統計物理学懇談会(第 12 回)の記録

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公開:2025年1月29日、最終更新:2025年3月27日

今年の統計物理学懇談会も大成功でした。それぞれ素晴らしい刺激的な講演をしてくださったみなさん、議論を盛り上げてくださったみなさん、そして、この会に興味をもって参加してくださった多くのみなさんに感謝します。
記録のためにプログラムを残しておきます。また、いくつかの講演のスライドもリンクしましたのでご活用ください。
統計物理学とその周辺の分野について、様々な話を聴き自由に議論することを主眼にした研究会を開きます。 ご興味のある方は、ぜひ積極的にご参加ください。

この研究会は 2013 年から始めて今回が 12 回目です。 これまでの研究会には幸いにして多くの人に参加していただき充実した素晴らしい会になりました。 過去の記録はトップページからご覧ください。

肩の凝らない、しかし、長い目で見て意義のある会にしていきたいと考えています。 どうかよろしくお願いいたします。

世話人:齊藤 圭司(京都大学)、白石 直人(東京大学)、田崎 晴明(学習院大学)

日程

2025 年 3 月 24 日(月)、25 日(火)
(24 日は午後のみ、25 日は午前 + 午後)

プログラム

講演は原則として日本語です。時間配分はだいたい講演 40 分 + 議論 20 分。

休憩時間(および終了後)には直前のセッションの一人目と二人目の講演者に、それぞれブレイクアウトルーム 1 と 2 に移動してもらいます。講演に関連する議論を続けてください。 ブレイクアウトルーム 3 以降はそれ以外の議論に活用してください。次のセッションが始まるときにはメインの会場に戻りましょう!

3月 24 日(月)

 13:00-13:05
   世話人挨拶
 13:05-14:05
  佐々 真一(京大理)
   大域熱力学の統計力学に向けて slides / Show abstract
大域熱力学は、理論的整合性と予言可能性を有した非平衡熱力学の体系である。特に、非平衡流によって準安定状態が安定化することを定量的に予言している。ハミルトン力学系を用いた大規模な数値計算によってその予言は定量的に確かめられ、ミクロな記述にもとづいて大域熱力学を議論できる状況になってきた。本講演では、その第一歩として、数理的に簡単な状況設定において、メソスケールでのゆらぎのダイナミクスの立場から大域熱力学を導出する。大域熱力学に関わる結果は、中川尚子氏との共同研究によるものであり、講演の大部分は、J. Stat. Phys. に出版された論文にもとづく。

 14:05-15:05
  板尾 健司(理研脳神経科学研究センター)
   人間社会の多様な構造の生成原理:親族構造と人口転換 slides / Show abstract
異なる時代や地域の社会がよく似ていることがあるのはなぜか?とは人類学における究極の問いの一つである。講演者が提唱する普遍人類学では、そうした類型性は人間社会であればいつでも見られる相互作用に由来すると考え、観察された相互作用に基づいてモデルを作り、モデル上で社会構造が生まれる過程を探究している。今回は、氏族社会における親族構造[1, 2, 3]と、近代社会における人口転換[4]という、どちらも歴史上の多くの人類社会に見られた典型的な社会現象についての普遍人類学の試みを紹介する。
[1] K. Itao and K. Kaneko. “Evolution of kinship structures driven by marriage tie and competition”. PNAS (2020).
[2] K. Itao and K. Kaneko. “Emergence of kinship structures and descent systems: multi-level evolutionary simulation and empirical data analysis”. Proceedings of the Royal Society B (2022).
[3] K. Itao and K. Kaneko. “Formation of human kinship structures depending on population size and cultural mutation rate”. PNAS (2024).
[4] K. Itao. “Two universal pathways in demographic transition”. arXiv:2402.15697 (2024).

 (休憩 25 分)
 15:30-16:30
  田財 里奈(京大基研)
   フラストレーションを有するカゴメ金属における様々な相転移の可能性 slides / Show abstract
三角格子やカゴメ格子でみられる幾何学フラストレーションの物理は従来、主に磁性を対象としてその研究が行われてきた。 近年、カゴメ格子を有する超伝導体がみつかり、遍歴フラストレート金属の物理の探求への道が開かれた。
これまでにループ電流(imaginary CDWということもある)をはじめ、様々な相転移や輸送現象が提案・発見されてきているが、いまだに解決できていない問題も山積する。
本講演では、これらの未解明問題や、これまでの結果について議論する。
  
