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米英における両立支援策と企業のパフォーマンス(U)

――両立支援策と企業パフォーマンスに関する海外文献のサーベイ――

 

松原 光代、脇坂  明

 

 

T.はじめに

U.主な調査研究

 1.パフォーマンス指標の推移

 2.両立支援策の推移

 3.主な調査文献(以上第41巻第4号)

  (1)データによる分析(以下本号)

   @各両立支援施策の効果

   A両立支援施策が効果を生む職場の特徴

   B両立支援施策が効果を生むための要素

  (2)ケーススタディによる分析

  (3)先行研究を元にした分析

  (4)パートタイムの管理職の生産性

 

 

U.主な調査研究

 

3.主な参考文献

 

1)データによる分析

 @各両立支援策の効果

両立支援策と一言で言っても,育児・介護休業制度といった一定期間の休業を認める制度から,勤務時間を短くしたり,従業員が仕事と家庭を両立しやすいように従業員の都合によって勤務時間や勤務場所を自由に設定することができる制度,施設やサービスの利用に対する経済的支援制度,事業所内に託児所を設置したり,近隣の施設と提携するなどの施策など様々である。

この項では,従業員のモラール,コミットメント,離職率,売上高などのパフォーマンスに対して,個々の制度がどのような影響を与えているかを制度ごとに検証した文献について紹介100頁】する。

まず,仕事と家庭の両立という点において,最も制度として取り上げられることが多い育児に関する制度から見てみる。

Ellen Ernst Kossek & Victor Nichol [1992] は,託児所を利用している従業員グループと託児所利用のために待機している従業員グループの業務態度,定着率などに対する違いを調査すると共に,会社による育児支援(事業所内託児所や育児サービスを受けるための経済的支援)が従業員に与える影響について考察している。

調査は,事業所内託児所を10年以上保有する米国中西部にある2つの大規模な病院を対象に,これらの病院に勤務し,託児所を利用することが必要な子どもを有する従業員に対して郵送によるアンケートを実施すると共に,それらの従業員の上司に対して電話によるインタビュー調査を行っている1。分析は,事業所内託児所の利用効果を評価するために,従属変数を上司によるパフォーマンスに関する10項目の評価点2と従業員の業務態度,採用や定着に対する効果,欠勤率,託児所利用に対する不満度合とした。独立変数は,従業員調査から性別,育児に関する家族による支援の程度,育児支援に対する上司の支援度合,会社からの支援に対する認識,外部の育児支援サービスの利用度合,育児に関する問題の大きさ,育児支援策と各自の生産性との関係37項目,上司に対する調査から育児を理由とした欠勤の頻度を用い,これらを最小二乗法によって分析している。

その結果,託児所を利用している従業員の方が待機リストグループに比べて勤続年数が長く,定着性が良いこと,末子誕生以来の休業期間が短いこと,事業所内託児所に対する不公平感が小さいこと,さらには自分の会社を友人・知人に「良い会社」として推薦し採用に対してプラスの影響をもたらしていることが明らかになった。また上司は,託児所を利用している従業員グループの方が業務態度が良いと感じていることも明らかとなった。一方,待機リストのグループは,家族の支援に頼るところが大きく,育児に関する問題を大きいと感じる傾向にあり,仕事と家庭の両立に対する姿勢が消極的であることがわかった。

仕事におけるパフォーマンスや欠勤率に対しては,両グループとも有意な結果は得られていない。この結果からKossek & Nicholは,会社による託児所設置などの育児支援は,従業員が仕事と家庭を両立しながら継続的に勤務する姿勢を積極的に支援し,採用や定着に対して効果はあるが,仕事と家庭を両立しながら効率的に業務を遂行し,高いパフォーマンスを生み出しているかどうかは今後の研究課題としている。しかし,筆者は病院組織は従業員の勤続年数と看護師のスキル・ノウハウに正の相関関係があり内部労働市場性を重要視する傾向が強いと考101頁】える。Kossek & Nicholは,事業所内託児所を利用する従業員と入所待機をしている従業員を対象にパフォーマンス等を比較しているが,さらに育児をしていない従業員のパフォーマンスを比較して生産性を検証することにより,育児支援策を組織が提供する意味を一層明らかにできるのではないだろうか。パフォーマンスなどの生産性は,労働者の意欲,特に職場(職務)満足度と強く関係していると考えられるので,両立支援策が仕事と家庭のコンフリクトを解消し,労働者の労働意欲や職場満足度を高めて,仕事と家庭の両立と関係のない労働者と同様のパフォーマンスを生み出すことができれば,組織は両立支援策を整備する意味があるからである。

今回,筆者が調査した文献の中には,従属変数をパフォーマンス指標とし,独立変数に職場に関する満足度を用いた分析が1つ,意欲を用いたものが1つあった。職場満足度を独立変数とした文献は,調査対象が学校であるため,企業組織および従業員のパフォーマンスと満足度の関連性を考察するには限界があると思われるが,ここで調査結果を簡単に紹介しておく。

この調査(Cheri Ostroff [1992])は,学校組織において,教師の満足度や仕事に対する姿勢と学校のパフォーマンス(合格率や各科目の学業成績)や生徒の行動(出席率,中退率,問題発生率),教師の離職率,経営実績(文章中に詳細の説明無)などを検証したものである。データは,米国とカナダにある363の学校4に対しての,学校環境と学校の効率性を評価する調査(校長,教師,生徒の3者に対して実施)した結果を活用している。結論は,教師の満足度や仕事に対する前向きな姿勢と学校のパフォーマンスは相関関係にあり,特に満足度は全ての学校のパフォーマンス指標にプラスの効果をもたらすことが明らかにされている。このことから,労働者の満足度と組織パフォーマンスや個々人の生産性は関係性があると推察される。今後は企業レベルでの研究を進める必要があり,このような調査研究結果の報告が待たれる。

