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公開: 2012年3月14日 / 最終更新日: 2013年11月29日
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放射線と原子力発電所事故についてのできるだけ短くてわかりやすくて正確な解説

実効線量とは何か

本文の「シーベルトとかベクレルってなに? 」の「ダメージの大きさ:シーベルト、ミリシーベルト、マイクロシーベルト」、あるいは、解説「ベクレル・グレイ・シーベルト」の「シーベルト」で説明したように、実効線量 (effective dose) \(H_\mathrm{eff}\) (通常の記号は \(E\))とは「被ばくによる体全体へのダメージの合計の目安」であり、シーベルト (Sv) を単位にして表わされる。 しかし、実効線量はそのまま実測できる量ではないし、定義もややこしい。 おまけに、ICRP の文献にある説明(とそれを書き写した数多くの劣化コピー)は実にわかりにくい。

ぼくもなかなかこの概念の正確な意味がわからず、随分と混乱した。 最近になってようやくしっかりと理解したつもりなので、ここにまとめておこうと思う(例によって多くの方に教えていただいたのだが、この解説の方針に従って、謝辞は省略させていただく)。 「できるだけわかりやすくて正確な」実効線量の解説を目指す。

注意:ICRP による実効線量の定義は(とくに、外部被ばくを考える際には)必要以上に「凝りすぎ」なのではないかというのが、ぼくの印象だ。 なので、定義をしっかりと把握しておきたいという(ややマニアックな)人以外は本文の「シーベルトとかベクレルってなに? 」に書いた程度の理解で十分だと思う。 ただし、内部被ばくの(預託)実効線量の意味をしっかりと理解したいという場合は、この解説を(我慢して)読む必要がある。

このページの目次

基本的な思想

等価線量

実効線量

組織加重係数と実効線量の定義(理数系向き)

おまけ(理屈っぽい人専用)

基本的な思想

[effective dose]

被ばくによる体への影響を特徴づけたいなら、体が吸収したエネルギーが指標になると期待するのが自然だ。 解説「ベクレル・グレイ・シーベルト」の「グレイ」で定義した吸収線量(単位体積あたりの吸収エネルギー、単位は Gy = J/kg)は、そのような指標の候補になる。

まず、極端に単純化した状況を考えよう。

右図のように、人が一定の時間、一様なガンマ線にさらされて被ばくする。 この際、(こんなことはあり得ないのだが)吸収線量が体のなかのどの部分をとっても正確に等しかったとしよう(人が極端に薄くてガンマ線はほとんどすり抜けていき、かつ全ての組織が同じようにガンマ線を吸収するという無茶な仮定をすればこうなる)

このような「一様ガンマ線被ばく」(←これは、ぼくがここで作った言葉。正式の用語ではない)の状況では、一定値をとる吸収線量 \(D\) が被ばく量を特徴づける指標になる。 この状況では実効線量 \(H_\mathrm{eff}\) と(一定値である)吸収線量 \(D\) は正確に等しい。


ガンマ線による実際の外部被ばくも、ごく大ざっぱには、「一様ガンマ線被ばく」で近似できると思っていいだろう。 すると、ガンマ線による外部被ばくだけを扱う際には、実効線量 \(H_\mathrm{eff}\) は吸収線量 \(D\) に大ざっぱに等しいと考えていいことになる。

吸収線量の単位は Gy = J/kg だから実効線量の単位も Gy ということになるが、概念的な区別のために、実効線量には Sv(シーベルト)という単位を使う。 「一様ガンマ線被ばく」にかぎれば、Gy と Sv はまったく同じものである。

ICRP の定義の詳細に踏み込みたくない人は、(ガンマ線の外部被ばくに限定するかぎり)上のように大ざっぱに理解していれば十分だと思う。


正確な定義を述べる前に、実際の状況では何が問題になるかを簡単に見ておこう。

ガンマ線の外部被ばくだけを考えるとしても、体のすべての部分での吸収線量が等しいということは一般にはあり得ない。 当然、体の中でもガンマ線があたっている側の皮膚に近い組織ほど多くのエネルギーを吸収する。 また、たとえ同じ強度のガンマ線にさらされたとしても、厳密には、組織によって吸収するエネルギーは一般には異なる。

