性期病床は56万8733床と,それぞれ約1万床,約3万床ずつ減少している(厚生労働省「平成30年度(2018年度)病 【213頁】 床機能報告の結果について」,第21回地域医療構想に関するWG資料,令和元年5月16日)。これは,長期的には必要な措置とは言え,短期的には急性期病床を減らしてきたのであるから,今回のコロナ病床不足に一役買った可能性が高いと言える18)。
また,病床調整を進めるために,行政が差配しやすい公立・公的病院をターゲットとしてきたことも,結果的に裏目に出たと言えるだろう。すなわち,厚生労働省は,2019年9月に同省の「地域医療構想に関するワーキンググループ」において,再編統合が必要と考える424の公立・公的病院を実名公表し,各地域の調整会議の議論を活発化しようとした。そして,その再編統合論議の期限を2020年3月に設定していたのである。まさにそのタイミングで,今回のコロナ禍がやってきたため,期限は当分の間延期されているが,新型コロナ患者の受け入れ病床拡大のために,公立・公的病院は現在,中心的な役割を担っている。まだ統合再編が十分に進んでいなかったことが,逆に幸いした面があることは事実である。
また,既に述べた都道府県別の分断統治についても,地域医療構想の下で,都道府県ごとに急性期病床削減を競わせている中で,ますます拍車がかかった側面がある。都道府県間の連携,協力関係の希薄さの背景にも,地域医療構想は影を落としているように思われる。
3.1 非常時の体制について
以上の議論を踏まえて,今後の医療提供体制のあり方を考えることにしたい。まず初めに留意すべきことは,コロナ禍は非常時(有事)の出来事であり,非常時の体制をどうするかという問題と,平時の体制をどうするかという問題は,あくまで分けて考えるべきということである。もっとも,今回のコロナ禍は,平時の体制の問題も浮き彫りにしている。それが平時においても改善することが望ましいのであれば,今回のコロナ禍を奇貨として変革を図るべきである。
そこで,まずはパンデミックという非常時の医療提供体制のあり方を考える。これまで議論してきたように,専門医やユニット体制が整っている大病院に入院患者を集約化することは効果的であるし,効率的でもある。ただし,大病院に患者を集約化するためには,近隣の中小病院との連携,協力が不可欠であり,地域の医療機関間で役割分担を行って,地域全体として一つの完結した「地域包括的な医療体制」を構築する必要がある。
【214頁】コロナ禍に対応した地域包括的な医療体制としては,「松本モデル19)」で有名となった長野県松本市(松本医療圏)や,東京都杉並区の取り組み(木村(2021))が注目されている。大事なことは,行政のリーダー(首長)がまず号令を発し,地域の各医療機関ときちんと話し合って,彼らの役割分担を決め,利害調整なども行って全体計画をまとめあげることである。各医療機関は基本的に一国一城の主たちで,基本的に一つの病院で完結する体制を持っているから,それをお互いに依存し合った地域完結型の体制に転換することは容易ではない。行政のリーダーシップ無しには,いくら待っていても自然発生的に転換されることはないだろう。ただ,松本医療圏の場合には,松本市長のリーダーシップが優れていたことはもちろんだが,以前から「松本広域圏救急・災害医療協議会」という地域医師会や公立病院,民間病院,行政などで構成される組織が存在しており,@普段からお互いに顔の見える関係であったこと,A救急・災害医療への対応を事前に検討・推進してきたので,これが一種,感染拡大期のシミュレーション(事前訓練)になっていたことが大きいと思われる。その意味で,できれば災害訓練と同様,平時から緊急時の各病院の受け入れ態勢を計画し,よく訓練しておくことが大事と言える。
また,この松本モデルなり,杉並モデルを横展開してゆく際に重要なことは,「地域包括的な医療体制」を作った場合に,各医療機関の収入の分配をどうするかである。役割分担によっては,個別の医療機関の損得が大きく分かれることになり,その不公平感が原因で連携,協力関係が築けないこともあり得る。非常時においては,地域の医療機関全体で診療報酬を算定し,医療機関間の合意に基づいて公平に分配を図るなど,何らかの特別なルールを設ける必要があるかもしれない。
一方,改正された感染症法(16条の2項)や,現在検討されている民間病院にコロナ患者受け入れを命令する法改正については,大小問わず,すべての医療機関が対象になることが想定されている。行政命令ができるようにすることは重要な改革であるが,同時に重要なことは,人員や設備が整った大病院に,多くの入院患者を集約化させることである。その意味で,せっかく法改正を図るのであれば,大病院に対して集約化の命令も下せるようにしておいた方が良いであろう。ただ,諸外国の例をみると,患者集約化を担っているのは,多くの場合,公立・公的病院や大学病院である。民間病院に行政命令できる法改正を行うことは,極めて政治的なハードルが高いことを考えると,とりあえずは,公立・公的病院と大学病院に限って命令ができるような法改正を目指す方が現実的かもしれない20)。その代わりに,公立・公的病院と大学病院には,普段から緊急時の体制に迅速に移行するための人員や設備の余裕(バッファー)を,予算面で認めることにする。また,地域医療構想における機能別病床調整についても特別扱いをして良いだろう。
