日々の雑感的なもの ― 田崎晴明

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茶色の文字で書いてある部分は、相当に細かい仕事の話なので、ふつうの読者の方は読み飛ばしてください。


9/2/2005(金)

暑いしプール日和だとということで、近所のプールに行ったら、今日は一般公開していないことを知る。

この機会に、前から気になっていた池袋スポーツセンターのプールへ行くことにする。 近所のプールほど近くはないが、それでも自転車で15分くらいか?

池袋につき、山手線の線路に沿って自転車で走りながら、スポーツセンターをめざす。 どんな方向音痴でも、迷うはずはない。 高くそびえたつ焼却場の煙突を目指して走ればいいのだ。 プールの温水は、ゴミ焼却場からでる熱で暖められているという話だ。

広く殺風景な JR の線路用の敷地の横を走る人気のない道路、そして、線路を越えてあちらにそびえる白い塔のへと続く巨大な歩道橋。 まさに、雑然とした近未来、P. K. ディックの世界、これでテトラポッドでも転がっていれば J. G. バラードの世界かもしれない。 そんなことを思いつつ、えっちらおっちら自転車を押して歩道橋をのぼっていく。

プールがあるのは、焼却場に隣接する不思議に細長いビルの 11 階。 9 階の更衣室で着替えてから、エレベーターでプールに向かうという未来都市趣向である。

プールの両側は大きく開いた窓になっていて、東京の街を見おろすことができる。 この展望だけでも 600 円払ってもいいかもな。 プール自体は小さめで、それほど泳ぎやすくないが、例によって、休み休み 1000 メートルほど泳ぐ。 次第にあたりが暗くなってくるので、時おり休憩を兼ねてプールサイドにあがり、両側の窓からの展望を楽しむ。 外が真っ暗になると、窓にはプールの水面とそこで泳ぐ人たちが映る。 そして、水面のずっと下の方に、灯りのともった池袋の街並みと首都高。 水に沈んだ巨大都市のはるか上を人々が泳ぐイメージ。


9/4/2005(日)

夏休みの最後の追い込み。 一種やけくそ気味の能率を獲得して、「イジング本。」の(ぼくが担当する)最後の三つの章を、情け容赦なく、一気に書いていく。(原よ、許せ。)

ヘヴィーだった二つは、ほぼできあがって、残る一つは「関連するモデル」の結果を紹介する軽い章。 phi^4 モデルと N ベクトルモデルと量子スピン系について、相転移や臨界現象のごくごく主要で典型的な結果をまとめるのだ。 これはさすがに文献を調べたりする必要があるかいなと思いながらも、(家にこもって仕事をしているので)さしあたって思い出せることを思い出しながら、順にタイプしていくと・・・

ぜんぶ、書けてしまった。

おれは、未だに根っからのスピン屋だったのか・・・


9/9/2005(金)

あー、誰でも思っていることのはずだけど、それでも、9 月 11 日に総選挙って、ほんと、いやだ。 (もちろん、世界の歴史を見れば、366 日のすべてで何か悲惨な事件がおこっているだろうっていうのは正しいけど、でも、やっぱそういうもんじゃないでしょ。親ブッシュの首相が音頭をとってやってるわけだし。)

いやだけど、なんて言うか、あまりのことに、正面切ってイヤだとかアホだとか言いにくいほどの人智を越えた「いやさ」がある。 いいたとえを思いつかないけれど、無理にたとえれば、政治家のおっさんが国民に受けようと思って国会でパンツ一丁で踊ったりしたら、やっぱり同じような無力感を感じるんじゃないか。いや、やっぱり、このたとえは違うな。


少し前のことだけど、都内某所でやってた盆踊り大会に、どっかの政治家が来て挨拶しているのを、聞くとはなしに聞いてしまった。
昨日、今日と、続いてまいりました、この盆踊り大会も、
ええ
・・・・
今日で最後の日となりました。
少なくとも、町内のみなさんに知性の存在を感じてもらうための努力を怠(おこた)ったことは確かだと思う。

ところが、どうもこの人が、今回の選挙で話題の○○○○さんらしくて、ですね・・


政治っぽい話は続かない。
9/11/2005(日)