そのように吸収線量が一様でないときには、体全体で平均化した吸収線量を考えればよさそうに思える。 しかし、(ICRP によれば)話はそこまで単純ではない。 組織によって放射線に対する敏感さが異なるからだ。 敏感な組織での吸収線量が大きく鈍感な組織での吸収線量が小さい場合と、逆に、敏感な組織での吸収線量が小さく鈍感な組織での吸収線量が大きい場合とでは、たとえ平均した吸収線量が同じでも、前者の方が体へのダメージが大きいことは明らかだ。 つまり、体への影響を正確に評価するには、各々の組織での吸収線量を適切に加重平均する必要がある。

われわれにとっては外部被ばくで問題になるのは、ほぼガンマ線だけだが、一般の被ばくを扱うには,放射線の種類についても考慮する必要もある。


以下では、ICRP による実効線量の定義を見ていく。

上では外部被ばくだけを考えたが、以下の定義は、外部被ばくについても、内部被ばくについても同じである。 ただ、内部被ばくの場合は被ばく量の評価そのものが難しいので、「内部被ばくのリスク評価について」という別個の解説で詳しく議論する。 以下の説明を(最初に)読むときは外部被ばくを念頭に置くとよい。

等価線量

最初は等価線量。これは上で書いた「放射線の種類を考慮する」部分である。

体内の一つの組織(あるいは臓器)に注目する。 組織の種類を(ICRP の書き方に従って) T で表わす(T は、胃、結腸、甲状腺、皮膚といった「値」を取る変数)。

組織 T が、アルファ線、ガンマ線、ベータ線など、様々な放射線を浴びる。 放射線の種類を(ICRP の書き方に従って) R で表わす。 組織 T における放射線 R の吸収線量(単位体積あたりの吸収エネルギー)を \(D_\mathrm{T,R}\) と書く。 単純にエネルギーだけを考えるなら、これをすべての R について足した \(\sum_\mathrm{R}D_\mathrm{T,R}\) が組織 T の全吸収線量になる。

生体への影響を評価する際には、ここで放射線の種類を考慮に入れる。 たとえば、1 MeV 程度のエネルギーの中性子線を被ばくすると、同じ吸収線量のガンマ線被ばくに比べて、はるかに大きな健康影響があるとされている。 このような効果を取り入れるため、各々の放射線 R に対して放射線加重係数 \(w_\mathrm{R}\) が定義されている。 これは、その放射線がガンマ線に比べて「どれくらい危険か」を表わす無次元の係数である。 ガンマ線とベータ線については \(w_\mathrm{R}=1\) であり、アルファ線については \(w_\mathrm{R}=20\)、中性子線の \(w_\mathrm{R}\) はエネルギーに依存する値をとると定められている(ちょっと古いが、ICRP 1990 で採用された放射線加重係数の表はこちら(web ページ)。ICRP 2007 の係数については、たとえば、「ICRP 新勧告による外部被ばく線量評価(pdf ファイル、8 ページ)」の 3 ページの図 2 と表 1 を見よ)

組織 T における等価線量 (equivalent dose) とは、すべての放射線の種類 R についての吸収線量を放射線加重係数 \(w_\mathrm{R}\) で重みづけて足し上げた \[ H_\mathrm{T}=\sum_\mathrm{R}w_\mathrm{R}\,D_\mathrm{T,R} \] である。 (\(w_\mathrm{R}=1\) の)ガンマ線とベータ線だけを被ばくするときには、等価線量 \(H_\mathrm{T}\) は組織 T における吸収線量(単位質量あたりの吸収エネルギー)そのものである。 アルファ線や中性子線のような「あぶない」放射線が寄与するときには等価線量 \(H_\mathrm{T}\) はもはや物理的な意味をもつ量ではなく、危険度で重みづけられた実用的な量である。

放射線加重係数 \(w_\mathrm{R}\) は無次元なので、等価線量 \(H_\mathrm{T}\) の単位も Gy = J/kg ということになりそうだ。 ただ、加重平均をしてしまったことを表わすため、等価線量 \(H_\mathrm{T}\) の単位は Sv とすることになっている。 もちろん、値を計算する際には、\(D_\mathrm{T,R}\) に Gy で測った値を代入すればよい(放射線加重係数 \(w_\mathrm{R}\) の単位が Sv/Gy だと言うほうがすっきりする)


