日本の不動産評価・融資慣行の特質
−「法定耐用年数」が銀行融資に与える影響について1)−
金田 直之
In Japan, value of buildings would be zero after the lapse of ‘Useful lives’ of Buildings. It is quite different from the real estate valuation in United States and Germany. The proportion of houses in the personal portfolio is large. Thus, it can inhibit the holdings of additional risk assets, and it may have had negative wealth effects in Japanese economy. This paper compares the relevant system in Japan, United States and Germany. The effect of this unique system will be analyzed.
Key word: Real estate valuation, Useful lives, Depreciable assets, Real estate finance, Japan, Mortgage
不動産評価,耐用年数,減価償却資産,不動産金融,日本,住宅ローン
米国のサブプライムローン問題に端を発する世界金融危機にも見られるように不動産(住宅を含む)融資は各国の金融システムにおいて重要な位置を占めていると考えられる。本稿においては,米国やドイツの不動産融資の制度と我が国の制度・慣行を比べ,その違いが不動産取引や他の経済的行動にどのような影響を与えているかについて制度論の立場から考察を行いたい。
ここでは,日本・米国・ドイツにおける不動産評価の違いを概観したい。
日本での不動産の具体的な評価方法として,取引事例比較法,原価法,収益還元法の3つをあげることができる。(国土交通省[2007])
取引事例比較法は,対象の不動産と同様な不動産の取引事例によりその不動産の価格を類推して価格を算出する方法である。
【342頁】原価法は,対象となる不動産の再調達原価を求め,この原価からその不動産の経年による減価価格を控除して,現在価値を求める方法である。
この方法は不動産を建てるコストを見積もり,そこから上記の要因による減価を考慮して建築物の評価を行うものであり,さらに再調達原価から減価修正を行って,適正な積算評価を求めるとされる。(調査研究委員会・鑑定評価理論研究会[2010])。そして,「減価修正は,期間的な損益計算を正確に行うために取得価格を適正に費用配分することを主要なねらいとしている企業会計上の減価償却とは本質的にその目的を異にしているものである。」としている。
不動産評価における原価法と会計上の減価償却の違いは,不動産評価の場合は再調達原価を出発点とし,会計上の場合は通常資産の取得原価を出発点としていることである。また,教科書的には上記のような方法が説明されているが,銀行融資の実務上は税法上の耐用年数が重視され,減価相当額が決定されているようである。これは不動産評価における本来の原価法とは,税法上の耐用年数を使用している点で異なる考え方である。税法上の耐用年数は納税者の恣意的な減価償却を防ぐ意味で税法上の「費用配分」のための期間を一律に決められている数字であるとするならば,それが不動産の使用可能な「経済的耐用年数」と同じである理由は特にないであろう。そもそも設定の理由が異なるものであり,情報の非対称性を理由に税法上の耐用年数の使用を正当化できるものではないと考える。
第三の評価方法は,収益還元法である。不動産が将来生み出すであろうと予想される純収益の合計を求め,それを評価時点での現在価値に割り引くことによって評価する方法である。
さて,ここで米国・ドイツの不動産評価を概観し,日本の評価方法との違いを指摘していきたい。
まず,ドイツにおける評価方法を概観する。
第一の方法はVergleichswert (capital comparison method)であり,日本の取引事例比較法に相当する。
第二の方法はErtragswert (investment income method)であり,日本の収益還元法に相当する。米国の方法などと違い,収益から土地に関する部分を差し引いて,その後に土地の評価額を足す形で求める。