いやだけど投票に行きました。 無力感を味わうだけかもしれないけど、それでも、投票に行かずに無力感を味わうよりはよいのです。


凡庸なことを言いますけど、それにしても、最高裁判事の国民審査で、何も書かなければ○の意味で、×の人だけがわざわざ書かなくちゃいけないってのは冗談きつすぎだよね。
旧ソ連では、信任する場合はもらった投票用紙をそのまま投票箱に入れ、不信任の場合のみ記入所に立ち寄って不信任である旨を記入してから投票、というスタイルの信任投票があったらしい
とか
どっかの国では、赤紙と青紙をもらって、自分の投票しない方は破り捨て、投票する方を高く掲げてまわりの群衆に見せてから投票箱に入れる方式でやってるらしい
とかいうのを笑えないではないか。 仮に(あくまで、仮にですぜ)、ぼくが記入所でもたもたと×をつけていたとすると、「む、あのみすぼらしい T シャツの男は×をつけているようじゃ。反体制の輩のようですな、○○さん」「よくぞ気づいた○○さん。あの男は、前々から突飛な時間にリュックをしょって歩いておるのを見て、怪しいとは思っていたのですじゃ。わしが尾行して素性をつきとめてやりましょう」などと町内の顔役たちが監視していたりするのであろうか?
というような話はおいとくとしても、何も書かなければ信任という非対称なあつかいは理屈がとおらない。 やっぱ、何も書かないのは、無効票でしょう。 信任したければ、堂々と○を書くべきなのだ。

今のやり方だと、

これはいいぞと思った判決が最高裁でくつがえされてしまうことがちょくちょくあるような気はするけど、それがどこまで客観的なのか判断できないし、そもそも、どの裁判官がかかわっているかとかもわからないし、データがない以上、ま何も書かないでいいや。
という流れで信任票を入れている人がものすごくたくさんいると思うけど、これじゃ、国民審査が意味をもたない。

もやもやしているけどわからないからといって、自動的に○をつける必要なんかないと思う。 そういうときは、ともかく×をつけるという考え方もある。 「それは無責任だ」という人がいるでしょうが、わからなくて○をつけるのもあまり責任ある態度とは思えない。 それに、より重要なのは、ぼくらが「よくわからない」のは、ぼくらの責任じゃないということ。 ぼくらがちゃんと審査できるよう適切な情報を発信する義務があるのは、審査される判事および彼女ら彼らを支持している人たちなんだと思う。

「わからないから、とりあえず×」という人がある程度ふえてくると、当然、審査される側にも危機感が生じてくるだろう。 そうなれば、最高裁判事サイドとしても、もっと本気で情報を発信したり、自分の姿勢をしっかりと述べたりといったことを努力するようになるでしょう。 それは結構いい姿なんではないかな?(そうなると人気取り合戦なってどーのこーの、といった議論が百も出てくるのは承知の上で。)


と、相当に凡庸な意見だし、説得力をつけるべく後半を膨らませるべきなのをさぼっていますが、ま、話のついでということで。
投票のあとは、プールに直行。 これで、顔役に尾行されても、家がばれることはないぞ。
9/12/2005(月)

昼過ぎに、Aernout van Enter 氏が到着。

宿舎に連れて行き、あとは夕食後まで、ずっと高麗さんと三人で議論や雑談。 彼の仕事以外に、Ising ferro, percolation, S-K spin glass など、昔はよく知っていた分野で、最近でも強い進展があることを教わって、ちょっと驚く。 そっち方面の勉強はさぼっているし、そういう国際会議にもちっとも出てないからなあ。 少し反省。

しかし、こうやって、久々に会う外国からのお客さんと話していると、つい「日本の統計物理の現状は・・」というような話になってしまって、つらいものがある。

ところで、今まで、彼の名前は、思いっきりアメリカ人風に発音していた(Aer にアクセントおき、early の出だしと同じ(日本語にない)音で読む)のだが、本人に正しい発音をしてもらうと、かえって日本語の「アーノルト」に近いことがわかった。 そうわかっても、にわかに発音を変えるのは、なんか照れくさいから面白い。


Sep. 13/2005 (Tue)

Aernout's seminar at TITech.

Very interesting results on the first order phase transition in vector spin models. The result for the O(3) model in d=2 is just surprising.

Also quite interesting discussions (mainly) between Aernout and Nishimori san. I think I could catch up with recent progress in this field in a very efficient way.

Dinner at local restaurant with younger members from TITech.


Sep. 14/2005 (Wed)

Aernout's seminar at Gakushuin.

The work was technically very difficult and deep, but the main results were not too surprising. This is a difficult aspect of serious mathematical physics.

It was nice that we had Fukushima san, an expert in spinglass, among the audience.

Dinner at my house.


It was a short visit, but I enjoyed it so much and learned a lot from Aernout.
9/16/2005(金)

Aernout が去ったところで、ちょうど夏休み終了。

昨日はばたばたと教授会や講義の準備。 それでも夕方には 1500 メートル泳ぎ、また夜遅くまで講義の準備。


今日は、講義とゼミ。 久々で疲れる。

学会の準備など、忘れ物がないよう一生懸命に気をつけて荷物をまとめて家に帰る --- が、弁当箱を忘れて愉快な田崎さん。夕食のあと、空の弁当箱を取りにわざわざ大学に戻ってきて、これを書いているのだ。嗚呼、愉快・痛快。

学会への出発までばたばたとしそうだし、学会に行ったら書けないので、しばらく日記はストップします。 学会に行かれる皆さんとは、京都で会いましょう。


9/22/2005(木)

学会のいい加減なまとめ(全般)

