3. 14C 年代測定法について

木越邦彦

   14C 年代測定で得られる年代値の多くは、大気中の二酸化炭素あるいは水圏の炭酸イオンの炭素が、植物によって有機物の炭素となり、大気あるいは水圏から何年前に分離されたかの年数である。この年代値は、依頼者の知りたい年代と一致するとはかぎらない。測定された14C 年代値は、測定試料が過去にたどった出来事の出発点、すなわちその試料が生物によって作られた時期を示している。依頼者の知りたい年代は、その試料のたどった過去の出来事のある時点であることが多いようである。したがって、測定に用いた試料がどのようなものか、そして測定された14C 年代がどのような年代であるかを考慮して、測定された年代がどの程度の信頼性をもって知りたい年代を示しているかの判断をすべきだと考える。  この判断の材料として、14C 濃度の測定値から算出した年代値がどのような年数を示しているかを知ることが不可欠となるので、以下に14C 年代測定の概要を述べる。

3 − 1) 14C 年代測定の概要

  半減期5730年の放射性炭素14Cが天然に存在することをW.F.Libbyが発見したのは1947年であった。Libbyは当初から14C を年代測定に利用することを考えて実験を進めており、考古学の年代測定に用いるための基礎的な研究を1950年には完了して、実際に年代測定を行っている。 14C は大気の上層、成層圏で宇宙線の加速プロトンと14Nとの核反応によって、地表 1 cm2 あたり毎秒約2個の14C 原子核がつくられ、地球大気に供給されている。この放射性の原子核の大部分は直ちに14CO2 となり、大気中の通常の CO2 とほとんど同じ行動をする。大気中に CO2 として均一に分布した14C は、大気の二酸化炭素の炭素原子が海水中に溶け込んだり、植物によっていろいろの有機化合物となり、動物の体を作る炭素にまで移動して分布するのに伴って地球上に広く分布することになる。 しかし、14C はこの炭素が移動している間に時とともに壊変によって減少する。したがって大気中の炭素が、その場所に到達するまでの時間が長いと14C 濃度は減少する。例えば深海の炭酸イオンの炭素の14C 濃度は大気中の濃度より10 〜 15 %希薄となっている。 対流圏の大気は南北両半球の間でも数年でかなりよく混合されるので14C 濃度の差は天然の状態では無視しうる程度と考えられる。したがって、対流圏の大気は、特殊な環境の場合を除き、実験誤差の範囲内で均一と考えてよい。しかし、海洋性気団の14C 濃度は大陸性気団のそれより0.3 %ぐらいは平均として低い可能性は残されている。 海水の炭酸イオンの14C 濃度は、深いところでかなり薄くなっているので、混合層と呼ばれている表層の海水でも、場所によって上下の混合の激しいところがあり、均一になっていない。しかし、外洋水との交換のよい沿岸の海水中の14C 濃度は、混合層の平均の14C 濃度に近く、大気の炭酸ガスと完全に平衡状態となっているときの14C 濃度より 4 〜 5 %低くなっていることが多い。 大気中の CO2 は地域的にはほぼ一定の14C 濃度を示すけれど、過去にさかのぼってみると14C 濃度にはかなり大きな変動がある。この経年変化のうち原因の明らかなものに、太陽活動の変化によるものがある。AD 1650から1700にかけて太陽黒点が消失した“Maunder minimum” のおしまいのAD 1700前後では、大気中の14C 濃度は約 2 %大きくなっている。太陽活動の変化によって、太陽風の強度が変化し、地球をとりまく磁気圏の形が変化して地球の大気に到達する宇宙線の強度が変化し、14C の生産量が変化したためと考えられている。長期にわたる大幅な変化は、地球の磁気の強度変化によって磁気圏が変化して引き起こされていると考えられている。数千年前には14C 濃度が 8 %以上大きかったことが知られている。過去の大気中の14C 濃度は、年輪の数を数えて生育した年を知ることができる木片について炭素の14C 濃度を測定して知ることができる。