第三の方法は,Sachwert (depreciated replacement cost)と呼ばれるもので,日本の原価法に相当する。土地の評価額と建築物の評価額を足したものになる。後者は経年変化や減耗に伴う減価を反映した形で評価が行われる。住宅の場合,通常の「耐用年数」は100年とされる。(Adair et al.[2011])一方,2008年現在でドイツ税制上の減価償却期間は50年であり,住宅を物理的に使用可能な期間とは異なっている(CCH[2008])。日本の銀行融資の評価では,税制上の「耐用年数」を経済的耐用年数としているため,この点は全く異なる。
日本の場合,銀行融資の際の評価が不動産評価に大きく影響しているとすると,他の国とは資産としての不動産のあり方が根本的に異なることになるだろう。特にデフレで再調達原価が上昇していない場合は,建物部分は「耐用年数」で「償却」されてしまい,価値がなくなってしまう。これを原価法の問題に帰するのは早計といえるだろう。ドイツの評価法では,税制上の減価償却期間と無関係に経済的耐用年数を考えている。「耐用年数」が百年とすれば,毎年の減価は1%であり,インフレ率2%程度で再調達原価が2%程度上昇していくのであれば,建物部分の価値は目減りすることにはならない。税制上の減価償却期間を使用して建物が使用できる期間を短くすることで,建物の減耗を大きくし,それだけ資産価格の低下を招いている【343頁】 可能性がある。また,「耐用年数」を短くすることで銀行融資がつきやすい期間を限り,「耐用年数」経過後の買い手がつきにくくなる影響も大きい。そしてこうした状況では,耐用年数が過ぎた建築物を補修する経済的誘因も小さくなり,物理的に建築物が劣化する可能性も大きくなる。
次に米国の不動産評価を概観する。米国の場合,投資としての不動産に焦点が当たり,収益物件については日本の収益還元法に相当するIncome Capitalization Approachが評価の中心となる。
日本の原価法に対応する方法が,Cost approachである。不動産評価額を土地と建物とに分け,対象不動産の償却資産と新築で効用が最大のものとの差を推定するとしている。
建築物の有効寿命を計算するに際して,年間の減価率を計算し,そこから有効寿命を逆算することが行われている。例えば,経年8年のビルが,年間2%の減価をしていたとすると,100%÷2%=50で50年の有効寿命があると計算され,50−8=42で42年の残存寿命があると計算される。
第三の方法は,Sales comparison approachと呼ばれ,日本の取引事例比較法に相当する。他の二つの方法で算出された評価額も,類似の物件の評価額との調整にはこの方法が使用される。
まとめると,米国の収益物件の場合は日本の収益還元法にあたるIncome Capitalization Approachが評価の際に重視される。原価法に対応するCost approachにおいても,実際の減価については市場のデータを重視しており,経済的寿命から減価を算出する場合でも,日本での実務のように税法上の耐用年数が重視されるということはない。
ここで,不動産評価の原価法における減価と似た概念としての会計上の減価償却についてまとめておこう。
19世紀に英国鉄道会社が多年度にわたる設備・機械を持つようになって,固定資産の会計に関して重要な問題となったとされる。(馬場[1967])固定資産の損耗については何らかのメンテナンスが必要であり,それへの対処として減価償却が計上されるようになった。当初,固定資産の「価値」の減少をもって,減価償却とする考え方もあったが,損益費用対応の原則により資産の簿価の一定割合を減価償却とするようになった。(Brief[1966])
馬場(1967)によれば,減価償却とは「固定資産に投下された資本を費用として諸会計年度に割り振ること(allocation)」としている。
広瀬(2002)は,「減価償却とは,土地および建設仮勘定を除く償却資産の取得原価から見積残存価額を控除した額を,その見積耐用年数の期間にわたって一定の組織的な方法によって原価配分する手続きである」としており,会計上の取り扱いは実務的には安定していると考えることができる。
Hicks2)は客観性と会計上の秩序の問題から原価主義による会計を擁護している。また,減価【344頁】 償却については経済学的に決定的な方法は存在しないとし,伝統的な会計上の処理を容認している。また,インフレーションの時に経済的な減価償却の金額を見積もるのは会計士ではなく,経済学者の責任であるとしている。(Brief [1982])