一方,労働者の仕事に対する意欲を独立変数として,前年度からの昇給率を仕事の業績として従属変数にした分析は,Sharon A. Lobel & Lynda St. Clair [1992] によって行われている。この分析は,1980年代終わりに米国中西部のビジネススクールの経営者プログラム参加者を対象にしたアンケート調査の結果(回答数 男性569名,女性474名)を元にして行われている。独立変数には,仕事に対する意欲のほか,就学前の子どもの数や回答者の志向性(キャリア志向,家族志向)が含まれている。その結果,業績を向上させる要因には男女のキャリア志向が重要で,性別や家族責任以上の強い影響力を持つが,意欲は業績の向上に直接的な効果がないことが分かった。この研究で活用された「仕事に対する意欲」という変数が具体的にどのような内容であったのかは明らかではない。「仕事に対する意欲」を「コミットメント」と考えると,この会社に対する前向きな姿勢が勤続年数を長くし,内部労働市場性を高めてスキルやノウハウを組織内に定着させ,中長期的に組織のパフォーマンスにプラスの効果をもたらすと考えられる。ゆえに,組織パフォーマンスおよび個々人の生産性と「仕事に対する意欲」との関係は,長期的なデータの蓄積に基づく分析が必要となろう。今回のLobel & Clairの分析もクロスセクショナルデータによって行われているため,今後の調査が期待される。

次に,育児に関する制度のみならず,「働き方」についてより従業員に裁量を与え,仕事と家庭を両立しやすい環境を提供することを目的とした制度の効果について検証した文献を見て102頁】みよう。

Dan R. Dalton & Debra J. Mesch [1990] は,米国の大規模な公共事業の請負企業の協力を得て,同じような業務内容を行い,ほぼ同数の従業員が所属する2つの部門を対象に,柔軟な勤務制度5を導入したグループと制度を導入しないグループを比較して,制度が両グループの欠勤率と自発的離職率に与える影響を調査している。調査は,柔軟な勤務制度の導入前後および制度終了前後における,従業員の欠勤率と自発的離職率の変化をみている。そのため,制度導入前の3年間における毎月の欠勤率,自発的離職率を把握し,さらに制度導入後の1年間毎月と終了後2年間の毎月においてこれらの数値的変化を把握した。この実験対象となった2つのグループは,同じ州にある同一組織に属する技術系の職場である。具体的には,設備を新しく備え付けたり,顧客から取り付けた機械やそのサービス内容に不満が出た際にサービス担当者へ取次ぐ仕事である。分析手法は,時間の連続性から生じる季節性などを排除するためにAutoregressive Integrated Moving Average (ARIMA) モデルを活用している。仮説としては,制度を導入したグループにおいては,制度導入後欠勤率と自発的離職率が減少し,制度終了後はこれらの値が上昇すると考え,制度を導入しないグループにおいては実験の開始・終了に関わらず,欠勤率や自発的離職率に何ら変化が生じないとしている。

結果は,柔軟な勤務制度を導入したグループにおいては,導入後に欠勤率が減少したが,非導入グループにおいては変化がなかった。導入グループも実験終了後2年で欠勤率は元に戻ってしまっている。一方,自発的離職率については,制度導入による影響がなかった。これを受けてDalton & Meschは,欠勤についてはどのような質の労働者に対して影響があったのかを調査する必要があるとし,今後の研究課題としている。自発的離職率については,実験期間が1年間という短期間であったため変化がなかった可能性があるとしている。この実験が短期であったことを原因の一つとする理由は,Nollen [1982]6 が何らかの柔軟な勤務制度を導入している企業における離職率を調査した研究による。この調査結果によると,制度を3年間以上実施している企業と制度を1年以下しか実施していない企業では,前者の方が後者に比べて離職率が36%も低かった。

Dalton & Meschは,柔軟な勤務制度は全ての業種または同一組織の中でも全ての職場に適用することが難しいことを問題提起している。実験を行った企業においても,シフト勤務体制下にある部門においては同制度の導入は難しく,全社的に制度を導入できないのであれば同制度を実験終了後も継続的に実施することは労働組合が認めないとした。なぜならば,制度適用可能な部門と制度不適用な部門が同一組織内に存在すれば,多くの従業員が制度の適用が認められている部門への異動を希望する可能性があるためである。しかし,職種によっては高いスキルや知識を要するものがあり,必ずしも希望に応じて職場異動ができるとは限らない。そうなれば,従業員の中に不公平感が高まり,自発的離職率が高まる危険性がある。また,今回の調査では,一定レベルの管理職には柔軟な勤務制度は適用されなかった。これについてDalton & 103頁】Meschは,管理職が職場に不在となる時間帯ができてしまうと,従業員の管理を誰が行うのか,業務上の責任の所在はどうするのか,などの問題が発生することに対して企業がまだ十分な準備ができていないためだ,としている。これらの問題は,制度を実施して運用するうちにノウハウが蓄積され,対処法ができていくものと考えられるが,これについては,後述するIsabel Boyer [1993] が柔軟な働き方をする管理職の生産性の高さや離職率の低さを明らかにしており,この中で詳細に考察したい。

