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通所リハビリテーション(デイケア)の労働生産性に関する基礎的分析
─事業所データを用いた分析*

 

鈴木 亘

 

 

要旨

本稿は,厚生労働省がインターネット上で公開している「介護サービス情報の公表」制度にかかる公表データの事業所別データを用いて,通所リハビリテーション(デイケア)の労働生産性を分析した。分析の結果,下記の諸点が明らかとなった。

(1)鈴木(2020a,b),鈴木(2021a,b,c,d)による一連の居宅介護サービスの分析結果と同様,通所リハビリテーションについても事業所別の労働生産性には,ある程度の格差が生じている。

(2)事業所別の労働生産性には,同一法人が実施している他の介護事業に関する範囲の利益および範囲の不利益,事業所の労働者数に関する規模の不利益がある。また,地域の競争環境が競争的であるほど,労働生産性が高いこともわかった。一方,同一法人が持つ事業所数の規模の利益,操業期間によるラーニング効果などは,系統的に有意な影響が確認できなかった。

 

キーワード

介護保険,通所リハビリテーション,労働生産性,事業所データ

JEL classification: I11 , E23 , L11 , L25

 

1.はじめに

 

我が国の介護産業は近年,高齢化の進展や労働力人口の減少により,労働力不足がますます深刻化している。こうした中,コロナ禍によって,2020年度,2021年度の介護サービス需要や供給は大きく変動したが,依然として,介護労働力が続く状況は変わっていない(鈴木(2020c))。このため,労働者1人当たりの生産性をいかに引き上げてゆくかということが,依然として大きな政策課題となっている。

既に,介護産業の労働生産性を分析した研究としては,鈴木(2020a,b),鈴木(2021a,b,c,d)が行った一連の研究がある。これらは,事業所レベルのマイクロ・データを分析し,訪問介護, 46頁】 訪問入浴介護,居宅介護支援(ケアマネージャー),訪問介護,訪問リハビリテーションの労働生産性に,どのような要因が影響を与えているのかを分析したものである1)。本稿は,これら一連の研究のデータと分析手法をほぼ踏襲し,通所リハビリテーション(デイケア)に関する労働生産性を分析するものである。

通所リハビリテーションは,デイケアと一般に呼称されることが多いが,簡単に言えば,類似施設である通所介護(デイサービス)と同様,要介護者の一時預かりを行うサービスである。具体的には,老人保健施設,病院,診療所などに併設されているデイケア施設に日帰りで通い,生活機能向上のための訓練や,食事・入浴などの生活支援を受ける。歩行訓練,体操,入浴・排泄介助,住宅改修・福祉用具のアドバイス,看護師による健康チェックなども行われる。

ただ,通所介護が日常生活の支援を主たる目的としているのに対し,通所リハビリテーションは,医療やリハビリに重点を置いているところに特徴がある。実際に,医師や理学療法士,作業療法士,言語聴覚士などの専門職員が常駐しており,リハビリや診察などの健康管理が行われる。

通所リハビリテーションは,要介護者を対象とした介護サービスであるが,介護予防通所リハビリテーションとして,要支援者も同様のサービスが一定回数受けられる。もちろん,自費でサービスを受けることもできる。

さて,通所リハビリテーションは,このように専門的な技術を伴うサービス内容となっていることから,サービスの質に事業所間の差異がある可能性は否めない。しかし,基本的にはケアマネージャーによるケアプランの中にサービス内容は限定されており,実施できるサービス項目は全国一律である。また,医療やリハビリに重点を置いているとは言え,実際には,通所介護と共通するサービス内容も多い。そこで,以下ではアウトプット変数に質の差異を考慮せず,分析を進めることにした。ただし,各種の加算など,サービスの質に関する指標もある程度は捉えることができるので,説明変数としてこれらをコントロールした分析を行う。