さらに馬場(1967)は実務上困難な点があることを指摘しつつも,減価償却が原価主義による費用配分理論として一応の結論に到達したことを認めている。
以上のように,実務上の減価償却は資産を取得した際のコストをその使用期間にわたって配分することであり,一義的にその資産の価値とは結びつくものではない。
また,会計上の減価償却と税制上の減価償却も異なる点がある。会計上の減価償却は広瀬(2002)の記述にもあるとおり,「見積耐用年数」の期間にコストを配分するものであり,もともとその資産を使用しつつ残存期間についても見積もりによって修正していく性質のものである。税制上の「耐用年数」は,課税所得の算定などで恣意的な扱いを避けるために,一定の年数になっていると考えることができるだろう。
日本の税法上,減価償却の期間が「法定耐用年数」と呼ばれている点は既に述べたが,減価償却の期間としての「法定耐用年数」にも,日本独自の考え方が反映していると考えられる。例えば,法定耐用年数を過ぎた固定資産の償却期間は法定耐用年数の20%とみなす簡便法が存在する。木造建築の場合,耐用年数は22年であるが,築23年の木造住宅の場合は22年×20%=4.4となり,端数切捨てによって4年となる。米国の場合,償却期間を過ぎた資産を購入しても,税法上の償却期間で初めから償却するだけであり,日本の制度には制度上の「使用期間(=法定耐用年数)」が暗黙の前提となっていることが理解されよう。
日本の銀行融資においては多くの場合,原価法による評価が重視され,実務上は積算価格が重要な評価基準になるようである。こうした考え方自体はドイツの評価方法にもあり,特別な考え方とはいえない。しかし,2節で記述したように,税制上の減価償却期間を「耐用年数」と呼び,その期間までしかその資産を使用できないように扱っている慣行は我が国だけのものであると考えられる。なお,収益還元法を評価に主に使用している金融機関も法定耐用年数を建築物が使用できる期間と考える点では変らないため,以下の議論が当てはまる3)。
また,上記の慣行は本来の不動産評価の在り方とも異なる。例えば,中島(1985)は「適切な管理・補修により法的耐用年数が過ぎたものでも,数十年の耐用年数がある場合がある」としており,本来具体的な不動産を十分調査することにより,実際に使用に耐える使用期間を見【345頁】 積もるのが主旨であったはずである4)5)。
具体例で日本の融資慣行の特殊性を見ていくことにしよう。例えば価格3000万円の鉄筋コンクリート造の不動産物件があったとする。
中古で耐用年数が20年残っている物件であれば,3000万円全額を借入れるとすると,借入れ期間20年,全期間固定の金利3.05%とすると,ボーナス月の返済なしで,毎月の支払額は167,131円となる6)。
一方,新築の場合,法定耐用年数がフルに使え,最大の返済期間が35年,全期間固定の金利2.35%とすると,ボーナス月の返済なしで,毎月の支払額は104,851円となる。月々の支払額には6万円以上の差があり,新築を購入した時の支払いから比べるとこの場合の中古の支払いは6割程度多くなる計算となる。
こうした違いは,中古の物件の場合は物件の評価が積算価格の70-80%以下の場合もあり,新築の場合は評価が100%となることもあるため,生じる可能性がある。
これらの支払い額を購入者がどのように評価しているかが問題となる。ここで,収益還元法のように,リスクを考慮した還元利回りで割引いた現在価値で評価しているならば新築のほうが有利となる。
徳光(2009)は,「住宅地では,土地還元利回りを4%,建物還元利回りを6〜7%としている例が多くみられました」としている。仮に,住宅購入者の還元利回りが5%とする。
5%で毎月の支払いを割り引いて現在価値を求めると,新築の場合は20,775,423円となる。中古で頭金がない場合の現在価値は,25,324,577円となる。35年かけて返済する新築の物件のほうが,中古で20年返済する場合よりもこの計算では現在価値が割安になる。米国の場合,中古の住宅を購入しても,借入れ期間が新築より短くなるということはない。中古になれば使用価値の点から価値が下がることはあってもリスクが増大するという認識はないことが背景にあるようである。
