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公開: 2011年12月12日 / 最終更新日: 2012年7月18日
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放射線と原子力発電所事故についてのできるだけ短くてわかりやすくて正確な解説

子供の被ばくに気をつけなくてはいけないのは何故か

「子供の被ばくについては大人とは別格で考えなくてはいけない」ということがくり返し言われている。 ぼくの解説でも「放射線って体に悪いの?」の「子供は別格に考える」の最後に太字で注意してある。

このように言われる理由は、「子供はそもそも弱い存在だ」とか「子供は社会の宝だから大切にしよう」といった単なる常識論・感情論だけではない。 同じ状況で同じ量の被ばくをしても、幼い子供のほうが健康被害を受ける可能性が高いことが客観的にわかっているのだ。 いくつかの点をできるかぎり冷静に解説する。

このページの目次

子供の方が放射線の影響を受けやすい理由

「大人のほうがセシウムの内部被ばくに弱い」という誤解?

広島・長崎の被爆者のデータ(あるいは、データ不足)

「最大の危険」は回避できたようだ。とはいっても・・・

子供の方が放射線の影響を受けやすい理由

子供の被ばくの影響が大きい理由は大きく分けて三つある。

まず、言うまでもないことだが、

ことはもっとも重要だ。これは放射線とは関係のない常識である。

しかし、放射線の被害の場合、大人と子供の差は、これだけではない。 放射線を被ばくしたことによる DNA 損傷の健康への影響は、被ばくしてから年月が経ってもずっと継続することがわかっている(下の「広島・長崎の被爆者のデータ(あるいは、データ不足)」を参照)。 よって、

ことになる。

しかし、実際には DNA の影響は同じではない。

ことが知られているのだ。 これは、原爆で被ばくした人たちの疫学調査(下の「広島・長崎の被爆者のデータ(あるいは、データ不足)」を参照)からもはっきりわかっていることだが、DNA への損傷という観点からももっともらしい。

本文の「放射線って体に悪いの? 」の「放射線がガンを増やす仕組み」で説明したように、放射線を被ばくすると細胞のなかの DNA が傷つけられる。 とくに、DNA の二本鎖切断と呼ばれる損傷が、長い年月を経てガンの増加につながると考えられている。 さらに、細胞分裂が活発なときには DNA が損傷される危険が高いことが知られている。 細胞が分裂する頻度は子供のほうがずっと高いので、子供のほうが放射線からの影響を強く受けると考えることができる。

「大人のほうがセシウムの内部被ばくに弱い」という誤解?

しっかりと確認したわけではないが、「子供よりも大人のほうがセシウムの内部被ばくに弱い」と思っている人がいる可能性がある。 念のため、それが誤解であることを説明しておく。

本文の「シーベルトとかベクレルってなに?」の「内部被ばくもシーベルト(でも、ややこしい)」で紹介した実効線量係数の表から、セシウムのところを抜き出してみよう。 これは、「1 Bq の放射性セシウムを食べ物や飲み物といっしょに摂取したとき、それが、通算で何 Sv の被ばくと換算できるか」を示している。

【実効線量係数の例(経口摂取)単位は Sv/Bq 】
核種 半減期 3 ヶ月 1 歳 5 歳 10 歳 15 歳 成人
セシウム 134 2.06 年 2.6 × 10-8 1.6 × 10-8 1.3 × 10-8 1.4 × 10-8 1.9 × 10-8 1.9 × 10-8
セシウム 137 30.0 年 2.1 × 10-8 1.2 × 10-8 9.6 × 10-9 1.0 × 10-8 1.3 × 10-8 1.3 × 10-8

表を見ると、セシウム 134 についても 137 についても、3 ヶ月の赤ちゃんの係数が最大だ。 ただ、そこから年齢が高くなると、係数は 5 歳児のときに最小になり、それからは年齢とともに上がっていく。 成人の係数は 5 歳児に比べると 5 割増しくらい高い。

この換算の数字だけを見て「大人のほうが 5 歳児よりも敏感なのか。さすが 5 歳児は丈夫だ」などと素朴に思ってはいけない。 これは、セシウムを摂取した際の内部被ばくの程度をシーベルトの単位で統一的に表わすための換算法に過ぎない。 どれくらい健康への影響があるかを表わしたものではないのだ。 実際、(シーベルトで測って)同じ量を被ばくした場合、大人よりも 5 歳児のほうがはるかに大きな影響を受ける。 だから、(ベクレルで測って)同じ量の放射性セシウムを摂取した場合のリスクも、やはり、子供のほうがずっと大きいのである。