Edward M. Shepard V, Thomas J. Clifton & Douglas Kruse [1996] も柔軟な勤務制度が従業員のパフォーマンスに与える効果について検証している。彼らは,米国の製薬会社33社を対象に,柔軟な勤務制度の有無による従業員一人当たりの売上高に対する違い,柔軟な勤務制度における労働者の裁量度合と生産性との関係を分析(生産関数モデルによる)している。独立変数には,柔軟な勤務制度の有無(0,1変数)と,制度の内容7,従業員数,資本装備率を用いている。調査方法は,各社へ電話および郵送調査で柔軟な勤務制度の内容について確認している。また,各社の従業員一人当たりの売上高は,米国3500社の財務データを蓄積しているCOMPUATAT19811991年のパネルデータを活用し,各社の従業員数で除した数値を活用している。その結果,柔軟な勤務制度を有する企業は,それを持たない企業より約10%生産性が上昇することを確認している。さらに,彼らは,制度の柔軟性(柔軟に勤務時間を調整できる従業員に与えられた裁量の度合)が大きいほど生産性が向上するとしている。この調査は単一産業に限られた分析であるため,必ずしもこの結果が他の産業における企業に対しても一般化できるかどうかは明らかではないが,柔軟な勤務制度の効果をパフォーマンス指標に対して分析した貴重な文献である。ただし,同文献の著者も,この分析に対しては他の人的資源管理施策変数が統制されていないことを今後の課題としてあげている。制度がパフォーマンスに与える効果には,組織内の諸々の変数が関与している。これらの変数をどこまで加味するのか,今後吟味していかなければならない。

ここまで両立支援策の個々の制度ごとの効果を見てきたが,制度導入数によって効果は異なるのであろうか。また制度の導入数のみならず,それらの制度の特徴(休業制度が主か,多様な働き方に関する制度が主か)によっても効果は変わるのか,という疑問が次にわいてくる。

Jill E. Perry-Smith & Terry C. Blum [2000] は,人事資源施策を個々に導入するよりも一括して導入する方が効果が大きいという先行研究(Becker & Gerhart [1996]8, Pfeffer [1994]9)を元に,仕事と家庭の両立支援策も人的資源戦略の一施策と位置づけ一括導入した方がパフォーマンスにプラスの影響を及ぼすのではないか,という仮説を立てている。Perry-Smith & Blumが,両立支援策を一括導入することが「組織の価値を高める」と考えた理論的背景とは,両立支援策に現在の従業員もしくは将来の従業員に対して組織的な関心や特別扱いを象徴する効果があるというものである。具体的には次のとおり。両立支援策が,従業員の仕事以外の生活に安心感を与え,支援施策がもたらす利益を得ることで,従業員が「会社は従業員を大切に考えている」104頁】という感情を持ち,さらには組織の成功に対する関心を高めて組織目標を達成させる意欲が高まり,組織パフォーマンスを高めるというメカニズムである。Perry-Smith & Blumは,このような制度とそこから生まれる精神のメカニズムのような内的資源は,他者が簡単に模倣できるものではないため,このメカニズムを確立すれば競争優位を維持できると考えた。そして,両立支援施策を一括して導入しているケースが少ないことから,両立支援策を包括的に導入している企業の方が,制度数の少ない企業よりも組織的なパフォーマンスが高いと考えたのである。

この仮説に対する分析は,米国527企業の人事部長から得られた各社の制度に関するアンケート調査(全国組織調査:The National Organizations Survey)を元に行った。従属変数には,パフォーマンス指標として3つ用いている。1つは,「組織パフォーマンス」であり,製品の品質や従業員の定着・採用,管理者と従業員の関係の良好性などに関するものである。2つめは,「市場パフォーマンス」であり,同業他社と比較した場合の市場シェアなどに関するものである。3つめは,過去12ヶ月の売上高と利益伸び率を表す「売上利益成長率」である。独立変数には,8つの仕事と家庭の両立支援策10を(A)休暇制度群,(B)伝統的な扶養家族サービス施策群11,(C)非伝統的な扶養家族サービス施策群123つにカテゴリー化して分析している。なお,コントロール変数には,各人事制度に関する変数(選抜制,教育訓練,成果主義,苦情処理機能制度,非集権的な意思決定システム,職務等級数)と,組織に関する変数(業種,管理職比率,女性比率,標準的な福利厚生制度の有無,組合,企業規模,設立年数)が入れられている。

この結果,仕事と家庭の両立支援策をより多く有する企業の方が,制度をほとんど持たない企業よりいずれの従属変数に対しても有意であり,特に包括的に制度を導入している企業は,そうでない企業に比べ売上利益成長率が高いことが分かった。つまり,両立支援策は競争優位の施策として組織にプラスの効果をもたらすといえる。さらに,包括的に両立支援策を導入している企業とパフォーマンスの関係は,設立年数が長く,女性比率が高い企業ほど強い傾向にあることも分かった。ここから考えられることは,女性は家族的責任が男性に比べ大きいために女性比率の高い企業では,両立支援策をより多く導入している傾向が強いということである。このことは既に多くの先行研究で明らかにされている。また,設立年数の長い企業では,設立当初から着々と制度を追加してきているため制度数が多いと共に,多くの制度を導入できるだけの経営基盤が確立されていると考えられる。ここで問題となるのは,「組織の業績が良いために両立支援策を多く整備できる」のか,「両立支援策の整備により,業績がよくなった」のかということである。この因果関係を明らかにするには,Perry-Smith & Blum [2000] が行ったクロスセクショナルデータによる分析では不十分であるといわざるを得ない。このためには,パネルデータの蓄積が期待される。しかし,パネルデータが整備されたとしても,景気の影響や他の人事施策の影響,職場の影響などの変数をどのように処理するかについても検討する必要があるだろう。また,両立支援策をはじめとする人事施策についても,導入の有無のみなら105頁】ず運用程度を加味しなければ,制度による業績への効果は見えてこないであろう。

