日々の雑感的なもの ― 田崎晴明

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茶色の文字で書いてある部分は、相当に細かい仕事の話なので、ふつうの読者の方は読み飛ばしてください。


2009/3/3(火)

あれま、けっきょく日記を一日分しか書かないままに 2 月が終わってしまった。

しかし、確かにあわただしかったのである。 2 月の最初(2/7-)は大学入試関連業務。詳細は書いちゃいけないわけだが、当然ながら緊張する場面の多い仕事たち(その後も、入試関連の会議が断続的にあるわけだが、いちいち書かない)。 その直後に、近所の小学校で小学生向けの講義をしたり実験授業のお手伝いをしたりという飛び入りのイベント(2/13)。予想以上に楽しかったが予想以上に疲れた。 その間、卒業研究の追い込みと付き合いつつ、京都での確率論の国際会議(2/16-19)の準備を必死で進めていた。 まったくゼロからスライドを作ったので、結局は京都に向かう夜の新幹線の中でもずっとスライドをいじっていた。研究会が猛烈に楽しかったことは既に書いた(2/19 の日記)。 で、戻ってきたときは、卒業研究発表会の寸前の修羅場。休日返上で卒業研究の仕上げと発表の練習に付き合い、そのまま卒業研究・修士論文発表会へ(2/23-25)。 主任なので、会の運営から成績会議まで、気を使うことは多い。 その後、会議なんかが少しあったのだが、一瞬の隙をついて「東京物理サークル(夏に合宿に招いてくださった高校の物理の先生の集まり、2008/8/31 の日記を参照)」の集まり(及び飲み会)に参加(2/27)。 物理の議論も有益だったし、数年後の高校理科の指導要領の改訂についての情報を得たのは予期せぬ収穫。そして何よりも、物理を愛する気持ちのいい人たちと接して楽しかった。

そして、一日おいて (←この「空白の一日」には、家で研究会の準備をして、夕方から家族で誕生祝いの食事に行ってビールを飲み、そのままカラオケに行って、酔った勢いでマキシマムザホルモン(しかもダイスケはんのパート)を無理に歌おうとして喉を激しく痛めたりしていたのであ〜る)、1 日から 3 日間、古典および量子ダイナミクス・非平衡統計力学に関するワークショップに参加してきた。

せっかく主催者に誘っていただき出ることに決めた以上は、フルに参加してちゃんと聴こうと決めていた。 けど、けっきょく始まってみれば遅刻はするわ、トークの途中で爆睡するはで、とほほであった --- などというヘタレな展開は Hal Tasaki's logW においてはあり得ない!  オチも何もなく、決めたとおり、すべての講演を本気で一生懸命に聴き、質問したいことは質問し、つっこみたいところはつっこみ、コメントしたいことはコメントし、言いたいことを好きなように言ってきた。 もちろん、ものすごく疲れたが、それ以上に実に愉しかったし充実した。講演からも、参加者同士の活発な議論からも、多くを学んだし、また学ぶきっかけをもらった。

日頃の知的怠慢を告白するようでお恥ずかしいが、半分以上の話はまったく初めて聞く内容で、そういうのを必死で集中しながら理解していくのは(いつものことだけれど)最高に楽しい。 また、すごく若い人たちの講演もたくさんあって、みなさんしっかりした結果を出してきているのは素直にうれしかった。 会を運営し、また、ぼくを誘ってくださった斉藤さんには心から感謝している。 (会の間は、斉藤さんは色々と運営に気を使われていたようで、緊張した疲れ気味の顔をされていた。 全部が終わった後、学士会館のロビーにいらっしゃった斉藤さんに挨拶をしたとき、それまでとはまったく違う満面の笑みを浮かべていらっしゃったのが印象的。)

ところで、早川さんの昨日の日記

研究会の終了後、飲み会。Tさんが絶好調だった。
でいう「T さん」はぼくではないことは強調しておこう。 まあ、ぼくもビールをいっぱい飲んで、楽しく話したのは事実なんだけど。
2009/3/10(火)