等価線量は、通常は、実効線量の計算のために用いられる中間的な量で、表に出てくることはない。 ほぼ唯一の例外は内部被ばくに関連する甲状腺等価線量だが、これについては別に取り上げる(解説「内部被ばくのリスク評価について」とミニ解説「甲状腺等価線量と実効線量について」を見よ)

実効線量

各々の組織 T について「被ばく量」を表わす等価線量 \(H_\mathrm{T}\) が得られた。 等価線量を適切に「平均」して、体全体へのダメージの目安となる実効線量 \(H_\mathrm{eff}\) を求める(通常の記号は \(E\))。 体の色々な組織への非一様な被ばくの影響をたった一つの量 \(H_\mathrm{eff}\) に集約してしまおうというわけだ。

ここでの平均操作を行なう際には、あくまで被ばくの健康への影響に注目する。 そして、

 (各々の組織 T が等価線量 \(H_\mathrm{T}\) の被ばくをした際の(全身の)健康への害) = (吸収線量 \(H_\mathrm{eff}\) の「一様ガンマ線被ばく」による健康への害)

という「等式」が成り立つように吸収線量 \(H_\mathrm{eff}\) を定義するのである。

もちろん「健康への害」を数値的に表わすのは簡単なことではない。 ICRP では、基本的には致死性のガンになるリスク(確率)を考え、それ以外にも(致死性でないガンになった後の)人生の質の低下の度合いなど様々な要因を考慮して「健康への害(ICRP の文書では「損害 (detriment)」という)」を数値化している。


具体的には、実効線量は次のようにして計算する(なぜこれでうまくいくのかは、すぐ下の「組織加重係数と実効線量の定義(理数系向き)」で説明する)。

各々の組織 T について組織加重係数 \(w_\mathrm{T}\) という(0 以上 1 以下の)量が定められている。 \(w_\mathrm{T}\) は、大ざっぱに言えば、全身への均等な被ばくが(「健康への害」という意味で)各々の組織にどういう割合で「割り振られるか」を表わしている。 よって、すべての組織についての \(w_\mathrm{T}\) の和は 1 になる(ちょっと古いが、ICRP 1990 での組織加重係数の表はこちら(web ページ)。ICRP 2007 の係数については、たとえば、「ICRP 新勧告による外部被ばく線量評価(pdf ファイル、8 ページ)」の 4 ページの表 2 を見よ)

実効線量 \(H_\mathrm{eff}\) は、すべての組織 T の等価線量 \(H_\mathrm{T}\) を組織加重係数 \(w_\mathrm{T}\) を重みとして平均したものである。 式で書けば、 \[ H_\mathrm{eff}=\sum_\mathrm{T} w_\mathrm{T}\,H_\mathrm{T} =\sum_\mathrm{R,T}w_\mathrm{T}\,w_\mathrm{R}\,D_\mathrm{T,R} \] ということ。 実効線量の単位はもちろん(等価線量の単位と同じ)シーベルト(Sv)である。


最後に実効線量の実測についてごく簡単に書いておく。

実効線量 \(H_\mathrm{eff}\) を定義通りに評価するためには、体の中でどのような被ばくが生じているかを知る必要がある。 もちろん、それは困難なので、実用的な評価の方法が用意されている。

外部被ばくについては、測定器で測れる周辺線量当量や個人線量当量といった「線量」を出発点にして、(年齢などに応じて)実効線量を推定する方法が用意されている。 通常の線量計は単位時間あたりの周辺線量当量を表示するように校正されており、実効線量の目安(上限になっていることが望ましいとされる)を与えてくれる。

内部被ばくについては、まったく別の考え方を使う。 解説「内部被ばくのリスク評価について」を見よ。

組織加重係数と実効線量の定義(理数系向き)

様々な組織が非一様に被ばくする状況を、たった一つの実効線量で表現できるというのは、一見すると不思議である。 このようなことが可能なのは、実は「『健康への害』が等価線量に比例する」という線形性を仮定しているからだ。 それがわかれば、トリックはほとんど自明だ。 理数系の人を念頭に(ストーリーをぼく流に整理して)説明しよう。 全身の組織に \(i=1,\ldots,n\) と番号を振っておく(先ほどは \(i\) ではなく T と書いたが、やはり、こちらの書き方の方が気持がいい)。