両立支援策の運用程度について分析した文献としては,Helen Gray [2002] がある。

1998年に英国の貿易産業省が行った職場と従業員の関係に関する調査(Workplace Employee Relations Survey: WERS)は,非管理職の従業員に対する仕事と家庭の両立に関する諸制度(両親休暇,在宅勤務制度,学期期間中のみの勤務,フルタイムからパートタイムへの勤務変更,ジョブシェアリング,事業所内託児所,育児に関する経済的支援,父親休暇,直前の休暇取得申請と賦与,フレックスタイム制度,29日勤務制度など)の有効性を明らかにしている。Grayは,このデータを活用して特定の両立支援施策を有する職場とパフォーマンスの関係を分析している。

この分析に活用したWERS98のデータは,10人以上の従業員がいる2,191の事業所の管理職,従業員および職場代表者の計28,240名を対象に実施したアンケート調査である。ただし,同データはクロスセクショナルデータであるため,その会社のパフォーマンスが各種施策による効果であるかを厳密には見極めることはできない。従属変数には,管理職用アンケートで尋ねている「職場の財務パフォーマンス」,「労働生産性」,「品質」13,「労働生産性の変化」,「従業員の仕事に対する姿勢の変化」,「総コストに対する人件費の割合の変化」14,「自発的離職率」15,「欠勤率」を用いている。また,従業員用アンケートからも「コミットメント」,「賃金に対する満足度」,「今の経営者のために働いていることに対する誇り」,「従業員の家族責任に対する管理職の理解度」を用いた。一方,独立変数は,両親休暇,在宅勤務,学期期間中のみの勤務,フルタイムからパートタイムへの勤務変更,ジョブシェアリング,事業所内託児所,育児に関する経済的支援,父親休暇,直前の休暇取得申請と賦与,フレックスタイム制度,29日勤務の各種両立支援策と,機会均等,性別管理職率のデータ収集,選抜過程の公開,性別昇進追跡調査,賃金の公開,女性の再雇用促進のための措置の各種均等施策である。これらの独立変数がどの程度適用されているかは,コントロール変数として取り入れられており,両立支援策とパフォーマンスの関係を分析することが可能となっている。このほか,コントロール変数には「高いスキルを要する職場であるか」など職場特性を示すもの,人的資源施策,企業特性も含まれ,これまでの先行研究において課題とされていた内容をかなり網羅する分析となっている。

その結果,管理職アンケートに基づく従属変数に対しては,両立支援策によって影響は異なるが,全般的には学期期間中のみの勤務制度を除く全ての両立施策が何らかの従属変数にプラスの効果をもたらしているとの結果が得られた(表3参照)。具体的に紹介すると,父親休暇のある職場は無い職場よりも財務パフォーマンスが平均以上である可能性が高いことや,フルタイムからパートタイムへ勤務変更ができる職場では,過去5年間の労働生産性が向上していること,在宅勤務ができる職場や事業所内託児所がある職場,育児に関する経済的支援のある職場では自発的離職率や欠勤率が低いこと,さらに育児に関する経済的支援は,財務パフォー106頁】マンス,労働生産性,品質に対して,フレックスタイム制度は労働生産性や品質に対してプラスの効果をもたらす結果が得られている。また,これらの施策の運用度が高い職場は,財務パフォーマンスや労働生産性が平均以上であり,離職率が低いことが明らかとなった。

しかし,負の効果も見られる。たとえば,フルタイムからパートタイムへ勤務変更できる職場では,財務パフォーマンスが平均以上である可能性を43%下げる。これは,パートタイマーはフルタイム勤務の従業員より仕事に対して熱心である一方で,長期的にみるとパートタイマーは経験をあまり積むことができずにノウハウ・知識の蓄積が難しいことを示唆しているといえよう。

一方,従業員アンケートに基づく従属変数に対しては,父親休暇や在宅勤務,事業所内託児所がある職場で賃金に対する満足度が高い傾向があるほか,在宅勤務やフレックスタイム制度のある職場においてコミットメントが高くなる傾向が見られることがわかった。

さらに,Grayは両立支援策を「職場不在型施策」16と「職場在席型施策」17に分け,後者の方が財務パフォーマンス,労働生産性,自発的離職率,欠勤率,従業員の意識にプラスの影響を及ぼす傾向があることを明らかにしている。これは,職場在席型施策の方が,各自のキャリアに与えるダメージが小さく,公平性を生み出す効果があることが考えられる。逆に,職場不在型施策がパフォーマンスに負の効果を持つ理由は,周辺的労働者とみなされること,忠誠心は勤務する時間の長さに比例するといった考え方により,頑張っても報われないといったモラールの低下と,会議や研修に参加しにくい(出席できない)ことなど実際にスキル・ノウハウを修得する機会を喪失していることが起因していると考えられる。このような結果に対してGrayは,職場不在型施策よりも職場在席型施策の方が有効であることを示唆しているように見えるが,職場不在型施策に対しても処遇の見直しを行うことによってパフォーマンスに正の効果をもたらす可能性があると提案している。

この分析は,前述のとおりクロスセクショナルデータであるため,パフォーマンスと各種施策の因果関係を明らかにすることについては今後の課題といえるが,分析に用いた変数などについては,今後の研究において大いに参考になると考える。

 

 A両立支援策が効果を生む職場の特徴

まず,どのような職場で両立支援策を必要とし,導入しているかを見てみよう。

Paul Osterman [1995] は,両立支援策の導入を企業の雇用戦略の一環として位置づけ,どのような職場で両立支援策が最も導入されているかを検証している。

Ostermanは,両立支援策が導入される理由として3つの仮説を立てている。それらは,(1)現実的対応仮説(従業員の仕事と家庭の両立問題への対応や優秀な人材を採用するために有利であるなどの現実的な問題への解決策として両立支援策を導入する),(2)内部労働市場仮説(退職を減らしてスキルや技術を内部化するために両立支援策を導入する),(3)高コミットメント職場システム仮説(自律的な新しい組織運営にとって従業員の働き方の変化が求められ,108頁】そのような職場では従業員のイニシアチブやアイディアが重要で,従業員のコミットメントを引き出す施策として両立支援策が用いられる)である。