「統計力学」の出版から早くも三ヶ月。

ここに来て、思わぬ方面からも出版へのお祝いのお言葉が・・・

あ、ありがとうございます。は、はじめまして。あ、あの、「田崎先生」じゃなくて「田崎さん」でいいですから。 「ワンルームディスコ」聴いてます。ラジオで流れたやつですけど。もちろん出たらちゃんと買います。もう限定版を予約してます。

ええと、ええと、いつも応援してます。 三人に献本するなら送り先はアミューズでいいのかな? あ、でも、読んでも面白くないよね。

って、結城さん、何を書かせるんですか。


2009/3/31(火)

あれよあれよという間に三月も最後の日。

雑用をすべきところを何から手をつけていいか分からず、つい、考えかけの量子系の計算を始めたところで、予期せぬ訪問者が。

二年前に卒業して、他の大学の大学院に通っていた C 君が、挨拶に来てくれたのだった。 早速、黒板のある部屋にいって、修士の研究について話してもらった。

充実した修士の二年間を過ごし、明日からは社会人となる。 そういう節目のときに、古巣の学習院に戻ってきてくれるのはとてもありがたいし、うれしいことだ。


ちっとも日記を書かなかったことからもご想像いただけると思うが、やっぱり、実にあわただしい日々を過ごしていた。

月末には一週間弱アメリカを訪問した。 実は、帰ってきたのは昨日の夕方だ。

渡米の主目的は私用で、それついては、ちょっと後で書こうと思う。


私用が主とはいえ、せっかく Maryland に行ったので、Maryland University の Chris Jarzynski のグループを訪ねて一日を過ごした。

Chris は自分の大学にいるから、やっぱり雑用だのメールチェックだのがあってちょくちょく自分の部屋に戻って働いているのだが、ぼくには電話もかからないし、訪問者も来ない(来たらこわいが)。 おかげで、文字通り、朝から夕方まで、Chris と彼の学生たちと議論のみをして過ごした。

彼らの研究テーマも次々と聞いたし、この前の研究会のスライドを持って行ったので、ぼくらの話の要点も伝えた。 KNST の拡張クラウジウスの導出の概要も話したが、おそらく、世界中でもこの導出をもっとも的確に素早く理解できるのは、このグループだろう。 すぐに本質を飲み込んで、重要な点の議論へと移っていった。

Chris と学生がやっている、確率過程のパラメターを変化させることで定常な確率の流れを作りうるかどうかについての理論は、なかなかおもしろかった。結果そのもの以上に、(簡単なのだが、意外な)手法にちょっとびっくりさせられた。


さて、三月にもいろいろと記録にとどめておきたいことがあったわけだが、ともかく書いている暇がない。

後で余裕ができたら書こうとか思っていても、どうせ次々と新しいことが起きてそっちを書くことになるわけで、決して追いつくことはないのであろう。 まさに、アキレスと亀である(ちがうけど)。

というわけで、ちょっとだけ今のうちに書いておこう。


20日は例年どおり卒業式。

主任として皆さんに修了証書を渡す仕事にもだいぶ慣れてきた。 卒業式の壇上に座るのは相変わらず居心地が悪いし、こちらには慣れたくない気がする。

例年どおり、記念撮影の後は、南一号館で簡単なパーティー。 たくさんの学生さんたちと話し、記念写真を撮った。

いろいろと感慨深いことはあるが、ここで書くのはやめておこう。


15日の日曜日には、なんと滋賀県にある成安造形大学に出かけている。 恐竜復元画などで有名な小田隆さんを訪ねた。 実は、妻が雑誌 RikaTan の取材で小田さんのところに行くことになり、なんとなく、成り行きで(おもしろうそうだし)ぼくも着いて行ったのである。

当日のことは小田さんのブログの記事にも書いてあるが、「アケボノ象復活プロジェクト」なるものの取材が(妻の)メインの仕事だった。 しかし、まあ、これについてはいずれ記事が RikaTan に載ったら読んでいただくことにして(←あまり現実的ではないのお)、関係ないことを書くことにしよう。