広島・長崎の被爆者のデータ(あるいは、データ不足)

解説「被ばくによってガンで死亡するリスクについて」でも触れたように、現在、被ばくによる健康被害を考えるための主要な情報源になっているのは、広島・長崎で原爆にあって生き延びた人たちの追跡調査である。 特に、LSS (Life Span Study) 集団と呼ばれる 12 万人の被爆者の集団について徹底的な調査がおこなわれている。

ここでは、LSS 集団について固形ガンのリスクを解析した論文

D. L. Preston, E. Ron, S. Tokuoka, S. Funamoto, N. Nishi, M. Soda, K. Mabuchi, and K. Kodama
Solid Cancer Incidence in Atomic Bomb Survivors: 1958--1998
Radiation Res. 168, 1--64 (2007) (雑誌の web ページ
に基づいて、被ばくした際の年齢に応じてガンを発症するリスクがどう変わるかをみよう。

この論文には、LSS 集団の調査を手がけている放射線影響研究所のメンバーが著者として多く参加している。 ICRP などの公式の報告書でも引用されている、いわば「主流派」の研究結果だと言っていい(「だから危険を軽く見ている」と言いたいわけではないが)

なお、この論文に示されているのは、あくまで、原子爆弾による放射線を一時期に被ばくした(そして生き残った)人たちについての調査結果なので、低線量を長期間に被ばくする状況とは本質的に異なっている可能性もあることを頭にとどめて置く必要がある。


[cancerRisk] まず、被ばくした際の年齢に応じて、その後のガンの発症率がどう変わるかをみる。

左のグラフ(論文にも同じ図があるが、ここでは放射線影響研究所「原爆被爆者における固形がんリスク」より引用した(なお年齢の表示は下に引用した図からコピーした)。著作権は放射線影響研究所にある)は、1 Gy(1 Sv と同じことと思っていい)を被ばくした人が、ある年齢に達したとき(これが横軸の「到達年齢 (attained age)」)に被ばくしていない人に比べてどれくらい余分にガンにかかるかを示している。 縦軸の数字は、余分なガン患者が 1 年間に 1 万人の中に何人現れるかの評価を示す。 また 3 本の曲線は、それぞれ、被ばくした際の年齢が 10 歳、30 歳、50 歳の場合を表わしている。 (ただし、これは実測の結果ではなく、調査結果をもとに著者らが作ったモデルの曲線である。)

10 歳で被ばくした人たちについての曲線からまず読み取れるのは、幼い頃の被ばくの影響は年齢があがっても決してなくならないことである。 被ばくから 50 年後でも影響は残っている。 DNA の損傷が長い時間をかけて顕在化してガンの発症につながったと考えられる。

さらに、三つの曲線を比較すると、被ばくの際の年齢が低いほど受ける影響が大きいことが明確にわかる。 たとえば、同じ 1 Sv を被ばくした人たちが、60 歳になったとき、年間にどれくらい余分にガンになるかを見ると、 50 歳で被ばくした場合は 10 万人あたり約 20 名、30 歳で被ばくした場合は 10 万人あたり約 35 名、10 歳で被ばくした場合は 10 万人あたり約 60 名で、被ばく時の年齢が下がるにつれて着々と上がっている。 リスクの比較は難しいが、仮にこの数字だけで比べれば、10 歳で被ばくした人のリスクは、50 歳で被ばくした人の 3 倍程度ということになる。

ちなみに、主として LSS 集団の調査結果をもとにして作られた米国の BEIR の報告(ATOMICA のページ)では、5 歳児、15 歳児の過剰リスクは平均値のおおよそ 2 倍程度とされている(リンク先の表の数値は、生涯のガン死亡リスクの上乗せを 1000 人あたりの人数で表わしたもの。リスクは ICRP よりやや高めに評価されている)。


[cancerRisk] 次に、上と同じ状況で過剰相対リスク(Excess Relative Risk、以下では ERR と書く)の様子を見ておこう。 ERR については、別のところ(「被ばくによってガンで死亡するリスクについて」の「過剰相対リスクと過剰絶対リスク」)で説明したが、ここでも丁寧に説明する。

左のグラフは、上と同様の年齢で被ばくした人たちが、ある年齢になったときにガンを発症する ERR を表している(論文にも同じ図があるが、ここでは放射線影響研究所「原爆被爆者における固形がんリスク」より引用した。著作権は放射線影響研究所にある)。 たとえば、50 歳で被ばくした人が 80 歳でガンになる ERR は約 0.5 であると読み取れる。 これは、