107頁】

 

調査は,米国の事業所に対し職場組織に関する調査を行う「全国事業所調査」の中から50人以上の従業員がいる民間企業の職場組織や福利厚生に精通している担当者,マネジャーに対して調査票を送り,後日電話によるインタビューを行う方法で実施され,約600社から回答を得ている18

インタビューでは,事業所内保育所の設置,近隣の保育所との提携,保育所の利用者に対する経済的支援,地域の保育所に対する寄付,両立支援に関する担当者の設置,仕事と家庭の両立に関する社内ワークショップの就業時間内開催,保育所に関する情報提供,高齢者介護の情報提供,フレックスタイム制度などについて,現在導入されているかまたは将来的に計画があるかをたずね,各事業所が提供している施策数を従属変数とした。独立変数は,職場で起きている問題や労働条件19などに関する項目とし,コントロール変数として事業所規模,企業規模,高賃金(事業所が市場水準以上の賃金を支払っているか),福利厚生(事業所が健康保険,年金,疾病保険,生涯保険などを実施しているか),設立年数,労働組合の有無が用いられ回帰分析している。

その結果,現実的対応仮説や内部労働市場仮説よりも高コミットメント仮説が支持された。つまり,高コミットメント職場システムを志向する事業所では両立支援施策を導入する傾向がある。しかし,Ostermanは高コミットメント職場が従業員に組織への強い関与を求める職場である可能性を示唆し,高コミットメントを求める職場が必ずしも良いとはいえないのではないか,という疑問を投げかけている。日本において,従業員の強い忠誠心を確保するために高い質の福利厚生を整備し,従業員に組織に対する強い関与を求めてきたのと同様に,米国においても同様の手法を用いて使用者が利益を確保するために,従業員に高いコミットメントを要求してきた経緯がある。その意味において,現在の両立支援策は諸保険や年金などの福利厚生施策と同様の位置づけにあり,企業の雇用戦略の1つであるといえるだろう。両立支援策が,今後どのように広がり,定着していくかを継続的に検証していく必要があると同時に,高コミットメントを求める職場が良いのかどうかを検証し,従業員の職場や仕事に対する満足度と併せて考察していく必要があろう。

ところで,両立支援策は整備さえすれば効果を生むのであろうか。前項でHelen Gray [2002] が両立支援策の運用度が高い職場では,財務パフォーマンスや労働生産性が平均以上である可能性が高く,離職率も低いと主張していることを紹介した。制度は整備されているだけではなく,それらが運用されていることが重要である一方,制度は整備されていなくても管理職の裁量や同僚の協力などにより,仕事と家庭を両立しているケースも考えられる。Susan C. Eaton [2003] は,企業が整備している制度(正規の制度)と企業が整備してはないが仕事と家庭の両109頁】立を目的に従業員の事情に応じて臨機応変に働き方を認めている場合(非正規の制度)を比較して,どちらがコミットメントや生産性が高いか,従業員に与えた働き方(時間,ペース,場所)に関する裁量が大きい方がパフォーマンスにプラスの効果を及ぼすのではないか,を検証している。

データは1999年に米国のバイオテクノロジー企業7社に勤務する専門職,技術職を対象に,柔軟な勤務制度(フレックスタイム,短時間勤務,在宅勤務,ジョブシェアリング,週5日分を4日でこなすことを前提とした勤務形態,無給の個人休暇,子どもの看護休暇)の導入および運用実施状況が組織コミットメントや生産性に及ぼす影響を尋ねたインタビュー調査の結果(383名)である。分析においては,従属変数を「組織に対するコミットメント」と「自己申告による生産性(自分にとって最も生産性が高かったと思う時期に比べて現在は上か下か)」とし,独立変数に「正規の制度」,「非正規の制度」,「制度を自由に利用できる」,「(従業員が)柔軟に働き方を調整できる」という項目を用いている。コントロール変数は,勤続年数,職位,収入,年齢,学歴,家計,扶養する子どもの有無,企業規模,管理職ダミーである。

その結果,まず正規・非正規に関わらず,制度が整備されている企業では生産性にプラスの影響を及ぼすがコミットメントには影響がないことがわかった。さらに,正規の制度と非正規の制度がパフォーマンスに与える効果は,非正規の制度の方が正規の制度よりも生産性にプラスの効果を及ぼすが,「制度を自由に利用できると思うか」の変数を加えたモデルにおいて,生産性とコミットメントに対してプラスの効果が高まることから,正規・非正規に関わらず制度があるだけでは効果は期待できず,制度の利用しやすさ,つまりは運用度の高さが重要であるといえる。また,従業員が柔軟に働き方を調整できるようになるとコミットメントと生産性が高まる,といった結果も得られ,個人に働き方の裁量を与えることの重要性を示唆している。ただし,「(従業員が)柔軟に働き方を調整できる」変数は,「制度を自由に利用できる」変数と同一モデルで分析されており,自由に制度を利用できることが,個人が働き方を柔軟に調整できることを助長している可能性がある。

この分析では,制度を自由に利用できることや,働き方を柔軟に調整できることに何が関係しているかを確認する変数が加味されていないため,そのメカニズムを推察することはできないが,著者は管理職や職場の同僚による仕事と家庭の両立に対する理解や支援が強く関係していると考えている。

制度は整備されているだけではパフォーマンスなどにプラスの効果を及ぼすことはなく,その運用が重要であることが明らかになってきている。今後は,その運用を高めるためには何が必要であるかを明らかにしていく研究が望まれる。