以下,本稿の構成は次の通りである。第2章では「介護サービス情報公表システム」のデータと,本稿で用いる諸変数の説明を行う。第3章は労働生産性の分布や変化について基礎的な観察を行った上で,法人種,規模の経済,範囲の経済,操業年数,市場の競争環境,地域の人口要因等の諸変数と労働生産性の関係をみる。第4章は,労働生産性の決定要因について回帰モデルを使った分析を行う。第5章は結語である。

 

2.データ

 

本稿は,各都道府県の協力により,厚生労働省が整備している「介護サービス情報公表システム」の事業所データ(「介護サービス情報の公表」制度にかかる公表データ)を用いる。このデータは,誰もがインターネット上から簡単にアクセスでき,全国約21万か所の「介護サービス事業所」の情報が検索・閲覧できるものである(http://www.kaigokensaku.mhlw.go.jp/)。利用者が介護事業者を選ぶ際に用いることができるように,サービスの質に関する情報や職員の 47頁】 情報等が掲載されており,厚生労働省の「介護サービス施設・事業所調査」にも含まれていないような豊富な情報が入手できる。

まず,労働生産性の分子に当たるアウトプットとしては,@理学療法士,作業療法士,言語聴覚士が提供するサービスの利用者数(理学療法士,作業療法士,言語聴覚士1人当たりの利用者数に,理学療法士,作業療法士,言語聴覚士の常勤換算の人数を乗じたもの),A通所リハビリテーション事業所の記入日前月の利用者数(要介護1から5までの合計人数),B各利用者の要介護度から計算した介護報酬の合計点数(様々な加算2)は除いた本体分のみ)の3変数が入手可能である3)。これらを,通所リハビリテーション事業に従事する総労働者数(医師,理学療法士,作業療法士,言語聴覚士,看護職員,介護職員,相談援助員,歯科衛生士,管理栄養士,事務員,その他の従業者の合計4)。全て常勤換算)で除して,各労働生産性を定義した。@からBをアウトプットとした労働生産性をそれぞれ,労働生産性1,労働生産性2,労働生産性3と呼ぶことにする。

ところで,通所リハビリテーション施設は,利用者10人に対して,もっぱら通所リハビリテーションに関わる職員を1人以上配置し,利用者数が10人を超える場合は,利用者数を10で割った数の職員を配置するルールとなっている。ただ,一時的にこのルールを超えることは十分にあり得るし,本稿が用いるデータでは,どの職員がもっぱら通所リハビリテーションに関わる職員かを特定することが難しい。そこで,少し制約に余裕を持たせ,労働生産性1と2については,職員が1人当たり20人以上の利用者を受け持つ場合には不自然であると考え,当該事業所を欠損値扱いすることにした。こうして除かれた事業所は,3つの労働生産性指標の全てに適用される。

また,それぞれ国勢調査の市町村データとマージして使うため,2015年度のデータを用いて指標を作成した。

 

3.通所リハビリテーションの労働生産性の特徴

 

図1は,3つの労働生産性の分布(カーネル密度分布)をみたものである。全指標とも一定のばらつきがあり,分布の中心が左にずれて,右側の裾野が長い分布となっている。

表1は,各分布の特徴を数値で表したものである。25%と75%の分位の倍率は2倍程度,10%と90%の分位の倍率は約3倍〜5倍程度であり,やはり一定程度の格差が確認できる。ただし,訪問介護などの他の居宅介護サービスに比べれば,事業所間の格差は小さいと言える。

図2から図5は各労働生産性と主要な属性との間の関係を見たものである。まず,図2は, 48頁】 労働生産性の法人種別の差異を見ている。これをみると,3つの労働生産性指標の間にかなり差異が生じているが,自治体と生協・農協,社団・財団などの労働生産性が高いことは共通していると言える。