(被ばくした人が 1 年間にガンにかかる割合) = ( 1 + 0.5 ) × (同じ年齢の被ばくしていない人が 1 年間にガンにかかる割合)

ということを意味している。 つまり、ガンのリスクが、割合として、0.5 だけ上乗せされるということである(ちなみに生涯全体にわたってのガン発症の ERR は 1 Sv の被ばくで約 0.5 である。ガンは晩年で発症する人がきわめて多いので、80 歳での値が生涯平均とほぼ等しくなっていると考えられる)

すると、10 歳で 1 Sv を被ばくした人が 60 歳のときにガンを発症する ERR は約 1 と読み取れるから、この場合には、被ばくしなかった人に比べると約 2 倍のガンの発症があるということになる。 さらに、同じ人たちが 30 歳のときにガンを発症する ERR は約 3 だから、被ばくしなかった人に比べると約 4 倍のガン発症リスクということだ。 若いときのほうが ERR が高くなっているが、一つ上のグラフで見たように、「被ばくによって余分にガンになる人数」は年齢が高いほうが多くなる。 この逆転が生じるのは、もちろん、被ばくしなかった人たちがガンにかかる割合が年齢とともにどんどん高くなるからだ。 若いあいだは、実際にガンになる被爆者は少なくても、もともとのガン患者の数がさらに少ないので、ERR は高くなるという仕掛けだ。

ERR として高い数字が出てくると怖くなるけれど(そして、もちろん怖いことではあるけれど)実際のリスクがどれくらいあるかは、あくまで「被ばくしなかった際の発症リスク」との比で決まってくるということを理解しておいてほしい。

いずれにせよ、若い時期に被ばくした人が、ある到達年齢でガンを発症する ERR は、年をとってから被ばくした場合よりも一貫して高いことが見て取れるだろう。


以上では、30 歳以上になってからガンを発症する例について見てきたが、同じ論文には、より若い年齢のガンについての記述もある。 以下に、論文からそのまま引用しよう。参考のため、ほぼ直訳した日本語訳をつける。
5. Solid cancer risks during adolescence and young adulthood
Because the tumor registries were established in 1958, cancer incidence could not be evaluated for the first 13 years after the bombings, thus precluding a full evaluation of radiation risks related to childhood cancers. However, we were able to examine risks for persons diagnosed during adolescence and young adulthood. Eight survivors developed solid cancers (one each of stomach, bone, connective tissue, non-melanoma skin, brain, and other nervous system, and two with thyroid cancer) between the ages of 13 and 19. Five of these cancers occurred among survivors exposed to over 1 Gy. The ERR1Gy for cancers diagnosed before age 20 was 19.8 (90% CI 6; 77). As the age of diagnosis increased, the ERR dropped, so that when the 20 cases diagnosed between the ages of 20 and 24 years were included in the analysis, the ERR1Gy was reduced to 7.2 (90% CI 3.2; 15), and when the 37 cases diagnosed between the ages of 24 and 29 were included, the ERR1Gy was reduced further to 5.7 (90% CI 3.1; 9.7). These limited data suggest that if early follow-up had been available, the risks for childhood cancer would have been extremely high. (Preston et al., p.14)
5. 青年期、成人期初期における固形ガンのリスク
腫瘍登録制度は 1958 年に確立されたので、原爆投下から 13 年の間ガンの発生率は評価できなかった。 そのため、小児ガンについての放射線のリスクの完全な評価はない。 それでも、われわれは青年期と成人期初期に診断された人々のリスクを調べることができた。 8 名の生存者が 13 歳から 19 歳のあいだに固形ガンを発症した(胃、骨、結合組織、非黒色腫皮膚、脳、他の神経組織が各 1 名、甲状腺が 2 名)。 この内の 5 件では 1 Gy 以上被ばくした生存者がガンにかかった。 20 歳前で診断されたガンについての 1 Gy あたりの ERR(過剰相対リスク)は 20(90% 信頼区間は 6 から 77)だった。 診断時の年齢が上がるほど過剰相対リスクは小さくなる。 実際、20 歳から 24 歳のあいだにガンと診断された 20 名を含めると 1 Gy あたりの ERR は 7.2(90% 信頼区間は 3.2 から 15)まで低下し、24 歳から 29 歳のあいだにガンと診断された 37 名を含めると 1 Gy あたりの ERR はさらに 5.7(90% 信頼区間は 3.1 から 9.7)まで低下した。 これらの限られたデータは、もし初期からの追跡調査があれば小児ガンのリスクはきわめて高くなっただろうことを示唆している。(プレストン他、p.14)
ここにも明記されているように、原爆投下から 13 年間のあいだのガン発症についてのデータが不足していることは、LSS 集団の調査の大きな欠点の一つである。 つまり、幼い子供の発ガンについては、LSS 調査からは多くは学べないということだ。

