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4.年代測定の結果について

木越邦彦

   測定結果の表は、学習院大学理学部で1960年4月から2001年2月までの間に測定された放射性炭素年代測定の結果を収録したものである。この表は、表計算ソフトExcelを用いて書かれた読み取り専用ファイルで、一部にデータが空白の行や、ひとつの試料番号に対して複数の行が対応している部分があるが、原則的にひとつの試料番号に対して一行が対応し、20,697番までの試料に関するデータが掲載されている。
   この表についての説明を下記の三つの項目に分けて行う。

1) 表示した各欄の内容
2) 14C 濃度の測定
3) 同位体補正

4 − 1)表示した各欄の内容について

   A 列に記載したGaK- は学会誌 "Radiocarbon" に登録されている研究機関、「学習院大学理学部年代測定室」のコードである。

   B 列の番号は測定が行われた順につけた番号で、1つの番号に1つ 或は一連の測定が対応している。一連の測定についてはC 列とD 列で指定された欄に1つの試料の測定結果が示されている。

   E 列の年代値は、測定試料から得た炭素に含まれる14C の濃度(Aspl )と、現在の標準の炭素(Modern standard)の14C の濃度(Astd )の比から(1)式により1950年を基点として計算された年代値(t)で、下一桁を四捨五入した年数が表示してある。

τ1⁄214C のLibby半減期 5570年を慣例に従って用いている。半減期として現在もっとも正しいと考えられている5730年を採用したときの年代値は3 %増しの値となる。しかし、年代値として常にLibby半減期5570年を用いていれば 式(1)によって 実験的に求められた試料の炭素の14C 濃度( Aspl /Astd )を知ることができるので、14C により求められた年代値は特に断り書きのないかぎり半減期はLibby半減期を用いる慣例となっている。
式(1)の Modern standard の14C 濃度としては多くの実験室で採用されているNBS標準シュウ酸(I)の14C 濃度の95 %を用いている。本邦の木材試料についてもこの標準濃度で大きな誤りとならないことは、伊勢神宮の杉のAD1850 年の年輪の部分の木材の14C 年代が誤差の範囲内でこの木材の生育年代と一致することで確認している。(註3)
   測定された Aspl /Astd の値が1.000 ± σの範囲内にある場合(σは Aspl //Astd  の測定値の標準偏差(one sigma))、年代値のセルには Modern と記載し数字は示されていない。
Aspl /Astd の値が明らかに1.00より大きく、核爆発実験の影響を受けていると思われる場合には、δ14C ±σの値が年代値の欄とシグマの欄に記載してある。δ 14C については 3) 同位体補正の項参照。
   Aspl /Astd <2 σ のときは Aspl/Astd=0である可能性を無視できない。そのため、 Aspl /Astd > 0のときは14C 濃度が Aspl /Astd +3 σ, Aspl /Astd < 0 のときは 3 σ であるときの年代値を下限として年代値が表示してある。

   F 列のシグマの値は Aspl /Astd の測定値の標準偏差 σ (one sigma)の値から算出された年代値の偏差値である。 Aspl /Astd の測定値に+σおよび − σを加えた値について式(1)で求めた年代値 t + および t - と、もとの年代値との差

を計算すると、σ >σ+ となる。σ <1.5 σ+ のときは  両者の平均値をシグマの値としてその年数が表示してある。 σ > 1.5 σ+ のときは + σ と − σ+ の年数が併記してある。 いずれの場合も、年代値につけてあるシグマの値は、β 線計数値の統計誤差(β 線の計数値Nに伴う統計誤差の標準偏差(one sigma)は√N)のみを考慮した誤差で、その他の種々の要因に基づく誤差は慣例に従って無視している。
表のG-J列は試料を採取した地点の緯度、経度の値。  それ以降の列には、S列のδ13C の記載を除き、その内容の殆どは測定依頼のとき記入された試料カードの記載に基づいている。更にくわしい試料についての情報は、「文書資料」を参照されたい。測定依頼者あるいは試料の採取者に問い合わせて得られる可能性もある。G-J列の緯度と経度の値は、測定依頼者が試料カードに記入したものを原則として記載してある。記入のない場合、地名からだいたいの緯度と経度の値を記入したものもある。しかし、未記入のものもある。緯度と経度の値を用いて限定された地域の中で採取された試料についての測定値を選び出して検討するときには、未記入のものがあることに注意されたい。