ちなみに成安造形大学は、滋賀県といっても、最寄りの駅は京都駅から二十分のところにある。 ぼくらは、ちょっと早起きして(←嘘です。死ぬ気で早起きして)朝早く東京の家を出て、9 時過ぎには大学のキャンパスにいたというくらいの近さ。 琵琶湖を臨むきれいな高級住宅街の中に、こぎれいなキャンパスがある。

当日は日曜だったので、学生さんの姿は見えなかったけれど、美術大学だけに、いたるところに制作中の作品があったり、昔の作品が置いてあったり、なんというか「一年中大学祭」的な雰囲気である。 ぼくらが出会った学生さんたちも、それぞれに個性的で「絵を描く人」の空気を漂わせていた。 当然ながら、学業以外の遊び心もあり、先生と学生さんが一緒になって作った漫画の本のシリーズなども出している。 せっかくなので、二冊買い求めて帰ってきた(なんと小田さんの描いた漫画もあるのだよ)。

京都近辺で美術系に進もうと思っている高校生は成安造形大学を覗いてみるといいと思う(と宣伝(しかし、この日記の読者層にはそういう人はいないか)


さて、小田さんを訪問して何よりも面白かったのは、アケボノ象の復元画を実際に描いているところを目の当たりに見られたこと。

下に動画をはっておいたけれど、実際にみると、もっと面白い。

ここでは象牙をやっているけれど、ぼくらの目の前では、象の皮膚をゼロから描くのを見せてくれた。 単に黒い色で象の胴体が描いてあるだけのところに、細い筆でアクリル絵の具を塗っていく。 筆が進むに従って、平面的だった胴体が、あれよあれよと立体的で、ごわごわした象の皮膚に化けていく様子にはちょっと言葉では表せないものがある。
アケボノ象の復元を行っている研究者の小西さんと、画家の小田さんとのやりとりも面白かった。

二人で骨格の写真と復元画を見比べながら、いろいろと修正すべき点を議論していく。 結論がでると、小田さんは、まさにその場で筆をいれて、あっという間に絵を修正してしまうから驚く。


個人的に面白かったのは、小田さんの研究室で、様々な骨格の標本を見せてもらい、触らせてもらったこと。

特に、われわれに近い哺乳類の頭骨は本当に興味深い。 脳を包む部分は、頑丈な、ほぼ完全に閉じた面になっているのだ。 こんな風に徹底的に外からプロテクトして、大きな脳を持つことで、ぼくらは考える楽しみを知り、世界にひそむ秩序を認識するに至ったのだなあなどと、骨に囲まれた空洞を見ながら、くだらないことを(骨に囲まれた脳を使って)考えるのである。


小田さんとは色々な話をしたけれど、絵というのは(たとえ写実的な物であっても)そこにあるもの(あるいは、あるべきもの)を全てそのまま描きこむ物では決してないというお話は面白かった。 あくまで、画家が描くべき本質を見いだし(人が目で見て脳で情報処理したとき)それを感じられるように描いてこそ絵画なのだという。

これは、人の(意味のある)表現活動すべてについて当てはまることだと思うが、物理学のとある有名な教科書の次の一節とも共通する物があるではなかるまいか。

普遍性の概念は、統計力学のアプローチ全体を貫く思想的な支柱でもある。 気体にしろ、固体にしろ、磁性体にしろ、統計力学の対象となるマクロな系は、一般には、きわめて複雑なミクロな構造をもっている。 これらの系の(量子)力学的なミクロな詳細を完全に特徴づけるには、膨大な数のミクロなパラメターが必要だが、通常、それらの値を正確に知ることなどできない。 だから、ミクロな情報をもとにマクロな物理量を無闇やたらと正確に計算できるような理論ができたところで、科学としてさしたる意味はないのだ。 統計力学が目指すのは、様々な物理量を細かく計算することではなく、系のミクロな詳細に依存しない普遍的なふるまいを探しだし、それらを的確に記述することなのである。

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田崎晴明
学習院大学理学部物理学教室
田崎晴明ホームページ

hal.tasaki@gakushuin.ac.jp