日本でも,耐用年数を過ぎた建築物についても自宅として購入する場合には,通常の新築を購入するよりは短い期間で融資を行ったりするケースもあるようである。しかし,多くの場合は返済の支払は,中古より新築のほうが割安の場合も多いと言えそうである。
こうした金融システムの元では,たとえ空室となっている中古の不動産が存在したとしても,新築の物件のほうが融資を受けやすく,中古物件の取引は限定されたものとなるであろう。こうした状況は日本の不動産取引の現状とよく対応しているように思える7)。
不動産融資と不動産価格については先行研究が存在する。Adelino et al.(2012)は米国担保適格融資の対象になった住宅の価格が上昇していると示唆している。Favara and Imbs(2014)は,銀行業務の州外への規制緩和を自然実験として信用供与の増加が住宅需要や住宅価格に影響していることを見出している。本稿での記述は,不動産融資の慣行により中古の不動産取引に影響があることを示唆しており,先行研究にある住宅価格の問題ではないものの,日本における不動産融資の不動産取引への影響の視座を提供することになる。
また,不動産融資の慣行・実際に関する所見も学術論文での記述は多いとは言えない。
清水(2006)は住宅ローンに関して,多くの金融機関が住宅の資産価値設定を適正に実施していないと述べている。さらに市場価格情報から乖離した伝統的な住宅価格査定・管理体制から脱却できない金融機関の審査システムは問題だとしている。また,清水(2016)は住宅資産の適正な評価を行い,住宅資産の毀損を防ぐために透明で中立的な住宅市場の構築が必要だとしているが,情報整備の必要性を主張するものの,日本の金融機関の融資慣行の米国などとの違いなどについては触れられていない。米山(2012)は空き家の4類型を提示し,「売却用,賃貸用,別荘など二次的住宅以外の「その他」が増加する場合に外部不経済が発生する可能性が高まるとしている。一方,米国,ドイツなどどの不動産融資の慣行の違いについては触れられていない。
本稿で述べられている実務慣行は実務家にとっては既知のことであるかもしれないが,本稿のように記述されることにより初めて学術的考察が可能になる。日本での評価のように「耐用年数」を過ぎた建築物には価値がなく,そうした建物に融資を行うのもリスクが大きいと考えるのであれば情報整備を行っても中古の不動産取引は増加しない可能性がある。こうした情報を学術的に記述し基本的な考察を行うことが本稿の貢献といえるであろう。
次に不動産融資の影響が現れている市場として,日本の賃貸不動産市場の状況をみてみよう。
クー・佐々木(2008)は日米の新築住宅着工と人口の増減のデータから,年間250-300万人の人口増が続く米国の住宅着工が住宅バブル期を除けば100-150万戸で推移していたことを指摘している。それに比べて,日本の場合は人口増加が鈍化し,さらに減少に転じているにもかかわらず,住宅着工が年間100万戸を上回っていると述べている。即ち,人口減少社会となっているにもかかわらず,新築住宅の供給が大量になされ,中古住宅の取引が少ないことを示唆しているようである。これは,金融機関の融資が新築を優遇するシステムになっていること,税制上の優遇策などで説明できるのではないだろうか。
クー・佐々木(2008)はさらに,欧米諸国ではバブル崩壊期などを除き,税法上の償却期間が終わった建物でも,購入価格より時価のほうが高いことが一般的だとしている。これに対し,日本の場合は建物の時価が税法上で認められている減価償却の期間よりも早く資産価値が減価【347頁】 してしまうとしている。
建物部分を原価法で評価するにしても,減価償却期間(=法定耐用年数)より速く減価するのは奇妙な現象である。しかし,これも新築の不動産が大量に供給されているためと考えれば説明できるのではないだろうか。
この点に関して志村(2010)により,賃貸不動産事業の状況を概観する。
2008年の住宅・土地統計調査によれば,日本の借家総ストックは2,189.68万戸そのうち,空き家となっているものが412.68万戸であり,借家空室率は18.8%となる。また東京の借家総ストックは337.41万戸,借家空室総数は46.48万戸であり,借家空室率は13.8%となる。
これを他の先進国と比べている。米国の場合,借家総ストック数は4,072.3万戸,借家空室総数は439.3万戸であり,借家空室率は10.8%。また,ニューヨーク市の借家総ストック数は214.46万戸であり,借家空室総数は61,762戸であり,借家空室率は2.9%となっている。同様にロンドンの借家空室率は9.3%である。米国・英国に比べると,日本の借家空室率は高く,特異な融資制度により新築が大量に供給され,空室率が高くなっている可能性があろう。