図3は規模の経済を見るために,同一法人が保有する通所介護事業所数と労働生産性についての関係を見ている。これをみると,概ね,事業所数が多いほど労働生産性が高くなっており,規模の経済が存在することがうかがえる。一方,図4は,事業所当たりの労働者数(常勤換算)と労働生産性の関係を見たものである。これも概ね,労働者数が多くなればなるほど労働生産性が低下し,規模の不利益が生じているように見える。もっとも,これは他の居宅介護サービスにも見られた傾向である。

図5は,操業年数が長いと労働生産性が高くなるという「ラーニング効果」が存在するかどうかを見ている。操業年数は回答年月と事業の開始年月の差から計算した5)。3つの労働生産性指標とも,ある程度の操業年数までは労働生産性が高くなるが,それ以降は下がってゆく関係が見て取れる。

表2は,需要(消費)要因と労働生産性の関係をみたものである。既に述べたように,サービス産業の特徴は消費と生産の同時性にあるから,Morikawa(2011)がサービス産業について分析しているように,人口密度が高いほど労働生産性が高くなることが予想される。人口密度については,市区町村の総人口と高齢者人口(ともに単位は人)を市区町村の可住地面積(ha)で除して作成している。高齢単身世帯割合は,単身高齢者人口を65歳以上人口で除して作成した。これらは2015年度の国勢調査の市区町村別平均データから計算し,各事業所の住所を用いて当該市区町村にマージした。表の数字は相関係数であるが,3つの労働生産性指標の全てについて,係数も小さく,負の値である。いくつかの係数は有意ですらないので,需要(消費)要因と労働生産性の関係は明確ではない。

表3には,関心がある向きもあるかもしれないので,都道府県別の労働生産性を計算して提示している。

 

4.通所リハビリテーションの労働生産性の決定要因

 

前章で見た諸変数と労働生産性の関係を統計的に把握するために,様々な変数を同時にコントロールした回帰分析を行うことにする。具体的には,下記のモデルをOLSで推定する。

ln(労働生産性)=β01事業所操業年数+β2法人種ダミー

              +β3同一法人の事業所数+β4事業所の労働者数

              +β5同一法人の兼業ダミー+β6労働者1人当たりの資本

              +β7ハーフィンダール指数

              +β8市区町村の人口変数+β9サービスの質の変数

被説明変数の各労働生産性については対数値を用いる。説明変数のうち,事業所操業年数, 49頁】 法人種ダミー,同一法人の事業所数,事業所の労働者数は,既に前章で説明した通りである。また,範囲の利益を見るための変数として,同一法人が運営している他の介護サービス事業のダミー変数(同一法人の兼業ダミー)を用いる。労働者1人当たりの資本については,送迎車両の台数/労働者数と,食堂及び機能訓練室の利用者一人当たりの面積(u)/労働者数の2つの変数を使うことにした。

ハーフィンダール指数(HHI)は,事業所のある市区町村の競争環境を表す変数であり,その値が低いほど完全競争に近くなる。事業所の住所がある市区町村別に,各事業所データの各アウトプット(各労働生産性の分子)のシェアを計算し,その2乗を市区町村ごとに合計して作成した。市区町村に関係する人口変数としては,高齢者人口密度6)と高齢単身世帯割合を用いる。既に述べたように,こうした地域の人口変数は2015年度の国勢調査の市区町村別データから作成し,事業所の所在住所でマージしている。

また,サービスの質の指標としては,データから各種加算の状況がわかるので,そのダミー変数を作成した7)。さらに,その他のサービス指標として,利用者の送迎の実施,送迎時における居宅内介助等の実施,損害保険の加入状況,利用者アンケート調査・意見箱等利用者の意見等を把握する取組の状況,第三者による評価の実施状況が把握できるので,それらもダミー変数を作って説明変数に加えた。回帰分析で用いた諸変数の記述統計は表4に示す通りである。国勢調査データをマージしているので,2015年度のみのサンプルである。