もっとも,それでも感染拡大期においては,中等症患者は中小病院でも対応したり,軽症者は診療所の医師による訪問診療やオンライン診療の管理下で,ホテル療養や自宅療養が必要になるだろう。その際に重要なことは,既に述べたように,上り(入院調整)と下り(退院調整)の両方で目詰まりを起こさないようにしておくことである。そのためには,入院調整と退院調 【215頁】 整を,業務が集中する保健所に担わせるのではなく,普段から医療機関の状況に精通している救急を中心に,医療機関間の橋渡し(リエゾン)ができる医師,保健所職員,他の行政などが一体となった「入院調整対策本部」を設置することである。対策本部は,二次医療圏ごとに設置することがおそらくは現実的で,そこで非常時の広域的調整を一元管理する21)。
実は,厚生労働省は既に2020年3月に同様の趣旨の機関として「都道府県調整本部」の設置を求める事務連絡を発出している。しかし,都道府県ではやや広域すぎたことや,構成メンバーの要件のハードルが高かったことなどが災いしたのか,現在に至るまで期待されたほど機能していないようである。もし,厚生労働省がこの都道府県調整本部を今後も生かしてゆくつもりなのであれば,現場のヒアリングを行って,何が問題となっているのかを検証し,早急に改善を図る必要があるだろう22)。
そして,重要なことは各医療機関の空き病床などがリアルタイムで把握できる情報システムを構築し,各医療機関の間でも「見える化」しておくことである。各医療機関が他の医療機関の状況も見えるようにすることは,行政的にはできれば避けたい心理が働くものと思われるが,実は大事なことである。それは,@保健所による入院調整がスムーズに行われない場合に,代替的な手段として,医療機関間でお互いにダイレクトに調整できるし23),A各医療機関が「自分のところだけが患者をたくさん引き受けさせられているのではないか?」とお互いに疑心暗鬼になることを防ぐからである。残念ながら,厚生労働省の医療機関等情報支援システム(G-MIS)は,この点で全く役に立っていない。早急にシステム改善を図り,リアルタイムで情報が共有できる仕組みに改めるべきである24)。
さらに,感染が急拡大する状況下では,諸外国で行われたように,一時的な「野戦病院」(臨時医療施設)の設置も有効な手立てである。ただ,我が国の場合には,箱物ができる目途が立っても,その中に入る医療スタッフの調達に苦労しているようである。一つの解決方法は,自衛隊の医療部隊や厚生労働省の災害派遣医療チーム(DMAT)の人員を大幅増強し,野戦病院などに迅速に派遣できる体制を整えておくことである。実際,北海道や沖縄では,感染拡大が進む中で,自衛隊の災害派遣を要請したが,自衛隊が派遣できた人員はわずかであった。現在,自衛隊医官,看護官はそれぞれ約1000人程度で,全国の自衛隊病院や部隊のほか,駐屯地の医務室などに勤務している。ただ,自衛隊病院や防衛医科大学校病院でもコロナ患者を受け入れており,災害派遣できる医療スタッフは必ずしも多くない。医療部隊やDMATの大幅増強を図ることは,今回のようなパンデミックだけではなく,これから増えると想定される大規模災害の際にも役立つだろう。もっとも,人員増強には時間がかかる。現在のコロナ禍ですぐに機能させたいのであれば,とりあえず,フリーランスの医師や看護師を破格の待遇で一定期間だ 【216頁】 けの有期雇用を行い,人工呼吸器・ECMOなどの訓練を集中的に行って派遣することが考えられる。また,大型クルーズ船ダイヤモンドプリンセス号の感染の際に,一時議論に上がった自衛隊の病院船建造も,米軍などの実用例をみると有用であり,引き続き検討に値する。
重要なことは,パンデミックのように広域的に発生する非常事態に対処するためには,平時の業務を担う都道府県や市町村だけではなく,国も積極的に実務を担い,地方自治体を支援する役割を物理的にも果たすべきということである。今回のコロナ禍では,厚生労働省はもっぱら各自治体に通知や事務連絡を出すばかりで,実働する場面がほとんどなかった。しかも,現場を持っていないために実情に疎く,あまりに遅かったり,空回りする場面がこれまで多かったように思われる。また,非常時に,安全地帯から指示だけ出して,自ら汗をかかぬ国に,地方は本心から従う気にはならないだろう。
医療派遣などができる遊撃的な実働部隊を国が保有して,国が差配できる現場を持つべきと思われる25)。
さらに言えば,診療報酬引き上げや医療機関への補助金・給付金,ワクチンや治療薬の認可も,厚生労働省は「中央社会保険医療協議会」(中医協)をはじめとする各審議会などを通す平時のプロセスを踏襲したため,機動的な運用が難しかった。諸外国のように非常時には危機管理庁などに権限を一元化し,迅速な判断と政策実行ができる仕組みを整えることも今後の課題と言えよう。