     註3      K. Kigoshi, Y. Tomikura, Bull. Chem. Soc. Japan 33 , 1576-1580 (1960)


4 − 2) 14C 濃度の測定

4 − 2 − 1) β 線の計数
   全測定を通して炭素試料中の14C 濃度は、試料炭素をアセチレン( C2H2 )として比例計数管に充填してβ 線の計数率を測定し、アセチレンの充填圧と計数率の測定値から算出されている。
   使用した計数管は 表のX 列の計数管の項に記号で示してある。ACP − 1,ACP − 2,ACP − 3,ACP − 4はそれぞれ No.1,No.2,No,3,No.4と同じ計数管。 いずれの計数管も同心の二つの円筒で構成され、内側の円筒に試料のアセチレンガスが充填され、内側の円筒と外側の円筒の間の部分が反同時計数管となっている。 アセチレンを充填する内側の円筒の容積は、ACP − 10が6,800 ml, No.2とNo.3は 1000 ml, No.1 と No.4は 400 ml, 1S と4Sはそれぞれ 60 ml と 90 ml で、測定に使用しうるアセチレンの量に応じて計数管が選択されている。 No.1,No.4,1S および4Sのアセチレンを充填する円筒は石英管で、表面は錫の酸化物で電導性が与えられている。石英管の外側は接地されているが、内面には負の高電圧(-4000Vまで)をかけることができるので、これらの計数管はアセチレンを 260 cmHg まで充填して測定することができる。 ACP − 10 の構造と特性は日本化学会誌に公表されている。
(註4)

4 − 2 − 2) アセチレンの合成
   アセチレンの合成は1975年までは次のようにして行っていた。まず、試料炭素を炭酸ストロンチウムとして水溶液から沈殿させ、これを乾燥した粉末と金属マグネシウム粉末を混合し、ステンレス管に入れて加熱してできた炭化ストロンチウムに水を加えてアセチレンを発生させた。1975年以降は、ステンレス管の中で溶融した金属リチウムに炭酸ガスを反応させて炭化リチウムをつくり、これに水を加えてアセチレンを合成した。いずれの場合もカーバイドに加える水はラドンとトリチウムを測定限界以下とした水を使用している。

4 − 2 − 3) 試料の前処理
   測定試料として受領した試料は、多くの場合種々の異なる経歴を持つ炭素化合物が含まれている。知りたい年代を測定するのに適した炭素を試料から選別する操作が前処理となる。
   表のQ列の試料のセルに骨あるいはBoneと記載してあるものは、1972年以前は骨を塩酸に溶解したのち、硫酸を加えて蒸発濃縮して得られる黒色の有機物を水洗乾燥して、それを燃焼して回収した炭素について年代測定を行っている。1972年以降は、低温、減圧下で骨を1N塩酸で溶解し、残渣からコラーゲンを温水で抽出して得たコラーゲンの炭素について年代測定を行っている。
   土壌試料の場合、通常は1 N塩酸と煮沸したのち、水洗乾燥したものを燃焼させて炭素を回収して年代測定を行っている。 土壌試料でQ列にHumic Acid と記載されている場合は、1 Nの塩酸による処理をした土壌から1 %のNaOH溶液でフミン酸を抽出して、フミン酸の炭素について年代測定を行っている。 表のQ列にHumin と記載してある場合には、フミン酸の抽出を十分に行なった後の土壌を一旦酸性にしたのち水洗乾燥をして燃焼で炭素を回収して年代測定を行っている。
   その他の試料の多くの場合は、外見による選別を行ったのち、貝その他炭酸塩試料以外は、1 N 塩酸と煮沸後水洗したものについて炭素を燃焼で回収して、14C 濃度の測定を行っている。