志村(2010)は,さらに貸家着工数と世帯数の比率を2005年の時点で比べている。日本全体では,貸家着工数/世帯数は1.028%,東京では1.386%である。米国における貸家着工数/世帯数は0.181%である。貸家着工数も,日本が年によって変動があるものの30万戸〜50万戸程度であるのに対し,米国のそれは金融危機の時をのぞき19万から28万戸程度であり,半分程度にとどまる。さらにフランスの首都圏(イル・ド・フランス)における貸家着工数/世帯数は0.005%となっている。貸家着工数は年平均1万戸にとどまるとしている。
耐用年数を超えた建築物もメンテナンスをすることにより居住可能であることを前提とすれば,日本の不動産融資における法定耐用年数の重視は税制上の優遇などと共に新築購入のインセンティブを著しく高めているように思われる。法定耐用年数越えの建物が融資の付く買い手が見つかりにくい状況の中で,メンテナンスが行われなくなれば,建築物の劣化は早まり,法定耐用年数までしか使用できないという制度は自ら建築物の寿命を短くしている可能性があるだろう。さらに,新築の建築物が大量に供給されて,持家の購入や賃貸においても新築が好まれれば,中古物件の家賃の低下などを通じて通常の減耗を反映した原価法以上の建築物の価値の減少が起こるはずである。「築15年程度で住宅の価値が消滅する」(クー・佐々木[2008])という日本の住宅市場は,耐用年数より早く建築物の価値が消滅しており,まさにそうした状況を示しているといえないだろうか。
住宅購入者が制度からもたらされるインセンティブに反応して,中古の不動産ではなく,新築を購入しているとすれば,「日本人は新築を好む」というのは一種の神話であり,制度の改革によって住宅に関する人々の行動を変える可能性があることになろう。次に現在の不動産融資の制度・慣行による影響と考えられるものについて論ずることとする。
これまでの議論を前提とすれば以下のような影響を問題としてあげることができよう。
1)日本の不動産融資が不動産の評価に影響を与えているとするならば,人々の資産保有に関する行動にも影響を与えている可能性が大きい。
【348頁】新築の住宅(不動産)を購入した場合,一戸建ての建築物は15年程度で価値がなくなり,土地/建物の割合が3:7の場合,土地の値下がりがないとしても単純に考えて年率4.6%程度の価値の下落がおきるはずであり,資産の下落に伴う逆資産効果があるのではないか。土地/建物の割合が7:3の場合でも2%程度の下落になり,デフレないしディスインフレの状況であれば,やはり状況は厳しいと思われる。ちなみに,建物と土地を合わせたものの家計の資産に占める割合は日本では3割を上回っており(クー・佐々木[2008],小池[2009]),その影響は無視できるものではないと考える。本稿の考察からは,地価の下落や少子化があたえる以上に,不動産評価の慣行から逆資産効果が発生している可能性が考えられる。
Cocco(2004)は不動産と金融資産を含む家計のポートフォリオについて分析を行い,不動産の所有はそのリスクと流動性の低さから株式の所有を抑制すると示唆している。日本の不動産所有については,本稿で述べたように「耐用年数」の重視から一定の年数で建物の価値がなくなり,金融機関の融資の影響で中古不動産の取引が少なくなっており,Cocco(2004)が示唆するよりも株式の保有がより一層抑制されている可能性がある。
また,クー・佐々木(2008)は,日本では中古住宅の流動性が低く,建築部分の資産価値は確実に目減りし,保有リスクは高く,リターンはマイナスになる可能性があり,人々がこれ以上のリスクを取るのは困難だとしている。
こうした問題により人々のポートフォリオ選択を通じて,リスクマネーの供給が少なくなっている可能性があるだろう。
また,日本の不動産評価においては建物が一定の年数を経て無価値になるという点は特に高齢者の資産保有状況に影響を与えている可能性がある。