3.2 平時の体制について
次に,平時の体制についてであるが,やはり,高度医療を行うための「医療資源が分散化され過ぎている」という我が国の医療提供体制の根本的問題は,コロナ禍が収束した後にも,早急に改善する必要がある。例え平時においても,急性期医療,特に高度急性期医療には,ある程度の病院規模と人的・物的資源の集中が必要であり,その方が全体として効率性が高く,費用節約的である。今回のコロナ禍を奇貨として,大病院による中小病院の吸収合併,中小病院同士の統合・合併や,地域拠点となる大病院に対してさらなる急性期病床の集約化を図ってゆくべきと思われる。その方法としては,まずは,現在進行している地域医療構想の中で,計画の修正を今から図ることが現実的である。
地域医療構想と言うと,どうしても急性期病床削減というイメージがあるが,土居(2020)によればそうではなく,「東京や大阪をはじめとする大都市部では,病床が全体として不足しているから増床と再編を必要とする地域医療構想が策定されていた。その増床や病床機能の分化と連携の推進も含めて,地域医療構想の推進なのである」と言うことである。そのように柔軟な仕組みであるならば,今後,コロナ禍の教訓を踏まえて,急性期病床の再編や大病院への重点化の方針を改めて明確化し,既に定めた地域医療構想の計画を修正する機会を設けてはどうか。また,その際,地域医療構想調整会議の議論において,大病院への急性期病床集約化がきちんと担保されるために,機能別病床の調整に病院規模に応じた「条件」を設けることも一案である。例えば,一定規模の大病院は急性期病床を削減せず,むしろ増床するという条件を付けた上で,地域内の機能別病床の再調整を図るのである。また,既に述べたように,大学病 【217頁】 院や公立・公的病院に非常時の役割を担わせる代わりに,特別に病床の余裕(バッファー)を認める再調整も検討すべきである。さらに,やはりコロナ禍の教訓を踏まえて,公立・公的病院の再編統合計画はいったん立ち止まって,見直す機会を設けるべきであろう。同時に,2024年から始まる第8次の医療計画についても,コロナ禍の教訓を踏まえた修正を行うことは必須である26)。
今回のコロナ禍では,我が国の医療機関の規模が小さく,中小病院があまりに多いという「病院の中小企業問題」が改めて浮き彫りになった。これは製造業や農業分野にも共通する政治的課題であるが,この是正には地域医療構想における計画修正だけではなく,補助金・税制などの経済的インセンティブを用いて,政策的に誘導することも効果的である。経済政策としてはむしろ,その方が自然であろう。例えば,出資持ち分無し医療法人に移行する際の相続税や贈与税を工夫するなどして,中小病院の統合・合併を促進することが考えられる。また,設備投資に対する補助金や税制なども,規模を拡大するほど有利になるような経済インセンティブを与えることができる。中小病院の統合・合併を奨励するために,地域医療介護総合確保基金から寛大な補助金を出すことも考えられる27)。
ただ,中小病院の政治的反発が大きくなることは容易に想像できる。現実的な対処としては,個別病院の規模はそのままであっても,済生会や徳洲会などのように,病院のチェーン化を図るために,補助金や優遇税制を創設することが考えられる。もし,中小病院がチェーン化されていれば,非常時にはそのうちの一つを専用病院化して,他の病院に感染者以外の入院患者を移し,全体として大病院に似た機能が果たせるからである。チェーン化した病院群で完結できる医療体制を構築化することは,平時にも大いに役立つ。もちろん,一度,チェーン化が図られれば,その後の統合・合併も行いやすくなると思われる。
最後に,保健所についても,近年は人員削減や保健所の統廃合が続いてきたが,今回のコロナ禍は,非常時における重要性が改めて見直される機会となった。和歌山県のようにあまり削減を行ってこなかった自治体の保健所が良く機能したことは重要な教訓であり,これもある程度のマンパワーの余裕(バッファー)を普段から持っておくことが大事と考えられる。もちろん,IT化による情報インフラの整備は,なかなか増やせないマンパワーを補って,業務の効率化を行うために全力で進めるべきである。
木村盛世(2021)「COVID-19新型コロナ,本当のところどれだけ問題なのか」飛鳥新社
鈴木亘(2020)『社会保障と財政の危機』PHP研究所
渡辺さちこ・アキよしかわ(2020)『医療崩壊の真実』エムディエヌコーポレーション
高久玲音(2021a)「コロナが問う医療提供の課題」日経新聞やさしい経済学(2021年5月7日から19日)
高久玲音(2021b)「医療提供体制への影響」経済セミナー増刊『新型コロナ危機に経済学で挑む』日本評論社
土居丈朗(2020)「コロナ危機で露呈した医療の弱点とその克服」小林慶一郎・森川正之編著『コロナ危機の経済学 提言と分析』日本経済新聞出版