 16:30-17:30
  望月 健(東大物工)
   観測下の量子系におけるリャプノフスペクトル解析と観測誘起相転移 slides / Show abstract
時間に依存しないハミルトニアンで記述される孤立量子系では、ハミルトニアンの固有値スペクトルと対応する固有ベクトルが時間発展及び基底状態の振舞いを完全に記述する。一方、観測下の量子系においては、量子状態は観測結果に応じてランダムに遷移するため、時間発展を完全に記述するハミルトニアンのような単一の生成子は存在しない。本研究では、リャプノフ解析という手法によりそのようなランダムな時間発展に対して有効ハミルトニアンを導入し、そのスペクトルと基底状態を解析した。その結果、孤立系における量子相転移と類似した、スペクトル転移に伴う基底状態のエンタングルメント転移を発見した[1]。また講演では、観測下の量子系においてリャプノフ解析の有効性を保証するためには、観測結果に対する不変測度の存在やエルゴード性が重要である事を説明する。さらに、それらの性質が観測結果について平均化された時間発展(CPTP写像)における定常状態の一意性や正値性と関連する事を紹介する[2]。
[1] K. Mochizuki and R. Hamazaki, Physical Review Letters 134, 010410 (2025).
[2] T. Benoist et.al. Probability Theory and Related Fields 174, 307 (2019).

3月 25 日(火)

 9:45-10:45
  川畑 幸平(東大物性研)
   量子測定下の非ユニタリーダイナミクスの対称性とトポロジー slides
 10:45-11:45
  曽根 和樹(筑波大数理物質系)
   空間力学系から理解する非線形トポロジカル絶縁体 slides / Show abstract
トポロジカル絶縁体におけるバルクエッジ対応(バルクのトポロジカル不変量とエッジ状態の対応)は近年、光学系や流体など様々な系に拡張されている。これらの系には非線形な時間発展で記述されるものも含まれる一方で、従来の議論のほとんどは線形近似できる領域に限定されていた。我々は非線形系のバルクエッジ対応は固有値問題の非線形拡張に基づいて議論できることを明らかにした[1]。また、転送行列の非線形拡張である空間力学系を考えることで、非線形性誘起転移やカオス転移といった非線形系特有の現象を統一的に理解できることも示した[2,3]。本講演ではこの空間力学系という観点からバルクエッジ対応が拡張できること、そして強非線形領域ではそれが破れうることを議論する。
[1] K. Sone, M. Ezawa, Y. Ashida, N. Yoshioka, and T. Sagawa, Nat. Phys. 20, 1164 (2024).
[2] K. Sone, M. Ezawa, Z. Gong, T. Sawada, N. Yoshioka, and T. Sagawa, Nat. Commun. 16, 422 (2025).
[3] K. Sone and Y. Hatsugai, arXiv:2501.10087 (2025).

 (昼食など 1 時間 15 分)
 13:00-14:00
  谷 茉莉(京大理)
   スケーリング的手法による身近な現象の理解 Show abstract
液体の濡れ・浸透現象、弾性体シートやひもの変形などは、我々にとって日常生活の中で目にする馴染み深いものである。表面張力と弾性変形がカップリングした現象は、古典的な力学の問題でありつつ、elasto-capillarity (弾性毛管現象)として、2000年頃から改めて注目されてきた。本講演では、フナムシの脚表面での毛管上昇や、ソフトコンタクトレンズの毛管接着、弾性体ひもの他の物体への巻き付きなど、いくつかの身近な現象を題材に、スケーリング的な手法から、それらが従う物理法則とメカニズムについて議論する。

 14:00-15:00
  横井 祥(国語研/東北大/理研)
   高次元空間上の点群としての自然言語 Show abstract
これまで離散的な系でモデリングされてきた自然言語が、深層学習時代に連続的な系に組み込まれたことで、何がどう変わりどう面白くなったのか、という話をします

 (休憩 30 分)
 15:30-16:30
  山川 高志(NTT社会情報研究所)
   量子優位性と暗号
 16:30-17:30
  中山 優(京大基研)
   現実の磁性体のキュリー転移はハイゼンベルグ模型の普遍クラスなのであろうか?  slides / Show abstract
おそらく違う。
まず、最新の共形ブートストラップの結果によれば、立方格子上でハイゼンベルグ模型の普遍クラスは不安定であることが確実視されている。
さらに、50年くらい前に Aharony と Fisher が主張したように、長距離力である磁気双極子相互作用は(ベアな結合は弱いけれど)繰り込み群的には有意であり、臨界現象を大きく変えると思われる。実際、このとき、新しい臨界点はスケール不変であるけれど、共形不変でないという、世にも稀な性質を示し、そのため共形ブートストラップも適用できなくなってしまう。 (実際、EuO とか EuS と言った磁性体では、この新しい普遍クラスが実現されていることが実験で見つかっているらしい。)
この辺りの話を Rychkov 氏との共同研究の内容を交えて議論したい。

更新記録


田崎晴明
学習院大学理学部物理学教室
田崎晴明ホームページ

hal.tasaki@gakushuin.ac.jp