雨宮(2015)は,ストックを多く保有するが,フローが不足している高齢者向けに持家を担保に融資を行うリバースモーゲージ普及の課題について論じている。ノンリコースの仕組みや担保割れリスクを保証する仕組みのほか,建物部分も担保評価に含めたり,戸建てだけではなく,マンションも対象にすることを提言している。現状の不動産評価の仕組みでは高齢者の保有する住宅は耐用年数越えになっている可能性が大きく,建物部分を融資の担保にすることは難しい。高齢者が自らの住宅を担保に老後の資金を賄おうとするのであれば,耐用年数以内で価値がゼロになる仕組みを改め,不動産評価について再考する必要があるのではないだろうか。
2)金融機関の融資が新築に有利になっており,税制上の優遇措置もあることから,多くの人々が新築を購入するのには現行の制度化において一定の経済的合理性があると考えられる。「法定耐用年数」を過ぎた建築物を購入するという選択肢も存在する。しかし,人口が増えている米国でも100〜150万戸の新築住宅着工であるのに対し,100万戸の新築住宅着工があり,新築を選んでいる購入者が多いと理解できるのではないか。中古の不動産が金融機関の融資において不利な扱いを受けているとするならば,建築物が「法定耐用年数」しか使用できないという日本独特の概念と相まって,その市場価値は低くなり,空き家になる可能性が大きくなるだろう。このような現象は,経済全体の視点から見れば,空き家があるにも関わらず,新築の住宅が作り続けるということになり,経済的資源の効率的な配分からは問題があることになるだろう。
清水(2016)は空き家が増え続け,今後10年ほどで日本の住宅ストック全体の約四分の一まで増加すると述べている。
【349頁】また,こうした新築優遇・空き家の増加は金融システムの観点からも問題がありうる。現行の日本の制度・慣行のもとでは,中古の住宅ストックが存在しても,新築の住宅を作り続ける可能性が大きい。その際,既存の住宅ストックの量とは無関係に新築住宅が供給されるとするならば,金融機関の融資で前提としている不動産評価での価値が保たれる保証はないのではないか。銀行の建築物評価は10-20年程度で価値がなくなるとされ(徳光[2009]),積算価格では単純に毎年5-10%価値が減耗するという前提で融資が行われているように見える。しかし,空室があるにもかかわらず,新築の大量供給が続く場合には既存の家屋まで含めれば供給過剰になり,こうした状況を金融機関側が予想していない場合には想定以上の担保価値の下落がおこる可能性がある。
現行の不動産融資の仕組みでは,既存の不動産がメンテナンスによって使用可能であっても,耐用年数越えとして融資が行われにくいため,中古住宅まで含めれば需要と供給がマッチしない点がそもそも問題であると考える。
なお,国土交通省の「中古住宅の流通促進・活用に関する研究会」は2013年に報告書を作成している。この中で,1)建物評価の抜本的改善,2)中古住宅流通市場の改善方策,3)金融機関における評価の問題,などが討議・報告されている。建物評価の在り方,流通市場,情報開示などの改善方策が示されているが,米独などにおける実質的に半永久的と思われる「耐用年数」と融資期間の関係,日本における融資の慣行の違いとその影響の可能性について報告書に直接の言及は見られない。
また,長嶋(2014)は中古住宅の再評価の方法として,「リフォームや修繕によって建物の価値が上昇する」という考え方と,「リフォームや修繕によって,実質的な築年数が短くなる」という考え方を紹介している。本稿で示した考え方が正しいとすれば,より影響が大きいのは金融機関による融資期間の問題である可能性がある。今後,実務の検討の場で評価方法の細部が議論されていくことに期待したい。
本稿では,日本の不動産評価における法定耐用年数と減価償却について,国際比較の観点から日本における実務慣行の特質を明らかにした。税制上の減価償却期間をもって,建築物の耐用年数とみなす慣行は日本独特のものであり,不動産担保融資・住宅ローンの融資期間が中古物件において短くなる原因となっている。それにより単年度あたりの返済額が中古物件で大きくなると共に,不動産にまつわるリスクを反映した還元利回りで割り引けばローン支払いの現在価値が新築のほうが小さくなっている可能性がある。
これは,日本の実務上,不動産などの固定資産を法定耐用年数までしか使用できないものと前提している点に原因があると考えられる。減価償却とは費用の配分にほかならず,資産価値と直接に結びつくものではないという理解が制度改革の出発点になりうる。
Adair, A., Downie, M., McGeal, S. and Vos, G. 2011. European Valuation Practice, Theory and technique, Taylor & Francis.