再び「一様ガンマ線被ばく」の状況を考え、(一定値をとる)吸収線量を \(D\) と書こう。 この被ばくによって生じる「健康への害」が \(\alpha\,D\) と書けるとする。ここで、\(\alpha>0\) は比例係数(もちろん、これは「公式の考え」の「1 Sv の被ばくで致死性ガンのリスクが 5% 上乗せ」というのに対応する)

同じ「一様ガンマ線被ばく」の状況で、組織 \(i\) のみに関する「健康への害」が \(\alpha_i\,D\) と書けるとしよう。 もちろん、\(\alpha_i>0\) は別の比例係数。 複数の組織が同時にガンなどを発症することはないと仮定すれば、\(\alpha=\sum_i\alpha_i\) としていい。 これらの量を使って、組織加重係数を \(w_i=\alpha_i/\alpha\) と定義しておく。


次に、各々の組織が異なった等価線量を被ばくするという一般の状況を考える。 組織 \(i\) が受けた等価線量を \(H_i\) とする。

このとき、組織 \(i\) に関する「健康への害」は、上の関係をそのまま使って、\(\alpha_i\,H_i\) に等しいとするのがもっともらしい。 よって、この人の全体としての「健康への害」は、すべての組織からの寄与を足しあげた \(\sum_i\alpha_i\,H_i\) である。ここで \(\alpha_i=\alpha\,w_i\) と書けることを思い出せば、 \[ \sum_i\alpha_i\,H_i=\alpha\sum_iw_i\,H_i=\alpha\,H_\mathrm{eff} \] と書き直すことができる。 ここで、\(H_\mathrm{eff}=\sum_iw_i\,H_i\) が実効線量である。 よって、目標だった等式

 (各々の組織 T が等価線量 \(H_\mathrm{T}\) の被ばくをした際の全体的な健康への害)= (吸収線量 \(H_\mathrm{eff}\) の「一様ガンマ線被ばく」による健康への害)

が成り立っていることがわかる。

おまけ(理屈っぽい人専用)

最後に、理屈っぽくものごとを考えたい人のために、組織加重係数や発ガンリスクについて少し(机上の)注意を書いておく。

まず(物理屋のいつもの流儀で)話を思いっきり単純化して、人間の体をつくっている細胞はすべて同じものだとしよう。 そして、このような「人」が吸収線量 \(D\) の「一様ガンマ線被ばく」をすることを考える。

被ばくによって、すべての細胞は(確率的には)等しい影響を受ける。 1 個の細胞からガン(より一般に重篤な健康被害でもいいのだが、簡単のためガンと書く)が発生する確率を \(p\) としよう。 さらに、線量への応答が線形だと仮定して、定数 \(\varepsilon\) があって \(p=\varepsilon\,D\) であるとする。 細胞の総数を \(N\) とすれば、 被ばくによって体のどこかからガンが発生する確率は \(N\,p=N\,\varepsilon\,D\) に等しい(ただし、\(p\,N\ll1\) と仮定した(くそ真面目にやった答えは \(1-(1-p)^N\) だよ))。 上の書き方と合わせれば \(\alpha=\varepsilon\,N\) である。

ここで、\(N\) 個の(すべてそっくりな)細胞が、\(n\) 個の異なった「組織」に分かれているとしよう。 上と同様に、組織に \(i=1,\ldots,n\) と「番号」をふり、組織 \(i\) の中の細胞の個数 \(N_i\) とする。 すると、上と同じ考えから、被ばくによって組織 \(i\) からガンが発生する確率は \(N_ip=N_i\varepsilon\,D\) となる。 上の書き方と合わせれば \(\alpha_i=\varepsilon\,N_i\) となる。 ここから直ちに、(一様細胞人間の)組織荷重係数は \(w_i=\alpha_i/\alpha=N_i/N\) とわかる。 つまり、組織荷重係数は、単に、組織の細胞数の全身の細胞数に対する比になる。


実際の人間に話を移す。 もしも人間の全ての組織が放射線に対して完全に等しい感受性をもっているなら、上の考察をそのまま適用できる。そして、組織加重係数 \(w_i\) は、組織 \(i\) の質量と全体重に対する比に等しいことになる(細胞の質量は一定とした)。