 

 B両立支援施策が効果を生むために必要な要素

両立支援策が高いパフォーマンスを生むためのメカニズムについて検証している研究はまだないが,Peter Berg, Arne L. Kalleberg & Eileen Appelbaum [2003] は,高い業績をあげる職場環境には仕事と家庭の両立に積極的であることと,上司の理解があることを明らかにしている。

この研究は,米国の3つの業種(鉄鋼業,アパレル産業,医療機器製造業)における40の工場の従業員4,400人を対象に,高い業績をあげる職場環境と人事施策の関係についてインタビューした調査を用いて,「高い業績をあげるための制度」20と「コミットメントの高い職場」という変数が,「会社は従業員の仕事と家庭の両立のために支援してくれているという意識」21110頁】に及ぼす影響を分析している。独立変数には,上記2つの変数のほかに「週あたりの平均労働時間」,「非自発的な残業時間数」,「仕事のストレス」,「同僚との問題」,「上司の理解」,「育児支援サービス」,「評価制度」が含まれる。コントロール変数は,年齢,学歴,勤続年数,家族状況,研修制度の有無(非正規従業員に対する研修も含む),昇進機会などである。

この結果,「コミットメントの高い職場」と「会社が従業員の仕事と家庭の両立のために支援してくれているという意識」は正の関係にあることがわかった。これは,Ostermanによる研究結果をさらに支持するものであろう。また,この結果は組織にコミットするようになるほど,仕事と家庭のバランスが崩れるのではなく,むしろそのバランス能力を高めることを明らかにしていることから,Ostermanの「高コミットメントを求める職場が必ずしも良いものであるのかどうか」という疑問に対する1つの回答と言えるであろう。

さらに,仕事と家庭の両立を会社が支援していると従業員が実感するには,上司の理解が重要であるとの結果が得られた。また,週の平均労働時間や非自発的な残業時間が長いこと,同僚との確執は,従業員の仕事と家庭のバランスを取る能力を減少させる結果となった。これは,職場監督者である上司が仕事の割当を仕事と家庭の両立をしなければならない従業員とそのほかの職場メンバーとの関係に留意して行い,働きやすい職場環境を創造するマネジメント力を習得していかなければならないことを示唆している。

管理職のマネジメント力が仕事と家庭の両立において重要であることを示唆したもう1つの研究がある。Graham L. Staines & Ellen Galinsky [1992] は,育児休業によって発生するといわれる6つの問題の原因を明らかにすることを目的に,全米規模のハイテク企業における管理職と従業員(331名)を対象に行ったアンケート調査を元に分析している。

分析方法は,従属変数を「育児休業によって発生する諸問題」とし,「従業員に関する変数」,「管理職に関する変数」,「休業の管理方法に関する変数」をそれぞれ作成して独立変数としている22。「育児休業によって発生する諸問題」とは,「女性たちは管理職に妊娠や休業計画の通知をほとんど行わない」,「女性は育児休業が終わって復職する時期(または復職計画を立てる時期)に考えを変える(退職する意思を表明する)」,「妊娠した従業員は企業の生産性を低下させる」,「従業員が休業している間は企業の生産性は低下する」,「育児休業取得者が復職すると職場の生産性はさらに低下する」,「育児休業に管理者や同僚が否定的な態度を示す」という6つである。

育児休業に伴う生産性低下等の問題(「妊娠した従業員は企業の生産性を低下させる」,「従業員が休業している間は企業の生産性は低下する」,「育児休業取得者が復職すると職場の生産性はさらに低下する」)に強い関連性を持つ要素は,「管理職に関する変数」であり,管理職の111頁】制度に対する知識・認識不足,仕事と家庭の両立への理解不足,管理職が男性であることが影響している,といった結果が得られた。つまり,育児休業による問題の発生は,管理職が企業の休業方針,従業員が休業するということを理解し,問題が発生したときに柔軟に対応する能力を兼ね備えることによって回避できることを示唆している。これらは経営管理上の問題であり,管理職に対する研修するのみならず,この能力を管理職の登用や査定に評価項目として加味していくことが効果的であるかもしれない,と筆者は考える。

 

2)ケーススタディによる分析

調査した文献は,特定企業を対象に育児休業制度の生産性を調査したものや,複数企業に対し,両立支援策が組織のパフォーマンス等に与える影響を人事担当マネジャーや職場の管理職,従業員へインタビューしたものであった。インタビュー調査は分析の対象数においてはデータ分析やアンケート調査に比べて少ないが,生産性やパフォーマンスにプラスの効果をもたらす要素を具体的に掘り下げて検証できる点で優位性をもつ。またインタビューから得られたノウハウをマニュアルなどに普遍化したり,蓄積することができる。本稿では,サーベイした4文献の中から注目すべき1文献のみを紹介することとする。

S. Bevan, S. Dench, P. Tamkin & J. Commings [1999] は,「Parents at Work23を過去に受賞した英国中小企業11社(うち民間企業8社,選出企業は業種の偏りが無いよう配慮している)の人事担当マネジャーや従業員に対して,両立支援策が育児責任をもつ従業員に与える効果についてモラール,コミットメント,モチベーション,生産性の面からインタビュー調査している。

調査は,各社の従業員数やその年齢構成,従業員数の変化,採用・離職状況,制度内容,業績に関する企業データを収集することを目的に調査シートを人事部宛に送付し,その後人事担当のマネジャー・管理職と従業員に対してインタビューを行う方法で実施された。