  大気中の CO2 および水圏の炭酸イオンの炭素は、植物による光化学反応によって有機化合物となり、地球上の生物の炭素のすべてに行きわたることになる。したがって、特に長い寿命を持つ生物でなければ、生きている生物の体の炭素は、大気中の CO2 の14C 濃度と等しい14C 濃度を持っていることになる。過去においても同じことが起こっているはずで、t 年前に生存していた生物の遺体が現在まで残されていると、その遺体の炭素の14C は t 年間に壊変して  exp (−λt) 倍に減少しているはずである。この減少量を測定すれば、その生物が生存していた年代 t を知ることができる。(ここで λ=ln2⁄τ1⁄2 ; τ1⁄214C の半減期)  しかし、この減少量は生物遺体の炭素の14C 濃度を測定するだけでは求められない。t 年前の大気の14C 濃度を仮定しなければならない。大気中の CO2 の14C 濃度の経年変化にはすでに述べたように、無視し得ない大幅の変動があるが、これに関する知識は時と共に増加し、確定したものとはいえない。記録として残されるものは、このように時代と共に変動する数値は望ましくないので、大気中の14C 濃度は過去においても現在と同じであったとして年代 t を計算する習慣になっている。このようにして計算された年代値はBP (ビーピー)年代と呼ばれている。この年代値を算出するとき用いる14C の半減期の値も時代と共に精度の高い値が得られ一定でないので、年代値の算出にはLibbyがかつて測定をした半減期の値5570年を用いることになっている。したがって、もし半減期の値を5730年とした t の値を求めたいなら、t の値を3 %増加すればよい。またBP年代を測定した年から何年前の年数として定義すると、いつ測定したかがはっきりしていないと意味がなくなるので、年数を数える起点を定めておく必要がある。BP年代はAD1950年を常に起点として年数を数え,過去の年数が正で未来の年数が負の数字となる。 14C 年代測定で得られる年代値は、上述のようにほとんどのものが過去の生物の生きていた年代値で、それぞれの研究者が知りたいと考えている年代、例えば遺跡が使用されていた年代、出土した土器の作られた年代、あるいは火山噴出物でその地層ができた年代などが直接求められるわけではない。それぞれの研究分野で考えられている過去の出来事のなかで、試料とした生物遺体(木片、木炭、動物の骨など)が成育した年代と、知りたい年代との関連がついて、はじめて測定された14C 年代値が意味のあるものになる。したがって、測定された14C 年代値は、試料についての説明があってはじめて意味のある数字となる。

3 − 2) 標準となる現在の大気中の CO2 の14C 濃度

  現在の大気中の CO2 の14C の濃度は、産業革命以来人類が多量の化石燃料を CO2 として大気中に放出して14C 濃度を希釈し(Suess 効果),さらに1950年以後,特に1960年以後は核爆発実験によって14C が直接大気に加えられ,1961−1963年には天然の状態の2倍ちかく14C 濃度が上昇した。そのため、現在の大気中の CO2 の14C 濃度は年代測定の標準として用いることはできない。現在の標準の14C 濃度をどのようにとるかは,元来各実験室がそれぞれ考えるべきことであるが、Suess効果がほとんどなく太陽活動が通常の状態と考えられる1850年頃の大気中の CO2 の14C 濃度に壊変による減衰を補正した濃度を用いる実験室が多い。この14C 濃度は、NBSで製造し配布した  NBS  Oxalic  Acid  I  の炭素の14C 濃度の95 %に相当することが多くの実験室で確かめられている。GaK(学習院大学年代測定室)の測定でも伊勢神宮の杉の年輪を用いて実測して確認をしている。 実験室で常用する標準体は多量に消費するので、グラニユ糖を十数kg購入し,全体を加熱熔融して均一にして後,更に加熱して炭化したものを二次標準体として使用した。この標準体(SST-Standard)は

δ13C = − 8.7 ± 0.1

で,14C 濃度は 155.6 ± 0 .5 pMCである(註)。 これはAustralian  National  UniversityのPolach  が製作したANU Standard Sucrose と殆ど同時期に製作されているため、14C 濃度はこれとほとんど同じ値となっている。(ANU Standard Sucrose の14C 濃度は150.61 pMC)

(註) 「δ13C、Δ14C については4 - 3 の解説を参照。」pMCは percent Modern Carbon の略で資料炭素の14C 濃度を示す記号である。   試料炭素が、現在の標準の炭素(Modern Carbon )と、14C を含まない炭素(Dead Carbon) の混合物とみなしたとき、試料炭素のは、Modern Carbonを何パーセント含むものに相当するかで示される。ここで、Modern Carbon もDead Carbonも13C については試料と同じδ13C をもつものとする。したがって、pMCは Δ14C で示すと

となる(4 − 3の式 (2) および (3) 参照)。

- Link -
1.学習院大学年代測定室の測定結果と文書資料
2.学習院大学年代測定室について
3.14C年代測定法について
4.年代測定の結果について
5.文書資料について
6.文書資料(PDF)
7.測定結果(エクセル)

 

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