推定結果は,表5,6に示している。表5の推定結果を見てみよう。まず,操業年数であるが,3つの労働生産性指標間でまちまちな結果となっており,明確な関係が見て取れない。法人種についても,有意な変数が少なく,あまり明確な関係がうかがえない。

さらに,規模の経済に関しても,同一法人の事業所数は3つの生産性指標とも有意では無く,明確な関係が存在していないようである。ただし,労働者数(常勤換算)については,3つの生産性指標に共通して,1乗項が負,2乗項が正で有意となっており,規模の不利益が働くものの,その効果は労働者数が増えるほど緩和されることがわかる。

範囲の利益については,3つの労働生産性指標に共通して有意な変数はほとんど見当たらないが,唯一,居宅介護支援についてのみ,3指標ともに正で有意であり,労働生産性を高めていることがわかる。同じ法人内のケアマネージャーの方が,通所介護事業所の状況がよく分かっていたり,紹介しやすいということもあるので,通所リハビリテーションに範囲の利益が働くことは自然である。

ハーフィンダール指数については予想通り負で有意となっており,競争的な環境ほど,生産性を高めることがわかる。サービスの各加算のダミー変数についても,いくつかの変数が有意 50頁】 となっている。

以上の結果は,都道府県ダミーをコントロールした表6もほぼ同様の結果となっている。

 

5.結 語

 

本稿は,厚生労働省がインターネット上で公開している「介護サービス情報の公表」制度にかかる公表データの事業所別データを用いて,通所リハビリテーション(デイケア)の労働生産性を分析した。分析の結果,下記の諸点が明らかとなった。

(1)鈴木(2020a,b),鈴木(2021a,b,c,d)による一連の居宅介護サービスの分析結果と同様,通所リハビリテーションについても事業所別の労働生産性には,ある程度の格差が生じている。

(2)事業所別の労働生産性には,同一法人が実施している他の介護事業に関する範囲の利益および範囲の不利益,事業所の労働者数に関する規模の不利益がある。また,地域の競争環境が競争的であるほど,労働生産性が高いこともわかった。一方,同一法人が持つ事業所数の規模の利益,操業期間によるラーニング効果などは,系統的に有意な影響が確認できなかった。

表5,6の労働生産性関数の推定結果からはいくつかの変数が,通所リハビリテーション事業所の労働生産性についても,影響を与えていることがわかった。これらの結果を用いて,労働生産性を向上させるための政策を検討することがある程度,可能である。例えば,いくつかの介護事業との範囲の利益,範囲の不利益を考慮した経営戦略は生産性向上に有効に働くであろう。また,労働者数に規模の不利益があることを考えると,もっと小規模の事業所をたくさん作りやすくした方が,労働生産性が高まる可能性がある。さらに,地域の競争環境を整えることも生産性向上に役立つ可能性がある。

いずれにせよ,介護分野でもマイクロ・データを用いた分析は様々な政策を検討・立案する上で有用である。まさに,エビデンスに基づく政策立案のためのインフラとして,介護産業においてもマイクロ・データの整備・利用は不可欠と言える。介護産業の生産性向上が重要な政策テーマとなる中,マイクロ・データに基づく学術研究の蓄積は喫緊の課題であり,鈴木(2020a,b)や鈴木(2021a,b,c,d)が行った居宅介護サービスにとどまらず,施設介護サービスや地域密着型サービスなどの介護事業でも同様な試みが行われることを期待したい。

 

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鈴木亘(2021a)「訪問入浴介護の労働生産性─事業所データを用いた分析」『経済論集』(学習院大学)第58巻1号,pp.45-62

鈴木亘(2021b)「居宅介護支援の労働生産性─事業所データを用いた分析」『経済論集』(学習院大学)第58巻1号,pp.63-80

鈴木亘(2021c)「訪問看護の労働生産性に関する基礎的分析─事業所データを用いた分析」『経済論集』(学習院大学)第58巻2号,pp.133-153

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