インタビューは,人事担当マネジャー・管理職に対しては両立支援施策の導入経緯や制度の運用方法,施策そして従業員のパフォーマンスに対する評価についてたずねている。また,従業員に対しては,モラール・コミットメント・モチベーション・欠勤の程度,既存の両立支援策に対しての満足度,ストレスの有無,両立支援策が各自の生産性に与える効果についてたずねている。

その結果,中小企業の従業員は,仕事と家庭のバランスを図る施策を求めていることが明らかにされた。これらに対応できない場合,採用難や技能不足,病気や遅刻,従業員の定着,出産休暇後の復帰等の問題,コミットメント,モラール,生産性の低さ,重要な顧客との関係維持において問題などが発生する可能性がある。中小企業では,最初は仕事と家庭が両立できるよう個々人の事情に応じて対処していたものが,その後制度として整備されることが多く,制度化により従業員は組織に対するコミットメントや忠誠心が高まっていると感じていることも明らかにされている。

また,人事担当マネジャーや管理職も両立支援策を導入した結果,突然の病欠が減少し,さらには従業員の定着の改善,生産性・モラール・コミットメントの向上,採用応募者数の増加が見られたとしていることも明らかとなった。コストについても,育児休業者の代替要員を確保することによって離職が減り,それによってこれまで新規採用に関してかかっていた費用を112頁】抑えることができたため,財政面での効果も生んでいるとしている。

さらに,Bevan, Dench, Tamkin & Comingはインタビューを通して,両立支援策が従業員の生産性,モラール,コミットメントにプラスの効果をもたらすための要素として,制度運用におけるマネジャーの関与,制度適用の透明性と職場の同僚に対する配慮(コミュニケーション),労働者のニーズにあった制度を提供していくための両立支援策の評価が重要であると分析している。両立支援施策が従業員の生産性や組織パフォーマンスに対してプラスの効果をもたらすために管理職が積極的に関わることや職場の同僚との円滑なコミュニケーションの重要性は,前述した調査研究の中でも明らかになっているが,従業員のニーズを施策に反映させるために定期的にモニタリングを行い,その評価を行うことの重要性を説いた調査はこれまでになかった。この点は制度を整備していく上で非常に重要な点であると考える。

事例数は必ずしも多くはないが,この調査結果は両立支援策を有する中小企業が経営戦略上優位であることを示しているといえる。

事例調査の最大のメリットは,対象企業名が明確であるため(公表されているケースに限られるが),当該企業の財務データを公表資料から収集でき,制度の導入前後のパフォーマンスの推移を検証することによって両立支援策のパフォーマンスに対する効果を分析することができることである。先行研究がクロスセクショナルデータを用いた分析が主流であったことからも,事例調査を貯めながら財務データをはじめ,各種データをパネルデータとして作成し,両立施策とパフォーマンスの因果関係を明らかにしていくことが今後の研究に期待される。

 

3)先行研究を元にした分析

先行研究を元にした分析とは,各企業で発生している仕事と家庭の両立に関する主要な問題に対する解決策として,両立支援策が有効であることを示した調査研究をまとめ,その傾向を考察し今後の研究に対する提言を行っているものである。今回,筆者は1990年以降に発表された調査報告書および論文の中から主に11文献をサーベイしたが,これらの多くは両立支援策による問題解決の効果を定量的または定性的に分析しているとはいえず,効果の客観的分析力に欠ける傾向がある。しかし,Ellen E. Kossek & Cynthia Ozeki [1998] は,先行研究の結果をまとめる手法にメタ分析を用いて客観性を持たせた点で注目できる文献である。具体的には,仕事と家庭のコンフリクトについて職務満足と生活満足に着目し,学術論文の中から職業生活の満足度に関する46論文と生活満足度に関する26論文の計72論文24を対照に,仕事と家庭のコンフリクトと職業生活および生活満足度の関係をメタ分析で分析している。

Kossek & Ozekiは,既存研究で仕事と家庭のコンフリクトを経験すると満足度は下がるが,その性質と程度に関する知見に一貫性はないこと,仕事と家庭の両立を可能にするために組織が整備した制度が必ずしも個人の仕事と家庭の両立問題を減じることはなく,周辺的な効果をもたらずにすぎないことに着目した。そして,「仕事と家庭のコンフリクト」が「仕事から家庭へのコンフリクトなのか」,「家庭から仕事へのコンフリクトなのか」の方向性を明らかにするよう変数を構築して分析を進めた。彼らは,全ての論文において得られた変数が「仕事から家庭へのコンフリクト」か「家庭から仕事へのコンフリクト」か,または「両方向へのコンフリクトなのか」を分類した上で,家族構成や性別,家計に関する変数を加味し分析している。

113頁】その結果,仕事と家庭の問題が大きいほど職業生活と家庭生活の満足度が低いこと,この関係は女性の方が強いこと,共稼ぎ家庭では職業生活に対する満足度と両立問題の発生に負の強い関連性があること,がわかった。方向性については,「家庭から仕事へのコンフリクト」は,「両方向」または「仕事から家庭へのコンフリクト」に比べて弱いことが分かった。つまり,職場での問題を解決することが,従業員の両立に関するコンフリクトを軽減しうる。ゆえに,組織は問題解決のための施策を整備しなければならないことを示唆している。

そのほか,注目すべき文献としてはShirley Dex & Friona Scheibl [1999] がある。これは56の論文をサーベイし,両立支援策のビジネス効果を検証したものである。具体的には,英米企業における両立支援策の効果に関する既存調査から,両立支援策により確実に財政的収益を得る可能性が高く,追加的な管理コストの発生などマイナスの影響を指摘するものは数例にとどまることを明らかにしている。効果の面においては,大企業よりも中小企業ではマイナスに寄与する場合が多いことを指摘しているが,中小組織でも実施方法によっては利益が得られることを事例を用いて明らかにしている。