     註4     木越邦彦 日化 87, 209-220 (1966)

4 − 3) 同位体補正
   ある元素の原子の中で一つの同位体が何パーセント存在するかを正確に測定することはかなり難しい。しかし、標準物質中のその元素の同位体の濃度と比較して何倍になっているかを測定することはかなり正確にできる。この場合、濃度の測定結果は標準物質中の濃度との差で表現される。 例えば、14C 濃度をβ線で測定する場合、アセチレンの比放射能(一定量のアセチレンの中で単位時間に測定されるβ線の数)はアセチレンの中の14C の濃度に比例する。測定したい試料の炭素で合成したアセチレンの比放射能を Aspl 、標準物質の炭素から合成したアセチレンの比放射能を Astd とすると、 試料と標準物質の14C 濃度の差が、標準物質の濃度の何パーミル(千分率)となるかが、式(2)のように記載される。

   安定同位体13C の場合には、通常、標準体としてPDBと呼ばれる化石の炭酸塩の炭素が用いられている。
   14C による年代測定では、空気中の炭酸ガスから植物が有機物を合成したときから現在までの経過時間(t)を,その化合物の炭素の14C 濃度が壊変で減少している量を測定して推定している。 この年代測定に用いられる試料が、t年前に作られた状態のまま現在まであることは稀で多くの場合化学反応で一部が分解して失われている。 またこの試料炭素を測定のために特定の化合物にする際にも一部が失われる。 このようにして、試料の一部が失われるとき、12C と 14C  が同じ割合で失われるとは限らない。原子の質量が異なるので、失はれる割合が異なると、残された試料炭素の14C 濃度が変化する。この濃度変化は、14C の放射壊変とは無関係で、この変化を無視すれば年代の推定に誤りが出る。この誤りは多くの場合数十年程度であって、大きな誤差にはならないが、後に説明するように測定に用いる炭素のδ13Cを測定することで補正することができる。 この補正を同位体(効果の)補正と呼んでいる。
   GaK の測定では、1998年以降、14C 濃度の測定に用いたアセチレンの炭素のδ13C を質量分析器(Optima)で測定し、同位体補正を行った年代値を表示している。δ13C の測定値はS列に表示してある。
   炭素同位体の組成が同位体の重さによって変化するときには、その変化が 14C については 13C の変化の2倍になる規則性がある。この規則性により、14C 濃度の同位体効果による変化を 13C 濃度の変化から算出することができる。 δ13C の値が木材の炭素の平均値に近い − 25 ‰ のときのδ14C の値を14C の濃度の代わりに用いることにすれば、同位体の質量による分別の効果はなくなり、同位体補正を行なつたことになる。  
   試料の 13C の濃度がC で、14C の濃度がδ14C のとき、試料の 13C 濃度が同位体効果でδ13C = − 25 ‰ に変化したときの14C の濃度をΔ14C で表すと

となる。 同位体補正をした年代は、式(2)を変形した式(4)

のδの代わりにΔの値を用い、(4)式の値を、年代tを求める4−1の式(1)に代入して求められる。
   上記の同位体補正は空気中の炭酸ガスの炭素に由来する試料についてのみ意味があり、他の試料、例えば海水中の炭酸イオンに由来する貝や魚などには適用することはできないので、これらの年代値では同位体補正は行っていない。

- Link -
1.学習院大学年代測定室の測定結果と文書資料
2.学習院大学年代測定室について
3.14C 年代測定法について
4.年代測定の結果について
5.文書資料について
6.文書資料(PDF)
7.測定結果(エクセル)

 

注:
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