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公開: 2011年9月7日 / 最終更新日: 2011年11月12日
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放射線と原子力発電所事故についてのできるだけ短くてわかりやすくて正確な解説

内部被ばくのタイミングのモデル化についてのメモ

2011 年 3 月の小児甲状腺被ばく調査について」に関連する計算の詳細。 微分方程式などを習った人(理系の大学生)には格好の応用問題だと思って少し一般的に書いた。 あまり親切な解説ではないので、興味のある方だけどうぞ。
時刻 \(t\ge0\) において甲状腺に蓄積している放射性ヨウ素の量を \(r(t)\) とする。 減衰の定数を \(\gamma>0\) とし、時刻 \(t\) での放射性ヨウ素の流入率を \(f(t)\ge0\) とすると、\(r(t)\) は常微分方程式 \[\frac{dr(t)}{dt}=-\gamma\,r(t)+f(t)\] に従う。 最初は放射性ヨウ素はないとして \(r(0)=0\) を初期条件とする。 また、時刻 \(T>0\) までには流入は止まると仮定し、\(t\ge T\) では \(f(t)=0\) としよう。 \(f(t)\) の形の詳細は分かっていないと思うことにする。

さて、上の常微分方程式の解は、簡単に書き下せて、任意の \(t\ge0\) において \[r(t)=e^{-\gamma\,t}\,\int_0^t f(s)\,e^{\gamma\,s}\,ds \quad\quad\quad(1)\] となる。 これは、たとえば、定数変化法を使えば簡単に導けるので、理系大学一年生以上のレベルの人は試みてほしい。

甲状腺のトータルでの被ばく量を知るために必要なのは、単位時間あたりの崩壊率 \(\gamma\,r(t)\) を \(t=0\) から \(t=\infty\) まで積分した値である(もちろん、そこに適当な定数をかける必要がある)。 この量は、 \[D:=\int_0^\infty \gamma\,r(t)\,dt=\int_0^\infty f(t)\,dt \quad\quad\quad(2)\] と評価できる(\(:=\) はこれが \(D\) の定義であることを表わす)。 最終的な積分の結果は、解の表式 (1) を積分しても得られるが、実はもっと簡単に一瞬で導ける。考えてみてほしい。


さて、今、放射性ヨウ素の吸入が終わったあと、つまり \(T\) よりも後の時刻に甲状腺にたまった放射性ヨウ素の量を測定したとしよう。 その測定結果から、\(t\ge T\) でのヨウ素の量の挙動が、 \[r(t)=A\,e^{-\gamma\,t} \quad\quad\quad(3)\] のように決定されたとする。 もちろん、指数減衰することはわかっているので、実測によってこの定数 \(A\) が決定されたということだ。

ここでの問題は、\(A\) を知った上で、総被ばく量に直結する \(D\) について何がわかるかを考えることだ。

\(r(t)\) の解の表式 (1) で \(t\ge T\) とすると、積分の上限が \(T\) になり、 \[r(t)=e^{-\gamma\,t}\,\int_0^T f(s)\,e^{\gamma\,s}\,ds \quad\quad\quad(4)\] が得られる。 これを、(3) の表式と見比べれば、 \[A=\int_0^T f(t)\,e^{\gamma\,t}\,dt \quad\quad\quad(5)\] である。 つまり、実測値 \(A\) を使って、関数 \(f(t)\) に (5) という制限がついたことになる。 この制限のもとで、(2) の総被ばく量(の定数倍)がどのような値を取りうるかをみる。


直感的にも明らかだと思うが、\(D\) を最大になるのは、放射性ヨウ素の吸入がごく初期にだけ集中していたと仮定したときだ。 実際には放射性ヨウ素を吸入してから甲状腺にたまるまでには 1 日近い遅れがあるが、そういうったことは無視して、\(t=0\) に一気にすべての量がたまったとしよう。 (5) を満たすためには、\(f(t)=A\,\delta(t)\) とすればいい(\(\delta(t)\) はデルタ関数)。 これに対応する \(D\) はもちろん \[D_\mathrm{max}=A\] である。

逆に、\(D\) が最小に見積もられるのは、放射性ヨウ素の吸入が最後の時期に集中していたと仮定ししたときである。 再び、(5) と見比べて、\(f(t)=A\,e^{-\gamma\,T}\,\delta(t-T)\) となる。 対応する積分値は \[D_\mathrm{min}=A\,e^{-\gamma\,T}\] である。 一般の \(f(t)\) についても、積分値は、\(D_\mathrm{min}\le D\le D_\mathrm{max}\) を満たす。

実際の福島での調査の解析に使われたモデルをみよう。つまり、時刻 \(0\) と時刻 \(T\) の間では \(f(t)\) が一定値を取ると仮定する。 すると、(5) の条件を満たすことから、 \[f(t)=\begin{cases} ({A\,\gamma})/({e^{\gamma\,T}-1})&0\le t\le T\\ 0&t>T \end{cases}\] となる。 よって対応する積分値は、 \[D_\mathrm{const}=\frac{A\,\gamma\,T}{e^{\gamma\,T}-1}\] となる。 ヨウ素 131 の半減期は 8 日なので、時間を「日」の単位で測れば \(\gamma\simeq0.087\) である。 福島の検査でのスクリーニングレベルの決定にあわせて \(T=12\) として、数値を代入して、総被ばく量の評価の比をみると、 \[\frac{D_\mathrm{min}}{D_\mathrm{max}}\simeq0.35,\quad \frac{D_\mathrm{const}}{D_\mathrm{max}}\simeq0.57\] となる。

つまり、タイミングのモデル化が現実と異なっていたとしても、被ばく量の評価はせいぜい半分くらいの過小評価にしかならない。これは、安心材料だ(しかし、吸入のタイミングのモデル化は、なるべく過大評価する側に選ぶべきではなかっただろうか?)。


最後に、おまけとして、今回の調査で用いられた
12 日間連続に吸収したとき、12 日目に甲状腺ヨウ素残留量が 4.4 kBq ならば、甲状腺等価線量 100 mSv の被ばくに相当する(1 歳児の場合)
という基準の整合性を確認しておこう。上と同じ計算だが、ややこしいので、ちゃんと書いておく。

まず、「初期被ばく医療の放射線測定におけるスクリーニングレベル」の表 4-7 によると(←ここでは、この表の内容については鵜呑みにする)、ヨウ素を一気に吸入した場合を考えると、1 歳児の甲状腺等価線量が 100 mSv になるパターンでは、甲状腺ヨウ素残留量は吸入から 1 日で最大値の 7 kBq になる。 1 日間の立ち上がりのことは無視して、ここでのヨウ素の量を \(t\ge0\) で \(r(t)=A\,e^{-\gamma\,t}\) と近似しよう。 \(A\simeq 7\) である。 これに対応する積分量は、もちろん、\(D=A\simeq 7\) である。

次に、\(T=12\) 日間の連続的な被ばくをしたときに、これと同じ \(D\) を与えるのはどういう場合かを考える(上の考察とはちょうど逆)。 (5) を見れば明らかだが、積分量を等しくするためには、 \[f(t)=\begin{cases} A/T&0\le t\le T\\ 0&t>T \end{cases}\] とすればいい。 これを解 (4) に代入すれば、 \[r(T)=e^{-\gamma\,T}\int_0^Tf(t)\,e^{\gamma\,t}\,dt=\frac{A}{\gamma\,T}(1-e^{-\gamma\,T})\simeq4.4\] となる。 ほとんど同様の計算をしていると推測される。


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