この論文で示された、 20 歳前の発ガンの ERR が(1 Sv の被ばくで)20 というのはきわめて高い比率であることは言うまでもない。 被ばくしていない人に比べて、ガンを発症する割合が約 20 倍になる(うるさく言えば 20 +1 = 21 倍だが、きわめて誤差の大きなデータなので気にしなくていい)ということだ。 もちろん、もともとこの年齢でガンを発症する人はきわめて少ないので、実際の発症例の数は少ないのである。 ただ、それを踏まえた上でも、ERR が約 20 という評価は深刻だと思う。

より若い時期での発ガンについては具体的な情報はない。 しかし、「the risks for childhood cancer would have been extremely high(小児ガンのリスクはきわめて高くなっただろう)」という言明が、(危険を過激に訴える立場の人ではなく)「主流派」の論文に見られるという事実は重く受け止めるべきだ。

「最大の危険」は回避できたようだ。とはいっても・・・

チェルノブイリの原子力発電所事故の後、周辺地域の子供たちの中から小児甲状腺ガンというきわめて珍しい病気の患者が現われた。 放射性ヨウ素を牛乳などを通して体内に取り込んで内部被ばくしたことによって生じた健康被害である。

これはチェルノブイリの事故によって生じたもっとも明確な健康被害であり、今では、小児甲状腺ガンとチェルノブイリの事故の因果関係を疑う人はいない。 (チェルノブイリについてのいくつかの(特に「主流派」の)文献では、小児甲状腺ガンが事故の後に明確に増加が確認された唯一の病気だとされている。しかし、より多彩な健康被害が見られたことを報告している文献も少なくない。)


チェルノブイリと福島第一原子力発電所では事故の状況も周辺地域の様子も大きく異なっている。 それでも、福島の事故でも、もっとも危惧された初期の健康被害は小児甲状腺ガンだった。

幸いなことに、3 月に福島で行なわれた調査の結果などから、今回の事故のために小児甲状腺ガンが発生する可能性はほとんどないだろうと考えられている(詳細は、解説「甲状腺等価線量と実効線量について 」とそこからリンクされている解説を参照)。 これは実にうれしいニュースだ。 われわれは「最大の危険」を回避し、子供たちを守ることができたのだ。


とはいっても、甲状腺ガンは短期間の被ばくが原因となる最初の危険に過ぎない。 ぼくたち日本人は、これから、長い年月にわたる被ばくが健康に被害を及ぼす可能性とたたかって行かなくてはならない。 これは文字通りの長期戦だ。 そして、ぼくらが特に守るべきなのは、被ばくに対して弱い子供たちなのだ。

上で紹介したプレストンらの論文での小児ガンについての記述は、小さな子供をもつ人たちには不安に響くことと思う。 しかし、無闇に心配することはないだろう。 今の日本で生じうる被ばくは、原子爆弾での被ばくとはまったく比較にはならないほど小さい。 それに、ぼくたちはチェルノブイリの苦い教訓を活かして「最大に危険」はしっかりと回避したのだ。

ぼくたちが心がけるべきなのは、これから長い年月にわたって決して油断しないことだと思う。 空間線量をこまめに測定し、線量の高い地帯からは子供は遠ざけ必要に応じて除染する。 食品に含まれる放射性物質をきちんと測る方法を確立し、内部被ばくの程度をしっかりとモニターする。 特に、学校給食のように多くの子供が口にする物にはできるかぎり汚染されていない食材を使う。 汚染が高いと懸念される地域では、ホールボディーカウンターによる内部被ばくの測定ができる体制を整える。 そして、少しでも放射線による被害が疑われる地域ではこまめに健康診断をおこなう。 こういった地道な(そして多くの人手と予算を必要とする)努力を続けていくしかないし(ぼく自身はこうやって応援するだけの立場なので、偉そうなことは言えないのだけれど・・)、政府も地方自治体もそういった活動を徹底的にサポートしなくてはいけない。

そして、「子供の被ばくについては大人とは別格で考えなくてはいけない」という客観的な事実を全ての人がしっかりと心に留めておかなくてはいけない。 どんな立場の人であろうと「子供の食を測定する前にまず大人の食の安全を確立すべきだ」などという考えを持つことがあってはならないのだ。


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