Adelino, M., Scholer A. and F. Severino. (2012) Credit Supply and House Prices: Evidence from Mortgage Market Segmentation, NBER Working Paper 17832 February 2012
Brief, Richard P. (1982) Hicks on Accounting, Accounting Historians Journal Vol.9, no.1 pp93-103
Brief, Richard P. (1966) The Origin and Evolution of Nineteenth-Century Asset Accounting, Business History Review pp1-23
CCH (2008) International Master Tax Guide, CCH Australia
Cocco, J.F. (2004) Portfolio Choice in the Presence of Housing, Review of Financial Studies Vol. 18 No.2 pp535-567
Favara, G. and J. Imbs. (2015) Credit Supply and the Price of Housing, American Economic Review Vol.105, No.3 March 2015 pp958-992
雨宮卓史(2015)「リバースモーゲージの現状と課題 -高齢化の進展と金融サービス-」調査と情報No.877
金田直之(2013)「日米独の不動産評価制度の比較」学習院大学経済経営研究所年報 57-62頁
リチャード・クー,佐々木雅也(2008)「なぜ日本は豊かになれないのか。日本の住宅事情からの考察」『知的資産創造』64-79頁
小池拓自(2009)「家計の保有するリスク資産 -「貯蓄から投資へ」再考-」レファレンス67頁
小松幸夫(2010)「建物は何年持つか」 財務省「PRE戦略検討会」(第2回)における有識者ヒアリング提出資料
https://www.mof.go.jp/national_property/councils/pre/shiryou/221021_05.pdf
国土交通省(2007)不動産鑑定評価基準(平成19年4月2日一部改正)
国土交通省(2013)「中古住宅の流通促進・活用に関する研究会報告書」
http://www.mlit.go.jp/common/001002569.pdf
清水千弘(2006)「住宅金融市場と住宅価格」住宅金融月報652号 pp16-23.
清水千弘(2016)「透明で中立的な不動産流通市場の条件」土地総合研究 2016年冬号 pp49-64.
志村和明(2010)「日本,アメリカ,イギリス,フランスの賃貸住宅統計」『NYC, London,Paris&Tokyo賃貸住宅生活実態調査』リクルート住宅総研 56-68頁
千葉県(2005)『入門産業連関表その見方・使い方』
https://www.pref.chiba.lg.jp/toukei/toukeidata/sangyou/h17/17riyo.html#a02
調査研究委員会鑑定評価理論研究会(2012) 『新要説不動産鑑定評価基準』住宅新報社 133-142頁
徳光祝治(2009)『不動産担保評価』金融財政事情研究会 110,120頁
長嶋修(2014)『「空き家」が蝕む日本』ポプラ社 71-72頁
中島芳一(1985)『銀行融資担当者のための不動産評価の実務』ぎょうせい 54頁
馬場克三(1967)『減価償却論』7版 千倉書房
広瀬義州(2002)『財務会計(第3版)』中央経済社
峰村英二(2012)「住宅の耐用年数の長期化がもたらす新たな可能性」住宅金融支援機構 82頁
峰村英二(2013)「住宅取得に伴う耐久消費財支出額とその購入実態」住宅金融支援機構 72-79頁
米山秀隆(2012)「空き家率の将来展望と空き家対策」富士通総研経済研究所 研究レポート No.392 May 2012