学会のいい加減なまとめ(夜の飲み会編)

学会のいい加減なまとめ(学問編)


9/23/2005(金)

個人的観光(一日)+学会出張の京都旅行より、昨夜もどりました。 (理学部事務室の方へ:出張届けには観光旅行の日は含めてありませんので、ご安心ください。)

学会では、

自分に届いた事務仕事のメールは読まなくても、「雑感」は必ず読む
とおっしゃってくださった○○さんや、
妻が「雑感」を読むようになり、田崎さんのファンになった
とおっしゃってくださった△△さんなどにお会いしました。

そういうお話を伺うと、いよいよ心をこめて文章を書かねばと身が引き締まる思いで、こうしていても緊張して文章が書けなくなってしまいそうです。


もちろん冗談ですけど。


学会はいろいろな意味で有意義だったので、また書いてみたいのですが、さて、暇があるか? ともかく、月曜からはじまる大学院の量子論の講義の準備をしなくては。学会で量子情報のセッションにでることで精神的には盛り上がってるのですが。

あと、これからプールに行こう。 先週の木曜に行ってからまる七日間も泳いでいない。 泳ぎ始めてから最大のブランクなので、また泳げなくなっていたら、どうしよう。どきどき。

というわけで、行ってきます(実は、今は大学にいるので、これから帰宅してそれでプールに行く)。


9/27/2005(火)

学会の翌日には、大学で仕事をし、それからプールでもちゃんと泳いで元気いっぱいだったのだが、何日かたってから疲れてくる気がする。 これが年齢を重ねるということなのかなあ。

というわけで(?)、欲張らず、非平衡定常系のごくごく基本的なところ、つまり、理想気体の熱浴から力を受ける粒子の確率分布はどういう風に時間発展するかとか、運動量のはいった Kramers 方程式に外力をかけた際の定常状態を摂動で求めて熱浴依存性はどうなるかといったことを吟味している。 ふつう「基礎に立ち返る」とか言うのだろうが、落ち着いて考えると、そういう「基礎」はすっとばして美味しそうなところからばんばんやっていたわけで、初めて「基礎」に直面する新鮮さ(←あまり真に受けないこと)

そのついでに、前々から考えていた、「力学的な熱浴と接触する力学モデル(深い深いポテンシャルの谷間のあいだをホップする粒子たちのモデル)から極限としてでてくるだろうと期待される driven lattice gas」別名 "politically correct driven lattice gas" を真面目に定式化する。 今まで調べられてきたのと似ているんだけど、ちょっとちがうのだ(簡単にいうと、Sasa-Tasaki Appendix の driven lattice gas の weak contact と同じ遷移ルールを全体に採用する)。

今日の午後は、ちょっと時間があったので、一気にこのモデルの解析をやってみる。

遷移ルールを書き下すところからはじめて、Lefevere-Tasaki の展開のテクニックを使って非平衡補正の式を求める。 思ったより計算が楽にできる。 今では何も参照しないでこういう計算がすいすいできるが、正しいやり方が見えるまでは無意味な計算を膨大にしてなかなか大変であった。 勘違いでなければ、外場があってもラプラシアンの分解定理が証明できて(←まだ、ちょっと自信がない)、外力 E については展開せず全オーダーまで求められそう。 さらに、一次元のモデルを調べてみると、最低次からの非平衡補正が見えない。 実はこの定式化では「最低次」というのはゼロでない最低の次数という意味になっているので、補正が見えないというのは、補正がないということを意味するはず。 おそるおそる展開の前に戻って調べてみると、確かに、一次元のモデルでは平衡と同じ状態が正しい定常状態になっていることがわかった。 これはちょっと意外な発見。 Kac-Lebowitz-Spohn に書いてあるのと同じモデルかどうかは調べてみないとわからない(調べて、彼らの書いた「一次元で解ける条件」の解になっていることを確認。当たり前のことだが)。 一般の次元では、二体からの非平衡補正はなく、三体で相互作用の一次から補正がでてくる。 これは、Lefevere-Tasaki 以来お馴染みの summable な有効三体相互作用だ。 なかなかどうして、質(たち)のよいモデルである。

というわけで、物理的に自然に思えるモデルは、なかなか gentle なふるまいをしていること、まさに「平衡は二体から、非平衡は三体から」という標語(今つくったんだけど)のとおりに相互作用が効いてくること、などがわかった。 もちろん、「ミクロモデルから自然に出そうだ」ということがモデルの重要性(どれくらい普遍性をもっているか)を保証するわけではないのだけれど、さしあたってこういう結果が出たのは、ちょっとうれしい。

さらに、夏休み明けの長い長い教授会での時間を(裏が白い会議資料を利用して)こうして有効に使うことができたのも、ちょっとうれしい。

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田崎晴明
学習院大学理学部物理学教室
田崎晴明ホームページ

hal.tasaki@gakushuin.ac.jp