彼らは,人事制度や経営戦略などの施策の効果を測定する他の項目として「一時的な欠員を満たすためのコスト」,「中断による生産性の一時的減少コスト」,「欠勤,病気の減少によるモラール,勤続率,生産性の向上」を計測することを提案している。

両立支援策と組織への効果分析は今後さらに必要となろう。先行研究で行われた手法をまとめていき,より目的に適した分析手法を選択することが必要となってくると思われる。

 

4)パートタイムの管理職の生産性

今回33文献のサーベイをしたところ,両立支援策を利用している対象者はほとんど非管理職者であり,管理職が短時間勤務や在宅勤務などの柔軟な勤務形態を利用したケースや休業したケースに対する組織パフォーマンスやコミットメント・モラールなどへの影響を分析した文献は,Isabel Boyer [1993] "Flexible Working For Manager" のみであった。仕事と家庭の両立問題は,従業員の年齢的には育児責任を負う20代後半から介護責任を負う50代までと長期に及ぶ。この期間,従業員は組織の中で非管理職から管理職へと昇進していく可能性が高く,両立支援策を管理職が利用するケースも予想される。しかし,組織内では管理職の責務を,職場にできるかぎり在席して部下の勤怠管理をすることや,問題発生時の適切な対応を現場で行うことに期待する傾向が強いため,管理職が柔軟な勤務形態などの両立支援策を利用することに消極的であることが多い。今後,管理職による両立支援策のニーズや必要性が高まることが予想されることから,Boyer [1993] の研究は注目すべき文献であるといえる。

Boyerは,英国政府が行った労働力調査を元に,民間企業におけるパートタイムやジョブシェアリングの概要を明らかにすると共に,パートタイムで働く管理職に対する今後の指針を提供することを目的に分析をしている。

調査は,女性従業員数が多く,革新的な雇用制度を有するといわれる102の企業の人事管理者から得たアンケート結果(回答率44%)からパートタイムで働く管理職がいる企業に対して質問票を郵送し,さらに回答企業の中から8社を選んで面接調査を行う方法で実施された。面接調査は,パートタイム労働によって影響を受けるあらゆる立場の人の見解を得るため,8企業2511部門に所属・関係するアシスタント,同僚,顧客,パートタイムで働く管理職の直接の上司および本人の計64名に対して行われた。

114頁】Boyerは,まず「パートタイム労働」に対して経営者と労働者の利益がどの程度一致しているのかを検証している。先行研究によれば,労働者の仕事と家庭におけるコンフリクトが少なく両者に対して満足度が高い場合に,最も労働者のモラール・コミットメントが高くなり,経営者側の目的に応えようと働く傾向が強いことがわかっている。結果を見ると,パートタイムで働く管理職は,仕事と家庭の両立が可能で両者のバランスが取れているとして満足しており,現在の仕事や働き方に満足していることがわかった。また,彼らの上司や所属する会社の人事担当者も,パートタイム労働で働く管理職はフルタイム勤務の管理職よりコミットメントが高く,生産的であり,柔軟な働き方は企業に利益をもたらすと高く評価している。そして,職場への定着が良くなり,その働く姿勢などが周囲へのモデルになるとして,管理職の柔軟な働き方を肯定している。

では,なぜパートタイムの管理職の生産性が高いのであろうか。インタビュー調査の事例からいくつかの要素が見えてくるが,最大のポイントは「仕事の再定義」であろう。業務は全てがフルタイム勤務者に適しているわけではなく,パートタイムに適するものもある。パートタイムの管理者を持つ企業では,市場の変化,従業員のニーズに応じて定期的に仕事内容を調査し,仕事を再定義した上で,責任・従業員の再分配をしている。この作業によって,経営側はコストを効率的に投じることができ,従業員と経営者の両者が利益を享受できる仕組みとなる。

一方,この仕事の再定義や従業員の再配置などによるコストも大きいようである。パートタイムで働く管理職の直属の上司は,この管理職と同僚の従業員を効率的に機能させるため,仕事の質,チームの構成,コミュニケーションを円滑にするための工夫などに対して追加的な負荷を負っているとインタビューで応えている。たとえば,締め切りが迫っている緊急プロジェクトや出張が多い仕事,大きなチーム内で人事責任を持つような仕事はパートタイムの管理職には不適当として,チーム内の仕事内容と責任を再編成している。また,同じチームの同僚においても,パートタイムの管理職との打ち合わせ,会議設定などにおいては,彼らのスケジュールに合わせなければならないなどの煩雑な作業が発生することを述べている。

パートタイムの管理職自身も,このような働き方に対するデメリットを感じている。具体的には,信頼性が減じてしまう,昇進の見込みが限定される,仕事の機会が限定される,厳しいスケジュールになる,パートタイムでもこれくらいできると見せなければならないプレシャーがかかる,職場の同僚とプライベートな付き合いが限定されることなどである。昇進については,どの程度遅れているのか,実際にどのような不利益が発生しているのかは,今回のインタビューで明らかにされていないが,仕事内容や責任のレベルが落ちたとする例は,23人中6名あった。この6名に対する上司の評価や人事担当者の意見をBoyerは明らかにしていないため,組織の体制(仕事の再分配を実施していない等)に問題があるのかどうかわからない。しかし,76%はパートタイムの管理職としての業務内容や責任に満足している。パートタイムの管理職の普及は,「仕事内容と責任の見直し」が鍵であろう。

わが国でも育児・介護を目的とした短時間勤務制度が3割程度の企業で導入され活用が進ん115頁】でいる一方で,管理職クラスの利用は進んでいない。Boyerによる調査結果は,今後,日本企業においても両立支援策を「いかなる職場・立場であっても利用可能」とすることを推進していく中で貴重な事例結果といえる。