しかし、実際には組織によって感受性が異なることが(広島・長崎の被爆者についての疫学調査などから)わかっている。 ICRP が用いている組織加重係数は、単なる質量の比ではなく、疫学データを取り入れた半経験的な量である(ただし、数値が簡単になるように、大胆に丸めてある。また、組織荷重係数には個人差は考慮せず、男女、年齢を問わず同じ値を用いている)。 中でも、甲状腺については、(特に小児の)感受性が高いことを考慮して、組織加重係数は単なる質量比より二桁大きな値になっている(大人の甲状腺の質量は 20 g 程度なので全体重との比は \(3\times10^{-4}\) 程度。一方、甲状腺の組織加重係数は 0.04) 。


ところで、上の「一様細胞人間」の発ガンリスクは \(\varepsilon\,ND\) だった。 \(\varepsilon\) は(生物学的な要因で決まる)何らかの定数であり、\(ND\) は被ばくによって全身が吸収したエネルギーである。

この結果をみて「あれ?」と思う人は多いだろう。 被ばくによる発ガンリスクの議論では、「リスクは、被ばく線量(単位は Sv)に比例する」とされてきたのだが、この考察では明らかに「リスクは、全吸収エネルギー = 被ばく線量 × 体重(単位は Sv kg)に比例する」ことになる(ただし、「一様細胞人間」の場合)

理屈として後者が正しいことは言うまでもない(当然ながら、現実に適用するには組織の感受性をきちんと取り入れる必要があるので、ずっとややこしい。このパートの最後を見よ)。 つまり、仮に、すべての臓器・組織の質量が普通の人のちょうど十倍(だけど、組成は全く同じ)という「巨人」がいたとしたら(いないし、それは不可能)、同じ実効線量の被ばくをしたときには、巨人の発ガンリスクは普通の人の十倍になるはずだ(ただし、被ばくがないときの発ガン率も普通の人の十倍になるだろう)

それでも、ICRP が Sv kg ではなく Sv を用いているのは、そのほうが防護の目的のためには便利だからだろう。 さらに、体重や組織の重さが定まった「標準的な人」について考えるかぎりは、発ガンリスクが線量に比例するというのはもちろん(理屈の上で)正しい。 疫学調査はしょせんは何らかの集団を一括して扱うものだし、(太っている人や痩せている人はいるけれど)成人の内蔵の質量に劇的な個人差はないだろうと思えば、ICRP のやり方はそれなりに合理的なのだろう。

なお、この(机上の)考察をそのまま拡大解釈して、「太っている人と痩せている人のリスクの比較」とか「大人と子供のリスクの比較」に使ってはいけない。 実際には、各々の組織の感受性は体格や年齢に応じて大きく変わるからだ。 たとえば、サイズ依存性のことだけを考えると、「同じシーベルトの被ばくでは子供のほうが安全」という結論になってしまうが、実際には(子供の組織のほうが敏感なので)結論は逆になる。


なお、上に書いたサイズ依存性の話は、別にぼくだけの「邪説」ではない。 ある意味で「自明の理」なので、ICRP の人だって聞かれれば同じことを言うと思う。 実際、1990 年勧告をまとめた ICRP publ. 60 には以下の文がある。
(B52) The risk of cancer induction is assumed to be broadly proportional to the number of irradiated cells at risk (i.e., perhaps to the number of stem cells present) in a given organ or a tissue, even though between species the evidence indicates that there is no correlation with body size. (ICRP publ., 60, p.108)
気楽に意訳しよう。
(B52) 一種類の臓器あるいは組織を考えたとき、ガン誘発のリスクは、大ざっぱには、被ばくした危険な細胞の個数(おそらくは、幹細胞の個数)に比例すると考えられる。 ただし、異なった動物の種を比べると、体の大きさとガン誘発リスクには相関が見られないことが知られている。
前半(意訳では一つ目の文)で言っているのは、ぼくが上で言ったことと同じ。 で、本当の気持ちとしては、そのあとに「十倍人間ならリスクも十倍のはずだよね」という話があるわけで、そこから「だけどね」と後半(意訳では二つ目の文)に続いている。 もちろん、大きな動物は小さな動物をそのまま拡大したものではないから、素直な比例関係が見られないのは驚きではない。

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